[参考文献]
池田亀鑑編著『源氏物語大成』第一巻「校異篇」一九五六年 中央公論社
阿部秋生・秋山 虔・今井源衛・鈴木日出男校注・訳『古典セレクション 源氏物語』第五巻 一九九八年 小学館
柳井 滋・室伏信助・大朝雄二・鈴木日出男・藤井貞和・今西祐一郎校注『新日本古典文学大系 源氏物語』第二巻 一九九四年 岩波書店
阿部秋生・秋山 虔・今井源衛・鈴木日出男校注・訳『完訳日本の古典 源氏物語』第三巻 一九八四年 小学館
石田穣二・清水好子校注『新潮日本古典集成 源氏物語』第三巻 一九七八年 新潮社
阿部秋生・秋山 虔・今井源衛校注・訳『日本古典文学全集 源氏物語』第二巻 一九七二年 小学館
玉上琢弥著『源氏物語評釈』第四巻 一九六五年 角川書店
山岸徳平校注『日本古典文学大系 源氏物語』第二巻 一九五九年 岩波書店
池田亀鑑校注『日本古典全書 源氏物語』第二巻 一九四九年 朝日新聞社
伊井春樹編『源氏物語引歌索引』一九七七年 笠間書院
榎本正純篇著『源氏物語の草子地 諸注と研究』一九八二年 笠間書院
第一章 前斎宮の物語 前斎宮をめぐる朱雀院と光る源氏の確執
[第二段 源氏、朱雀院の心中を思いやる]
【院の御ありさまは】−源氏参内し、故六条御息所を回想する。以下「ものしとや思すらむ」まで、源氏の心中。
【似げなからずいとよき御あはひなめるを内裏はまだいといはけなくおはしますめるに】−朱雀院三十四歳、斎宮二十二歳、冷泉帝十三歳。朱雀院と斎宮は結婚するのにも適当な年齢のお間柄であるが、冷泉帝はまだ子供であると、源氏は思う。斎宮の冷泉帝入内を強引な政略結婚であることを自ら認めている。
【引き違へきこゆるを】−『集成』は「こうして、無理の多い筋にお運び申し上げるのも」。『完訳』は「このように院のお気持にさからってお取り持ちするのを」と訳す。
【憎きことをさへ思しやりて】−語り手の挿入句。『完訳』は「宮の内心を想像する源氏を、いやな気づかいと、語り手が批評」と注す。
【今日になりて思し止むべきことにしあらねば】−源氏の反省と後悔は、斎宮入内の中止まで考えさせたが、もはや不可能の事態まで進行。
【修理宰相】−参議兼修理大夫、従四位下相当官。
【うけばりたる親ざまには聞こし召されじ】−源氏の心中。朱雀院に気兼ねする気持ち。
【あはれおはせましかば】−以下「思しいたづかまし」まで、源氏の心中。御息所が生きていたらどんなに甲斐あったことだろう、と思う。
【おほかたの世につけては】−以下「なをすぐれて」まで、源氏の心中。ただし、その引用句はなく、地の文に続く。『完訳』は「心内語が直接、地の文に続く」と注す。
[第三段 帝と弘徽殿女御と斎宮女御]
【中宮も内裏にぞおはしましける】−「中宮」は藤壷の宮。
【めづらしき人】−前齋宮をさす。『集成』は「新しいお妃」。『完訳』は「立派なお方」と訳す。
【かく恥づかしき人】−以下「見えたてまつらせたまへ」まで、藤壷の冷泉帝への詞。
【大人は恥づかしうやあらむ】−冷泉帝の心中。
【参う上りたまへり】−当時、入内の儀式は夜に行われた。
【弘徽殿には】−弘徽殿女御、権中納言の娘。冷泉帝より一歳年上、十四歳。「澪標」巻で入内、既に二年を経過。冷泉帝の両妃に対する複雑な心境を長文で語る。
【思ふ心ありて】−立后をいう。
[第四段 源氏、朱雀院と語る]
【院には】−朱雀院。
【さ思ふ心なむありし】−朱雀院の心中を語り手が間接的に語る。斎宮を恋い慕っていた気持ちをさす。
