Last updated 5/19/2004
渋谷栄一校訂(C)(ver.1-2-3)

  

賢木

光る源氏の二十三歳秋九月から二十五歳夏まで近衛大将時代の物語

 [主要登場人物]

 光る源氏<ひかるげんじ>
呼称---大将の君・大将・大将殿・右大将・男・君・殿、二十三歳から二十五歳 参議兼近衛右大将
 頭中将<とうのちゅうじょう>
呼称---三位中将・中将、故葵の上の兄
 桐壷院<きりつぼのいん>
呼称---院の上・院・故院、光る源氏の父
 朱雀帝<すざくてい>
呼称---帝・内裏、光る源氏の兄
 弘徽殿大后<こうきでんのおおぎさき>
呼称---大后・后・大宮・后の宮・宮・宮の御方、朱雀帝の母后
 藤壷の宮<ふじつぼのみや>
呼称---中宮・宮・母宮、桐壷帝の后、東宮の母
 六条御息所<ろくじょうのみやすどころ>
呼称---御息所・女君・女、光る源氏の愛人
 齋宮<さいぐう>
呼称---宮、六条御息所の娘
 紫の上<むらさきのうえ>
呼称---西の対の姫君・対の姫君・女君・姫君、光る源氏の妻
 朧月夜の君<おぼろづきよのきみ>
呼称---御匣殿・尚侍君・女君・女、右大臣の娘、弘徽殿女御の妹
 朝顔の姫君<あさがおのひめぎみ>
呼称---齋院・朝顔、式部卿宮の娘、光る源氏の恋人の一人
 兵部卿宮<ひょうぶきょうのみや>
呼称---親王・父親王・宮、紫の上の父
 左大臣<さだいじん>
呼称---左大殿・左大臣・致仕大臣・大臣、故葵の上の父

第一章 六条御息所の物語 秋の別れと伊勢下向の物語

  1. 六条御息所、伊勢下向を決意---斎宮の御下り、近うなりゆくままに
  2. 野の宮訪問と暁の別れ---九月七日ばかりなれば
  3. 伊勢下向の日決定---御文、常よりもこまやかなるは
  4. 斎宮、宮中へ向かう---十六日、桂川にて御祓へしたまふ
  5. 斎宮、伊勢へ向かう---心にくくよしある御けはひなれば
第二章 光る源氏の物語 父桐壷帝の崩御
  1. 十月、桐壷院、重体となる---院の御悩み、神無月になりては
  2. 十一月一日、桐壷院、崩御---大后も、参りたまはむとするを
  3. 諒闇の新年となる---年かへりぬれど、世の中今めかしきことなく
  4. 源氏朧月夜と逢瀬を重ねる---帝は、院の御遺言違へず、あはれに思したれど
第三章 藤壷の物語 塗籠事件
  1. 源氏、再び藤壷に迫る---内裏に参りたまはむことは
  2. 藤壷、出家を決意---「いづこを面にてかは、またも見えたてまつらむ
第四章 光る源氏の物語 雲林院参籠
  1. 秋、雲林院に参籠---大将の君は、宮をいと恋しう思ひきこえたまへど
  2. 朝顔斎院と和歌を贈答---吹き交ふ風も近きほどにて
  3. 源氏、二条院に帰邸---女君は、日ごろのほどに、ねびまさり
  4. 朱雀帝と対面---おほかたのことども、宮の御事に触れたることなど
  5. 藤壷に挨拶---「御前にさぶらひて、今まで、更かし
  6. 初冬のころ、源氏朧月夜と和歌贈答---大将、頭の弁の誦じつることを思ふに
第五章 藤壷の物語 法華八講主催と出家
  1. 十一月一日、故桐壷院の御国忌---中宮は、院の御はてのことにうち続き
  2. 十二月十日過ぎ、藤壷、法華八講主催の後、出家す---十二月十余日ばかり、中宮の御八講なり
  3. 後に残された源氏---殿にても、わが御方に一人うち臥したまひて
第六章 光る源氏の物語 寂寥の日々
  1. 諒闇明けの新年を迎える---年も変はりぬれば、内裏わたりはなやかに
  2. 源氏一派の人々の不遇---司召のころ、この宮の人は
  3. 韻塞ぎに無聊を送る---夏の雨、のどかに降りて、つれづれなるころ
第七章 朧月夜の物語 村雨の紛れの密会露見
  1. 源氏、朧月夜と密会中、右大臣に発見される---そのころ、尚侍の君まかでたまへり
  2. 右大臣、源氏追放を画策する---大臣は、思ひのままに、籠めたるところ

【出典】
【校訂】

 

第一章 六条御息所の物語 秋の別れと伊勢下向の物語

 [第一段 六条御息所、伊勢下向を決意]
 斎宮の御下り、近うなりゆくままに、御息所、もの心細く思ほす。やむごとなくわづらはしきものにおぼえたまへりし大殿の君も亡せたまひて後、さりともと世人も聞こえあつかひ、宮のうちにも心ときめきせしを、その後しも、かき絶え、あさましき御もてなしを見たまふに、まことに憂しとすことこそありけめと、知り果てたまひぬれば、よろづのあはれを思し捨てて、ひたみちに出で立ちたまふ。
 親添ひて下りたまふ例も、ことになけれど、いと見放ちがたき御ありさまなるにことつけて、「憂き世を行き離れむ」と思すに、大将の君、さすがに、今はとかけ離れたまひなむも、口惜しく思されて、御消息ばかりは、あはれなるさまにて、たびたび通ふ。対面したまはむことをば、今さらにあるまじきことと、女君も思す。「人は心づきなしと、思ひ置きたまふこともあらむに、我は、今すこし思ひ乱るることのまさるべきを、あいなし」と、心強く思すなるべし。
 もとの殿には、あからさまに渡りたまふ折々あれど、いたう忍びたまへば、大将殿、え知りたまはず。たはやすく御心にまかせて、参うでたまふべき御すみかにはたらねば、おぼつかなくて月日も隔たりぬるに、院の上、おどろおどろしき御悩みにはあらで、例ならず、時々悩ませたまへば、いとど御心の暇なけれど、「つらき者に思ひ果てたまひなむも、いとほしく、人聞き情けなくや」と思し起して、野の宮に参うでたまふ。

 [第二段 野の宮訪問と暁の別れ]
 九月七日ばかりなれば、「むげに今日明日」と思すに、女方も心あわたたしけれど、「立ちながら」と、たびたび御消息ありければ、「いでや」とは思しわづらひながら、「いとあまり埋もれいたきを、物越ばかりの対面は」と、人知れず待ちきこえたまひけり。
 遥けき野辺を分け入りたまふより、いとものあはれなり。秋の花、みな衰へつつ、浅茅が原も枯れ枯れなる虫の音に、松風、すごく吹きあはせてそのこととも聞き分かれぬほどに、物の音ども絶え絶え聞こえたる、いと艶なり。
 むつましき御前、十余人ばかり、御随身ことことしき姿ならで、いたう忍びたまへれど、ことにひきつくろひたまへる御用意、いとめでたく見えたまへば、御供なる好き者ども、所からさへ身にしみて思へり。御心にも、「などて、今まで立ちならさざりつらむ」と、過ぎぬる方、悔しう思さる。
 ものはかなげなる小柴垣を大垣にて、板屋どもあたりあたりいとかりそめなり。黒木の鳥居ども、さすがに神々しう見わたされて、わづらはしきけしきなるに、神司の者ども、ここかしこにうちしはぶきて、おのがどち、物うち言ひたるけはひなども、他にはさま変はりて見ゆ。火焼屋かすかにりて、人気すくなく、しめじめとして、ここにもの思はしき人の、月日を隔てたまへらむほどを思しやるに、いといみじうあはれに心苦し。
 北の対のさるべき所に立ち隠れたまひて、御消息聞こえたまふに、遊びはみなやめて、心にくきけはひ、あまた聞こゆ。
 何くれの人づての御消息ばかりにて、みづからは対面したまふべきさまにもあらねば、「いとものし」と思して、
 「かうやうの歩きも、今はつきなきほどになりにてはべるを、思ほし知らば、かう注連のほかにはもてなしたまはで。いぶせうはべることをも、あきらめはべりにしがな
 と、まめやかに聞こえたまへば、人びと、
 「げに、いとかたはらいたう」
 「立ちわづらはせたまふに、いとほしう」
 など、あつかひきこゆれば、「いさや。ここの人目も見苦しう、かの思さむことも、若々しう、出でむが、今さらにつつましきこと」と思すに、いともの憂けれど、情けなうもてなさむにもたけからねば、とかくうち嘆き、やすらひて、ゐざり出でたまへる御けはひ、いと心にくし。
 「こなたは、簀子ばかりの許されははべりや」
 とて、上りゐたまへり。
 はなやかにさし出でたる夕月夜に、うち振る舞ひたまへるさま、匂ひに、似るものなくめでたし。月ごろのつもりを、つきづきしう聞こえたまはむも、まばゆきほどになりにければ、榊をいささか折りて持たまへりけるを、挿し入れて、
 「変らぬ色をるべにてこそ、斎垣も越えべりにけれ。さも心憂く」
 と聞こえたまへば、
 「神垣はしるしの杉なきものを
  いかにまがへて折れる榊ぞ」
 と聞こえたまへば、
 「少女子がたりと思へば榊葉の
  香を
つかしみとめてこそ折れ」
 おほかたのけはひわづらはしけれど、御簾ばかりはひき着て、長押におしかかりてゐたまへり。
 心にまかせて見たてまつりつべく、人も慕ひざまに思したりつる年月は、のどかなりつる御心おごりに、さしも思されざりき。
 また、心にうちに、「いかにぞや、疵ありて」、思ひきこえたまひにし後、はた、あはれもさめつつ、かく御仲も隔たりぬるを、めづらしき御対面の昔おぼえたるに、「あはれ」と、思し乱るること限りなし。来し方、行く先、思し続けられて、心弱く泣きたまひぬ。
 女は、さしも見えじと思しつつむめれど、え忍びたまはぬ御けしきを、いよいよ心苦しう、なほ思しとまるべきさまにぞ、聞こえたまふめる。
 月も入りぬるにや、あはれなる空を眺めつつ、怨みきこえたまふに、ここら思ひ集めたまへるつらさも消えぬべし。やうやう、「今は」と、思ひ離れたまへるに、「さればよ」と、なかなか心動きて、思し乱る。
 殿上の若君達などうち連れて、とかく立ちわづらふなる庭のたたずまひ、げに艶なるかたに、うけばりたるありさまなり。思ほし残すとなき御仲らひに、聞こえ交はしたまふことども、まねびやらむかたなし。
 やうやう明けゆく空のけしき、ことさらに作り出でたらむやうなり。
 「暁の別れはいつも露けきを
  こは世に知らぬ秋の空かな」
 出でがてに、御手をとらへてやすらひたまへる、いみじうなつかし。
 風、いと冷やかに吹きて、松虫の鳴きからしたる声も、折知り顔なるを、さして思ふことなきだに、聞き過ぐしがたげなるに、まして、わりなき御心惑ひどもに、なかなか、こともゆかぬにや。
 「おほかたの秋の別れも悲しきに
  鳴く音な添へそ野辺の松虫」
 悔しきこと多かれど、かひなければ、明け行く空もはしたなうて、出でたまふ。道のほどいと露けし。
 女も、え心強からず、名残あはれにて眺めたまふ。ほの見たてまつりたまへる月影の御容貌、なほとまれる匂ひなど、若き人びとは身にしめて、あやまちもしつべくめできこゆ。
 「いかばかりの道にてか、かかる御ありさまを見捨てては、別れきこえむ」
 と、あいなく涙ぐみあへり。

