手習（大島本）

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	3	手習（大島本）	3
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	6	Last updated 5/17/2002	6
	7	渋谷栄一校訂(C)(ver.1-2-2)	7
	8		8
	9	手習	9
	10		10
	11	薫君の大納言時代二十七歳三月末頃から二十八歳の夏までの物語	11
	12		12
	13	[主要登場人物]	13
	14		14
	15	薫<かおる>	15
	16	呼称---右大将殿・大将殿・大将・殿、源氏の子	16
	17	匂宮<におうのみや>	17
	18	呼称---兵部卿宮・宮、今上帝の第三親王	18
	19	明石中宮<あかしのちゅうぐう>	19
	20	呼称---大宮・后の宮・宮、源氏の娘	20
	21	夕霧<ゆうぎり>	21
	22	呼称---右大臣殿・右の大殿、源氏の長男	22
	23	女一の宮<おんないちのみや>	23
	24	呼称---姫宮・一品の宮・宮、今上帝の第一内親王	24
	25	女二の宮<おんなにのみや>	25
	26	呼称---姫宮・帝の御女、今上帝の第二内親王	26
	27	中君<なかのきみ>	27
	28	呼称---兵部卿宮の北の方・姉君、八の宮の二女	28
	29	浮舟<うきふね>	29
	30	呼称---姫君・故八宮の御女・大将殿の御後・御妹、八の宮の三女	30
	31	中将の君<ちゅうじょうのきみ>	31
	32	呼称---母君・親・母、浮舟の母	32
	33	小君<こぎみ>	33
	34	呼称---小君・童・弟の童、浮舟の異父弟	34
	35	浮舟の乳母<うきふねのめのと>	35
	36	呼称---乳母	36
	37	母尼<ははのあま>	37
	38	呼称---大尼君・母の尼君、横川僧都の母	38
	39	横川僧都<よかわのそうず>	39
	40	呼称---なにがし僧都・僧都	40
	41	妹尼<いもうとのあま>	41
	42	呼称---妹の尼君・尼上・娘の尼君、横川僧都の妹	42
	43	中将<ちゅうじょう>	43
	44	呼称---中将殿・婿の君・客人・男君、薫妹尼君の娘婿	44
	45	弟子の阿闍梨<でしのあざり>	45
	46	呼称---阿闍梨、横川僧都の弟子	46
	47	小宰相の君<こざいしょうのきみ>	47
	48	呼称---宰相の君	48
	49		49
	50		50
	51	第一章　浮舟の物語　浮舟、入水未遂、横川僧都らに助けられる	51
	52		52
	53	横川僧都の母、初瀬詣での帰途に急病---そのころ、横川に、なにがし僧都とか言ひて	53
	54	僧都、宇治の院の森で妖しい物に出会う---まづ、僧都渡りたまふ。「いといたく荒れて	54
	55	若い女であることを確認し、救出する---妖しのさまに、額おし上げて出で来たり	55
	56	妹尼、若い女を介抱す---御車寄せて降りたまふほど、いたう苦しがりたまふとて	56
	57	若い女生き返るが、死を望む---僧都もさしのぞきて、「いかにぞ。何のしわざぞと	57
	58	宇治の里人、僧都に葬送のことを語る---二日ばかり籠もりゐて、二人の人を祈り	58
	59	尼君ら一行、小野に帰る---尼君よろしくなりたまひぬ。方も開きぬれば	59
	60		60
	61	第二章　浮舟の物語　浮舟の小野山荘での生活	61
	62		62
	63	僧都、小野山荘へ下山---うちはへかく扱ふほどに、四、五月も過ぎぬ	63
	64	もののけ出現---「朝廷の召しにだに従はず、深く籠もりたる山を	64
	65	浮舟、意識を回復---正身の心地はさはやかに、いささかものおぼえて	65
	66	浮舟、五戒を受く---「いかなれば、かく頼もしげなくのみはおはするぞ	66
	67	浮舟、素性を隠す---「夢のやうなる人を見たてまつるかな」と尼君は喜びて	67
	68	小野山荘の風情---この主人もあてなる人なりけり。娘の尼君は	68
	69	浮舟、手習して述懐---尼君ぞ、月など明き夜は、琴など弾きたまふ	69
	70	浮舟の日常生活---若き人の、かかる山里に、今はと思ひ絶え籠もるは	70
	71		71
	72	第三章　浮舟の物語　中将、浮舟に和歌を贈る	72
	73		73
	74	尼君の亡き娘の婿君、山荘を訪問---尼君の昔の婿の君、今は中将にてものしたまひける	74
	75	浮舟の思い---人びとに水飯などやうの物食はせ、君にも蓮の実など	75
	76	中将、浮舟を垣間見る---尼君入りたまへる間に、客人、雨のけしきを見わづらひて	76
	77	中将、横川の僧都と語る---前近き女郎花を折りて、「何匂ふらむ」と口ずさびて	77
	78	中将、帰途に浮舟に和歌を贈る---またの日、帰りたまふにも、「過ぎがたくなむ」	78
	79	中将、三度山荘を訪問---文などわざとやらむは、さすがにうひうひしう	79
	80	尼君、中将を引き留める---さすがに、かかる古代の心どもにはありつかず	80
	81	母尼君、琴を弾く---「女は、昔は、東琴をこそは、こともなく弾きはべりしかど	81
	82	翌朝、中将から和歌が贈られる---これに事皆醒めて、帰りたまふほども	82
	83		83
	84	第四章　浮舟の物語　浮舟、尼君留守中に出家す	84
	85		85
	86	九月、尼君、再度初瀬に詣でる---九月になりて、この尼君、初瀬に詣づ	86
	87	浮舟、少将の尼と碁を打つ---皆出で立ちけるを眺め出でて、あさましきことを	87
	88	中将来訪、浮舟別室に逃げ込む---月さし出でてをかしきほどに、昼文ありつる中将	88
	89	老尼君たちのいびき---姫君は、「いとむつかし」とのみ聞く老い人のあたりに	89
	90	浮舟、悲運のわが身を思う---昔よりのことを、まどろまれぬままに、常よりも	90
	91	僧都、宮中へ行く途中に立ち寄る---下衆下衆しき法師ばらなどあまた来て	91
	92	浮舟、僧都に出家を懇願---立ちてこなたにいまして、「ここにや	92
	93	浮舟、出家す---「あやしく、かかる容貌ありさまを、などて身を	93
	94		94
	95	第五章　浮舟の物語　浮舟、出家後の物語	95
	96		96
	97	少将の尼、浮舟の出家に気も動転---かかるほど、少将の尼は、兄の阿闍梨の	97
	98	浮舟、手習に心を託す---皆人びと出で静まりぬ。夜の風の音に、この人びとは	98
	99	中将からの和歌に返歌す---同じ筋のことを、とかく書きすさびゐたまへるに	99
	100	僧都、女一宮に伺候---一品の宮の御悩み、げに、かの弟子の言ひしもしるく	100
	101	僧都、女一宮に宇治の出来事を語る---御もののけの執念きことを、さまざまに	101
	102	僧都、山荘に立ち寄り山へ帰る---姫宮おこたり果てさせたまひて、僧都も登り	102
	103	中将、小野山荘に来訪---今日は、ひねもすに吹く風の音もいと心細きに	103
	104	中将、浮舟に和歌を贈って帰る---「かばかりのさましたる人を失ひて	104
	105		105
	106	第六章　浮舟の物語　薫、浮舟生存を聞き知る	106
	107		107
	108	新年、浮舟と尼君、和歌を詠み交す---年も返りぬ。春のしるしも見えず、凍りわたれる	108
	109	大尼君の孫、紀伊守、山荘に来訪---大尼君の孫の紀伊守なりける、このころ上り	109
	110	浮舟、薫の噂など漏れ聞く---「かのわたりの親しき人なりけり」と見るにも	110
	111	浮舟、尼君と語り交す---「忘れたまはぬにこそは」とあはれに思ふにも	111
	112	薫、明石中宮のもとに参上---大将は、この果てのわざなどせさせたまひて	112
	113	小宰相、薫に僧都の話を語る---立ち寄りて物語などしたまふついでに	113
	114	薫、明石中宮に対面し、横川に赴く---「あさましうて、失ひはべりぬと思ひたまへし人	114
	115		115
	116		116
	117	【出典】	117
	118	【校訂】	118
	119		119
	120	第一章　浮舟の物語　浮舟、入水未遂、横川僧都らに助けられる	120
	121	[第一段　横川僧都の母、初瀬詣での帰途に急病]	121
	122	そのころ、横川に、なにがし僧都とか言ひて、いと尊き人住みけり。八十余りの母、五十ばかりの妹ありけり。古き願ありて、初瀬に詣でたりけり。	122
	123	睦ましうやむごとなく思ふ弟子の阿闍梨を添へて、仏経供養ずること行ひけり。事ども多くして帰る道に、奈良坂と言ふ山越えけるほどより、この母の尼君、心地悪しうしければ、「かくては、いかでか残りの道をもおはし着かむ」ともて騷ぎて、宇治のわたりに知りたりける人の家ありけるに、とどめて、今日ばかり休めたてまつるに、なほいたうわづらへば、横川に消息したり。	123
	124	山籠もりの本意深く、今年は出でじと思ひけれど、「限りのさまなる親の、道の空にて亡くやならむ」と驚きて、急ぎものしたまへり。惜しむべくもあらぬ人ざまを、みづからも、弟子の中にも験あるして、加持し騒ぐを、家主人聞きて、	124
	125	「御獄精進しけるを、いたう老いたまへる人の、重く悩みたまふは、いかが」	125
	126	とうしろめたげに思ひて言ひければ、さも言ふべきことぞ、いとほしう思ひて、いと狭くむつかしうもあれば、やうやう率てたてまつるべきに、中神塞がりて、例住みたまふ方は忌むべかりければ、「故朱雀院の御領にて、宇治の院と言ひし所、このわたりならむ」と思ひ出でて、院守、僧都知りたまへりければ、「一、二日宿らむ」と言ひにやりたまへりければ、	126
	127	「初瀬になむ、昨日皆詣りにける」	127
	128	とて、いとあやしき宿守の翁を呼びて率て来たり。	128
	129	「おはしまさば、はや。いたづらなる院の寝殿にこそはべるめれ。物詣での人は、常にぞ宿りたまふ」	129
	130	と言へば、	130
	131	「いとよかなり。公所なれど、人もなく心やすきを」	131
	132	とて、見せにやりたまふ。この翁、例もかく宿る人を見ならひたりければ、おろそかなるしつらひなどして来たり。	132
	133		133
	134	[第二段　僧都、宇治の院の森で妖しい物に出会う]	134
	135	まづ、僧都渡りたまふ。「いといたく荒れて、恐ろしげなる所かな」と見たまふ。	135
	136	「大徳たち、経読め」	136
	137	などのたまふ。この初瀬に添ひたりし阿闍梨と同じやうなる、何事のあるにか、つきづきしきほどの下臈法師に、火ともさせて、人も寄らぬうしろの方に行きたり。森かと見ゆる木の下を、「疎ましげのわたりや」と見入れたるに、白き物の広ごりたるぞ見ゆる。	137
	138	「かれは、何ぞ」	138
	139	と、立ち止まりて、火を明くなして見れば、物の居たる姿なり。	139
	140	「狐の変化したる。憎し。見現はさむ」	140
	141	とて、一人は今すこし歩み寄る。今一人は、	141
	142	「あな、用な。よからぬ物ならむ」	142
	143	と言ひて、さやうの物退くべき印を作りつつ、さすがになほまもる。頭の髪あらば太りぬべき心地するに、この火ともしたる大徳、憚りもなく、奥なきさまにて、近く寄りてそのさまを見れば、髪は長くつやつやとして、大きなる木のいと荒々しきに寄りゐて、いみじう泣く。	143
	144	「珍しきことにもはべるかな。僧都の御坊に御覧ぜさせたてまつらばや」	144
	145	と言へば、	145
	146	「げに、妖しき事なり」	146
	147	とて、一人はまうでて、「かかることなむ」と申す。	147
	148	「狐の人に変化するとは昔より聞けど、まだ見ぬものなり」	148
	149	とて、わざと下りておはす。	149
	150	かの渡りたまはむとすることによりて、下衆ども、皆はかばかしきは、御厨子所など、あるべかしきことどもを、かかるわたりには急ぐものなりければ、ゐ静まりなどしたるに、ただ四、五人して、ここなる物を見るに、変はることもなし。	150
	151	あやしうて、時の移るまで見る。「疾く夜も明け果てなむ。人か何ぞと、見現はさむ」と、心にさるべき真言を読み、印を作りて試みるに、しるくや思ふらむ、	151
	152	「これは、人なり。さらに非常のけしからぬ物にあらず。寄りて問へ。亡くなりたる人にはあらぬにこそあめれ。もし死にたりける人を捨てたりけるが、蘇りたるか」	152
	153	と言ふ。	153
	154	「何の、さる人をか、この院の内に捨てはべらむ。たとひ、真に人なりとも、狐、木霊やうの物の、欺きて取りもて来たるにこそはべらめと、不便にもはべりけるかな。穢らひあるべき所にこそはべめれ」	154
	155	と言ひて、ありつる宿守の男を呼ぶ。山彦の答ふるも、いと恐ろし。	155
	156		156
	157	[第三段　若い女であることを確認し、救出する]	157
	158	妖しのさまに、額おし上げて出で来たり。	158
	159	「ここには、若き女などや住みたまふ。かかることなむある」	159
	160	とて見すれば、	160
	161	「狐の仕うまつるなり。この木のもとになむ、時々妖しきわざなむしはべる。一昨年の秋も、ここにはべる人の子の、二つばかりにはべしを、取りてまうで来たりしかども、見驚かずはべりき」	161
	162	「さて、その稚児は死にやしにし」	162
	163	と言へば、	163
	164	「生きてはべり。狐は、さこそは人を脅かせど、ことにもあらぬ奴」	164
	165	と言ふさま、いと馴れたり。かの夜深き参りものの所に、心を寄せたるなるべし。僧都、	165
	166	「さらば、さやうの物のしたるわざか。なほ、よく見よ」	166
	167	とて、このもの懼ぢせぬ法師を寄せたれば、	167
	168	「鬼か神か狐か木霊か。かばかりの天の下の験者のおはしますには、え隠れたてまつらじ。名のりたまへ。名のりたまへ」	168
	169	と、衣を取りて引けば、顔をひき入れていよいよ泣く。	169
