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 3蜻蛉(大島本)3 
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 7渋谷栄一校訂(C)(ver.1-2-3)7 
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蜻蛉

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 11薫君の大納言時代二十七歳三月末頃から秋頃までの物語
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 13 [主要登場人物]
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 14
14 
 15
 薫<かおる>
15 
 16
呼称---大将殿・大将・大将の君・殿・君、源氏の子
16 
 17
 匂宮<におうのみや>
17 
 18
呼称---兵部卿宮・宮・親王、今上帝の第三親王
18 
 19
 今上帝<きんじょうてい>
19 
 20
呼称---帝・内裏・主上、朱雀院の第一親王
20 
 21
 明石中宮<あかしのちゅうぐう>
21 
 22
呼称---大宮・后の宮・后・宮、源氏の娘
22 
 23
 夕霧<ゆうぎり>
23 
 24
呼称---左大臣殿・左の大殿・右の大殿・父大臣、源氏の長男
24 
 25
 女一の宮<おんないちのみや>
25 
 26
呼称---姫宮・一品の宮、今上帝の第一内親王
26 
 27
 女二の宮<おんなにのみや>
27 
 28
呼称---二の宮・女宮・帝の御女、今上帝の第二内親王
28 
 29
 中君<なかのきみ>
29 
 30
呼称---宮の上・御二条の北の方・対の御方・女君、八の宮の二女
30 
 31
 宮の君<みやのきみ>
31 
 32
呼称---御女・姫君・女君、蜻蛉宮の姫君
32 
 33
 浮舟<うきふね>
33 
 34
呼称---守の娘・御妹・上・女君・君・女、八の宮の三女
34 
 35
 常陸介<ひたちのすけ>
35 
 36
呼称---常陸守・常陸前守・守、浮舟の継父
36 
 37
 中将の君<ちゅうじょうのきみ>
37 
 38
呼称---母君・御母・親・母、浮舟の母
38 
 39
 弁尼君<べんのあまぎみ>
39 
 40
呼称---尼君
40 
 41
 浮舟の乳母<うきふねのめのと>
41 
 42
呼称---乳母
42 
 43
 右近<うこん>
43 
 44
呼称---右近、浮舟の乳母子
44 
 45
 侍従の君<じじゅうのきみ>
45 
 46
呼称---侍従
46 
 47
 時方<ときかた>
47 
 48
呼称---御使・大夫、匂宮の従者
48 
 49
 大蔵大輔<おおくらのたいふ>
49 
 50
呼称---御使・大蔵大夫、薫の家司、道定の妻の父親
50 
 51
 小宰相の君<こざいしょうのきみ>
51 
 52
呼称---小宰相の君・宰相の君・小宰相・宰相
52 
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 55第一章 浮舟の物語 浮舟失踪後の人びとの動転
55 
 56
56 
 57
  • 宇治の浮舟失踪---かしこには、人びと、おはせぬを求め騒げど
  • 57 
     58
  • 匂宮から宇治へ使者派遣---宮にも、いと例ならぬけしきありし御返り
  • 58 
     59
  • 時方、宇治に到着---かやすき人は、疾く行き着きぬ。雨少し降り止みたれど
  • 59 
     60
  • 乳母、悲嘆に暮れる---内にも泣く声々のみして、乳母なるべし
  • 60 
     61
  • 浮舟の母、宇治に到着---雨のいみじかりつる紛れに、母君も渡りたまへり
  • 61 
     62
  • 侍従ら浮舟の葬儀を営む---侍従などこそ、日ごろの御けしき思ひ出で
  • 62 
     63
  • 侍従ら真相を隠す---大夫、内舎人など、脅しきこえし者どもも参りて
  • 63 
     6464 
     65第二章 浮舟の物語 浮舟失踪と薫、匂宮
    65 
     66
    66 
     67
  • 薫、石山寺で浮舟失踪の報に接す---大将殿は、入道の宮の悩みたまひければ
  • 67 
     68
  • 薫の後悔---殿は、なほ、いとあへなくいみじと聞きたまふにも
  • 68 
     69
  • 匂宮悲しみに籠もる---かの宮はた、まして、二、三日はものもおぼえたまはず
  • 69 
     70
  • 薫、匂宮を訪問---宮の御訪らひに、日々に参りたまはぬ人なく
  • 70 
     71
  • 薫、匂宮と語り合う---やうやう世の物語聞こえたまふに、「いと籠めてしもは
  • 71 
     72
  • 人は非情の者に非ず---「いみじくも思したりつるかな。いとはかなかりけれど
  • 72 
     7373 
     74第三章 匂宮の物語 匂宮、侍従を迎えて語り合う
    74 
     75
    75 
     76
  • 四月、薫と匂宮、和歌を贈答---月たちて、「今日ぞ渡らまし」と思し出で
  • 76 
     77
  • 匂宮、右近を迎えに時方派遣---いと夢のやうにのみ、なほ、「いかで
  • 77 
     78
  • 時方、侍従と語る---大夫も泣きて、「さらに、この御仲のこと
  • 78 
     79
  • 侍従、京の匂宮邸へ---黒き衣ども着て、引きつくろひたる容貌も
  • 79 
     80
  • 侍従、宇治へ帰る---何ばかりのものとも御覧ぜざりし人も、睦ましく
  • 80 
     8181 
     82第四章 薫の物語 薫、浮舟の法事を営む
    82 
     83
    83 
     84
  • 薫、宇治を訪問---大将殿も、なほ、いとおぼつかなきに
  • 84 
     85
  • 薫、真相を聞きただす---あさましう、思しかけぬ筋なるに、物もとばかり
  • 85 
     86
  • 薫、匂宮と浮舟の関係を知る---「我は心に身をもまかせず、顕証なるさまに
  • 86 
     87
  • 薫、宇治の過去を追懐す--「宮の上の、のたまひ始めし、人形とつけそめ
  • 87 
     88
  • 薫、浮舟の母に手紙す---かの母君は、京に子産むべき娘のことにより
  • 88 
     89
  • 浮舟の母からの返書---いたくしも忌むまじき穢らひなれば、「深うも触れ
  • 89 
     90
  • 常陸介、浮舟の死を悼む---かしこには、常陸守、立ちながら来て
  • 90 
     91
  • 浮舟四十九日忌の法事---四十九日のわざなどせさせたまふにも、「いかなりけむ
  • 91 
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     93第五章 薫の物語 明石中宮の女宮たち
    93 
     94
    94 
     95
  • 薫と小宰相の君の関係---后の宮の、御軽服のほどは、なほかくておはしますに
  • 95 
     96
  • 六条院の法華八講---蓮の花の盛りに、御八講せらる。六条の院の御ため
  • 96 
     97
  • 小宰相の君、氷を弄ぶ---心強く割りて、手ごとに持たり。頭にうち置き
  • 97 
     98
  • 薫と女二宮との夫婦仲---つとめて、起きたまへる女宮の御容貌
  • 98 
     99
  • 薫、明石中宮に対面---その日は暮らして、またの朝に大宮に参りたまふ
  • 99 
     100
  • 明石中宮、薫と小宰相の君の関係を聞く---姫宮は、あなたに渡らせたまひにけり
  • 100 
     101
  • 明石中宮、薫の三角関係を知る---「いとあやしきことをこそ聞きはべりしか
  • 101 
     102102 
     103第六章 薫の物語 薫、断腸の秋の思い
    103 
     104
    104 
     105
  • 女一の宮から妹二の宮への手紙---その後、姫宮の御方より、二の宮に御消息ありけり
  • 105 
     106
  • 侍従、明石中宮に出仕す---心のどかに、さまよくおはする人だに、かかる筋には
  • 106 
     107
  • 匂宮、宮の君を浮舟によそえて思う---この春亡せたまひぬる式部卿宮の御女を
  • 107 
     108
  • 侍従、薫と匂宮を覗く---涼しくなりぬとて、宮、内裏に参らせたまひなむと
  • 108 
     109
  • 薫、弁の御許らと和歌を詠み合う---東の渡殿に、開きあひたる戸口に
  • 109 
     110
  • 薫、断腸の秋の思い---東の高欄に押しかかりて、夕影になるままに、花の紐解く
  • 110 
     111
  • 薫と中将の御許、遊仙窟の問答---例の、西の渡殿を、ありしにならひて
  • 111 
     112
  • 薫、宮の君を訪ねる---宮の君は、この西の対にぞ御方したりける
  • 112 
     113
  • 薫、宇治の三姉妹の運命を思う---「なみなみの人めきて、心地なのさまや」と
  • 113 
     114114 
     115

    115 
     116【出典】
    116 
     117【校訂】
    117 
     118

    118 
     119 

    第一章 浮舟の物語 浮舟失踪後の人びとの動転

    119 
     120 [第一段 宇治の浮舟失踪]
    120 
     121 かしこには、人びと、おはせぬを求め騒げど、かひなし。物語の姫君の、人に盗まれたらむ明日のやうなれば、詳しくも言ひ続けず。京より、ありし使の帰らずなりにしかば、おぼつかなしとて、また人おこせたり。
    121 
     122 「まだ、鶏の鳴くになむ、出だし立てさせたまへる」
    122 
     123 と使の言ふに、いかに聞こえむと、乳母よりはじめて、あわて惑ふこと限りなし。思ひやる方なくて、ただ騷ぎ合へるを、かの心知れるどちなむ、いみじくものを思ひたまへりしさまを思ひ出づるに、「身を投げたまへるか」とは思ひ寄りける。
    123 
     124 泣く泣くこの文を開けたれば、
    124 
     125 「いとおぼつかなさに、まどろまれはべらぬけにや、今宵は夢にだにうちとけても見えず。物に襲はれつつ、心地も例ならずうたてはべるを。なほいと恐ろしく、ものへ渡らせたまはむことは近くなれど、そのほど、ここに迎へたてまつりてむ。今日は雨降りはべりぬべければ」
    125 
     126 などあり。昨夜の御返りをも開けて見て、右近いみじう泣く。
    126 
     127 「さればよ。心細きことは聞こえたまひけり。我に、などかいささかのたまふことのなかりけむ。幼かりしほどより、つゆ心置かれたてまつることなく、塵ばかり隔てなくてならひたるに、今は限りの道にしも、我を後らかし、けしきをだに見せたまはざりけるがつらきこと」
    127 
     128 と思ふに、足摺りといふことをして泣くさま、若き子どものやうなり。いみじく思したる御けしきは、見たてまつりわたれど、かけても、かくなべてならずおどろおどろしきこと、思し寄らむものとは見えざりつる人の御心ざまを、「なほ、いかにしつることにか」とおぼつかなくいみじ。
    128 
     129 乳母は、なかなかものもおぼえで、ただ、「いかさまにせむ。いかさまにせむ」とぞ言はれける。
    129 
     130

    130 
     131 [第二段 匂宮から宇治へ使者派遣]
    131 
     132 宮にも、いと例ならぬけしきありし御返り、「いかに思ふならむ。我を、さすがにあひ思ひたるさまながら、あだなる心なりとのみ、深く疑ひたれば、他へ行き隠れむとにやあらむ」と思し騷ぎ、御使あり。
    132 
     133 ある限り泣き惑ふほどに来て、御文もえたてまつらず。
    133 
     134 「いかなるぞ」
    134 
     135 と下衆女に問へば、
    135 
     136 「上の、今宵、にはかに亡せたまひにければ、ものもおぼえたまはず。頼もしき人もおはしまさぬ折なれば、さぶらひたまふ人びとは、ただものに当たりてなむ惑ひたまふ」
    136 
     137 と言ふ。心も深く知らぬ男にて、詳しう問はで参りぬ。
    137 
     138 「かくなむ」と申させたるに、夢とおぼえて、
    138 
     139 「いとあやし。いたくわづらふとも聞かず。日ごろ、悩ましとのみありしかど、昨日の返り事はさりげもなくて、常よりもをかしげなりしものを」
    139 
     140 と、思しやる方なければ、
    140 
     141 「時方、行きてけしき見、たしかなること問ひ聞け」
    141 
     142 とのたまへば、
    142 
     143 「かの大将殿、いかなることか、聞きたまふことはべりけむ、宿直する者おろかなり、など戒め仰せらるるとて、下人のまかり出づるをも、見とがめ問ひはべるなれば、ことづくることなくて、時方まかりたらむを、ものの聞こえはべらば、思し合はすることなどやはべらむ。さて、にはかに人の亡せたまへらむ所は、論なう騒がしう、人しげくはべらむを」と聞こゆ。
    143 
     144 「さりとては、いとおぼつかなくてやあらむ。なほ、とかくさるべきさまに構へて、例の、心知れる侍従などに会ひて、いかなることをかく言ふぞ、と案内せよ。下衆はひがことも言ふなり」
    144 
     145 とのたまへば、いとほしき御けしきもかたじけなくて、夕つ方行く。
    145 
     146