 [第三段 伊勢下向の日決定]
 御文、常よりもこまやかなるは、思しなびくばかりなれど、またうち返し、定めかねたまふべきことならねば、いとかひなし。
 男は、さしも思さぬことをだに、情けのためにはよく言ひ続けたまふべかめれば、まして、おしなべての列には思ひきこえたまはざりし御仲の、かくて背きたまひなむとするを、口惜しうもいとほしうも、思し悩むべし。
 旅の御装束よりはじめ、人びとのまで、何くれの御調度など、いかめしうめづらしきさまにて、とぶらひきこえたまへど、何とも思されず。あはあはしう心憂き名をのみ流して、あさましき身のありさまを、今はじめたらむやうに、ほど近くなるままに、起き臥し嘆きたまふ。
 斎宮は、若き御心地に、不定なりつる御出で立ちの、かく定まりゆくを、うれし、とのみ思したり。世人は、例なきことと、もどきもあはれがりも、さまざまに聞こゆべし。何ごとも、人にもどきあつかはれぬ際はやすげなり。なかなか世に抜け出でぬる人の御あたりは、所狭きこと多くなむ。

 [第四段 斎宮、宮中へ向かう]
 十六日、桂川にて御祓へしたまふ。常の儀式にまさりて、長奉送使など、さらぬ上達部も、やむごとなく、おぼえあるを選らせたまへり。院の御心寄せもあればなるべし。出でたまふほどに、大将殿より例の尽きせぬことども聞こえたまへり。「かけまくもかしこき御前にて」と、木綿につけて、
 「鳴る神にこそ、
  八洲もる国つ御神も心あらば
  飽かぬ別れの仲をことわれ
 思うたまふるに、飽かぬ心地しはべるかな」
 とあり。いとさわがしきほどなれど、御返りあり。宮の御をば、女別当して書かせたまへり。
 「国つ神空にことわる仲ならば
  なほざりごとをまづや糾さむ」
 大将は、御ありさまゆかしうて、内裏にも参らまほしく思せど、うち捨てられて見送らむも、人悪ろき心地したまへば、思しとまりて、つれづれに眺めゐたまへり。
 宮の御返りのおとなおとなしきを、ほほ笑みて見ゐたまへり。「御年のほどよりは、をかしうもおはすべきかな」と、ただならず。かうやうに例に違へるわづらはしさに、かならずかかる御癖にて、「いとよう見たてまつりつべかりしいはけなき御ほどを、見ずなりぬるこそねたけれ。世の中定めなければ、対面するやうもありなむかし」など思す。

 [第五段 斎宮、伊勢へ向かう]
 心にくくよしある御けはひなれば、物見車多かる日なり。申の時に内裏に参りたまふ。
 御息所、御輿に乗りたまへるにつけても、父大臣の限りなき筋に思し志して、いつきたてまつりたまひしありさま、変はりて、末の世に内裏を見たまふにも、もののみ尽きせず、あはれに思さる。十六にて故宮に参りたまひて、二十にて後れたてまつりたまふ。三十にてぞ、今日また九重を見たまひける。
 「そのかみを今日はかけじと忍ぶれど
  心のうちにものぞ悲しき」
 斎宮は、十四にぞなりたまひける。いとうつくしうおはするさまを、うるはしうしたてたてまつりたまへるぞ、いとゆゆしきまで見えたまふを、帝、御心動きて、別れの櫛たてまつりたまふほど、いとあはれにて、しほたれさせたまひぬ。
 出でたまふを待ちたてまつるとて、八省に立て続けたる出車どもの袖口、色あひも、目馴れぬさまに、心にくきけしきなれば、殿上人どもも、私の別れ惜しむ多かり。
 暗う出でたまひて、二条より洞院の大路を折れたまふほど、二条の院の前なれば、大将の君、いとあはれに思されて、榊にさして、
 「振り捨てて今日は行くとも鈴鹿川
  八十瀬の波に袖は濡れじや」
 と聞こえたまへれど、いと暗う、ものさわがしきほどなれば、またの日、関のあなたよりぞ、御返しる。
 「鈴鹿川八十瀬の波に濡れ濡れず
  伊勢まで誰れか思ひおこせむ」
 ことそぎて書きたまへるしも、御手いとよしよししくなまめきたるに、「あはれなるけをすこし添へたまへらましかば」と思す。
 霧いたう降りて、ただならぬ朝ぼらけに、うち眺めて独りごちにおはす。
 「行く方を眺めもやらむこの秋は
  逢坂山を霧な隔てそ」
 西の対にも渡りたまはで、人やりならず、もの寂しげに眺め暮らしたまふ。まして、旅の空は、いかに御心尽くしなること多かりけむ。

 

第二章 光る源氏の物語 父桐壷帝の崩御

 [第一段 十月、桐壷院、重体となる]
 院の御悩み、神無月になりては、いと重くおはします。世の中に惜しみきこえぬ人なし。内裏にも、思し嘆きて行幸あり。弱き御心地にも、春宮の事を、返す返す聞こえさせたまひて、次には大将の御こと、
 「はべりつる世に変はらず、大小のことを隔てず、何ごとも御後見と思せ。齢のほどよりは、世をまつりごたむにも、をさをさ憚りあるまじうなむ、見たまふる。かならず世の中たもつべき相ある人なり。さるによりて、わづらはしさに、親王にもなさず、ただ人にて、朝廷の御後見をせさせむと、思ひたまへしなり。その心違へさせたまふな」
 と、あはれなる御遺言ども多かりけれど、女のまねぶべきことにしあらねば、この片端だにかたはらいたし。
 帝も、いと悲しと思して、さらに違へきこえさすまじきよしを、返す返す聞こえさせたまふ。御容貌も、いときよらにねびまさらせたまへるを、うれしく頼もしく見たてまつらせたまふ。限りあれば、急ぎ帰らせたまふにも、なかなかなること多くなむ。
 春宮も、一度にとし召しけれど、ものさわがしきにより、日を変へて、渡らせたまへり。御年のほどよりは、大人びうつくしき御さまにて、恋しと思ひきこえさせたまひけるつもりに、何心なくうれしと思し、見たてまつりたまふ御けしき、いとあはれなり。
 中宮は、涙に沈みたまへるを、見たてまつらせたまふも、さまざま御心乱れて思し召さる。よろづのことを聞こえ知らせたまへど、いとものはかなき御ほどなれば、うしろめたく悲しと見たてまつらせたまふ。
 大将にも、朝廷に仕うまつりたまふべき御心づかひ、この宮の御後見したまふべきことを、返す返すのたまはす。
 夜更けてぞ帰らせたまふ。残る人なく仕うまつりてののしるさま、行幸に劣るけぢめなし。飽かぬほどにて帰らせたまふを、いみじう思し召す。

