葵（大島本）

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	3	葵（大島本）	3
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	6	Last updated 5/6/2001	6
	7	渋谷栄一校訂(C)（ver.1-2-2）	7
	8		8
	9	葵	9
	10		10
	11	光る源氏の二十二歳春から二十三歳正月まで近衛大将時代の物語	11
	12		12
	13	[主要登場人物]	13
	14		14
	15	光る源氏<ひかるげんじ>	15
	16	呼称---大将の君・大将・大将殿・男君、二十二歳から二十三歳　参議兼近衛右大将	16
	17	頭中将<とうのちゅうじょう>	17
	18	呼称---三位中将・中将の君・中将、葵の上の兄	18
	19	桐壷帝<きりつぼのみかど>	19
	20	呼称---院・帝、光る源氏の父	20
	21	弘徽殿女御<こうきでんのにょうご>	21
	22	呼称---今后・后、桐壷帝の女御、東宮の母	22
	23	藤壷の宮<ふじつぼのみや>	23
	24	呼称---后の宮・中宮、桐壷帝の后、光る源氏の継母	24
	25	葵の上<あおいのうえ>	25
	26	呼称---大殿・殿・姫君、光る源氏の正妻	26
	27	六条御息所<ろくじょうのみやすどころ>	27
	28	呼称---御息所・女、光る源氏の愛人	28
	29	紫の上<むらさきのうえ>	29
	30	呼称---姫君・二条の君・対の姫君・女君、光る源氏の妻	30
	31	朧月夜の君<おぼろづきよのきみ>	31
	32	呼称---御匣殿、右大臣の娘、弘徽殿女御の妹	32
	33	朝顔の姫君<あさがおのひめぎみ>	33
	34	呼称---姫君・朝顔の宮、式部卿宮の娘、光る源氏の恋人の一人	34
	35		35
	36		36
	37	第一章　六条御息所の物語　御禊見物の車争いの物語	37
	38		38
	39	朱雀帝即位後の光る源氏---世の中かはりて後、よろづもの憂く思され	39
	40	新斎院御禊の見物---そのころ、斎院も下りゐたまひて	40
	41	賀茂祭の当日、紫の君と見物---今日は、二条院に離れおはして	41
	42		42
	43	第二章　葵の上の物語　六条御息所がもののけとなってとり憑く物語	43
	44		44
	45	車争い後の六条御息所---御息所は、ものを思し乱るること	45
	46	源氏、御息所を旅所に見舞う---かかる御もの思ひの乱れに	46
	47	葵の上に御息所のもののけ出現する---大殿には、御もののけいたう起こりて	47
	48	斎宮、秋に宮中の初斎院に入る---斎宮は、去年内裏に入りたまふべかりしを	48
	49	葵の上、男子を出産---すこし御声もしづまりたまへれば	49
	50	秋の司召の夜、葵の上死去する---秋の司召あるべき定めにて	50
	51	葵の上の葬送とその後---こなたかなたの御送りの人ども	51
	52	三位中将と故人を追慕する---御法事など過ぎぬれど、正日までは	52
	53	源氏、左大臣邸を辞去する---君は、かくてのみも、いかでかは	53
	54		54
	55	第三章　紫の君の物語　新手枕の物語	55
	56		56
	57	源氏、紫の君と新手枕を交わす---二条院には、方々払ひみがきて	57
	58	結婚の儀式の夜---その夜さり、亥の子餅参らせたり	58
	59	新年の参賀と左大臣邸へ挨拶回り---朔日の日は、例の、院に参りたまひてぞ	59
	60		60
	61		61
	62	【出典】	62
	63	【校訂】	63
	64		64
	65	第一章　六条御息所の物語　御禊見物の車争いの物語	65
	66	[第一段　朱雀帝即位後の光る源氏]	66
	67	世の中かはりて後、よろづもの憂く思され、御身のやむごとなさも添ふにや、軽々しき御忍び歩きもつつましうて、ここもかしこも、おぼつかなさの嘆きを重ねたまふ、報いにや、なほ我につれなき人の御心を、尽きせずのみ思し嘆く。	67
	68	今は、ましてひまなう、ただ人のやうにて添ひおはしますを、今后は心やましう思すにや、内裏にのみさぶらひたまへば、立ち並ぶ人なう心やすげなり。折ふしに従ひては、御遊びなどを好ましう、世の響くばかりせさせたまひつつ、今の御ありさましもめでたし。ただ、春宮をぞいと恋しう思ひきこえたまふ。御後見のなきを、うしろめたう思ひきこえて、大将の君によろづ聞こえつけたまふも、かたはらいたきものから、うれしと思す。	68
	69		69
	70	まことや、かの六条御息所の御腹の前坊の姫君、斎宮にゐたまひにしかば、大将の御心ばへもいと頼もしげなきを、「幼き御ありさまのうしろめたさにことつけて下りやしなまし」と、かねてより思しけり。	70
	71	院にも、かかることなむと、聞こし召して、	71
	72	「故宮のいとやむごとなく思し、時めかしたまひしものを、軽々しうおしなべたるさまにもてなすなるが、いとほしきこと。斎宮をも、この御子たちの列になむ思へば、いづかたにつけても、おろかならざらむこそよからめ。心のすさびにまかせて、かく好色わざするは、いと世のもどき負ひぬべきことなり」	72
	73	など、御けしき悪しければ、わが御心地にも、げにと思ひ知らるれば、かしこまりてさぶらひたまふ。	73
	74	「人のため、恥ぢがましきことなく、いづれをもなだらかにもてなして、女の怨みな負ひそ」	74
	75	とのたまはするにも、「けしからぬ心のおほけなさを聞こし召しつけたらむ時」と、恐ろしければ、かしこまりてまかでたまひぬ。	75
	76	また、かく院にも聞こし召し、のたまはするに、人の御名も、わがためも、好色がましういとほしきに、いとどやむごとなく、心苦しき筋には思ひきこえたまへど、まだ表はれては、わざともてなしきこえたまはず。	76
	77	女も、似げなき御年のほどを恥づかしう思して、心とけたまはぬけしきなれば、それにつつみたるさまにもてなして、院に聞こし召し入れ、世の中の人も知らぬなくなりにたるを、深うしもあらぬ御心のほどを、いみじう思し嘆きけり。	77
	78		78
	79	かかることを聞きたまふにも、朝顔の姫君は、「いかで、人に似じ」と深う思せば、はかなきさまなりし御返りなども、をさをさなし。さりとて、人憎く、はしたなくはもてなしたまはぬ御けしきを、君も、「なほことなり」と思しわたる。	79
	80		80
	81	大殿には、かくのみ定めなき御心を、心づきなしと思せど、あまりつつまぬ御けしきの、いふかひなければにやあらむ、深うも怨じきこえたまはず。心苦しきさまの御心地に悩みたまひて、もの心細げに思いたり。めづらしくあはれと思ひきこえたまふ。誰れも誰れもうれしきものから、ゆゆしう思して、さまざまの御つつしみせさせたてまつりたまふ。かやうなるほどに、いとど御心のいとまなくて、思しおこたるとはなけれど、とだえ多かるべし。	81
	82		82
	83	[第二段　新斎院御禊の見物]	83
	84	そのころ、斎院も下りゐたまひて、后腹の女三宮ゐたまひぬ。帝、后と、ことに思ひきこえたまへる宮なれば、筋ことになりたまふを、いと苦しう思したれど、こと宮たちのさるべきおはせず。儀式など、常の神わざなれど、いかめしうののしる。祭のほど、限りある公事に添ふこと多く、見所こよなし。人がらと見えたり。	84
	85	御禊の日、上達部など、数定まりて仕うまつりたまふわざなれど、おぼえことに、容貌ある限り、下襲の色、表の袴の紋、馬鞍までみな調へたり。とりわきたる宣旨にて、大将の君も仕うまつりたまふ。かねてより、物見車心づかひしけり。	85
	86	一条の大路、所なく、むくつけきまで騒ぎたり。所々の御桟敷、心々にし尽くしたるしつらひ、人の袖口さへ、いみじき見物なり。	86
	87	大殿には、かやうの御歩きもをさをさしたまはぬに、御心地さへ悩ましければ、思しかけざりけるを、若き人びと、	87
	88	「いでや。おのがどちひき忍びて見はべらむこそ、栄なかるべけれ。おほよそ人だに、今日の物見には、大将殿をこそは、あやしき山賤さへ見たてまつらむとすなれ。遠き国々より、妻子を引き具しつつも参うで来なるを。御覧ぜぬは、いとあまりもはべるかな」	88
	89	と言ふを、大宮聞こしめして、	89
	90	「御心地もよろしき隙なり。さぶらふ人びともさうざうしげなめり」	90
	91	とて、にはかにめぐらし仰せたまひて、見たまふ。	91
	92		92
	93	日たけゆきて、儀式もわざとならぬさまにて出でたまへり。隙もなう立ちわたりたるに、よそほしう引き続きて立ちわづらふ。よき女房車多くて、雑々の人なき隙を思ひ定めて、皆さし退けさするなかに、網代のすこしなれたるが、下簾のさまなどよしばめるに、いたう引き入りて、ほのかなる袖口、裳の裾、汗衫など、ものの色、いときよらにて、ことさらにやつれたるけはひしるく見ゆる車、二つあり。	93
	94	「これは、さらに、さやうにさし退けなどすべき御車にもあらず」	94
	95	と、口ごはくて、手触れさせず。いづかたにも、若き者ども酔ひ過ぎ、立ち騒ぎたるほどのことは、えしたためあへず。おとなおとなしき御前の人びとは、「かくな」など言へど、えとどめあへず。	95
	96	斎宮の御母御息所、もの思し乱るる慰めにもやと、忍びて出でたまへるなりけり。つれなしつくれど、おのづから見知りぬ。	96
