[参考文献]
池田亀鑑編著『源氏物語大成』第一巻「校異篇」一九五六年 中央公論社
阿部秋生・秋山 虔・今井源衛・鈴木日出男校注・訳『古典セレクション 源氏物語』第二巻 一九九八年 小学館
柳井 滋・室伏信助・大朝雄二・鈴木日出男・藤井貞和・今西祐一郎校注『新日本古典文学大系 源氏物語』第一巻 一九九三年 岩波書店
阿部秋生・秋山 虔・今井源衛・鈴木日出男校注・訳『完訳日本の古典 源氏物語』第二巻 一九八三年 小学館
石田穣二・清水好子校注『新潮日本古典集成 源氏物語』第二巻 一九七七年 新潮社
阿部秋生・秋山 虔・今井源衛校注・訳『日本古典文学全集 源氏物語』第一巻 一九七〇年 小学館
玉上琢弥著『源氏物語評釈』第二巻 一九六五年 角川書店
山岸徳平校注『日本古典文学大系 源氏物語』第一巻 一九五八年 岩波書店
池田亀鑑校注『日本古典全書 源氏物語』第一巻 一九四六年 朝日新聞社
伊井春樹編『源氏物語引歌索引』一九七七年 笠間書院
榎本正純篇著『源氏物語の草子地 諸注と研究』一九八二年 笠間書院
[本文について]
本文は、定家本系統の最善本の大島本である。当帖は、奥入を有する。引き歌や注記等を行間に墨筆で書き入れている。
[注釈]
第一章 藤壷の物語 源氏、藤壷の御前で青海波を舞う
七月に藤壷女御、中宮に立つ---七月にぞ后ゐたまふめりし
[第二段 試楽の翌日、源氏藤壷と和歌遠贈答]
【つとめて中将君】−以下、試楽の翌日、源氏と藤壷、和歌の贈答をしあう。「中将の君」は源氏。
【いかに御覧じけむ世に知らぬ乱り心地ながらこそ】−源氏の手紙文。係助詞「こそ」の下に「舞ひつれ」などの語句が省略された形。
【もの思ふに立ち舞ふべくもあらぬ身の袖うち振りし心知りきや】−源氏の手紙に添えた贈歌。「立ち舞ふ」は舞を舞う意と立派に立ち振る舞うの両意がこめられる。「袖うち振りし」には舞の袖を振るしぐさの意と、袖振る動作が相手の魂を招き寄せるという信仰に基づく愛情を示すことの両意がこめられている。
【あなかしこ】−手紙の結語。当時は男性でも使用した。おそれ多いことですがの意。
【とある御返り目もあやなりし御さま容貌に見たまひ忍ばれずやありけむ】−「とある御返り」は、とある源氏の贈歌に対する藤壷の御返歌はの意。それが緊密かつ簡潔に表現されている。「目もあやなりし」以下、挿入句。『完訳』は「藤壷が返歌した理由を語り手が推測」と注す。なお『細流抄』他の旧注は「御返り」以下を「草子の地のことはる也」と指摘するが、「とある」以下全体が語り手の意の介入された句とも見られなくもない。
【唐人の袖振ることは遠けれど立ち居につけてあはれとは見き】−藤壷の返歌。「ふる」は「振る」と「古」の掛詞。青海波は唐楽なので「唐人」と詠んだ。「あはれとは見き」という点にこの返歌の主旨がある。
【大方には】−大体のところには、一通りにはの意。『完訳』は「「おほかたにはあらず」の意。一説には、「おほかたにはあはれと見き」」と注すが、どちらとも解せるような含みのある表現をあえて選んで答えたもので、二者択一的に判断するのは正しくない。感情を率直かつ直線的表現するようなことはしない。
【かやうの方さへ】−以下「かねても」まで、源氏の心中。「かやうの方」は青海波の舞が唐土から舶来した唐楽であるという故事来歴をいう。
[第三段 十月十余日、朱雀院へ行幸]
【行幸には、親王たちなど、世に残る人なく仕うまつりたまへり】−以下、神無月十日過ぎの朱雀院行幸の当日の物語。舞台は朱雀院。
【一日の源氏の御夕影】−試楽の日の源氏の夕日を浴びた姿。
【ゆゆしう思されて】−主語は帝。
【春宮の女御】−弘徽殿の女御をここでは「春宮の女御」と呼称。後宮の妃の一人というより東宮の母である妃というニュアンスを強調。
【宰相二人左衛門督右衛門督左右の楽のこと行ふ】−参議兼左衛門督一人と参議兼右衛門督一人の計二名が左の唐楽と右の高麗楽の指揮をおこなったものか。
【取りつつ】−「つつ」は同じ動作の繰り返しを表す。それぞれの家で舞の師匠を迎え取っての意。
【左大将さし替へたまふ】−系図不明の人物。従三位相当官、源氏は中将だからその上司。その上司がわざわざ部下の源氏のために菊を挿し替えた、ということを強調。
【入綾の】−横山本「いりあひ(や)の」、陽明文庫本「いりいりあひの」とある。「入綾」(舞楽の退場の際、舞う舞)を「入相」(日没)に誤る。別本の御物本も「いりあひ」と誤る。
【承香殿の御腹の四の御子まだ童にて】−この巻だけに登場。桐壷帝の後宮承香殿女御の第四親王。なお第一御子は弘徽殿女御の子で春宮(のちの朱雀院)、第二御子は桐壷更衣の子の源氏、第三御子は不明、という設定。さらにいえば、その後に螢兵部卿宮、帥宮、宇治八宮、冷泉帝(第十御子)という源氏の弟たちが登場する。今、第四親王が「童」で、第十親王が妊娠中ということになる。
【かへりてはことざましにやありけむ】−語り手の評言。かえって興ざましであったろうかの意。
【源氏中将正三位したまふ頭中将正下の加階したまふ】−中将は従四位下相当官、源氏の現在の位階は不明だが、正四位下から一階を飛び越して正三位に昇進したものであろう。頭中将は従四位上から正四位下に昇進した。なお「正三位」は、「じょうざんみ」、また「正下」は、「じょうげ」と読む。