	170	「いで、あな、さがなの木霊の鬼や。まさに隠れなむや」	170
	171	と言ひつつ、顔を見むとするに、「昔ありけむ目も鼻もなかりける女鬼にやあらむ」と、むくつけきを、頼もしういかきさまを人に見せむと思ひて、衣を引き脱がせむとすれば、うつ臥して声立つばかり泣く。	171
	172	「何にまれ、かく妖しきこと、なべて、世にあらじ」	172
	173	とて、見果てむと思ふに、	173
	174	「雨いたく降りぬべし。かくて置いたらば、死に果てはべりぬべし。垣の下にこそ出ださめ」	174
	175	と言ふ。僧都、	175
	176	「まことの人の形なり。その命絶えぬを見る見る捨てむこと、いといみじきことなり。池に泳ぐ魚、山に鳴く鹿をだに、人に捕へられて死なむとするを見て、助けざらむは、いと悲しかるべし。人の命久しかるまじきものなれど、残りの命、一、二日をも惜しまずはあるべからず。鬼にも神にも、領ぜられ、人に逐はれ、人に謀りごたれても、これ横様の死にをすべきものにこそあんめれ、仏のかならず救ひたまふべき際なり。	176
	177	なほ、試みに、しばし湯を飲ませなどして、助け試みむ。つひに、死なば、言ふ限りにあらず」	177
	178	とのたまひて、この大徳して抱き入れさせたまふを、弟子ども、	178
	179	「たいだいしきわざかな。いたうわづらひたまふ人の御あたりに、よからぬ物を取り入れて、穢らひかならず出で来なむとす」	179
	180	と、もどくもあり。また、	180
	181	「物の変化にもあれ、目に見す見す、生ける人を、かかる雨にうち失はせむは、いみじきことなれば」	181
	182	など、心々に言ふ。下衆などは、いと騒がしく、物をうたて言ひなすものなれば、人騒がしからぬ隠れの方になむ臥せたりける。	182
	183		183
	184	[第四段　妹尼、若い女を介抱す]	184
	185	御車寄せて降りたまふほど、いたう苦しがりたまふとて、ののしる。すこし静まりて、僧都、	185
	186	「ありつる人、いかがなりぬる」	186
	187	と問ひたまふ。	187
	188	「なよなよとしてもの言はず、息もしはべらず。何か、物にけどられにける人にこそ」	188
	189	と言ふを、妹の尼君聞きたまひて、	189
	190	「何事ぞ」	190
	191	と問ふ。	191
	192	「しかしかのことなむ、六十に余る年、珍かなるものを見たまへつる」	192
	193	とのたまふ。うち聞くままに、	193
	194	「おのが寺にて見し夢ありき。いかやうなる人ぞ。まづそのさま見む」	194
	195	と泣きてのたまふ。	195
	196	「ただこの東の遣戸になむはべる。はや御覧ぜよ」	196
	197	と言へば、急ぎ行きて見るに、人も寄りつかでぞ、捨て置きたりける。いと若ううつくしげなる女の、白き綾の衣一襲、紅の袴ぞ着たる。香はいみじう香うばしくて、あてなるけはひ限りなし。	197
	198	「ただ、わが恋ひ悲しむ娘の、帰りおはしたるなめり」	198
	199	とて、泣く泣く御達を出だして、抱き入れさす。いかなりつらむとも、ありさま見ぬ人は、恐ろしがらで抱き入れつ。生けるやうにもあらで、さすがに目をほのかに見開けたるに、	199
	200	「もののたまへや。いかなる人か、かくては、ものしたまへる」	200
	201	と言へど、ものおぼえぬさまなり。湯取りて、手づからすくひ入れなどするに、ただ弱りに絶え入るやうなりければ、	201
	202	「なかなかいみじきわざかな」とて、「この人亡くなりぬべし。加持したまへ」	202
	203	と、験者の阿闍梨に言ふ。	203
	204	「さればこそ。あやしき御もの扱ひ」	204
	205	とは言へど、神などのために経読みつつ祈る。	205
	206		206
	207	[第五段　若い女生き返るが、死を望む]	207
	208	僧都もさしのぞきて、	208
	209	「いかにぞ。何のしわざぞと、よく調じて問へ」	209
	210	とのたまへど、いと弱げに消えもていくやうなれば、	210
	211	「え生きはべらじ。すぞろなる穢らひに籠もりて、わづらふべきこと」	211
	212	「さすがに、いとやむごとなき人にこそはべるめれ。死に果つとも、ただにやは捨てさせたまはむ。見苦しきわざかな」	212
	213	と言ひあへり。	213
	214	「あなかま。人に聞かすな。わづらはしきこともぞある」	214
	215	など口固めつつ、尼君は、親のわづらひたまふよりも、この人を生け果てて見まほしう惜しみて、うちつけに添ひゐたり。知らぬ人なれど、みめのこよなうをかしげなれば、いたづらになさじと、見る限り扱ひ騷ぎけり。さすがに、時々、目見開けなどしつつ、涙の尽きせず流るるを、	215
	216	「あな、心憂や。いみじく悲しと思ふ人の代はりに、仏の導きたまへると思ひきこゆるを。かひなくなりたまはば、なかなかなることをや思はむ。さるべき契りにてこそ、かく見たてまつるらめ。なほ、いささかもののたまへ」	216
	217	と言ひ続くれど、からうして、	217
	218	「生き出でたりとも、あやしき不用の人なり。人に見せで、夜この川に落とし入れたまひてよ」	218
	219	と、息の下に言ふ。	219
	220	「まれまれ物のたまふをうれしと思ふに、あな、いみじや。いかなれば、かくはのたまふぞ。いかにして、さる所にはおはしつるぞ」	220
	221	と問へども、物も言はずなりぬ。「身にもし傷などやあらむ」とて見れど、ここはと見ゆるところなくうつくしければ、あさましく悲しく、「まことに、人の心惑はさむとて出で来たる仮のものにや」と疑ふ。	221
	222		222
	223	[第六段　宇治の里人、僧都に葬送のことを語る]	223
	224	二日ばかり籠もりゐて、二人の人を祈り加持する声絶えず、あやしきことを思ひ騒ぐ。そのわたりの下衆などの、僧都に仕まつりける、かくておはしますなりとて、とぶらひ出で来るも、物語などして言ふを聞けば、	224
	225	「故八の宮の御女、右大将殿の通ひたまひし、ことに悩みたまふこともなくて、にはかに隠れたまへりとて、騷ぎはべる。その御葬送の雑事ども仕うまつりはべりとて、昨日はえ参りはべらざりし」	225
	226	と言ふ。「さやうの人の魂を、鬼の取りもて来たるにや」と思ふにも、かつ見る見る、「あるものともおぼえず、危ふく恐ろし」と思す。人びと、	226
	227	「昨夜見やられし火は、しかことことしきけしきも見えざりしを」	227
	228	と言ふ。	228
	229	「ことさら事削ぎて、いかめしうもはべらざりし」	229
	230	と言ふ。穢らひたる人とて、立ちながら追ひ返しつ。	230
	231	「大将殿は、宮の御女持ちたまへりしは、亡せたまひて、年ごろになりぬるものを、誰れを言ふにかあらむ。姫宮をおきたてまつりたまひて、よに異心おはせじ」	231
	232	など言ふ。	232
	233		233
	234	[第七段　尼君ら一行、小野に帰る]	234
	235	尼君よろしくなりたまひぬ。方も開きぬれば、「かくうたてある所に久しうおはせむも便なし」とて帰る。	235
	236	「この人は、なほいと弱げなり。道のほどもいかがものしたまはむと、心苦しきこと」	236
	237	と言ひ合へり。車二つして、老い人乗りたまへるには、仕うまつる尼二人、次のにはこの人を臥せて、かたはらにいま一人乗り添ひて、道すがら行きもやらず、車止めて湯参りなどしたまふ。	237
	238	比叡坂本に、小野といふ所にぞ住みたまひける。そこにおはし着くほど、いと遠し。	238
	239	「中宿りを設くべかりける」	239
	240	など言ひて、夜更けておはし着きぬ。	240
	241	僧都は、親を扱ひ、娘の尼君は、この知らぬ人をはぐくみて、皆抱き降ろしつつ休む。老いの病のいつともなきが、苦しと思ひたまへし遠道の名残こそ、しばしわづらひたまひけれ、やうやうよろしうなりたまひにければ、僧都は登りたまひぬ。	241
	242	「かかる人なむ率て来たる」など、法師のあたりにはよからぬことなれば、見ざりし人にはまねばず。尼君も、皆口固めさせつつ、「もし尋ね来る人もやある」と思ふも、静心なし。「いかで、さる田舎人の住むあたりに、かかる人落ちあふれけむ。物詣でなどしたりける人の、心地などわづらひけむを、継母などやうの人の、たばかりて置かせたるにや」などぞ思ひ寄りける。	242
	243	「川に流してよ」と言ひし一言より他に、ものもさらにのたまはねば、いとおぼつかなく思ひて、「いつしか人にもなしてみむ」と思ふに、つくづくとして起き上がる世もなく、いとあやしうのみものしたまへば、「つひに生くまじき人にや」と思ひながら、うち捨てむもいとほしういみじ。夢語りもし出でて、初めより祈らせし阿闍梨にも、忍びやかに芥子焼くことせさせたまふ。	243
	244		244
	245	第二章　浮舟の物語　浮舟の小野山荘での生活	245
	246	[第一段　僧都、小野山荘へ下山]	246
	247	うちはへかく扱ふほどに、四、五月も過ぎぬ。いとわびしうかひなきことを思ひわびて、僧都の御もとに、	247
	248	「なほ下りたまへ。この人、助けたまへ。さすがに今日までもあるは、死ぬまじかりける人を、憑きしみ領じたるものの、去らぬにこそあめれ。あが仏、京に出でたまはばこそはあらめ、ここまではあへなむ」	248
	249	など、いみじきことを書き続けて、奉りたまへれば、	249
	250	「いとあやしきことかな。かくまでもありける人の命を、やがてとり捨ててましかば。さるべき契りありてこそは、我しも見つけけめ。試みに助け果てむかし。それに止まらずは、業尽きにけりと思はむ」	250
	251	とて、下りたまひけり。	251
	252	よろこび拝みて、月ごろのありさまを語る。	252
	253	「かく久しうわづらふ人は、むつかしきこと、おのづからあるべきを、いささか衰へず、いときよげに、ねぢけたるところなくのみものしたまひて、限りと見えながらも、かくて生きたるわざなりけり」	253
	254	など、おほなおほな泣く泣くのたまへば、	254
	255	「見つけしより、珍かなる人のみありさまかな。いで」	255
	256	とて、さしのぞきて見たまひて、	256
	257	「げに、いと警策なりける人の御容面かな。功徳の報いにこそ、かかる容貌にも生ひ出でたまひけめ。いかなる違ひめにて、そこなはれたまひけむ。もし、さにや、と聞き合はせらるることもなしや」	257
	258	と問ひたまふ。	258
	259	「さらに聞こゆることもなし。何か、初瀬の観音の賜へる人なり」	259
	260	とのたまへば、	260
	261	「何か。それ縁に従ひてこそ導きたまはめ。種なきことはいかでか」	261
	262	など、のたまふが、あやしがりたまひて、修法始めたり。	262
	263		263
	264	[第二段　もののけ出現]	264
	265	「朝廷の召しにだに従はず、深く籠もりたる山を出でたまひて、すぞろにかかる人のためになむ行ひ騷ぎたまふと、ものの聞こえあらむ、いと聞きにくかるべし」と思し、弟子どもも言ひて、「人に聞かせじ」と隠す。僧都、	265
	266	「いで、あなかま。大徳たち。われ無慚の法師にて、忌むことの中に、破る戒は多からめど、女の筋につけて、まだ誹りとらず、過つことなし。六十に余りて、今さらに人のもどき負はむは、さるべきにこそはあらめ」	266
	267	とのたまへば、	267
	268	「よからぬ人の、ものを便なく言ひなしはべる時には、仏法の瑕となりはべることなり」	268
	269	と、心よからず思ひて言ふ。	269
	270	「この修法のほどにしるし見えずは」	270
	271	と、いみじきことどもを誓ひたまひて、夜一夜加持したまへる暁に、人に駆り移して、「何やうのもの、かく人を惑はしたるぞ」と、ありさまばかり言はせまほしうて、弟子の阿闍梨、とりどりに加持したまふ。月ごろ、いささかも現はれざりつるもののけ、調ぜられて、	271
	272	「おのれは、ここまで参うで来て、かく調ぜられたてまつるべき身にもあらず。昔は行ひせし法師の、いささかなる世に恨みをとどめて、漂ひありきしほどに、よき女のあまた住みたまひし所に住みつきて、かたへは失ひてしに、この人は、心と世を恨みたまひて、我いかで死なむ、と言ふことを、夜昼のたまひしにたよりを得て、いと暗き夜、独りものしたまひしを取りてしなり。されど、観音とざまかうざまにはぐくみたまひければ、この僧都に負けたてまつりぬ。今は、まかりなむ」	272
	273	とののしる。	273
	274	「かく言ふは、何ぞ」	274
	275	と問へば、憑きたる人、ものはかなきけにや、はかばかしうも言はず。	275
	276		276
	277	[第三段　浮舟、意識を回復]	277
	278	正身の心地はさはやかに、いささかものおぼえて見回したれば、一人見し人の顔はなくて、皆、老法師、ゆがみ衰へたる者のみ多かれば、知らぬ国に来にける心地して、いと悲し。	278
	279	ありし世のこと思ひ出づれど、住みけむ所、誰れと言ひし人とだに、たしかにはかばかしうもおぼえず。ただ、	279
	280	「我は、限りとて身を投げし人ぞかし。いづくに来にたるにか」とせめて思ひ出づれば、	280
	281	「いといみじと、ものを思ひ嘆きて、皆人の寝たりしに、妻戸を放ちて出でたりしに、風は烈しう、川波も荒う聞こえしを、独りもの恐ろしかりしかば、来し方行く先もおぼえで、簀子の端に足をさし下ろしながら、行くべき方も惑はれて、帰り入らむも中空にて、心強くこの世に亡せなむと思ひ立ちしを、『をこがましうて人に見つけられむよりは、鬼も何も食ひ失へ』と言ひつつ、つくづくと居たりしを、いときよげなる男の寄り来て、『いざ、たまへ。おのがもとへ』と言ひて、抱く心地のせしを、宮と聞こえし人のしたまふ、とおぼえしほどより、心地惑ひにけるなめり。知らぬ所に据ゑ置きて、この男は消え失せぬ、と見しを、つひにかく本意のこともせずなりぬる、と思ひつつ、いみじう泣く、と思ひしほどに、その後のことは絶えて、いかにもいかにもおぼえず。	281
