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 3総角(大島本)3 
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 7渋谷栄一注釈(ver.1-1-3)7 
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8 
 9  

総角

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 11 [底本]
11 
 12財団法人古代学協会・古代学研究所編 角田文衛・室伏信助監修『大島本 源氏物語』第九巻 一九九六年 角川書店
12 
 13

13 
 14 [参考文献]
14 
 15池田亀鑑編著『源氏物語大成』第三巻「校異篇」一九五六年 中央公論社
15 
 16

16 
 17阿部秋生・秋山 虔・今井源衛・鈴木日出男校注・訳『古典セレクション 源氏物語』第十三巻 一九九八年 小学館
17 
 18柳井 滋・室伏信助・大朝雄二・鈴木日出男・藤井貞和・今西祐一郎校注『新日本古典文学大系 源氏物語』第四巻 一九九六年 岩波書店
18 
 19阿部秋生・秋山 虔・今井源衛・鈴木日出男校注・訳『完訳日本の古典 源氏物語』第八巻 一九八七年 小学館
19 
 20石田穣二・清水好子校注『新潮日本古典集成 源氏物語』第七巻 一九八三年 新潮社
20 
 21阿部秋生・秋山 虔・今井源衛校注・訳『日本古典文学全集 源氏物語』第五巻 一九七五年 小学館
21 
 22玉上琢弥著『源氏物語評釈』第十巻 一九六七年 角川書店
22 
 23山岸徳平校注『日本古典文学大系 源氏物語』第四巻 一九六二年 岩波書店
23 
 24池田亀鑑校注『日本古典全書 源氏物語』第六巻 一九五四年 朝日新聞社
24 
 25

25 
 26伊井春樹編『源氏物語引歌索引』一九七七年 笠間書院
26 
 27榎本正純篇著『源氏物語の草子地 諸注と研究』一九八二年 笠間書院
27 
 28

28 
 29第一章 大君の物語 薫と大君の実事なき暁の別れ
29 
 30
30 
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  • 秋、八の宮の一周忌の準備---あまた年耳馴れたまひにし川風も、この秋は
  • 31 
     32
  • 薫、大君に恋心を訴える---御願文作り、経仏供養ぜらるべき心ばへなど
  • 32 
     33
  • 薫、弁を呼び出して語る---けざやかにおとなびても、いかでかは賢しがりたまはむと
  • 33 
     34
  • 薫、弁を呼び出して語る(続き)---「もとより、かく人に違ひたまへる御癖どもに
  • 34 
     35
  • 薫、大君の寝所に迫る---今宵は泊りたまひて、物語などのどやかに
  • 35 
     36
  • 薫、大君をかき口説く---かく心細くあさましき御住み処に、好いたらむ人は
  • 36 
     37
  • 実事なく朝を迎える---はかなく明け方になりにけり。御供の人びと起きて
  • 37 
     38
  • 大君、妹の中の君を薫にと思う---姫宮は、人の思ふらむことのつつましきに
  • 38 
     3939 
     40第二章 大君の物語 大君、中の君を残して逃れる
    40 
     41
    41 
     42
  • 一周忌終り、薫、宇治を訪問---御服など果てて、脱ぎ捨てたまへるにつけても
  • 42 
     43
  • 大君、妹の中の君に薫を勧める---姫君、そのけしきをば深く見知りたまはねど
  • 43 
     44
  • 薫は帰らず、大君、苦悩す---暮れゆくに、客人は帰りたまはず。姫宮、いとむつかしと思す
  • 44 
     45
  • 大君、弁と相談する---姫宮、思しわづらひて、弁が参れるにのたまふ
  • 45 
     46
  • 大君、中の君を残して逃れる---中の宮も、あいなくいとほしき御けしきかなと
  • 46 
     47
  • 薫、相手を中の君と知る---中納言は、独り臥したまへるを、心しけるにやと
  • 47 
     48
  • 翌朝、それぞれの思い---弁参りて、「いとあやしく、中の宮は、いづくにか
  • 48 
     49
  • 薫と大君、和歌を詠み交す---姫宮も、「いかにしつることぞ、もしおろかなる心
  • 49 
     5050 
     51第三章 中の君の物語 中の君と匂宮との結婚
    51 
     52
    52 
     53
  • 薫、匂宮を訪問---三条宮焼けにし後は、六条院にぞ移ろひたまへれば
  • 53 
     54
  • 彼岸の果ての日、薫、匂宮を宇治に伴う---二十八日、彼岸の果てにて、吉き日なりければ
  • 54 
     55
  • 薫、中の君を匂宮にと企む---「さなむ」と聞こゆれば、「さればよ、思ひ移りにけり
  • 55 
     56
  • 薫、大君の寝所に迫る---「今は言ふかひなし。ことわりは、返すがへす
  • 56 
     57
  • 薫、再び実事なく夜を明かす---例の、明け行くけはひに、鐘の声など聞こゆ
  • 57 
     58
  • 匂宮、中の君へ後朝の文を書く---宮は、いつしかと御文たてまつりたまふ
  • 58 
     59
  • 匂宮と中の君、結婚第二夜---その夜も、かのしるべ誘ひたまへど、「冷泉院に
  • 59 
     60
  • 匂宮と中の君、結婚第三夜---「三日にあたる夜、餅なむ参る」と人びとの聞こゆれば
  • 60 
     6161 
     62第四章 中の君の物語 匂宮と中の君、朝ぼらけの宇治川を見る
    62 
     63
    63 
     64
  • 明石中宮、匂宮の外出を諌める---宮は、その夜、内裏に参りたまひて
  • 64 
     65
  • 薫、明石中宮に対面---中宮の御方に参りたまひつれば、「宮は出でたまひぬなり
  • 65 
     66
  • 女房たちと大君の思い---かしこには、中納言殿のことことしげに
  • 66 
     67
  • 匂宮と中の君、朝ぼらけの宇治川を見る---宮は、ありがたかりつる御暇のほどを
  • 67 
     68
  • 匂宮と中の君和歌を詠み交して別れる---人びといたく声づくり催しきこゆれば、
  • 68 
     69
  • 九月十日、薫と匂宮、宇治へ行く---九月十日のほどなれば、野山のけしきも
  • 69 
     70
  • 薫、大君に対面、実事なく朝を迎える---宮を、所につけては、いとことにかしづき入れ
  • 70 
     71
  • 匂宮、中の君を重んじる---わりなくておはしまして、ほどなく帰りたまふが
  • 71 
     7272 
     73第五章 大君の物語 匂宮たちの紅葉狩り
    73 
     74
    74 
     75
  • 十月朔日頃、匂宮、宇治に紅葉狩り---十月朔日ころ、網代もをかしきほどならむと
  • 75 
     76
  • 一行、和歌を唱和する---今日は、かくてと思すに、また、宮の大夫
  • 76 
     77
  • 大君と中の君の思い---かしこには、過ぎたまひぬるけはひを、遠くなるまで
  • 77 
     78
  • 大君の思い---「我も世にながらへば、かうやうなること見つべき
  • 78 
     79
  • 匂宮の禁足、薫の後悔---宮は、立ち返り、例のやうに忍びてと出で立ちたまひけるを
  • 79 
     80
  • 時雨降る日、匂宮宇治の中の君を思う---時雨いたくしてのどやかなる日
  • 80 
     8181 
     82第六章 大君の物語 大君の病気と薫の看護
    82 
     83
    83 
     84
  • 薫、大君の病気を知る---待ちきこえたまふ所は、絶え間遠き心地して
  • 84 
     85
  • 大君、匂宮と六の君の婚約を知る---またの朝に、「すこしもよろしく思さるや
  • 85 
     86
  • 中の君、昼寝の夢から覚める---夕暮の空のけしきいとすごくしぐれて
  • 86 
     87
  • 十月の晦、匂宮から手紙が届く---いと暗くなるほどに、宮より御使あり
  • 87 
     88
  • 薫、大君を見舞う---中納言も、「見しほどよりは軽びたる御心かな
  • 88 
     89
  • 薫、大君を看護する---暮れぬれば、「例の、あなたに」と聞こえて
  • 89 
     90
  • 阿闍梨、八の宮の夢を語る---不断経の、暁方のゐ替はりたる声のいと尊きに
  • 90 
     91
  • 豊明の夜、薫と大君、京を思う---宮の夢に見えたまひけむさま思しあはするに
  • 91 
     92
  • 薫、大君に寄り添う---ただ、かくておはするを頼みに、皆思ひきこえたり
  • 92 
     9393 
     94第七章 大君の物語 大君の死と薫の悲嘆
    94 
     95
    95 
     96
  • 大君、もの隠れゆくように死す---「つひにうち捨てたまひなば、世にしばしも
  • 96 
     97
  • 大君の火葬と薫の忌籠もり---中納言の君は、さりとも、いとかかることあらじ
  • 97 
     98
  • 七日毎の法事と薫の悲嘆---はかなくて日ごろは過ぎゆく。七日七日の事ども
  • 98 
     99
  • 雪の降る日、薫、大君を思う---雪のかきくらし降る日、終日にながめ暮らして
  • 99 
     100
  • 匂宮、雪の中、宇治へ弔問---「わが心から、あぢきなきことを思はせ
  • 100 
     101
  • 匂宮と中の君、和歌を詠み交す---夜のけしき、いとど険しき風の音に、人やりならず
  • 101 
     102
  • 歳暮に薫、宇治から帰京---年暮れ方には、かからぬ所だに、空のけしき
  • 102 
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     104

    104 
     105 

    第一章 大君の物語 薫と大君の実事なき暁の別れ

    105 
     106 [第一段 秋、八の宮の一周忌の準備]
    106 
     107【川風もこの秋は】−『完訳』は「風が秋の当来を告げる。その秋は悲哀の季節。故八の宮の一周忌近い今年の秋はとりわけ悲しい」と注す。薫二十四歳秋。宇治八宮薨去の翌秋。
    107 
     108【御果ての事】−八宮の一周忌の法要。昨年の秋八月二十日ごろに薨去した。
    108 
     109【人の聞こゆるに従ひて】−女房たちが申し上げるのに従って。
    109 
     110【かかるよその御後見なからましかば】−語り手の目を通しての感想。「ましかば」反実仮想。薫や阿闍梨の世話がなかったらできなかったろう、の意。
    110 
     111【みづからも参うでたまひて】−薫自身。
    111 
     112【阿闍梨もここに参れり】−山の阿闍梨が姫君たちの邸に来ていた。
    112 
     113【かくても経ぬる】−『源氏釈』は「身を憂しと思ふに消えぬ物なればかくてもへぬる世にこそありけれ」(古今集恋五、八〇六、読人しらず)を指摘。
    113 
     114【そのことと心得て】−姫君たちは名香の糸を作っているのだ、と分かって。
    114 
     115【わが涙をば玉にぬかなむ】−『源氏釈』は「より合わせてなくなる声を糸にしてわがなみだ涙をば玉にぬかなむ」(伊勢集)を指摘。
    115 
     116【伊勢の御もかくこそありけめと】−伊勢の御は宇多天皇の中宮温子に仕えた女房。『大和物語』にそのエピソードが語られている。
    116 
     117【内の人は】−御簾の内側の姫君たち。
    117 
     118【ものとはなしにとか】−『源氏釈』は「糸によるものならなくに別れ路の心細くも思ほゆるかな」(古今集羈旅、四一五、紀貫之)を指摘。
    118 
     119【心細き筋にひきかけけむ】−「筋」「ひきかけ」は「糸」の縁語。
    119 
     120