    146 
     147 [第三段 時方、宇治に到着]
    147 
     148 かやすき人は、疾く行き着きぬ。雨少し降り止みたれど、わりなき道にやつれて、下衆のさまにて来たれば、人多く立ち騷ぎて、
    148 
     149 「今宵、やがてをさめたてまつるなり」
    149 
     150 など言ふを聞く心地も、あさましくおぼゆ。右近に消息したれども、え会はず、
    150 
     151 「ただ今、ものおぼえず。起き上がらむ心地もせでなむ。さるは、今宵ばかりこそ、かくも立ち寄りたまはめ、え聞こえぬこと」
    151 
     152 と言はせたり。
    152 
     153 「さりとて、かくおぼつかなくては、いかが帰り参りはべらむ。今一所だに」
    153 
     154 と切に言ひたれば、侍従ぞ会ひたりける。
    154 
     155 「いとあさまし。思しもあへぬさまにて亡せたまひにたれば、いみじと言ふにも飽かず、夢のやうにて、誰も誰も惑ひはべるよしを申させたまへ。すこしも心地のどめはべりてなむ、日ごろも、もの思したりつるさま、一夜、いと心苦しと思ひきこえさせたまへりしありさまなども、聞こえさせはべるべき。この穢らひなど、人の忌みはべるほど過ぐして、今一度立ち寄りたまへ」
    155 
     156 と言ひて、泣くこといといみじ。
    156 
     157

    157 
     158 [第四段 乳母、悲嘆に暮れる]
    158 
     159 内にも泣く声々のみして、乳母なるべし、
    159 
     160 「あが君や、いづ方にかおはしましぬる。帰りたまへ。むなしき骸をだに見たてまつらぬが、かひなく悲しくもあるかな。明け暮れ見たてまつりても飽かずおぼえたまひ、いつしかかひある御さまを見たてまつらむと、朝夕に頼みきこえつるにこそ、命も延びはべりつれ。うち捨てたまひて、かく行方も知らせたまはぬこと。
    160 
     161 鬼神も、あが君をばえ領じたてまつらじ。人のいみじく惜しむ人をば、帝釈も返したまふなり。あが君を取りたてまつりたらむ、人にまれ鬼にまれ、返したてまつれ。亡き御骸をも見たてまつらむ」
    161 
     162 と言ひ続くるが、心得ぬことども混じるを、あやしと思ひて、
    162 
     163 「なほ、のたまへ。もし、人の隠しきこえたまへるか。たしかに聞こし召さむと、御身の代はりに出だし立てさせたまへる御使なり。今は、とてもかくてもかひなきことなれど、後にも聞こし召し合はすることのはべらむに、違ふこと混じらば、参りたらむ御使の罪なるべし。
    163 
     164 また、さりともと頼ませたまひて、『君たちに対面せよ』と仰せられつる御心ばへも、かたじけなしとは思されずや。女の道に惑ひたまふことは、人の朝廷にも、古き例どもありけれど、またかかること、この世にはあらじ、となむ見たてまつる」
    164 
     165 と言ふに、「げに、いとあはれなる御使にこそあれ。隠すとすとも、かくて例ならぬことのさま、おのづから聞こえなむ」と思ひて、
    165 
     166 「などか、いささかにても、人や隠いたてまつりたまふらむ、と思ひ寄るべきことあらむには、かくしもある限り惑ひはべらむ。日ごろ、いといみじくものを思し入るめりしかば、かの殿の、わづらはしげに、ほのめかし聞こえたまふことなどもありき。
    166 
     167 御母にものしたまふ人も、かくののしる乳母なども、初めより知りそめたりし方に渡りたまはむ、となむいそぎ立ちて、この御ことをば、人知れぬさまにのみ、かたじけなくあはれと思ひきこえさせたまへりしに、御心乱れけるなるべし。あさましう、心と身を亡くなしたまへるやうなれば、かく心の惑ひに、ひがひがしく言ひ続けらるるなめり」
    167 
     168 と、さすがに、まほならずほのめかす。心得がたくおぼえて、
    168 
     169 「さらば、のどかに参らむ。立ちながらはべるも、いとことそぎたるやうなり。今、御みづからもおはしましなむ」
    169 
     170 と言へば、
    170 
     171 「あな、かたじけな。今さら、人の知りきこえさせむも、亡き御ためは、なかなかめでたき御宿世見ゆべきことなれど、忍びたまひしことなれば、また漏らさせたまはで、止ませたまはむなむ、御心ざしにはべるべき」
    171 
     172 ここには、かく世づかず亡せたまへるよしを、人に聞かせじと、よろづに紛らはすを、「自然にことどものけしきもこそ見ゆれ」と思へば、かくそそのかしやりつ。
    172 
     173

    173 
     174 [第五段 浮舟の母、宇治に到着]
    174 
     175 雨のいみじかりつる紛れに、母君も渡りたまへり。さらに言はむ方もなく、
    175 
     176 「目の前に亡くなしたらむ悲しさは、いみじうとも、世の常にて、たぐひあることなり。これは、いかにしつることぞ」
    176 
     177 と惑ふ。かかることどもの紛れありて、いみじうもの思ひたまふらむとも知らねば、身を投げたまへらむとも思ひも寄らず、
    177 
     178 「鬼や食ひつらむ。狐めくものや取りもて去ぬらむ。いと昔物語のあやしきもののことのたとひにか、さやうなることも言ふなりし」
    178 
     179 と思ひ出づ。
    179 
     180 「さては、かの恐ろしと思ひきこゆるあたりに、心など悪しき御乳母やうの者や、かう迎へたまふべしと聞きて、めざましがりて、たばかりたる人もやあらむ」
    180 
     181 と、下衆などを疑ひ、
    181 
     182 「今参りの、心知らぬやある」
    182 
     183 と問へば、
    183 
     184 「いと世離れたりとて、ありならはぬ人は、ここにてはかなきこともえせず、今とく参らむ、と言ひてなむ、皆、そのいそぐべきものどもなど取り具しつつ、帰り出ではべりにし」
    184 
     185 とて、もとよりある人だに、片へはなくて、いと人少ななる折になむありける。
    185 
     186

    186 
     187 [第六段 侍従ら浮舟の葬儀を営む]
    187 
     188 侍従などこそ、日ごろの御けしき思ひ出で、「身を失ひてばや」など、泣き入りたまひし折々のありさま、書き置きたまへる文をも見るに、「亡き影に」と書きすさびたまへるものの、硯の下にありけるを見つけて、川の方を見やりつつ、響きののしる水の音を聞くにも、疎ましく悲しと思ひつつ、
    188 
     189 「さて、亡せたまひけむ人を、とかく言ひ騷ぎて、いづくにもいづくにも、いかなる方になりたまひにけむ、と思し疑はむも、いとほしきこと」
    189 
     190 と言ひ合はせて、
    190 
     191 「忍びたる事とても、御心より起こりてありしことならず。親にて、亡き後に聞きたまへりとも、いとやさしきほどならぬを、ありのままに聞こえて、かくいみじくおぼつかなきことどもをさへ、かたがた思ひ惑ひたまふさまは、すこし明らめさせたてまつらむ。亡くなりたまへる人とても、骸を置きてもて扱ふこそ、世の常なれ、世づかぬけしきにて日ごろも経ば、さらに隠れあらじ。なほ、聞こえて、今は世の聞こえをだにつくろはむ」
    191 
     192 と語らひて、忍びてありしさまを聞こゆるに、言ふ人も消え入り、え言ひやらず、聞く心地も惑ひつつ、「さは、このいと荒ましと思ふ川に、流れ亡せたまひにけり」と思ふに、いとど我も落ち入りぬべき心地して、
    192 
     193 「おはしましにけむ方を尋ねて、骸をだにはかばかしくをさめむ」
    193 
     194 とのたまへど、
    194 
     195 「さらに何のかひはべらじ。行方も知らぬ大海の原にこそおはしましにけめ。さるものから、人の言ひ伝へむことは、いと聞きにくし」
    195 
     196 と聞こゆれば、とざまかくざまに思ふに、胸のせきのぼる心地して、いかにもいかにもすべき方もおぼえたまはぬを、この人びと二人して、車寄せさせて、御座ども、気近う使ひたまひし御調度ども、皆ながら脱ぎ置きたまへる御衾などやうのものを取り入れて、乳母子の大徳、それが叔父の阿闍梨、その弟子の睦ましきなど、もとより知りたる老法師など、御忌に籠もるべき限りして、人の亡くなりたるけはひにまねびて、出だし立つるを、乳母、母君は、いといみじくゆゆしと臥しまろぶ。
    196 
     197

    197 
     198 [第七段 侍従ら真相を隠す]
    198 
     199 大夫、内舎人など、脅しきこえし者どもも参りて、
    199 
     200 「御葬送の事は、殿に事のよしも申させたまひて、日定められ、いかめしうこそ仕うまつらめ」
    200 
     201 など言ひけれど、
    201 
     202 「ことさら、今宵過ぐすまじ。いと忍びてと思ふやうあればなむ」
    202 
     203 とて、この車を、向かひの山の前なる原にやりて、人も近うも寄せず、この案内知りたる法師の限りして焼かす。いとはかなくて、煙は果てぬ。田舎人どもは、なかなか、かかることをことことしくしなし、言忌みなど深くするものなりければ、
    203 
     204 「いとあやしう。例の作法など、あることども知らず、下衆下衆しく、あへなくてせられぬることかな」
    204 
     205 と誹りければ、
    205 
     206 「片へおはする人は、ことさらにかくなむ、京の人はしたまふ」
    206 
     207 などぞ、さまざまになむやすからず言ひける。
    207 
     208 「かかる人どもの言ひ思ふことだに慎ましきを、まして、ものの聞こえ隠れなき世の中に、大将殿わたりに、骸もなく亡せたまひにけり、と聞かせたまはば、かならず思ほし疑ふこともあらむを、宮はた、同じ御仲らひにて、さる人のおはしおはせず、しばしこそ忍ぶとも思さめ、つひには隠れあらじ。
    208 
     209 また、定めて宮をしも疑ひきこえたまはじ。いかなる人か率て隠しけむなどぞ、思し寄せむかし。生きたまひての御宿世は、いと気高くおはせし人の、げに亡き影に、いみじきことをや疑はれたまはむ」
    209 
     210 と思へば、ここの内なる下人どもにも、今朝のあわたたしかりつる惑ひに、「けしきも見聞きつるには口かため、案内知らぬには聞かせじ」などぞたばかりける。
    210 
     211 「ながらへては、誰にも、静やかに、ありしさまをも聞こえてむ。ただ今は、悲しさ覚めぬべきこと、ふと人伝てに聞こし召さむは、なほいといとほしかるべきことなるべし」
    211 
     212 と、この人二人ぞ、深く心の鬼添ひたれば、もて隠しける。
    212 
     213

    213 
     214 

    第二章 浮舟の物語 浮舟失踪と薫、匂宮

    214 
     215 [第一段 薫、石山寺で浮舟失踪の報に接す]
    215 
     216 大将殿は、入道の宮の悩みたまひければ、石山に籠もりたまひて、騷ぎたまふころなりけり。さて、いとどかしこをおぼつかなう思しけれど、はかばかしう、「さなむ」と言ふ人はなかりければ、かかるいみじきことにも、まづ御使のなきを、人目も心憂しと思ふに、御荘の人なむ参りて、「しかしか」と申させければ、あさましき心地したまひて、御使、そのまたの日、まだつとめて参りたり。
    216 
     217 「いみじきことは、聞くままにみづからもすべきに、かく悩みたまふ御ことにより、慎みて、かかる所に日を限りて籠もりたればなむ。昨夜のことは、などか、ここに消息して、日を延べてもさることはするものを、いと軽らかなるさまにて、急ぎせられにける。とてもかくても、同じ言ふかひなさなれど、とぢめのことをしも、山賤の誹りをさへ負ふなむ、ここのためもからき」
    217 
     218 など、かの睦ましき大蔵大輔してのたまへり。御使の来たるにつけても、いとどいみじきに、聞こえむ方なきことどもなれば、ただ涙におぼほれたるばかりをかことにて、はかばかしうもいらへやらずなりぬ。
    218 
     219