	97	「さばかりにては、さな言はせそ」	97
	98	「大将殿をぞ、豪家には思ひきこゆらむ」	98
	99	など言ふを、その御方の人も混じれば、いとほしと見ながら、用意せむもわづらはしければ、知らず顔をつくる。	99
	100	つひに、御車ども立て続けつれば、ひとだまひの奥におしやられて、物も見えず。心やましきをばさるものにて、かかるやつれをそれと知られぬるが、いみじうねたきこと、限りなし。榻などもみな押し折られて、すずろなる車の筒にうちかけたれば、またなう人悪ろく、くやしう、「何に、来つらむ」と思ふにかひなし。物も見で帰らむとしたまへど、通り出でむ隙もなきに、	100
	101	「事なりぬ」	101
	102	と言へば、さすがに、つらき人の御前渡りの待たるるも、心弱しや。「笹の隈」にだにあらねばにや、つれなく過ぎたまふにつけても、なかなか御心づくしなり。	102
	103	げに、常よりも好みととのへたる車どもの、我も我もと乗りこぼれたる下簾の隙間どもも、さらぬ顔なれど、ほほ笑みつつ後目にとどめたまふもあり。大殿のは、しるければ、まめだちて渡りたまふ。御供の人びとうちかしこまり、心ばへありつつ渡るを、おし消たれたるありさま、こよなう思さる。	103
	104	「影をのみ御手洗川のつれなきに	104
	105	身の憂きほどぞいとど知らるる」	105
	106	と、涙のこぼるるを、人の見るもはしたなけれど、目もあやなる御さま、容貌の、「いとどしう出でばえを見ざらましかば」と思さる。	106
	107	ほどほどにつけて、装束、人のありさま、いみじくととのへたりと見ゆるなかにも、上達部はいとことなるを、一所の御光にはおし消たれためり。大将の御仮の随身に、殿上の将監などのすることは常のことにもあらず、めづらしき行幸などの折のわざなるを、今日は右近の蔵人の将監仕うまつれり。さらぬ御随身どもも、容貌、姿、まばゆくととのへて、世にもてかしづかれたまへるさま、木草もなびかぬはあるまじげなり。	107
	108	壷装束などいふ姿にて、女房の卑しからぬや、また尼などの世を背きけるなども、倒れまどひつつ、物見に出でたるも、例は、「あながちなりや、あなにく」と見ゆるに、今日はことわりに、口うちすげみて、髪着こめたるあやしの者どもの、手をつくりて、額にあてつつ見たてまつりあげたるも。をこがましげなる賤の男まで、おのが顔のならむさまをば知らで笑みさかえたり。何とも見入れたまふまじき、えせ受領の娘などさへ、心の限り尽くしたる車どもに乗り、さまことさらび心げさうしたるなむ、をかしきやうやうの見物なりける。	108
	109	まして、ここかしこにうち忍びて通ひたまふ所々は、人知れずのみ数ならぬ嘆きまさるも、多かり。	109
	110		110
	111	式部卿の宮、桟敷にてぞ見たまひける。	111
	112	「いとまばゆきまでねびゆく人の容貌かな。神などは目もこそとめたまへ」	112
	113	と、ゆゆしく思したり。姫君は、年ごろ聞こえわたりたまふ御心ばへの世の人に似ぬを、	113
	114	「なのめならむにてだにあり。まして、かうしも、いかで」	114
	115	と御心とまりけり。いとど近くて見えむまでは思しよらず。若き人びとは、聞きにくきまでめできこえあへり。	115
	116		116
	117	祭の日は、大殿にはもの見たまはず。大将の君、かの御車の所争ひを、まねび聞こゆる人ありければ、「いといとほしう憂し」と思して、	117
	118	「なほ、あたら重りかにおはする人の、ものに情けおくれ、すくすくしきところつきたまへるあまりに、みづからはさしも思さざりけめども、かかる仲らひは情け交はすべきものとも思いたらぬ御おきてに従ひて、次々よからぬ人のせさせたるならむかし。御息所は、心ばせのいと恥づかしく、よしありておはするものを、いかに思し憂じにけむ」	118
	119	と、いとほしくて、参うでたまへりけれど、斎宮のまだ本の宮におはしませば、榊の憚りにことつけて、心やすくも対面したまはず。ことわりとは思しながら、「なぞや、かくかたみにそばそばしからでおはせかし」と、うちつぶやかれたまふ。	119
	120		120
	121	[第三段　賀茂祭の当日、紫の君と見物]	121
	122	今日は、二条院に離れおはして、祭見に出でたまふ。西の対に渡りたまひて、惟光に車のこと仰せたり。	122
	123	「女房出で立つや」	123
	124	とのたまひて、姫君のいとうつくしげにつくろひたてておはするを、うち笑みて見たてまつりたまふ。	124
	125	「君は、いざたまへ。もろともに見むよ」	125
	126	とて、御髪の常よりもきよらに見ゆるを、かきなでたまひて、	126
	127	「久しう削ぎたまはざめるを、今日は、吉き日ならむかし」	127
	128	とて、暦の博士召して、時問はせなどしたまふほどに、	128
	129	「まづ、女房出でね」	129
	130	とて、童の姿どものをかしげなるを御覧ず。いとらうたげなる髪どものすそ、はなやかに削ぎわたして、浮紋の表の袴にかかれるほど、けざやかに見ゆ。	130
c2-1	131-132	「君の御髪は、我削がむ」とて、「うたて、所狭うもあるかな。いかに生ひやらむとすらむ」《改行》 <BR>	131	「君の御髪は、我削がむ」とて、「うたて、所狭うもあるかな。いかに生ひやらむとすらむ」<BR>
	133	と、削ぎわづらひたまふ。	132
	134	「いと長き人も、額髪はすこし短うぞあめるを、むげに後れたる筋のなきや、あまり情けなからむ」	133
	135	とて、削ぎ果てて、「千尋」と祝ひきこえたまふを、少納言、「あはれにかたじけなし」と見たてまつる。	134
	136	「はかりなき千尋の底の海松ぶさの	135
	137	生ひゆくすゑは我のみぞ見む」	136
	138	と聞こえたまへば、	137
	139	「千尋ともいかでか知らむ定めなく	138
	140	満ち干る潮ののどけからぬに」	139
	141	と、ものに書きつけておはするさま、らうらうじきものから、若うをかしきを、めでたしと思す。	140
	142		141
	143	今日も、所もなく立ちにけり。馬場の御殿のほどに立てわづらひて、	142
	144	「上達部の車ども多くて、もの騒がしげなるわたりかな」	143
	145	と、やすらひたまふに、よろしき女車の、いたう乗りこぼれたるより、扇をさし出でて、人を招き寄せて、	144
	146	「ここにやは立たせたまはぬ。所避りきこえむ」	145
	147	と聞こえたり。「いかなる好色者ならむ」と思されて、所もげによきわたりなれば、引き寄せさせたまひて、	146
	148	「いかで得たまへる所ぞと、ねたさになむ」	147
	149	とのたまへば、よしある扇のつまを折りて、	148
	150	「はかなしや人のかざせる葵ゆゑ	149
	151	神の許しの今日を待ちける	150
	152	注連の内には」	151
	153	とある手を思し出づれば、かの典侍なりけり。「あさましう、旧りがたくも今めくかな」と、憎さに、はしたなう、	152
	154	「かざしける心ぞあだにおもほゆる	153
	155	八十氏人になべて逢ふ日を」	154
	156	女は、「つらし」と思ひきこえけり。	155
	157	「悔しくもかざしけるかな名のみして	156
	158	人だのめなる草葉ばかりを」	157
	159	と聞こゆ。人と相ひ乗りて、簾をだに上げたまはぬを、心やましう思ふ人多かり。	158
	160	「一日の御ありさまのうるはしかりしに、今日うち乱れて歩きたまふかし。誰ならむ。乗り並ぶ人、けしうはあらじはや」と、推し量りきこゆ。「挑ましからぬ、かざし争ひかな」と、さうざうしく思せど、かやうにいと面なからぬ人はた、人相ひ乗りたまへるにつつまれて、はかなき御いらへも、心やすく聞こえむも、まばゆしかし。	159
	161		160
	162	第二章　葵の上の物語　六条御息所がもののけとなってとり憑く物語	161
	163	[第一段　車争い後の六条御息所]	162
	164	御息所は、ものを思し乱るること、年ごろよりも多く添ひにけり。つらき方に思ひ果てたまへど、今はとてふり離れ下りたまひなむは、「いと心細かりぬべく、世の人聞きも人笑へにならむこと」と思す。さりとて立ち止まるべく思しなるには、「かくこよなきさまに皆思ひくたすべかめるも、やすからず、釣する海人の浮けなれや」と、起き臥し思しわづらふけにや、御心地も浮きたるやうに思されて、悩ましうしたまふ。	163
	165	大将殿には、下りたまはむことを、「もて離れてあるまじきこと」なども、妨げきこえたまはず、	164
	166	「数ならぬ身を、見ま憂く思し捨てむもことわりなれど、今はなほ、いふかひなきにても、御覧じ果てむや、浅からぬにはあらむ」	165
	167	と、聞こえかかづらひたまへば、定めかねたまへる御心もや慰むと、立ち出でたまへりし御禊河の荒かりし瀬に、いとど、よろづいと憂く思し入れたり。	166
	168	大殿には、御もののけめきて、いたうわづらひたまへば、誰も誰も思し嘆くに、御歩きなど便なきころなれば、二条院にも時々ぞ渡りたまふ。さはいへど、やむごとなき方は、ことに思ひきこえたまへる人の、めづらしきことさへ添ひたまへる御悩みなれば、心苦しう思し嘆きて、御修法や何やなど、わが御方にて、多く行はせたまふ。	167