	282	人の言ふを聞けば、多くの日ごろも経にけり。いかに憂きさまを、知らぬ人に扱はれ見えつらむ、と恥づかしう、つひにかくて生き返りぬるか」	282
	283	と思ふも口惜しければ、いみじうおぼえて、なかなか、沈みたまひつる日ごろは、うつし心もなきさまにて、ものいささか参る事もありつるを、つゆばかりの湯をだに参らず。	283
	284		284
	285	[第四段　浮舟、五戒を受く]	285
	286	「いかなれば、かく頼もしげなくのみはおはするぞ。うちはへぬるみなどしたまへることは冷めたまひて、さはやかに見えたまへば、うれしう思ひきこゆるを」	286
	287	と、泣く泣く、たゆむ折なく添ひゐて扱ひきこえたまふ。ある人びとも、あたらしき御さま容貌を見れば、心を尽くしてぞ惜しみまもりける。心には、「なほいかで死なむ」とぞ思ひわたりたまへど、さばかりにて、生き止まりたる人の命なれば、いと執念くて、やうやう頭もたげたまへば、もの参りなどしたまふにぞ、なかなか面痩せもていく。いつしかとうれしう思ひきこゆるに、	287
	288	「尼になしたまひてよ。さてのみなむ生くやうもあるべき」	288
	289	とのたまへば、	289
	290	「いとほしげなる御さまを。いかでか、さはなしたてまつらむ」	290
	291	とて、ただ頂ばかりを削ぎ、五戒ばかりを受けさせたてまつる。心もとなけれど、もとよりおれおれしき人の心にて、えさかしく強ひてものたまはず。僧都は、	291
	292	「今は、かばかりにて、いたはり止めたてまつりたまへ」	292
	293	と言ひ置きて、登りたまひぬ。	293
	294		294
	295	[第五段　浮舟、素性を隠す]	295
	296	「夢のやうなる人を見たてまつるかな」と尼君は喜びて、せめて起こし据ゑつつ、御髪手づから削りたまふ。さばかりあさましう、ひき結ひてうちやりたりつれど、いたうも乱れず、解き果てたれば、つやつやとけうらなり。一年足らぬ九十九髪多かる所にて、目もあやに、いみじき天人の天降れるを見たらむやうに思ふも、危ふき心地すれど、	296
	297	「などか、いと心憂く、かばかりいみじく思ひきこゆるに、御心を立てては見えたまふ。いづくに誰れと聞こえし人の、さる所にはいかでおはせしぞ」	297
	298	と、せめて問ふを、いと恥づかしと思ひて、	298
	299	「あやしかりしほどに、皆忘れたるにやあらむ、ありけむさまなどもさらにおぼえはべらず。ただ、ほのかに思ひ出づることとては、ただ、いかでこの世にあらじと思ひつつ、夕暮ごとに端近くて眺めしほどに、前近く大きなる木のありし下より、人の出で来て、率て行く心地なむせし。それより他のことは、我ながら、誰れともえ思ひ出でられはべらず」	299
	300	と、いとらうたげに言ひなして、	300
	301	「世の中に、なほありけりと、いかで人に知られじ。聞きつくる人もあらば、いといみじくこそ」	301
	302	とて泣いたまふ。あまり問ふをば、苦しと思したれば、え問はず。かぐや姫を見つけたりけむ竹取の翁よりも、珍しき心地するに、「いかなるものの隙に消え失せむとすらむ」と、静心なくぞ思しける。	302
	303		303
	304	[第六段　小野山荘の風情]	304
	305	この主人もあてなる人なりけり。娘の尼君は、上達部の北の方にてありけるが、その人亡くなりたまひてのち、娘ただ一人をいみじくかしづきて、よき君達を婿にして思ひ扱ひけるを、その娘の君の亡くなりにければ、心憂し、いみじ、と思ひ入りて、形をも変へ、かかる山里には住み始めたりけるなり。	305
	306	「世とともに恋ひわたる人の形見にも、思ひよそへつべからむ人をだに見出でてしがな」、つれづれも心細きままに思ひ嘆きけるを、かく、おぼえぬ人の、容貌けはひもまさりざまなるを得たれば、うつつのことともおぼえず、あやしき心地しながら、うれしと思ふ。ねびにたれど、いときよげによしありて、ありさまもあてはかなり。	306
	307	昔の山里よりは、水の音もなごやかなり。造りざま、ゆゑある所、木立おもしろく、前栽もをかしく、ゆゑを尽くしたり。秋になりゆけば、空のけしきもあはれなり。門田の稲刈るとて、所につけたるものまねびしつつ、若き女どもは、歌うたひ興じあへり。引板ひき鳴らす音もをかしく、見し東路のことなども思ひ出でられて。	307
	308	かの夕霧の御息所のおはせし山里よりは、今すこし入りて、山に片かけたる家なれば、松蔭茂く、風の音もいと心細きに、つれづれに行ひをのみしつつ、いつとなくしめやかなり。	308
	309		309
	310	[第七段　浮舟、手習して述懐]	310
	311	尼君ぞ、月など明き夜は、琴など弾きたまふ。少将の尼君などいふ人は、琵琶弾きなどしつつ遊ぶ。	311
	312	「かかるわざはしたまふや。つれづれなるに」	312
	313	など言ふ。昔も、あやしかりける身にて、心のどかに、「さやうのことすべきほどもなかりしかば、いささかをかしきさまならずも生ひ出でにけるかな」と、かくさだ過ぎにける人の、心をやるめる折々につけては、思ひ出づるを、「あさましくものはかなかりける」と、我ながら口惜しければ、手習に、	313
	314	「身を投げし涙の川の早き瀬を	314
	315	しがらみかけて誰れか止めし」	315
	316	思ひの外に心憂ければ、行く末もうしろめたく、疎ましきまで思ひやらる。	316
	317	月の明かき夜な夜な、老い人どもは艶に歌詠み、いにしへ思ひ出でつつ、さまざま物語などするに、いらふべきかたもなければ、つくづくとうち眺めて、	317
	318	「我かくて憂き世の中にめぐるとも	318
	319	誰れかは知らむ月の都に」	319
	320	今は限りと思ひしほどは、恋しき人多かりしかど、こと人びとはさしも思ひ出でられず、ただ、	320
	321	「親いかに惑ひたまひけむ。乳母、よろづに、いかで人なみなみになさむと思ひ焦られしを、いかにあへなき心地しけむ。いづくにあらむ。我、世にあるものとはいかでか知らむ」	321
	322	同じ心なる人もなかりしままに、よろづ隔つることなく語らひ見馴れたりし右近なども、折々は思ひ出でらる。	322
	323		323
	324	[第八段　浮舟の日常生活]	324
	325	若き人の、かかる山里に、今はと思ひ絶え籠もるは、難きわざなりければ、ただいたく年経にける尼、七、八人ぞ、常の人にてはありける。それらが娘孫やうの者ども、京に宮仕へするも、異ざまにてあるも、時々ぞ来通ひける。	325
	326	「かやうの人につけて、見しわたりに行き通ひ、おのづから、世にありけりと誰れにも誰れにも聞かれたてまつらむこと、いみじく恥づかしかるべし。いかなるさまにてさすらへけむ」	326
	327	など、思ひやり世づかずあやしかるべきを思へば、かかる人びとに、かけても見えず。ただ侍従、こもきとて、尼君のわが人にしたりける二人をのみぞ、この御方に言ひ分けたりける。みめも心ざまも、昔見し都鳥に似たるはなし。何事につけても、「世の中にあらぬ所はこれにやあらむ」とぞ、かつは思ひなされける。	327
	328	かくのみ、人に知られじと忍びたまへば、「まことにわづらはしかるべきゆゑある人にもものしたまふらむ」とて、詳しきこと、ある人びとにも知らせず。	328
	329		329
	330	第三章　浮舟の物語　中将、浮舟に和歌を贈る	330
	331	[第一段　尼君の亡き娘の婿君、山荘を訪問]	331
	332	尼君の昔の婿の君、今は中将にてものしたまひける、弟の禅師の君、僧都の御もとにものしたまひける、山籠もりしたるを訪らひに、兄弟の君たち常に上りけり。	332
	333	横川に通ふ道のたよりに寄せて、中将ここにおはしたり。前駆うち追ひて、あてやかなる男の入り来るを見出だして、忍びやかにおはせし人の御さまけはひぞ、さやかに思ひ出でらるる。	333
	334	これもいと心細き住まひのつれづれなれど、住みつきたる人びとは、ものきよげにをかしうしなして、垣ほに植ゑたる撫子もおもしろく、女郎花、桔梗など咲き始めたるに、色々の狩衣姿の男どもの若きあまたして、君も同じ装束にて、南面に呼び据ゑたれば、うち眺めてゐたり。年二十七、八のほどにて、ねびととのひ、心地なからぬさまもてつけたり。	334
	335	尼君、障子口に几帳立てて、対面したまふ。まづうち泣きて、	335
	336	「年ごろの積もりには、過ぎにし方いとど気遠くのみなむはべるを、山里の光になほ待ちきこえさすることの、うち忘れず止みはべらぬを、かつはあやしく思ひたまふる」	336
	337	とのたまへば、	337
	338	「心のうちあはれに、過ぎにし方のことども、思ひたまへられぬ折なきを、あながちに住み離れ顔なる御ありさまに、おこたりつつなむ。山籠もりもうらやましう、常に出で立ちはべるを、同じくはなど、慕ひまとはさるる人びとに、妨げらるるやうにはべりてなむ。今日は、皆はぶき捨ててものしたまへる」	338
	339	とのたまふ。	339
	340	「山籠もりの御うらやみは、なかなか今様だちたる御ものまねびになむ。昔を思し忘れぬ御心ばへも、世に靡かせたまはざりけると、おろかならず思ひたまへらるる折多く」	340
	341	など言ふ。	341
	342		342
	343	[第二段　浮舟の思い]	343
	344	人びとに水飯などやうの物食はせ、君にも蓮の実などやうのもの出だしたれば、馴れにしあたりにて、さやうのこともつつみなき心地して、村雨の降り出づるに止められて、物語しめやかにしたまふ。	344
	345	「言ふかひなくなりにし人よりも、この君の御心ばへなどの、いと思ふやうなりしを、よそのものに思ひなしたるなむ、いと悲しき。など、忘れ形見をだに留めたまはずなりにけむ」	345
	346	と、恋ひ偲ぶ心なりければ、たまさかにかくものしたまへるにつけても、珍しくあはれにおぼゆべかめる問はず語りもし出でつべし。	346
	347	姫君は、我は我と、思ひ出づる方多くて、眺め出だしたまへるさま、いとうつくし。白き単衣の、いと情けなくあざやぎたるに、袴も桧皮色にならひたるにや、光も見えず黒きを着せたてまつりたれば、「かかることどもも、見しには変はりてあやしうもあるかな」と思ひつつ、こはごはしういららぎたるものども着たまへるしも、いとをかしき姿なり。御前なる人びと、	347
	348	「故姫君のおはしたる心地のみしはべりつるに、中将殿をさへ見たてまつれば、いとあはれにこそ。同じくは、昔のさまにておはしまさせばや。いとよき御あはひならむかし」	348
	349	と言ひ合へるを、	349
	350	「あな、いみじや。世にありて、いかにもいかにも、人に見えむこそ。それにつけてぞ昔のこと思ひ出でらるべき。さやうの筋は、思ひ絶えて忘れなむ」と思ふ。	350
	351		351
	352	[第三段　中将、浮舟を垣間見る]	352
	353	尼君入りたまへる間に、客人、雨のけしきを見わづらひて、少将と言ひし人の声を聞き知りて、呼び寄せたまへり。	353
	354	「昔見し人びとは、皆ここにものせらるらむや、と思ひながらも、かう参り来ることも難くなりにたるを、心浅きにや、誰れも誰れも見なしたまふらむ」	354
	355	などのたまふ。仕うまつり馴れにし人にて、あはれなりし昔のことどもも思ひ出でたるついでに、	355
	356	「かの廊のつま入りつるほど、風の騒がしかりつる紛れに、簾の隙より、なべてのさまにはあるまじかりつる人の、うち垂れ髪の見えつるは、世を背きたまへるあたりに、誰れぞとなむ見おどろかれつる」	356
	357	とのたまふ。「姫君の立ち出でたまへるうしろでを、見たまへりけるなめり」と思ひ出でて、「ましてこまかに見せたらば、心止まりたまひなむかし。昔人は、いとこよなう劣りたまへりしをだに、まだ忘れがたくしたまふめるを」と、心一つに思ひて、	357
	358	「過ぎにし御ことを忘れがたく、慰めかねたまふめりしほどに、おぼえぬ人を得たてまつりたまひて、明け暮れの見物に思ひきこえたまふめるを、うちとけたまへる御ありさまを、いかで御覧じつらむ」	358
	359	と言ふ。「かかることこそはありけれ」とをかしくて、「何人ならむ。げに、いとをかしかりつ」と、ほのかなりつるを、なかなか思ひ出づ。こまかに問へど、そのままにも言はず、	359
	360	「おのづから聞こし召してむ」	360
	361	とのみ言へば、うちつけに問ひ尋ねむも、さま悪しき心地して、	361
	362	「雨も止みぬ。日も暮れぬべし」	362
	363	と言ふにそそのかされて、出でたまふ。	363
	364		364
	365	[第四段　中将、横川の僧都と語る]	365
	366	前近き女郎花を折りて、「何匂ふらむ」と口ずさびて、独りごち立てり。	366
	367	「人のもの言ひを、さすがに思しとがむるこそ」	367
	368	など、古代の人どもは、ものめでをしあへり。	368
	369	「いときよげに、あらまほしくもねびまさりたまひにけるかな。同じくは、昔のやうにても見たてまつらばや」とて、	369
	370	「藤中納言の御あたりには、絶えず通ひたまふやうなれど、心も止めたまはず、親の殿がちになむものしたまふ、とこそ言ふなれ」	370
	371	と、尼君ものたまひて、	371
	372	「心憂く、ものをのみ思し隔てたるなむ、いとつらき。今は、なほ、さるべきなめりと思しなして、晴れ晴れしくもてなしたまへ。この五年、六年、時の間も忘れず、恋しく悲しと思ひつる人の上も、かく見たてまつりて後よりは、こよなく思ひ忘られにてはべる。思ひきこえたまふべき人びと世におはすとも、今は世に亡きものにこそ、やうやう思しなりぬらめ。よろづのこと、さし当たりたるやうには、えしもあらぬわざになむ」	372
	373	と言ふにつけても、いとど涙ぐみて、	373
	374	「隔てきこゆる心は、はべらねど、あやしくて生き返りけるほどに、よろづのこと夢の世にたどられて。あらぬ世に生れたらむ人は、かかる心地やすらむ、とおぼえはべれば、今は、知るべき人世にあらむとも思ひ出でず。ひたみちにこそ、睦ましく思ひきこゆれ」	374