    219 
     220 [第二段 薫の後悔]
    220 
     221 殿は、なほ、いとあへなくいみじと聞きたまふにも、
    221 
     222 「心憂かりける所かな。鬼などや住むらむ。などて、今までさる所に据ゑたりつらむ。思はずなる筋の紛れあるやうなりしも、かく放ち置きたるに、心やすくて、人も言ひ犯したまふなりけむかし」
    222 
     223 と思ふにも、わがたゆく世づかぬ心のみ悔しく、御胸痛くおぼえたまふ。悩ませたまふあたりに、かかること思し乱るるもうたてあれば、京におはしぬ。
    223 
     224 宮の御方にも渡りたまはず、
    224 
     225 「ことことしきほどにもはべらねど、ゆゆしきことを近う聞きつれば、心の乱れはべるほども忌ま忌ましうて」
    225 
     226 など聞こえたまひて、尽きせずはかなくいみじき世を嘆きたまふ。ありしさま容貌、いと愛敬づき、をかしかりしけはひなどの、いみじく恋しく悲しければ、
    226 
     227 「うつつの世には、などかくしも思ひ晴れず、のどかにて過ぐしけむ。ただ今は、さらに思ひ静めむ方なきままに、悔しきことの数知らず。かかることの筋につけて、いみじうものすべき宿世なりけり。さま異に心ざしたりし身の、思ひの外に、かく例の人にてながらふるを、仏などの憎しと見たまふにや。人の心を起こさせむとて、仏のしたまふ方便は、慈悲をも隠して、かやうにこそはあなれ」
    227 
     228 と思ひ続けたまひつつ、行ひをのみしたまふ。
    228 
     229

    229 
     230 [第三段 匂宮悲しみに籠もる]
    230 
     231 かの宮はた、まして、二、三日はものもおぼえたまはず、うつし心もなきさまにて、「いかなる御もののけならむ」など騒ぐに、やうやう涙尽くしたまひて、思し静まるにしもぞ、ありしさまは恋しういみじく思ひ出でられたまひける。人には、ただ御病の重きさまをのみ見せて、「かくすずろなるいやめのけしき知らせじ」と、かしこくもて隠すと思しけれど、おのづからいとしるかりければ、
    231 
     232 「いかなることにかく思し惑ひ、御命も危ふきまで沈みたまふらむ」
    232 
     233 と、言ふ人もありければ、かの殿にも、いとよくこの御けしきを聞きたまふに、「さればよ。なほ、よその文通はしのみにはあらぬなりけり。見たまひては、かならずさ思しぬべかりし人ぞかし。ながらへましかば、ただなるよりぞ、わがためにをこなることも出で来なまし」と思すになむ、焦がるる胸もすこし冷むる心地したまひける。
    233 
     234

    234 
     235 [第四段 薫、匂宮を訪問]
    235 
     236 宮の御訪らひに、日々に参りたまはぬ人なく、世の騷ぎとなれるころ、「ことことしき際ならぬ思ひに籠もりゐて、参らざらむもひがみたるべし」と思して参りたまふ。
    236 
     237 そのころ、式部卿宮と聞こゆるも亡せたまひにければ、御叔父の服にて薄鈍なるも、心のうちにあはれに思ひよそへられて、つきづきしく見ゆ。すこし面痩せて、いとどなまめかしきことまさりたまへり。人びとまかり出でて、しめやかなる夕暮なり。
    237 
     238 宮、臥し沈みてはなき御心地なれば、疎き人にこそ会ひたまはね、御簾の内にも例入りたまふ人には、対面したまはずもあらず。見えたまはむもあいなくつつまし。見たまふにつけても、いとど涙のまづせきがたさを思せど、思ひ静めて、
    238 
     239 「おどろおどろしき心地にもはべらぬを、皆人、慎むべき病のさまなり、とのみものすれば、内裏にも宮にも思し騒ぐがいと苦しく、げに、世の中の常なきをも、心細く思ひはべる」
    239 
     240 とのたまひて、おし拭ひ紛らはしたまふと思す涙の、やがてとどこほらずふり落つれば、いとはしたなけれど、「かならずしもいかでか心得む。ただめめしく心弱きとや見ゆらむ」と思すも、「さりや。ただこのことをのみ思すなりけり。いつよりなりけむ。我をいかにをかしと、もの笑ひしたまふ心地に、月ごろ思しわたりつらむ」
    240 
     241 と思ふに、この君は、悲しさは忘れたまへるを、
    241 
     242 「こよなくも、おろかなるかな。ものの切におぼゆる時は、いとかからぬことにつけてだに、空飛ぶ鳥の鳴き渡るにも、もよほされてこそ悲しけれ。わがかくすぞろに心弱きにつけても、もし心得たらむに、さ言ふばかり、もののあはれも知らぬ人にもあらず。世の中の常なきこと惜しみて思へる人しもつれなき」
    242 
     243 と、うらやましくも心にくくも思さるるものから、真木柱はあはれなり。これに向かひたらむさまも思しやるに、「形見ぞかし」とも、うちまもりたまふ。
    243 
     244

    244 
     245 [第五段 薫、匂宮と語り合う]
    245 
     246 やうやう世の物語聞こえたまふに、「いと籠めてしもはあらじ」と思して、
    246 
     247 「昔より、心に籠めてしばしも聞こえさせぬこと残しはべる限りは、いといぶせくのみ思ひたまへられしを、今は、なかなか上臈になりにてはべり。まして、御暇なき御ありさまにて、心のどかにおはします折もはべらねば、宿直などに、そのこととなくてはえさぶらはず、そこはかとなくて過ぐしはべるをなむ。
    247 
     248 昔、御覧ぜし山里に、はかなくて亡せはべりにし人の、同じゆかりなる人、おぼえぬ所にはべりと聞きつけはべりて、時々さて見つべくや、と思ひたまへしに、あいなく人の誹りもはべりぬべかりし折なりしかば、このあやしき所に置きてはべりしを、をさをさまかりて見ることもなく、また、かれも、なにがし一人をあひ頼む心もことになくてやありけむ、とは見たまひつれど、やむごとなくものものしき筋に思ひたまへばこそあらめ、見るにはた、ことなる咎もはべらずなどして、心やすくらうたしと思ひたまへつる人の、いとはかなくて亡くなりはべりにける。なべて世のありさまを思ひたまへ続けはべるに、悲しくなむ。聞こし召すやうもはべらむかし」
    248 
     249 とて、今ぞ泣きたまふ。
    249 
     250 これも、「いとかうは見えたてまつらじ。をこなり」と思ひつれど、こぼれそめてはいと止めがたし。けしきのいささか乱り顔なるを、「あやしく、いとほし」と思せど、つれなくて、
    250 
     251 「いとあはれなることにこそ。昨日ほのかに聞きはべりき。いかにとも聞こゆべく思ひはべりながら、わざと人に聞かせたまはぬこと、と聞きはべりしかばなむ」
    251 
     252 と、つれなくのたまへど、いと堪へがたければ、言少なにておはします。
    252 
     253 「さる方にても御覧ぜさせばや、と思ひたまへりし人になむ。おのづからさもやはべりけむ、宮にも参り通ふべきゆゑはべりしかば」
    253 
     254 など、すこしづつけしきばみて、
    254 
     255 「御心地例ならぬほどは、すぞろなる世のこと聞こし召し入れ、御耳おどろくも、あいなきことになむ。よく慎ませおはしませ」
    255 
     256 など、聞こえ置きて、出でたまひぬ。
    256 
     257

    257 
     258 [第六段 人は非情の者に非ず]
    258 
     259 「いみじくも思したりつるかな。いとはかなかりけれど、さすがに高き人の宿世なりけり。当時の帝、后の、さばかりかしづきたてまつりたまふ親王、顔容貌よりはじめて、ただ今の世にはたぐひおはせざめり。見たまふ人とても、なのめならず、さまざまにつけて、限りなき人をおきて、これに御心を尽くし、世の人立ち騷ぎて、修法、読経、祭、祓と、道々に騒ぐは、この人を思すゆかりの、御心地のあやまりにこそはありけれ。
    259 
     260 我も、かばかりの身にて、時の帝の御女を持ちたてまつりながら、この人のらうたくおぼゆる方は、劣りやはしつる。まして、今はとおぼゆるには、心をのどめむ方なくもあるかな。さるは、をこなり、かからじ」
    260 
     261 と思ひ忍ぶれど、さまざまに思ひ乱れて、
    261 
     262 「人木石に非ざれば皆情けあり」
    262 
     263 と、うち誦じて臥したまへり。
    263 
     264 後のしたためなども、いとはかなくしてけるを、「宮にもいかが聞きたまふらむ」と、いとほしくあへなく、「母のなほなほしくて、兄弟あるはなど、さやうの人は言ふことあんなるを思ひて、こと削ぐなりけむかし」など、心づきなく思す。
    264 
     265 おぼつかなさも限りなきを、ありけむさまもみづから聞かまほしと思せど、「長籠もりしたまはむも便なし。行きと行きて立ち帰らむも心苦し」など、思しわづらふ。
    265 
     266

    266 
     267 

    第三章 匂宮の物語 匂宮、侍従を迎えて語り合う

    267 
     268 [第一段 四月、薫と匂宮、和歌を贈答]
    268 
     269 月たちて、「今日ぞ渡らまし」と思し出でたまふ日の夕暮、いとものあはれなり。御前近き橘の香のなつかしきに、ほととぎすの二声ばかり鳴きて渡る。「宿に通はば」と独りごちたまふも飽かねば、北の宮に、ここに渡りたまふ日なりければ、橘を折らせて聞こえたまふ。
    269 
     270 「忍び音や君も泣くらむかひもなき
    270 
     271  死出の田長に心通はば」
    271 
     272 宮は、女君の御さまのいとよく似たるを、あはれと思して、二所眺めたまふ折なりけり。「けしきある文かな」と見たまひて、
    272 
     273 「橘の薫るあたりはほととぎす
    273 
     274  心してこそ鳴くべかりけれ
    274 
     275 わづらはし」
    275 
     276 と書きたまふ。
    276 
     277 女君、このことのけしきは、皆見知りたまひてけり。「あはれにあさましきはかなさの、さまざまにつけて心深きなかに、我一人もの思ひ知らねば、今までながらふるにや。それもいつまで」と心細く思す。宮も、隠れなきものから、隔てたまふもいと心苦しければ、ありしさまなど、すこしはとり直しつつ語りきこえたまふ。
    277 
     278 「隠したまひしがつらかりし」
    278 
     279 など、泣きみ笑ひみ聞こえたまふにも、異人よりは睦ましくあはれなり。ことことしくうるはしくて、例ならぬ御ことのさまも、おどろき惑ひたまふ所にては、御訪らひの人しげく、父大臣、兄の君たち隙なきも、いとうるさきに、ここはいと心やすくて、なつかしくぞ思されける。
    279 
     280

    280 
     281 [第二段 匂宮、右近を迎えに時方派遣]
    281 
     282 いと夢のやうにのみ、なほ、「いかで、いとにはかなりけることにかは」とのみいぶせければ、例の人びと召して、右近を迎へに遣はす。母君も、さらにこの水の音けはひを聞くに、我もまろび入りぬべく、悲しく心憂きことのどまるべくもあらねば、いとわびしうて帰りたまひにけり。
    282 
     283 念仏の僧どもを頼もしき者にて、いとかすかなるに入り来たれば、ことことしく、にはかに立ちめぐりし宿直人どもも、見とがめず。「あやにくに、限りのたびしも入れたてまつらずなりにしよ」と、思ひ出づるもいとほし。
    283 
     284 「さるまじきことを思ほし焦がるること」と、見苦しく見たてまつれど、ここに来ては、おはしましし夜な夜なのありさま、抱かれたてまつりたまひて、舟に乗りたまひしけはひの、あてにうつくしかりしことなどを思ひ出づるに、心強き人なくあはれなり。右近会ひて、いみじう泣くもことわりなり。
    284 
     285 「かくのたまはせて、御使になむ参り来つる」
    285 
     286 と言へば、
    286 
     287 「今さらに、人もあやしと言ひ思はむも慎ましく、参りても、はかばかしく聞こし召し明らむばかり、もの聞こえさすべき心地もしはべらず。この御忌果てて、あからさまにもなむ、と人に言ひなさむも、すこし似つかはしかりぬべきほどになしてこそ、心より外の命はべらば、いささか思ひ静まらむ折になむ、仰せ言なくとも参りて、げにいと夢のやうなりしことどもも、語りきこえまほしき」
    287 
     288 と言ひて、今日は動くべくもあらず。
    288 
     289