    120 
     121 [第二段 薫、大君に恋心を訴える]
    121 
     122【御願文作り】−主語は薫。願文は漢文で書く。
    122 
     123【客人】−薫。
    123 
     124【あげまきに長き契りを結びこめ同じ所に縒りも会はなむ】−薫から大君への贈歌。「総角」は催馬楽の曲名。その詩句を踏まえる。
    124 
     125【例のとうるさけれど】−『完訳』は「椎本でも薫は匂宮と中君の媒にかこつけ大君に胸中を訴えた。「例の」と繰り返される」と注す。
    125 
     126【ぬきもあへずもろき涙の玉の緒に長き契りをいかが結ばむ】−大君の返歌。「契り」「結び」の語句を用いて返す。「もろき涙の玉の緒」に余命短いことをいう。
    126 
     127【あはずは何を】−『源氏釈』は「片糸をこなたかなたによりかけてあはずは何を玉の緒にせむ」(古今集恋一、四八三、読人しらず)を指摘。
    127 
     128【みづからの御上は】−大君ご自身の身の上については。
    128 
     129【宮の御ことをぞ】−匂宮が中君にのご執心であることを。
    129 
     130【さしも御心に】−以下「承りにしがな」まで、薫の詞。
    130 
     131【まことにうしろめたくはあるまじげなるを】−『完訳』は「匂宮は安心できる人。以下、表面的に匂宮を言いながら、内実、自分を拒む大君への不満を哀訴」と注す。
    131 
     132【世のありさまなど】−男女の仲。
    132 
     133【違へじの心にてこそは】−以下「いかなるべき世にかあらむ」まで、大君の詞。
    133 
     134【げにかかる住まひなどに心あらむ人は】−『集成』は「仰せのように、こんな山里の住まいなどをしていますと、物の分る方なら物思いの限りを尽すことでしょうが。「世のありさまなど、おぼしわくまじくは見たてまつらぬを」という薫の言葉を受ける」と注す。
    134 
     135【こののたまふめる筋は】−大君自身の結婚に関する話。
    135 
     136【いにしへも】−故人父宮も、の意。
    136 
     137【さらにかけてとあらばかからばなど】−「さらにかけて」で、一向に何一つ、の意。「とあらばかからば」で、もしこならば、またああであったならば、の意。
    137 
     138【かかるさまにて】−いままで通りの状態で。
    138 
     139【世づきたる方を】−結婚生活。
    139 
     140【思しおきてけるとなむ】−主語は父宮。
    140 
     141【深山隠れには心苦しく見えたまふ人の御上を】−『完訳』は「前言から転じて、前途が長く山篭りをさせる気の毒な中の君の縁談に腐心」と注す。『異本紫明抄』は「かたちこそ深山隠れの朽木なれ心は花になさばなりなむ」(古今集雑上、八七五、兼芸法師)を指摘。
    141 
     142【いかなるべき世にかあらむ】−『集成』は「どのような縁に決りますことやら」。『完訳』は「これから先どうなるのでございましょう」と訳す。
    142 
     143

    143 
     144 [第三段 薫、弁を呼び出して語る]
    144 
     145【けざやかにおとなびてもいかでかは賢しがりたまはむ】−薫の心中の思い。大君がどんなにてきぱきと大人ぶって妹の縁談を進めようとしても、どうしてそれができようか。反語表現。
    145 
     146【古人召し出でてぞ語らひたまふ】−『完訳』は「大君相手では埒があかず、弁に打ち明けて加勢を頼む」と注す。
    146 
     147【年ごろはただ】−以下「例なくやはある」まで、薫の詞。
    147 
     148【もの心細げに思しなるめりし御末のころほひ】−八宮の晩年の様子についていう。
    148 
     149【この御事どもを心にまかせてもてなしきこゆべくなむのたまひ契りてしを】−『集成』は「この際自分の側に引きつけた言い方」。『完訳』は「八の宮の晩年に、姫君二人の将来を依託されたこと(橋姫・椎本)。「心にまかせてもてな」すようにとは、薫の勝手な解釈による」と注す。
    149 
     150【いかに思しおきつる方の異なるにやと】−『完訳』は「八の宮には、私(薫)以外に意中の人物があったのか、の意」と注す。
    150 
     151【いとあやしき本性にて】−薫自身についていう。今まで女人に心引かれることはなかったことをいう。
    151 
     152【昔の御ことも違へきこえず】−故八宮の遺言に違わず、の意。
    152 
     153【我も人も】−「人」は大君をさす。
    153 
     154【さやうなる例なく】−『完訳』は「落葉の宮と柏木などもその例」と注す。
    154 
     155【宮の御ことをも】−以下「なほいかにいかに」まで、薫の詞。「宮」は匂宮。匂宮と中君の縁談。
    155 
     156【思ほし向けたることのさまあらむ】−『集成』は「内々にやはり別のお考えの相手がいるに違いない」。『完訳』は「内々に別のお心づもりでもおありなのでしょうか」と訳す。
    156 
     157【例の悪ろびたる女ばらなどは】−『首書或抄』は「草子地より弁かことをいはんとて世間の女房とものことをいふ也」と指摘。
    157 
     158【言よがりなどもすめるを】−推量の助動詞「めり」は語り手の推量。
    158 
     159

    159 
     160 [第四段 薫、弁を呼び出して語る(続き)]
    160 
     161【もとよりかく】−以下「御ことならじとはべるめる」まで、弁の詞。
    161 
    c1162【人に違たる御癖どもに】−姫君たちの性質をさしていう。<BR>162【人に違まへる御癖どもに】−姫君たちの性質をさしていう。<BR>
     163【思ひよりたまへる御けしきに】−結婚について。
    163 
     164【頼もしげある木の本の隠ろへも】−『河海抄』は「侘び人のわきて立ち寄る木のもとは頼む蔭なく紅葉散りけり」(古今集秋下、二九二、僧正遍昭)を指摘。
    164 
     165【昔の古き筋なる人も】−『集成』は「昔からの古いご縁故の人々も。宮家に代々奉公してきたゆかりの者たち」と注す。
    165 
     166【まして今は】−八宮亡き現在。
    166 
     167【おはしましし世にこそ】−以下「行ひなすなれ」まで、よからぬ女房の意見。係助詞「こそ」は「とどこほりつれ」に係る。係結び、逆接用法。
    167 
     168【限りありて】−宮家としての格式があって。
    168 
     169【かたほならむ御ありさまは】−不釣合なご縁組は、の意。
    169 
     170【いかにもいかにも世になびきたまへらむを】−『完訳』は「このままでは暮しがたい意」と注す。
    170 
     171【こそはあらめ】−係結び、逆接用法。
    171 
     172【松の葉をすきて勤むる山伏だに生ける身の捨てがたさによりてこそ】−「すく」は飲み込むこと。松の葉を食べて修行をする山伏でさえ生身の体は捨てがたいので、の意。
    172 
    c1173【よからぬことを聞こえらせ】−『完訳』は「宮家の品格を損うような意見」と注す。<BR>173【よからぬことを聞こえらせ】−『完訳』は「宮家の品格を損うような意見」と注す。<BR>
     174【たわむべくもものしたまはず】−主語は大君。
    174 
     175【中の宮をなむ】−係助詞「なむ」は「たまふべかめる」に係る。
    175 
     176【山深く訪ねきこえさせたまふめる御心ざしの】−薫の宇治訪問についていう。格助詞「の」は同格の意。
    176 
     177【年経て見たてまつり馴れたまへるけはひも】−薫が大君を。
    177 
     178【疎からず思ひきこえさせたまひ】−主語は大君。
    178 
    c1179【かの御方をさやうにおもむけて聞こえたまはば】−『完訳』は「中の君を薫と結婚させたいと、大君は望んでいるとする。大君自身、自らは独身と決め、中の君を「深山隠れ」の「朽木」にはしたくないと、薫にも語った」と注す。<BR>179【かの御方をさやうにおもむけて聞こえたまはば】−『完訳』は「中の君を薫と結婚させたいと、大君は望んでいるとする。大君自身、自らは独身と決め、中の君を「深山隠れ」の「朽木」にはしたくないと、薫にも語った」と注す。<BR>
     180【となむ思すべかめる】−弁が大君の考えを推測したもの。
    180 
     181【宮の御文などはべるめるは】−匂宮からの手紙。
    181 
     182【あはれなる御一言を】−以下「まかせてやは見たまはぬ」まで、薫の詞。八宮の遺言をさす。
    182 
     183【いづ方にも見えたてまつらむ同じことなるべきを】−大君と中君のどちらと結婚しても同じ。
    183 
     184【さまではた思しよるなる】−大君が私薫を中君の結婚相手にと考えているということ。「なる」伝聞推定の助動詞。
    184 
     185【心の引く方なむ】−大君をさす。係助詞「なむ」は結びの流れ。
    185 
    c1186【なほとまりぬべきものなりけれ】−大君に執着を覚える意。<BR>186【なほとまりぬべきものなりけれ】−大君に執着を覚える意。<BR>
     187【改めてさはえ思ひなほすまじくなむ】−改めて中君に思い直すことはできない、の意。
    187 
     188【もてなしたまはむなむ】−仮定の気持ち。係助詞「なむ」は「疎かるまじく頼みきこゆる」に係る。
    188 
     189【いとさうざうしくなむ】−係助詞「なむ」は「疎かるまじく頼みきこゆる」に係る。
    189 
     190【疎かるまじく頼みきこゆる】−大君に親しくしていただきたいと期待申し上げている、意。
    190 
     191【后の宮は】−明石中宮。表向き薫の異母姉。
    191 
     192【三条の宮は親と思ひきこゆべきにもあらぬ】−薫の母女三の宮。前年に三条宮邸は焼失して現在は六条院に住んでいるが、本来の呼称でよぶ。
    192 
     193【限りあれば】−『集成』は「親子の分がありますので」。『完訳』は「皇女で、出家の身という制約」と注す。
    193 
     194【その他の女はすべていと疎くつつましく恐ろしく】−姉や母以外の女性はすべて馴染めず気後れして恐ろしい、という薫の女性観。
    194 
     195【懸想だちたることはいとまばゆくありつかずはしたなきこちごちしさにて】−薫は、仮初の色恋めいたことでも気恥ずかしく性に合わず体裁の悪い不器用さだ、という。
    195 
     196【心にしめたる方のことは】−大君のことをさす。
    196 
     197【見えたてまつらぬこそ】−『集成』は「〔大君に〕見て頂けないのは」と訳す。
    197 
     198【宮の御ことをも】−匂宮と中君の縁談。
    198 
     199【まかせてやは見たまはぬ】−私薫に任せてくださいませんか、の意。
    199 
     200【かばかり心細きに】−八宮死後の心細さ。
    200 
     201【あらまほしげなる御ありさまを】−大君には理想的な薫の有様、と弁は思う。
    201 
     202【さもあらせたてまつらばやと】−大君と薫を結婚させたい。
    202 
     203