 [第二段 十一月一日、桐壷院、崩御]
 大后も、参りたまはむとするを、中宮のかく添ひおはするに、御心置かれて、思しやすらふほどに、おどろおどろしきさまにもおはしまさで、隠れさせたまひぬ。足を空に、思ひ惑ふ人多かり。
 御位を去らせたまふといふばかりにこそあれ、世のまつりごとをしづめさせたまへることも、我が御世の同じことにておはしまいつるを、帝はいと若うおはします、祖父大臣、いと急にさがなくおはして、その御ままになりなむ世を、いかならむと、上達部、殿上人、皆思ひ嘆く。
 中宮、大将殿などは、ましてすぐれて、ものも思しわかれず、後々の御わざなど、孝じ仕うまつりたまふさまも、そこらの親王たちの御中にすぐれたまへるを、ことわりながら、いとあはれに、世人も見たてまつる。藤の御衣にやつれたまへるつけても、限りなくきよらに心苦しげなり。去年、今年とうち続き、かかることを見たまふに、世もいとあぢきなう思さるれど、かかるついでにも、まづ思し立たるるとはあれど、また、さまざまの御ほだし多かり。
 御四十九日までは、女御、御息所たち、みな、院に集ひたまへりつるを、過ぎぬれば、散り散りにまかでたまふ。師走の二十日なれば、おほかたの世の中とぢむる空のけしきにつけても、まして晴るる世なき、中宮の御心のうちなり。大后の御心も知りたまへれば、心にまかせたまへらむ世の、はしたなく住み憂からむを思すよりも、馴れきこえたまへる年ごろの御ありさまを、思ひ出できこえたまはぬ時の間なきに、かくてもおはしますまじう、みな他々へと出でたまふほどに、悲しきこと限りなし。
 宮は、三条の宮に渡りたまふ。御迎へに兵部卿宮参りたまへり。雪うち散り、風はげしうて、院の内、やうやう人目かれゆきて、しめやかなるに、大将殿、こなたに参りたまひて、古き御物語聞こえたまふ。御前の五葉の雪にしをれて、下葉枯れたるを見たまひて、親王、
 「蔭ひろみ頼みし松や枯れにけむ
  下葉散りゆく年の暮かな」
 何ばかりのことにもあらぬに、折から、ものあはれにて、大将の御袖、いたう濡れぬ。池の隙なう氷れるに、
 「さえわたる池の鏡のさやけきに
  見なれし影を見ぬぞ悲しき」
 と、思すままに、あまり若々しうぞあるや。王命婦、
 「年暮れて岩井の水もこほりとぢ
  見し人影のあせもゆくかな」
 そのついでに、いと多かれど、さのみ書き続くべきことかは。
 渡らせたまふ儀式、変はらねど、思ひなしにあはれにて、旧き宮は、かへりて旅心地したまふにも、御里住み絶えたる年月のほど、思しめぐらさるべし。

 [第三段 諒闇の新年となる]
 年かへりぬれど、世の中今めかしきことなく静かなり。まして大将殿は、もの憂くて籠もりゐたまへり。除目のころなど、院の御時をばさらにもいはず、年ごろ劣るけぢめなくて、御門のわたり、所なく立ち込みたりし馬、車うすらぎて、宿直物の袋をさをさ見えず、親しき家司どもばかり、ことに急ぐことなげにてあるを見たまふにも、「今よりは、かくこそは」と思ひやられて、ものすさまじくなむ。
 御匣殿は、二月に、尚侍になりたまひぬ。院の御思ひにやがて尼になりたまへる、替はりなりけり。やむごとなくもてなし、人がらもいとよくおはすれば、あまた参り集りたまふなかにも、すぐれて時めきたまふ。后は、里がちにおはしまいて、参りたまふ時の御局には梅壷をしたれば、弘徽殿には尚侍の君住みたまふ。登花殿の埋れたりつるに、晴れ晴れしうなりて、女房なども数知らず集ひ参りて、今めかしう花やぎたまへど、御心のうちは、思ひのほかなりしことどもを忘れがたく嘆きたまふ。いと忍びて通はしたまふことは、なほ同じさまなるべし。「ものの聞こえもあらばいかならむ」と思しながら、例の御癖なれば、今しも御心ざしまさるべかめり。
 院のおはしましつる世こそ憚りたまひつれ、后の御心いちはやくて、かたがた思しつめたることどもの報いせむ、と思すべかめり。ことにふれて、はしたなきことのみ出で来れば、かかるべきこととはししかど、見知りたまはぬ世の憂さに、立ちまふべくも思されず。
 左の大殿も、すさまじき心地したまひて、ことに内裏にも参りたまはず。故姫君を、引きよきて、この大将の君に聞こえつけたまひし御心を、后は思しおきて、よろしうも思ひきこえたまはず。大臣の御仲も、もとよりそばそばしうおはするに、故院の御世にはわがままにおはせしを、時移りて、したり顔におはするを、あぢきなしと思したる、ことわりなり。
 大将は、ありしに変はらず渡り通ひたまひて、さぶらひし人々をも、なかなかにこまかに思しおきて、若君をかしづき思ひきこえたまへること、限りなければ、あはれにありがたき御心と、いとどいたつききこえたまふことども、同じさまなり。限りなき御おぼえの、あまりもの騒がしきまで、暇なげに見えたまひしを、通ひたまひし所々も、かたがたに絶えたまふことどもあり、軽々しき御忍びありきも、あいなう思しなりて、ことにしたまはねば、いとのどやかに、今しもあらまほしき御ありさまなり。
 西の対の姫君の御幸ひを、世人もめできこゆ。少納言なども、人知れず、「故尼上の御祈りのしるし」と見たてまつる。父親王も思ふさまに聞こえ交はしたまふ。嫡腹の、限りなくと思すは、はかばかしうもえあらぬに、ねたげなること多くて、継母の北の方は、やすからず思すべし。物語にことさらに作り出でたるやうなる御ありさまなり。
 斎院は、御服にて下りゐたまひにしかば、朝顔の姫君は、替はりにゐたまひにき。賀茂のいつきには、孫王のゐたまふ例、多くもあらざりけれど、さるべき女御子やおはせざりけむ。大将の君、年月経れど、なほ御心離れたまはざりつるを、かう筋ことになりたまひぬれば、口惜しくと思す。中将におとづれたまふことも、同じことにて、御文などは絶えざるべし。昔に変はる御ありさまなどをば、ことに何とも思したらず、かやうのはかなしごとどもを、紛るることなきままに、こなたかなたと思し悩めり。

 [第四段 源氏朧月夜と逢瀬を重ねる]
 帝は、院の御遺言違へず、あはれに思したれど、若うおはしますうちにも、御心なよびたるかたに過ぎて、強きところおはしまさぬなるべし、母后、祖父大臣とりどりしたまふことは、え背かせたまはず、世のまつりごと、御心にかなはぬやうなり。
 わづらはしさのみまされど、尚侍の君は、人知れぬ御心し通へば、わりなくてと、おぼつかなくはあらず。五壇の御修法の初めにて、慎しみおはします隙をうかがひて、例の、夢のやうに聞こえたまふ。かの、昔おぼえたる細殿の局に、中納言の君、紛らはして入れたてまつる。人目もしげきころなれば、常よりも端近なる、そら恐ろしうおぼゆ。
 朝夕に見たてまつる人だに、飽かぬ御さまなれば、まして、めづらしきほどにのみある御対面の、いかでかはおろかならむ。女の御さまも、げにぞめでたき御盛りなる。重りかなるかたは、いかがあらむ、をかしうなまめき若びたる心地して、見まほしき御けはひなり。
 ほどなく明け行くにや、とおぼゆるに、ただここにしも、
 「宿直申し、さぶらふ」
 と、声づくるなり。「また、このわたりに隠ろへたる近衛司ぞあるべき。腹ぎたなきかたへの教へおこするぞかし」と、大将は聞きたまふ。をかしきものから、わづらはし。
 ここかしこ尋ねありきて、
 「寅一つ」
 と申すなり。女君、
 「心からかたがた袖を濡らすかな
  明くと教ふる声につけても」
 とのたまふさま、はかなだちて、いとをかし。
 「嘆きつつわが世はかくて過ぐせとや
  胸のあくべき時ぞともなく」
 静心なくて、出でたまひぬ。
 夜深き月夜の、えもいはず霧りわたれるに、いといたうやつれて、振る舞ひなしたまへるしも、似るものなき御ありさまにて、承香殿の御兄の藤少将、藤壷より出でて、月の少し隈ある立蔀のもとに立てりけるを、知らで過ぎたまひけむこそいとほしけれ。もどききこゆるやうもありなむかし。
 かやうのことにつけても、もて離れつれなき人の御心を、かつはめでたしと思ひきこえたまふものから、わが心の引くかたにては、なほつらう心憂し、とおぼえたまふ折多かり。

 