    289 
     290 [第三段 時方、侍従と語る]
    290 
     291 大夫も泣きて、
    291 
     292 「さらに、この御仲のこと、こまかに知りきこえさせはべらず。物の心知りはべらずながら、たぐひなき御心ざしを見たてまつりはべりしかば、君たちをも、何かは急ぎてしも聞こえ承らむ。つひには仕うまつるべきあたりにこそ、と思ひたまへしを、言ふかひなく悲しき御ことの後は、私の御心ざしも、なかなか深さまさりてなむ」
    292 
     293 と語らふ。
    293 
     294 「わざと御車など思しめぐらして、奉れたまへるを、空しくては、いといとほしうなむ。今一所にても参りたまへ」
    294 
     295 と言へば、侍従の君呼び出でて、
    295 
     296 「さは、参りたまへ」
    296 
     297 と言へば、
    297 
     298 「まして何事をかは聞こえさせむ。さても、なほ、この御忌のほどにはいかでか。忌ませたまはぬか」
    298 
     299 と言へば、
    299 
     300 「悩ませたまふ御響きに、さまざまの御慎みどもはべめれど、忌みあへさせたまふまじき御けしきになむ。また、かく深き御契りにては、籠もらせたまひてもこそおはしまさめ。残りの日いくばくならず。なほ一所参りたまへ」
    300 
     301 と責むれば、侍従ぞ、ありし御さまもいと恋しう思ひきこゆるに、「いかならむ世にかは見たてまつらむ、かかる折に」と思ひなして参りける。
    301 
     302

    302 
     303 [第四段 侍従、京の匂宮邸へ]
    303 
     304 黒き衣ども着て、引きつくろひたる容貌もいときよげなり。裳は、ただ今我より上なる人なきにうちたゆみて、色も変へざりければ、薄色なるを持たせて参る。
    304 
     305 「おはせましかば、この道にぞ忍びて出でたまはまし。人知れず心寄せきこえしものを」など思ふにもあはれなり。道すがら泣く泣くなむ来ける。
    305 
     306 宮は、この人参れり、と聞こし召すもあはれなり。女君には、あまりうたてあれば、聞こえたまはず。寝殿におはしまして、渡殿に降ろしたまへり。ありけむさまなど詳しう問はせたまふに、日ごろ思し嘆きしさま、その夜泣きたまひしさま、
    306 
     307 「あやしきまで言少なに、おぼおぼとのみものしたまひて、いみじと思すことをも、人にうち出でたまふことは難く、ものづつみをのみしたまひしけにや、のたまひ置くこともはべらず。夢にも、かく心強きさまに思しかくらむとは、思ひたまへずなむはべりし」
    307 
     308 など、詳しう聞こゆれば、ましていといみじう、「さるべきにても、ともかくもあらましよりも、いかばかりものを思ひ立ちて、さる水に溺れけむ」と思しやるに、「これを見つけて堰きとめたらましかば」と、湧きかへる心地したまへど、かひなし。
    308 
     309 「御文を焼き失ひたまひしなどに、などて目を立てはべらざりけむ」
    309 
     310 など、夜一夜語らひたまふに、聞こえ明かす。かの巻数に書きつけたまへりし、母君の返り事などを聞こゆ。
    310 
     311

    311 
     312 [第五段 侍従、宇治へ帰る]
    312 
     313 何ばかりのものとも御覧ぜざりし人も、睦ましくあはれに思さるれば、
    313 
     314 「わがもとにあれかし。あなたももて離るべくやは」
    314 
     315 とのたまへば、
    315 
     316 「さて、さぶらはむにつけても、もののみ悲しからむを思ひたまへれば、今この御果てなど過ぐして」
    316 
     317 と聞こゆ。「またも参れ」など、この人をさへ、飽かず思す。
    317 
     318 暁帰るに、かの御料にとてまうけさせたまひける櫛の筥一具、衣筥一具、贈物にせさせたまふ。さまざまにせさせたまふことは多かりけれど、おどろおどろしかりぬべければ、ただこの人に仰せたるほどなりけり。
    318 
     319 「なに心もなく参りて、かかることどものあるを、人はいかが見む。すずろにむつかしきわざかな」
    319 
     320 と思ひわぶれど、いかがは聞こえ返さむ。
    320 
     321 右近と二人、忍びて見つつ、つれづれなるままに、こまかに今めかしうし集めたることどもを見ても、いみじう泣く。装束もいとうるはしうし集めたるものどもなれば、
    321 
     322 「かかる御服に、これをばいかでか隠さむ」
    322 
     323 など、もてわづらひける。
    323 
     324

    324 
     325 

    第四章 薫の物語 薫、浮舟の法事を営む

    325 
     326 [第一段 薫、宇治を訪問]
    326 
     327 大将殿も、なほ、いとおぼつかなきに、思し余りておはしたり。道のほどより、昔の事どもかき集めつつ、
    327 
     328 「いかなる契りにて、この父親王の御もとに来そめけむ。かかる思ひかけぬ果てまで思ひあつかひ、このゆかりにつけては、ものをのみ思ふよ。いと尊くおはせしあたりに、仏をしるべにて、後の世をのみ契りしに、心きたなき末の違ひめに、思ひ知らするなめり」
    328 
     329 とぞおぼゆる。右近召し出でて、
    329 
     330 「ありけむさまもはかばかしう聞かず、なほ、尽きせずあさましう、はかなければ、忌の残りもすくなくなりぬ。過ぐして、と思ひつれど、静めあへずものしつるなり。いかなる心地にてか、はかなくなりたまひにし」
    330 
     331 と問ひたまふに、「尼君なども、けしきは見てければ、つひに聞きあはせたまはむを、なかなか隠しても、こと違ひて聞こえむに、そこなはれぬべし。あやしきことの筋にこそ、虚言も思ひめぐらしつつならひしか。かくまめやかなる御けしきにさし向かひきこえては、かねて、と言はむ、かく言はむと、まうけし言葉をも忘れ、わづらはしう」おぼえければ、ありしさまのことどもを聞こえつ。
    331 
     332

    332 
     333 [第二段 薫、真相を聞きただす]
    333 
     334 あさましう、思しかけぬ筋なるに、物もとばかりのたまはず。
    334 
     335 「さらにあらじとおぼゆるかな。なべての人の思ひ言ふことをも、こよなく言少なに、おほどかなりし人は、いかでかさるおどろおどろしきことは思ひ立つべきぞ。いかなるさまに、この人びと、もてなして言ふにか」
    335 
     336 と御心も乱れまさりたまへど、「宮も思し嘆きたるけしき、いとしるし、事のありさまも、しかつれなしづくりたらむけはひは、おのづから見えぬべきを、かくおはしましたるにつけても、悲しくいみじきことを、上下の人集ひて泣き騒ぐを」と、聞きたまへば、
    336 
     337 「御供に具して失せたる人やある。なほ、ありけむさまをたしかに言へ。我をおろかに思ひて背きたまふことは、よもあらじとなむ思ふ。いかやうなる、たちまちに、言ひ知らぬことありてか、さるわざはしたまはむ。我なむえ信ずまじき」
    337 
     338 とのたまへば、「いとどしく、さればよ」とわづらはしくて、
    338 
     339 「おのづから聞こし召しけむ。もとより思すさまならで生ひ出でたまへりし人の、世離れたる御住まひの後は、いつとなくものをのみ思すめりしかど、たまさかにもかく渡りおはしますを、待ちきこえさせたまふに、もとよりの御身の嘆きをさへ慰めたまひつつ、心のどかなるさまにて、時々も見たてまつらせたまふべきやうには、いつしかとのみ、言に出でてはのたまはねど、思しわたるめりしを、その御本意かなふべきさまに承ることどもはべりしに、かくてさぶらふ人どもも、うれしきことに思ひたまへいそぎ、かの筑波山も、からうして心ゆきたるけしきにて、渡らせたまはむことをいとなみ思ひたまへしに、心得ぬ御消息はべりけるに、この宿直仕うまつる者どもも、女房たちらうがはしかなり、など、戒め仰せらるることなど申して、ものの心得ず荒々しきは田舎人どもの、あやしきさまにとりなしきこゆることどもはべりしを、その後、久しう御消息などもはべらざりしに、心憂き身なりとのみ、いはけなかりしほどより思ひ知るを、人数にいかで見なさむとのみ、よろづに思ひ扱ひたまふ母君の、なかなかなることの、人笑はれになりては、いかに思ひ嘆かむ、などおもむけてなむ、常に嘆きたまひし。
    339 
     340 その筋よりほかに、何事をかと、思ひたまへ寄るに、堪へはべらずなむ。鬼などの隠しきこゆとも、いささか残る所もはべるなるものを」
    340 
     341 とて、泣くさまもいみじければ、「いかなることにか」と紛れつる御心も失せて、せきあへたまはず。
    341 
     342

    342 
     343 [第三段 薫、匂宮と浮舟の関係を知る]
    343 
     344 「我は心に身をもまかせず、顕証なるさまにもてなされたるありさまなれば、おぼつかなしと思ふ折も、今近くて、人の心置くまじく、目やすきさまにもてなして、行く末長くを、と思ひのどめつつ過ぐしつるを、おろかに見なしたまひつらむこそ、なかなか分くる方ありける、とおぼゆれ。
    344 
     345 今は、かくだに言はじと思へど、また人の聞かばこそあらめ。宮の御ことよ。いつよりありそめけむ。さやうなるにつけてや、いとかたはに、人の心を惑はしたまふ宮なれば、常にあひ見たてまつらぬ嘆きに、身をも失ひたまへる、となむ思ふ。なほ、言へ。我には、さらにな隠しそ」
    345 
     346 とのたまへば、「たしかにこそは聞きたまひてけれ」と、いといとほしくて、
    346 
     347 「いと心憂きことを聞こし召しけるにこそははべるなれ。右近もさぶらはぬ折ははべらぬものを」
    347 
     348 と眺めやすらひて、
    348 
     349 「おのづから聞こし召しけむ。この宮の上の御方に、忍びて渡らせたまへりしを、あさましく思ひかけぬほどに、入りおはしたりしかど、いみじきことを聞こえさせはべりて、出でさせたまひにき。それに懼ぢたまひて、かのあやしくはべりし所には渡らせたまへりしなり。
    349 
     350 その後、音にも聞こえじ、と思してやみにしを、いかでか聞かせたまひけむ。ただ、この如月ばかりより、訪れきこえたまふべし。御文は、いとたびたびはべりしかど、御覧じ入るることもはべらざりき。いとかたじけなく、うたてあるやうになどぞ、右近など聞こえさせしかば、一度二度や聞こえさせたまひけむ。それより他のことは見たまへず」
    350 
     351 と聞こえさす。
    351 
     352 「かうぞ言はむかし。しひて問はむもいとほしく」て、つくづくとうち眺めつつ、
    352 
     353 「宮をめづらしくあはれと思ひきこえても、わが方をさすがにおろかに思はざりけるほどに、いと明らむるところなく、はかなげなりし心にて、この水の近きをたよりにて、思ひ寄るなりけむかし。わがここにさし放ち据ゑざらましかば、いみじく憂き世に経とも、いかでか、かならず深き谷をも求め出でまし」
    353 
     354 と、「いみじう憂き水の契りかな」と、この川の疎ましう思さるること、いと深し。年ごろ、あはれと思ひそめたりし方にて、荒き山路を行き帰りしも、今は、また心憂くて、この里の名をだにえ聞くまじき心地したまふ。
    354 
     355