    203 
     204 [第五段 薫、大君の寝所に迫る]
    204 
     205【物語などのどやかに聞こえまほしくて】−大君とゆっくり話などをしたくて。
    205 
     206【やすらひ暮らしたまひつ】−『集成』は「ぐずぐずしながら夕方まで過された」と訳す。
    206 
     207【わづらはしくてうちとけて聞こえたまはむことも】−主語は大君。
    207 
     208【おほかたにては】−『集成』は「この好色の筋をのけたら、ほかはすべて世にも稀な実のあるお人柄なので」と注す。
    208 
     209【仏のおはする中の戸を開けて】−仏間と廂間の隔ての中の戸。仏間は母屋の西面にある。大君は仏間にいる。
    209 
     210【簾に屏風を添へて】−母屋と廂の境の簾。光に照らし出されるのを避けるために屏風を置いた。
    210 
     211【外にも大殿油参らすれど】−母屋から見た外、薫の居る西の廂。
    211 
     212【悩ましうて無礼なるをあらはに】−薫の詞。「無礼」は男性詞。
    212 
     213【ゆゑゆゑしき肴など】−『集成』は「上品なつまみ物などを添えて」と訳す。
    213 
     214【この御前は人げ遠くもてなして】−薫と大君の周辺。『完訳』は「供人たちが気を利かす」と注す。
    214 
     215【思ひ焦らるるもはかなし】−『評釈』は「ふとくずれては他愛もない人の心、と、自嘲めくことばである」。『全集』は「薫の自嘲とも語り手の評言ともとれる」。『完訳』は「現世離脱を身上としてきた薫の変化を、語り手が評して結ぶ体」と注す。
    215 
    c1216【かくほどもなきものの隔てを】−以下「おこがましくもあるかな」まで、薫の心中の思い。『完訳』は「もどかしく思っては、あせるだけの優柔さが、あまりに愚かしい。俗情に苦しむ薫の自嘲である」と注す。<BR>216【かくほどもなきものの隔てばかりを】−以下「おこがましくもあるかな」まで、薫の心中の思い。『完訳』は「もどかしく思っては、あせるだけの優柔さが、あまりに愚かしい。俗情に苦しむ薫の自嘲である」と注す。<BR>
     217【内には】−御簾の内側。
    217 
     218【さしももて離れたまはざらなむと思ふべかめれば】−女房たちの思いを、語り手が推測。
    218 
    c1219【さし退みな寄り臥して】−接続助詞「つつ」同じ動作の反復。女房たちが大君の側を下がり下がりして、の意。<BR>219【さし退みな寄り臥して】−接続助詞「つつ」同じ動作の反復。女房たちが大君の側を下がり下がりして、の意。<BR>
     220【心地のかき乱り】−以下「また聞こえむ」まで、大君の詞。
    220 
     221【山路分けはべりつる人は】−以下「いと心細からむ」まで、薫の詞。「山路分け」は歌語的表現。
    221 
     222【半らばかり入りたまへるに】−主語は大君。「に」接続助詞、弱い順接の意。--したところ、の意。
    222 
     223【隔てなきとは】−以下「めづらかなるわざなる」まで、大君の詞。薫の「隔てなく聞こえて」の言葉を受けての言葉。
    223 
     224【いよいよをかしければ】−「をかし」は美しさに心引かれる、魅力があるの意。
    224 
     225【隔てぬ心を】−以下「過ぐしはべるぞや」まで、薫の詞。大君の「隔てなきとは」の言葉を受けての言葉。
    225 
     226【めづらかなりとも】−大君の「めづらかなるわざかな」を受けての言葉。
    226 
     227【人はかくしも推し量り】−『完訳』は「人々は、自分たちに情交がなかったとは思うまいが」と注す。
    227 
    c1228【世に違へる痴者にて】−『完訳』は「自分は世人と異なり、ばか正直に大君の気持を尊重するとする」と注す。<BR>228【世に違へる痴者にて】−『完訳』は「自分は世人と異なり、ばか正直に大君の気持を尊重するとする」と注す。<BR>
     229【御髪のこぼれかかりたるをかきやりつつ見たまへば】−薫、大君と直に対面している。
    229 
     230

    230 
     231 [第六段 薫、大君をかき口説く]
    231 
     232【かく心細くあさましき御住み処に】−以下「わざならまし」まで、薫の心中の思い。『集成』は「以下、美しい大君を見ての薫の心騷ぎ」と注す。
    232 
     233【あらましかば】−「止みなまし」と「わざならまし」に係る。反実仮想の構文。
    233 
     234【来し方の心のやすらひさへ】−副助詞「さへ」によって、将来の不安はもちろんのこと、過去の優柔不断な態度までが不安となる、という意。
    234 
     235【言ふかひなく憂しと思ひて】−主語は大君。
    235 
     236【かくはあらで】−以下「折もありなむ」まで、薫の心中の思い。『集成』は「大君がこんなにいやがられるのではなくて」。『完訳』は「薫の無理じいしようとする気持が、気長に待とうとする気持に移る」と注す。
    236 
     237【かかる御心のほどを】−以下「慰む方なく」まで、大君の詞。
    237 
     238【ゆゆしき袖の色など見あらはしたまふ心浅さに】−『集成』は「薫の無体な振舞に、自分の不用意さをも悔やむ」。『完訳』は「顔を見られたことの屈辱は、口に出して言うことさえできない」と注す。
    238 
     239【いとかくしも】−以下「心になむ」まで、薫の詞。
    239 
     240【思さるるやうこそ】−嫌う気持ち。
    240 
     241【袖の色をひきかけさせたまふはしも】−『源氏釈』は「奥山の晴れぬ時雨ぞわび人の袖の色をばいとどましける」(出典未詳)を指摘。
    241 
     242【さばかりの忌おくべく今始めたることめきてやは思さるべき】−『集成』は「それくらいのことを憚らねばならないような、この頃始まったことと同じにお考えになっていいものでしょうか。喪中を口実にするのは、昨日今日の恋ならともかく、自分の場合は長年のことだからと、次に、二年前の垣間見のことから話し出す」と注す。
    242 
     243【かの物の音聞きし有明の月影よりはじめて】−薫が二年前に月明りに中に姉妹の合奏しているさまを垣間見したことから話し出して。
    243 
     244【恥づかしくもありけるかな】−大君の心中の思い。我が身の不注意を恥じる気持ち。
    244 
     245【かかる心ばへながらつれなくまめだちたまひけるかな】−大君の心中の思い。薫の下心を疎ましく思う。
    245 
     246【短き几帳】−丈の低い三尺の几帳。
    246 
     247【仏の御方にさし隔てて】−仏に憚る気持ち。
    247 
     248【かりそめに添ひ臥したまへり】−『完訳』は「実事のない添い寝」と注す。
    248 
     249【人よりはけに仏をも思ひきこえたまへる御心にて】−一般の人よりは道心深い薫の人柄についていう。
    249 
     250【わづらはしく】−『集成』は「気がとがめて」。『完訳』は「うしろめたい気持になられるので」と訳す。
    250 
     251【墨染の今さらに】−以下「たわみたまひなむ」まで、薫の心中に反省する思い。
    251 
     252【思ひそめしに違ふべければ】−『集成』は「自分の本意にも反することだろうから」。「完訳」は「仏道に志した当初の気持」と注す。
    252 
     253【かかる忌なからむほどに】−八宮の一周忌が明けたころに。
    253 
     254【かからぬ所だに】−『集成』は「こうした喪の家でなくても」。『完訳』は「こうした山里でなくてさえ」と訳す。
    254 
    c1255【峰の嵐も籬も】−「峰の嵐」「籬」は歌語。<BR>255【峰の嵐も籬の虫も】−「峰の嵐」「籬」は歌語。<BR>
     256【時々さしいらへたまへるさま】−大君についていう。
    256 
     257【いぎたなかりつる人びとは】−眠たがっていた女房たちをさす。
    257 
     258【かうなりけりとけしきとりて】−『集成』は「さてはそうだったのかと、様子を察して」。『完訳』は「大君と薫が契りを交したと思う。そう思われても無理からぬ事態」と注す。
    258 
     259【宮ののたまひしさまなど思し出づるに】−主語は大君。
    259 
     260【げにながらへば】−以下「わざにこそは」まで、大君の心中の思い。『集成』は「女房たちも自分に従わないのを見ての嘆き」と注す。
    260 
     261【水の音に流れ添ふ心地したまふ】−『奥入』は「辺風は吹き断つ秋の心緒、隴水は流れ添ふ夜の涙行」(和漢朗詠集、王昭君、大江朝綱)を指摘。
    261 
     262

    262 
     263 [第七段 実事なく朝を迎える]
    263 
     264【馬どものいばゆる音も旅の宿りの】−『奥入』は「晨の鶏再び鳴いて残月没りぬ、征馬連に嘶えて行人出づ」(白氏文集巻十二、生別離)を指摘。
    264 
     265【人の語るを】−薫の供人。
    265 
     266【光見えつる方の障子を】−朝の曙光。『集成』は「母屋から廂の間に出た趣」と注す。
    266 
     267【もろともに見たまふ】−『完訳』は「男女がともに夜明けの戸外を眺めるのは、後朝の典型的な一場面」と注す。
    267 
     268【女もすこしゐざり出でたまへるに】−『集成』は「見た目には、恋をする男女の体なのでこう言う」と注す。
    268 
     269【何とはなくて】−以下「過ぐさまほしき」まで、薫の詞。『完訳』は「夫婦というわけでなくとも」と注す。
    269 
     270【かういとはしたなからで】−以下「あるまじくなむ」まで、大君の詞。「かう」は直に対面する体裁悪さをいう。
    270 
    c1271【むら鳥の立ちさまよふ羽風近くこゆ】−『河海抄』は「むら鳥の立ちにし我が名今さらにことなしぶともしるしあらめや」(古今集恋三、六七四、読人しらず)を指摘。<BR>271【むら鳥の立ちさまよふ羽風近くこゆ】−『河海抄』は「むら鳥の立ちにし我が名今さらにことなしぶともしるしあらめや」(古今集恋三、六七四、読人しらず)を指摘。<BR>
     272【今はいと見苦しきを】−大君の詞。『集成』は「帰りを急がす言葉。周囲に憚る気持」と注す。
    272 
     273【ことあり顔に】−以下「こそかひなけれ」まで、薫の詞。完訳「わけあり顔に。朝露を分けて女のもとから帰るのは、後朝の男の典型的な姿。大君のつれなさを恨む気持もこもる」と注す。
    273 
     274【人はいかが推し量りきこゆべき】−『集成』は「かえって二人の仲は疑われよう、の意」。『完訳』は「どうせ人は、結婚した仲と思うから、早く退出してはかえって不都合でもあったかと疑うだろう」と注す。
    274 
     275【例のやうになだらかにもてなさせたまひて】−『集成』は「いつものように何気なくお振舞いになって」。『完訳』は「普通の夫婦のように穏やかにおふるまいになって」と訳す。
    275 
     276【世に違ひたることにて】−『完訳』は「実事のない親交をさす」と注す。
    276 
     277【今より後は】−以下「従ひたまへかし」まで、大君の詞。
    277 
     278【今朝はまた聞こゆるに】−係助詞「は」、他とは区別する意。私の申し上げることを聞いて下さい、の意。
    278 
     279【いとすべなしと思したれば】−主語は大君。
    279 
     280【あな苦しや】−以下「惑ひぬべきを」まで、薫の詞。
    280 
     281【暁の別れやまだ知らぬことにてげに惑ひぬべきを】−『花鳥余情』は「まだ知らぬ暁起きの別れには道さへまどふものにぞありける」(出典未詳)を指摘。
    281 
     282【山里のあはれ知らるる声々にとりあつめたる朝ぼらけかな】−薫から大君への贈歌。「とりあつめたる」に「鳥」を響かす。
    282 
     283【鳥の音も聞こえぬ山と思ひしを世の憂きことは訪ね来にけり】−大君の返歌。「鳥」「山」の語句を受けて返す。『異本紫明抄』は「飛ぶ鳥の声も聞こえぬ奥山の深き心を人は知らなむ」(古今集恋一、五三五、読人しらず)『集成』は「いかならむ巌の中に住まばかは世の憂きことの聞こえ来ざらむ」(古今集雑下、九五二、読人しらず)を指摘。
    283 
     284【昨夜入りし戸口より出でて】−西廂と母屋の境の戸口。
    284 
     285【名残恋しくて】−『花鳥余情』は「夜もすがらなづさはりぬる妹が袖なごり恋しく思ほゆるかな」(古今六帖五、あした)を指摘。
    285 
     286【いとかく思はましかば月ごろも今まで心のどかならましや】−薫の心中の思い。反実仮想の構文。『完訳』は「悠長に構えた過往を悔む気持」と注す。
    286 
     287