	375	とのたまふさまも、げに、何心なくうつくしく、うち笑みてぞまもりゐたまへる。	375
	376	中将は、山におはし着きて、僧都も珍しがりて、世の中の物語したまふ。その夜は泊りて、声尊き人に経など読ませて、夜一夜、遊びたまふ。禅師の君、こまかなる物語などするついでに、	376
	377	「小野に立ち寄りて、ものあはれにもありしかな。世を捨てたれど、なほさばかりの心ばせある人は、難うこそ」	377
	378	などあるついでに、	378
	379	「風の吹き開けたりつる隙より、髪いと長くをかしげなる人こそ見えつれ。あらはなりとや思ひつらむ、立ちてあなたに入りつるうしろで、なべての人とは見えざりつ。さやうの所に、よき女は置きたるまじきものにこそあめれ。明け暮れ見るものは法師なり。おのづから目馴れておぼゆらむ。不便なることぞかし」	379
	380	とのたまふ。禅師の君、	380
	381	「この春、初瀬に詣でて、あやしくて見出でたる人となむ、聞きはべりし」	381
	382	とて、見ぬことなれば、こまかには言はず。	382
	383	「あはれなりけることかな。いかなる人にかあらむ。世の中を憂しとてぞ、さる所には隠れゐけむかし。昔物語の心地もするかな」	383
	384	とのたまふ。	384
	385		385
	386	[第五段　中将、帰途に浮舟に和歌を贈る]	386
	387	またの日、帰りたまふにも、「過ぎがたくなむ」とておはしたり。さるべき心づかひしたりければ、昔思ひ出でたる御まかなひの少将の尼なども、袖口さま異なれども、をかし。いとどいや目に、尼君はものしたまふ。物語のついでに、	387
	388	「忍びたるさまにものしたまふらむは、誰れにか」	388
	389	と問ひたまふ。わづらはしけれど、ほのかにも見つけてけるを、隠し顔ならむもあやしとて、	389
	390	「忘れわびはべりて、いとど罪深うのみおぼえはべりつる慰めに、この月ごろ見たまふる人になむ。いかなるにか、いともの思ひしげきさまにて、世にありと人に知られむことを、苦しげに思ひてものせらるれば、かかる谷の底には誰れかは尋ね聞かむ、と思ひつつはべるを、いかでかは聞きあらはさせたまへらむ」	390
	391	といらふ。	391
	392	「うちつけ心ありて参り来むにだに、山深き道のかことは聞こえつべし。まして、思しよそふらむ方につけては、ことことに隔てたまふまじきことにこそは。いかなる筋に世を恨みたまふ人にか。慰めきこえばや」	392
	393	など、ゆかしげにのたまふ。	393
	394	出でたまふとて、畳紙に、	394
	395	「あだし野の風になびくな女郎花	395
	396	我しめ結はむ道遠くとも」	396
	397	と書きて、少将の尼して入れたり。尼君も見たまひて、	397
	398	「この御返り書かせたまへ。いと心にくきけつきたまへる人なれば、うしろめたくもあらじ」	398
	399	とそそのかせば、	399
	400	「いとあやしき手をば、いかでか」	400
	401	とて、さらに聞きたまはねば、	401
	402	「はしたなきことなり」	402
	403	とて、尼君、	403
	404	「聞こえさせつるやうに、世づかず、人に似ぬ人にてなむ。	404
	405	移し植ゑて思ひ乱れぬ女郎花	405
	406	憂き世を背く草の庵に」	406
	407	とあり。「こたみは、さもありぬべし」と、思ひ許して帰りぬ。	407
	408		408
	409	[第六段　中将、三度山荘を訪問]	409
	410	文などわざとやらむは、さすがにうひうひしう、ほのかに見しさまは忘れず、もの思ふらむ筋、何ごとと知らねど、あはれなれば、八月十余日のほどに、小鷹狩のついでにおはしたり。例の、尼呼び出でて、	410
	411	「一目見しより、静心なくてなむ」	411
	412	とのたまへり。いらへたまふべくもあらねば、尼君、	412
	413	「待乳の山、となむ見たまふる」	413
	414	と言ひ出だしたまふ。対面したまへるにも、	414
	415	「心苦しきさまにてものしたまふと聞きはべりし人の御上なむ、残りゆかしくはべりつる。何事も心にかなはぬ心地のみしはべれば、山住みもしはべらまほしき心ありながら、許いたまふまじき人びとに思ひ障りてなむ過ぐしはべる。世に心地よげなる人の上は、かく屈したる人の心からにや、ふさはしからずなむ。もの思ひたまふらむ人に、思ふことを聞こえばや」	415
	416	など、いと心とどめたるさまに語らひたまふ。	416
	417	「心地よげならぬ御願ひは、聞こえ交はしたまはむに、つきなからぬさまになむ見えはべれど、例の人にてはあらじと、いとうたたあるまで世を恨みたまふめれば。残りすくなき齢どもだに、今はと背きはべる時は、いともの心細くおぼえはべりしものを。世をこめたる盛りには、つひにいかがとなむ、見たまへはべる」	417
	418	と、親がりて言ふ。入りても、	418
	419	「情けなし。なほ、いささかにても聞こえたまへ。かかる御住まひは、すずろなることも、あはれ知るこそ世の常のことなれ」	419
	420	など、こしらへても言へど、	420
	421	「人にもの聞こゆらむ方も知らず、何事もいふかひなくのみこそ」	421
	422	と、いとつれなくて臥したまへり。	422
	423	客人は、	423
	424	「いづら。あな、心憂。秋を契れるは、すかしたまふにこそありけれ」	424
	425	など、恨みつつ、	425
	426	「松虫の声を訪ねて来つれども	426
	427	また萩原の露に惑ひぬ」	427
	428	「あな、いとほし。これをだに」	428
	429	など責むれば、さやうに世づいたらむこと言ひ出でむもいと心憂く、また、言ひそめては、かやうの折々に責められむも、むつかしうおぼゆれば、いらへをだにしたまはねば、あまりいふかひなく思ひあへり。尼君、早うは今めきたる人にぞありける名残なるべし。	429
	430	「秋の野の露分け来たる狩衣	430
	431	葎茂れる宿にかこつな	431
	432	となむ、わづらはしがりきこえたまふめる」	432
	433	と言ふを、内にも、なほ「かく心より外に世にありと知られ始むるを、いと苦し」と思す心のうちをば知らで、男君をも飽かず思ひ出でつつ、恋ひわたる人びとなれば、	433
	434	「かく、はかなきついでにも、うち語らひきこえたまはむに、心より外に、よにうしろめたくは見えたまはぬものを。世の常なる筋に思しかけずとも、情けなからぬほどに、御いらへばかりは聞こえたまへかし」	434
	435	など、ひき動かしつべく言ふ。	435
	436		436
	437	[第七段　尼君、中将を引き留める]	437
	438	さすがに、かかる古代の心どもにはありつかず、今めきつつ、腰折れ歌好ましげに、若やぐけしきどもは、いとうしろめたうおぼゆ。	438
	439	「限りなく憂き身なりけり、と見果ててし命さへ、あさましう長くて、いかなるさまにさすらふべきならむ。ひたぶるに亡き者と人に見聞き捨てられてもやみなばや」	439
	440	と思ひ臥したまへるに、中将は、おほかたもの思はしきことのあるにや。いといたううち嘆き、忍びやかに笛を吹き鳴らして、	440
	441	「鹿の鳴く音に」	441
	442	など独りごつけはひ、まことに心地なくはあるまじ。	442
	443	「過ぎにし方の思ひ出でらるるにも、なかなか心尽くしに、今はじめてあはれと思すべき人はた、難げなれば、見えぬ山路にもえ思ひなすまじうなむ」	443
	444	と、恨めしげにて出でなむとするに、尼君、	444
	445	「など、あたら夜を御覧じさしつる」	445
	446	とて、ゐざり出でたまへり。	446
	447	「何か。遠方なる里も、試みはべれば」	447
	448	など言ひすさみて、「いたう好きがましからむも、さすがに便なし。いとほのかに見えしさまの、目止まりしばかり、つれづれなる心慰めに思ひ出づるを、あまりもて離れ、奥深なるけはひも所のさまにあはずすさまじ」と思へば、帰りなむとするを、笛の音さへ飽かず、いとどおぼえて、	448
	449	「深き夜の月をあはれと見ぬ人や	449
	450	山の端近き宿に泊らぬ」	450
	451	と、なまかたはなることを、	451
	452	「かくなむ、聞こえたまふ」	452
	453	と言ふに、心ときめきして、	453
	454	「山の端に入るまで月を眺め見む	454
	455	閨の板間もしるしありやと」	455
	456	など言ふに、この大尼君、笛の音をほのかに聞きつけたりければ、さすがにめでて出で来たり。	456
	457	ここかしこうちしはぶき、あさましきわななき声にて、なかなか昔のことなどもかけて言はず。誰れとも思ひ分かぬなるべし。	457
	458	「いで、その琴の琴弾きたまへ。横笛は、月にはいとをかしきものぞかし。いづら、御達。琴とりて参れ」	458
	459	と言ふに、それなめりと、推し量りに聞けど、「いかなる所に、かかる人、いかで籠もりゐたらむ。定めなき世ぞ」、これにつけてあはれなる。盤渉調をいとをかしう吹きて、	459
	460	「いづら、さらば」	460
	461	とのたまふ。	461
	462	娘尼君、これもよきほどの好き者にて、	462
	463	「昔聞きはべりしよりも、こよなくおぼえはべるは、山風をのみ聞き馴れはべりにける耳からにや」とて、「いでや、これもひがことになりてはべらむ」	463
	464	と言ひながら弾く。今様は、をさをさなべての人の、今は好まずなりゆくものなれば、なかなか珍しくあはれに聞こゆ。松風もいとよくもてはやす。吹きて合はせたる笛の音に、月もかよひて澄める心地すれば、いよいよめでられて、宵惑ひもせず、起き居たり。	464
	465		465
	466	[第八段　母尼君、琴を弾く]	466
	467	「女は、昔は、東琴をこそは、こともなく弾きはべりしかど、今の世には、変はりにたるにやあらむ。この僧都の、『聞きにくし。念仏より他のあだわざなせそ』とはしたなめられしかば、何かは、とて弾きはべらぬなり。さるは、いとよく鳴る琴もはべり」	467
	468	と言ひ続けて、いと弾かまほしと思ひたれば、いと忍びやかにうち笑ひて、	468
	469	「いとあやしきことをも制しきこえたまひける僧都かな。極楽といふなる所には、菩薩なども皆かかることをして、天人なども舞ひ遊ぶこそ尊かなれ。行ひ紛れ、罪得べきことかは。今宵聞きはべらばや」	469
	470	とすかせば、「いとよし」と思ひて、	470
	471	「いで、主殿のくそ、東取りて」	471
	472	と言ふにも、しはぶきは絶えず。人びとは、見苦しと思へど、僧都をさへ、恨めしげにうれへて言ひ聞かすれば、いとほしくてまかせたり。取り寄せて、ただ今の笛の音をも訪ねず、ただおのが心をやりて、東の調べを爪さはやかに調ぶ。皆異ものは声を止めつるを、「これをのみめでたる」と思ひて、	472
	473	「たけふ、ちちりちちり、たりたむな」	473
	474	など、掻き返し、はやりかに弾きたる、言葉ども、わりなく古めきたり。	474
	475	「いとをかしう、今の世に聞こえぬ言葉こそは、弾きたまひけれ」	475
	476	と褒むれば、耳ほのぼのしく、かたはらなる人に問ひ聞きて、	476
	477	「今様の若き人は、かやうなることをぞ好まれざりける。ここに月ごろものしたまふめる姫君、容貌いとけうらにものしたまふめれど、もはら、かやうなるあだわざなどしたまはず、埋れてなむ、ものしたまふめる」	477
	478	と、我かしこにうちあざ笑ひて語るを、尼君などは、かたはらいたしと思す。	478
	479		479
	480	[第九段　翌朝、中将から和歌が贈られる]	480
	481	これに事皆醒めて、帰りたまふほども、山おろし吹きて、聞こえ来る笛の音、いとをかしう聞こえて、起き明かしたる翌朝、	481
	482	「昨夜は、かたがた心乱れはべりしかば、急ぎまかではべりし。	482
	483	忘られぬ昔のことも笛竹の	483
	484	つらきふしにも音ぞ泣かれける	484
	485	なほ、すこし思し知るばかり教へなさせたまへ。忍ばれぬべくは、好き好きしきまでも、何かは」	485
	486	とあるを、いとどわびたるは、涙とどめがたげなるけしきにて、書きたまふ。	486
	487	「笛の音に昔のことも偲ばれて	487
	488	帰りしほども袖ぞ濡れにし	488
	489	あやしう、もの思ひ知らぬにや、とまで見はべるありさまは、老い人の問はず語りに、聞こし召しけむかし」	489
	490	とあり。珍しからぬも見所なき心地して、うち置かれけむ。	490
	491	荻の葉に劣らぬほどほどに訪れわたる、「いとむつかしうもあるかな。人の心はあながちなるものなりけり」と見知りにし折々も、やうやう思ひ出づるままに、	491
	492	「なほ、かかる筋のこと、人にも思ひ放たすべきさまに、疾くなしたまひてよ」	492
	493	とて、経習ひて読みたまふ。心の内にも念じたまへり。かくよろづにつけて世の中を思ひ捨つれば、「若き人とてをかしやかなることもことになく、結ぼほれたる本性なめり」と思ふ。容貌の見るかひあり、うつくしきに、よろづの咎見許して、明け暮れの見物にしたり。すこしうち笑ひたまふ折は、珍しくめでたきものに思へり。	493
	494		494
	495	第四章　浮舟の物語　浮舟、尼君留守中に出家す	495
	496	[第一段　九月、尼君、再度初瀬に詣でる]	496
	497	九月になりて、この尼君、初瀬に詣づ。年ごろいと心細き身に、恋しき人の上も思ひやまれざりしを、かくあらぬ人ともおぼえたまはぬ慰めを得たれば、観音の御験うれしとて、返り申しだちて、詣でたまふなりけり。	497
	498	「いざ、たまへ。人やは知らむとする。同じ仏なれど、さやうの所に行ひたるなむ、験ありてよき例多かる」	498
	499	と言ひて、そそのかしたつれど、「昔、母君、乳母などの、かやうに言ひ知らせつつ、たびたび詣でさせしを、かひなきにこそあめれ。命さへ心にかなはず、たぐひなきいみじきめを見るは」と、いと心憂きうちにも、「知らぬ人に具して、さる道のありきをしたらむよ」と、そら恐ろしくおぼゆ。	499