	169	もののけ、生すだまなどいふもの多く出で来て、さまざまの名のりするなかに、人にさらに移らず、ただみづからの御身につと添ひたるさまにて、ことにおどろおどろしうわづらはしきこゆることもなけれど、また、片時離るる折もなきもの一つあり。いみじき験者どもにも従はず、執念きけしき、おぼろけのものにあらずと見えたり。	168
	170	大将の君の御通ひ所、ここかしこと思し当つるに、	169
	171	「この御息所、二条の君などばかりこそは、おしなべてのさまには思したらざめれば、怨みの心も深からめ」	170
	172	とささめきて、ものなど問はせたまへど、さして聞こえ当つることもなし。もののけとても、わざと深き御かたきと聞こゆるもなし。過ぎにける御乳母だつ人、もしは親の御方につけつつ伝はりたるものの、弱目に出で来たるなど、むねむねしからずぞ乱れ現はるる。ただつくづくと、音をのみ泣きたまひて、折々は胸をせき上げつつ、いみじう堪へがたげに惑ふわざをしたまへば、いかにおはすべきにかと、ゆゆしう悲しく思しあわてたり。	171
	173	院よりも、御とぶらひ隙なく、御祈りのことまで思し寄らせたまふさまのかたじけなきにつけても、いとど惜しげなる人の御身なり。	172
	174	世の中あまねく惜しみきこゆるを聞きたまふにも、御息所はただならず思さる。年ごろはいとかくしもあらざりし御いどみ心を、はかなかりし所の車争ひに、人の御心の動きにけるを、かの殿には、さまでも思し寄らざりけり。	173
	175		174
	176	[第二段　源氏、御息所を旅所に見舞う]	175
	177	かかる御もの思ひの乱れに、御心地、なほ例ならずのみ思さるれば、ほかに渡りたまひて、御修法などせさせたまふ。大将殿聞きたまひて、いかなる御心地にかと、いとほしう、思し起して渡りたまへり。	176
	178	例ならぬ旅所なれば、いたう忍びたまふ。心よりほかなるおこたりなど、罪ゆるされぬべく聞こえつづけたまひて、悩みたまふ人の御ありさまも、憂へきこえたまふ。	177
	179	「みづからはさしも思ひ入れはべらねど、親たちのいとことことしう思ひまどはるるが心苦しさに、かかるほどを見過ぐさむとてなむ。よろづを思しのどめたる御心ならば、いとうれしうなむ」	178
	180	など、語らひきこえたまふ。常よりも心苦しげなる御けしきを、ことわりに、あはれに見たてまつりたまふ。	179
	181	うちとけぬ朝ぼらけに、出でたまふ御さまのをかしきにも、なほふり離れなむことは思し返さる。	180
	182	「やむごとなき方に、いとど心ざし添ひたまふべきことも出で来にたれば、一つ方に思ししづまりたまひなむを、かやうに待ちきこえつつあらむも、心のみ尽きぬべきこと」	181
	183	なかなかもの思ひのおどろかさるる心地したまふに、御文ばかりぞ、暮れつ方ある。	182
	184	「日ごろ、すこしおこたるさまなりつる心地の、にはかにいといたう苦しげにはべるを、え引きよかでなむ」	183
	185	とあるを、「例のことつけ」と、見たまふものから、	184
	186	「袖濡るる恋路とかつは知りながら	185
	187	おりたつ田子のみづからぞ憂き	186
	188	『山の井の水』もことわりに」	187
	189	とぞある。「御手は、なほここらの人のなかにすぐれたりかし」と見たまひつつ、「いかにぞやもある世かな。心も容貌も、とりどりに捨つべくもなく、また思ひ定むべきもなきを」。苦しう思さる。御返り、いと暗うなりにたれど、	188
	190	「袖のみ濡るるや、いかに。深からぬ御ことになむ。	189
	191	浅みにや人はおりたつわが方は	190
	192	身もそほつまで深き恋路を	191
	193	おぼろけにてや、この御返りを、みづから聞こえさせぬ」	192
	194	などあり。	193
	195		194
	196	[第三段　葵の上に御息所のもののけ出現する]	195
	197	大殿には、御もののけいたう起こりて、いみじうわづらひたまふ。「この御生きすだま、故父大臣の御霊など言ふものあり」と聞きたまふにつけて、思しつづくれば、	196
	198	「身一つの憂き嘆きよりほかに、人を悪しかれなど思ふ心もなけれど、もの思ひにあくがるなる魂は、さもやあらむ」	197
	199	と思し知らるることもあり。	198
	200	年ごろ、よろづに思ひ残すことなく過ぐしつれど、かうしも砕けぬを、はかなきことの折に、人の思ひ消ち、なきものにもてなすさまなりし御禊の後、ひとふしに思し浮かれにし心、鎮まりがたう思さるるけにや、すこしうちまどろみたまふ夢には、かの姫君とおぼしき人の、いときよらにてある所に行きて、とかく引きまさぐり、うつつにも似ず、たけくいかきひたぶる心出で来て、うちかなぐるなど見えたまふこと、度かさなりにけり。	199
	201	「あな、心憂や。げに、身を捨ててや、往にけむ」と、うつし心ならずおぼえたまふ折々もあれば、「さならぬことだに、人の御ためには、よさまのことをしも言ひ出でぬ世なれば、ましてこれは、いとよう言ひなしつべきたよりなり」と思すに、いと名たたしう、	200
	202	「ひたすら世に亡くなりて、後に怨み残すは世の常のことなり。それだに、人の上にては、罪深うゆゆしきを、うつつのわが身ながら、さる疎ましきことを言ひつけらるる宿世の憂きこと。すべて、つれなき人にいかで心もかけきこえじ」	201
	203	と思し返せど、思ふもものをなり。	202
	204		203
	205	[第四段　斎宮、秋に宮中の初斎院に入る]	204
	206	斎宮は、去年内裏に入りたまふべかりしを、さまざま障はることありて、この秋入りたまふ。九月には、やがて野の宮に移ろひたまふべければ、ふたたびの御祓へのいそぎ、とりかさねてあるべきに、ただあやしうほけほけしうて、つくづくと臥し悩みたまふを、宮人、いみじき大事にて、御祈りなど、さまざま仕うまつる。	205
	207	おどろおどろしきさまにはあらず、そこはかとなくて、月日を過ぐしたまふ。大将殿も、常にとぶらひきこえたまへど、まさる方のいたうわづらひたまへば、御心のいとまなげなり。	206
	208	まださるべきほどにもあらずと、皆人もたゆみたまへるに、にはかに御けしきありて、悩みたまへば、いとどしき御祈り、数を尽くしてせさせたまへれど、例の執念き御もののけ一つ、さらに動かず、やむごとなき験者ども、めづらかなりともてなやむ。さすがに、いみじう調ぜられて、心苦しげに泣きわびて、	207
	209	「すこしゆるべたまへや。大将に聞こゆべきことあり」とのたまふ。	208
	210	「さればよ。あるやうあらむ」	209
	211	とて、近き御几帳のもとに入れたてまつりたり。むげに限りのさまにものしたまふを、聞こえ置かまほしきこともおはするにやとて、大臣も宮もすこし退きたまへり。加持の僧ども、声しづめて法華経を誦みたる、いみじう尊し。	210
	212	御几帳の帷子引き上げて見たてまつりたまへば、いとをかしげにて、御腹はいみじう高うて臥したまへるさま、よそ人だに、見たてまつらむに心乱れぬべし。まして惜しう悲しう思す、ことわりなり。白き御衣に、色あひいとはなやかにて、御髪のいと長うこちたきを、引き結ひてうち添へたるも、「かうてこそ、らうたげになまめきたる方添ひてをかしかりけれ」と見ゆ。御手をとらへて、	211
	213	「あな、いみじ。心憂きめを見せたまふかな」	212
	214	とて、ものも聞こえたまはず泣きたまへば、例はいとわづらはしう恥づかしげなる御まみを、いとたゆげに見上げて、うちまもりきこえたまふに、涙のこぼるるさまを見たまふは、いかがあはれの浅からむ。	213
	215	あまりいたう泣きたまへば、「心苦しき親たちの御ことを思し、また、かく見たまふにつけて、口惜しうおぼえたまふにや」と思して、	214
	216	「何ごとも、いとかうな思し入れそ。さりともけしうはおはせじ。いかなりとも、かならず逢ふ瀬あなれば、対面はありなむ。大臣、宮なども、深き契りある仲は、めぐりても絶えざなれば、あひ見るほどありなむと思せ」	215
	217	と、慰めたまふに、	216
	218	「いで、あらずや。身の上のいと苦しきを、しばしやすめたまへと聞こえむとてなむ。かく参り来むともさらに思はぬを、もの思ふ人の魂は、げにあくがるるものになむありける」	217
	219	と、なつかしげに言ひて、	218
	220	「嘆きわび空に乱るるわが魂を	219
	221	結びとどめよしたがへのつま」	220
	222	とのたまふ声、けはひ、その人にもあらず、変はりたまへり。「いとあやし」と思しめぐらすに、ただ、かの御息所なりけり。あさましう、人のとかく言ふを、よからぬ者どもの言ひ出づることも、聞きにくく思して、のたまひ消つを、目に見す見す、「世には、かかることこそはありけれ」と、疎ましうなりぬ。「あな、心憂」と思されて、	221
	223	「かくのたまへど、誰とこそ知らね。たしかにのたまへ」	222
	224	とのたまへば、ただそれなる御ありさまに、あさましとは世の常なり。人々近う参るも、かたはらいたう思さる。	223
	225		224
	226	[第五段　葵の上、男子を出産]	225
