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渋谷栄一注釈(ver.1-1-2)

  

野分


 [底本]
財団法人古代学協会・古代学研究所編 角田文衛・室伏信助監修『大島本 源氏物語』第五巻 一九九六年 角川書店

 [参考文献]
池田亀鑑編著『源氏物語大成』第二巻「校異篇」一九五六年 中央公論社

阿部秋生・秋山 虔・今井源衛・鈴木日出男校注・訳『古典セレクション 源氏物語』第七巻 一九九八年 小学館
柳井 滋・室伏信助・大朝雄二・鈴木日出男・藤井貞和・今西祐一郎校注『新日本古典文学大系 源氏物語』第三巻 一九九五年 岩波書店
阿部秋生・秋山 虔・今井源衛・鈴木日出男校注・訳『完訳日本の古典 源氏物語』第五巻 一九八五年 小学館
石田穣二・清水好子校注『新潮日本古典集成 源氏物語』第四巻 一九七九年 新潮社
阿部秋生・秋山 虔・今井源衛校注・訳『日本古典文学全集 源氏物語』第三巻 一九七二年 小学館
玉上琢弥著『源氏物語評釈』第五巻 一九六五年 角川書店
山岸徳平校注『日本古典文学大系 源氏物語』第三巻 一九六一年 岩波書店
池田亀鑑校注『日本古典全書 源氏物語』第三巻 一九五〇年 朝日新聞社

伊井春樹編『源氏物語引歌索引』一九七七年 笠間書院
榎本正純篇著『源氏物語の草子地 諸注と研究』一九八二年 笠間書院

第一章 夕霧の物語 継母垣間見の物語

  1. 八月野分の襲来---中宮の御前に、秋の花を植ゑさせたまへること
  2. 夕霧、紫の上を垣間見る---南の御殿にも、前栽つくろはせたまひける折にしも
  3. 夕霧、三条宮邸へ赴く---人びと参りて、「いといかめしう吹きぬべき風にはべり
  4. 夕霧、暁方に六条院へ戻る---暁方に風すこししめりて、村雨のやうに降り出づ
  5. 源氏、夕霧と語る---御格子を御手づから引き上げたまへば
  6. 夕霧、中宮を見舞う---中将下りて、中の廊の戸より通りて、参りたまふ
第二章 光源氏の物語 六条院の女方を見舞う物語
  1. 源氏、中宮を見舞う---南の御殿には、御格子参りわたして、昨夜
  2. 源氏、明石御方を見舞う---こなたより、やがて北に通りて、明石の御方を
  3. 源氏、玉鬘を見舞う---西の対には、恐ろしと思ひ明かしたまひける
  4. 夕霧、源氏と玉鬘を垣間見る---中将、いとこまやかに聞こえたまふを
  5. 源氏、花散里を見舞う---東の御方へ、これよりぞ渡りたまふ
第三章 夕霧の物語 幼恋の物語
  1. 夕霧、雲井雁に手紙を書く---むつかしき方々めぐりたまふ御供に歩きて
  2. 夕霧、明石姫君を垣間見る---渡らせたまふとて、人々うちそよめき
  3. 内大臣、大宮を訪う---祖母宮の御もとにも参りたまへれば

 

第一章 夕霧の物語 継母垣間見の物語

 [第一段 八月野分の襲来]
【中宮の御前に】−今上(冷泉院)の中宮(秋好中宮)。その里邸六条院秋の御殿。
【植ゑさせたまへる】−二重敬語、中宮への重々しい待遇。
【朝夕露の光も世の常ならず、玉かとかかやきて】−「植ゑたてて君がしめゆふ花なれば玉と見えてや露もおくらむ」(後撰集秋中、二八〇、伊勢)
【春秋の争ひに昔より秋に心寄する人は数まさりけるを】−「ふゆごもり 春さりくれば なかざりし 鳥もきなきぬ さかざりし 花もさけれど 山をしげみ いりてもとらず 草ふかみ とりても見えず 秋山の 木のはを見ては もみぢをば とりてぞしのぶ あをきをば おきてぞなげく そこしうらみし 秋山ぞわれは」(万葉集巻一、一六)。「春はただ花のひとへに咲くばかり物のあはれは秋ぞまされりける(拾遺集雑下、五一一、読人しらず)。「春はただ花こそは散れ野辺ごと錦を張れる秋はまされり」(河海抄所引、出典未詳)。
【名立たる】−「数知らず君が齢をのばへつつ名立たる宿の露とならなむ」(後撰集秋下、三九四、伊勢)。「露だにも名立たる宿の菊ならば花の主やいくよなるらむ(後撰集秋下、三九五、藤原雅正)
【春の御前】−六条院春の御殿。
【移ろふけしき世のありさまに似たり】−「色見えで移ろふものは世の中の人の心の花にぞありける」(古今集恋五、七九五、伊勢)
【里居したまふ】−中宮への重々しい待遇から普通の敬語になる。
【故前坊】−中宮の父、故前皇太子。
【露の玉の緒乱るる】−「白露に風の吹きしく秋の野は貫きとめぬ玉ぞ散りける」(後撰集秋中、三〇八、文屋朝康)。「玉の緒」は歌語。
【おほふばかりの袖は】−「大空に覆ふばかりの袖もがな春さく花を風にまかせじ」(後撰集春中、六四、読人しらず)