	500	心こはきさまには言ひもなさで、	500
	501	「心地のいと悪しうのみはべれば、さやうならむ道のほどにもいかがなど、つつましうなむ」	501
	502	とのたまふ。「物懼ぢはさもしたまふべき人ぞかし」と思ひて、しひても誘はず。	502
	503	「はかなくて世に古川の憂き瀬には	503
	504	尋ねも行かじ二本の杉」	504
	505	と手習に混じりたるを、尼君見つけて、	505
	506	「二本は、またも逢ひきこえむと思ひたまふ人あるべし」	506
	507	と、戯れごとを言ひ当てたるに、胸つぶれて、面赤めたまへる、いと愛敬づきうつくしげなり。	507
	508	「古川の杉のもとだち知らねども	508
	509	過ぎにし人によそへてぞ見る」	509
	510	ことなることなきいらへを口疾く言ふ。忍びて、と言へど、皆人慕ひつつ、ここには人少なにておはせむを心苦しがりて、心ばせある少将の尼、左衛門とてある大人しき人、童ばかりぞ留めたりける。	510
	511		511
	512	[第二段　浮舟、少将の尼と碁を打つ]	512
	513	皆出で立ちけるを眺め出でて、あさましきことを思ひながらも、「今はいかがせむ」と、「頼もし人に思ふ人一人ものしたまはぬは、心細くもあるかな」と、いとつれづれなるに、中将の御文あり。	513
	514	「御覧ぜよ」と言へど、聞きも入れたまはず。いとど人も見えず、つれづれと来し方行く先を思ひ屈じたまふ。	514
	515	「苦しきまでも眺めさせたまふかな。御碁を打たせたまへ」	515
	516	と言ふ。	516
	517	「いとあやしうこそはありしか」	517
	518	とはのたまへど、打たむと思したれば、盤取りにやりて、我はと思ひて先ぜさせたてまつりたるに、いとこよなければ、また手直して打つ。	518
	519	「尼上疾う帰らせたまはなむ。この御碁見せたてまつらむ。かの御碁ぞ、いと強かりし。僧都の君、早うよりいみじう好ませたまひて、けしうはあらずと思したりしを、いと棋聖大徳になりて、『さし出でてこそ打たざらめ、御碁には負けじかし』と聞こえたまひしに、つひに僧都なむ二つ負けたまひし。棋聖が碁には勝らせたまふべきなめり。あな、いみじ」	519
	520	と興ずれば、さだ過ぎたる尼額の見つかぬに、もの好みするに、「むつかしきこともしそめてけるかな」と思ひて、「心地悪し」とて臥したまひぬ。	520
	521	「時々、晴れ晴れしうもてなしておはしませ。あたら御身を。いみじう沈みてもてなさせたまふこそ口惜しう、玉に瑕あらむ心地しはべれ」	521
	522	と言ふ。夕暮の風の音もあはれなるに、思ひ出づることも多くて、	522
	523	「心には秋の夕べを分かねども	523
	524	眺むる袖に露ぞ乱るる」	524
	525		525
	526	[第三段　中将来訪、浮舟別室に逃げ込む]	526
	527	月さし出でてをかしきほどに、昼文ありつる中将おはしたり。「あな、うたて。こは、なにぞ」とおぼえたまへば、奥深く入りたまふを、	527
	528	「さも、あまりにもおはしますものかな。御心ざしのほども、あはれまさる折にこそはべるめれ。ほのかにも、聞こえたまはむことも聞かせたまへ。しみつかむことのやうに思し召したるこそ」	528
	529	など言ふに、いとはしたなくおぼゆ。おはせぬよしを言へど、昼の使の、一所など問ひ聞きたるなるべし、いと言多く怨みて、	529
	530	「御声も聞きはべらじ。ただ、気近くて聞こえむことを、聞きにくしともいかにとも、思しことわれ」	530
	531	と、よろづに言ひわびて、	531
	532	「いと心憂く。所につけてこそ、もののあはれもまされ。あまりかかるは」	532
	533	など、あはめつつ、	533
	534	「山里の秋の夜深きあはれをも	534
	535	もの思ふ人は思ひこそ知れ	535
	536	おのづから御心も通ひぬべきを」	536
	537	などあれば、	537
	538	「尼君おはせで、紛らはしきこゆべき人もはべらず。いと世づかぬやうならむ」	538
	539	と責むれば、	539
	540	「憂きものと思ひも知らで過ぐす身を	540
	541	もの思ふ人と人は知りけり」	541
	542	わざといらへともなきを、聞きて伝へきこゆれば、いとあはれと思ひて、	542
	543	「なほ、ただいささか出でたまへ、と聞こえ動かせ」	543
	544	と、この人びとをわりなきまで恨みたまふ。	544
	545	「あやしきまで、つれなくぞ見えたまふや」	545
	546	とて、入りて見れば、例はかりそめにもさしのぞきたまはぬ老い人の御方に入りたまひにけり。あさましう思ひて、「かくなむ」と聞こゆれば、	546
	547	「かかる所に眺めたまふらむ心の内のあはれに、おほかたのありさまなども、情けなかるまじき人の、いとあまり思ひ知らぬ人よりも、けにもてなしたまふめるこそ。それ物懲りしたまへるか。なほ、いかなるさまに世を恨みて、いつまでおはすべき人ぞ」	547
	548	など、ありさま問ひて、いとゆかしげにのみ思いたれど、こまかなることは、いかでかは言ひ聞かせむ。ただ、	548
	549	「知りきこえたまふべき人の、年ごろは、疎々しきやうにて過ぐしたまひしを、初瀬に詣であひたまひて、尋ねきこえたまひつる」	549
	550	とぞ言ふ。	550
	551		551
	552	[第四段　老尼君たちのいびき]	552
	553	姫君は、「いとむつかし」とのみ聞く老い人のあたりにうつぶし臥して、寝も寝られず。宵惑ひは、えもいはずおどろおどろしきいびきしつつ、前にも、うちすがひたる尼ども二人して、劣らじといびき合はせたり。いと恐ろしう、「今宵、この人びとにや食はれなむ」と思ふも、惜しからぬ身なれど、例の心弱さは、一つ橋危ふがりて帰り来たりけむ者のやうに、わびしくおぼゆ。	553
	554	こもき、供に率ておはしつれど、色めきて、このめづらしき男の艶だちゐたる方に帰り去にけり。「今や来る、今や来る」と待ちゐたまへれど、いとはかなき頼もし人なりや。中将、言ひわづらひて帰りにければ、	554
	555	「いと情けなく、埋れてもおはしますかな。あたら御容貌を」	555
	556	などそしりて、皆一所に寝ぬ。	556
	557	「夜中ばかりにやなりぬらむ」と思ふほどに、尼君しはぶきおぼほれて起きにたり。火影に、頭つきはいと白きに、黒きものをかづきて、この君の臥したまへる、あやしがりて、鼬とかいふなるものが、さるわざする、額に手を当てて、	557
	558	「あやし。これは、誰れぞ」	558
	559	と、執念げなる声にて見おこせたる、さらに、「ただ今食ひてむとする」とぞおぼゆる。鬼の取りもて来けむほどは、物のおぼえざりければ、なかなか心やすし。「いかさまにせむ」とおぼゆるむつかしさにも、「いみじきさまにて生き返り、人になりて、またありしいろいろの憂きことを思ひ乱れ、むつかしとも恐ろしとも、ものを思ふよ。死なましかば、これよりも恐ろしげなる者の中にこそはあらましか」と思ひやらる。	559
	560		560
	561	[第五段　浮舟、悲運のわが身を思う]	561
	562	昔よりのことを、まどろまれぬままに、常よりも思ひ続くるに、	562
	563	「いと心憂く、親と聞こえけむ人の御容貌も見たてまつらず、遥かなる東を返る返る年月をゆきて、たまさかに尋ね寄りて、うれし頼もしと思ひきこえし姉妹の御あたりをも、思はずにて絶え過ぎ、さる方に思ひ定めたまひし人につけて、やうやう身の憂さをも慰めつべききはめに、あさましうもてそこなひたる身を思ひもてゆけば、宮を、すこしもあはれと思ひきこえけむ心ぞ、いとけしからぬ。ただ、この人の御ゆかりにさすらへぬるぞ」	563
	564	と思へば、「小島の色をためしに契りたまひしを、などてをかしと思ひきこえけむ」と、こよなく飽きにたる心地す。初めより、薄きながらものどやかにものしたまひし人は、この折かの折など、思ひ出づるぞこよなかりける。「かくてこそありけれ」と、聞きつけられたてまつらむ恥づかしさは、人よりまさりぬべし。さすがに、「この世には、ありし御さまを、よそながらだにいつか見むずる、とうち思ふ、なほ、悪ろの心や。かくだに思はじ」など、心一つをかへさふ。	564
	565	からうして鶏の鳴くを聞きて、いとうれし。「母の御声を聞きたらむは、ましていかならむ」と思ひ明かして、心地もいと悪し。供にて渡るべき人もとみに来ねば、なほ臥したまへるに、いびきの人は、いと疾く起きて、粥などむつかしきことどもをもてはやして、	565
	566	「御前に、疾く聞こし召せ」	566
	567	など寄り来て言へど、まかなひもいとど心づきなく、うたて見知らぬ心地して、	567
	568	「悩ましくなむ」	568
	569	と、ことなしびたまふを、しひて言ふもいとこちなし。	569
	570		570
	571	[第六段　僧都、宮中へ行く途中に立ち寄る]	571
	572	下衆下衆しき法師ばらなどあまた来て、	572
	573	「僧都、今日下りさせたまふべし」	573
	574	「などにはかには」	574
	575	と問ふなれば、	575
	576	「一品の宮の、御もののけに悩ませたまひける、山の座主、御修法仕まつらせたまへど、なほ、僧都参らせたまはでは験なしとて、昨日、二度なむ召しはべりし。右大臣殿の四位少将、昨夜、夜更けてなむ登りおはしまして、后の宮の御文などはべりければ、下りさせたまふなり」	576
	577	など、いとはなやかに言ひなす。「恥づかしうとも、会ひて、尼になしたまひてよ、と言はむ。さかしら人少なくて、よき折にこそ」と思へば、起きて、	577
	578	「心地のいと悪しうのみはべるを、僧都の下りさせたまへらむに、忌むこと受けはべらむとなむ思ひはべるを、さやうに聞こえたまへ」	578
	579	と語らひたまへば、ほけほけしう、うちうなづく。	579
	580	例の方におはして、髪は尼君のみ削りたまふを、異人に手触れさせむもうたておぼゆるに、手づからはた、えせぬことなれば、ただすこし解き下して、親に今一度かうながらのさまを見えずなりなむこそ、人やりならず、いと悲しけれ。いたうわづらひしけにや、髪もすこし落ち細りたる心地すれど、何ばかりも衰へず、いと多くて、六尺ばかりなる末などぞ、いとうつくしかりける。筋なども、いとこまかにうつくしげなり。	580
	581	「かかれとてしも」	581
	582	と、独りごちゐたまへり。	582
	583	暮れ方に、僧都ものしたまへり。南面払ひしつらひて、まろなる頭つき、行きちがひ騷ぎたるも、例に変はりて、いと恐ろしき心地す。母の御方に参りたまひて、	583
	584	「いかにぞ、月ごろは」	584
	585	など言ふ。	585
	586	「東の御方は物詣でしたまひにきとか。このおはせし人は、なほものしたまふや」	586
	587	など問ひたまふ。	587
	588	「しか。ここにとまりてなむ。心地悪しとこそものしたまひて、忌むこと受けたてまつらむ、とのたまひつる」	588
	589	と語る。	589
	590		590
	591	[第七段　浮舟、僧都に出家を懇願]	591
	592	立ちてこなたにいまして、「ここにや、おはします」とて、几帳のもとについゐたまへば、つつましけれど、ゐざり寄りて、いらへしたまふ。	592
	593	「不意にて見たてまつりそめてしも、さるべき昔の契りありけるにこそ、と思ひたまへて。御祈りなども、ねむごろに仕うまつりしを、法師は、そのこととなくて、御文聞こえ受けたまはむも便なければ、自然になむおろかなるやうになりはべりぬる。いとあやしきさまに、世を背きたまへる人の御あたり、いかでおはしますらむ」	593
	594	とのたまふ。	594
	595	「世の中にはべらじと思ひ立ちはべりし身の、いとあやしくて今まではべりつるを、心憂しと思ひはべるものから、よろづにせさせたまひける御心ばへをなむ、いふかひなき心地にも、思ひたまへ知らるるを、なほ、世づかずのみ、つひにえ止まるまじく思ひたまへらるるを、尼になさせたまひてよ。世の中にはべるとも、例の人にてながらふべくもはべらぬ身になむ」	595
	596	と聞こえたまふ。	596
	597	「まだ、いと行く先遠げなる御ほどに、いかでかひたみちにしかば、思し立たむ。かへりて罪あることなり。思ひ立ちて、心を起こしたまふほどは強く思せど、年月経れば、女の御身といふもの、いとたいだいしきものになむ」	597
	598	とのたまへば、	598
	599	「幼くはべりしほどより、ものをのみ思ふべきありさまにて、親なども、尼になしてや見まし、などなむ思ひのたまひし。まして、すこしもの思ひ知りて後は、例の人ざまならで、後の世をだに、と思ふ心深かりしを、亡くなるべきほどのやうやう近くなりはべるにや、心地のいと弱くのみなりはべるを、なほ、いかで」	599
	600	とて、うち泣きつつのたまふ。	600
	601		601
	602	[第八段　浮舟、出家す]	602
	603	「あやしく、かかる容貌ありさまを、などて身をいとはしく思ひはじめたまひけむ。もののけもさこそ言ふなりしか」と思ひ合はするに、「さるやうこそはあらめ。今までも生きたるべき人かは。悪しきものの見つけそめたるに、いと恐ろしく危ふきことなり」と思して、	603
	604	「とまれ、かくまれ、思し立ちてのたまふを、三宝のいとかしこく誉めたまふことなり。法師にて聞こえ返すべきことにあらず。御忌むことは、いとやすく授けたてまつるべきを、急なることにまかんでたれば、今宵、かの宮に参るべくはべり。明日よりや、御修法始まるべくはべらむ。七日果ててまかでむに、仕まつらむ」	604
	605	とのたまへば、「かの尼君おはしなば、かならず言ひ妨げてむ」と、いと口惜しくて、	605
	606	「乱り心地の悪しかりしほどに見たるやうにて、いと苦しうはべれば、重くならば、忌むことかひなくやはべらむ。なほ、今日はうれしき折とこそ思ひはべれ」	606
	607	とて、いみじう泣きたまへば、聖心にいといとほしく思ひて、	607