    287 
     288 [第八段 大君、妹の中の君を薫にと思う]
    288 
    c1289【姫宮は人の思ふらむこと】−『完訳』は「この巻では、以下、大君をも姫宮と呼ぶ」と注す。「人」は女房をさす。<BR>289【姫宮は人の思ふらむこと】−『完訳』は「この巻では、以下、大君をも姫宮と呼ぶ」と注す。「人」は女房をさす。<BR>
     290【頼もしき人なくて世を過ぐす身の】−以下「ありぬべき世なめり」まで、大君の心中の思い。『新大系』は「以下、大君の心中に即した叙述」と注す。
    290 
     291【思しめぐらすには】−連語「には」、その一方では、というニュアンス。
    291 
     292【この人の御けはひありさまの】−以下「わが世はかくて過ぐし果ててむ」まで、大君の心中の思い。「この人」は薫。
    292 
     293【みづからはなほかくて過ぐしてむ】−独身で過すことを決意。
    293 
     294【人なみなみに見なしたらむこそ】−人並みに結婚させることをいう。
    294 
     295【人の上になしては】−『集成』は「妹の身の上のこととしてなら(中の君と薫を結婚させたら)、心の及ぶ限り大切に世話をしよう。姉として、気のつく限りの婿扱いをしよう、の意」と注す。
    295 
     296【また誰れかは見扱はむ】−反語表現。誰も後見する人がいない。
    296 
     297【恥づかしげに見えにくきけしきも】−『集成』は「あまりに立派で近づきがたい薫の様子なのも。「見えにくし」は、親しく夫婦の語らいもしにくい気持」と注す。
    297 
     298【わが世はかくて過ぐし果ててむ】−前にも「みづからはなほかく過ぐしてむ」とあった。それより「果ててむ」と強い決意の表れ。『集成』は「何度も決意を固める体」。『河海抄』は「いざここに我が世は経なむ菅原や伏見の里の荒れまくも惜し」(古今集雑下、九八一、読人しらず)を指摘。
    298 
     299【この宮は】−中君。
    299 
     300【御衣ひき着せたてまつりたまふに】−中君が大君に御夜着を掛けてさし上げる、意。
    300 
     301【御移り香の紛るべくもあらず】−薫の移り香。大君の衣装に染み込む。
    301 
     302【まことなるべし】−中君の心中の思い。女房たちが大君と薫の仲についてひそひそ話していたことは真実なのだろう、と思う。
    302 
     303【すくすくしく聞こえおきて】−『集成』は「しかつめらしく口上を申し上げておいて」。『完訳』は「姫宮への伝言をきまじめにお申しおきになって」と注す。
    303 
     304【総角を戯れにとりなししも】−以下「思すらむ」まで、大君の心中の思い。薫の歌をさす。
    304 
     305【尋ばかり】−催馬楽「総角」の歌句。
    305 
     306【日は残りなくなりはべりぬ】−以下「御悩みかな」まで、女房の詞。
    306 
     307【組などし果てたまひて】−名香の組糸。総角に組み上げる。
    307 
    c1308【心葉など】−以下「思ひよりはべらね」まで、中君の詞。<BR>308【心葉など】−以下「思ひよりはべらね」まで、中君の詞。<BR>
     309【せめて聞こえたまへば】−『完訳』は「(心葉は)箱などにつける飾り花。普通は金銀などの彫金細工。ここは組糸で作る。それを大君に作ってほしいと、起き出すようしむけた」注す。
    309 
     310【暗くなりぬる紛れに】−『集成』は「暗くなって顔も見えなくなった頃に」。『完訳』は「昨夜の薫との一件を恥じる気持」と注す。
    310 
     311【人伝てにぞ聞こえたまふ】−『集成』は「女房の代筆でお返事なさる」と注す。
    311 
     312【さも見苦しく若々しくおはすと人びとつぶやききこゆ】−『集成』は「薫からの文を、後朝の文ととる女房たちは、大君のはにかみと見て文句を言う」。『完訳』は「薫からの大事な後朝の文なのに大君は返事さえ書かない、の気持。大君の結婚を頼みに思う女房たちの、世俗的打算からの非難」と注す。
    312 
     313

    313 
     314 

    第二章 大君の物語 大君、中の君を残して逃れる

    314 
     315 [第一段 一周忌終り、薫、宇治を訪問]
    315 
    c1316【かた時も後れたてまつらむものとは思はざりしをはかなく過ぎにける月日のほどを】−姫君たちの心中の思いを地の文で語る。<BR>316【かた時も後れたてまつらむものとはざりしをはかなく過ぎにける月日のほどを】−姫君たちの心中の思いを地の文で語る。<BR>
     317【いみじく思ひのほかなる身の憂さ】−姫君たちの心中の思い。
    317 
     318【薄鈍にて】−除服の後は平服に戻るの普通だが、姫君たちはなお志厚く薄鈍色の喪服を着用している。
    318 
     319【うつくしげなる匂ひまさりたまへり】−『集成』は「可憐な美しさという点では姉君よりすぐれていらっしゃる」と注す。
    319 
     320【御髪など澄ましつくろはせて】−大君が女房をして中君の御髪を洗い整わせて、の意。
    320 
     321【近劣りしては思はずやあらむ】−大君の心中の思い。『集成』は「薫は中の君を期待外れだとは思わないだろう」と注す。
    321 
     322【かの人は】−薫をさす。
    322 
     323【藤の衣も改めたまへらむ長月も静心なくて】−『完訳』は「その喪服を改める九月の到来を待ちかねた。九月は忌月で結婚がはばかられる。命日の八月二十日ごろから、日数をおかずに訪ねたことになる」と注す。『河海抄』には「男女初会合忌正五九月云々」とある。
    323 
     324【例のやうに聞こえむ】−薫の訪問の主旨。
    324 
     325【心あやまりして】−『集成』は「〔大君は〕かたくなな気持になって」。『完訳』は「姫宮は気分がすぐれず」と訳す。
    325 
    c1326【思ひのほかに】−以下「いかに思ひはべらむ」まで、薫の手紙文。<BR>326【思ひのに】−以下「いかに思ひはべらむ」まで、薫の手紙文。<BR>
     327【今はとて】−以下「え聞こえぬ」まで、大君の返事。
    327 
     328【怨みわびて】−主語は薫。
    328 
     329【例の人召して】−弁の君をさす。「例の人」で一語。
    329 
     330【思ひにかなひたまひて】−『集成』は「(姫君が)自分たちの願い通りに薫と結婚して下さって、世間並みに京のお邸にお移りなどなさることを、大層結構なことだと話し合って」と注す。
    330 
     331【ただ入れたてまつらむ】−女房たちの詞。
    331 
     332

    332 
     333 [第二段 大君、妹の中の君に薫を勧める]
    333 
     334【かく取り分きて】−以下「心にこそあめれ」まで、大君の心中の思い。
    334 
     335【昔物語にも心もてやはとあることもかかることもあめる】−反語表現の構文。『集成』は「昔物語でも、姫君の一存で、とかくのことが起ろうか。みな女房の仲立ちによるものだ、の意」と注す。
    335 
     336【うちとくまじき人の心】−女房の思慮。
    336 
     337【せめて怨み深くは】−以下「つつみたまふならむ」まで、大君の心中の思い。薫がどうしても諦めずに、深く恨むようなら、の意。
    337 
    c1338【この君をし出でむ】−妹の中君をさす。<BR>338【この君をし出でむ】−妹の中君をさす。<BR>
     339【劣りざまならむにてだにさても見そめては】−『完訳』は「劣った女を相手にしてさえ。薫の気長なやさしさを認めた判断」と注す。
    339 
     340【ふとさることを待ち取る人のあらむ】−反語表現の構文。中君との結婚をさす。
    340 
    c1341【本意になむあらぬとうけひくけしきなかなるは】−薫は弁の君から大君が中君をという意向を聞かされたが、同意しなかったという話は、の意。「なかなる」の「なる」は伝聞推定の助動詞。<BR>341【本意になむあらぬとうけひくけしきなかなるは】−薫は弁の君から大君が中君をという意向を聞かされたが、同意しなかったという話は、の意。「なかなる」の「なる」は伝聞推定の助動詞。<BR>
     342【人の思はむことを】−こちら大君自身をさす。推量の助動詞「む」婉曲の意。
    342 
     343【思し構ふるを】−中君と薫の結婚を計画する。
    343 
     344【けしきだに知らせたまはずは罪もや得む】−大君の心中の思い。
    344 
     345【昔の御おもむけも】−以下「見たてまつりなさばや」まで、大君の中君への詞。「昔の御おもむけ」は亡き父宮のご意向、の意。
    345 
     346【世の中をかく心細くて】−以下「心つかうな」まで、父八宮の遺言。
    346 
     347【おはせし世の御ほだしにて】−父宮在世中のお足手まといで。
    347 
     348【今はとてさばかりのたまひし一言をだに違へじと思ひはべれば】−生涯結婚すまい、という意。
    348 
     349【げにさのみやうのものと過ぐしたまはむも】−『集成』は「でも、あの人たちの言う通り、あなたまでが私と同じに独り身で過されるのも」と注す。
    349 
     350【御ことをのみこそ】−あなた中君のことばかりが。
    350 
     351【君だに世の常に】−「君」は二人称。
    351 
     352【かかる身のありさまもおもだたしく慰むばかり】−自分の身の上もあなたが薫と結婚したら面目が立って気持ちが慰められる。
    352 
     353【見たてまつりなさばや】−中君の結婚を背後からお世話したい。
    353 
     354【いかに思すにか】−中君の心中の思い。姉君はどうお考えなのか。
    354 
     355【一所をのみやは】−以下「いかなるかたにか」まで、中君の詞。反語表現の構文。
    355 
     356【聞こえたまひけむ】−主語は父宮。
    356 
     357【思されためりしか】−主語は父宮。推量の助動詞「めり」は中君の主観的推量のオニュアンス。
    357 
     358【なほこれかれうたて】−以下「思ひ乱れはべるぞや」まで、大君の詞。
    358 
     359