 [第二段 夕霧、紫の上を垣間見る]
【南の御殿にも】−六条院南の御殿、すなわち春の御殿、紫の上方。
【もとあらの小萩はしたなく待ちえたる風のけしきなり】−「宮城野のもとあらの小萩露を重み風を待つごと君をこそまて」(古今集恋四、六九四、読人しらず)
【折れ返り露もとまるまじく】−「折れ返り」「露」は、「萩」の縁語。
【姫君】−源氏の娘(明石の姫君)、八歳。
【中将の君】−源氏の子息(夕霧)、従四位下相当官、十五歳。
【東の渡殿】−寝殿と東の対を繋ぐ渡殿。
【妻戸】−建物の四隅にある開き戸。
【御屏風も】−以下、夕霧の眼を通して語られる。
【廂の御座】−寝殿の南廂の御座所。
【気高くきよらに】−「気高し」は上品でおかしがたい感じ。「清ら」は源氏物語では天皇・皇族の超一流の美に対して使われる表現。
【春の曙の霞の間よりおもしろき樺桜の咲き乱れたるを見る心地す】−「浅緑野辺の霞はつつめどもこぼれて匂ふ花桜かな」(拾遺集春、四〇、読人しらず)。「山桜霞の間よりほのかにも見てし人こそ恋しかりけれ」(古今集恋一、四七九、貫之)。
【いかにしたるにかあらむ】−夕霧の疑問、同時に語り手の疑問を介入させた句。
【大臣の】−以下「なりけり」まで、夕霧の心内。
【西の御方より】−姫君のお部屋から。すなわち、ここは東西に細長い寝殿。姫君は西の間に、紫の上は東の間にいる。
【いとうたて】−以下「あらはにもこそあれ」まで、源氏の紫の上への詞。
【もの聞こえて】−以下、夕霧の眼を通して語られる。
【女もねびととのひ】−夕霧の眼は「女」と捉えている。
【年ごろかかることの】−以下「見つるかな」まで、夕霧の心内。

 [第三段 夕霧、三条宮邸へ赴く]
【人びと参りて】−家司たち。
【いといかめしう】−以下「危ふげになむ」まで、家司たちの詞。
【馬場の御殿南の釣殿】−六条院丑寅の町に夏の御殿として馬場殿と釣殿があり、花散里が住む。
【中将はいづこよりものしつるぞ】−「中将」は夕霧。源氏の詞。
【三条の宮に】−以下「まかではべりなむ」まで、夕霧の詞。三条の宮には夕霧の祖母大宮がいる。七十歳前後。
【げにはや】−以下「こそあれ」まで、源氏の詞。
【かく騒がしげに】−以下「譲りてなむ」まで、源氏の伝言。
【朝臣】−親しみをこめて呼ぶ時に用いる。
【三条宮と六条院とに参りて御覧ぜられたまはぬ日なし】−夕霧の祖母大宮は母親代わりとなって育てた。「凡そ病患有るに非んば日々必ず親に謁すべし」(九条殿遺誡)。
【かかる空のけしきにより】−「大風疾雨雷鳴地震水火の変、非常の時は早く親を訪ひ、次に朝に参る」(九条殿遺誡)。
【ここらの齢に】−以下「あはざりつれ」まで、大宮の詞。
【かくてものしたまへること】−大宮の詞。
【そこら所狭かりし御勢ひ】−大宮は、帝(桐壷)の妹宮、太政大臣の北の方。今は、未亡人、孫の中将(夕霧)一人を頼りとする。
【内の大殿の御けはひ】−大宮の嫡男、内大臣。元右大臣の四君に婿入りし、以後別居生活となる。
【心にかけて恋しと思ふ人】−夕霧が。伯父内大臣の娘、従兄妹にあたる人(雲居雁)。
【ありつる御面影】−継母(紫の上)の面影。
【来し方行く末】−以下「いとほし」まで、夕霧の心内。
【東の御方】−六条院東北の町の御方、すなわち夕霧の母代の花散里。
【さやうならむ人】−以下「延びなむかし」まで、夕霧の心内。