	227	すこし御声もしづまりたまへれば、隙おはするにやとて、宮の御湯持て寄せたまへるに、かき起こされたまひて、ほどなく生まれたまひぬ。うれしと思すこと限りなきに、人に駆り移したまへる御もののけども、ねたがりまどふけはひ、いともの騒がしうて、後の事、またいと心もとなし。	226
	228	言ふ限りなき願ども立てさせたまふけにや、たひらかに事なり果てぬれば、山の座主、何くれやむごとなき僧ども、したり顔に汗おしのごひつつ、急ぎまかでぬ。	227
	229	多くの人の心を尽くしつる日ごろの名残、すこしうちやすみて、「今はさりとも」と思す。御修法などは、またまた始め添へさせたまへど、まづは、興あり、めづらしき御かしづきに、皆人ゆるべり。	228
	230	院をはじめたてまつりて、親王たち、上達部、残るなき産養どもの、めづらかにいかめしきを、夜ごとに見ののしる。男にてさへおはすれば、そのほどの作法、にぎははしくめでたし。	229
	231		230
	232	かの御息所は、かかる御ありさまを聞きたまひても、ただならず。「かねては、いと危ふく聞こえしを、たひらかにもはた」と、うち思しけり。	231
	233	あやしう、我にもあらぬ御心地を思しつづくるに、御衣なども、ただ芥子の香に染み返りたるあやしさに、御ゆする参り、御衣着替へなどしたまひて、試みたまへど、なほ同じやうにのみあれば、わが身ながらだに疎ましう思さるるに、まして、人の言ひ思はむことなど、人にのたまふべきことならねば、心ひとつに思し嘆くに、いとど御心変はりもまさりゆく。	232
	234	大将殿は、心地すこしのどめたまひて、あさましかりしほどの問はず語りも、心憂く思し出でられつつ、「いとほど経にけるも心苦しう、また気近う見たてまつらむには、いかにぞや。うたておぼゆべきを、人の御ためいとほしう」、よろづに思して、御文ばかりぞありける。	233
	235	いたうわづらひたまひし人の御名残ゆゆしう、心ゆるびなげに、誰も思したれば、ことわりにて、御歩きもなし。なほいと悩ましげにのみしたまへば、例のさまにてもまだ対面したまはず。若君のいとゆゆしきまで見えたまふ御ありさまを、今から、いとさまことにもてかしづききこえたまふさま、おろかならず、ことあひたる心地して、大臣もうれしういみじと思ひきこえたまへるに、ただ、この御心地おこたり果てたまはぬを、心もとなく思せど、「さばかりいみじかりし名残にこそは」と思して、いかでかは、さのみは心をも惑はしたまはむ。	234
	236		235
	237	若君の御まみのうつくしさなどの、春宮にいみじう似たてまつりたまへるを、見たてまつりたまひても、まづ、恋しう思ひ出でられさせたまふに、忍びがたくて、参りたまはむとて、	236
	238	「内裏などにもあまり久しう参りはべらねば、いぶせさに、今日なむ初立ちしはべるを、すこし気近きほどにて聞こえさせばや。あまりおぼつかなき御心の隔てかな」	237
	239	と、恨みきこえたまへれば、	238
	240	「げに、ただひとへに艶にのみあるべき御仲にもあらぬを、いたう衰へたまへりと言ひながら、物越にてなどあべきかは」	239
	241	とて、臥したまへる所に、御座近う参りたれば、入りてものなど聞こえたまふ。	240
	242	御いらへ、時々聞こえたまふも、なほいと弱げなり。されど、むげに亡き人と思ひきこえし御ありさまを思し出づれば、夢の心地して、ゆゆしかりしほどのことどもなど聞こえたまふついでにも、かのむげに息も絶えたるやうにおはせしが、引き返し、つぶつぶとのたまひしことども思し出づるに、心憂ければ、	241
	243	「いさや、聞こえまほしきこといと多かれど、まだいとたゆげに思しためればこそ」	242
	244	とて、「御湯参れ」などさへ、扱ひきこえたまふを、いつならひたまひけむと、人々あはれ　がりきこゆ。	243
	245	いとをかしげなる人の、いたう弱りそこなはれて、あるかなきかのけしきにて臥したまへるさま、いとらうたげに心苦しげなり。御髪の乱れたる筋もなく、はらはらとかかれる枕のほど、ありがたきまで見ゆれば、「年ごろ、何ごとを飽かぬことありて思ひつらむ」と、あやしきまでうちまもられたまふ。	244
	246	「院などに参りて、いととうまかでなむ。かやうにて、おぼつかなからず見たてまつらば、うれしかるべきを、宮のつとおはするに、心地なくやと、つつみて過ぐしつるも苦しきを、なほやうやう心強く思しなして、例の御座所にこそ。あまり若くもてなしたまへば、かたへは、かくもものしたまふぞ」	245
	247	など、聞こえおきたまひて、いときよげにうち装束きて出でたまふを、常よりは目とどめて、見出だして臥したまへり。	246
	248		247
	249	[第六段　秋の司召の夜、葵の上死去する]	248
	250	秋の司召あるべき定めにて、大殿も参りたまへば、君達も労はり望みたまふことどもありて、殿の御あたり離れたまはねば、皆ひき続き出でたまひぬ。	249
	251	殿の内、人少なにしめやかなるほどに、にはかに例の御胸をせきあげて、いといたう惑ひたまふ。内裏に御消息聞こえたまふほどもなく、絶え入りたまひぬ。足を空にて、誰も誰も、まかでたまひぬれば、除目の夜なりけれど、かくわりなき御障りなれば、みな事破れたるやうなり。	250
	252	ののしり騒ぐほど、夜中ばかりなれば、山の座主、何くれの僧都たちも、え請じあへたまはず。今はさりとも、と思ひたゆみたりつるに、あさましければ、殿の内の人、ものにぞあたる。所々の御とぶらひの使など、立ちこみたれど、え聞こえつかず、ゆすりみちて、いみじき御心惑ひども、いと恐ろしきまで見えたまふ。	251
	253	御もののけのたびたび取り入れたてまつりしを思して、御枕などもさながら、二、三日見たてまつりたまへど、やうやう変はりたまふことどものあれば、限り、と思し果つるほど、誰も誰もいといみじ。	252
	254	大将殿は、悲しきことに、ことを添へて、世の中をいと憂きものに思し染みぬれば、ただならぬ御あたりの弔ひどもも、心憂しとのみぞ、なべて思さるる。院に、思し嘆き、弔ひきこえさせたまふさま、かへりて面立たしげなるを、うれしき瀬もまじりて、大臣は御涙のいとまなし。	253
	255	人の申すに従ひて、いかめしきことどもを、生きや返りたまふと、さまざまに残ることなく、かつ損なはれたまふことどものあるを見る見るも、尽きせず思し惑へど、かひなくて日ごろになれば、いかがはせむとて、鳥辺野に率てたてまつるほど、いみじげなること、多かり。	254
	256		255
	257	[第七段　葵の上の葬送とその後]	256
	258	こなたかなたの御送りの人ども、寺々の念仏僧など、そこら広き野に所もなし。院をばさらにも申さず、后の宮、春宮などの御使、さらぬ所々のも参りちがひて、飽かずいみじき御とぶらひを聞こえたまふ。大臣はえ立ち上がりたまはず、	257
	259	「かかる齢の末に、若く盛りの子に後れたてまつりて、もごよふこと」	258
	260	と恥ぢ泣きたまふを、ここらの人悲しう見たてまつる。	259
	261	夜もすがらいみじうののしりつる儀式なれど、いともはかなき御屍ばかりを御名残にて、暁深く帰りたまふ。	260
	262	常のことなれど、人一人か、あまたしも見たまはぬことなればにや、類ひなく思し焦がれたり。八月二十余日の有明なれば、空もけしきもあはれ少なからぬに、大臣の闇に暮れ惑ひたまへるさまを見たまふも、ことわりにいみじければ、空のみ眺められたまひて、	261
	263	「のぼりぬる煙はそれとわかねども	262
	264	なべて雲居のあはれなるかな」	263
	265		264
	266	殿におはし着きて、つゆまどろまれたまはず。年ごろの御ありさまを思し出でつつ、	265
	267	「などて、つひにはおのづから見直したまひてむと、のどかに思ひて、なほざりのすさびにつけても、つらしとおぼえられたてまつりけむ。世を経て、疎く恥づかしきものに思ひて過ぎ果てたまひぬる」	266
	268	など、悔しきこと多く、思しつづけらるれど、かひなし。にばめる御衣たてまつれるも、夢の心地して、「われ先立たましかば、深くぞ染めたまはまし」と、思すさへ、	267
	269	「限りあれば薄墨衣浅けれど	268
	270	涙ぞ袖を淵となしける」	269
	271	とて、念誦したまへるさま、いとどなまめかしさまさりて、経忍びやかに誦みたまひつつ、	270
	272	「法界三昧普賢大士」とうちのたまへる、行ひ馴れたる法師よりはけなり。若君を見たてまつりたまふにも、「何に忍ぶの」と、いとど露けけれど、「かかる形見さへなからましかば」と、思し慰む。	271
	273	宮はしづみ入りて、そのままに起き上がりたまはず、危ふげに見えたまふを、また思し騒ぎて、御祈りなどせさせたまふ。	272
	274		273
	275	はかなう過ぎゆけば、御わざのいそぎなどせさせたまふも、思しかけざりしことなれば、尽きせずいみじうなむ。なのめにかたほなるをだに、人の親はいかが思ふめる、ましてことわりなり。また、類ひおはせぬをだに、さうざうしく思しつるに、袖の上の玉の砕けたりけむよりも、あさましげなり。	274
	276	大将の君は、二条院にだに、あからさまにも渡りたまはず、あはれに心深う思ひ嘆きて、行ひをまめにしたまひつつ、明かし暮らしたまふ。所々には、御文ばかりぞたてまつりたまふ。	275