【かかる御けしき】−朱雀院が斎宮を妃にと所望していたことをさす。
【いかが思したる】−源氏が朱雀院の心中を忖度。
【めでたしと思ほし】−以下「をかしさにか」まで、源氏の心中。朱雀院の斎宮への執着の深さから好色心を触発される。
【あらばこそ】−係助詞「こそ」は「あらめ」に係るが、逆接で文は続く。
【兵部卿宮すがすがともえ思ほし立たず】−中君入内の件である。「澪標」巻にその希望が語られていた。
【帝おとなびたまひなばさりともえ思ほし捨てじ】−兵部卿宮の心中。帝のもうしばらくの成長に期待をよせる。
[第二段 源氏方、須磨の絵日記を準備]
【物語絵こそ心ばへ見えて見所あるものなれ】−権中納言の詞。物語絵が見応えするといって、絵師に描かせる。
【月次の絵】−一年十二か月の風物や年中行事を描いた絵。
【こなたにても】−『集成』は「弘徽殿方」と解し、『完訳』は「斎宮の女御方」と解す。
【なほ権中納言の】−以下「改まりがたかめれ」まで、源氏の詞。
【あながちに隠して】−以下「参らせむ」まで、源氏の詞。
【今めかしきはそれそれ】−源氏と紫の君が絵を選んでいる様子。当世風な絵を選んでいる。
【事の忌みあるはこたみはたてまつらじ】−源氏の考え。「長恨歌」の楊貴妃や王昭君は帝と死別する、縁起でない内容。
【かの旅の御日記】−源氏が須磨・明石のに流浪したころに書いた絵日記。「明石」巻第三章四段参照。
【取り出でさせたまひて】−「させ」使役の助動詞。女房をして取り出させる意。
【一人ゐて嘆きしよりは海人の住むかたをかくてぞ見るべかりける】−紫の君から源氏への贈歌。「絵(かた)」と「潟」の掛詞。「見る」に「海松(みる)」を響かせ、「海人」「潟」「海松」が縁語。
【慰みなましものを】−「な」完了の助動詞、未然形。「まし」反実仮想の助動詞、連体形。「を」詠嘆の間投助詞。心細さも慰められたでしょうに、しかし、一緒でなかったから、そうではなかった、の意。
【いとあはれと思して】−『集成』は「まことにもっともだと」。『完訳』は「まことにいとおしくお思いになって」と訳す。
【憂きめ見しその折よりも今日はまた過ぎにしかたにかへる涙か】−源氏の紫の君への返歌。「潟」「海松」の語句を受けて、「憂き目」「浮海布(うきめ)」、「方」「潟」の掛詞、「涙」に「波」を響かせ、「浮海布」「潟」「波」の縁語を用い、自分もその当時を思い出して、同じ気持ちでいると応える。
[第三段 三月十日、中宮の御前の物語絵合せ]
【弥生の十日のほどなれば空もうららかにて人の心ものびものおもしろき折なるに内裏わたりも節会どものひまなれば】−三月十日ころ、気候と宮中の人心の延び延びとした様子。景情一致の描写。
【御覧じ所もまさりぬべく】−主語は帝。
【御心つきて】−主語は源氏。
【梅壷の御方は】−斎宮女御の局、凝香舎。初めて局名が明かされる。
[第四段 「竹取」対「宇津保」]
【中宮も参らせたまへるころにて】−藤壷の宮が宮中に参内している。出家しても宮中に参内することはある。「中宮」という呼称。
【なよ竹の】−以下「目及ばぬならむかし」まで、左方の『竹取りの翁』を推奨する詞。枕詞「なよたけ」、縁語「ふし」を使って朗々と、その素晴らしさをいう。
【かぐや姫の】−以下「あやまちとなす」まで、『集成』は「右方(弘徽殿方)の反論の大略を述べる」といい、地の文にし、『完訳』は「 」に括り、訳文は「と言う」という言葉を補って、直接話法的に解す。竹の中から生まれた素性の卑しいこと、帝の妃とならなかったこと、その他、登場人物の失敗と欠点をいう。