【昔の世ゆかしげなり】−前世をさす。源氏の善根を積んだ前世が知りたい、の意。
[第四段 葵の上、源氏の態度を不快に思う]
【宮はそのころまかでたまひぬれば】−藤壷の宮をさす。里邸の三条宮邸に退出。
【大殿には騒がれたまふ】−「れ」(自発の助動詞)、左大臣家では穏やかでにはいらっしゃれない。
【かの若草たづね取り】−紫の君をさす。地の文で「若草」と呼称。
【二条院には人迎へたまふなり】−人の噂。二条院では女の人をお迎えになったそうだの意。
【心づきなしと思いたり】−主語は葵の上。
【うちうちのありさまは】−以下「思し直されむ」まで、源氏の心内。
【さもあるまじきすさびごとも出で来るぞかし】−「ついよろしくない浮気沙汰も引き起すといったことになるのだ」と自己弁解めいた感想。
【おだしく軽々しからぬ御心のほどもおのづから】−源氏の心。葵の上の人柄を想像して、いずれは打ち解けてくれようと期待する。
[第二段 藤壷の三条宮邸に見舞う]
【藤壷のまかでたまへる三条の宮に】−源氏は三条宮邸に里下り中の藤壷を訪い、兵部卿宮に会う。
【けざやかにももてなしたまふかな】−源氏の感想。他人行儀な扱いだと思う。
【いとよしあるさまして色めかしうなよびたまへるを】−兵部卿宮の物腰や器量についていう。
【女にて見むはをかしかりぬべく】−「む」(推量の助動詞、仮定)「ぬ」(完了の助動詞、確述)「べく」(推量の助動詞)、もし兵部卿宮を女性として見たらきっと素晴らしいにちがいないの意。源氏の仮想。心内文と地の文とが融合した表現。
【いとめでたし】−兵部卿宮の感想。
【婿になどは思し寄らで】−『集成』は「(源氏を)婿にしようなどとはお考えにもならず。自分の姫君が源氏に引き取られていようとはつゆしらず、という含みがある」と注すが、源氏が既に婿になっているという、「婿に」の下には「おはせり」などの語句が省略された形であろう。
【女にて見ばや】−兵部卿宮が源氏を女性として見たいという感想。
【御簾の内に入りたまふを】−主語は兵部卿宮。藤壷と兄妹なので、御簾の内側に入れる。しかし、藤壷はさらに几帳の内側にいる。
【昔は主上の御もてなしに】−以下「聞こえたまひしを」までは、源氏の心中とも解せる表現。「こよなううとみ給へる」は源氏の心中文であるとともに語り手の文でもある、境界語。源氏の心に添った語り口で、帝を「主上」と呼称する。
【わりなきや】−『岷江入楚』は「草子地也」と指摘。『集成』『完訳』も「草子地(作者の評語)」また「語り手の評」と注し、それぞれ「うらめしく思われるのは、これもまた仕方のないことではある」「それもいたしかたのないことである」と解す。
【しばしばも】−以下「うれしく」まで、源氏の詞。女房を介して、藤壷に話した内容。
【ありしより】−懐妊以後をさす。
【心とけぬ御けしきも】−藤壷の命婦に対する態度。『集成』は「(手引きをした自分に対して)快からずお思いのご様子も」と注す。
【恥づかしくいとほしければ】−命婦の藤壷に対する気持ち。『完訳』は「命婦は、藤壷に対して気づまりであり、またいたわしくも思う」と注す。
【はかなの契りや】−源氏と藤壷両人の心。下に「かたみに尽きせず」とある。
[第三段 故祖母君の服喪明ける]
【少納言は】−以下、物語は転じて、紫の君の物語となる。
【おぼえずをかしき世を見るかな】−以下「仏の御しるしにや」まで、少納言の心中。
【大殿いとやむごとなくて】−以下「むつかしきこともや」まで、少納言の心中。
【御服母方は三月こそはとて晦日には脱がせたてまつりたまふを】−『喪葬令』に母方の祖父母の服喪は三カ月(父方の祖父母の場合は五カ月)と規定。九月二十日ころ死去したので(「若紫」)、十二月下旬に除服となる。
[第四段 新年を迎える]
【男君は朝拝に】−新年を迎える。「男君」という呼称は「夫君」というニュアンス。
【今日よりは】−以下「なりたまへりや」まで、源氏の詞。
【たてまつりたまへるを】−主語は源氏。紫の君のために。
【儺やらふとて犬君が】−以下「つくろひはべるぞ」まで、紫の君の詞。相変わらず子供っぽい遊びに熱中。「儺」(追儺)は大晦日の夜に行う行事。「犬君」は紫の君の遊び相手(「若紫」巻に登場)。
【げにいと心なき人の】−以下「な泣いたまひそ」まで、源氏の詞。紫の君に合わせた発言。
【姫君も立ち出でて見たてまつりたまひて】−姫君が「立ち出で」という行動はや異例、普通は膝行するものである。紫の君の無心さあどけなさの現れ。
【今年だに】−以下「もの憂くせさせたまふ」まで、少納言の乳母の詞。
【我はさは】−以下「持たりけるかな」まで、紫の君の心中。
【さはいはど、御年の数添ふしるしなめりかし】−『紹巴抄』は「双地」と指摘。『集成』も「諧謔めかした草子地。語り手(作者)が直接読者に語りかける趣」と注す。
[第二段 二月十余日、藤壷に皇子誕生]
【参座しにとても】−主語は源氏。年賀の拝礼に参る。
【内裏春宮一院ばかり】−「一院」について、『集成』は「上皇のこと。朱雀院で算賀を受けられた方であろう」と注す。『完訳』は「ここだけに見える呼称。巻頭の行幸はこの一院の賀。上皇が二人存在する場合、先に上皇になった方を「一院」、後の方を「新院」と呼ぶ。桐壷帝の一代前の帝(新院)は兵部卿宮や藤壷の父で、すでに崩御。この一院は桐壷帝の父か」と注す。