 [第四段 夕霧、暁方に六条院へ戻る]
【六条院には】−以下「倒れたり」まで、人々の声。
【風の】−以下「思されつらむ」まで、夕霧の心内。
【何ごとぞや。またわが心に思ひ加はれるよ】−夕霧の心内。
【いと似げなきことなりけりあなもの狂ほし】−夕霧の心内。
【懼ぢ極じて】−『集成』は「極(ごう)」は「極(ごく)」の音便、疲れる意、『完訳』は通説の「困(こう)じて」とする。「極(ごう)ず」が適切。
【まだ御格子も参らず】−御簾を上げてない。
【中将の】−以下「深からむ」まで、源氏の詞。
【何ごとにかあらむ】−以下「笑ひたまひて」まで、夕霧と語手の疑問が一体になった表現。
【いにしへだに】−以下「心苦しからむ」まで、源氏の詞。
【ゆるびなき御仲らひかな】−夕霧の感想。

 [第五段 源氏、夕霧と語る]
【いかにぞ】−以下「たまひきや」まで、源氏の詞。
【しか】−以下「こそはべれ」まで、夕霧の詞。
【今いくばくも】−以下「ことはかたかりける」まで、源氏の詞。
【いとおどろおどろしかりつる】−以下「さぶらひつらむや」まで、源氏の詞。
【夜の風の音は】−以下「ほどになむ」まで、源氏の中宮への伝言。

 [第六段 夕霧、中宮を見舞う]
【うちとけたるはいかがあらむ】−語り手の推測。
【御参りのほど】−中宮の入内は「絵合」巻。夕霧、十歳の頃である。
【宰相の君内侍など】−宰相の君、内侍、いずれも女房。

 

第二章 光源氏の物語 六条院の女方を見舞う物語

 [第一段 源氏、中宮を見舞う]
【荒き風をも】−以下「はべりぬる」まで、夕霧の詞。中宮の返事。
【あやしく】−以下「思いつらむ」まで、源氏の詞。
【短き御几帳】−以下「こそはあらめ」まで、夕霧の眼を通して語る。
【中将の朝けの姿は】−以下「心の闇にや」まで、源氏の詞。「わが背子が朝明の姿よく見ずて今日のあひだを恋ひ暮らすかも」(万葉集巻十二、二八五二、読人知らず)。「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな」(後撰集雑一、一一〇二、藤原兼輔)。
【わが御顔は古りがたくよしと見たまふべかめり】−語り手の批評。
【宮に】−以下「おはするや」まで、源氏の詞。
【昨日】−以下「開きたりしによ」まで、源氏の詞。
【いかでか】−以下「せざりしものを」まで、紫上の詞。
【なほあやし】−源氏の独語。
【渡りたまひぬ】−中宮の御殿へ。

 [第二段 源氏、明石御方を見舞う]
【こなたより】−中宮の秋の御殿。
【とかく引き出で尋ぬるなるべし】−語り手の想像。
【いといたし】−語り手の感想。
【心やましげなり】−語り手の感想。
【おほかたに荻の葉過ぐる風の音も憂き身ひとつにしむ心地して】−明石御方の独詠歌。「いとどしく物思ふ宿の荻の葉に秋と告げつる風のわびしさ」(後撰集秋上、二二〇、読人しらず)。

 [第三段 源氏、玉鬘を見舞う]
【西の対】−花散里の東の御殿の西の対、玉鬘が住む。
【ことことしく前駆な追ひそ】−源氏の詞。
【聞こえ戯れ】−源氏が玉鬘に。
【うたてと思ひて】−主語は玉鬘。
【かう心憂ければこそ】−以下「はべりつれ」まで、玉鬘の詞。
【風につきて】−以下「ことわりや」まで、源氏の詞。
【げに】−以下「聞こえてけるかな」まで、玉鬘の心。