    355 
     356 [第四段 薫、宇治の過去を追懐す]
    356 
     357 「宮の上の、のたまひ始めし、人形とつけそめたりしさへゆゆしう、ただ、わが過ちに失ひつる人なり」と思ひもてゆくには、「母のなほ軽びたるほどにて、後の後見もいとあやしく、ことそぎてしなしけるなめり」と心ゆかず思ひつるを、詳しう聞きたまふになむ、
    357 
     358 「いかに思ふらむ。さばかりの人の子にては、いとめでたかりし人を、忍びたることはかならずしもえ知らで、わがゆかりにいかなることのありけるならむ、とぞ思ふなるらむかし」
    358 
     359 など、よろづにいとほしく思す。穢らひといふことはあるまじけれど、御供の人目もあれば、昇りたまはで、御車の榻を召して、妻戸の前にぞゐたまひけるも、見苦しければ、いと茂き木の下に、苔を御座にて、とばかり居たまへり。「今はここを来て見むことも心憂かるべし」とのみ、見めぐらしたまひて、
    359 
     360 「我もまた憂き古里を荒れはてば
    360 
     361  誰れ宿り木の蔭をしのばむ」
    361 
     362 阿闍梨、今は律師なりけり。召して、この法事のことおきてさせたまふ。念仏僧の数添へなどせさせたまふ。「罪いと深かなるわざ」と思せば、軽むべきことをぞすべき、七日七日に経仏供養ずべきよしなど、こまかにのたまひて、いと暗うなりぬるに帰りたまふも、「あらましかば、今宵帰らましやは」とのみなむ。
    362 
     363 尼君に消息せさせたまへれど、
    363 
     364 「いともいともゆゆしき身をのみ思ひたまへ沈みて、いとどものも思ひたまへられず、ほれはべりてなむ、うつぶし臥してはべる」
    364 
     365 と聞こえて、出で来ねば、しひても立ち寄りたまはず。
    365 
     366 道すがら、とく迎へ取りたまはずなりにけること悔しう、水の音の聞こゆる限りは、心のみ騷ぎたまひて、「骸をだに尋ねず、あさましくてもやみぬるかな。いかなるさまにて、いづれの底のうつせに混じりけむ」など、やる方なく思す。
    366 
     367

    367 
     368 [第五段 薫、浮舟の母に手紙す]
    368 
     369 かの母君は、京に子産むべき娘のことにより、慎み騒げば、例の家にもえ行かず、すずろなる旅居のみして、思ひ慰む折もなきに、「また、これもいかならむ」と思へど、平らかに産みてけり。ゆゆしければ、え寄らず、残りの人びとの上もおぼえず、ほれ惑ひて過ぐすに、大将殿より御使忍びてあり。ものおぼえぬ心地にも、いとうれしくあはれなり。
    369 
     370 「あさましきことは、まづ聞こえむと思ひたまへしを、心ものどまらず、目もくらき心地して、まいていかなる闇にか惑はれたまふらむと、そのほどを過ぐしつるに、はかなくて日ごろも経にけることをなむ。世の常なさも、いとど思ひのどめむ方なくのみはべるを、思ひの外にもながらへば、過ぎにし名残とは、かならずさるべきことにも尋ねたまへ」
    370 
     371 など、こまかに書きたまひて、御使には、かの大蔵大輔をぞ賜へりける。
    371 
     372 「心のどかによろづを思ひつつ、年ごろにさへなりにけるほど、かならずしも心ざしあるやうには見たまはざりけむ。されど、今より後、何ごとにつけても、かならず忘れきこえじ。また、さやうにを人知れず思ひ置きたまへ。幼き人どももあなるを、朝廷に仕うまつらむにも、かならず後見思ふべくなむ」
    372 
     373 など、言葉にものたまへり。
    373 
     374

    374 
     375 [第六段 浮舟の母からの返書]
    375 
     376 いたくしも忌むまじき穢らひなれば、「深うしも触れはべらず」など言ひなして、せめて呼び据ゑたり。御返り、泣く泣く書く。
    376 
     377 「いみじきことに死なれはべらぬ命を、心憂く思うたまへ嘆きはべるに、かかる仰せ言見はべるべかりけるにや、となむ。
    377 
     378 年ごろは、心細きありさまを見たまへながら、それは数ならぬ身のおこたりに思ひたまへなしつつ、かたじけなき御一言を、行く末長く頼みきこえはべりしに、いふかひなく見たまへ果てては、里の契りもいと心憂く悲しくなむ。
    378 
     379 さまざまにうれしき仰せ言に、命延びはべりて、今しばしながらへはべらば、なほ、頼みきこえはべるべきにこそ、と思ひたまふるにつけても、目の前の涙にくれて、え聞こえさせやらずなむ」
    379 
     380 など書きたり。御使に、なべての禄などは見苦しきほどなり。飽かぬ心地もすべければ、かの君にたてまつらむと心ざして持たりける、よき班犀の帯、太刀のをかしきなど、袋に入れて、車に乗るほど、
    380 
     381 「これは昔の人の御心ざしなり」
    381 
     382 とて、贈らせてけり。
    382 
     383 殿に御覧ぜさすれば、
    383 
     384 「いとすぞろなるわざかな」
    384 
     385 とのたまふ。言葉には、
    385 
     386 「みづから会ひはべりたうびて、いみじく泣く泣くよろづのことのたまひて、幼き者どものことまで仰せられたるが、いともかしこきに、また数ならぬほどは、なかなかいと恥づかしう、人に何ゆゑなどは知らせはべらで、あやしきさまどもをも皆参らせはべりて、さぶらはせむ、となむものしはべりつる」
    386 
     387 と聞こゆ。
    387 
     388 「げに、ことなることなきゆかり睦びにぞあるべけれど、帝にも、さばかりの人の娘たてまつらずやはある。それに、さるべきにて、時めかし思さむは、人の誹るべきことかは。ただ人、はた、あやしき女、世に古りにたるなどを持ちゐるたぐひ多かり。
    388 
     389 かの守の娘なりけりと、人の言ひなさむにも、わがもてなしの、それに穢るべくありそめたらばこそあらめ、一人の子をいたづらになして思ふらむ親の心に、なほこのゆかりこそおもだたしかりけれ、と思ひ知るばかり、用意はかならず見すべきこと」と思す。
    389 
     390

    390 
     391 [第七段 常陸介、浮舟の死を悼む]
    391 
     392 かしこには、常陸守、立ちながら来て、「折しも、かくてゐたまへることなむ」と腹立つ。年ごろ、いづくになむおはするなど、ありのままにも知らせざりければ、「はかなきさまにておはすらむ」と思ひ言ひけるを、「京になど迎へたまひて後、面目ありて、など知らせむ」と思ひけるほどに、かかれば、今は隠さむもあいなくて、ありしさま泣く泣く語る。
    392 
     393 大将殿の御文もとり出でて見すれば、よき人かしこくして、鄙び、ものめでする人にて、おどろき臆して、うち返しうち返し、
    393 
     394 「いとめでたき御幸ひを捨てて亡せたまひにける人かな。おのれも殿人にて、参り仕うまつれども、近く召し使ふこともなく、いと気高く思はする殿なり。若き者どものこと仰せられたるは、頼もしきことになむ」
    394 
     395 など、喜ぶを見るにも、「まして、おはせましかば」と思ふに、臥しまろびて泣かる。
    395 
     396 守も今なむうち泣きける。さるは、おはせし世には、なかなか、かかるたぐひの人しも、尋ねたまふべきにしもあらずかし。「わが過ちにて失ひつるもいとほし。慰めむ」と思すよりなむ、「人の誹り、ねむごろに尋ねじ」と思しける。
    396 
     397

    397 
     398 [第八段 浮舟四十九日忌の法事]
    398 
     399 四十九日のわざなどせさせたまふにも、「いかなりけむことにかは」と思せば、とてもかくても罪得まじきことなれば、いと忍びて、かの律師の寺にてせさせたまひける。六十僧の布施など、大きにおきてられたり。母君も来ゐて、事ども添へたり。
    399 
     400 宮よりは、右近がもとに、白銀の壷に黄金入れて賜へり。人見とがむばかり大きなるわざは、えしたまはず、右近が心ざしにてしたりければ、心知らぬ人は、「いかで、かくなむ」など言ひける。殿の人ども、睦ましき限りあまた賜へり。
    400 
     401 「あやしく。音もせざりつる人の果てを、かく扱はせたまふ。誰れならむ」
    401 
     402 と、今おどろく人のみ多かるに、常陸守来て、主人がり居るなむ、あやしと人びと見ける。少将の子産ませて、いかめしきことせさせむとまどひ、家の内になきものはすくなく、唐土新羅の飾りをもしつべきに、限りあれば、いとあやしかりけり。この御法事の、忍びたるやうに思したれど、けはひこよなきを見るに、「生きたらましかば、わが身を並ぶべくもあらぬ人の御宿世なりけり」と思ふ。
    402 
     403 宮の上も誦経したまひ、七僧の前のことせさせたまひけり。今なむ、「かかる人持たまへりけり」と、帝までも聞こし召して、おろかにもあらざりける人を、宮にかしこまりきこえて、隠し置きたまひたりける、いとほしと思しける。
    403 
     404 二人の人の御心のうち、古りず悲しく、あやにくなりし御思ひの盛りにかき絶えては、いといみじければ、あだなる御心は、慰むやなど、こころみたまふこともやうやうありけり。
    404 
     405 かの殿は、かくとりもちて、何やかやと思して、残りの人を育ませたまひても、なほ、いふかひなきことを、忘れがたく思す。
    405 
     406

    406 
     407 

    第五章 薫の物語 明石中宮の女宮たち

    407 
     408 [第一段 薫と小宰相の君の関係]
    408 
     409 后の宮の、御軽服のほどは、なほかくておはしますに、二の宮なむ式部卿になりたまひにける。重々しうて、常にしも参りたまはず。この宮は、さうざうしくものあはれなるままに、一品の宮の御方を慰め所にしたまふ。よき人の容貌をも、えまほに見たまはぬ、残り多かり。
    409 
     410 大将殿の、からうして、いと忍びて語らはせたまふ小宰相の君といふ人の、容貌などもきよげなり、心ばせある方の人と思されたり。同じ琴を掻きならす、爪音、撥音も、人にはまさり、文を書き、ものうち言ひたるも、よしあるふしをなむ添へたりける。
    410 
     411 この宮も、年ごろ、いといたきものにしたまひて、例の、言ひ破りたまへど、「などか、さしもめづらしげなくはあらむ」と、心強くねたきさまなるを、まめ人は、「すこし人よりことなり」と思すになむありける。かくもの思したるも見知りければ、忍びあまりて聞こえたり。
    411 
     412 「あはれ知る心は人におくれねど
    412 
     413  数ならぬ身に消えつつぞ経る
    413 
     414 代へたらば」
    414 
     415 と、ゆゑある紙に書きたり。ものあはれなる夕暮、しめやかなるほどを、いとよく推し量りて言ひたるも、憎からず。
    415 
     416 「常なしとここら世を見る憂き身だに
    416 
     417  人の知るまで嘆きやはする
    417 
     418 このよろこび、あはれなりし折からも、いとどなむ」
    418 
     419 など言ひに立ち寄りたまへり。いと恥づかしげにものものしげにて、なべてかやうになどもならしたまはぬ、人柄もやむごとなきに、いとものはかなき住まひなりかし。局などいひて、狭くほどなき遣戸口に寄りゐたまへる、かたはらいたくおぼゆれど、さすがにあまり卑下してもあらで、いとよきほどにものなども聞こゆ。
    419 
     420 「見し人よりも、これは心にくきけ添ひてもあるかな。などて、かく出で立ちけむ。さるものにて、我も置いたらましものを」
    420 
     421 と思す。人知れぬ筋は、かけても見せたまはず。
    421 
     422

    422 
     423 [第二段 六条院の法華八講]
    423 
     424 蓮の花の盛りに、御八講せらる。六条の院の御ため、紫の上など、皆思し分けつつ、御経仏など供養ぜさせたまひて、いかめしく、尊くなむありける。五巻の日などは、いみじき見物なりければ、こなたかなた、女房につきて参りて、物見る人多かりけり。
    424 
     425 五日といふ朝座に果てて、御堂の飾り取りさけ、御しつらひ改むるに、北の廂も、障子ども放ちたりしかば、皆入り立ちてつくろふほど、西の渡殿に姫宮おはしましけり。もの聞き極じて、女房もおのおの局にありつつ、御前はいと人少ななる夕暮に、大将殿、直衣着替へて、今日まかづる僧の中に、かならずのたまふべきことあるにより、釣殿の方におはしたるに、皆まかでぬれば、池の方に涼みたまひて、人少ななるに、かくいふ宰相の君など、かりそめに几帳などばかり立てて、うちやすむ上局にしたり。
    425 
     426 「ここにやあらむ、人の衣の音す」と思して、馬道の方の障子の細く開きたるより、やをら見たまへば、例さやうの人のゐたるけはひには似ず、晴れ晴れしくしつらひたれば、なかなか、几帳どもの立て違へたるあはひより見通されて、あらはなり。
    426 
     427 氷をものの蓋に置きて割るとて、もて騒ぐ人びと、大人三人ばかり、童と居たり。唐衣も汗衫も着ず、皆うちとけたれば、御前とは見たまはぬに、白き薄物の御衣着替へたまへる人の、手に氷を持ちながら、かく争ふを、すこし笑みたまへる御顔、言はむ方なくうつくしげなり。
    427 
     428 いと暑さの堪へがたき日なれば、こちたき御髪の、苦しう思さるるにやあらむ、すこしこなたに靡かして引かれたるほど、たとへむものなし。「ここらよき人を見集むれど、似るべくもあらざりけり」とおぼゆ。御前なる人は、まことに土などの心地ぞするを、思ひ静めて見れば、黄なる生絹の単衣、薄色なる裳着たる人の、扇うち使ひたるなど、「用意あらむはや」と、ふと見えて、
    428 
     429 「なかなか、もの扱ひに、いと苦しげなり。ただ、さながら見たまへかし」
    429 
     430 とて、笑ひたるまみ、愛敬づきたり。声聞くにぞ、この心ざしの人とは知りぬる。
    430 
     431