【今日はまたことにも見えたまふかな】−以下「御ありさまかな」まで、女房の詞。源氏賞賛。下に「人びと」とあるので、今、二人の女房の詞と解す。
【ほの見たまふにつけても】−主語は藤壷。源氏をちらっと御覧になるにつけてもの意。
【この御ことの師走も過ぎにしが】−御出産の予定の十二月も過ぎてしまったの意。
【この月はさりともと】−正月にはいくらなんでも、の意。
【つれなくて立ちぬ】−何事もなく正月が過ぎてしまったの意。
【このことにより身のいたづらになりぬべきこと】−藤壷の心。「この事」は出産をさす。
【中将君は】−源氏をさす。ここでは官職名、公人的ニュアンスで呼称する。
【世の中の】−以下「はかなくてや止みなむ」まで、源氏の心。「や」(係助詞、疑問)「な」(完了の助動詞、確述)「む」(推量の助動詞)、このままはかなく藤壷との仲も終わってしまうのだろうかの意。
【取り集めて嘆きたまふに】−主語は源氏。
【二月十余日のほどに男御子生まれたまひぬれば】−後の冷泉帝。二月十何日に誕生。源氏との密通は、夏の「あやにくなる短夜」(「若紫」巻)、六月には妊娠「三月」とあったので、逆算四月と推定される。藤壷はそれより前に里邸に下がっていたので、人々はそれを妊娠のためかと思っていた。
【命長くもと思ほすは心憂けれど】−『集成』は「藤壷は、よくぞ生き永らえたものとお思いになると、情けないけれども。藤壷は、あわよくばこのお産で死にたいとも思っている」と注す。一方『完訳』は「人々の喜びから反転して、以下、藤壷の複雑な思念。生れ出た若君のためにも長く生きよう、の決意。一説には、死線を越えて生き延びた生命をいとおしむ気持」と注す。後者の説に従う。
【むなしく聞きなしたまはましかば人笑はれにや】−藤壷の心。「ましかば」は反実仮想。「人笑はれにや」の下に「ならまし」などの語句が省略された形。もしもわたしが死んでいたら物笑いの種となったのではなかろうか、死なずに幸いであったの意。『完訳』は「自分が死んだと弘徽殿が聞き及んだ場合の、堪えがたい不面目を仮想し、敗北してなるものかと立ち直る。「つよる」は「つよ(強)し」の動詞化、「思し」と複合。母となった藤壷の、弘徽殿の存在を意識してたくましく生きぬこうとする意志に注意。
【かの人知れぬ御心にもいみじう心もとなくて】−源氏をさす。
【人まに参りたまひて】−主語は源氏。場所は藤壷の三条宮邸に。
【主上のおぼつかながりきこえさせたまふを】−以下「詳しく奏しはべらむ」まで、源氏の詞。主上に申し上げたいとは、源氏の口実で、わが子を見たい気持ち。
【むつかしげなるほどなれば】−藤壷の返事。産まれたばかりで見苦しいといって断る。
【ことわりなり】−語り手の評言。『首書源氏物語』所引或抄は「地よりいへり」と注す。
【さるは】−以下「べくもあらず」まで、それというのも、実のところ、と切り出すように語り手の感想を交えた表現。『集成』は「だが」と注すが、単なる逆接ではない。『完訳』は「じつは」と訳す。
【違ふ】−本文異同がある。大島本、榊原家本、池田本は「たかふ」(「違ふ」)とあり、横山本、陽明文庫本、肖柏本、三条西家本、書陵部本は「まかふ」(「紛ふ」)とある。河内本と別本の伝二条為氏筆本は大島本等と同文。御物本は横山本等と同文。
【宮の、御心の鬼にいと苦しく】−『集成』は「人知れずお心に咎めて、とてもつらく。「心の鬼」は、良心の呵責というに近い」と注す。
【人の見たてまつるも】−以下「漏り出づべきにか」まで、藤壷の心中。
【あやしかりつるほどのあやまり】−『集成』は「不審に思われるに違いない月勘定の狂いを」と解し、「産み月が予想より遅れたのは、内裏退出後の源氏との密通による懐妊だからである。懐妊当時の帝への奏上の時期についてもすでに問題があった」と注す。一方『完訳』では「源氏との密会」と注し、「いかなることかと我ながら申し開きの立たぬあのときの異常な過ちを」と解す。
【人の思ひとがめじや】−「や」(係助詞、反語)、どうして気づかずにすもうか、きっと感づくに違いないの意。
【疵を求むる世に】−『伊行釈』『花屋抄』は「直き木に曲れる枝もあるものを毛を吹き疵を言ふがわりなき」(後撰集雑二、一一五六、高津内親王)を引歌として指摘。
【命婦の君にたまさかに逢ひたまひて】−主語は源氏。
【わりなくおぼつかながりきこえたまへば】−主語は源氏。無性に若宮を拝見したく訴え申し上げなさるのでの意。
【などかうしも】−以下「見たてまつらせたまひてむ」まで、王命婦の詞。「のたまはす」「見たてまつらせたまひ」という最高敬語は単に会話文中であるからでなく、源氏の気持ちを何とかなだめすかそうとする、命婦の丁重な物言いであろう。
【いかならむ世に人づてならで聞こえさせむ】−源氏の詞。
【いかさまに昔結べる契りにてこの世にかかるなかの隔てぞ】−源氏の藤壷への贈歌。「この世」に「子の世」を掛ける。『集成』は「藤壷にもわが子にも逢えぬつらさを嘆いた歌である」と注す。
【かかることこそ心得がたけれ】−歌に添えた詞。
【思ほしたるさまなど】−『完訳』は「源氏を拒みつつも心ひかれている藤壷の、惑乱する心の状態」と注す。