第三章 藤壷の物語 塗籠事件

 [第一段 源氏、再び藤壷に迫る]
 内裏に参りたまはむことは、うひうひしく、所狭く思しなりて、春宮を見たてまつりたまはぬを、おぼつかなく思ほえたまふ。また、頼もしき人もものしたまはねば、ただこの大将の君をぞ、よろづに頼みきこえたまへるに、なほ、この憎き御心のやまぬにともすれば御胸をつぶしたまひつつ、いささかもけしきを御覧じ知らずなりにしを思ふだに、いと恐ろしきに、今さらにまた、さる事の聞こえありて、わが身はさるものにて、春宮の御ためにならずよからぬこと出で来なむ、と思すに、いと恐ろしければ、御祈りをさへせさせて、このこと思ひやませたてまつらむと、思しいたらぬことなく逃れたまふを、いかなる折にかありけむ、あさましうて、近づき参りたまへり。心深くたばかりたまひけむことを、知る人なかりければ、夢のやうにぞありける。
 まねぶべきやうなく聞こえ続けたまへど、宮、いとこよなくもて離れきこえたまひて、果て果ては、御胸をいたう悩みたまへば、近うさぶらひつる命婦、弁などぞ、あさましう見たてまつりあつかふ。男は、憂し、つらし、と思ひきこえたまふこと、限りなきに、来し方行く先、かきくらす心地して、うつし心失せにければ、明け果てにけれど、出でたまはずなりぬ。
 御悩みにおどろきて、人びと近う参りて、しげうまがへば、我にもあらで、塗籠に押し入れられてはす。御衣ども隠し持たる人の心地ども、いとむつかし。宮は、ものをいとわびし、と思しけるに、御気上がりて、なほ悩ましうせさせたまふ。兵部卿宮、大夫など参りて、
 「僧召せ」
 など騒ぐを、大将、いとわびしう聞きおはす。からうして、暮れゆくほどにぞおこたりたまへる。
 かく籠もりゐたまへらむとは思しもかけず、人びとも、また御心惑はさじとて、かくなむとも申さぬなるべし。昼の御座にゐざり出でておはします。よろしう思さるるなめりとて、宮もまかでたまひなどして、御前人少なになりぬ。例もけ近くならさせたまふ人少なければ、ここかしこの物のうしろなどにぞさぶらふ。命婦の君などは、
 「いかにたばかりて、出だしたてまつらむ。今宵さへ、御気上がらせたまはむ、いとほしう」
 などうちささめき扱ふ。
 君は、塗籠の戸の細めに開きたるを、やをらおし開けて、御屏風のはさまに伝ひ入りたまひぬ。めづらしくうれしきにも、涙落ちて見たてまつりたまふ。
 「なほ、いと苦しうこそあれ。世や尽きぬらむ」
 とて、外の方を見出だしたまへるかたはら目、言ひ知らずなまめかしう見ゆ。御くだものをだに、とて参り据ゑたり。箱の蓋などにも、なつかしきさまにてあれど、見入れたまはず。世の中をいたう思し悩めるけしきにて、のどかに眺め入りたまへる、いみじうらうたげなり。髪ざし、頭つき、御髪のかかりたるさま、限りなき匂はしさなど、ただ、かの対の姫君に違ふところなし。年ごろ、すこし思ひ忘れたまへりつるを、「あさましきまでおぼえたまへるな」と見たまふままに、すこしもの思ひのはるけどころある心地したまふ。
 気高う恥づかしげなるまなども、さらに異人とも思ひ分きがたきを、なほ、限りなく昔より思ひしめきこえてし心の思ひなしにや、「さまことに、いみじうねびまさりたまひにけるかな」と、たぐひなくおぼえたまふに、心惑ひして、やをら御帳のうちにかかづらひ入りて、御衣の褄を引きならしたまふ。けはひしるく、さと匂ひたるに、あさましうむくつけう思されて、やがてひれ伏したまへり。「見だに向きたまへかし」と心やましうつらうて、引き寄せたまへるに、御衣をすべし置きて、ゐざりのきたまふに、心にもあらず、御髪の取り添へられたりければ、いと心憂く、宿世のほど、思し知られて、いみじ、と思したり。
 男も、ここら世をもてしづめたまふ御心、みな乱れて、うつしざまにもあらず、よろづのことを泣く泣く怨みきこえたまへど、まことに心づきなし、と思して、いらへも聞こえたまはず。ただ、
 「心地の、いと悩ましきを。かからぬ折もあらば、聞こえてむ」
 とのたまへど、尽きせぬ御心のほどを言ひ続けたまふ。
 さすがに、いみじと聞きたまふふしもまじるらむ。あらざりしことにはあらねど、改めて、いと口惜しう思さるれば、なつかしきものから、いとようのたまひ逃れて、今宵も明け行く。
 せめて従ひきこえざらむもかたじけなく、心恥づかしき御けはひなれば、
 「ただ、かばかりにても、時々、いみじき愁へをだに、はるけはべりぬべくは、何のおほけなき心もはべらじ」
 など、たゆめきこえたまふべし。なのめなることだに、かやうなる仲らひは、あはれなることも添ふなるを、まして、たぐひなげなり。
 明け果つれば、二人して、いみじきことどもを聞こえ、宮は、半ばは亡きやうなる御けしきの心苦しければ、
 「世の中にありとこし召されむも、いと恥づかしければ、やがて亡せはべりなむも、また、この世ならぬ罪となりはべりぬべきこと」
 など聞こえたまふも、むくつけきまで思し入れり
 「逢ふことのかたきを今日に限らずは
  今幾世をか嘆きつつ経む
 御ほだしにもこそ」
 と聞こえたまへば、さすがに、うち嘆きたまひて、
 「長き世の恨みを人に残しても
  かつは心をあだと知らなむ」
 はかなく言ひなさせたまへるさまの、言ふよしなき心地すれど、人の思さむところも、わが御ためも苦しければ、我にもあらで、出でたまひぬ。

 [第二段 藤壷、出家を決意]
 「いづこを面にてかは、またも見えたてまつらむ。いとほしと思し知るばかり」と思して、御文も聞こえたまはず。うち絶えて、内裏、春宮にも参りたまはず、籠もりはして、起き臥し、「いみじかりける人の御心かな」と、人悪ろく恋しう悲しきに、心魂も失せにけるにや、悩ましうさへ思さる。もの心細く、「なぞや、世に経れば憂さこそまされと、思し立つには、この女君のいとらうたげにてあはれにうち頼みきこえたまへるを、振り捨てむこと、いとかたし。
 宮も、その名残、例にもおはしまさず。かうことさらめきて籠もりゐ、おとづれたまはぬを、命婦などはいとほしがりきこゆ。宮も、春宮の御ためを思すには、「御心置きたまはむこと、いとほしく、世をあぢきなきものに思ひなりたまはば、ひたみちに思し立つこともや」と、さすがに苦しう思さるべし。
 「かかること絶えずは、いとどしき世に、憂き名さへ漏り出でなむ。大后の、あるまじきことにのたまふなる位をも去りなむ」と、やうやう思しなる。院の思しのたまはせしさまの、なのめならざりしを思し出づるにも、「よろづのこと、ありしにもあらず、変はりゆく世にこそあめれ。戚夫人の見けむ目のやうにあらずとも、かならず、人笑へなることは、ありぬべき身にこそあめれ」など、世の疎ましく、過ぐしがたう思さるれば、背きなむことを思し取るに、春宮、見たてまつらで面変はりせむこと、あはれに思さるれば、忍びやかにて参りたまへり。
 大将の君は、さらぬことだに、思し寄らぬことなく仕うまつりたまふを、御心地悩ましきにことつけて、御送りにも参りたまはず。おほかたの御とぶらひは、同じやうなれど、「むげに、思し屈しにける」と、心知るどちは、いとほしがりきこゆ。
 宮は、いみじううつくしうおとなびたまひて、めづらしううれしと思して、むつれきこえたまふを、かなしと見たてまつりたまふにも、思し立つ筋はいとかたけれど、内裏わたりを見たまふにつけても、世のありさま、あはれにはかなく、移り変はることのみ多かり。
 大后の御心もいとわづらはしくて、かく出で入りたまふにも、はしたなく、事に触れて苦しければ、宮の御ためにも危ふくゆゆしう、よろづにつけて思ほし乱れて、
 「御覧ぜで、久しからむほどに、容貌の異ざまにてうたてげに変はりてはべらば、いかが思さるべき」
 と聞こえたまへば、御顔うちまもりたまひて、
 「式部がやうにや。いかでか、さはなりたまはむ」
 と、笑みてのたまふ。いふかひなくあはれにて、
 「それは、老いてはべれば醜きぞ。さはあらで、髪はそれよりも短くて黒き衣などを着て、夜居の僧のやうになりはべらむとすれば、見たてまつらむことも、いとど久しかるべきぞ」
 とて泣きたまへば、まめだちて、
 「久しうおはせぬは、恋しきものを」
 とて、涙の落つれば、恥づかしと思して、さすがに背きたまへる、御髪はゆらゆらときよらにて、まみのなつかしげに匂ひたまへるさま、おとなびたまふままに、ただかの御顔を脱ぎすべたまへり。御歯のすこし朽ちて、口の内黒みて、笑みたまへる薫りうつくしきは、女にて見たてまつらまほしうきよらなり。「いと、かうしもおぼえたまへるこそ、心憂けれ」と、玉の瑕に思さるるも、世のわづらはしさの、空恐ろしうおぼえたまふなりけり。

 

第四章 光る源氏の物語 雲林院参籠

 [第一段 秋、雲林院に参籠]
 大将の君は、宮をいと恋しう思ひきこえたまへど、「あさましき御心のほどを、時々は、思ひ知るさまにも見せたてまつらむ」と、念じつつ過ぐしたまふに、人悪ろく、つれづれに思さるれば、秋の野も見たまひがてら、雲林院に詣でたまへり。
 「故母御息所の御兄の律師の籠もりたまへる坊にて、法文など読み、行なひせむ」と思して、二、三日おはするに、あはれなること多かり。
 紅葉やうやう色づきわたりて、秋の野のいとなまめきたるなど見たまひて、故里も忘れぬべく思さる。法師ばらの、才ある限り召し出でて、論議せさせて聞こしめさせたまふ。所からに、いとど世の中の常なさを思し明かしても、なほ、「憂き人しもぞと、思し出でらるるおし明け方の月影に、法師ばらの閼伽たてまつるとて、からからと鳴らしつつ、菊の花、濃き薄き紅葉など、折り散らしたるも、はかなげなれど、
 「このかたのいとなみは、この世もつれづれならず、後の世はた、頼もしげなり。さも、あぢきなき身をもて悩むかな」
 など、思し続けたまふ。律師の、いと尊き声にて、
 「念仏衆生摂取不捨
 と、うちのべて行なひたまへるは、いとうらやましければ、「なぞや」と思しなるに、まづ、姫君の心にかかりて思ひ出でられたまふぞ、いと悪ろき心なるや。
 例ならぬ日数も、おぼつかなくのみ思さるれば、御文ばかりぞ、しげう聞こえたまふめる。
 「行き離れぬべしやと、試みはべる道なれど、つれづれも慰めがたう、心細さまさりてなむ。聞きさしたることありて、やすらひはべるほど、いかに」
 など、陸奥紙にうちとけ書きたまへるさへぞ、めでたき。
 「浅茅生の露のやどりに君をおきて
  四方の嵐ぞ静心なき」
 など、こまやかなるに、女君もうち泣きたまひぬ。御返し、白き色紙に、
 「風吹けばまづぞ乱るる色変はる
  浅茅が露にかかるささがに」
 とのみありて、「御手はいとをかしうのみなりまさるものかな」と、独りごちて、うつくしとほほ笑みたまふ。
 常にき交はしたまへば、わが御手にいとよく似て、今すこしなまめかしう、女しきところ書き添へたまへり。「何ごとにつけても、けしうはあらず生ほし立てたりかし」と思ほす。