【あへなし】−「あへなし」(形容詞)に「阿倍なし」を掛ける。議論の中にことば遊びを交える。
【玉の枝に疵をつけたる】−「玉に疵」の格言に合わせて欠点とする。
【俊蔭は】−『集成』は「以下、右方が俊蔭の巻の主人公のすぐれた点を挙げる」と注し、地の文扱い。『完訳』は、以下「なほ並びなし」まで、「 」に括り、右方の直接話法とする。
【そのことわりなし】−『集成』は「反論する言葉がない」。『完訳』は「反論の決め手がない」と訳す。
[第五段 「伊勢物語」対「正三位」]
【正三位】−散逸物語。
【伊勢の海の深き心をたどらずてふりにし跡と波や消つべき】−左方の平典侍の歌。「海」「深き」「波」が縁語。『伊勢物語』の「深き心」といって、その価値を弁護強調する。
【世の常のあだことのひきつくろひ飾れるに】−以下「名をや朽たすべき」まで、歌に続けた平典侍の詞。「世の常のあだこと」とは『正三位』物語に対する批判。
【雲の上に思ひのぼれる心には千尋の底もはるかにぞ見る】−右方の大弍典侍の歌。平典侍の言った『伊勢物語』の「深き心」を受けて、『正三位』物語の「雲の上に思ひのほれる心」から見れば、「千尋の底も遥か」だと批判した。
【兵衛の大君の】−以下「え朽たさじ」まで、藤壷の詞。兵衛大君の心も素晴らしいが、在五中将業平の名を汚すことはできない、という。
【みるめこそうらふりぬらめ年経にし伊勢をの海人の名をや沈めむ】−藤壷の歌。『集成』は「藤壷が、歌で判定を下し、左方を支持したのである」と注す。「海松布(みるめ)」と「見る目」、「浦古り」と「心(うら)古り」の掛詞。「海松布」「浦」「海人」「沈む」が縁語。
【一巻に言の葉を尽くして】−『集成』は「物語絵一巻の判定に、あらん限りの論陣を張って」。『完訳』は「一巻の勝負に詞の限りを尽し」と訳す。
【いといたう秘めさせたまふ】−主語は藤壷。中宮御前における物語絵合せを大層内密にしていらした、という意。
[第二段 三月二十日過ぎ、帝の御前の絵合せ]
【その日と定めて】−帝御前における絵合を三月二十日過ぎに決定。
【女房のさぶらひに御座よそはせて】−台盤所に帝の玉座を設ける。
【皆御前に舁き立つ】−『集成』は「机を肩にして運び、帝の御前に並べ立てる」と注す。
【大臣の下にすすめたまへるやうやあらむ】−「やうやあらむ」、「や」疑問の係助詞、「む」推量の助動詞。語り手の推測。挿入句。
【ことことしき】−『日葡辞書』に「コトコトシイ」とある。
【例の四季の絵も】−以下「たとへむかたなし」まで、帥宮の目を通して語る文章。その始まりは地の文、やがて心中文へと変移する。この四季絵は左方。朱雀院が斎宮女御に贈った絵。
【紙絵は限りありて】−『集成』は「画面が狭くて」。『完訳』は「紙絵は、屏風絵などに比べて紙幅に限りのあること」。紙絵そのものについていう。両方が四季の紙絵を出品。
【ただ筆の飾り】−以下「あなおもしろ」まで、帥宮の目を通して語る文章。右方の四季絵についていう。
【深うしろしめしたらむ】−源氏の心中。藤壷が絵に精通していることを思う。
【大臣もいと優におぼえたまひて】−『完訳』は「源氏には自分の旅日記の絵の用意があるだけに、藤壷に大きな期待を寄せる」と注す。
[第三段 左方、勝利をおさめる]