【えはしたなうもさし放ちきこえず】−『完訳』は「源氏・藤壷それぞれ苦悩する間に立つ命婦は、そっけなく放置することもできず、藤壷に代って返歌する」と注す。
【見ても思ふ見ぬはたいかに嘆くらむこや世の人のまどふてふ闇】−命婦の藤壷に代わって源氏への返歌。「この世」を踏まえて「こや世の人」と返した。「見ても思ふ」の主語は藤壷、「見ぬはたいかに嘆くらむ」の源氏をさす。「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな」(後撰集雑一、一一〇二、藤原兼輔)を踏まえる。
【あはれに心ゆるびなき御ことどもかな】−歌に添えた命婦の詞。「御ことどもかな」というように第三者の立場に戻っていう。
【わりなきことにのたまはせ思して】−主語は藤壷。
[第三段 藤壷、皇子を伴って四月に宮中に戻る]
【四月に内裏へ参りたまふ】−四月、藤壷は若宮を伴って宮中に参内。
【思し寄らぬこと】−主語は帝。若宮が藤壷と源氏の間の子であることをさす。
【またならびなきどちはげにかよひたまへるにこそは】−帝の心。世に比類のない者同士というのは、なるほど似通うものである、という納得の仕方。
【中将の君】−源氏。公的呼称のニュアンス。
【こなたにて】−藤壷の御殿(飛香舎)をさす。
【抱き出でたてまつらせたまひて】−主語は帝。「たてまつら」(謙譲の補助動詞、帝の若宮に対する敬意)「せ」(尊敬の助動詞)「たまひ」(尊敬の補助動詞、帝に対する最高敬語)。
【御子たち、あまたあれど】−以下「皆かくのみあるわざにやあらむ」まで、帝の詞。
【そこをのみなむ】−「そこ」は源氏をさしていう。
【思ひきこえさせたまへり】−「きこえ」(謙譲の補助動詞、帝の若宮に対する敬意)「させ」(尊敬の助動詞)「たまへ」(尊敬の補助動詞、帝に対する最高敬語)。
【面の色変はる心地して】−『完訳』は「帝の歓喜と愛情の言辞が、源氏の心に緊張と興奮の渦を誘発する。「恐ろしうも」以下の情念の動きにその複雑な葛藤が語られる」と注す。
【恐ろしうもかたじけなくもうれしくもあはれにもかたがた移ろふ心地して】−相反する感情の相剋。『集成』は「「うれしくも、あはれにも(胸を締めつけられるようにも)」は、わが子である若宮に対する気持、前の「恐ろしうも、かたじけなくも」は帝に対する気持」と解す。
【涙落ちぬべし】−『集成』は「涙が落ちそうだ。源氏の主観的な気持をそのまま地の文とした叙法で、作者のよく用いるところである」と注す。
【もの語りなどして】−若宮が声を上げること。
【わが身ながらこれに似たらむはいみじういたはしうおぼえたまふ】−『集成』は「この若宮に似ているのなら大層大切なものだという気持におなりになるのは」と解し、『完訳』は「自分がそのままこの若宮に似ているのだとしたら、この身をよほど大事にいたわらねば、というお気持になられるが」と解す。
【あながちなるや】−語り手の評言。『休聞抄』は「双也」と指摘、『完訳』は「身びいきだ、とする語り手の評。この評言によって源氏を読者の非難から守りつつ、源氏--若宮の血脈に注目させる」と注す。
【中将はなかなかなる心地の】−源氏の中将は若宮を拝見してかえっての意。
【わが御かたに臥したまひて】−場面は変わって、源氏の二条院の東の対。
【御前の前栽の何となく青みわたれるなかに常夏のはなやかに咲き出でたるを折らせたまひて】−「常夏」は「撫子」ともいう。「なつ」は「懐かしい」を連想させる。常夏の花が咲き出したという風景描写は、若宮、すなわち慕わしいわが子が産まれたという源氏の心象風景。
【命婦の君のもとに書きたまふこと多かるべし】−語り手の推測。『細流抄』は「草子地也」と指摘。
【よそへつつ見るに心はなぐさまで露けさまさる撫子の花】−源氏の藤壷への贈歌。『花鳥余情』は「よそへつつ見れど露だに慰まずいかがはすべきなでしこの花」(新古今集、雑上、一四九四、恵子女王)を指摘。「よそへつつ見る」は意味深長な表現。「撫子の花」を「若宮によそへつつ見る」、また「帝のお子と思って拝しているが、実はわが子であると思うと」。
【花に咲かなむと】−以下「世にはべりければ」まで、歌に添えた言葉。『集成』『完訳』は「我が宿の垣根に植ゑし撫子は花に咲かなむよそへつつ見む」(後撰集、夏、一九九、読人しらず)を引歌として指摘。『集成』は「(この撫子の花のように)若宮がお生まれになったらと思いましたが、そうなってもどうにもならない二人の仲でございましたので」と解す。
【さりぬべき隙にやありけむ】−語り手の挿入句。「さ」は、都合のよい機会をさす。「隙」は人のいない間。
【ただ塵ばかりこの花びらに】−王命婦の藤壷への詞。『紹巴抄』は「塵をだに据ゑじとぞ思ふ咲きしよりいもとわがぬる常夏の花」(古今集、夏、一六七 、凡河内躬恒)を指摘。「ほんの少しでも、この手紙に返事を」という意。それを古歌の文句を踏まえた雅な表現をしたもの。