    359 
     360 [第三段 薫は帰らず、大君、苦悩す]
    360 
     361【御消息ども】−『集成』は「薫の口上。あれこれと多い趣」と注す。
    361 
     362【いかにもてなすべき身にかは】−以下「ただ一方に言ふにこそは」まで、大君の心中の思い。
    362 
     363【一所おはせましかば】−両親のうちどちらか生きていらっしゃったら。反実仮想の構文。
    363 
     364【さるべき人】−『集成』は「娘の結婚の世話をするのが当然の人。親のこと」。『完訳』は「親の世話を受けながら、その指図どおりに結婚して」と注す。
    364 
     365【扱はれたてまつりて】−「たてまつる」の主体者は親、自分自身に対する敬語表現になる。この下に「〜まし」の気持ちがある。
    365 
     366【身を心ともせぬ世なれば】−『源氏釈』は「いなせとも言ひ放たれず憂きものは身を心ともせぬ世なりけり」(後撰集恋五、九三八、伊勢)を指摘。
    366 
     367【皆例のことにてこそは人笑へなる咎をも隠すなれ】−親の勧める結婚なら失敗しても世間の物笑いにならない、の意。
    367 
     368【ある限りの人は】−仕えている女房は皆。
    368 
     369【聞こえ知らすれど】−自分自身に対する敬語表現。主体者は女房。
    369 
     370【こははかばかしきことかは】−反語表現。
    370 
     371【人めかしからぬ心どもにて】−使用人の分際で。身分制度の意識。
    371 
     372【引き動かしつばかり聞こえあへるも】−主語は女房たち。『完訳』は「女房が、大君を薫と対面させるべく、強引に誘うさま」と注す。
    372 
     373【かかる筋には】−結婚に関する話題。
    373 
     374【あやしくもありける身かな】−大君の思い。『集成』は「一人ぼっちの変な身の上の私だこと」と注す。
    374 
     375【例の色の御衣どもたてまつり替へよ】−女房の詞。
    375 
     376【皆さる心すべかめるけしきを】−『集成』は「一同婚儀の段取りを進めるらしい様子なのを」。『完訳』は「薫に逢わせる準備をする様子」と注す。「すべかめる」は大君に心中に即した叙述。
    376 
     377【あさましくげに何の障り所かはあらむ】−『集成』は「大君の心中から自然に地の文に移る書き方」。『完訳』は「いかにも相手が近寄るのに防ぐものがあろうか。日ごろの薫の、障りや隔てのない親交の訴えを受け、「げに」とする。地の文に心中叙述の割り込んだ形」と注す。
    377 
     378【山梨の花ぞ逃れむ方なかりける】−『源氏釈』は「世の中をうしと言ひてもいづこにか身をば隠さむ山梨の花」(古今六帖六、山梨)を指摘。
    378 
    c1379【いつありけむこともなくもてなしてこそ】−薫の大君処遇の考え。<BR>379【いつありけむこともなくもてなしてこそ】−薫の大君処遇の考え。<BR>
     380【御心許したまはずはいつもいつもかくて過ぐさむ】−薫の詞。
    380 
     381【おのがじし】−女房同士。
    381 
     382【顕証にささめき】−『集成』は「大っぴらに私語し」と訳す。
    382 
    c1383【さはへど深からぬけに老いひがめるにやいとほしくぞ見ゆる】−『湖月抄』は師説「弁か事を草子地也」と指摘。『集成』は「何といっても、心根が浅はかなので、年をとってわけもわからなくなっているのか、姫君がお気の毒に思われる。草子地。弁などは、年輩の思慮深い女房であるはずなのに、という気持が下にある」と注す。<BR>383【さはへど深からぬけに老いひがめるにやいとほしくぞ見ゆる】−『湖月抄』は師説「弁か事を草子地也」と指摘。『集成』は「何といっても、心根が浅はかなので、年をとってわけもわからなくなっているのか、姫君がお気の毒に思われる。草子地。弁などは、年輩の思慮深い女房であるはずなのに、という気持が下にある」と注す。<BR>
     384

    384 
     385 [第四段 大君、弁と相談する]
    385 
     386【弁が参れるに】−『集成』は「姫君の説得に来たのだろう」と注す。
    386 
     387【年ごろも】−以下「聞こえなされよ」まで、大君の弁への詞。
    387 
     388【人に似ぬ御心寄せ】−薫の人物評。
    388 
     389【のたまひわたりしを】−主語は故八宮。
    389 
     390【思ひしに違ふさまなる御心ばへの混じりて】−好意の他に結婚を望んでいた気持ちをさす。
    390 
     391【世に人めきてあらまほしき身ならば】−『完訳』は「私が人並に結婚して暮したいと思う身なら。実際には独身を通そうの決意。反実仮想の構文」と注す。「あらまほしき身」は夫を持ちたい身、の意。
    391 
     392【いと苦しきを】−『集成』は読点で「を」接続助詞、逆接の意。『完訳』は句点で「を」間投助詞、詠嘆の意に解す。
    392 
     393【昔を思ひきこえたまふ心ざしならば】−「昔」は故人八宮。「たまふ」は弁に対する敬語。
    393 
     394【さのみこそは】−以下「雲霞をやは」まで、弁の詞。
    394 
    c1395【さはえ思ひあらたむまじ】−『集成』は「以下「後見きこえむ」まで、薫の言葉をそのまま伝える体」と注す。<BR>395【さはえ思ひむまじ】−『集成』は「以下「後見きこえむ」まで、薫の言葉をそのまま伝える体」と注す。<BR>
     396【となむ聞こえたまふ】−主語は薫。
    396 
     397【いみじき御心尽くしてかしづききこえさせたまはむに】−『集成』は「大層ご熱心に奔走あそばしてご結婚のお計らいをあそばされましょうとも」。『完訳』は「格別大事にお世話申し上げていらっしゃる場合でも」と訳す。下文に「さし集ひたまはざらまし」とある反実仮想の構文。
    397 
     398【たつきなげなる御ありさま】−『完訳』は「弁はあえて宮家の生活の窮乏にふれる」と注す。「たつき」の読みについて、『集成』は「たつき」。『完訳』は「たづき」。『岩波古語辞典』には「中世、タツギ・タツキとも」。
    398 
     399【後の御心は知りがたけれど】−挿入句。『完訳』は「婿君の将来の気持は分らぬが。男の心変りもありうるという一般的な判断を、挿入させた文脈」と注す。
    399 
     400【故宮の御遺言】−『集成』は「「おぼろけのよすがならで、--この山里をあくがれたまふな。ただかう人に違じたる契り異なる身とおぼしなして--」とあった(椎本)」と注す。
    400 
     401【それはさるべき人のおはせず】−『集成』は「それは、お家柄にふさわしい殿方がいらっしゃらず、身分の釣合わぬ縁組でもなさりはせぬかと(父宮が)ご心配あそばして」。『完訳』は「宮家の婿にふさわしい人」と注す。
    401 
     402【戒めきこえさせたまふめりしにこそ】−係助詞「こそ」の下に「あれ」などの語句が省略。
    402 
     403【この殿の】−『集成』は「このお殿様が。薫のこと。もはや、主人といった呼び方」。『完訳』は「「殿」の呼称に注意。薫を邸の主人格に呼ぶ」と注す。
    403 
     404【一所をうしろやすく見おきたてまつりていかにうれしからまし】−「一所」は姉妹のうちの一人。推量の助動詞「まし」反実仮想の意。
    404 
    c1405【のたはせし】−主語は故八宮。<BR>405【のたはせし】−主語は故八宮。<BR>
     406【ほどほどにつけて思ふ人に後れたまひぬる人は高きも下れるも】−一般論として、親に先立たれた娘が不本意な結婚をする例の多いことをいう。
    406 
     407【あながちにもて離れさせたまうて】−『集成』は「取り付くしまもなくお断り申しなさって」。『完訳』は「あなたが勝手に振り切って。大君の「昔より思ひ離れ--」への反論。「行ひの本意」もそこから出た言葉」と注す。
    407 
     408【さりとて雲霞をやは】−『対校』は「背くとて雲には乗らぬものなれど世の憂きことぞよそになるてふ」(古今六帖二、尼・伊勢物語)を指摘。『集成』は「仙人のような暮しもなるまい、の意」。『完訳』は「出家しても衣食の心配は必要」と注す。
    408 
     409

    409 
     410 [第五段 大君、中の君を残して逃れる]
    410 
    c1411【中の宮もあいなくいとほしきけしきかなと】−『完訳』は「中の宮も姉君を、なんとも不本意なおいたわしいご様子よと」と訳す。<BR>411【中の宮もあいなくいとほしきけしきかなと】−『完訳』は「中の宮も姉君を、なんとも不本意なおいたわしいご様子よと」と訳す。<BR>
     412【うしろめたく】−大君の不安な気持ち。
    412 
     413【いかにもてなさむと】−『集成』は「(大君は)気がかりで、弁などが何をするだろうと、不安にお思いになるが。薫を導き入れるかもしれないと不安を覚える」。『完訳』は「自分(大君)がどう対処したものか。一説に、弁が何をするのか」と注す。
    413 
     414【をかしき御衣上にひき着せたてまつりたまひて】−大君が中君に。『完訳』は「中の君の身体に。薫が忍び込んだら、妹を美しく見せ、自らは逃れるつもり」と注す。
    414 
    c2415-416【まだけはひ暑きころなれば】−八月下旬であるが残暑が残っている。<BR>《改行》
    しまろび退きて臥したまへり】−『集成』は「少し離れて横におなりになった。「まろびのく」は、前出催馬楽の言葉を用いる」。『完訳』は「寝返りする意」と注す。<BR>
    415-416【まだけはひ暑きほどなれば】−八月下旬であるが残暑が残っている。<BR>《改行》
    すこしまろび退きて臥したまへり】−『集成』は「少し離れて横におなりになった。「まろびのく」は、前出催馬楽の言葉を用いる」。『完訳』は「寝返りする意」と注す。<BR>
     417【いかなればいとかくしも】−以下「思ひ知りたまへるにや」まで、薫の心中の思い。
    417 
     418【いとどわが心通ひておぼゆれば】−『完訳』は「道心を身上とする薫の心に」と注す。
    418 
     419【さらば物越などにも】−以下「忍びてたばかれ」まで、薫の弁への詞。
    419 
     420【心して人疾く静めなど】−主語は弁。『集成』は「気をつけて、ほかの女房たちを早く寝静まらせたりして」と注す。
    420 
    c1421【人の忍びたまへるひ】−『完訳』は「「人」は薫。以下、「思ひけるに」あたりまで、薫を寝所に導く弁に即した叙述」と注す。<BR>421【人の忍びたまへるひ】−『完訳』は「「人」は薫。以下、「思ひけるに」あたりまで、薫を寝所に導く弁に即した叙述」と注す。<BR>
     422【え聞きつけたまはじ】−主語は大君。
    422 
     423【同じ所に大殿籠もれるを】−『集成』は「以下「--見たてまつり知りたまへらむ」まで、弁の心中」と注す。
    423 
     424【ほかほかにともいかが聞こえむ】−今夜は別々にお寝みになるようにと、どうして言えようか。反語表現。弁の内省。
    424 
     425【御けはひをもたどたどしからず見たてまつり知りたまへらむ】−薫は大君の感じをはっきりと知っているだろうから、姉妹を取り違えることはあるまい。
    425 
     426【うちもまどろみたまはねば】−主語は大君。
    426 
     427【いといとほしく】−『集成』は「以下、大君の心中の思いと動作を交互に書く」と注す。
    427 
     428【いかにするわざぞと】−『集成』は「どうしたらよいのだろうと」。『完訳』は「弁らがどうするのだろうと」と訳す。
    428 
     429【ともに隠れなばや】−大君の心中。中君と一緒に隠れたい。
    429 
     430【いかにおぼえたまはむ】−大君の心中。中君の心中を察する。
    430 
     431【あらましごとにてだに】−以下「思し疎まむ」まで、大君の心中。『集成』は「将来の心積りとして話しただけでも、ひどいと思っていらっしゃったのに」と訳す。中君に薫との結婚を勧めたことをさす。
    431 
     432【今はとて山に登りたまひし夕べの御さまなど】−故父宮が山寺に入った夕べの最後の姿。
    432 
     433