【心苦し悲し】−この座の方々の心中。源氏の須磨明石流謫を悲しく気の毒に思ったこと。
【まほの詳しき日記にはあらず】−正式の詳細な日記、すなわち、漢文体で書かれた日記ではなく、の意。
【まじれるたぐひゆかし】−「まじれる」連体中止、下には係らず、理由を表す連文節となって、一呼吸置いて「類ゆかし」という文が続く。
【こと事思ほさず】−『完訳』は「誰も誰ももう他のことは念頭になく」と注す。
[第二段 光る源氏体制の夜明け]
【おほかたの空をかしきほどなるに】−三月二十日過ぎの天象模様。
【明け果つるままに、花の色も人の御容貌ども、ほのかに見えて、鳥のさへづるほど、心地ゆき、めでたき朝ぼらけなり】−冷泉朝の開幕を象徴する表現。
【また重ねて賜はりたまふ】−帝から頂戴することをいう。
[第三段 冷泉朝の盛世]
【そのころのことには】−その当時の話題としては、の意。
【かの浦々の巻は中宮にさぶらはせたまへ】−源氏の詞。須磨、明石の絵日記は藤壷の宮に献上する。
【残りの巻々ゆかしがらせたまへど】−主語は藤壷。「せ」尊敬の助動詞、「たまへ」尊敬の補助動詞。最高敬語。
【今次々に】−源氏の詞。
【主上にも御心ゆかせたまひて】−主語は帝。「せ」尊敬の助動詞、「たまひ」尊敬の補助動詞、最高敬語。
【うれしく見たてまつりたまふ】−主語は源氏。
【なほおぼえ圧さるべきにや】−権中納言の心中。「おぼえ」は世の評判。
【思さるべかめり】−「べかめり」連語、推量の助動詞。この主観的推量は語り手。
【なほこまやかに】−『完訳』は「以下、権中納言の心中」と解す。
【人知れず見たてまつり知りたまひてぞ】−主語は権中納言。
【さりとも】−権中納言の心中。『集成』は「いくら源氏方の勢力が強くとも、まさかお見捨てになるまい」。『完訳』は「わが女御への帝寵は衰えまい」と注す。
【思されける】−「れ」自発の助動詞。自然とそのように思われるの意。
【この御時よりと末の人の言ひ伝ふべき例を添へむ】−源氏の心中。『集成』は「聖代と仰がれるような立派な前例を遺すのが補佐の役目である。以下、今上の治世を聖代と印象づける筆致」と注す。
[第四段 嵯峨野に御堂を建立]
【今すこしおとなび】−以下「世を背きなむ」まで、源氏の心中。
【思ほすべかめる】−「べかめる」連語、推量の助動詞。源氏の心中を推量。この主観的推量は語り手。
【昔のためしを】−以下「齢をも延べむ」まで、源氏の心中。
【世に抜けぬる人の長くえ保たぬわざなりけり】−「の」格助詞。『完訳』は「世にぬきんでてしまった人は、とても長寿を保つことができなかったのだった」と訳す。
【今より後の栄えはなほ命うしろめたし】−『集成』は「今後も栄華を貪っては、やはり命が心配だ」。『完訳』は「今よりのちの栄華は、やはり寿命がともなわず危ぶまれる」と訳す。
【山里ののどかなるを占めて御堂を造らせ】−次の「松風」巻によれば、嵯峨野の御堂。清涼寺がモデルとされる。
【仏経のいとなみ添へてせさせたまふめるに】−「させ」使役の助動詞。「める」推量の助動詞。この主観的推量は語り手。以下の文章にも語り手の言辞がうかがえる。
【末の君達思ふさまにかしづき出だして見む】−源氏の心中を間接的に語る表現。夕霧十歳、明石姫君三歳。
【いかに思しおきつるにかといと知りがたし】−『集成』は「草子地」。『完訳』は「源氏の人生の奥行の深さを暗示させる、語り手の言辞」と注す。
源氏物語の世界ヘ
本文
ローマ字版
現代語訳
大島本
自筆本奥入