【袖濡るる露のゆかりと思ふにもなほ疎まれぬ大和撫子】−藤壷の源氏への返歌。「袖濡るる」は「露けさまさる」と詠んでよこした源氏の袖をいう。「露のゆかり」は若宮があなたの子であるという意をこめる。『集成』は、「あなたのお袖の濡れる露に縁のあるもの(悲しんでおられるあなたのお子)と思うにつけても、やはり大和撫子(このお子)をいとしむ気にはなれません」と解し、『完訳』は「「ぬ」は完了の意。打消とする一説はとらない。「なほ--」で、一面には、若宮をいとおしむ気持」と注して、「このやまとなでしこ--若宮があなたのお袖を濡らす涙のゆかりと思うにつけても、やはりこれをいとおしむ気にはなれません」と訳す。この子が源氏の子であると思うと、やはり疎ましい気持ちが生じずにはいない、という真情を吐露した歌。しかし、藤壷がわが子を真底に「なほ疎まれぬ」と思っているわけではあるまい。「ぬ」を打消の助動詞と解せば、「疎むことのできないわが子」の意になり、藤壷のわが子をいとおしむ気持ちの表出になる。この感情は矛盾するものではない。源氏に対しては「いとおしむ気にはなれない」という一方で、わが子は「いとおしい」という。この歌を受け取った源氏もその両意に解したろう。
【よろこびながらたてまつれる】−主語は王命婦、珍しく返歌をいただけたので。
【例のことなればしるしあらじかし】−源氏の心。
[第四段 源氏、紫の君に心を慰める]
【つくづくと臥したるにも】−源氏、西の対に行き、紫の君に心を慰める。
【例の慰めには西の対にぞ渡りたまふ】−紫の君のいる西の対。主語は源氏。紫の君は、源氏にとって、藤壷に対する気持ちの「慰め」の存在。
【しどけなくうちふくだみたまへる鬢ぐきあざれたる袿姿にて】−源氏の藤壷に対する物思いにやつれた姿。
【女君ありつる花の露に濡れたる心地して】−「女君」は紫の君をいう。初めて「女君」という呼称がなされる。これまでは「若草」「幼き人」「姫君」などと呼称されてきた。「ありつる花」は常夏の花。『集成』は「源氏に対してやや怨みを含んだていの艶な姿態の形容である」と注す。
【愛敬こぼるるやうにて】−紫の君の姿態をいう。
【おはしながら】−主語は源氏。お帰りになりながらの意。『完訳』は以下「なるへし」まで、挿入句と解す。その訳文を見ると、「愛敬こぼるるやうにて」が挿入句全体に掛かるように訳されている。
【例ならず背きたまへるなるべし】−「なる」(断定の助動詞)「べし」(推量の助動詞)は、語り手の推測を交えた挿入句。
【こちや】−源氏の詞。こちらへの意。
【入りぬる磯のと口ずさみて】−『源氏釈』は「潮満てば入りぬる磯の草なれや見らく少なく恋ふらくの多き」(拾遺集、恋五、九六七、坂上郎女)を指摘、原歌は『万葉集』。その第二句の文句。紫の君は、磯の草のように、逢うことが少ないという不満の気持ちを訴えた。
【あな憎】−以下「まさなきことぞよ」まで、源氏の詞。
【みるめに飽くは】−『源氏釈』は「伊勢のあまの朝な夕なにかづくてふみるめに人をあくよしもがな」(古今集、恋四、六八三、読人しらず)を指摘、現行の注釈書でも引歌として指摘。『集成』は「しょっちゅう逢ってるなんてお行儀の悪いことなのですよ」の意と注す。
【箏の琴は】−以下「ところせけれ」まで、源氏の詞。
【かき合はせばかり弾きて】−主語は源氏。琴の調子合わせのための小曲。
【さしやりたまへれば】−源氏が箏の琴を紫の君の前に差し出すとの意。
【さしやりてゆしたまふ御手つき】−「揺す」は、左手で絃を押えゆすって、音を響かせること。
【笛吹き鳴らしつつ教へたまふ】−主語は源氏。『完訳』は「つつ」を「笛を吹き鳴らし吹き鳴らしして」と訳す。
【思ひしことかなふ】−源氏の心。
【保曾呂惧世利】−高麗壱越調の曲。
【吹きすさび】−大島本と池田本は「ふきすさひ」とある。横山本は「ふきすまし」の「すまし」をミセケチにする。榊原家本、陽明文庫本、肖柏本、三条西家本、書陵部本は「ふきすまし」(吹き澄まし)とある。なお河内本は「吹すまし」、別本の御物本は「ふきすまし〔すまし−補入〕」とある。青表紙本は最初「吹きすさひ」とあったのが、後に「吹き澄まし」と訂正されたものか。それはしかも定家自身によってなされたものであろうか。『集成』は「吹きすさび」、『完訳』は「吹きすまし」と改訂する。
【拍子】−大島本、榊原家本、池田本は「はうし」と表記。横山本と陽明文庫本は「ひやうし」と表記。肖柏本と三条西家本と書陵部本は「拍子」と漢字表記。
【雨降りはべりぬべし】−供人の詞。
【姫君】−紫の君。再び「姫君」の呼称に戻る。その幼さが強調される。
【他なるほどは恋しくやある】−源氏の詞。
【うなづきたまふ】−主語は紫の君。
【我も】−以下「見えたてまつらむと思ふぞ」まで、源氏の詞。
【あれど】−大島本は「さ(あ)れと」と訂正。しかしその他の諸本は「されと」とある。河内本や別本の御物本も「されと」とある。大島本の訂正が他の青表紙諸本に継承されてないことは、後人の訂正によるものか。『集成』『完訳』は「されと」と改訂する。
【今宵は出でずなりぬ】−源氏の詞。
【皆立ちて】−『集成』は「供人は皆引き上げて」の意に解し、『完訳』は「女房どもがみな座を立ち」の意に解す。どちらとも決めがたい。両意あるであろう。
【出でずなりぬ】−源氏の紫の君への詞。
【さらば寝たまひねかし】−紫の君の心。
【かかるを見捨ててはいみじき道なりともおもむきがたく】−源氏の心。心中文が地の文に続いた構文。「いみじき道」は死出の旅路をさす。
【おのづから漏り聞く人、大殿に聞こえければ】−自然と耳にする人が左大臣家に申し上げたので、の意。