	277	かの御息所は、斎宮は左衛門の司に入りたまひにければ、いとどいつくしき御きよまはりにことつけて、聞こえも通ひたまはず。憂しと思ひ染みにし世も、なべて厭はしうなりたまひて、「かかるほだしだに添はざらましかば、願はしきさまにもなりなまし」と思すには、まづ対の姫君の、さうざうしくてものしたまふらむありさまぞ、ふと思しやらるる。	276
	278	夜は、御帳の内に一人臥したまふに、宿直の人々は近うめぐりてさぶらへど、かたはら寂しくて、「時しもあれ」と寝覚めがちなるに、声すぐれたる限り選りさぶらはせたまふ念仏の、暁方など、忍びがたし。	277
	279		278
	280	「深き秋のあはれまさりゆく風の音、身にしみけるかな」と、ならはぬ御独寝に明かしかねたまへる朝ぼらけの霧りわたれるに、菊のけしきばめる枝に、濃き青鈍の紙なる文つけて、さし置きて往にけり。「今めかしうも」とて、見たまへば、御息所の御手なり。	279
	281	「聞こえぬほどは、思し知るらむや。	280
	282	人の世をあはれと聞くも露けきに	281
	283	後るる袖を思ひこそやれ	282
	284	ただ今の空に思ひたまへあまりてなむ」	283
	285	とあり。「常よりも優にも書いたまへるかな」と、さすがに置きがたう見たまふものから、「つれなの御弔ひや」と心憂し。さりとて、かき絶え音なう聞こえざらむもいとほしく、人の御名の朽ちぬべきことを思し乱る。	284
	286	「過ぎにし人は、とてもかくても、さるべきにこそはものしたまひけめ、何にさることを、さださだとけざやかに見聞きけむ」と悔しきは、わが御心ながら、なほえ思し直すまじきなめりかし。	285
	287	「斎宮の御きよまはりもわづらはしくや」など、久しう思ひわづらひたまへど、「わざとある御返りなくは、情けなくや」とて、紫のにばめる紙に、	286
	288	「こよなうほど経はべりにけるを、思ひたまへおこたらずながら、つつましきほどは、さらば、思し知るらむやとてなむ。	287
	289	とまる身も消えしもおなじ露の世に	288
	290	心置くらむほどぞはかなき	289
	291	かつは思し消ちてよかし。御覧ぜずもやとて、誰れにも」	290
	292	と聞こえたまへり。	291
	293	里におはするほどなりければ、忍びて見たまひて、ほのめかしたまへるけしきを、心の鬼にしるく見たまひて、「さればよ」と思すも、いといみじ。	292
	294	「なほ、いと限りなき身の憂さなりけり。かやうなる聞こえありて、院にもいかに思さむ。故前坊の、同じき御はらからと言ふなかにも、いみじう思ひ交はしきこえさせたまひて、この斎宮の御ことをも、ねむごろに聞こえつけさせたまひしかば、『その御代はりにも、やがて見たてまつり扱はむ』など、常にのたまはせて、『やがて内裏住みしたまへ』と、たびたび聞こえさせたまひしをだに、いとあるまじきこと、と思ひ離れにしを、かく心よりほかに若々しきもの思ひをして、つひに憂き名をさへ流し果てつべきこと」	293
	295	と、思し乱るるに、なほ例のさまにもおはせず。	294
	296	さるは、おほかたの世につけて、心にくくよしある聞こえありて、昔より名高くものしたまへば、野の宮の御移ろひのほどにも、をかしう今めきたること多くしなして、「殿上人どもの好ましきなどは、朝夕の露分けありくを、そのころの役になむする」など聞きたまひても、大将の君は、「ことわりぞかし。ゆゑは飽くまでつきたまへるものを。もし、世の中に飽き果てて下りたまひなば、さうざうしくもあるべきかな」と、さすがに思されけり。	295
	297		296
	298	[第八段　三位中将と故人を追慕する]	297
	299	御法事など過ぎぬれど、正日までは、なほ籠もりおはす。ならはぬ御つれづれを、心苦しがりたまひて、三位中将は常に参りたまひつつ、世の中の御物語など、まめやかなるも、また例の乱りがはしきことをも聞こえ出でつつ、慰めきこえたまふに、かの内侍ぞ、うち笑ひたまふくさはひにはなるめる。大将の君は、	298
	300	「あな、いとほしや。祖母殿の上、ないたう軽めたまひそ」	299
	301	といさめたまふものから、常にをかしと思したり。	300
	302	かの十六夜の、さやかならざりし秋のことなど、さらぬも、さまざまの好色事どもを、かたみに隈なく言ひあらはしたまふ、果て果ては、あはれなる世を言ひ言ひて、うち泣きなどもしたまひけり。	301
	303	時雨うちして、ものあはれなる暮つ方、中将の君、鈍色の直衣、指貫、うすらかに衣更へして、いと雄々しうあざやかに、心恥づかしきさまして参りたまへり。	302
	304	君は、西のつまの高欄におしかかりて、霜枯れの前栽見たまふほどなりけり。風荒らかに吹き、時雨さとしたるほど、涙もあらそふ心地して、	303
	305	「雨となり雲とやなりにけむ、今は知らず」	304
	306	と、うちひとりごちて、頬杖つきたまへる御さま、「女にては、見捨てて亡くならむ魂かならずとまりなむかし」と、色めかしき心地に、うちまもられつつ、近うついゐたまへれば、しどけなくうち乱れたまへるさまながら、紐ばかりをさし直したまふ。	305
	307	これは、今すこしこまやかなる夏の御直衣に、紅のつややかなるひき重ねて、やつれたまへるしも、見ても飽かぬ心地ぞする。	306
	308	中将も、いとあはれなるまみに眺めたまへり。	307
	309	「雨となりしぐるる空の浮雲を	308
	310	いづれの方とわきて眺めむ	309
	311	行方なしや」	310
	312	と、独り言のやうなるを、	311
	313	「見し人の雨となりにし雲居さへ	312
	314	いとど時雨にかき暮らすころ」	313
	315	とのたまふ御けしきも、浅からぬほどしるく見ゆれば、	314
	316	「あやしう、年ごろはいとしもあらぬ御心ざしを、院など、居立ちてのたまはせ、大臣の御もてなしも心苦しう、大宮の御方ざまに、もて離るまじきなど、かたがたにさしあひたれば、えしもふり捨てたまはで、もの憂げなる御けしきながら、ありへたまふなめりかしと、いとほしう見ゆる折々ありつるを、まことに、やむごとなく重きかたは、ことに思ひきこえたまひけるなめり」	315
	317	と見知るに、いよいよ口惜しうおぼゆ。よろづにつけて光失せぬる心地して、屈じいたかりけり。	316
	318	枯れたる下草のなかに、龍胆、撫子などの、咲き出でたるを折らせたまひて、中将の立ちたまひぬる後に、若君の御乳母の宰相の君して、	317
	319	「草枯れのまがきに残る撫子を	318
	320	別れし秋のかたみとぞ見る	319
	321	にほひ劣りてや御覧ぜらるらむ」	320
	322	と聞こえたまへり。げに何心なき御笑み顔ぞ、いみじううつくしき。宮は、吹く風につけてだに、木の葉よりけにもろき御涙は、まして、とりあへたまはず。	321
	323	「今も見てなかなか袖を朽たすかな	322
	324	垣ほ荒れにし大和撫子」	323
	325		324
	326	なほ、いみじうつれづれなれば、朝顔の宮に、「今日のあはれは、さりとも見知りたまふらむ」と推し量らるる御心ばへなれば、暗きほどなれど、聞こえたまふ。絶え間遠けれど、さのものとなりにたる御文なれば、咎なくて御覧ぜさす。空の色したる唐の紙に、	325
	327	「わきてこの暮こそ袖は露けけれ	326
	328	もの思ふ秋はあまた経ぬれど	327
	329	いつも時雨は」	328
	330	とあり。御手などの心とどめて書きたまへる、常よりも見どころありて、「過ぐしがたきほどなり」と人も聞こえ、みづからも思されければ、	329
	331	「大内山を、思ひやりきこえながら、えやは」とて、	330
	332	「秋霧に立ちおくれぬと聞きしより	331
	333	しぐるる空もいかがとぞ思ふ」	332
	334	とのみ、ほのかなる墨つきにて、思ひなし心にくし。	333
	335	何ごとにつけても、見まさりはかたき世なめるを、つらき人しもこそと、あはれにおぼえたまふ人の御心ざまなる。	334
	336	「つれなながら、さるべき折々のあはれを過ぐしたまはぬ、これこそ、かたみに情けも見果つべきわざなれ。なほ、ゆゑづきよしづきて、人目に見ゆばかりなるは、あまりの難も出で来けり。対の姫君を、さは生ほし立てじ」と思す。「つれづれにて恋しと思ふらむかし」と、忘るる折なけれど、ただ女親なき子を、置きたらむ心地して、見ぬほど、うしろめたく、「いかが思ふらむ」とおぼえぬぞ、心やすきわざなりける。	335
	337		336
	338	暮れ果てぬれば、大殿油近く参らせたまひて、さるべき限りの人びと、御前にて物語などせさせたまふ。	337
	339	中納言の君といふは、年ごろ忍び思ししかど、この御思ひのほどは、なかなかさやうなる筋にもかけたまはず。「あはれなる御心かな」と見たてまつる。おほかたにはなつかしううち語らひたまひて、	338
	340	「かう、この日ごろ、ありしよりけに、誰も誰も紛るるかたなく、見なれ見なれて、えしも常にかからずは、恋しからじや。いみじきことをばさるものにて、ただうち思ひめぐらすこそ、耐へがたきこと多かりけれ」	339
	341	とのたまへば、いとどみな泣きて、	340
	342	「いふかひなき御ことは、ただかきくらす心地しはべるは、さるものにて、名残なきさまにあくがれ果てさせたまはむほど、思ひたまふるこそ」	341
	343	と、聞こえもやらず。あはれと見わたしたまひて、	342