 [第二段 朝顔斎院と和歌を贈答]
 吹き交ふ風も近きほどにて、斎院にも聞こえたまひけり。中将の君に、
 「かく、旅の空になむ、もの思ひにあくがれにけるを、思し知るにもあらじかし」
 など、怨みたまひて、御前には、
 「かけまくはかしこけれどもそのかみの
  秋思ほゆる木綿欅かな
 昔を今にと思ひたまふるもかひなく、とり返されもののやうに」
 と、なれなれしげに、唐の浅緑の紙に、榊に木綿つけなど、神々しうしなして参らせたまふ。
 御返り、中将、
 「紛るることなくて、来し方のことを思ひたまへ出づるつれづれのままには、思ひやりきこえさすること多くはべれど、かひなくのみなむ」
 と、すこし心とどめて多かり。御前のは、木綿の片端に、
 「そのかみやいかがはありし木綿欅
  心にかけてしのぶらむゆゑ
 近き世に」
 とぞある。
 「御手、こまやかにはあらねど、らうらうじう、草などをかしうなりにけり。まして、朝顔もねびまさりたまふらむかし」と思ほゆるも、ただならず、恐ろしや。
 「あはれ、このころぞかし。野の宮のあはれなりしこと」と思し出でて、「あやしう、やうのもの」と、神恨めしう思さるる御癖の、見苦しきぞかし。わりなう思さば、さもありぬべかりし年ごろは、のどかに過ぐいたまひて、今は悔しう思さるべかめるも、あやしき御心なりや。
 院も、かくなべてならぬ御心ばへを見知りきこえたまへれば、たまさかなる御返りなどは、えしももて離れきこえたまふまじかめり。すこしあいなきことなりかし。
 六十巻といふ書、読みたまひ、おぼつかなきところどころ解かせなどしておはしますを、「山寺には、いみじき光行なひ出だしたてまつれり」と、「仏の御面目あり」と、あやしの法師ばらまでよろこびあへり。しめやかにて、世の中を思ほしつづくるに、帰らむことももの憂かりぬべけれど、人一人の御こと思しやるがほだしなれば、久しうもえおはしまさで、寺にも御誦経いかめしうせさせたまふ。あるべき限り、上下の僧ども、そのわたりの山賤まで物賜び、尊きことの限りを尽くして出でたまふ。見たてまつり送るとて、このもかのもに、あやしきしはふるひどもも集りてゐて、涙を落としつつ見たてまつる。黒き御車のうちにて、藤の御袂にやつれたまへれば、ことに見えたまはねど、ほのかなる御ありさまを、世になく思ひきこゆべかめり。

 [第三段 源氏、二条院に帰邸]
 女君は、日ごろのほどに、ねびまさりたまへる心地して、いといたうしづまりたまひて、世の中いかがあらむと思へるけしきの、心苦しうあはれにおぼえたまへば、あいなき心のさまざま乱るるやしるからむ、「色変はる」とありしもらうたうおぼえて、常よりことに語らひきこえたまふ。
 山づとに持たせたまへりし紅葉、御前のに御覧じ比ぶれば、ことに染めましける露の心も見過ぐしがたう、おぼつかなさも、人悪るきまでおぼえたまへば、ただおほかたにて宮に参らせたまふ。命婦のもとに、
 「入らせたまひにけるを、めづらしきこととうけたまはるに、宮の間の事、おぼつかなくなりはべりにければ、静心なく思ひたまへながら、行ひもつとめむなど、思ひ立ちはべりし日数を、心ならずやとてなむ、日ごろになりはべりにける。紅葉は、一人見はべるに、錦暗う思ひまふればなむ。折よくて御覧ぜさせたまへ」
 などあり。
 げに、いみじき枝どもなれば、御目とまるに、例の、いささかなるものありけり。人びと見たてまつるに、御顔の色も移ろひて、
 「なほ、かかる心の絶えたまはぬこそ、いと疎ましけれ。あたら思ひやり深うものしたまふ人の、ゆくりなく、かうやうなること、折々混ぜたまふを、人もあやしと見るらむかし」
 と、心づきなく思されて、瓶に挿させて、廂の柱のもとにおしやらせたまひつ。

 [第四段 朱雀帝と対面]
 おほかたのことども、宮の御事に触れたることなどをば、うち頼めるさまに、すくよかなる御返りばかり聞こえたまへるを、「さも心かしこく、尽きせずも」と、恨めしうは見たまへど、何ごとも後見きこえならひたまひにたれば、「人あやしと、見とがめもこそすれ」と思して、まかでたまふべき日、参りたまへり。
 まづ、内裏の御方に参りたまへればのどやかにおはしますほどにて、昔今の御物語聞こえたまふ。御容貌も、院にいとよう似たてまつりたまひて、今すこしなまめかしき添ひて、なつかしうなごやかにぞおはします。かたみにあはれと見たてまつりたまふ。
 尚侍の君の御ことも、なほ絶えぬさまに聞こし召し、けしき御覧ずる折もあれど、
 「何かは、今はじめたることならばこそあらめ。さも心交はさむに、似げなかるまじき人のあはひなりかし」
 とぞ思しなして、咎めさせたまはりける。
 よろづの御物語、文の道のおぼつかなく思さるることどもなど、問はせまひて、また、好き好きしき歌語りなども、かたみに聞こえ交はさせたまふついでに、かの斎宮の下りたまひし日のこと、容貌のをかしくおはせしなど、語らせたまふに、我もうちとけて、野の宮のあはれなりし曙も、みな聞こえ出でたまひてけり。
 二十日の月、やうやうさし出でて、をかしきほどなるに、
 「遊びなども、せまほしきほどかな」
 とのたまはす。
 「中宮の、今宵、まかでたまふなる、とぶらひにものしはべらむ。院ののたまはせおくことはべりしかば。また、後見仕うまつる人もはべらざめるに。春宮の御ゆかり、いとほしう思ひたまへられはべりて」
 と奏しまふ。
 「春宮をば、今の皇子になしてなど、のたまはせ置きしかば、とりわきて心ざしものすれど、ことにさしわきたるさまにも、何ごとをかはとてこそ。年のほどよりも、御手などのわざとかしこうこそものしたまふべけれ。何ごとにも、はかばかしからぬみづから面起こしになむ」
 と、のたまはすれば、
 「おほかた、したまふわざなど、いとさとく大人びたるさまにものしたまへど、まだ、いと片なりに」
 など、その御ありさまも奏したまひて、まかでたまふに、大宮の御兄の藤大納言の子の、頭の弁といふが、世にあひ、はなやかなる若人にて、思ふことなきなるべし、妹の麗景殿の御方に行くに、大将の御前駆を忍びやかに追へば、しばし立ちとまりて、
 「白虹日を貫けり。太子畏ぢたり
 と、いとゆるるかにうち誦じたるを、大将、いとまばゆしと聞きたまへど、咎むべきことかは。后の御けしきは、いと恐ろしう、わづらはしげにのみ聞こゆるを、かう親しき人びとも、けしきだち言ふべかめることどももあるに、わづらはしう思されけれど、つれなうのみもてなしたまへり。

 [第五段 藤壷に挨拶]
 「御前にさぶらひて、今まで、更かしはべりにける」
 と、聞こえたまふ。
 月のはなやかなるに、「昔、かうやうなる折は、御遊びせさせたまひて、今めかしうもてなさせたまひし」など、思し出づるに、同じ御垣の内ながら、変はれること多く悲し。
 「九重に霧や隔つる雲の上の
  月をはるかに思ひやるかな」
 と、命婦して、聞こえ伝へたまふ。ほどなければ、御けはひも、ほのかなれど、なつかしう聞こゆるに、つらさも忘られて、まづ涙ぞ落つる。
 「月影は見し世の秋に変はらぬを
  隔つる霧のつらくもあるかな
 霞も人のか、昔もはべりけることにや」
 など聞こえたまふ。
 宮は、春宮を飽かず思ひきこえたまひて、よろづのことを聞こえさせたまへど、深うも思し入れたらぬを、いとうしろめたく思ひきこえたまふ。例は、いととく大殿籠もるを、「出でたまふまでは起きたらむ」と思すなるべし。恨めしげに思したれど、さすがに、え慕ひきこえたまはぬを、いとあはれと、見たてまつりたまふ。

 [第六段 初冬のころ、源氏朧月夜と和歌贈答]
 大将、頭の弁の誦じつることを思ふに、御心の鬼に、世の中わづらはしうおぼえたまひて、尚侍の君にも訪れきこえたまはで、久しうなりにけり。
 初時雨、いつしかとけしきだつに、いかが思しけむ、かれより、
 「木枯の吹くにつけつつ待ちし間に
  おぼつかなさのころも経にけり」
 こえたまへり。折もあはれに、あながちに忍び書きたまへらむ心ばへも、憎からねば、御使とどめさせて、唐の紙ども入れさせたまへる御厨子開けさせたまひて、なべてならぬを選り出でつつ、筆なども心ことにひきつくろひたまへるけしき、艶なるを、御前なる人びと、「誰ればかりならむ」とつきじろふ。
 「聞こえさせても、かひなきもの懲りにこそ、むげにくづほれにけれ。身のみもの憂きどに、
  あひ見ずてしのぶるころの涙をも
  なべての空の時雨とや見る
 心の通ふならば、いかに眺めの空ももの忘れしはべらむ」
 など、こまやかになりにけり。
 かうやうにおどろかしきこゆるたぐひ多かめれど、情けなからずうち返りごちたまひて、御心には深う染まざるべし。