【誰れならむ】−以下「聞こゆるは」まで、左大臣邸の女房の詞。複数の人々の詞と解す。
【隠したまふななり】−「な」(断定の助動詞)「なり」(伝聞推定の助動詞)、隠しておいでなのでしょうの意。なお榊原家本は「かくし給なめり」(断定の助動詞+推量の助動詞)、陽明文庫本は「かくし給なり」(断定の助動詞)とある。
【いとほしく】−以下「もてなすなるらむ」まで、帝の詞。
【かしこまりたるさまにて御いらへも聞こえたまはねば】−主語は源氏。恐縮したていであるが、何とも返事を申し上げない。
【心ゆかぬなめり】−帝の心。源氏は葵の上が気に入ってないようであるの意。
【さるは好き好きしう】−以下「人にも怨みらるらむ」まで、帝の詞。『集成』は「別の折に帝が側近にもらされた言葉である」と注す。
[第二段 源氏、源典侍と和歌を詠み交わす]
【主上の御梳櫛にさぶらひけるを】−主語は源典侍。
【好ましげに見ゆるを】−『集成』は「しゃれて」と注すが、『完訳』は「見るからに好色者の感じ」と注す。
【さも古りがたうも】−源氏の感想。
【いかが思ふらむ】−源氏の心。
【かはぼり】−『名義抄』に「蝙蝠 カハボリ」とある。
【えならず画きたるを】−『集成』は「見事に」と注し、『完訳』は「ひどく派手に描いてあるのを」と注す。
【見延べたれど】−流し目をつかう意。
【はつれそそけたり】−『集成』は「肉がそげて皺だらけだ」と注すが、『完訳』は「乱れほつれた毛髪が、扇で隠しきれず、はみ出すさま」と注す。
【似つかはしからぬ扇のさまかな】−源氏の心。
【塗り隠したり】−大島本は「ぬりかへ(へ$く<朱>)したり」、横山本、榊原家本、陽明文庫本は「ぬりかへしたり」、池田本は「ぬりかへ(へ=く)したり」、肖柏本と三条西家本は書陵部本は「ぬりかくしたり」。河内本では七毫源氏、尾州家本、平瀬本は「ぬりかへしたり」、高松宮家本、大島本、一条兼良奥書本は「ぬりかくしたり」とある。別本の御物本は「ぬりかへしたり」とある。『集成』は「ぬりかくしたり」、『完訳』は「ぬりかへしたり」とするが、共に「金泥で塗りつぶして」と訳す。
【森の下草老いぬれば】−「大荒木森の下草老いぬれば駒もすさめず刈る人もなし」(古今集、雑上、八九二、読人しらず)の第二句。年をとって誰も相手にしてくれないといった内容。
【ことしもあれ、うたての心ばへや】−源氏の心中。他に書きようもあろうに、何と嫌らしいことを書いたものかの意。『完訳』は「源氏は、男ひでりを嘆く歌と読んだか」と注す。
【森こそ夏のと見ゆめる】−源氏の詞。『集成』は「源氏釈」所引の「ひまもなく茂りにけりな大荒木森こそ夏の蔭はしるけれ」(出典未詳)を指摘し、「立ち寄ってもよさそうな森ではないか、と、扇の絵の批評にかこつけての皮肉」と注す。『完訳』は「時鳥来鳴くを聞けば大荒木森こそ夏の宿りなるらし」(信明集)を指摘し、「典侍の所は多くの男たちがの泊る宿、の寓意で用いた」と注す。両義あると見てよいだろう。
【人や見つけむ】−源氏の心配。
【君し来ば手なれの駒に刈り飼はむ盛り過ぎたる下葉なりとも】−源典侍の贈歌。『花鳥余情』は「我が門のひとむら薄刈り飼はむ君が手馴れの駒も来ぬかな」(後撰集、恋二、六一七、小町が姉)を指摘。「君」は源氏をさし、自分を「下葉」に譬える。歓待しましょうの意。
【こよなく色めきたり】−語り手の感想を交えた表現である。
【笹分けば人やとがめむいつとなく駒なつくめる森の木隠れ】−源氏の返歌。『花鳥余情』は「笹分けば荒れこそ増さめ草枯れの駒なつくべき森の下かは」(蜻蛉日記)を指摘。「笹分けば」の主語は自分、「駒」は他の男性を、「森の下」は相手の源典侍を喩える。
【わづらはしさに】−歌に添えた詞。
【まだかかるものをこそ】−以下「身の恥になむ」まで、源典侍の詞。『花鳥余情』は「黒髪に白髪まじり老ゆるまでかかる恋にはいまだあはなくに」(拾遺集、恋五、九六六、坂上郎女、原歌は万葉集巻四)を指摘。
【いま聞こえむ思ひながらぞや】−源氏の返事。『完訳』は「限りなく思ひながらの橋柱思ひながらに中や絶えなむ」(拾遺集、恋四、八〇四、読人しらず)を引歌として指摘。
【橋柱】−源典侍の詞。源氏が「思いながら」と言ったことから、「長柄の橋」を連想し、それから「橋柱」と言ったもの。『源氏釈』は「思ふこと昔ながらの橋柱ふりぬる身こそ悲しけれ」(新勅撰集、雑四、一二八五、読人しらず)を指摘。『完訳』も出典を『一条摂政御集』として同歌を指摘し、「嘆老を源氏に訴える」と注す。『集成』は「限りなく思ひながらの橋柱思ひながらに中や絶えなむ」(拾遺集、恋四、八〇四、読人しらず)を引歌として指摘し、「そんなことをおっしゃって、このまま切れてしまおうというおつもりですか」と注す。いずれにしても、源典侍の嘆老と切実な訴えが窺える。
【似つかはしからぬあはひかな】−帝の感想。
【好き心なしと】−以下「過ぐさざりけるは」まで、帝の詞。
【憎からぬ人ゆゑは、 濡衣をだに着まほしがる】−『源氏釈』は「憎からぬ人の着せけむ濡れ衣は思ひにあへず今乾きなむ」(後撰集、恋五、六五七、中将内侍)を指摘。『集成』は『古今六帖』五の「憎からぬ人の着すなる濡衣はいとひがたくも思ほゆるかな」を引歌として指摘し、「厭ひがたく」と「いと干がたく」を掛けると注す。