	608	「夜や更けはべりぬらむ。山より下りはべること、昔はことともおぼえたまはざりしを、年の生ふるままには、堪へがたくはべりければ、うち休みて内裏には参らむ、と思ひはべるを、しか思し急ぐことなれば、今日仕うまつりてむ」	608
	609	とのたまふに、いとうれしくなりぬ。	609
	610	鋏取りて、櫛の筥の蓋さし出でたれば、	610
	611	「いづら、大徳たち。ここに」	611
	612	と呼ぶ。初め見つけたてまつりし二人ながら供にありければ、呼び入れて、	612
	613	「御髪下ろしたてまつれ」	613
	614	と言ふ。げに、いみじかりし人の御ありさまなれば、「うつし人にては、世におはせむもうたてこそあらめ」と、この阿闍梨もことわりに思ふに、几帳の帷子のほころびより、御髪をかき出だしたまひつるが、いとあたらしくをかしげなるになむ、しばし、鋏をもてやすらひける。	614
	615		615
	616	第五章　浮舟の物語　浮舟、出家後の物語	616
	617	[第一段　少将の尼、浮舟の出家に気も動転]	617
	618	かかるほど、少将の尼は、兄の阿闍梨の来たるに会ひて、下にゐたり。左衛門は、この私の知りたる人にあひしらふとて、かかる所につけては、皆とりどりに、心寄せの人びとめづらしうて出で来たるに、はかなきことしける、見入れなどしけるほどに、こもき一人して、「かかることなむ」と少将の尼に告げたりければ、惑ひて来て見るに、わが御上の衣、袈裟などを、ことさらばかりとて着せたてまつりて、	618
	619	「親の御方拝みたてまつりたまへ」	619
	620	と言ふに、いづ方とも知らぬほどなむ、え忍びあへたまはで、泣きたまひにける。	620
	621	「あな、あさましや。など、かく奥なきわざはせさせたまふ。上、帰りおはしては、いかなることをのたまはせむ」	621
	622	と言へど、かばかりにしそめつるを、言ひ乱るもものしと思ひて、僧都諌めたまへば、寄りてもえ妨げず。	622
	623	「流転三界中」	623
	624	など言ふにも、「断ち果ててしものを」と思ひ出づるも、さすがなりけり。御髪も削ぎわづらひて、	624
	625	「のどやかに、尼君たちして、直させたまへ」	625
	626	と言ふ。額は僧都ぞ削ぎたまふ。	626
	627	「かかる御容貌やつしたまひて、悔いたまふな」	627
	628	など、尊きことども説き聞かせたまふ。「とみにせさすべくもあらず、皆言ひ知らせたまへることを、うれしくもしつるかな」と、これのみぞ仏は生けるしるしありてとおぼえたまひける。	628
	629		629
	630	[第二段　浮舟、手習に心を託す]	630
	631	皆人びと出で静まりぬ。夜の風の音に、この人びとは、	631
	632	「心細き御住まひも、しばしのことぞ。今いとめでたくなりたまひなむ、と頼みきこえつる御身を、かくしなさせたまひて、残り多かる御世の末を、いかにせさせたまはむとするぞ。老い衰へたる人だに、今は限りと思ひ果てられて、いと悲しきわざにはべる」	632
	633	と言ひ知らすれど、「なほ、ただ今は、心やすくうれし。世に経べきものとは、思ひかけずなりぬるこそは、いとめでたきことなれ」と、胸のあきたる心地ぞしたまひける。	633
	634	翌朝は、さすがに人の許さぬことなれば、変はりたらむさま見えむもいと恥づかしく、髪の裾の、にはかにおぼとれたるやうに、しどけなくさへ削がれたるを、「むつかしきことども言はで、つくろはむ人もがな」と、何事につけても、つつましくて、暗うしなしておはす。思ふことを人に言ひ続けむ言の葉は、もとよりだにはかばかしからぬ身を、まいてなつかしうことわるべき人さへなければ、ただ硯に向かひて、思ひあまる折には、手習をのみ、たけきこととは、書きつけたまふ。	634
	635	「なきものに身をも人をも思ひつつ	635
	636	捨ててし世をぞさらに捨てつる	636
	637	今は、かくて限りつるぞかし」	637
	638	と書きても、なほ、みづからいとあはれと見たまふ。	638
	639	「限りぞと思ひなりにし世の中を	639
	640	返す返すも背きぬるかな」	640
	641		641
	642	[第三段　中将からの和歌に返歌す]	642
	643	同じ筋のことを、とかく書きすさびゐたまへるに、中将の御文あり。もの騒がしう呆れたる心地しあへるほどにて、「かかること」など言ひてけり。いとあへなしと思ひて、	643
	644	「かかる心の深くありける人なりければ、はかなきいらへをもしそめじと、思ひ離るるなりけり。さてもあへなきわざかな。いとをかしく見えし髪のほどを、たしかに見せよと、一夜も語らひしかば、さるべからむ折に、と言ひしものを」	644
	645	と、いと口惜しうて、立ち返り、	645
	646	「聞こえむ方なきは、	646
	647	岸遠く漕ぎ離るらむ海人舟に	647
	648	乗り遅れじと急がるるかな」	648
	649	例ならず取りて見たまふ。もののあはれなる折に、今はと思ふもあはれなるものから、いかが思さるらむ、いとはかなきものの端に、	649
	650	「心こそ憂き世の岸を離るれど	650
	651	行方も知らぬ海人の浮木を」	651
	652	と、例の、手習にしたまへるを、包みてたてまつる。	652
	653	「書き写してだにこそ」	653
	654	とのたまへど、	654
	655	「なかなか書きそこなひはべりなむ」	655
	656	とてやりつ。めづらしきにも、言ふ方なく悲しうなむおぼえける。	656
	657	物詣での人帰りたまひて、思ひ騒ぎたまふこと、限りなし。	657
	658	「かかる身にては、勧めきこえむこそは、と思ひなしはべれど、残り多かる御身を、いかで経たまはむとすらむ。おのれは、世にはべらむこと、今日、明日とも知りがたきに、いかでうしろやすく見たてまつらむと、よろづに思ひたまへてこそ、仏にも祈りきこえつれ」	658
	659	と、伏しまろびつつ、いといみじげに思ひたまへるに、まことの親の、やがて骸もなきものと、思ひ惑ひたまひけむほど推し量るるぞ、まづいと悲しかりける。例の、いらへもせで背きゐたまへるさま、いと若くうつくしげなれば、「いとものはかなくぞおはしける御心なれ」と、泣く泣く御衣のことなど急ぎたまふ。	659
	660	鈍色は手馴れにしことなれば、小袿、袈裟などしたり。ある人びとも、かかる色を縫ひ着せたてまつるにつけても、「いとおぼえず、うれしき山里の光と、明け暮れ見たてまつりつるものを、口惜しきわざかな」	660
	661	と、あたらしがりつつ、僧都を恨み誹りけり。	661
	662		662
	663	[第四段　僧都、女一宮に伺候]	663
	664	一品の宮の御悩み、げに、かの弟子の言ひしもしるく、いちじるきことどもありて、おこたらせたまひにければ、いよいよいと尊きものに言ひののしる。名残も恐ろしとて、御修法延べさせたまへば、とみにもえ帰り入らでさぶらひたまふに、雨など降りてしめやかなる夜、召して、夜居にさぶらはせたまふ。	664
	665	日ごろいたうさぶらひ極じたる人は、皆休みなどして、御前に人少なにて、近く起きたる人少なき折に、同じ御帳におはしまして、	665
	666	「昔より頼ませたまふなかにも、このたびなむ、いよいよ、後の世もかくこそはと、頼もしきことまさりぬる」	666
	667	などのたまはす。	667
	668	「世の中に久しうはべるまじきさまに、仏なども教へたまへることどもはべるうちに、今年、来年、過ぐしがたきやうになむはべれば、仏を紛れなく念じつとめはべらむとて、深く籠もりはべるを、かかる仰せ言にて、まかり出ではべりにし」	668
	669	など啓したまふ。	669
	670		670
	671	[第五段　僧都、女一宮に宇治の出来事を語る]	671
	672	御もののけの執念きことを、さまざまに名のるが恐ろしきことなどのたまふついでに、	672
	673	「いとあやしう、希有のことをなむ見たまへし。この三月に、年老いてはべる母の、願ありて初瀬に詣でてはべりし、帰さの中宿りに、宇治の院と言ひはべる所にまかり宿りしを、かくのごと、人住まで年経ぬる大きなる所は、よからぬものかならず通ひ住みて、重き病者のため悪しきことども、と思ひたまへしも、しるく」	673
	674	とて、かの見つけたりしことどもを語りきこえたまふ。	674
	675	「げに、いとめづらかなることかな」	675
	676	とて、近くさぶらふ人びと皆寝入りたるを、恐ろしく思されて、おどろかさせたまふ。大将の語らひたまふ宰相の君しも、このことを聞きけり。おどろかさせたまふ人びとは、何とも聞かず。僧都、懼ぢさせたまへる御けしきを、「心もなきこと啓してけり」と思ひて、詳しくもそのほどのことをば言ひさしつ。	676
	677	「その女人、このたびまかり出ではべりつるたよりに、小野にはべりつる尼どもあひ訪ひはべらむとて、まかり寄りたりしに、泣く泣く、出家の志し深きよし、ねむごろに語らひはべりしかば、頭下ろしはべりにき。	677
	678	なにがしが妹、故衛門督の妻にはべりし尼なむ、亡せにし女子の代りにと、思ひ喜びはべりて、随分に労りかしづきはべりけるを、かくなりたれば、恨みはべるなり。げにぞ、容貌はいとうるはしくけうらにて、行ひやつれむもいとほしげになむはべりし。何人にかはべりけむ」	678
	679	と、ものよく言ふ僧都にて、語り続け申したまへば、	679
	680	「いかで、さる所に、よき人をしも取りもて行きけむ。さりとも、今は知られぬらむ」	680
	681	など、この宰相の君ぞ問ふ。	681
	682	「知らず。さもや、語らひはべらむ。まことにやむごとなき人ならば、何か、隠れもはべらじをや。田舎人の娘も、さるさましたるこそははべらめ。龍の中より、仏生まれたまはずはこそはべらめ。ただ人にては、いと罪軽きさまの人になむはべりける」	682
	683	など聞こえたまふ。	683
	684	そのころ、かのわたりに消え失せにけむ人を思し出づ。この御前なる人も、姉の君の伝へに、あやしくて亡せたる人とは聞きおきたれば、「それにやあらむ」とは思ひけれど、定めなきことなり。僧都も、	684
	685	「かかる人、世にあるものとも知られじと、よくもあらぬ敵だちたる人もあるやうにおもむけて、隠し忍びはべるを、事のさまのあやしければ、啓しはべるなり」	685
	686	と、なま隠すけしきなれば、人にも語らず。宮は、	686
	687	「それにもこそあれ。大将に聞かせばや」	687
	688	と、この人にぞのたまはすれど、いづ方にも隠すべきことを、定めてさならむとも知らずながら、恥づかしげなる人に、うち出でのたまはせむもつつましく思して、やみにけり。	688
	689		689
	690	[第六段　僧都、山荘に立ち寄り山へ帰る]	690
	691	姫宮おこたり果てさせたまひて、僧都も登りたまひぬ。かしこに寄りたまへれば、いみじう恨みて、	691
	692	「なかなか、かかる御ありさまにて、罪も得ぬべきことを、のたまひもあはせずなりにけることをなむ、いとあやしき」	692
	693	などのたまへど、かひもなし。	693
	694	「今は、ただ御行ひをしたまへ。老いたる、若き、定めなき世なり。はかなきものに思しとりたるも、ことわりなる御身をや」	694
	695	とのたまふにも、いと恥づかしうなむおぼえける。	695
	696	「御法服新しくしたまへ」	696
	697	とて、綾、羅、絹などいふもの、たてまつりおきたまふ。	697
	698	「なにがしがはべらむ限りは、仕うまつりなむ。なにか思しわづらふべき。常の世に生ひ出でて、世間の栄華に願ひまつはるる限りなむ、所狭く捨てがたく、我も人も思すべかめることなめる。かかる林の中に行ひ勤めたまはむ身は、何事かは恨めしくも恥づかしくも思すべき。このあらむ命は、葉の薄きがごとし」	698
	699	と言ひ知らせて、	699
	700	「松門に暁到りて月徘徊す」	700
	701	と、法師なれど、いとよしよししく恥づかしげなるさまにてのたまふことどもを、「思ふやうにも言ひ聞かせたまふかな」と聞きゐたり。	701
	702		702
	703	[第七段　中将、小野山荘に来訪]	703
	704	今日は、ひねもすに吹く風の音もいと心細きに、おはしたる人も、	704
	705	「あはれ、山伏は、かかる日にぞ、音は泣かるなるかし」	705
	706	と言ふを聞きて、「我も今は山伏ぞかし。ことわりに止まらぬ涙なりけり」と思ひつつ、端の方に立ち出でて見れば、遥かなる軒端より、狩衣姿色々に立ち混じりて見ゆ。山へ登る人なりとても、こなたの道には、通ふ人もいとたまさかなり。黒谷とかいふ方よりありく法師の跡のみ、まれまれは見ゆるを、例の姿見つけたるは、あいなくめづらしきに、この恨みわびし中将なりけり。	706
	707	かひなきことも言はむとてものしたりけるを、紅葉のいとおもしろく、他の紅に染めましたる色々なれば、入り来るよりぞものあはれなりける。「ここに、いと心地よげなる人を見つけたらば、あやしくぞおぼゆべき」など思ひて、	707
	708	「暇ありて、つれづれなる心地しはべるに、紅葉もいかにと思ひたまへてなむ。なほ、立ち返りて旅寝もしつべき木の下にこそ」	708
	709	とて、見出だしたまへり。尼君、例の、涙もろにて、	709
	710	「木枯らしの吹きにし山の麓には	710
	711	立ち隠すべき蔭だにぞなき」	711
	712	とのたまへば、	712
	713	「待つ人もあらじと思ふ山里の	713
	714	梢を見つつなほぞ過ぎ憂き」	714
	715	言ふかひなき人の御ことを、なほ尽きせずのたまひて、	715
	716	「さま変はりたまへらむさまを、いささか見せよ」	716
	717	と、少将の尼にのたまふ。	717
	718	「それをだに、契りししるしにせよ」	718
	719	と責めたまへば、入りて見るに、ことさら人にも見せまほしきさましてぞおはする。薄き鈍色の綾、中に萱草など、澄みたる色を着て、いとささやかに、様体をかしく、今めきたる容貌に、髪は五重の扇を広げたるやうに、こちたき末つきなり。	719