	344	「名残なくは、いかがは。心浅くも取りなしたまふかな。心長き人だにあらば、見果てたまひなむものを。命こそはかなけれ」	343
	345	とて、燈をうち眺めたまへるまみの、うち濡れたまへるほどぞ、めでたき。	344
	346	とりわきてらうたくしたまひし小さき童の、親どももなく、いと心細げに思へる、ことわりに見たまひて、	345
	347	「あてきは、今は我をこそは思ふべき人なめれ」	346
	348	とのたまへば、いみじう泣く。ほどなき衵、人よりは黒う染めて、黒き汗衫、萱草の袴など着たるも、をかしき姿なり。	347
	349	「昔を忘れざらむ人は、つれづれを忍びても、幼なき人を見捨てず、ものしたまへ。見し世の名残なく、人びとさへ離れなば、たつきなさもまさりぬべくなむ」	348
	350	など、みな心長かるべきことどもをのたまへど、「いでや、いとど待遠にぞなりたまはむ」と思ふに、いとど心細し。	349
	351	大殿は、人びとに、際々ほど置きつつ、はかなきもてあそびものども、また、まことにかの御形見なるべきものなど、わざとならぬさまに取りなしつつ、皆配らせたまひけり。	350
	352		351
	353	[第九段　源氏、左大臣邸を辞去する]	352
	354	君は、かくてのみも、いかでかはつくづくと過ぐしたまはむとて、院へ参りたまふ。御車さし出でて、御前など参り集るほど、折知り顔なる時雨うちそそきて、木の葉さそふ風、あわたたしう吹き払ひたるに、御前にさぶらふ人々、ものいと心細くて、すこし隙ありつる袖ども湿ひわたりぬ。	353
	355	夜さりは、やがて二条院に泊りたまふべしとて、侍ひの人びとも、かしこにて待ちきこえむとなるべし、おのおの立ち出づるに、今日にしもとぢむまじきことなれど、またなくもの悲し。	354
	356	大臣も宮も、今日のけしきに、また悲しさ改めて思さる。宮の御前に御消息聞こえたまへり。	355
	357	「院におぼつかながりのたまはするにより、今日なむ参りはべる。あからさまに立ち出ではべるにつけても、今日までながらへはべりにけるよと、乱り心地のみ動きてなむ、聞こえさせむもなかなかにはべるべければ、そなたにも参りはべらぬ」	356
	358	とあれば、いとどしく宮は、目も見えたまはず、沈み入りて、御返りも聞こえたまはず。	357
	359	大臣ぞ、やがて渡りたまへる。いと堪へがたげに思して、御袖も引き放ちたまはず。見たてまつる人々もいと悲し。	358
	360	大将の君は、世を思しつづくること、いとさまざまにて、泣きたまふさま、あはれに心深きものから、いとさまよくなまめきたまへり。大臣、久しうためらひたまひて、	359
	361	「齢のつもりには、さしもあるまじきことにつけてだに、涙もろなるわざにはべるを、まして、干る世なう思ひたまへ惑はれはべる心を、えのどめはべらねば、人目も、いと乱りがはしう、心弱きさまにはべるべければ、院などにも参りはべらぬなり。ことのついでには、さやうにおもむけ奏せさせたまへ。いくばくもはべるまじき老いの末に、うち捨てられたるが、つらうもはべるかな」	360
	362	と、せめて思ひ静めてのたまふけしき、いとわりなし。君も、たびたび鼻うちかみて、	361
	363	「後れ先立つほどの定めなさは、世のさがと見たまへ知りながら、さしあたりておぼえはべる心惑ひは、類ひあるまじきわざとなむ。院にも、ありさま奏しはべらむに、推し量らせたまひてむ」と聞こえたまふ。	362
	364	「さらば、時雨も隙なくはべるめるを、暮れぬほどに」と、そそのかしきこえたまふ。	363
	365	うち見まはしたまふに、御几帳の後、障子のあなたなどのあき通りたるなどに、女房三十人ばかりおしこりて、濃き、薄き鈍色どもを着つつ、皆いみじう心細げにて、うちしほれたれつつゐ集りたるを、いとあはれ、と見たまふ。	364
	366	「思し捨つまじき人もとまりたまへれば、さりとも、もののついでには立ち寄らせたまはじやなど、慰めはべるを、ひとへに思ひやりなき女房などは、今日を限りに、思し捨てつる故里と思ひ屈じて、長く別れぬる悲しびよりも、ただ時々馴れ仕うまつる年月の名残なかるべきを、嘆きはべるめるなむ、ことわりなる。うちとけおはしますことははべらざりつれど、さりともつひにはと、あいな頼めしはべりつるを。げにこそ、心細き夕べにはべれ」	365
	367	とても、泣きたまひぬ。	366
	368	「いと浅はかなる人びとの嘆きにもはべるなるかな。まことに、いかなりともと、のどかに思ひたまへつるほどは、おのづから御目離るる折もはべりつらむを、なかなか今は、何を頼みにてかはおこたりはべらむ。今御覧じてむ」	367
	369	とて出でたまふを、大臣見送りきこえたまひて、入りたまへるに、御しつらひよりはじめ、ありしに変はることもなけれど、空蝉のむなしき心地ぞしたまふ。	368
	370	御帳の前に、御硯などうち散らして、手習ひ捨てたまへるを取りて、目をおししぼりつつ見たまふを、若き人々は、悲しきなかにも、ほほ笑むあるべし。あはれなる古言ども、唐のも大和のも書きけがしつつ、草にも真名にも、さまざまめづらしきさまに書き混ぜたまへり。	369
	371	「かしこの御手や」	370
	372	と、空を仰ぎて眺めたまふ。よそ人に見たてまつりなさむが、惜しきなるべし。「旧き枕故き衾、誰と共にか」とある所に、	371
	373	「なき魂ぞいとど悲しき寝し床の	372
	374	あくがれがたき心ならひに」	373
	375	また、「霜の花白し」とある所に、	374
	376	「君なくて塵つもりぬる常夏の	375
	377	露うち払ひいく夜寝ぬらむ」	376
	378	一日の花なるべし、枯れて混じれり。	377
	379	宮に御覧ぜさせたまひて、	378
	380	「いふかひなきことをばさるものにて、かかる悲しき類ひ、世になくやはと、思ひなしつつ、契り長からで、かく心を惑はすべくてこそはありけめと、かへりてはつらく、前の世を思ひやりつつなむ、覚ましはべるを、ただ、日ごろに添へて、恋しさの堪へがたきと、この大将の君の、今はとよそになりたまはむなむ、飽かずいみじく思ひたまへらるる。一日、二日も見えたまはず、かれがれにおはせしをだに、飽かず胸いたく思ひはべりしを、朝夕の光失ひては、いかでかながらふべからむ」	379
	381	と、御声もえ忍びあへたまはず泣いたまふに、御前なるおとなおとなしき人など、いと悲しくて、さとうち泣きたる、そぞろ寒き夕べのけしきなり。	380
	382	若き人びとは、所々に群れゐつつ、おのがどち、あはれなることどもうち語らひて、	381
	383	「殿の思しのたまはするやうに、若君を見たてまつりてこそは、慰むべかめれと思ふも、いとはかなきほどの御形見にこそ」	382
	384	とて、おのおの、「あからさまにまかでて、参らむ」と言ふもあれば、かたみに別れ惜しむほど、おのがじしあはれなることども多かり。	383
	385		384
	386	院へ参りたまへれば、	385
	387	「いといたう面痩せにけり。精進にて日を経るけにや」	386
	388	と、心苦しげに思し召して、御前にて物など参らせたまひて、とやかくやと思し扱ひきこえさせたまへるさま、あはれにかたじけなし。	387
	389	中宮の御方に参りたまへれば、人びと、めづらしがり見たてまつる。命婦の君して、	388
	390	「思ひ尽きせぬことどもを、ほど経るにつけてもいかに」	389
	391	と、御消息聞こえたまへり。	390
	392	「常なき世は、おほかたにも思うたまへ知りにしを、目に近く見はべりつるに、いとはしきこと多く思うたまへ乱れしも、たびたびの御消息に慰めはべりてなむ、今日までも」	391
	393	とて、さらぬ折だにある御けしき取り添へて、いと心苦しげなり。無紋の表の御衣に、鈍色の御下襲、纓巻きたまへるやつれ姿、はなやかなる御装ひよりも、なまめかしさまさりたまへり。	392
	394	春宮にも久しう参らぬおぼつかなさなど、聞こえたまひて、夜更けてぞ、まかでたまふ。	393
	395		394
	396	第三章　紫の君の物語　新手枕の物語	395
	397	[第一段　源氏、紫の君と新手枕を交わす]	396
	398	二条院には、方々払ひみがきて、男女、待ちきこえたり。上臈ども皆参う上りて、我も我もと装束き、化粧じたるを見るにつけても、かのゐ並み屈じたりつるけしきどもぞ、あはれに思ひ出でられたまふ。	397
	399	御装束たてまつり替へて、西の対に渡りたまへり。衣更えの御しつらひ、くもりなくあざやかに見えて、よき若人童女の、形、姿めやすくととのへて、「少納言がもてなし、心もとなきところなう、心にくし」と見たまふ。	398
	400	姫君、いとうつくしうひきつくろひておはす。	399
	401	「久しかりつるほどに、いとこよなうこそ大人びたまひにけれ」	400
	402	とて、小さき御几帳ひき上げて見たてまつりたまへば、うちそばみて笑ひたまへる御さま、飽かぬところなし。	401
	403	「火影の御かたはらめ、頭つきなど、ただ、かの心尽くしきこゆる人に、違ふところなくなりゆくかな」	402
	404	と見たまふに、いとうれし。	403
	405	近く寄りたまひて、おぼつかなかりつるほどのことどもなど聞こえたまひて、	404
	406	「日ごろの物語、のどかに聞こえまほしけれど、忌ま忌ましうおぼえはべれば、しばし他方にやすらひて、参り来む。今は、とだえなく見たてまつるべければ、厭はしうさへや思されむ」	405