    431 
     432 [第三段 小宰相の君、氷を弄ぶ]
    432 
     433 心強く割りて、手ごとに持たり。頭にうち置き、胸にさし当てなど、さま悪しうする人もあるべし。異人は、紙につつみて、御前にもかくて参らせたれど、いとうつくしき御手をさしやりたまひて、拭はせたまふ。
    433 
     434 「いな、持たらじ。雫むつかし」
    434 
     435 とのたまふ御声、いとほのかに聞くも、限りもなくうれし。「まだいと小さくおはしまししほどに、我も、ものの心も知らで見たてまつりし時、めでたの稚児の御さまや、と見たてまつりし。その後、たえてこの御けはひをだに聞かざりつるものを、いかなる神仏の、かかる折見せたまへるならむ。例の、やすからずもの思はせむとするにやあらむ」
    435 
     436 と、かつは静心なくて、まもり立ちたるほどに、こなたの対の北面に住みける下臈女房の、この障子は、とみのことにて、開けながら下りにけるを思ひ出でて、「人もこそ見つけて騒がるれ」と思ひければ、惑ひ入る。
    436 
     437 この直衣姿を見つくるに、「誰ならむ」と心騷ぎて、おのがさま見えむことも知らず、簀子よりただ来に来れば、ふと立ち去りて、「誰れとも見えじ。好き好きしきやうなり」と思ひて隠れたまひぬ。
    437 
     438 この御許は、
    438 
     439 「いみじきわざかな。御几帳をさへあらはに引きなしてけるよ。右の大殿の君たちならむ。疎き人、はた、ここまで来べきにもあらず。ものの聞こえあらば、誰れか障子は開けたりしと、かならず出で来なむ。単衣も袴も、生絹なめりと見えつる人の御姿なれば、え人も聞きつけたまはぬならむかし」
    439 
     440 と思ひ極じてをり。
    440 
     441 かの人は、「やうやう聖になりし心を、ひとふし違へそめて、さまざまなるもの思ふ人ともなるかな。そのかみ世を背きなましかば、今は深き山に住み果てて、かく心乱れましや」など思し続くるも、やすからず。「などて、年ごろ、見たてまつらばやと思ひつらむ。なかなか苦しう、かひなかるべきわざにこそ」と思ふ。
    441 
     442

    442 
     443 [第四段 薫と女二宮との夫婦仲]
    443 
     444 つとめて、起きたまへる女宮の御容貌、「いとをかしげなめるは、これよりかならずまさるべきことかは」と見えながら、「さらに似たまはずこそありけれ。あさましきまであてに、えも言はざりし御さまかな。かたへは思ひなしか、折からか」と思して、
    444 
     445 「いと暑しや。これより薄き御衣奉れ。女は、例ならぬ物着たるこそ、時々につけてをかしけれ」とて、「あなたに参りて、大弐に、薄物の単衣の御衣、縫ひて参れと言へ」
    445 
     446 とのたまふ。御前なる人は、「この御容貌のいみじき盛りにおはしますを、もてはやしきこえたまふ」とをかしう思へり。
    446 
     447 例の、念誦したまふわが御方におはしましなどして、昼つ方渡りたまへれば、のたまひつる御衣、御几帳にうち掛けたり。
    447 
     448 「なぞ、こは奉らぬ。人多く見る時なむ、透きたる物着るは、ばうぞくにおぼゆる。ただ今はあへはべりなむ」
    448 
     449 とて、手づから着せ奉りたまふ。御袴も昨日の同じ紅なり。御髪の多さ、裾などは劣りたまはねど、なほさまざまなるにや、似るべくもあらず。氷召して、人びとに割らせたまふ。取りて一つ奉りなどしたまふ、心のうちもをかし。
    449 
     450 「絵に描きて、恋しき人見る人は、なくやはありける。ましてこれは、慰めむに似げなからぬ御ほどぞかしと思へど、昨日かやうにて、我混じりゐ、心にまかせて見たてまつらましかば」とおぼゆるに、心にもあらずうち嘆かれぬ。
    450 
     451 「一品の宮に、御文は奉りたまふや」
    451 
     452 と聞こえたまへば、
    452 
     453 「内裏にありし時、主上の、さのたまひしかば聞こえしかど、久しうさもあらず」
    453 
     454 とのたまふ。
    454 
     455 「ただ人にならせたまひにたりとて、かれよりも聞こえさせたまはぬにこそは、心憂かなれ。今、大宮の御前にて、恨みきこえさせたまふ、と啓せむ」
    455 
     456 とのたまふ。
    456 
     457 「いかが恨みきこえむ。うたて」
    457 
     458 とのたまへば、
    458 
     459 「下衆になりにたりとて、思し落とすなめり、と見れば、おどろかしきこえぬ、とこそは聞こえめ」
    459 
     460 とのたまふ。
    460 
     461

    461 
     462 [第五段 薫、明石中宮に対面]
    462 
     463 その日は暮らして、またの朝に大宮に参りたまふ。例の、宮もおはしけり。丁子に深く染めたる薄物の単衣を、こまやかなる直衣に着たまへる、いとこのましげなる女の御身なりのめでたかりしにも劣らず、白くきよらにて、なほありしよりは面痩せたまへる、いと見るかひあり。
    463 
     464 おぼえたまへりと見るにも、まづ恋しきを、いとあるまじきこと、と静むるぞ、ただなりしよりは苦しき。絵をいと多く持たせて参りたまへりける、女房して、あなたに参らせたまひて、渡らせたまひぬ。
    464 
     465 大将も近く参り寄りたまひて、御八講の尊くはべりしこと、いにしへの御こと、すこし聞こえつつ、残りたる絵見たまふついでに、
    465 
     466 「この里にものしたまふ皇女の、雲の上離れて、思ひ屈したまへるこそ、いとほしう見たまふれ。姫宮の御方より、御消息もはべらぬを、かく品定まりたまへるに、思し捨てさせたまへるやうに思ひて、心ゆかぬけしきのみはべるを、かやうのもの、時々ものせさせたまはなむ。なにがしがおろして持てまからむ。はた、見るかひもはべらじかし」
    466 
     467 とのたまへば、
    467 
     468 「あやしく。などてか捨てきこえたまはむ。内裏にては、近かりしにつきて、時々も聞こえたまふめりしを、所々になりたまひし折に、とだえたまへるにこそあらめ。今、そそのかしきこえむ。それよりもなどかは」
    468 
     469 と聞こえたまふ。
    469 
     470 「かれよりは、いかでかは。もとより数まへさせたまはざらむをも、かく親しくてさぶらふべきゆかりに寄せて、思し召し数まへさせたまはむをこそ、うれしくははべるべけれ。まして、さも聞こえ馴れたまひにけむを、今捨てさせたまはむは、からきことにはべり」
    470 
     471 と啓せさせたまふを、「好きばみたるけしきあるか」とは思しかけざりけり。
    471 
     472 立ち出でて、「一夜の心ざしの人に会はむ。ありし渡殿も慰めに見むかし」と思して、御前を歩み渡りて、西ざまにおはするを、御簾の内の人は心ことに用意す。げに、いと様よく限りなきもてなしにて、渡殿の方は、左の大殿の君たちなど居て、物言ふけはひすれば、妻戸の前に居たまひて、
    472 
     473 「おほかたには参りながら、この御方の見参に入ることの、難くはべれば、いとおぼえなく、翁び果てにたる心地しはべるを、今よりは、と思ひ起こしはべりてなむ。ありつかず、若き人どもぞ思ふらむかし」
    473 
     474 と、甥の君たちの方を見やりたまふ。
    474 
     475 「今よりならはせたまふこそ、げに若くならせたまふならめ」
    475 
     476 など、はかなきことを言ふ人びとのけはひも、あやしうみやびかに、をかしき御方のありさまにぞある。そのこととなけれど、世の中の物語などしつつ、しめやかに、例よりは居たまへり。
    476 
     477

    477 
     478 [第六段 明石中宮、薫と小宰相の君の関係を聞く]
    478 
     479 姫宮は、あなたに渡らせたまひにけり。大宮、
    479 
     480 「大将のそなたに参りつるは」
    480 
     481 と問ひたまふ。御供に参りたる大納言の君、
    481 
     482 「小宰相の君に、もののたまはむとにこそは、はべめりつれ」
    482 
     483 と聞こゆるに、
    483 
     484 「例、まめ人の、さすがに人に心とどめて物語するこそ、心地おくれたらむ人は苦しけれ。心のほども見ゆらむかし。小宰相などは、いとうしろやすし」
    484 
     485 とのたまひて、御姉弟なれど、この君をば、なほ恥づかしく、「人も用意なくて見えざらむかし」と思いたり。
    485 
     486 「人よりは心寄せたまひて、局などに立ち寄りたまふべし。物語こまやかにしたまひて、夜更けて出でたまふ折々もはべれど、例の目馴れたる筋にははべらぬにや。宮をこそ、いと情けなくおはしますと思ひて、御いらへをだに聞こえずはべるめれ。かたじけなきこと」
    486 
     487 と言ひて笑へば、宮も笑はせたまひて、
    487 
     488 「いと見苦しき御さまを、思ひ知るこそをかしけれ。いかで、かかる御癖やめたてまつらむ。恥づかしや、この人びとも」
    488 
     489 とのたまふ。
    489 
     490

    490 
     491 [第七段 明石中宮、薫の三角関係を知る]
    491 
     492 「いとあやしきことをこそ聞きはべりしか。この大将の亡くなしたまひてし人は、宮の御二条の北の方の御おとうとなりけり。異腹なるべし。常陸の前の守なにがしが妻は、叔母とも母とも言ひはべるなるは、いかなるにか。その女君に、宮こそ、いと忍びておはしましけれ。
    492 
     493 大将殿や聞きつけたまひたりけむ。にはかに迎へたまはむとて、守り目添へなど、ことことしくしたまひけるほどに、宮も、いと忍びておはしましながら、え入らせたまはず、あやしきさまに、御馬ながら立たせたまひつつぞ、帰らせたまひける。
    493 
     494 女も、宮を思ひきこえさせけるにや、にはかに消え失せにけるを、身投げたるなめりとてこそ、乳母などやうの人どもは、泣き惑ひはべりけれ」
    494 
     495 と聞こゆ。宮も、「いとあさまし」と思して、
    495 
     496 「誰れか、さることは言ふとよ。いとほしく心憂きことかな。さばかりめづらかならむことは、おのづから聞こえありぬべきを。大将もさやうには言はで、世の中のはかなくいみじきこと、かく宇治の宮の族の、命短かりけることをこそ、いみじう悲しと思ひてのたまひしか」
    496 
     497 とのたまふ。
    497 
     498 「いさや、下衆は、たしかならぬことをも言ひはべるものを、と思ひはべれど、かしこにはべりける下童の、ただこのころ、宰相が里に出でまうできて、たしかなるやうにこそ言ひはべりけれ。かくあやしうて亡せたまへること、人に聞かせじ。おどろおどろしく、おぞきやうなりとて、いみじく隠しけることどもとて。さて、詳しくは聞かせたてまつらぬにやありけむ」
    498 
     499 と聞こゆれば、
    499 
     500 「さらに、かかること、またまねぶな、と言はせよ。かかる筋に、御身をももてそこなひ、人に軽く心づきなきものに思はれぬべきなめり」
    500 
     501 といみじう思いたり。
    501 
     502