    433 
     434 [第六段 薫、相手を中の君と知る]
    434 
     435【心しけるにや】−薫の心中。『集成』は「薫を迎える積りで、大君を一人にさせたのかと思う」。『完訳』は「大君が自分を迎えてくれたと欣喜」と注す。
    435 
     436【やうやうあらざりけりと見る】−『集成』は「以下、敬語抜きで薫の心中に密着した書き方」。『完訳』は「以下、薫の目と心に即した行文。敬語の用いられない点に注意したい」と注す。
    436 
     437【あさましげにあきれ惑ひたまへるを】−主語は中君。
    437 
     438【げに心も知らざりける】−薫の納得する気持ち。
    438 
     439【これをもよそのものとはえ思ひ放つまじけれど】−中君を他人のものとはしたくない。『完訳』は「薫は中君にも執心」と注す。
    439 
     440【うちつけに】−以下「異人のやうにやは」まで、薫の心中。
    440 
     441【宿世逃れずは】−『完訳』は「中の君と結ばれる宿世だとしても、姉の大君と同じに思おう」と注す。
    441 
     442【例の】−『完訳』は「昨夜と同様、実事のない逢瀬」と注す。
    442 
     443【中の宮いづこにか】−以下「あやしきわざかな」まで、老女の詞。
    443 
     444【さりともあるやうあらむ】−老女の詞。
    444 
     445【おほかた例の】−以下「憑きたてまつりたらむ」まで、老女の詞。
    445 
     446【などていともて離れては】−『集成』は以下を老女の詞とする。
    446 
    c1447おそろしき神ぞ憑きたてまつりたらむ】−大君に取り憑く。『細流抄』に「世俗の諺に嫁すべき時過ぎぬれば神のつくと也」とある。『河海抄』は「玉葛実ならぬ樹にはちはやぶる神そつくとふならぬ樹ごとに」(万葉集巻二、一〇一)を指摘。<BR>447ろしき神ぞ憑きたてまつりたらむ】−大君に取り憑く。『細流抄』に「世俗の諺に嫁すべき時過ぎぬれば神のつくと也」とある。『河海抄』は「玉葛実ならぬ樹にはちはやぶる神そつくとふならぬ樹ごとに」(万葉集巻二、一〇一)を指摘。<BR>
     448【あなまがまがし】−以下「思ひきこえたまひてむ」まで老女の詞。
    448 
    c2449-450【なぞのか憑かせたまはむ】−反語表現。何の憑き物もついてない。<BR>《改行》
    【つづきしげにもてなしきこえたまふ人】−母親などをさす。<BR>
    449-450【なぞのものか憑かせたまはむ】−反語表現。何の憑き物もついてない。<BR>《改行》
    【つづきしげにもてなしきこえたまふ人】−母親などをさす。<BR>
     451【思さるるにこそ】−「るる」自発の助動詞。係助詞「こそ」の下に「あれ」などの語句が省略。
    451 
     452【見たてまつり馴れたまひなば】−大君が薫に。
    452 
     453【思ひきこえたまひてむ】−大君が薫をお慕い申されるだろう。完了の助動詞「て」確述の意、きっと--するだろう、のニュアンス。
    453 
     454【とくうちとけて思ふやうにておはしまさなむ】−女房の詞。終助詞「なむ」他に対するあつらえの気持ち。
    454 
     455【逢ふ人からにもあらぬ秋の夜なれど】−『源氏釈』は「長しとも思ひぞはてぬ逢ふ人からの秋の夜なれば」(古今集恋三、六三六、凡河内躬恒)を指摘。
    455 
    c1456【いづれと分くべくもあらずなまめかしき御けはひ】−大君と中君。区別のつかないほど共に優美な姿。<BR>456【いづれと分くべくもあらずなまめかしき御けはひ】−大君と中君。区別のつかないほど共に優美な姿。<BR>
     457【あひ思せよ】−以下「見習ひたまふなよ」まで、薫の詞。姉君のように振舞いなさるな、の意。
    457 
     458【後瀬を契りて出でたまふ】−後の逢瀬を約束して。『異本紫明抄』は「若狭なる後瀬の山の後も逢はむわが思ふ人に今日ならずとも」(古今六帖二、国)を指摘。「後瀬山」は若狭の国の歌枕。
    458 
     459【我ながらあやしく夢のやうにおぼゆれど】−『集成』は「逢いながら逢わぬ中の君との出会いのこと」。『完訳』は「実事のない逢瀬の複雑な思い」と注す。
    459 
     460【つれなき人】−大君。
    460 
     461【例の出でて臥したまへり】−大君邸における薫の習慣化した動作。
    461 
     462

    462 
     463 [第七段 翌朝、それぞれの思い]
    463 
     464【弁参りて】−『完訳』は「薫と入れ替りに、弁が現れる」と注す。
    464 
     465【いとあやしく中の宮はいづくにかおはしますらむ】−弁の詞。
    465 
     466【いと恥づかしく思ひかけぬ御心地に】−中君の気持ち。
    466 
     467【いかなりけむことにか】−中君の心中。昨夜の薫との出来事。
    467 
     468【昨日のたまひしことを】−昨日大君が中君に薫との結婚話を勧めたこと。
    468 
     469【つらしと】−『集成』は「ひどいお方と」。『完訳』は「うらめしく」と訳す。
    469 
     470【壁の中のきりぎりす這ひ出でたまへる】−『河海抄』は「季夏蟋蟀壁ニ居ル」(礼記、月令)を指摘。壁の側に隠れていた大君を漢籍の故事にちなんで蟋蟀に譬える。
    470 
     471【思すらむこと】−中君が大君を恨んでいるだろうこと。
    471 
     472【ゆかしげなく】−以下「あらぬ世にこそ」まで、大君の心中の思い。『完訳』は「姉妹ともに薫から顔をあらわに見られ、奥ゆかしげもなく、情けないことだ、の意」と注す。
    472 
     473【心ゆるびすべくもあらぬ世にこそ】−『集成』は「女房たちへの不信と警戒心」と注す。
    473 
     474【あなたに参りて】−薫のいる西廂の間へ。
    474 
     475【あさましかりける御心強さを】−大君の強情さ。
    475 
     476【来し方のつらさは】−以下「漏らしたまふな」まで、薫の弁への詞。
    476 
     477【今宵なむ】−朝になってから言っているので、正確には昨夜の出来事をさす。
    477 
    c1478【身も投げべき心地】−『源氏釈』は「頼め来る君しつらくは四方の海に身も投げつべき心地こそすれ」(馬内侍集)を指摘。<BR>478【身も投げべき心地】−『源氏釈』は「頼め来る君しつらくは四方の海に身も投げつべき心地こそすれ」(馬内侍集)を指摘。<BR>
     479【捨てがたく落としおきたてまつりたまへりけむ心苦しさを】−『完訳』は「亡き父宮が姫君たちを残していかれた気持のおいたわしさを思うと、わが身も捨てられぬ意。自分は遺託をうけたのにと脅迫めく」と注す。
    479 
     480【いづ方にも】−大君と中君のどちらにも。
    480 
     481【宮などの恥づかしげなく聞こえたまふめるを】−匂宮が。『完訳』は「以下、結婚をするなら身分の高い匂宮を望むのか、のいやみ」と注す。
    481 
     482【例よりも急ぎ出でたまひぬ】−『完訳』は「普通の後朝の別れよりも早々に。腹立たしさを見せつける趣」と注す。
    482 
    c1483【誰が御ためもいとほしく】−薫にも大君にも。<BR>483【誰が御ためもいとほしく】−薫にも大君にも。<BR>
     484

    484 
     485 [第八段 薫と大君、和歌を詠み交す]
    485 
     486【いかにしつることぞ】−以下「ものしたまはば」まで、大君の心中の思い。
    486 
     487【おろかなる心も】−薫が中君を疎略に扱う心、の意。
    487 
     488【すべてうちあはぬ人びとのさかしら】−『集成』は「やることなすことちぐはぐな女房たちのお節介」と注す。
    488 
     489【御文あり】−後朝の文。
    489 
     490【かつはあやし】−語り手の批評。『集成』は「考えてみれば、おかしなこと。草子地。本来は薫の懸想を迷惑がっている大君なのに、という気持」と注す。
    490 
    c1491じ枝を分きて染めける山姫にいづれか深き色と問はばや】−薫から大君への贈歌。大君を「山姫」という。反語表現。自分の気持ちはもともと大君のほうにあるという意。『異本紫明抄』は「同じ枝を分きて木の葉のうつろふは西こそ秋の初めなりけれ」(古今集秋下、二五五、藤原勝臣)を指摘。<BR>491おなじ枝を分きて染めける山姫にいづれか深き色と問はばや】−薫から大君への贈歌。大君を「山姫」という。反語表現。自分の気持ちはもともと大君のほうにあるという意。『異本紫明抄』は「同じ枝を分きて木の葉のうつろふは西こそ秋の初めなりけれ」(古今集秋下、二五五、藤原勝臣)を指摘。<BR>
     492【おし包みたまへるを】−包み文。『集成』は「恋文ならば結び文にする」と注す。
    492 
     493【そこはかとなくもてなしてやみなむとなめり】−大君の推測。昨夜の中の君との一件をうやむやに済ませてしまうらしい。
    493 
     494【見たまふも】−主語は大君。
    494 
    c1495【御かへり】−女房たちの詞。返事の催促。<BR>495【御り】−女房たちの詞。返事の催促。<BR>
     496【聞こえたまへ】−大君の中君への詞。中君が書くように促す。
    496 
    c1497【山姫の染むる心はかねども移ろふ方や深きなるらむ】−大君の返歌。中君のほうに心を寄せているのでしょう、という意。<BR>497【山姫の染むる心はかねども移ろふ方や深きなるらむ】−大君の返歌。中君のほうに心を寄せているのでしょう、という意。<BR>
     498【をかしく見えければ】−主語は薫。大君の返歌を興趣ありと見た。
    498 
     499【身を分けてなど】−以下「棚無し小舟めきたるべし」まで、薫の心中の思い。
    499 
     500【つれなからむも】−中君に対して気持ちが移らないのも。
    500 
     501【はじめの思ひ】−薫の大君思慕。
    501 
     502【老い人の思はむところも軽々しく】−『完訳』は「薫は弁に大君思慕を強調してきただけに、中の君との一件を知られては不都合と思う」と注す。
    502 
     503【心を染めけむだに悔しく】−大君を思慕したことさえ後悔される。
    503 
     504【棚無し小舟めきたるべし】−『源氏釈』は「堀江漕ぐ棚無し小舟漕ぎ返り同じ人にや恋ひわたりなむ」(古今集恋四、七三二、読人しらず)を指摘。
    504 
    i1505【兵部卿宮の御方に参りたまふ】−六条院にある匂宮の曹司に。<BR>
     505