	720	こまかにうつくしき面様の、化粧をいみじくしたらむやうに、赤く匂ひたり。行ひなどをしたまふも、なほ数珠は近き几帳にうち懸けて、経に心を入れて読みたまへるさま、絵にも描かまほし。	720
	721	うち見るごとに涙の止めがたき心地するを、「まいて心かけたまはむ男は、いかに見たてまつりたまはむ」と思ひて、さるべき折にやありけむ、障子の掛金のもとに開きたる穴を教へて、紛るべき几帳など押しやりたり。	721
	722	「いとかくは思はずこそありしか。いみじく思ふさまなりける人を」と、我がしたらむ過ちのやうに、惜しく悔しう悲しければ、つつみもあへず、もの狂はしきまで、けはひも聞こえぬべければ、退きぬ。	722
	723		723
	724	[第八段　中将、浮舟に和歌を贈って帰る]	724
	725	「かばかりのさましたる人を失ひて、尋ねぬ人ありけむや。また、その人かの人の娘なむ、行方も知らず隠れにたる、もしはもの怨じして、世を背きにけるなど、おのづから隠れなかるべきを」など、あやしう返す返す思ふ。	725
	726	「尼なりとも、かかるさましたらむ人はうたてもおぼえじ」など、「なかなか見所まさりて心苦しかるべきを、忍びたるさまに、なほ語らひとりてむ」と思へば、まめやかに語らふ。	726
	727	「世の常のさまには思し憚ることもありけむを、かかるさまになりたまひにたるなむ、心やすう聞こえつべくはべる。さやうに教へきこえたまへ。来し方の忘れがたくて、かやうに参り来るに、また、今一つ心ざしを添へてこそ」	727
	728	などのたまふ。	728
	729	「いと行く末心細く、うしろめたきありさまにはべるに、まめやかなるさまに思し忘れず訪はせたまはむ、いとうれしうこそ、思ひたまへおかめ。はべらざらむ後なむ、あはれに思ひたまへらるべき」	729
	730	とて、泣きたまふに、「この尼君も離れぬ人なるべし。誰れならむ」と心得がたし。	730
	731	「行く末の御後見は、命も知りがたく頼もしげなき身なれど、さ聞こえそめはべるなれば、さらに変はりはべらじ。尋ねきこえたまふべき人は、まことにものしたまはぬか。さやうのことのおぼつかなきになむ、憚るべきことにははべらねど、なほ隔てある心地しはべるべき」	731
	732	とのたまへば、	732
	733	「人に知らるべきさまにて、世に経たまはば、さもや尋ね出づる人もはべらむ。今は、かかる方に、思ひきりつるありさまになむ。心のおもむけも、さのみ見えはべりつるを」	733
	734	など語らひたまふ。	734
	735	こなたにも消息したまへり。	735
	736	「おほかたの世を背きける君なれど	736
	737	厭ふによせて身こそつらけれ」	737
	738	ねむごろに深く聞こえたまふことなど、言ひ伝ふ。	738
	739	「兄妹と思しなせ。はかなき世の物語なども聞こえて、慰めむ」	739
	740	など言ひ続く。	740
	741	「心深からむ御物語など、聞き分くべくもあらぬこそ口惜しけれ」	741
	742	といらへて、この厭ふにつけたるいらへはしたまはず。「思ひよらずあさましきこともありし身なれば、いとうとまし。すべて朽木などのやうにて、人に見捨てられて止みなむ」ともてなしたまふ。	742
	743	されば、月ごろたゆみなく結ぼほれ、ものをのみ思したりしも、この本意のことしたまひてより、後すこし晴れ晴れしうなりて、尼君とはかなく戯れもし交はし、碁打ちなどしてぞ、明かし暮らしたまふ。行ひもいとよくして、法華経はさらなり。異法文なども、いと多く読みたまふ。雪深く降り積み、人目絶えたるころぞ、げに思ひやる方なかりける。	743
	744		744
	745	第六章　浮舟の物語　薫、浮舟生存を聞き知る	745
	746	[第一段　新年、浮舟と尼君、和歌を詠み交す]	746
	747	年も返りぬ。春のしるしも見えず、凍りわたれる水の音せぬさへ心細くて、「君にぞ惑ふ」とのたまひし人は、心憂しと思ひ果てにたれど、なほその折などのことは忘れず。	747
	748	「かきくらす野山の雪を眺めても	748
	749	降りにしことぞ今日も悲しき」	749
	750	など、例の、慰めの手習を、行ひの隙にはしたまふ。「我世になくて年隔たりぬるを、思ひ出づる人もあらむかし」など、思ひ出づる時も多かり。若菜をおろそかなる籠に入れて、人の持て来たりけるを、尼君見て、	750
	751	「山里の雪間の若菜摘みはやし	751
	752	なほ生ひ先の頼まるるかな」	752
	753	とて、こなたにたてまつれたまへりければ、	753
	754	「雪深き野辺の若菜も今よりは	754
	755	君がためにぞ年も摘むべき」	755
	756	とあるを、「さぞ思すらむ」とあはれなるにも、「見るかひあるべき御さまと思はましかば」と、まめやかにうち泣いたまふ。	756
	757	閨のつま近き紅梅の色も香も変はらぬを、「春や昔の」と、異花よりもこれに心寄せのあるは、飽かざりし匂ひのしみにけるにや。後夜に閼伽奉らせたまふ。下臈の尼のすこし若きがある、召し出でて花折らすれば、かことがましく散るに、いとど匂ひ来れば、	757
	758	「袖触れし人こそ見えね花の香の	758
	759	それかと匂ふ春のあけぼの」	759
	760		760
	761	[第二段　大尼君の孫、紀伊守、山荘に来訪]	761
	762	大尼君の孫の紀伊守なりける、このころ上りて来たり。三十ばかりにて、容貌きよげに誇りかなるさましたり。	762
	763	「何ごとか、去年、一昨年」	763
	764	など問ふに、ほけほけしきさまなれば、こなたに来て、	764
	765	「いとこよなくこそ、ひがみたまひにけれ。あはれにもはべるかな。残りなき御さまを、見たてまつること難くて、遠きほどに年月を過ぐしはべるよ。親たちものしたまはで後は、一所をこそ、御代はりに思ひきこえはべりつれ。常陸の北の方は、訪れきこえたまふや」	765
	766	と言ふは、いもうとなるべし。	766
	767	「年月に添へては、つれづれにあはれなることのみまさりてなむ。常陸は、久しう訪れきこえたまはざめり。え待ちつけたまふまじきさまになむ見えたまふ」	767
	768	とのたまふに、「わが親の名」と、あいなく耳止まれるに、また言ふやう、	768
	769	「まかり上りて日ごろになりはべりぬるを、公事のいとしげく、むつかしうのみはべるにかかづらひてなむ。昨日もさぶらはむと思ひたまへしを、右大将殿の宇治におはせし御供に仕うまつりて、故八の宮の住みたまひし所におはして、日暮らしたまひし。	769
	770	故宮の御女に通ひたまひしを、まづ一所は一年亡せたまひにき。その御おとうと、また忍びて据ゑたてまつりたまへりけるを、去年の春また亡せたまひにければ、その御果てのわざせさせたまはむこと、かの寺の律師になむ、さるべきことのたまはせて、なにがしも、かの女の装束一領、調じはべるべきを、せさせたまひてむや。織らすべきものは、急ぎせさせはべりなむ」	770
	771	と言ふを聞くに、いかでかあはれならざらむ。「人やあやしと見む」とつつましうて、奥に向ひてゐたまへり。尼君、	771
	772	「かの聖の親王の御女は、二人と聞きしを、兵部卿宮の北の方は、いづれぞ」	772
	773	とのたまへば、	773
	774	「この大将殿の御後のは、劣り腹なるべし。ことことしうももてなしたまはざりけるを、いみじう悲しびたまふなり。初めのはた、いみじかりき。ほとほと出家もしたまひつべかりきかし」	774
	775	など語る。	775
	776		776
	777	[第三段　浮舟、薫の噂など漏れ聞く]	777
	778	「かのわたりの親しき人なりけり」と見るにも、さすが恐ろし。	778
	779	「あやしく、やうのものと、かしこにてしも亡せたまひけること。昨日も、いと不便にはべりしかな。川近き所にて、水をのぞきたまひて、いみじう泣きたまひき。上にのぼりたまひて、柱に書きつけたまひし、	779
	780	見し人は影も止まらぬ水の上に	780
	781	落ち添ふ涙いとどせきあへず	781
	782	となむはべりし。言に表はしてのたまふことは少なけれど、ただ、けしきには、いとあはれなる御さまになむ見えたまひし。女は、いみじくめでたてまつりぬべくなむ。若くはべりし時より、優におはしますと見たてまつりしみにしかば、世の中の一の所も、何とも思ひはべらず、ただ、この殿を頼みきこえてなむ、過ぐしはべりぬる」	782
	783	と語るに、「ことに深き心もなげなるかやうの人だに、御ありさまは見知りにけり」と思ふ。尼君、	783
	784	「光君と聞こえけむ故院の御ありさまには、並びたまはじとおぼゆるを、ただ今の世に、この御族ぞめでられたまふなる。右の大殿と」	784
	785	とのたまへば、	785
	786	「それは、容貌もいとうるはしうけうらに、宿徳にて、際ことなるさまぞしたまへる。兵部卿宮ぞ、いといみじうおはするや。女にて馴れ仕うまつらばや、となむおぼえはべる」	786
	787	など、教へたらむやうに言ひ続く。あはれにもをかしくも聞くに、身の上もこの世のことともおぼえず。とどこほることなく語りおきて出でぬ。	787
	788		788
	789	[第四段　浮舟、尼君と語り交す]	789
	790	「忘れたまはぬにこそは」とあはれに思ふにも、いとど母君の御心のうち推し量らるれど、なかなか言ふかひなきさまを見え聞こえたてまつらむは、なほつつましくぞありける。かの人の言ひつけしことどもを、染め急ぐを見るにつけても、あやしうめづらかなる心地すれど、かけても言ひ出でられず。裁ち縫ひなどするを、	790
	791	「これ御覧じ入れよ。ものをいとうつくしうひねらせたまへば」	791
	792	とて、小袿の単衣たてまつるを、うたておぼゆれば、「心地悪し」とて、手も触れず臥したまへり。尼君、急ぐことをうち捨てて、「いかが思さるる」など思ひ乱れたまふ。紅に桜の織物の袿重ねて、	792
	793	「御前には、かかるをこそ奉らすべけれ。あさましき墨染なりや」	793
	794	と言ふ人あり。	794
	795	「尼衣変はれる身にやありし世の	795
	796	形見に袖をかけて偲ばむ」	796
	797	と書きて、「いとほしく、亡くもなりなむ後に、物の隠れなき世なりければ、聞きあはせなどして、疎ましきまでに隠しける、とや思はむ」など、さまざま思ひつつ、	797
	798	「過ぎにし方のことは、絶えて忘れはべりにしを、かやうなることを思し急ぐにつけてこそ、ほのかにあはれなれ」	798
	799	とおほどかにのたまふ。	799
	800	「さりとも、思し出づることは多からむを、尽きせず隔てたまふこそ心憂けれ。身には、かかる世の常の色あひなど、久しく忘れにければ、なほなほしくはべるにつけても、昔の人あらましかば、など思ひ出ではべる。しか扱ひきこえたまひけむ人、世におはすらむ。やがて、亡くなして見はべりしだに、なほいづこにあらむ、そことだに尋ね聞かまほしくおぼえはべるを、行方知らで、思ひきこえたまふ人びとはべるらむかし」	800
	801	とのたまへば、	801
	802	「見しほどまでは、一人はものしたまひき。この月ごろ亡せやしたまひぬらむ」	802
	803	とて、涙の落つるを紛らはして、	803
	804	「なかなか思ひ出づるにつけて、うたてはべればこそ、え聞こえ出でね。隔ては何ごとにか残しはべらむ」	804
	805	と、言少なにのたまひなしつ。	805
	806		806
	807	[第五段　薫、明石中宮のもとに参上]	807
	808	大将は、この果てのわざなどせさせたまひて、「はかなくて、止みぬるかな」とあはれに思す。かの常陸の子どもは、かうぶりしたりしは、蔵人になして、わが御司の将監になしなど、労りたまひけり。「童なるが、中にきよげなるをば、近く使ひ馴らさむ」とぞ思したりける。	808
	809	雨など降りてしめやかなる夜、后の宮に参りたまへり。御前のどやかなる日にて、御物語など聞こえたまふついでに、	809
	810	「あやしき山里に、年ごろまかり通ひ見たまへしを、人の誹りはべりしも、さるべきにこそはあらめ。誰れも心の寄る方のことは、さなむある、と思ひたまへなしつつ、なほ時々見たまへしを、所のさがにやと、心憂く思ひたまへなりにし後は、道も遥けき心地しはべりて、久しうものしはべらぬを、先つころ、もののたよりにまかりて、はかなき世のありさまとり重ねて思ひたまへしに、ことさら道心起こすべく造りおきたりける、聖の住処となむおぼえはべりし」	810
	811	と啓したまふに、かのこと思し出でて、いといとほしければ、	811
	812	「そこには、恐ろしき物や住むらむ。いかやうにてか、かの人は亡くなりにし」	812
	813	と問はせたまふを、「なほ、続きを思し寄る方」と思ひて、	813
	814	「さもはべらむ。さやうの人離れたる所は、よからぬものなむかならず住みつきはべるを。亡せはべりにしさまもなむ、いとあやしくはべる」	814
	815	とて、詳しくは聞こえたまはず。「なほ、かく忍ぶる筋を、聞きあらはしけり」と思ひたまはむが、いとほしく思され、宮の、ものをのみ思して、そのころは病になりたまひしを、思し合はするにも、さすがに心苦しうて、「かたがたに口入れにくき人の上」と思し止めつ。	815
	816	小宰相に、忍びて、	816
	817	「大将、かの人のことを、いとあはれと思ひてのたまひしに、いとほしうて、うち出でつべかりしかど、それにもあらざらむものゆゑと、つつましうてなむ。君ぞ、ことごと聞き合はせける。かたはならむことはとり隠して、さることなむありけると、おほかたの物語のついでに、僧都の言ひしことを語れ」	817
	818	とのたまはす。	818
	819	「御前にだにつつませたまはむことを、まして、異人はいかでか」	819
	820	と聞こえさすれど、	820
	821	「さまざまなることにこそ。また、まろはいとほしきことぞあるや」	821
	822	とのたまはするも、心得て、をかしと見たてまつる。	822
	823		823
	824	[第六段　小宰相、薫に僧都の話を語る]	824