【あらがひきこえさせず】−主語は源典侍。「聞こえさす」は「聞こゆ」よりさらに謙った謙譲語。
【思ひのほかなることかな】−女房たちの意外な驚き。
【至らぬ隈なき心にてまだ思ひ寄らざりけるよ】−頭中将の心中。
【尽きせぬ好み心】−源典侍のいくつになってもやまない好色心をいう。
【語らひつきにけり】−主語は頭中将。
【この君も】−頭中将をさす。『湖月抄』所引師説は以下「草子地也」と指摘。
【かのつれなき人】−源氏をさす。
【見まほしきは限りありけるをとや】−『孟津抄』は「草子地也」と指摘、『完訳』は「逢いたいのは源氏だけだとか。以下、語り手の感想をこめた叙述」と注す。
【うたての好みや】−『明星抄』は「草子地に見るへきにや」と指摘し、『評釈』は「作者の合の手批評である」、『全集』は「老女の度外れた好色への、語り手の評言」、『集成』は「とんでもない選り好みだこと。草子地である。お婆さんのくせに贅沢な、という諧謔」と注す。
[第三段 温明殿付近で密会中、頭中将に発見され脅される]
【いたう忍ぶれば】−源典侍が頭中将との関係を秘密にしていたことをさす。
【見つけきこえては】−源典侍が源氏をお見かけ申してはの意。
【夕立して名残涼しき宵のまぎれに温明殿のわたりを】−季節は夏、夕立の後、場所は宮中賢所のある温明殿の付近。神聖な場所である。
【瓜作りになりやしなまし】−『催馬楽』「山城」の「山城の狛のわたりの瓜つくりななよやらいしなやさいしなや瓜つくり瓜つくりはれ瓜つくり我を欲しといふいかにせむななよやらいしなやさいしなやいかにせむいかにせむはれいかにせむなりやしなまし瓜たつまてにやらいしなやさいしなや瓜たつま瓜たつまてに」。「瓜作りになりやしなまし」そのものの句はない。語り手の間接話法とみるべきか。
【すこし心づきなき】−源氏の感想。
【鄂州にありけむ昔の人もかくやをかしかりけむ】−源氏の心。『白氏文集』巻第十「夜聞歌者」を連想した。詩中に「鄂州」の文言はないが、古本には題名に「宿鄂州」と注記があったらしい。
【君東屋を忍びやかに歌ひて】−『催馬楽』「東屋」をさす。源氏は、「東屋の真屋のあまりのその雨そそぎ我立ち濡れぬ殿戸開かせ鎹もとざしもあらばこそその殿戸我鎖さめおし開いて来ませ我や人妻」の「殿戸開かせ」までの前半部を謡って挑発した。
【押し開いて来ませ】−源典侍は、それに対して、その後半部「鎹も」以下を謡って掛け合いに応じたもの。「押し開いて来ませ」はその歌詞の一部。どうぞ入っていらっしゃいませの意。
【立ち濡るる人しもあらじ東屋にうたてもかかる雨そそきかな】−源典侍の贈歌。「立ち濡るる」「東屋」「雨そそき」などの語句は『催馬楽』「東屋」を踏まえた表現。誰も訪れないことを嘆く意。
【我ひとりしも聞き負ふまじけれど】−挿入句。源氏一人がその恨み言に責任を負わねばならない筋合ではないがの意。
【うとましや何ごとをかくまでは】−源氏の感想。
【人妻はあなわづらはし東屋の真屋のあまりも馴れじとぞ思ふ】−源氏の返歌。「人妻」「東屋」「真屋のあまり」の語句も『催馬楽』「東屋」を踏まえた表現。他に通う男のいるあなたは厄介だ、馴れ親しもうとは思いませんの意。
【いかで見あらはさむ】−頭中将の心。
【これを見つけたる心地いとうれし】−地の文と作中人物の心理が一体化した表現。読み手が頭中将の気持ちになって心躍らせて読み上げるような一文である。
【かかる折に】−以下「言はむ」まで、頭中将の心。
【すこしまどろむにや】−頭中将の推測。
【なほ忘れがたくすなる修理大夫にこそあらめ】−源氏の心。修理大夫は源典侍に通う男。
【あなわづらはし】−以下「心憂くすかしたまひけるよ」まで、源氏の詞。
【蜘蛛のふるまひはしるかりつらむものを】−『源氏釈』は「わがせこが来べき宵なりささがにの蜘蛛のふるまひかねてしるしも」(古今集、墨滅歌、一一一〇、衣通姫)を指摘。男が来ることは分かっていましたのですからの意。
【引きたてまつる】−大島本は「ひきたてまつる」。横山本、陽明文庫本、肖柏本は「ひきたて給へるに」。榊原家本、池田本、三条西家本、書陵部本は「ひきたて給へる」。河内本は高松宮家本の独自異文を除いて他は榊原家本等と同文。別本の御物本も榊原家本等と同文、伝二条為氏筆本は「ひきたゝみたる」の独自異文。『集成』『完訳』共に「引きたてたまへる」と改訂する。そして『集成』は「〔源氏が〕ひきめぐらされた」と注し、『完訳』は「源氏が屏風をひろげて姿を隠す、その屏風のもとに」と注す。共に「給ふ」を源氏の動作に対して用いられた敬語と見る。
【ごほごほとたたみ寄せて】−「ごほごほ」と読む。『完訳』は「源氏が屏風を広げるそばから、頭中将がたたみ寄せる」と注す。
【この君をいかにしきこえぬるか】−源典侍の心。
【誰れと知られで出でなばや】−源氏の心。
【いとをこなるべし】−源氏の判断。
【いかで我と知られきこえじ】−頭中将の心。
【あが君あが君】−源典侍の嘆願の詞。
【ほとほと笑ひぬべし】−『湖月抄』師説は「中将心を草子地より云也」と指摘。作中人物と語り手の気持ちが一体化した表現。読み手は感情をこめて読み上げた文章。
【好ましう若やぎて】−以下「いとつきなし」まで、語り手の源典侍の振る舞いに対する批評的文章。