 

第五章 藤壷の物語 法華八講主催と出家

 [第一段 十一月一日、故桐壷院の御国忌]
 中宮は、院の御はてのことにうち続き、御八講のいそぎをさまざまに心づかひせさせたまひけり。
 霜月の朔日ごろ、御国忌なるに、雪いたう降りたり。大将殿より宮に聞こえたまふ。
 「別れにし今日は来れども見し人に
  行き逢ふほどをいつと頼まむ」
 いづこにも、今日はもの悲しう思さるるほどにて、御返りあり。
 「ながらふるほどは憂けれど行きめぐり
  今日はその世に逢ふ心地して」
 ことにつくろひてもあらぬ御書きざまなれど、あてに気高きは思ひなしなるべし。筋変はり今めかしうはあらねど、人にはことに書かせたまへり。今日は、この御ことも思ひ消ちて、あはれなる雪の雫に濡れ濡れ行ひたまふ。

 [第二段 十二月十日過ぎ、藤壷、法華八講主催の後、出家す]
 十二月十余日ばかり、中宮の御八講なり。いみじう尊し。日々に供養ぜさせたまふ御経よりはじめ、玉の軸、羅の表紙帙簀の飾りも、世になきさまにととのへさせたまへり。さらぬことのきよらだに、世の常ならずおはしませば、ましてことわりなり。仏の御飾り、花机のおほひなどまで、まことの極楽思ひやらる。
 初めの日は、先帝の御料。次の日は、母后の御ため。またの日は、院の御料。五巻の日なれば、上達部なども、世のつつましさをえしも憚りたまはで、いとあまた参りたまへり。今日の講師は、心ことに選らせたまへれば、「薪こる」ほどよりうちはじめ、同じう言ふ言の葉も、いみじう尊し。親王たちも、さまざまの捧物ささげてめぐりたまふに、大将殿の御用意など、なほ似るものし。常におなじことのやうなれど、見たてまつるたびごとに、めづらしからむをば、いかがはせむ。
 果ての日、わが御ことを結願にて、世を背きたまふよし、仏に申させたまふに、皆人びと驚きたまひぬ。兵部卿宮、大将の御心も動きて、あさましと思す。
 親王は、なかばのほどに立ちて、入りたまひぬ。心強う思し立つさまのたまひて、果つるほどに、山の座主召して、忌むこと受けたまふべきよし、のたまはす。御伯父の横川の僧都、近う参りたまひて、御髪下ろしたまふほどに、宮の内ゆすりて、ゆゆしう泣きみちたり。何となき老い衰へたる人だに、今はと世を背くほどは、あやしうあはれなるわざを、まして、かねての御けしきにも出だしたまはざりつることなれば、親王もいみじう泣きたまふ。
 参りたまへる人々も、おほかたのことのさまも、あはれ尊ければ、みな、袖濡らしてぞ帰りたまひける。
 故院の御子たちは、昔の御ありさまを思し出づるに、いとど、あはれに悲しう思されて、みな、とぶらひきこえたまふ。大将は、立ちとまりたまひて、聞こえ出でたまふべきかたもなく、暮れまどひて思さるれど、「などかさしも」と、人見たてまつるべければ、親王など出でたまひぬる後にぞ、御前に参りたまへる。
 やうやう人静まりて、女房ども、鼻うちかみつつ、所々に群れゐたり。月は隈なきに、雪の光りあひたる庭のありさまも、昔のこと思ひやらるるに、いと堪へがたう思さるれどいとよう思し静めて、
 「いかやうに思し立たせたまひて、かうにはかには」
 と聞こえたまふ。
 「今はじめて、思ひたまふることにもあらぬを、ものさわがしきやうなりつれば、心乱れぬべく」
 など、例の、命婦して聞こえたまふ。
 御簾のうちのけはひ、そこら集ひさぶらふ人の衣の音なひ、しめやかに振る舞ひなして、うち身じろきつつ、悲しげさの慰めがたげに漏り聞こゆるけしき、ことわりに、いみじと聞きたまふ。
 風、はげしう吹きふぶきて、御簾のうちの匂ひ、いともの深き黒方にしみて、名香の煙もほのかなり。大将の御匂ひさへ薫りあひ、めでたく、極楽思ひやらるる夜のさまなり。
 春宮の御使も参れり。のたまひしさま、思ひ出できこえさせたまふにぞ、御心強さも堪へがたくて、御返りも聞こえさせやらせたまはねば、大将ぞ、言加はへ聞こえたまひける。
 誰も誰も、ある限り心収まらぬほどなれば、思すことどもも、えうち出でたまはず。
 「月のすむ雲居をかけて慕ふとも
  この世の闇になほや惑はむ
 と
思ひたまへらるるそ、かひなく。思し立たせたまへる恨めしさは、限りなう」
 とばかり聞こえたまひて、人々近うさぶらへば、さまざま乱るる心のうちをだに、え聞こえあらはしたまはず、いぶせし。
 「おほふかたの憂きにつけては厭へども
  いつかこの世を背き果つべき
 かつ、濁りつつ」
 など、かたへは御使の心しらひなるべし。あはれのみ尽きせねば、胸苦しうてまかでたまひぬ。

 [第三段 後に残された源氏]
 殿にても、わが御方に一人うち臥したまひて、御目もあはず、世の中厭はしう思さるるにも、春宮の御ことのみぞ心苦しき。
 「母宮をだに朝廷がたざまにと、思しおきしを、世の憂さに堪へず、かくなりたまひにたれば、もとの御位にてもえおはせじ。我さへ見たてまつり捨てては」など、思し明かすこと限りなし。
 「今は、かかるかたざまの御調度どもをこそは」と思せば、年の内にと、急がせたまふ。命婦の君も御供になりにければ、それも心深うとぶらひたまふ。詳しう言ひ続けむに、ことことしきさまなれば、漏らしてけるなめり。さるは、かうやうの折こそ、をかしき歌など出で来るやうもあれ、さうざうしや。
 参りたまふも、今はつつましさ薄らぎて、御みづから聞こえたまふ折もありけり。思ひしめてしことは、さらに御心に離れねど、まして、あるまじきことなりかし。

 

第六章 光る源氏の物語 寂寥の日々

 [第一段 諒闇明けの新年を迎える]
 年も変はりぬれば、内裏わたりはなやかに、内宴、踏歌など聞きたまふも、もののみあはれにて、御行なひしめやかにしたまひつつ、後の世のことをのみ思すに、頼もしく、むつかしかりしこと、離れて思ほさる。常の御念誦堂をば、さるものにて、ことに建てられたる御堂の、西の対の南にたりて、すこし離れたるに渡らせたまひて、とりわきたる御行なひせさせたまふ。
 大将、参りたまへり。改まるしるしもなく、宮の内のどかに、人目まれにて、宮司どもの親しきばかり、うちうなだれて、見なしにやあらむ、屈しいたげに思へり。
 白馬ばかりぞ、なほ牽き変へぬものにて、女房などの見ける。所狭う参り集ひたまひし上達部ど、道を避きつつひき過ぎて、向かひの大殿に集ひたまふを、かかるべきことなれど、あはれに思さるるに、千人にも変へつべき御さまにて、深うたづね参りたまへるを見るに、あいなく涙ぐまる。
 客人も、いとものあはれなるけしきに、うち見まはしたまひて、とみに物ものたまはず。さま変はれる御住まひに、御簾の端、御几帳も青鈍にて、隙々よりほの見えたる薄鈍、梔子の袖口など、なかなかなまめかしう、奥ゆかしう思ひやられたまふ。「解けわたる池の薄氷、岸の柳のけしきばかりは、時を忘れぬ」など、さまざま眺められたまひて、「むべも心あると、忍びやかにうち誦じたまへる、またなうなまめかし。
 「ながめかる海人のすみかと見るからに
  まづしほたるる松が浦島」
 と聞こえたまへば、奥深うもあらず、みな仏に譲りきこえたまへる御座所なれば、すこしけ近き心地して、
 「ありし世のなごりだになき浦島に
  立ち寄る波のめづらしきかな」
 とのたまふも、ほの聞こゆれば、忍ぶれど、涙ほろほろとこぼれたまひぬ。世を思ひ澄ましたる尼君たちの見るらむも、はしたなければ、言少なにて出でたまひぬ。
 「さも、たぐひなくねびまさりたまふかな」
 「心もとなきところなく世に栄え、時にあひたまひし時は、さる一つものにて、何につけてか世を思し知らむ、推し量られたまひしを」
 「今はいといたう思ししづめて、はかなきことにつけても、ものあはれなるけしけさへ添はせたまへるは、あいなう心苦しうもあるかな」
 など、老いしらへる人々、うち泣きつつ、めできこゆ。宮も思し出づること多かり。