    506 
     506 

    第三章 中の君の物語 中の君と匂宮との結婚

    507 
     507 [第一段 薫、匂宮を訪問]
    508 
    c2-1508-509【兵部卿宮の御方に参りたまふ】−六条院にある匂宮の曹司に。<BR>《改行》
    【三条宮焼けにし後は六条院にぞ移ろひたまへば】−三条宮邸が焼失したことは「椎本」巻に語られていた。<BR>
    509【三条宮焼けにし後は六条院にぞ移ろひたまへば】−三条宮邸が焼失したことは「椎本」巻に語られていた。<BR>
     510【思ひつるもしるく】−薫が想像していた通り。風流好みの匂宮は有明の月を愛でるために起きてきた。
    510 
    c1511【ふとそれと驚かれて】−主語は匂宮。すぐに薫と気がついて。<BR>511【ふとそれとうち驚かれて】−主語は匂宮。すぐに薫と気がついて。<BR>
     512【階を昇りも果てず】−主語は薫。寝殿の庭から簀子に昇る階段。
    512 
     513【ついゐたまへれば】−『完訳』は「挨拶のため、臣下の薫は親王に対して、卑下の態度をとる」と注す。
    513 
     514【なほ上に】−匂宮の詞。
    514 
     515【高欄によりゐたまひて】−主語は匂宮。
    515 
     516【かのわたりのことをも】−宇治の姉妹のことをさす。
    516 
     517【よろづに恨みたまふもわりなしや】−『集成』は「以下、地の文から自然に薫の心中の思いに移る書き方」。『完訳』は「中の君を取り持つ薫の尽力が足りぬと恨むのは、困ったもの。以下、薫の心中叙述へと転移」と注す。
    517 
     518【さもおはせなむ】−薫は中君を匂宮に結びつけ大君を自分のものしたいと考えている。
    518 
     519【あるべきさまなど】−『完訳』は「宮を中の君に導く手だてなど」と注す。
    519 
     520【山里のあはれなるありさま思ひ出でたまふにや】−語り手が匂宮の心中を推測した挿入句。
    520 
     521【このころのほどはかならず後らかしたまふな】−匂宮の詞。
    521 
     522【女郎花咲ける大野をふせぎつつ心せばくやしめを結ふらむ】−匂宮の詠歌。宇治の姉妹を女郎花に譬える。推量の助動詞「らむ」は原因推量。
    522 
     523【霧深き朝の原の女郎花心を寄せて見る人ぞ見る】−夕霧の返歌。「朝の原」は大和国の歌枕。『集成』は「人の見ることや苦しき女郎花秋霧にのみ立ち隠るらむ」(古今集秋上、二三五、壬生忠岑)を指摘。
    523 
     524【あなかしかまし】−『花鳥余情』は「秋の野になまめき立てる女郎花あなかしかまし花もひと時」(古今集雑体、一〇一六、僧正遍昭)を指摘。『集成』は「「花もひと時」(盛りも過ぎてしまいますよ)の意を言外にきかす」と注す。
    524 
     525【年ごろかくのたまへど】−『集成』は「匂宮が、もう何年も宇治の姫君たちにご執心のよしを仰せになるが。二年前、薫が初めて、姉妹のことを語って以来である」と注す。
    525 
     526【人の御ありさまを】−中君の様子。
    526 
     527【容貌なども】−以下「たまふまじかめり」あたりまで、薫の心中に沿った叙述。
    527 
     528【かのいとほしく】−以下「恨みをも負はじ」まで、薫の心中に沿った叙述。
    528 
     529【思ひたばかりたまふありさまも】−大君が逃げて中君を薫にと考えたことをさす。
    529 
     530【さはたえ思ひ改むまじくおぼゆれば】−大君の思惑どおり中君に乗り換えることもできない。
    530 
     531【譲りきこえて】−中君を匂宮に譲って。
    531 
     532【いづ方の恨みをも】−大君と中君の恨み。
    532 
     533【例の】−以下「心苦しかるべけれ」まで、薫の詞。
    533 
     534【よし見たまへ】−以下「まだなかりける」まで、匂宮の詞。
    534 
     535【かの心どもにはさもやと】−以下「こそはべるや」まで、薫の詞。宇治の姉妹は匂宮と結婚しようとは思っていない、といなす。
    535 
     536【おはしますべきやうなど】−宇治へお出向きになる時の注意を。
    536 
     537

    537 
     538 [第二段 彼岸の果ての日、薫、匂宮を宇治に伴う]
    538 
     539【二十八日の彼岸の果てに】−八月二十八日の秋の彼岸の終りの日。
    539 
     540【后の宮など】−明石中宮。
    540 
     541【さりげなくともて扱ふもわりなくなむ】−『集成』は「薫の気持と地の文を重ねた書き方」と注す。
    541 
     542【舟渡りなども所狭ければ】−宇治八宮の山荘は川の手前。夕霧の山荘は対岸にあるが、それは利用せずに、その近辺の荘園の管理人の家に泊まって、そこから宇治の姉妹のもとに訪れる計画。
    542 
     543【下ろしたてまつりたまひておはしぬ】−匂宮を車から下ろして管理人の家に留めおいて、まず薫だけが故八宮邸に来た。
    543 
     544【見とがめたてまつるべき人も】−『集成』は「(匂宮を同行しても)お見咎め申すような人もいないけれど。警護の手薄のさま」。『完訳』は「同行する匂宮に気づく人も」と注す。
    544 
     545【宿直人はわづかに出でてありくにもけしき知らせじとなるべし】−『岷江入楚』は「草子地歟」。『全集』は「薫が匂宮と別行動をとった理由を述べる」と注す。
    545 
     546【中納言殿おはします】−宿直人の詞。
    546 
     547【移ろふ方異に匂はしおきてしかば】−大君の心中の思い。『集成』は「中の君に心移ったはずと、それとなく言っておいたから」。『完訳』は「いつぞやも、中の宮ののほうにお気持を変えていただくよう、それとなく申しておいたことだから」と訳す。
    547 
     548【思ふ方異なめりしかばさりとも】−中君の心中の思い。薫の目当ては自分ではないらしい、大君のほうだから安心だ、の意。
    548 
     549【何やかやと御消息のみ聞こえ通ひて】−『集成』は「大君は、直接対面しない様子」と注す。
    549 
     550【宮をば御馬にて暗き紛れにおはしまさせたまひて】−匂宮を暗くなってから馬で来るように導いた。
    550 
     551【ここもとに】−以下「導きたまひてむや」まで、薫の詞。「ここもと」は大君をさす。
    551 
     552【思し放つさま】−大君が薫を避けたことをさす。
    552 
     553【ひたや籠もり】−『集成』は「何のご挨拶もなくてはすまされぬ思いですので」と注す。
    553 
     554【ありしさまには】−『完訳』は「先夜のように。中の君のもとにも導いてほしいが、その前に大君に了解を得たい、とする気持」と注す。
    554 
     555【いづ方にも同じことにこそは】−弁の心中の思い。薫が大君と結ばれるにせよ中君と結ばれるにせよ、宮家にとっては同じことだと思う。中君のもとに匂宮を手引しようとする薫の魂胆に、弁は気づいていない。
    555 
     556

    556 
     557 [第三段 薫、中の君を匂宮にと企む]
    557 
     558【さればよ思ひ移りにけり】−大君の心中。薫は中君に心が移ったと思う。
    558 
     559【かの入りたまふべき道にはあらぬ廂の障子をいとよくさして対面したまへり】−中君の部屋へ通じる障子だけを残して他は厳重に施錠。『完訳』は「後で薫が中の君の部屋に自由に入れるようにしておいて、自らは廂の襖越しに薫と対面する」と注す。
    559 
    c1560【一言聞こえさすべき】−以下「いといぶせし」まで、薫の詞。<BR>560【一言聞こえさすべき】−以下「いといぶせし」まで、薫の詞。<BR>
     561【人聞くばかりののしらむは】−襖障子を隔てての対面なので、大きな声を出さねばならない。
    561 
     562【いとよく聞こえぬべし】−大君の詞。
    562 
     563【今はと移ろひなむを】−以下「夜も更かさじ」まで、大君の心中。
    563 
     564【ただならじと】−『完訳』は「薫はいよいよ妹に心移るので、挨拶なしには不都合と思って言うのだろう」と注す。大君も薫の魂胆を知らない。
    564 
     565【人憎くいらへで夜も更かさじ】−『集成』は「無愛想に返事もしないで、夜を更かすようなことはすまい。こころよく応対して、早く中の君のもとへ行かせようという算段」と注す。
    565 
     566【かばかりも】−襖のもとまで出てきた。
    566 
     567【いとうたてもあるわざかな何に聞き入れつらむ】−大君の心中の思い。後悔の念。
    567 
     568【こしらへて出だしてむ】−大君の心中の思い。薫を中君のほうに行かせようとする。
    568 
     569【異人と思ひわきたまふまじきさまに】−妹を自分同様に、の意。
    569 
     570【いとあはれなり】−『集成』は「薫の気持と地の文を重ねた書き方」と注す。語り手の評言。
    570 
     571【宮は教へきこえつるままに】−匂宮は薫が教えたとおりに。
    571 
     572【一夜の戸口に】−先夜、薫が忍び込んだ戸口。
    572 
     573【さきざきも馴れにける道のしるべをかしと思しつつ】−『集成』は「物馴れた弁の様子に、匂宮は、度々薫を大君のもとに案内したことを想像する」と注す。
    573 
     574【こしらへ入れてむ】−大君の思い。既に匂宮が入っていったのを知らずに薫を言いなだめて中君の部屋に入れようと思う。
    574 
    c1575【をかしくもいとほしもおぼえて】−薫は何も知らない大君をおかしくもお気の毒にも思う。<BR>575【をかしくもいとほしもおぼえて】−薫は何も知らない大君をおかしくもお気の毒にも思う。<BR>
     576【宮の慕ひたまひつれば】−以下「なりはべりぬべきかな」まで、薫の詞。
    576 
     577【このさかしだつめる人や】−利口ぶった女房。弁をさす。
    577 
     578【語らはれ】−「れ」受身の助動詞。頼み込まれて。
    578 
    c1579【中空に人笑へにもなりぬべきかな】−大君には嫌われ、中君は匂宮に取られて、中途半端で世間の物笑いになってしまいそうだ、の意。<BR>579【中空に人笑へにもなりはべりぬべきかな】−大君には嫌われ、中君は匂宮に取られて、中途半端で世間の物笑いになってしまいそうだ、の意。<BR>
     580【かくよろづに】−以下「思しあなづるにこそは」まで、大君の詞。今まで薫を信頼していたことを後悔。
    580 
     581