    502 
     503 

    第六章 薫の物語 薫、断腸の秋の思い

    503 
     504 [第一段 女一の宮から妹二の宮への手紙]
    504 
     505 その後、姫宮の御方より、二の宮に御消息ありけり。御手などの、いみじううつくしげなるを見るにも、いとうれしく、「かくてこそ、とく見るべかりけれ」と思す。
    505 
     506 あまたをかしき絵ども多く、大宮もたてまつらせたまへり。大将殿、うちまさりてをかしきども集めて、参らせたまふ。芹川の大将の遠君の、女一の宮思ひかけたる秋の夕暮に、思ひわびて出でて行きたる画、をかしう描きたるを、いとよく思ひ寄せらるかし。「かばかり思し靡く人のあらましかば」と思ふ身ぞ口惜しき。
    506 
     507 「荻の葉に露吹き結ぶ秋風も
    507 
     508  夕べぞわきて身にはしみける」
    508 
     509 と書きても添へまほしく思せど、
    509 
     510 「さやうなるつゆばかりのけしきにても漏りたらば、いとわづらはしげなる世なれば、はかなきことも、えほのめかし出づまじ。かくよろづに何やかやと、ものを思ひの果ては、昔の人のものしたまはましかば、いかにもいかにも他ざまに心分けましや。
    510 
     511 時の帝の御女を賜ふとも、得たてまつらざらまし。また、さ思ふ人ありと聞こし召しながらは、かかることもなからましを、なほ心憂く、わが心乱りたまひける橋姫かな」
    511 
     512 と思ひあまりては、また宮の上にとりかかりて、恋しうもつらくも、わりなきことぞ、をこがましきまで悔しき。これに思ひわびて、さしつぎには、あさましくて亡せにし人の、いと心幼く、とどこほるところなかりける軽々しさをば思ひながら、さすがにいみじとものを、思ひ入りけむほど、わがけしき例ならずと、心の鬼に嘆き沈みてゐたりけむありさまを、聞きたまひしも思ひ出でられつつ、
    512 
     513 「重りかなる方ならで、ただ心やすくらうたき語らひ人にてあらせむ、と思ひしには、いとらうたかりし人を。思ひもていけば、宮をも思ひきこえじ。女をも憂しと思はじ。ただわがありさまの世づかぬおこたりぞ」
    513 
     514 など、眺め入りたまふ時々多かり。
    514 
     515

    515 
     516 [第二段 侍従、明石中宮に出仕す]
    516 
     517 心のどかに、さまよくおはする人だに、かかる筋には、身も苦しきことおのづから混じるを、宮は、まして慰めかねつつ、かの形見に、飽かぬ悲しさをものたまひ出づべき人さへなきを、対の御方ばかりこそは、「あはれ」などのたまへど、深くも見馴れたまはざりける、うちつけの睦びなれば、いと深くしも、いかでかはあらむ。また、思すままに、「恋しや、いみじや」などのたまはむには、かたはらいたければ、かしこにありし侍従をぞ、例の、迎へさせたまひける。
    517 
     518 皆人どもは行き散りて、乳母とこの人二人なむ、取り分きて思したりしも忘れがたくて、侍従はよそ人なれど、なほ語らひてあり経るに、世づかぬ川の音も、うれしき瀬もやある、と頼みしほどこそ慰めけれ、心憂くいみじくもの恐ろしくのみおぼえて、京になむ、あやしき所に、このころ来てゐたりける、尋ねたまひて、
    518 
     519 「かくてさぶらへ」
    519 
     520 とのたまへば、「御心はさるものにて、人びとの言はむことも、さる筋のこと混じりぬるあたりは、聞きにくきこともあらむ」と思へば、うけひききこえず。「后の宮に参らむ」となむおもむけたれば、
    520 
     521 「いとよかなり。さて人知れず思し使はむ」
    521 
     522 とのたまはせけり。心細くよるべなきも慰むやとて、知るたより求め参りぬ。「きたなげなくてよろしき下臈なり」と許して、人もそしらず。大将殿も常に参りたまふを、見るたびごとに、もののみあはれなり。「いとやむごとなきものの姫君のみ、参り集ひたる宮」と人も言ふを、やうやう目とどめて見れど、「見たてまつりし人に似たるはなかりけり」と思ひありく。
    522 
     523

    523 
     524 [第三段 匂宮、宮の君を浮舟によそえて思う]
    524 
     525 この春亡せたまひぬる式部卿宮の御女を、継母の北の方、ことにあひ思はで、兄の馬頭にて人柄もことなることなき、心懸けたるを、いとほしうなども思ひたらで、さるべきさまになむ契る、と聞こし召すたよりありて、
    525 
     526 「いとほしう。父宮のいみじくかしづきたまひける女君を、いたづらなるやうにもてなさむこと」
    526 
     527 などのたまはせければ、いと心細くのみ思ひ嘆きたまふありさまにて、
    527 
     528 「なつかしう、かく尋ねのたまはするを」
    528 
     529 など、御兄の侍従も言ひて、このころ迎へ取らせたまひてけり。姫宮の御具にて、いとこよなからぬ御ほどの人なれば、やむごとなく心ことにてさぶらひたまふ。限りあれば、宮の君などうち言ひて、裳ばかりひきかけたまふぞ、いとあはれなりける。
    529 
     530 兵部卿宮、「この君ばかりや、恋しき人に思ひよそへつべきさましたらむ。父親王は兄弟ぞかし」など、例の御心は、人を恋ひたまふにつけても、人ゆかしき御癖やまで、いつしかと御心かけたまひてけり。
    530 
     531 大将、「もどかしきまでもあるわざかな。昨日今日といふばかり、春宮にやなど思し、我にもけしきばませたまひきかし。かくはかなき世の衰へを見るには、水の底に身を沈めても、もどかしからぬわざにこそ」など思ひつつ、人よりは心寄せきこえたまへり。
    531 
     532 この院におはしますをば、内裏よりも広くおもしろく住みよきものにして、常にしもさぶらはぬどもも、皆うちとけ住みつつ、はるばると多かる対ども、廊、渡殿に満ちたり。
    532 
     533 左大臣殿、昔の御けはひにも劣らず、すべて限りもなく営み仕うまつりたまふ。いかめしうなりたる御族なれば、なかなかいにしへよりも、今めかしきことはまさりてさへなむありける。
    533 
     534 この宮、例の御心ならば、月ごろのほどに、いかなる好きごとどもをし出でたまはまし、こよなく静まりたまひて、人目に「すこし生ひ直りたまふかな」と見ゆるを、このころぞまた、宮の君に、本性現はれて、かかづらひありきたまひける。
    534 
     535

    535 
     536 [第四段 侍従、薫と匂宮を覗く]
    536 
     537 涼しくなりぬとて、宮、内裏に参らせたまひなむとすれば、
    537 
     538 「秋の盛り、紅葉のころを見ざらむこそ」
    538 
     539 など、若き人びとは口惜しがりて、皆参り集ひたるころなり。水に馴れ月をめでて、御遊び絶えず、常よりも今めかしければ、この宮ぞ、かかる筋はいとこよなくもてはやしたまふ。朝夕目馴れても、なほ今見む初花のさましたまへるに、大将の君は、いとさしも入り立ちなどしたまはぬほどにて、恥づかしう心ゆるびなきものに、皆思ひたり。
    539 
     540 例の、二所参りたまひて、御前におはするほどに、かの侍従は、ものより覗きたてまつるに、
    540 
     541 「いづ方にもいづ方にもよりて、めでたき御宿世見えたるさまにて、世にぞおはせましかし。あさましくはかなく、心憂かりける御心かな」
    541 
     542 など、人には、そのわたりのこと、かけて知り顔にも言はぬことなれば、心一つに飽かず胸いたく思ふ。宮は、内裏の御物語など、こまやかに聞こえさせたまへば、いま一所は立ち出でたまふ。「見つけられたてまつらじ。しばし、御果てをも過ぐさず心浅し、と見えたてまつらじ」と思へば、隠れぬ。
    542 
     543

    543 
     544 [第五段 薫、弁の御許らと和歌を詠み合う]
    544 
     545 東の渡殿に、開きあひたる戸口に、人びとあまたゐて、物語などする所におはして、
    545 
     546 「なにがしをぞ、女房は睦ましと思すべき。女だにかく心やすくはよもあらじかし。さすがにさるべからむこと、教へきこえぬべくもあり。やうやう見知りたまふべかめれば、いとなむうれしき」
    546 
     547 とのたまへば、いといらへにくくのみ思ふ中に、弁の御許とて、馴れたる大人、
    547 
     548 「そも睦ましく思ひきこゆべきゆゑなき人の、恥ぢきこえはべらぬにや。ものはさこそはなかなかはべるめれ。かならずそのゆゑ尋ねて、うちとけ御覧ぜらるるにしもはべらねど、かばかり面無くつくりそめてける身に負はざらむも、かたはらいたくてなむ」
    548 
     549 と聞こゆれば、
    549 
     550 「恥づべきゆゑあらじ、と思ひ定めたまひてけるこそ、口惜しけれ」
    550 
     551 など、のたまひつつ見れば、唐衣は脱ぎすべし押しやり、うちとけて手習しけるなるべし、硯の蓋に据ゑて、心もとなき花の末手折りて、弄びけり、と見ゆ。かたへは几帳のあるにすべり隠れ、あるはうち背き、押し開けたる戸の方に、紛らはしつつゐたる、頭つきどもも、をかしと見わたしたまひて、硯ひき寄せて、
    551 
     552 「女郎花乱るる野辺に混じるとも
    552 
     553  露のあだ名を我にかけめや
    553 
     554 心やすくは思さで」
    554 
     555 と、ただこの障子にうしろしたる人に見せたまへば、うちみじろきなどもせず、のどやかに、いととく、
    555 
     556 「花といへば名こそあだなれ女郎花
    556 
     557  なべての露に乱れやはする」
    557 
     558 と書きたる手、ただかたそばなれど、よしづきて、おほかためやすければ、誰ならむ、と見たまふ。今参う上りける道に、塞げられてとどこほりゐたるなるべし、と見ゆ。弁の御許は、
    558 
     559 「いとけざやかなる翁言、憎くはべり」とて、
    559 
     560 「旅寝してなほこころみよ女郎花
    560 
     561  盛りの色に移り移らず
    561 
     562 さて後、定めきこえさせむ」
    562 
     563 と言へば、
    563 
     564 「宿貸さば一夜は寝なむおほかたの
    564 
     565  花に移らぬ心なりとも」
    565 
     566 とあれば、
    566 
     567 「何か、恥づかしめさせたまふ。おほかたの野辺のさかしらをこそ聞こえさすれ」
    567 
     568 と言ふ。はかなきことをただすこしのたまふも、人は残り聞かまほしくのみ思ひきこえたり。
    568 
     569 「心なし。道開けはべりなむよ。分きても、かの御もの恥ぢのゆゑ、かならずありぬべき折にぞあめる」
    569 
     570 とて、立ち出でたまへば、「おしなべてかく残りなからむ、と思ひやりたまふこそ心憂けれ」と思へる人もあり。
    570 
     571

    571 
     572 [第六段 薫、断腸の秋の思い]
    572 
     573 東の高欄に押しかかりて、夕影になるままに、花の紐解く御前の草むらを見わたしたまふ。もののみあはれなるに、「中に就いて腸断ゆるは秋の天」といふことを、いと忍びやかに誦じつつゐたまへり。ありつる衣の音なひ、しるきけはひして、母屋の御障子より通りて、あなたに入るなり。宮の歩みおはして、
    573 
     574 「これよりあなたに参りつるは誰そ」
    574 
     575 と問ひたまへば、
    575 
     576 「かの御方の中将の君」
    576 
     577 と聞こゆなり。
    577 
     578 「なほ、あやしのわざや。誰れにかと、かりそめにもうち思ふ人に、やがてかくゆかしげなく聞こゆる名ざしよ」と、いとほしく、この宮には、皆目馴れてのみおぼえたてまつるべかめるも口惜し。
    578 
     579 「おりたちてあながちなる御もてなしに、女はさもこそ負けたてまつらめ。わが、さも口惜しう、この御ゆかりには、ねたく心憂くのみあるかな。いかで、このわたりにも、めづらしからむ人の、例の心入れて騷ぎたまはむを語らひ取りて、わが思ひしやうに、やすからずとだにも思はせたてまつらむ。まことに心ばせあらむ人は、わが方にぞ寄るべきや。されど難いものかな。人の心は」
    579 
     580 と思ふにつけて、対の御方の、かの御ありさまをば、ふさはしからぬものに思ひきこえて、いと便なき睦びになりゆくが、おほかたのおぼえをば、苦しと思ひながら、なほさし放ちがたきものに思し知りたるぞ、ありがたくあはれなりける。
    580 
     581 「さやうなる心ばせある人、ここらの中にあらむや。入りたちて深く見ねば知らぬぞかし。寝覚がちにつれづれなるを、すこしは好きもならはばや」
    581 
     582 など思ふに、今はなほつきなし。
    582 
     583