	825	立ち寄りて物語などしたまふついでに、言ひ出でたり。珍かにあやしと、いかでか驚かれたまはざらむ。「宮の問はせたまひしも、かかることを、ほの思し寄りてなりけり。などか、のたまはせ果つまじき」とつらけれど、	825
	826	「我もまた初めよりありしさまのこと聞こえそめざりしかば、聞きて後も、なほをこがましき心地して、人にすべて漏らさぬを、なかなか他には聞こゆることもあらむかし。うつつの人びとのなかに忍ぶることだに、隠れある世の中かは」	826
	827	など思ひ入りて、「この人にも、さなむありし」など、明かしたまはむことは、なほ口重き心地して、	827
	828	「なほ、あやしと思ひし人のことに、似てもありける人のありさまかな。さて、その人は、なほあらむや」	828
	829	とのたまへば、	829
	830	「かの僧都の山より出でし日なむ、尼になしつる。いみじうわづらひしほどにも、見る人惜しみてせさせざりしを、正身の本意深きよしを言ひてなりぬる、とこそはべるなりしか」	830
	831	と言ふ。所も変はらず、そのころのありさまと思ひあはするに、違ふふしなければ、	831
	832	「まことにそれと尋ね出でたらむ、いとあさましき心地もすべきかな。いかでかは、たしかに聞くべき。下り立ちて尋ねありかむも、かたくなしなどや人言ひなさむ。また、かの宮も聞きつけたまへらむには、かならず思し出でて、思ひ入りにけむ道も妨げたまひてむかし。	832
	833	さて、『さなのたまひそ』など聞こえおきたまひければや、我には、さることなむ聞きしと、さる珍しきことを聞こし召しながら、のたまはせぬにやありけむ。宮もかかづらひたまふにては、いみじうあはれと思ひながらも、さらに、やがて亡せにしものと思ひなしてを止みなむ。	833
	834	うつし人になりて、末の世には、黄なる泉のほとりばかりを、おのづから語らひ寄る風の紛れもありなむ。我がものに取り返し見むの心地、また使はじ」	834
	835	など思ひ乱れて、「なほ、のたまはずやあらむ」とおぼゆれど、御けしきのゆかしければ、大宮に、さるべきついで作り出だしてぞ、啓したまふ。	835
	836		836
	837	[第七段　薫、明石中宮に対面し、横川に赴く]	837
	838	「あさましうて、失ひはべりぬと思ひたまへし人、世に落ちあふれてあるやうに、人のまねびはべりしかな。いかでか、さることははべらむ、と思ひたまふれど、心とおどろおどろしう、もて離るることははべらずや、と思ひわたりはべる人のありさまにはべれば、人の語りはべしやうにては、さるやうもやはべらむと、似つかはしく思ひたまへらるる」	838
	839	とて、今すこし聞こえ出でたまふ。宮の御ことを、いと恥づかしげに、さすがに恨みたるさまには言ひなしたまはで、	839
	840	「かのこと、またさなむと聞きつけたまへらば、かたくなに好き好きしうも思されぬべし。さらに、さてありけりとも、知らず顔にて過ぐしはべりなむ」	840
	841	と啓したまへば、	841
	842	「僧都の語りしに、いともの恐ろしかりし夜のことにて、耳も止めざりしことにこそ。宮は、いかでか聞きたまはむ。聞こえむ方なかりける御心のほどかな、と聞けば、まして聞きつけたまはむこそ、いと苦しかるべけれ。かかる筋につけて、いと軽く憂きものにのみ、世に知られたまひぬめれば、心憂く」	842
	843	などのたまはす。「いと重き御心なれば、かならずしも、うちとけ世語りにても、人の忍びて啓しけむことを、漏らさせたまはじ」など思す。	843
	844	「住むらむ山里はいづこにかはあらむ。いかにして、さま悪しからず尋ね寄らむ。僧都に会ひてこそは、たしかなるありさまも聞き合はせなどして、ともかくも問ふべかめれ」など、ただ、このことを起き臥し思す。	844
	845	月ごとの八日は、かならず尊きわざせさせたまへば、薬師仏に寄せたてまつるにもてなしたまへるたよりに、中堂には、時々参りたまひけり。それよりやがて横川におはせむと思して、かのせうとの童なる、率ておはす。「その人びとには、とみに知らせじ。ありさまにぞ従はむ」と思せど、うち見む夢の心地にも、あはれをも加へむとにやありけむ。さすがに、「その人とは見つけながら、あやしきさまに、形異なる人の中にて、憂きことを聞きつけたらむこそ、いみじかるべけれ」と、よろづに道すがら思し乱れけるにや。	845
	846		846
	847	【出典】	847
c1	848	<A NAME="no1">出典1</A>　百年（ももとせ）に一年（ひととせ）足らぬ九十九（つくも）髪我を恋ふらし面影に見ゆ（伊勢物語-一一四）<A HREF="#te1">（戻）</A><BR>	848	<A NAME="no1">出典1</A>　<ruby><rb>百年<rp>(<rt>ももとせ<rp>)</ruby>に<ruby><rb>一年<rp>(<rt>ひととせ<rp>)</ruby>足らぬ<ruby><rb>九十九<rp>(<rt>つくも<rp>)</ruby>髪我を恋ふらし面影に見ゆ（伊勢物語-一一四）<A HREF="#te1">（戻）</A><BR>
	849	出典2　住みわびぬ今は限りと山里につま木こるべき宿を求めてむ（後撰集雑一-一〇八三　在原業平）（戻）	849
	850	出典3　名にし負はばいざ言問はむ都鳥我が思ふ人はありやなしやと（古今集羇旅-四一一　在原業平）（戻）	850
	851	出典4　世の中にあらぬ所も得てしかな年ふりにたる形隠さむ（拾遺集雑上-五〇六　読人しらず）（戻）	851
	852	出典5　世の中に身をし変へつる君なれば我は我にもあらずとや思ふ（朝光集-七二）（戻）	852
	853	出典6　ここにしも何匂ふらむ女郎花人のもの言ひさがにくき世に（拾遺集雑秋-一〇九八　僧正遍昭）（戻）	853
	854	出典7　春や来る花や咲くとも知らざりき谷の底なる埋れ木なれば（和泉式部集-七二六）（戻）	854
	855	出典8　移し植ゑば秋なき時や咲かざらむ花こそ散らめ根さへ枯れめや（塗籠本伊勢物語）（戻）	855
	856	出典9　誰をかも待乳の山の女郎花秋と契れる人ぞあるらし（新古今集秋上-三三六　小野小町）（戻）	856
	857	出典10　花と見て折らむとすれば女郎花うたたあるさまの名にこそありけれ（古今集誹諧-一〇一九　読人しらず）（戻）	857
	858	出典11　山里は秋こそことに侘しけれ鹿の鳴く音に目を覚ましつつ（古今集秋上-二一四　壬生忠岑）（戻）	858
	859	出典12　世の憂き目見えぬ山路へ入らむには思ふ人こそほだしなりけれ（後撰集雑下-九五五　物部吉名）（戻）	859
	860	出典13　あたら夜の月と花とを同じくはあはれ知れらむ人に見せばや（後撰集春下-一〇三　源信明）（戻）	860
c1	861	<A NAME="no14">出典14</A>　ここにまた我が飽かぬ月を山の端の遠方（をち）の里には遅しとや待つ（古今六帖一-一七四）<A HREF="#te14">（戻）</A><BR>	861	<A NAME="no14">出典14</A>　ここにまた我が飽かぬ月を山の端の<ruby><rb>遠方<rp>(<rt>をち<rp>)</ruby>の里には遅しとや待つ（古今六帖一-一七四）<A HREF="#te14">（戻）</A><BR>
	862	出典15　琴の音に峰の松風かよふらしいづれの緒より調べそめけむ（拾遺集雑上-四五一　斎宮女御）（戻）	862
	863	出典16　秋風の吹くにつけても訪はぬかな荻の葉ならば音はしてまし（後撰集恋四-八四六　中務）（戻）	863
	864	出典17　初瀬川古川野辺に二本ある杉年を経てもまたも逢ひ見む二本ある杉（古今集旋頭歌-一〇〇九　読人しらず）（戻）	864
	865	出典18　山鳥のほろほろと鳴く声聞けば父かとぞ思ふ母かとぞ思ふ（玉葉集釈教歌-二六二七　行基）（戻）	865
	866	出典19　たらちめはかかれとてしもむばたまの我が黒髪を撫でずやありけむ（後撰集雑三-一二四〇　僧正遍昭）（戻）	866
	867	出典20　流転三界中　恩愛不能断　棄恩入無為　真実報恩者（法苑珠林）（戻）	867
c1	868	<A NAME="no21">出典21</A>　顔色如花命如葉　命如葉薄将奈何<顔色は花の如く命は葉の如し　命は葉の如く薄し、将に奈何（いかむ）せむ>（白氏文集巻四-一六一「陵園妻」）<A HREF="#te21">（戻）</A><BR>	868	<A NAME="no21">出典21</A>　顔色如花命如葉　命如葉薄将奈何<顔色は花の如く命は葉の如し　命は葉の如く薄し、将に<ruby><rb>奈何<rp>(<rt>いかむ<rp>)</ruby>せむ>（白氏文集巻四-一六一「陵園妻」）<A HREF="#te21">（戻）</A><BR>
	869	出典22　松門到暁月徘徊　柏城尽日風蕭瑟<松門に暁到りて月徘徊す　柏城に尽日風蕭瑟たり>（白氏文集巻四-一六一「陵園妻」）（戻）	869
	870	出典23　雪降りて人も通はぬ道なれやあとはかもなく思ひ消ゆらむ（古今集冬-三二九　凡河内躬恒）（戻）	870
	871	出典24　君がため春の野に出でて若菜摘む我が衣手に雪は降りつつ（古今集春上-二一　光孝天皇）（戻）	871
	872	出典25　月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身一つはもとの身にして（古今集恋五-七四七　在原業平）（戻）	872
	873	出典26　飽かざりし君が匂ひの恋しさに梅の花をぞ今朝は折りつる（拾遺集雑春-一〇〇五　具平親王）（戻）	873
	874	出典27　色よりも香こそあはれと思ほゆれ誰が袖触れし宿の梅ぞも（古今集春上-三三　読人しらず）（戻）	874
	875		875
	876	【校訂】	876
	877	備考--（/）　ミセケチ--＄　抹消--＃　補入--+　傍書--=　ナゾリ--＆　独自異文等--*　朱筆--<朱>　不明--△	877
	878	校訂1　御厨子所--みつゝ（ゝ/＄し<朱>）所（戻）	878
	879	校訂2　見現はさむ--みあらは（は/+さ）む（戻）	879
	880	校訂3　見開けたるに--見あけたるも（も/＃に）（戻）	880
	881	校訂4　とは言へど--とは（は/+いへと）（戻）	881
	882	校訂5　事削ぎ--（/+事<朱>）そき（戻）	882
	883	校訂6　年ごろ--としうち（うち/＄ころ<朱>）（戻）	883
	884	校訂7　見回し--見まほ（ほ/＄は<朱>）し（戻）	884
	885	校訂8　いかなれば--いかなれ（れ/+は）（戻）	885
	886	校訂9　松蔭--*まつかせ（戻）	886
	887	校訂10　声を--こゑ（ゑ/+を<朱>）（戻）	887
	888	校訂11　心地して--心ちし（し/+て<朱>）（戻）	888
	889	校訂12　止み--やみみ（み<前出>/＄<朱>）（戻）	889
	890	校訂13　言ふに--いふ（ふ/+に）（戻）	890
	891	校訂14　あるにや--あるにやと（と＄<朱>）（戻）	891
	892	校訂15　出で来たり--いそ（そ/＃て）きたり（戻）	892
	893	校訂16　弾きはべりしか--ひきはつ（つ/＄へ<朱>、+り）しか（戻）	893
	894	校訂17　弾かまほし--（/+ひ<朱>）かまほし（戻）	894
	895	校訂18　おはせで--おか（か/＄は）せて（戻）	895
	896	校訂19　聞こゆれば--（/+きこゆれは）（戻）	896
	897	校訂20　言ひ--（/+いひ）（戻）	897
	898	校訂21　親なども、尼になしてや見まし、など--おやなと（と/+もあまになしてやみましなと<朱>）（戻）	898
	899	校訂22　老い衰へ--（/+おひ<朱>）おとろへ（戻）	899
	900	校訂23　人もがな」と、何事につけても、つつましくて、暗うしなしておはす。思ふことを人に--人も（も/+かなとなに事につけてもつゝましくてくらうしなしておはす思ふ事を人に<朱>）（戻）	900
	901	校訂24　こそは--こそ（そ/+は<朱>）（戻）	901
	902	校訂25　姫宮--姫君（君/＃宮）（戻）	902
	903	校訂26　ありく--ありくかよふ（かよふ/＄）（戻）	903
	904	校訂27　いとおもしろく--（/+いと<朱>）おもしろく（戻）	904
	905	校訂28　命も--いのちの（の/＃も）（戻）	905
	906	校訂29　大尼君--おほおほ（おほ<後出>/＄<朱>）あま君（戻）	906
	907	校訂30　はべる--はつ（つ/＄へ<朱>）る（戻）	907
	908	校訂31　隠れなき世--かくれなきに（に/＄世<朱>）（戻）	908
	909	校訂32　隔てたまふ--へたてゝ（ゝ/＃<朱>）給（戻）	909
	910	校訂33　さるべきに--さるへきと（と/＄に<朱>）（戻）	910
	911	校訂34　さて--さても（も/＃<朱>）（戻）	911
	912	校訂35　八日--いひ（いひ/＄<朱>八日）（戻）	912
	913		913
	914	源氏物語の世界ヘ	914
	915	ローマ字版	915
	916	現代語訳	916
	917	注釈	917
	918	大島本	918
	919	自筆本奥入	919
	920		920
	921		921
	922		922
	923		923

手習

第一章 浮舟の物語 浮舟、入水未遂、横川僧都らに助けられる

第二章 浮舟の物語 浮舟の小野山荘での生活

第三章 浮舟の物語 中将、浮舟に和歌を贈る

第四章 浮舟の物語 浮舟、尼君留守中に出家す

第五章 浮舟の物語 浮舟、出家後の物語

第六章 浮舟の物語 薫、浮舟生存を聞き知る

第一章　浮舟の物語　浮舟、入水未遂、横川僧都らに助けられる

第二章　浮舟の物語　浮舟の小野山荘での生活

第三章　浮舟の物語　中将、浮舟に和歌を贈る

第四章　浮舟の物語　浮舟、尼君留守中に出家す

第五章　浮舟の物語　浮舟、出家後の物語

第六章　浮舟の物語　薫、浮舟生存を聞き知る