	407	と、語らひきこえたまふを、少納言はうれしと聞くものから、なほ危ふく思ひきこゆ。「やむごとなき忍び所多うかかづらひたまへれば、またわづらはしきや立ち代はりたまはむ」と思ふぞ、憎き心なるや。	406
	408	御方に渡りたまひて、中将の君といふに、御足など参りすさびて、大殿籠もりぬ。	407
	409	朝には、若君の御もとに御文たてまつりたまふ。あはれなる御返りを見たまふにも、尽きせぬことどものみなむ。	408
	410		409
	411	いとつれづれに眺めがちなれど、何となき御歩きも、もの憂く思しなられて、思しも立たれず。	410
	412	姫君の、何ごともあらまほしうととのひ果てて、いとめでたうのみ見えたまふを、似げなからぬほどに、はた、見なしたまへれば、けしきばみたることなど、折々聞こえ試みたまへど、見も知りたまはぬけしきなり。	411
	413	つれづれなるままに、ただこなたにて碁打ち、偏つぎなどしつつ、日を暮らしたまふに、心ばへのらうらうじく愛敬づき、はかなき戯れごとのなかにも、うつくしき筋をし出でたまへば、思し放ちたる年月こそ、たださるかたのらうたさのみはありつれ、しのびがたくなりて、心苦しけれど、いかがありけむ、人のけぢめ見たてまつりわくべき御仲にもあらぬに、男君はとく起きたまひて、女君はさらに起きたまはぬ朝あり。	412
	414	人びと、「いかなれば、かくおはしますならむ。御心地の例ならず思さるるにや」と見たてまつり嘆くに、君は渡りたまふとて、御硯の箱を、御帳のうちにさし入れておはしにけり。	413
	415	人まにからうして頭もたげたまへるに、引き結びたる文、御枕のもとにあり。何心もなく、ひき開けて見たまへば、	414
	416	「あやなくも隔てけるかな夜をかさね	415
	417	さすがに馴れし夜の衣を」	416
	418	と、書きすさびたまへるやうなり。「かかる御心おはすらむ」とは、かけても思し寄らざりしかば、	417
	419	「などてかう心憂かりける御心を、うらなく頼もしきものに思ひきこえけむ」	418
	420	と、あさましう思さる。	419
	421		420
	422	昼つかた、渡りたまひて、	421
	423	「悩ましげにしたまふらむは、いかなる御心地ぞ。今日は、碁も打たで、さうざうしや」	422
	424	とて、覗きたまへば、いよいよ御衣ひきかづきて臥したまへり。人びとは退きつつさぶらへば、寄りたまひて、	423
	425	「など、かくいぶせき御もてなしぞ。思ひのほかに心憂くこそおはしけれな。人もいかにあやしと思ふらむ」	424
	426	とて、御衾をひきやりたまへれば、汗におしひたして、額髪もいたう濡れたまへり。	425
	427	「あな、うたて。これはいとゆゆしきわざぞよ」	426
	428	とて、よろづにこしらへきこえたまへど、まことに、いとつらしと思ひたまひて、つゆの御いらへもしたまはず。	427
	429	「よしよし。さらに見えたてまつらじ。いと恥づかし」	428
	430	など怨じたまひて、御硯開けて見たまへど、物もなければ、「若の御ありさまや」と、らうたく見たてまつりたまひて、日一日、入りゐて、慰めきこえたまへど、解けがたき御けしき、いとどらうたげなり。	429
	431		430
	432	[第二段　結婚の儀式の夜]	431
	433	その夜さり、亥の子餅参らせたり。かかる御思ひのほどなれば、ことことしきさまにはあらで、こなたばかりに、をかしげなる桧破籠などばかりを、色々にて参れるを見たまひて、君、南のかたに出でたまひて、惟光を召して、	432
	434	「この餅、かう数々に所狭きさまにはあらで、明日の暮れに参らせよ。今日は忌ま忌ましき日なりけり」	433
	435	と、うちほほ笑みてのたまふ御けしきを、心とき者にて、ふと思ひ寄りぬ。惟光、たしかにも承らで、	434
	436	「げに、愛敬の初めは、日選りして聞こし召すべきことにこそ。さても、子の子はいくつか仕うまつらすべうはべらむ」	435
	437	と、まめだちて申せば、	436
	438	「三つが一つかにてもあらむかし」	437
	439	とのたまふに、心得果てて、立ちぬ。「もの馴れのさまや」と君は思す。人にも言はで、手づからといふばかり、里にてぞ、作りゐたりける。	438
	440	君は、こしらへわびたまひて、今はじめ盗みもて来たらむ人の心地するも、いとをかしくて、「年ごろあはれと思ひきこえつるは、片端にもあらざりけり。人の心こそうたてあるものはあれ。今は一夜も隔てむことのわりなかるべきこと」と思さる。	439
	441	のたまひし餅、忍びて、いたう夜更かして持て参れり。「少納言はおとなしくて、恥づかしくや思さむ」と、思ひやり深く心しらひて、娘の弁といふを呼び出でて、	440
	442	「これ、忍びて参らせたまへ」	441
	443	とて、香壷の筥を一つ、さし入れたり。	442
	444	「たしかに、御枕上に参らすべき祝ひの物にはべる。あな、かしこ。あだにな」	443
	445	と言へば、「あやし」と思へど、	444
	446	「あだなることは、まだならはぬものを」	445
	447	とて、取れば、	446
	448	「まことに、今はさる文字忌ませたまへよ。よも混じりはべらじ」	447
	449	と言ふ。若き人にて、けしきもえ深く思ひ寄らねば、持て参りて、御枕上の御几帳よりさし入れたるを、君ぞ、例の聞こえ知らせたまふらむかし。	448
	450	人はえ知らぬに、翌朝、この筥をまかでさせたまへるにぞ、親しき限りの人びと、思ひ合はすることどもありける。御皿どもなど、いつのまにかし出でけむ。花足いときよらにして、餅のさまも、ことさらび、いとをかしう調へたり。	449
	451	少納言は、「いと、かうしもや」とこそ思ひきこえさせつれ、あはれにかたじけなく、思しいたらぬことなき御心ばへを、まづうち泣かれぬ。	450
	452	「さても、うちうちにのたまはせよな。かの人も、いかに思ひつらむ」	451
	453	と、ささめきあへり。	452
	454		453
	455	かくて後は、内裏にも院にも、あからさまに参りたまへるほどだに、静心なく、面影に恋しければ、「あやしの心や」と、我ながら思さる。通ひたまひし所々よりは、うらめしげにおどろかしきこえたまひなどすれば、いとほしと思すもあれど、新手枕の心苦しくて、「夜をや隔てむ」と、思しわづらはるれば、いともの憂くて、悩ましげにのみもてなしたまひて、	454
	456	「世の中のいと憂くおぼゆるほど過ぐしてなむ、人にも見えたてまつるべき」	455
	457	とのみいらへたまひつつ、過ぐしたまふ。	456
	458	今后は、御匣殿なほこの大将にのみ心つけたまへるを、	457
	459	「げにはた、かくやむごとなかりつる方も失せたまひぬめるを、さてもあらむに、などか口惜しからむ」	458
	460	など、大臣のたまふに、「いと憎し」と、思ひきこえたまひて、	459
	461	「宮仕へも、をさをさしくだにしなしたまへらば、などか悪しからむ」	460
	462	と、参らせたてまつらむことを思しはげむ。	461
	463	君も、おしなべてのさまにはおぼえざりしを、口惜しとは思せど、ただ今はことざまに分くる御心もなくて、	462
	464	「何かは、かばかり短かめる世に。かくて思ひ定まりなむ。人の怨みも負ふまじかりけり」	463
	465	と、いとど危ふく思し懲りにたり。	464
	466	「かの御息所は、いといとほしけれど、まことのよるべと頼みきこえむには、かならず心おかれぬべし。年ごろのやうにて見過ぐしたまはば、さるべき折ふしにもの聞こえあはする人にてはあらむ」など、さすがに、ことのほかには思し放たず。	465
	467	「この姫君を、今まで世人もその人とも知りきこえぬも、物げなきやうなり。父宮に知らせきこえてむ」と、思ほしなりて、御裳着のこと、人にあまねくはのたまはねど、なべてならぬさまに思しまうくる御用意など、いとありがたけれど、女君は、こよなう疎みきこえたまひて、「年ごろよろづに頼みきこえて、まつはしきこえけるこそ、あさましき心なりけれ」と、悔しうのみ思して、さやかにも見合はせたてまつりたまはず、聞こえ戯れたまふも、苦しうわりなきものに思しむすぼほれて、ありしにもあらずなりたまへる御ありさまを、をかしうもいとほしうも思されて、	466
	468	「年ごろ、思ひきこえし本意なく、馴れはまさらぬ御けしきの、心憂きこと」と、怨みきこえたまふほどに、年も返りぬ。	467
	469		468
	470	[第三段　新年の参賀と左大臣邸へ挨拶回り]	469
	471	朔日の日は、例の、院に参りたまひてぞ、内裏、春宮などにも参りたまふ。それより大殿にまかでたまへり。大臣、新しき年ともいはず、昔の御ことども聞こえ出でたまひて、さうざうしく悲しと思すに、いとどかくさへ渡りたまへるにつけて、念じ返したまへど、堪へがたう思したり。	470
	472	御年の加はるけにや、ものものしきけさへ添ひたまひて、ありしよりけに、きよらに見えたまふ。立ち出でて、御方に入りたまへれば、人びともめづらしう見たてまつりて、忍びあへず。	471
	473	若君見たてまつりたまへば、こよなうおよすけて、笑ひがちにおはするも、あはれなり。まみ、口つき、ただ春宮の御同じさまなれば、「人もこそ見たてまつりとがむれ」と見たまふ。	472