    583 
     584 [第七段 薫と中将の御許、遊仙窟の問答]
    584 
     585 例の、西の渡殿を、ありしにならひて、わざとおはしたるもあやし。姫宮、夜はあなたに渡らせたまひければ、人びと月見るとて、この渡殿にうちとけて物語するほどなりけり。箏の琴いとなつかしう弾きすさむ爪音、をかしう聞こゆ。思ひかけぬに寄りおはして、
    585 
     586 「など、かくねたまし顔にかき鳴らしたまふ」
    586 
     587 とのたまふに、皆おどろかるべけれど、すこし上げたる簾うち下ろしなどもせず、起き上がりて、
    587 
     588 「似るべき兄やは、はべるべき」
    588 
     589 といらふる声、中将の御許とか言ひつるなりけり。
    589 
     590 「まろこそ、御母方の叔父なれ」
    590 
     591 と、はかなきことをのたまひて、
    591 
     592 「例の、あなたにおはしますべかめりな。何わざをか、この御里住みのほどにせさせたまふ」
    592 
     593 など、あぢきなく問ひたまふ。
    593 
     594 「いづくにても、何事をかは。ただ、かやうにてこそは過ぐさせたまふめれ」
    594 
     595 と言ふに、「をかしの御身のほどや、と思ふに、すずろなる嘆きの、うち忘れてしつるも、あやしと思ひ寄る人もこそ」と紛らはしに、さし出でたる和琴を、たださながら掻き鳴らしたまふ。律の調べは、あやしく折にあふと聞く声なれば、聞きにくくもあらねど、弾き果てたまはぬを、なかなかなりと、心入れたる人は、消えかへり思ふ。
    595 
     596 「わが母宮も劣りたまふべき人かは。后腹と聞こゆばかりの隔てこそあれ、帝々の思しかしづきたるさま、異事ならざりけるを。なほ、この御あたりは、いとことなりけるこそあやしけれ。明石の浦は心にくかりける所かな」など思ひ続くることどもに、「わが宿世は、いとやむごとなしかし。まして、並べて持ちたてまつらば」と思ふぞ、いと難きや。
    596 
     597

    597 
     598 [第八段 薫、宮の君を訪ねる]
    598 
     599 宮の君は、この西の対にぞ御方したりける。若き人びとのけはひあまたして、月めであへり。
    599 
     600 「いで、あはれ、これもまた同じ人ぞかし」
    600 
     601 と思ひ出できこえて、「親王の、昔心寄せたまひしものを」と言ひなして、そなたへおはしぬ。童の、をかしき宿直姿にて、二、三人出でて歩きなどしけり。見つけて入るさまども、かかやかし。これぞ世の常と思ふ。
    601 
     602 南面の隅の間に寄りて、うち声づくりたまへば、すこしおとなびたる人出で来たり。
    602 
     603 「人知れぬ心寄せなど聞こえさせはべれば、なかなか、皆人聞こえさせふるしつらむことを、うひうひしきさまにて、まねぶやうになりはべり。まめやかになむ、言より外を求められはべる」
    603 
     604 とのたまへば、君にも言ひ伝へず、さかしだちて、
    604 
     605 「いと思ほしかけざりし御ありさまにつけても、故宮の思ひきこえさせたまへりしことなど、思ひたまへ出でられてなむ。かくのみ、折々聞こえさせたまふなり。御後言をも、よろこびきこえたまふめる」
    605 
     606 と言ふ。
    606 
     607

    607 
     608 [第九段 薫、宇治の三姉妹の運命を思う]
    608 
     609 「なみなみの人めきて、心地なのさまや」ともの憂ければ、
    609 
     610 「もとより思し捨つまじき筋よりも、今はまして、さるべきことにつけても、思ほし尋ねむなむうれしかるべき。疎々しう人伝てなどにてもてなさせたまはば、えこそ」
    610 
     611 とのたまふに、「げに」と、思ひ騷ぎて、君をひきゆるがすめれば、
    611 
     612 「松も昔のとのみ、眺めらるるにも、もとよりなどのたまふ筋は、まめやかに頼もしうこそは」
    612 
     613 と、人伝てともなく言ひなしたまへる声、いと若やかに愛敬づき、やさしきところ添ひたり。「ただなべてのかかる住処の人と思はば、いとをかしかるべきを、ただ今は、いかでかばかりも、人に声聞かすべきものとならひたまひけむ」と、なまうしろめたし。「容貌もいとなまめかしからむかし」と、見まほしきけはひのしたるを、「この人ぞ、また例の、かの御心乱るべきつまなめると、をかしうも、ありがたの世や」と思ひゐたまへり。
    613 
     614 「これこそは、限りなき人のかしづき生ほしたてたまへる姫君。また、かばかりぞ多くはあるべき。あやしかりけることは、さる聖の御あたりに、山のふところより出で来たる人びとの、かたほなるはなかりけるこそ。この、はかなしや、軽々しや、など思ひなす人も、かやうのうち見るけしきは、いみじうこそをかしかりしか」
    614 
     615 と、何事につけても、ただかの一つゆかりをぞ思ひ出でたまひける。あやしう、つらかりける契りどもを、つくづくと思ひ続け眺めたまふ夕暮、蜻蛉のものはかなげに飛びちがふを、
    615 
     616 「ありと見て手にはとられず見ればまた
    616 
     617  行方も知らず消えし蜻蛉
    617 
     618 あるか、なきかの」
    618 
     619 と、例の、独りごちたまふ、とかや。
    619 
     620

    620 
     621 【出典】
    621 
     622出典1 わぎもこが来ても寄り立つ真木柱そも睦ましやゆかりと思へば(源氏釈所引-出典未詳)(戻)
    622 
     623出典2 人非木石皆有情 不如不遇傾城色<人木石に非ざれば皆情有り 傾城の色に遇はざるに如かず>(白氏文集巻四-一六〇 李夫人)(戻)
    623 
     624出典3 亡き人の宿に通はばほととぎすかけて音にのみ鳴くと告げなむ(古今集哀傷-八五五 読人しらず)(戻)
    624 
     625出典4 しでの山越えて来つらむほととぎす恋しき人の上語らなむ(拾遺集哀傷-一三〇七 伊勢)(戻)
    625 
     626出典5 五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする(古今集夏-一三九 読人しらず)(戻)
    626 
     627出典6 世の中の憂きたびごとに身をば投げば深き谷こそ浅くなりなめ(古今集俳諧-一〇六一 読人しらず)(戻)
    627 
     628出典7 今日今日と我が待つ君は石川の貝に混じてありといはずやも(万葉集巻二-二二四 依羅娘子)(戻)
    628 
     629出典8 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな(後撰集雑一-一一〇二 藤原兼輔)(戻)
    629 
     630出典9 女郎花多かる野辺に宿りせばあやなくあだの名をや立ちなむ(古今集秋上-二二九 小野美材)(戻)
    630 
    c2-1631-632<A NAME="no10">出典10</A> 大抵四時心惣苦 就中腸断是秋天<大抵おおむね四時心惣すべて苦し 中に就いて腸はらわた断ゆるは是れ秋の天>(白氏文集巻十四-《改行》
    七九〇 暮立)<A HREF="#te10">(戻)</A><BR>
    631<A NAME="no10">出典10</A> 大抵四時心惣苦 就中腸断是秋天<<ruby><rb>大抵<rp>(<rt>おおむね<rp>)</ruby>四時心<ruby><rb><rp>(<rt>すべ<rp>)</ruby>て苦し 中に就いて<ruby><rb><rp>(<rt>はらわた<rp>)</ruby>断ゆるは是れ秋の天>(白氏文集巻十四-七九〇 暮立)<A HREF="#te10">(戻)</A><BR>
     633出典11 故故将繊手 時時小絃 耳聞猶気絶 眼見若為怜(遊仙窟)(戻)
    632 
     634出典12 気調如兄 崔季珪之小妹(遊仙窟)(戻)
    633 
     635出典13 容貌似舅 潘安仁之外甥(遊仙窟)(戻)
    634 
     636出典14 思ふてふ言より外にまたもがな君一人をばわきて偲ばむ(古今六帖五-二六四〇)(戻)
    635 
     637出典15 誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに(古今集雑上-九〇九 藤原興風)(戻)
    636 
     638出典16 ありと見て頼むぞかたきかげろふのいつとも知らぬ身とは知る知る(古今六帖一-八二五)手に取れどたえて取られぬかげろふの移ろひやすき君が心よ(古今六帖一-八二八)(戻)
    637 
     639出典17 たとへてもはかなきものはかげろふのあるかなきかの世にこそありけれ(源氏釈所引-出典未詳)世の中と思ひしものをかげろふのあるかなきかの世にこそありけれ(古今六帖一-八二〇)あはれとも憂しともいはじかげろふのあるかなきかに消ぬる世なれば(後撰集雑二-一一九一 読人しらず)(戻)
    638 
     640

    639 
     641 【校訂】
    640 
     642備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△
    641 
     643校訂1 見とがめ--見とり(り/#か)め(戻)
    642 
     644校訂2 時方--とち(ち/#き)かた(戻)
    643 
     645校訂3 こそ--う(う/#こ)そ(戻)
    644 
     646校訂4 思ひきこえ--*思ひきえ(戻)
    645 
     647校訂5 世づかず--よろ(ろ/#つ)かす(戻)
    646 
     648校訂6 疎ましく--こ(こ/#う)とましく(戻)
    647 
     649校訂7 起こさせ--おう(う/#こ)させ(戻)
    648 
     650校訂8 読経--とら(ら/#経)(戻)
    649 
     651校訂9 独りごち--ひとりう(う/#こ)ち(戻)
    650 
     652校訂10 眺めたまふ--なかめの(の/$給)(戻)
    651 
     653校訂11 心強き--い(い/#心)つよき(戻)
    652 
     654校訂12 たまはぬ--給はね(ね/#ぬ)(戻)
    653 
     655校訂13 裳は--も(も/+は<朱>)(戻)
    654 
     656校訂14 さまに--さる(る/#ま<朱>)に(戻)
    655 
     657校訂15 うたて--み(み/#う<朱>)たて(戻)
    656 
     658校訂16 見めぐらし--見(見/+め)くらし(戻)
    657 
     659校訂17 ことを--(/+こ<朱>)とを(戻)
    658 
     660校訂18 言葉に--ことはる(はる/$はに<朱>)(戻)
    659 
     661校訂19 長く--なかう(う/$く)(戻)
    660 
     662校訂20 捨てて亡せ--すてみ(み/#てう<朱>)せ(戻)
    661 
     663校訂21 心強く--心つよき(き/#く)(戻)
    662 
     664校訂22 見し--*みえし(戻)
    663 
     665校訂23 僧の中--そ(そ/+う<朱>)の中(戻)
    664 
     666校訂24 着替へ--き(き/+かへ)(戻)
    665 
     667校訂25 障子--御(御/#)さうし(戻)
    666 
     668校訂26 来に来れば--きにけ(け/#く)れは(戻)
    667 
     669校訂27 右の大殿--左右(左右/#右)の大殿(戻)
    668 
     670校訂28 障子--さう/\(/\/$し<朱>)(戻)
    669 
     671校訂29 ものせさせたまはなむ--ものせさせ(せ/+給イ)はなむ(戻)
    670 
     672校訂30 数まへさせ--かすまへ(へ/+させ)(戻)
    671 
     673校訂31 甥の君たち--おも(も/#)ひの君たち(戻)
    672 
     674校訂32 こそ--に(に/$こ<朱>)そ(戻)
    673 
     675校訂33 小宰相--こさ(さ/+い<朱>)将(戻)
    674 
     676校訂34 らるかし--らる(る/+か)し(戻)
    675 
     677校訂35 また--さ(さ/#ま<朱>)た(戻)
    676 
     678校訂36 いみじや--(/+いみしや<朱>)(戻)
    677 
     679校訂37 かならず--かなら(ら/+す<朱>)(戻)
    678 
     680校訂38 言ひなし--(/+いひ<朱>)なし(戻)
    679 
     681校訂39 思ひゐたまへり--思ひ(ひ/+ゐ<朱>)給へり(戻)
    680 
     682

    681 
     683源氏物語の世界ヘ
    682 
     684ローマ字版
    683 
     685現代語訳
    684 
     686注釈
    685 
     687大島本
    686 
     688自筆本奥入
    687 
     689688 
     690
    689 
     691690 
     692691