 [第二段 源氏一派の人々の不遇]
 司召のころ、この宮の人は、賜はるべき官も得ず、おほかたの道理にても、宮の御賜はりにても、かならずあるべき加階などをだにせずなどして、嘆くたぐひいと多かり。かくても、いつしかと御位を去り、御封などの停まるべきにもあらぬを、ことつけて変はること多かり。皆かねて思し捨ててし世なれど、宮人どもも、よりどころなげに悲しと思へるけしきどもにつけてぞ、御心動く折々あれど、「わが身をなきになしても、春宮の御代をたひらかにおはしまさば」とのみ思しつつ、御行なひたゆみなくつとめさせたまふ。
 人知れず危ふくゆゆしう思ひきこえさせたまふことしあれば、「我にその罪を軽めて、宥したまへ」と、仏を念じきこえたまふに、よろづを慰めたまふ。
 大将も、しか見たてまつりたまひて、ことわりに思す。この殿の人どもも、また同じきさまに、からきことのみあれば、世の中はしたなく思されて、籠もりおはす。
 左の大臣も、公私ひき変へたる世のありさまに、もの憂く思して、致仕の表たてまつりたまふを、帝は、故院のやむごとなく重き御後見と思して、長き世のかためと聞こえ置きたまひし御遺言を思し召すに、捨てがたきものに思ひきこえたまへるに、かひなきことと、たびたび用ゐさせたまはねど、せめて返さひ申したまひて、籠もりゐたまひぬ。
 今は、いとど一族のみ、返す返す栄えたまふこと、限りなし。世の重しとものしたまへる大臣の、かく世を逃がれたまへば、朝廷も心細う思され、世の人も、心ある限りは嘆きけり。
 御子どもは、いづれともなく人がらめやすく世に用ゐられて、心地よげにものしたまひしを、こよなう静まりて、三位中将なども、世を思ひ沈めるさま、こよなし。かの四の君をも、なほ、かれがれにうち通ひつつ、めざましうもてなされたれば、心解けたる御婿のうちにも入れたまはず。思ひ知れとにや、このたびの司召にも漏れぬれど、いとしも思ひ入れず。
 大将殿、かう静かにておはするに、世ははかなきものと見えぬるを、ましてことわり、と思しなして、常に参り通ひたまひつつ、学問も遊びをももろともにしたまふ。
 いにしへも、もの狂ほしきまで、挑みきこえたまひしを思し出でて、かたみに今もはかなきことにつけつつ、さすがに挑みたまへり。
 春秋の御読経をばさるものにて、臨時にも、さまざま尊き事どもをせさせたまひなどして、また、いたづらに暇ありげなる博士ども召し集めて、文作り、韻塞ぎなどやうのすさびわざどもをもしなど、心をやりて、宮仕へをもをさをさしたまはず、御心にまかせてうち遊びておはするを、世の中には、わづらはしきことどもやうやう言ひ出づる人びとあるべし。

 [第三段 韻塞ぎに無聊を送る]
 夏の雨、のどかに降りて、つれづれなるころ、中将、さるべき集どもあまた持たせて参りたまへり。殿にも、文殿開けさせたまひて、まだ開かぬ御厨子どもの、めづらしき古集のゆゑなからぬ、すこし選り出でさせたまひて、その道の人びと、わざとはあらねどあまた召したり。殿上人も大学のも、いと多う集ひて、左右にこまどりに方分かせたまへり。賭物どもなど、いと二なくて、挑みあへり。
 塞ぎもて行くままに、難き韻の文字どもいと多くて、おぼえある博士どもなどの惑ふところどころを、時々うちのたまふさま、いとこよなき御才のほどなり。
 「いかで、かうもたらひたまひけむ」
 「なほさるべきにて、よろづのこと、人にすぐれたまへるなりけり」
 と、めできこゆ。つひに、右負けにけり。
 二日ばかりありて、中将負けわざしたまへり。ことことしうはあらで、なまめきたる桧破籠ども、賭物などさまざまにて、今日も例の人びと、多く召して、文など作らせたまふ。
 階のもとの薔薇けしきばかり咲きて、春秋の花盛りよりもしめやかにをかしきほどなるに、うちとけ遊びたまふ。
 中将の御子の、今年初めて殿上する、八つ、九つばかりにて、声いとおもしろく笙の笛吹きなどするを、うつくしびもてあそびたまふ。四の君腹の二郎なりけり。世の人の思へる寄せ重くて、おぼえことにかしづけり。心ばへもかどかどしう、容貌もをかしくて、御遊びのすこし乱れゆくほどに、「高砂を出だして謡ふ、いとうつくし。大将の君、御衣脱ぎてかづけたまふ。
 例よりは、うち乱れたまへる御顔の匂ひ、似るものなく見ゆ。薄物の直衣、単衣を着たまへるに、透きたまへる肌つき、ましていみじう見ゆるを、年老いたる博士どもなど、遠く見たてまつりて、涙落しつつゐたり。「逢はましものを、小百合ばの」と謡ふとぢめに、中将、御土器参りたまふ。
 「それもがと今朝開けたる初花に
  劣らぬ君が匂ひをぞ見る」
 ほほ笑みて、取りたまふ。
 「時ならで今朝咲く花は夏の雨に
  しをれにけらし匂ふほどなく
 衰へにたるものを」
 と、うちさうどきて、らうがはしく聞こし召しなすを、咎め出でつつ、しひきこえたまふ。
 多かめりし言どもも、かうやうなる折のまほならぬと、数々に書きつくる、心地なきわざとか、貫之が諌め、たふるる方にて、むつかしければ、とどめつ。皆、この御ことをほめたる筋にのみ、大和のも唐のも作り続けり。わが御心地にも、いたう思しおごりて、
 「文王の子、武王の弟
 と、うち誦じたまへる御名のりさへぞ、げに、めでたき。「成王の何」とか、のたまはむとすらむ。そればかりや、また心もとなからむ。
 兵部卿宮も常に渡りたまひつつ、御遊びなども、をかしうおはする宮なれば、今めかしき御あはひどもなり。

 

第七章 朧月夜の物語 村雨の紛れの密会露見

 [第一段 源氏、朧月夜と密会中、右大臣に発見される]
 そのころ、尚侍の君まかでたまへり。瘧病に久しう悩みたまひて、まじなひなども心やすくせむとてなりけり。修法など始めて、おこたりたまひぬれば、誰も誰も、うれしう思すに、例の、めづらしき隙なるをと、聞こえ交はしたまひて、わりなきさまにて、夜な夜な対面したまふ。
 いと盛りに、にぎははしきけはひしたまへる人の、すこしうち悩みて、痩せ痩せになりたまへるほど、いとをかしげなり。
 后の宮も一所におはするころなれば、けはひいと恐ろしけれど、かかることしもまさる御癖なれば、いと忍びて、たび重なりゆけば、けしき見る人びともあるべかめれど、わづらはしうて、宮には、さなむと啓せず。
 大臣、はた思ひかけたまはぬに、雨にはかにおどろおどろしう降りて、神いたう鳴りさわぐ暁に、殿の君達、宮司など立ちさわぎて、こなたかなたの人目しげく、女房どもも怖ぢまどひて、近う集ひ参るに、いとわりなく、出でたまはむ方なくて、明け果てぬ。
 御帳のめぐりにも、人びとしげく並みゐたれば、いと胸つぶらはしく思さる。心知りの人二人ばかり、心を惑はす。
 神鳴り止み、雨すこしを止みぬるほどに、大臣渡りたまひて、まづ、宮の御方におはしけるを、村雨のまぎれにてえ知りたまはぬに、軽らかにふとはひ入りたまひて、御簾引き上げたまふままに、
 「いかにぞ。いとうたてありつる夜のさまに、思ひやりきこえながら、参り来でなむ。中将、宮の亮など、さぶらひつや」
 など、のたまふけはひの、舌疾にあはつけきを、大将は、もののまぎれにも、左の大臣の御ありさま、ふと思し比べられて、たとしへなうぞ、ほほ笑まれたまふ。げに、入り果ててものたまへかしな。
 尚侍の君、いとわびしう思されて、やをらゐざり出でたまふに、面のいたう赤みたるを、「なほ悩ましう思さるるにや」と見たまひて
 「など、御けしきの例ならぬ。もののけなどのむつかしきを、修法延べさすべかりけり」
 とのたまふに、薄二藍なる帯の、御衣にまつはれて引き出でられたるを見つけたまひて、あやしと思すに、また、畳紙の手習ひなどしたる、御几帳のもとに落ちたり。「これはいかなる物どもぞ」と、御心おどろかれて、
 「かれは、誰れがぞ。けしき異なるもののさまかな。たまへ。それ取りて誰がぞと見はべらむ」
 とのたまふにぞ、うち見返りて、我も見つけたまへる。紛らはすべきかたもなければ、いかがは応へきこえたまはむ。我にもあらでおはするを、「子ながらも恥づかしと思すらむかし」と、さばかりの人は、思し憚るべきぞかし。されど、いと急に、のどめたるところおはせぬ大臣の、思しもまはさずなりて、畳紙を取りたまふままに、几帳より見入れたまへるに、いといたうなよびて、慎ましからず添ひ臥したる男もあり。今ぞ、やをら顔ひき隠して、とかう紛らはす。あさましう、めざましう心やましけれど、直面には、いかでか現はしたまはむ。目もくるる心地すれば、この畳紙を取りて、寝殿に渡りたまひぬ。
 尚侍の君は、我かの心地して、死ぬべくさる。大将殿も、「いとほしう、つひに用なき振る舞ひのつもりて、人のもどきを負はむとすること」と思せど、女君の心苦しき御けしきを、とかく慰めきこえたまふ。