	474	御しつらひなども変はらず、御衣掛の御装束など、例のやうにし掛けられたるに、女のが並ばぬこそ、栄なくさうざうしけれ。	473
	475	宮の御消息にて、	474
	476	「今日は、いみじく思ひたまへ忍ぶるを、かく渡らせたまへるになむ、なかなか」	475
	477	など聞こえたまひて、	476
	478	「昔にならひはべりにける御よそひも、月ごろは、いとど涙に霧りふたがりて、色あひなく御覧ぜられはべらむと思ひたまふれど、今日ばかりは、なほやつれさせたまへ」	477
	479	とて、いみじくし尽くしたまへるものども、また重ねてたてまつれたまへり。かならず今日たてまつるべき、と思しける御下襲は、色も織りざまも、世の常ならず、心ことなるを、かひなくやはとて、着替へたまふ。来ざらましかば、口惜しう思さましと、心苦し。御返りに、	478
	480	「春や来ぬるとも、まづ御覧ぜられになむ、参りはべりつれど、思ひたまへ出でらるること多くて、え聞こえさせはべらず。	479
	481	あまた年今日改めし色衣	480
	482	着ては涙ぞふる心地する	481
	483	えこそ思ひたまへしづめね」	482
	484	と聞こえたまへり。御返り、	483
	485	「新しき年ともいはずふるものは	484
	486	ふりぬる人の涙なりけり」	485
	487	おろかなるべきことにぞあらぬや。	486
	488		487
	489	【出典】	488
	490	出典1　我を思ふ人を思はぬ報いにや我が思ふ人の我を思はぬ（古今集雑体-一〇四一　読人しらず）（戻）	489
	491	出典2　笹の隈桧隈川に駒とめてしばし水かへ影だに見む（古今集大歌所御歌-一〇八〇　ひるめの歌）（戻）	490
	492	出典3　伊勢の海に釣する海人の浮けなれや心一つを定めかねつる（古今集恋一-五〇九　読人しらず）（戻）	491
	493	出典4　悔しくぞ汲みそめてける浅ければ袖のみ濡るる山の井の水（古今六帖二-九八七）（戻）	492
	494	出典5　物思へば沢の蛍も我が身よりあくがれ出づる魂かとぞ見る（後拾遺集神祇-一一六二　和泉式部）（戻）	493
	495	出典6　身を捨てて行きやしにけむ思ふより外なる物は心なりけり（古今集雑下-九七七　凡河内躬恒）（戻）	494
	496	出典7　思はじと思ふも物を思ふなり言はじと言ふもこれも言ふなり（源氏釈所引、出典未詳）（戻）	495
	497	出典8　人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひにけるかな（後撰集雑一-一一〇二　藤原兼輔）（戻）	496
	498	出典9　大空は恋しき人の形見かは物思ふごとに眺めらるらむ（古今集恋四-七四三　酒井人真）（戻）	497
	499	出典10　結びおきし形見の子だになかりせば何に忍の草を摘ままし（後撰集雑二-一一八七　兼忠が母の乳母）（戻）	498
	500	出典11　時しもあれ秋やは人の別るべきあるを見るだに恋しきものを（古今集哀傷-八九三　壬生忠岑）（戻）	499
	501	出典12　旦為朝雲　暮為行雨（文選十九-五六　高唐賦　宋玉）相逢相笑尽如夢　為雨為雲今不知（劉夢得外集一-有所嗟）（戻）	500
	502	出典13　あな恋し今も見てしが山賤の垣ほに咲ける大和撫子（古今集恋四-六九五　読人しらず）（戻）	501
	503	出典14　神無月いつも時雨は降りしかどかく袖くたす折はなかりき（源氏釈所引、出典未詳）（戻）	502
	504	出典15　白雲の九重に立つ峰なれば大内山といふにぞありける（新勅撰集雑四-一二六五　藤原兼輔）（戻）	503
	505	出典16　みなれ木の見慣れそなれて離れなば恋しからむや恋しからじや（源氏釈所引、出典未詳）（戻）	504
	506	出典17　末の露もとの滴や世の中の後れ先立つためしなるらむ（新古今集哀傷-七五七　僧正遍昭）（戻）	505
	507	出典18　鴛鴦瓦冷霜花重　旧枕故衾誰与共（白氏文集十二-五九六　長恨歌）（戻）	506
	508	出典19　塵をだに据ゑじとぞ思ふ咲きしより妹とわが寝る常夏の花（古今集夏-一六七　凡河内躬恒）（戻）	507
	509	出典20　若草の新手枕をまきそめて夜をや隔てむ憎からなくに（古今六帖五-二七四九）（戻）	508
	510	出典21　み狩する雁羽の小野の楢柴の馴れはまさらで恋ひぞまされる（新古今集恋一-一〇五〇　柿本人麿）（戻）	509
	511	出典22　新しく明くる年をば百年の春の初めと鴬ぞ鳴く（古今六帖一-一六）（戻）	510
	512		511
	513	【校訂】	512
	514	備考--（/）　ミセケチ--＄　抹消--＃　補入--+　傍書--=　ナゾリ--＆　独自異文等--*　朱筆--<朱>　不明--△	513
	515	校訂1　后腹の--きさきはし（し/＄ら<朱>）の（戻）	514
	516	校訂2　よき--（/+よき<朱>）（戻）	515
	517	校訂3　いづかたにも--いつかた（た/+に）も（戻）	516
	518	校訂4　さばかりにては--さはかりて（て/＄にて）は（戻）	517
	519	校訂5　いとど--いと（と/+と<朱>）（戻）	518
	520	校訂6　いと--（/+いと）（戻）	519
	521	校訂7　べかめるも--へかめに（に/＄る<朱>）（戻）	520
	522	校訂8　あるまじき--あるし（し/＄）ましき（戻）	521
	523	校訂9　聞こえ--きこゆ（ゆ/＄え<朱>）（戻）	522
	524	校訂10　待ち--（/+待<朱>）（戻）	523
	525	校訂11　名たたしう--なたら（ら/＄た<朱>）しう（戻）	524
	526	校訂12　いみじう--（/+いみしう<朱>）（戻）	525
	527	校訂13　退き--し（し/+り<朱>）そき（戻）	526
	528	校訂14　言ふ--*ゆふ（戻）	527
	529	校訂15　出づる--いへ（へ/＄つ<朱>）る（戻）	528
	530	校訂16　試み--心え（え/＄み<朱>）（戻）	529
	531	校訂17　今から--いまかう（う/＄ら<朱>）（戻）	530
	532	校訂18　さのみ--さ（さ/＄さ<朱>）（戻）	531
	533	校訂19　まもられ--まも（も/+ら<朱>）れ（戻）	532
	534	校訂20　あまり--あま（ま/＄ま<朱>）り（戻）	533
	535	校訂21　瀬--を（を/＄せ<朱>）（戻）	534
	536	校訂22　損なはれ--そこな（な/+は<朱>）れ（戻）	535
	537	校訂23　はかなう--はら（ら/＄か<朱>）なう（戻）	536
	538	校訂24　知るらむ--し（し/+る<朱>）らむ（戻）	537
	539	校訂25　させ--さ（さ/＄さ<朱>）（戻）	538
	540	校訂26　扱はむ--あつる（つる/＄つか<朱>）はむ（戻）	539
	541	校訂27　ふり捨て--ふま（ま/＄<朱>）りすて（戻）	540
	542	校訂28　いたかり--いあ（あ/＄たか<朱>）り（戻）	541
	543	校訂29　さるべき--さるへ（へ/+き<朱>）（戻）	542
	544	校訂30　果て--（/+は）て（戻）	543
	545	校訂31　通り--とおる（る/＄り<朱>）（戻）	544
	546	校訂32　見え--見（見/+え）（戻）	545
	547	校訂33　若君--我（我/＃わか）君（戻）	546
	548	校訂34　おのがじし--（/+を）のかしゝ（戻）	547
	549	校訂35　面痩せ--おもひ（ひ/＄<朱>）やせ（戻）	548
	550	校訂36　さらぬ--さな（な/＄<朱>）らぬ（戻）	549
	551	校訂37　うちそばみ--うち（ち/+そ）はみ（戻）	550
	552	校訂38　笑ひ--は（は/＄わ）らひ（戻）	551
	553	校訂39　ただ--たし（し/＄た<朱>）（戻）	552
	554	校訂40　御もとに--御とも（御/+も<朱>、も/＄<朱>）に（戻）	553
	555	校訂41　渡り--に（に/＄わ<朱>）たり（戻）	554
	556	校訂42　退きつつ--しりそきて（て/＄）（戻）	555
	557	校訂43　心憂く--心（心/+う）く（戻）	556
	558	校訂44　御皿--御さえ（え/＄ら<朱>）（戻）	557
	559	校訂45　ささめき--さら（ら/＄さ<朱>）めき（戻）	558
	560	校訂46　短かめる--*みし△め（し/+か<朱>）（戻）	559
	561	校訂47　さうざうしけれ--*さう／＼けれ（けれ/＄く<朱>）はへなけれ（戻）	560
	562		561
	563	源氏物語の世界ヘ	562
	564	ローマ字版	563
	565	現代語訳	564
	566	注釈	565
	567	大島本	566
	568	自筆本奥入	567
	569		568
	570		569
	571		570
	572		571

葵

第一章 六条御息所の物語 御禊見物の車争いの物語

第二章 葵の上の物語 六条御息所がもののけとなってとり憑く物語

第三章 紫の君の物語 新手枕の物語

第一章　六条御息所の物語　御禊見物の車争いの物語

第二章　葵の上の物語　六条御息所がもののけとなってとり憑く物語

第三章　紫の君の物語　新手枕の物語