 [第四段 夕霧、源氏と玉鬘を垣間見る]
【いかでこの御容貌見てしがな】−夕霧の心。
【あやしのわざや】−以下「近かべきほどは」まで、夕霧の心。
【見やつけたまはむ】−夕霧の心。
【柱隠れに】−以下、夕霧の視点で語られる。
【ことと馴れ馴れしきに】−以下「あな疎まし」まで、夕霧の心を通して語られる。
【と思ふ心も恥づかし】−夕霧の性格に対する語り手の批評。
【女の御さま】−以下「異腹ぞかし」まで夕霧の心。
【などか心あやまりもせざらむ】−夕霧の心。
【昨日見し御けはひにはけ劣りたれど】−地の文でありながら、夕霧の判断を含ませた心の文と一体化した文章。
【折にあはぬよそへどもなれど】−以下「たとへむ方なきものなりけり」まで、夕霧の譬喩が今の季節に合わないとする語り手の批評。
【いかがあらむ】−語り手の推測。
【女君】−玉鬘。
【吹き乱る風のけしきに女郎花しをれしぬべき心地こそすれ】−玉鬘の和歌。「濡れ濡れも明けばまづ見む宮城野のもとあらの萩はしをれぬらむ」(長能集、一三)
【うち誦じたまふ】−源氏が玉鬘の歌を。
【なほ見果てまほしけれど】−夕霧の心を語り手が忖度。
【近かりけりと見えたてまつらじ】−夕霧の心。
【下露になびかましかば女郎花荒き風にはしをれざらまし】−源氏の返歌。「女郎花」「風」「しをれ」の語句を受けて返す。
【などひが耳にやありけむ聞きよくもあらずぞ】−源氏の返歌があまり上手な出来でないとする語り手の批評。

 [第五段 源氏、花散里を見舞う]
【東の御方へ】−花散里のお部屋。
【これより】−玉鬘の居所から。夏の御殿の西の対の文殿を改造した部屋。
【うちとけわざにや】−源氏の眼を通して語られる。
【中将の下襲か】−以下「秋なめり」まで、源氏の花散里への詞。
【何にかあらむ】−源氏と語り手が一体化した推測。
【かやうなる方は南の上にも劣らずかし】−源氏の心内。花散里の裁縫染色の技量が南の上(紫の上)にも劣らないことを認める。
【中将にこそ】−以下「めやすかめり」まで、源氏の花散里への詞。
【などやうのことを】−語り手の概括の加わった表現。

 

第三章 夕霧の物語 幼恋の物語

 [第一段 夕霧、雲井雁に手紙を書く]
【姫君の御方】−明石の姫君のお部屋。
【まだあなたに】−以下「上がりたまはざりつる」まで、乳母の詞。
【え--ざりつる】−「え」(副詞)--打消しの助動詞「ず」の構文。不可能の意を表す。
【もの騒がしげ】−以下「いかがおはすらむ」まで、夕霧の詞。
【思ひたまへしを】−謙譲の補助動詞「たまへ」下二段活用。
【扇の風だに】−以下「わびにてはべり」まで、女房の詞。
【ことことしからぬ】−以下「御局の硯」まで、夕霧の詞。
【いなこれはかたはらいたし】−夕霧の詞。
【北の御殿】−明石の御方。
【紫の薄様なりけり】−以下「ものしたまへ」まで、語り手の評。
【風騒ぎむら雲まがふ夕べにも忘るる間なく忘られぬ君】−夕霧から雲井雁への贈歌。
【吹き乱れたる苅萱】−「まめなれどよき名も立たず刈萱のいざ乱れなむしどろもどろに」(古今六帖六、刈萱、三七八五)を踏まえて、共寝してみたいと詠んで贈った。
【交野の少将は】−以下「ととのへはべりりけれ」まで、女房の詞。
【さばかりの色も】−以下「花よ」まで、夕霧の詞。
【いづこの野辺のほとりの花】−引歌があるか、未詳。
【馬の助に】−夕霧の側近。

 [第二段 夕霧、明石姫君を垣間見る]
【渡らせたまふ】−「せ」(尊敬の助動詞)+「たまふ」(尊敬の補助動詞)、最高敬語。主語は、明石姫君。
【もののそばより】−以下、夕霧の目を通して語られる明石姫君。
【髪のまだ丈には】−明石姫君、八歳。
【一昨年ばかりは】−以下「いかならむ」まで、夕霧の心。
【かの見つる先々の桜山吹】−以下「あるかし」まで、夕霧の心。「桜」は紫の上、「山吹」は玉鬘をさす。
【これは】−明石姫君。
【かかる人びとを】−以下「つらけれ」まで、夕霧の心。

 [第三段 内大臣、大宮を訪う]
【祖母宮の御もとに】−三条宮邸の祖母宮。
【御物語など聞こえたまふ】−内大臣と大宮との会話。夕霧はこの場面にいない。
【姫君を】−以下「あさましきこと」まで、大宮の詞。姫君とは雲居雁。
【今このころのほどに】−以下「尽くされはべりける」まで、内大臣の詞。
【心憂くて】−大宮の心。
【いと不調なる娘】−以下「もてわづらひはべりぬ」まで、内大臣の詞。近江の君のこと。
【いであやし】−以下「やうやある」まで、大宮の詞、皮肉を含む。
【それなむ】−以下「御覧ぜさせむ」まで、内大臣の詞。
【聞こえたまふとや】−語り手が伝聞したということを表した形。

源氏物語の世界ヘ
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ローマ字版
現代語訳
大島本
自筆本奥入