 [第二段 右大臣、源氏追放を画策する]
 大臣は、思ひのままに、籠めたるところおはせぬ本性に、いとど老いの御ひがみさへ添ひたまふに、これは何ごとにかはとどこほりたまはむ。ゆくゆくと、宮にも愁へきこえたまふ。
 「かうかうのことなむはべる。この畳紙は、右大将の御手なり。昔も、心宥されでありそめにけることなれど、人柄によろづの罪を宥して、さても見むと、言ひはべりし折は、心もとどめず、めざましげにもてなされにしかば、やすからず思ひたまへしかど、さるべきにこそはとて、世に穢れたりとも、思し捨つまじきを頼みにて、かく本意のごとくたてまつりながら、なほ、その憚りありて、うけばりたる女御なども言はせたまはぬだに、飽かず口惜しう思ひたまふるに、また、かかることさへはべりければ、さらにいと心憂くなむ思ひなりはべりぬる。男の例とはいひながら、大将もいとけしからぬ御心なりけり。斎院をもなほ聞こえ犯しつつ、忍びに御文通はしなどして、けしきあることなど、人の語りはべりしをも、世のためのみにもあらず、我がためもよかるまじきことなれば、よもさる思ひやりなきわざ、し出でられじとなむ、時の有職と天の下をなびかしたまへるさま、ことなめれば、大将の御心を、疑ひはべらざりつる」
 などのたまふに、宮は、いとどしき御心なれば、いとものしき御けしきにて、
 「帝と聞こゆれど、昔より皆人思ひ落としきこえて、致仕の大臣も、またなくかしづく一つ女を、兄の坊にておはするにはたてまつらで、弟の源氏にて、いときなきが元服の副臥にとり分き、また、この君をも宮仕へにと心ざしてはべりしに、をこがましかりしありさまなりしを、誰れも誰れもあやしとやは思したりし。皆、かの御方にこそ御心寄せはべるめりしを、その本意違ふさまにてこそは、かくてもさぶらひたまふめれど、いとほしさに、いかでさる方にても、人に劣らぬさまにもてなしきこえむ、さばかりねたげなりし人の見るところもあり、などこそは思ひはべれど、忍びて我が心の入る方に、なびきたまふにこそははべらめ。斎院の御ことは、ましてさもあらむ。何ごとにつけても、朝廷の御方にうしろやすからず見ゆるは、春宮の御世、心寄せ殊なる人なれば、ことわりになむあめる」
 と、すくすくしうのたまひ続くるに、さすがにいとほしう、「など、聞こえつることぞ」と、思さるれば、
 「さはれ、しばし、このこと漏らしはべらじ。内裏にも奏せさせたまふな。かくのごと、罪はべりとも、思し捨つまじきを頼みにて、あまえてはべるなるべし。うちうちに制しのたまはむに、聞きはべらずは、その罪に、ただみづから当たりはべらむ」
 など、聞こえ直したまへど、ことに御けしきも直らず。
 「かく、一所におはして隙もなきに、つつむところなく、さて入りものせらるらむは、ことさらに軽め弄ぜらるるにこそは」と思しなすに、いとどいみじうめざましく、「このついでに、さるべきことども構へ出でむに、よきたよりなり」と、思しめぐらすべし。

 【出典】
出典1 琴の音に峰の松風かよふらしいづれの緒より調べそめけむ(拾遺集雑上-四五一 斎宮女御)(戻)
出典2 ちはやぶる神垣山の榊葉は時雨に色も変はらざりけり(後撰集冬-四五七 読人しらず)(戻)
出典3 ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし今はわが身の惜しけくもなし(拾遺集恋四-九二四 柿本人麿)(戻)
出典4 わが庵は三輪の山もと恋しくはとぶらひ来ませ杉立てる門(古今集雑下-九八二 読人しらず)(戻)
出典5 少女子が袖振る山の瑞垣の久しき世より思ひそめてき(拾遺集雑恋-一二一〇 柿本人麿)(戻)
出典6 榊葉の香をかぐはしみ求め来れば八十氏人ぞまどゐせりける(古今集神楽歌-五七七 読人しらず)(戻)
出典7 天の原踏みとどろかし鳴る神も思ふ仲をば裂くるものかは(古今集恋四-七〇一 読人しらず)(戻)
出典8 世にふれば憂さこそまされみ吉野の岩のかけ道踏み慣らしてむ(古今集雑下-九五一 読人しらず)(戻)
出典9 天の戸を押し開け方の月見れば憂き人しもぞ恋しかりける(新古今集恋四-一二六〇 読人しらず)(戻)
出典10 念仏衆生摂取不捨(観音無量寿経)(戻)
出典11 いにしへのしづのをだまき繰り返し昔を今になすよしもがな(伊勢物語-六五)(戻)
出典12 取り返す物にもがなや世の中をありしながらの我が身と思はむ(出典未詳-源氏釈所引)(戻)
出典13 見る人もなくて散りぬる奥山の紅葉は夜の錦なりけり(古今集秋下-二九七 紀貫之)(戻)
出典14 昔者荊軻慕燕丹之義 白虹貫日太子畏之(史記-鄒陽伝)(戻)
出典15 山桜見に行く道を隔つれば人の心ぞ霞なりける(出典未詳-奥入所引)(戻)
出典16 数ならぬ身のみもの憂く思ほえて待たるるまでもなりにけるかな(後撰集雑四-一二六〇 読人しらず)(戻)
出典17 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな(後撰集雑一-一一〇二 藤原兼輔)(戻)
出典18 音に聞く松が浦島今日ぞ見るむべも心ある海人は住みけり(後撰集雑一-一〇九三 素性法師)(戻)
出典19 甕頭竹葉経春熟 階底薔薇入夏開(白氏文集巻十七-一〇五五)(戻)
出典20 高砂の さいさごの 高砂の 尾上に立てる 白玉 玉椿 玉柳 それもがと さむ 汝もがと 練緒染緒の 御衣架にせむ 玉柳 何しかも さ 何しかも 何しかも 心もまたいけむ 百合花の さ百合花の 今朝咲いたる 初花に あはましものを さゆり花の(催馬楽-高砂)(戻)
出典21 周公戒伯禽曰 我文王之子 武王之弟 成王之叔父(史記-魯周公世家)(戻)

 【校訂】
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ重ね--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△
校訂1 憂しと--うして(て/$と<朱>)(戻)
校訂2 はた--(/+はた<朱>)(戻)
校訂3 御随身--みすいら(ら/$し<朱>)む(戻)
校訂4 かすかに--かす(す/+か)に(戻)
校訂5 がな--哉(哉/$かな<朱>)(戻)
校訂6 出で--(/+いて<朱>)(戻)
校訂7 たたずまひ--たたすさ(さ/$ま<朱>)ひ(戻)
校訂8 残す--のう(う/$こ<朱>)す(戻)
校訂9 しつべく--しつへく(/\/$く<朱>)(戻)
校訂10 かならず--か(か/$か<朱>)ならす(戻)
校訂11 御返し--御かへり(かへり/$返し<朱>)(戻)
校訂12 春宮の--*春宮(宮/+の)(戻)
校訂13 一度にと--ひとたひにも(も/$と<朱>)(戻)
校訂14 何心--(/+なに<朱>)心(戻)
校訂15 藤の御衣にやつれたまへる--(/+藤の御そにやつれ給へる)(戻)
校訂16 立たるる--た(た/+た)るゝ(戻)
校訂17 こととは--こと(と/+と<朱>)は(戻)
校訂18 夜深き--(/+夜)ふかき(戻)
校訂19 なほ、この憎き御心のやまぬに--(/+猶このにくき御心のやまぬに<朱>)(戻)
校訂20 御ために--御ため(め/+に)(戻)
校訂21 入れられて--いれら(ら/+れ)て(戻)
校訂22 など--(/+なと<朱>)(戻)
校訂23 たまへる--給つ(つ/$へ)る(戻)
校訂24 かしげなる--(/+かしけなる<朱>)(戻)
校訂25 ありと--あか(か/$り<朱>)と(戻)
校訂26 入れり--いれる(る/$り<朱>)(戻)
校訂27 籠もり--こもる(る/$り<朱>)(戻)
校訂28 らうたげにて--らうたけ(け/+に)て(戻)
校訂29 短くて--みしかくも(も/$て<朱>)(戻)
校訂30 常に--つね(ね/+に<朱>)(戻)
校訂31 たまへれば--給つ(つ/$へ<朱>)れは(戻)
校訂32 なまめかしき--なる(る/$ま<朱>)めかしき(戻)
校訂33 たまは--(/+給<朱>)は(戻)
校訂34 問はせ--とか(か/$は<朱>)せ(戻)
校訂35 奏し--そこ(こ/$う<朱>)し(戻)
校訂36 みづから--身つ(つ/+か<朱>)ら(戻)
校訂37 と--(/+と)(戻)
校訂38 たまへらむ--給つ(つ/$へ<朱>)らむ(戻)
校訂39 表紙--へこし(こし/$うし<朱>)(戻)
校訂40 似るもの--にる(る/+もの<朱>)(戻)
校訂41 下ろし--(+おろし<朱>)(戻)
校訂42 などか--(/+なと<朱>)か(戻)
校訂43 思さるれど--お(お/+ほ<朱>)さるれと(と/$と)(戻)
校訂44 たまへらるる--*給はらるゝ(戻)
校訂45 南に--みなみの(の/#)に(戻)
校訂46 上達部--かむ(む/+たち<朱>)め(戻)
校訂47 知らむ--え(え/&しら<朱>)む(戻)
校訂48 学問--かくも(も/+む<朱>)(戻)
校訂49 かう--かこ(こ/$う<朱>)(戻)
校訂50 おもしろく--*おもろしく(戻)
校訂51 ならぬ--(/+な<朱>)らぬ(戻)
校訂52 続け--*つけ(戻)
校訂53 見たまひて--*みたまて(戻)
校訂54 死ぬべく--しぬへし(し/$く<朱>)(戻)
校訂55 たまはぬ--給ら(ら/#)ぬ(戻)

源氏物語の世界ヘ
ローマ字版
現代語訳
注釈
大島本
自筆本奥入