【かうあらぬさまにもてひがめて】−主語は頭中将。別人を装うことをさす。
【我と知りてことさらにするなりけり】−源氏の心。
【その人なめり】−源氏の心。「その人」は頭中将をさす。
【まことは】−以下「直衣着む」まで、源氏の詞。
【さらばもろともにこそ】−源氏の詞。
【つつむめる名や漏り出でむ引きかはしかくほころぶる中の衣に】−頭中将の贈歌。「包む」「綻ぶ」は「衣」の縁語。「包む」は衣で包む意と秘密を包む意を掛け、「中」は衣と衣の中(間)と源氏と源典侍との仲を連想させる表現。
【上に取り着ばしるからむ】−歌に添えた詞。『奥入』は「紅のこそめの衣下に着て上にとり着ばしるからむかも」(古今六帖、衣)を指摘。下の句を引用したもの。綻びた衣を上に着たら浮気の沙汰が明白だの意。
【隠れなきものと知る知る夏衣着たるを薄き心とぞ見る】−源氏の返歌。「着たる」「薄き」は「夏衣」の縁語。「きたる」は「着たる」「と「来たる」の掛詞。
[第四段 翌日、源氏と頭中将と宮中で応酬しあう]
【いと口惜しく見つけられぬること】−源氏の心。
【恨みてもいふかひぞなきたちかさね引きてかへりし波のなごりに】−源典侍の贈歌。「恨」と「浦」、「効」と「貝」、「立ち」と「太刀」の掛詞。「浦」「貝」「引き」「帰り」「名残」は「波」の縁語。『完訳』は「若者が老女を置去りにするのを、大波が引くさまにたとえた」と注す。
【底もあらはに】−歌に添えた詞。『源氏釈』は「別ての後ぞ悲しき涙川底も露になりぬと思へば」(新勅撰集、恋四、九三九、読人しらず)を指摘。その第四句の言葉を引用。
【面無のさまや】−源氏の感想。
【荒らだちし波に心は騒がねど寄せけむ磯をいかが恨みぬ】−源氏の返歌。「浪」を頭中将に、「磯」を源典侍に喩える。「荒立つ」は波が荒立つと心が荒立つの両意。「荒立つ」「浪」「寄す」「磯」「浦見」は縁語。頭中将の乱暴は何とも思わないが、その彼を近づけたあなたは恨みますよの意。
【わが御直衣よりは色深し】−源氏の心。
【あやしのことどもや】−以下「をこがましきことは多からむ」まで、源氏の心。
【これまづ綴ぢつけさせたまへ】−頭中将の伝言。
【いかで取りつらむ】−源氏の心。
【この帯を得ざらましかば】−源氏の心。
【なか絶えばかことや負ふと危ふさにはなだの帯を取りてだに見ず】−源氏の贈歌。『花鳥余情』は『催馬楽』「石川」の「石川の高麗人に帯を取られて辛き悔するいかなるいかなる帯ぞ縹の帯の中はたいれるかかやるかあやるか中はたいれたるか」を指摘。「中」は頭中将と源典侍との仲をさす。仲の切れた原因がわたしにあると言われないように、帯は取りませんよの意。
【君にかく引き取られぬる帯なればかくて絶えぬるなかとかこたむ】−頭中将の返歌。「帯」に源典侍の意をこめる。源典侍との仲が切れたのは、あなたにその帯(女)を取られたせいとしようの意。
【もの隠しは懲りぬらむかし】−頭中将の詞。
【いとねたげなるしり目なり】−『集成』は「えらく得意そうな横目でじろりとにらむ。「ねたげ」は、こちらが「ねたし」(しゃくだ)と思うような様子。こしゃくな感じで、というほどの意」と注す。
【などてかさしもあらむ】−以下「憂しや世の中よ」まで、源氏の返事。
【憂しや世の中よ】−『集成』は「引歌であるが未詳」と注す。『全書』『対校』『大系』『評釈』『全集』『完訳』『新大系』は「人ごとはあまの刈る藻にしげくとも思はましかばよしや世の中」(古今六帖四、恨み)を引歌として指摘する。『完訳』は「「うしや」と裏返して、世の噂を疎む気持」と注す。
【鳥籠の山なる】−『源氏釈』は「犬上の鳥籠の山なるいさや川いさと答えよ我が名洩らすな」(古今集、墨滅歌、一一〇八)を指摘。『集成』は「いさや川」、『完訳』『新大系』は「名取川」として引用。
【ものむつかしき人ゆゑ】−源氏の心。「人」は源典侍をさす。
【わびしと思ひありきたまふ】−『集成』は「〔源氏は〕やれやれと逃げまわっておられる」と注し、『完訳』は「困ったものよと思い続けていらっしゃる」と訳す。
【さるべき折の脅しぐさにせむ】−頭中将の心。
【主上の御もてなし】−桐壷帝の源氏に対する待遇をさす。
【いとことにさりきこえたまへるを】−主語は親王たち、相手は源氏をさす。
【さらにおし消たれきこえじ】−頭中将の心。
【この君一人ぞ姫君の御一つ腹なりける】−以下「されどうるさくてなむ」まで、語り手の頭中将の人物についての補足説明的文章。
【帝の御子といふばかりにこそあれ】−以下「劣るべき際」まで、頭中将の自負、心中文。だが、その文末は地の文に移る。なお頭中将の出自を語るあたり「桐壷」巻と重複するところがある。
【何ばかり劣るべき際とおぼえたまはぬなるべし】−心中文から地の文へ移行する。したがって、「何ばかり」「劣るべき際」は反語ではない。地の文に続いて、どれほども劣る身分とお思いにならないという程度を表す。
【されどうるさくてなむ】−『休聞抄』は「紫式双也」と指摘、『集成』は「省筆をことわる草子地。源典侍の話もその一つ、という含み」、『完訳』は「語り手の省筆の言葉で、典侍の物語を語りおさめる」と注す。
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