    581 
     582 [第四段 薫、大君の寝所に迫る]
    582 
     583【今は言ふかひなし】−以下「思しなむや」まで、薫の詞。
    583 
     584【やむごとなき方に思しよるめるを】−高貴な方をお考えのようだが。暗に匂宮をさす。厭味な言い方。前にもあった。
    584 
     585【かの御心ざしは異にはべりけるを】−匂宮のお目当ては別の方、中君にあったという。
    585 
     586【かなはぬ身こそ】−薫自身をいう。大君との恋が叶わぬ。
    586 
     587【なほいかがはせむに思し弱りね】−やはりどうすることもできないのだからお諦めなさい、の意。
    587 
     588【まことにもの清く推し量りきこゆる人も】−『完訳』は「あなたと私の間に実事がなかったとは、誰も思うまい、の意」と注す。
    588 
     589【しるべと誘ひたまへる人の御心にも】−私を案内人に誘った方、匂宮の御心中。
    589 
    c1590【思しなむやとて】−反語表現。匂宮もそうお思いであるまい。<BR>590【思しなむや】−反語表現。匂宮もそうお思いであるまい。<BR>
     591【こしらへむと思ひしづめて】−『集成』は「とにかくなだめすかそうとして」と訳す。
    591 
     592【こののたまふ筋】−以下「許したまへ」まで、大君の詞。
    592 
     593【知らぬ涙のみ霧りふたがる心地して】−『弄花抄』は「行先を知らぬ涙の悲しきはただ目の前に落つるなりけり」(後撰集、離別羇旅、一三三四、源済)を指摘。
    593 
     594【作り出でたるもののたとひ】−『完訳』は「男にだまされた愚かな女の話の例。昔物語には多かったらしい」と注す。
    594 
     595【推し量りたまはむ】−主語は匂宮。『集成』は「あなたらしくないと、感心されないでしょう」と注す。
    595 
     596【心より外にながらへば】−仮定構文。『集成』は「心ならずも生き永らえていましたら。今宵の出来事のあまりの悲しさに死にそうですが、の含意」と注す。
    596 
     597【許したまへ】−手をお放しください、の意。
    597 
     598【さすがにことわりをいとよくのたまふが】−『集成』は「それどもやはり物の道理をことわけておっしゃる大君の態度が、気恥ずかしくいじらしく思えて。「気はづかし」は相手の立派さに気後れすること」と注す。
    598 
     599【あが君】−以下「おぼえぬ」まで、薫の詞。
    599 
     600【かくまでかたくなしくなりはべれ】−『集成』は「大君に拒まれるまでいることをいう」と注す。
    600 
     601【いとど世に跡とむべくなむおぼえぬ】−『集成』は「いよいよこの世に生きてゆく気はなくなりました。大君の「心よりほかにながらへば--」に応じる」。『完訳』は「生きてゆく望みを失った意。大君の「心より外にながらえば」に応じた。現世離脱が薫の本願」と注す。
    601 
     602【さらば】−以下「うち捨てさせたまひそ」まで、薫の詞。
    602 
     603【聞こえさせむ】−改まった丁重な謙譲表現で言う。
    603 
    c1604【許したてまつりへれば】−大君のお袖を放してお上げになると。<BR>604【許したてまつりたまへれば】−大君のお袖を放してお上げになると。<BR>
     605【さすがに入りも果てたまはぬを】−『完訳』は「一方では、薫の哀願に憐憫の情が起り、冷たく突き放せない」と注す。
    605 
     606【かばかりの】−以下「ゆめゆめ」まで、薫の詞。
    606 
     607【ゆめゆめ】−けっしてこれ以上無体な行動には出ません、という気持ちの表明。
    607 
     608【夜半のあらしに山鳥の心地して】−『河海抄』は「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む」(拾遺集恋三、七七八、人麿)を指摘。『花鳥余情』は「逢ふことは遠山鳥のめもあはずて今夜あかしつるかな」(出典未詳)を指摘。「夜半の嵐」は歌語。
    608 
     609

    609 
     610 [第五段 薫、再び実事なく夜を明かす]
    610 
    c1611【例の明け行けはひに】−『完訳』は「「例の」と、実事なき逢瀬が、習慣的に繰り返される気持」と注す。<BR>611【例の明け行けはひに】−『完訳』は「「例の」と、実事なき逢瀬が、習慣的に繰り返される気持」と注す。<BR>
     612【いぎたなくて出でたまふべきけしきもなきよと】−『完訳』は「薫の心中。思いを遂げえなかった薫は、中の君と結ばれて眠りほうけている匂宮が腹立たしい」と注す。
    612 
     613【心やましく声づくりたまふもげにあやしきわざなり】−『全集』は「語り手の薫に対するからかい」。『集成』は「草子地」。『完訳』は「自らの案内なのに、匂宮の成功に不機嫌とは妙。語り手の評」と注す。
    613 
     614【しるべせし我やかへりて惑ふべき心もゆかぬ明けぐれの道】−薫の詠歌。『花鳥余情』は「明けぐれの空にぞ我はまよひぬる思ふ心のゆかぬまにまに」(拾遺集恋二、七三六、源順)を指摘。
    614 
     615【かかる例世にありけむや】−歌に添えた詞。大君の「昔物語などに--」に応じた言い方。
    615 
    c1616【かたがたにくらす心を思ひやれ人やりならぬ道にまどひつつ】−大君の返歌。「くれ」「まどふ」の語句を用いて返す。「かたがた」は自分と妹中君をさす。<BR>616【かたがたにくらす心を思ひやれ人やりならぬ道に惑はば】−大君の返歌。「くれ」「まどふ」の語句を用いて返す。「かたがた」は自分と妹中君をさす。<BR>
     617【いかにこよなく】−以下「わりなうこそ」まで、薫の詞。
    617 
     618【昨夜の方より出でたまふなり】−主語は匂宮。「なり」伝聞推定の助動詞。語り手の臨場感ある表現。
    618 
     619【艶なる御心げさうには】−『集成』は「はなやかな折のお心用意とて」。『完訳』は「色めかしい逢瀬にのぞむお心用意から」と訳す。
    619 
     620【さりとも悪しざまなる御心あらむやは】−老女房たちの思い。反語表現。薫は悪いようにはなさるまい。
    620 
     621【道のほども帰るさはいとはるけく思されて】−『源氏釈』は「帰るさの道やは変はる変はらねど解くるに惑ふ今朝の淡雪」(後拾遺集恋二、六七一、藤原道信)を指摘。
    621 
     622【夜をや隔てむ】−『源氏釈』は「若草の新手枕をまきそめて夜をや隔てむ憎からなくに」(古今六帖五、一夜隔てたる)を指摘。
    622 
     623【思ひ悩みたまふなめり】−語り手の匂宮の心中推測。
    623 
     624【廊に御車寄せて降りたまふ】−中門の渡廊に車を寄せて降りる。
    624 
     625【皆笑ひたまひて】−匂宮と薫をさす。
    625 
     626【おろかならぬ宮仕への御心ざしとなむ思ひたまふる】−薫の詞。『集成』は「中の君に対する匂宮の熱意をひやかす」と注す。
    626 
     627【いと妬くて愁へもきこえたまはず】−接続助詞「て」順接、原因理由を表す。『集成』は「いかにもしゃくなので、愚痴もお聞かせ申さない」。『完訳』は「まったくいまいましく思うので、愚痴を申し上げるお気持にもならない」と訳す。
    627 
     628

    628 
     629 [第六段 匂宮、中の君へ後朝の文を書く]
    629 
     630【いつしかと】−『集成』は「お帰り早々に」と注す。
    630 
     631【御文】−後朝の文。
    631 
     632【さまざまに】−以下「出だしたまはざりけるよ」まで、中君の心中の思い。『集成』は「昨夜の件を、大君も薫と心を合せてのことと思う」と注す。
    632 
     633【知らざりしさまをも】−主語は大君。『完訳』は「大君は、自分の知らなかった事情も弁明できず。もともと中の君と薫を予告なしに逢わせよう思っていたので、やましさが残る」と注す。
    633 
     634【いかにはべりしことにか】−女房の詞。
    634 
     635【頼もし人のおはすれば】−女房たちが頼りとする人、大君。
    635 
     636【御文もひき解きて見せたてまつりたまへど】−主語は大君。匂宮からの後朝の文を開いて見せてあげる。母親代わりの心遣い。
    636 
     637【いと久しくなりぬ】−使者の詞。返事に手間どる、の意。
    637 
     638【世の常に思ひやすらむ露深き道の笹原分けて来つるも】−匂宮から中君への贈歌。『完訳』は「霧ふかき--」に恋の苦衷を訴える。後朝の歌の常套的表現」と注す。
    638 
     639【おほかたにつけて見たまひしは】−主語は大君。過去の助動詞「し」、かつて妹の中君に対して贈られてきた手紙も一般のお付き合いとして御覧になっていた時は、の意。
    639 
     640【我さかし人にて聞こえむも】−こうした後朝の文への返書の作法を教えるのは、母親や乳母の役。
    640 
     641【紫苑色の細長一襲】−大君方から婚儀の労を果たした使者への禄。大君は中君と匂宮の正式な結婚として扱う。
    641 
     642【例たてまつれたまふ上童なり】−この殿上童は「椎本」巻にも登場。
    642 
     643【ことさらに人にけしき漏らさじと思しければ】−匂宮の心中の思い。内密に考えていた。正式な結婚とは思っていなかった。
    643 
     644【昨夜のさかしがりし老い人のしわざなりけり】−匂宮の心中の思い。大君のしわざとは知らない。
    644 
     645【ものしくなむ聞こしめしける】−匂宮の反応。
    645 
     646

    646 
     647 [第七段 匂宮と中の君、結婚第二夜]
    647 
     648【その夜もかのしるべ誘ひたまへど】−次の夜。結婚第二夜に当たる。匂宮は薫を誘う。
    648 
     649【冷泉院に】−以下「ことはべれば」まで、薫の詞。
    649 
     650【とまりたまひぬ】−主語は薫。
    650 
     651【いかがはせむ】−以下「おろかにやは」まで、大君の心中。反語表現。
    651 
     652【待ちきこえたまひけり】−主語は大君。
    652 
     653【はるかなる御中道を】−匂宮と中君の京と宇治との間の道を。「中道」は歌語。
    653 
     654【かつはあやしき】−『集成』は「思えば不思議なこと。草子地。大君の心中の思いを重ねて書く」。『完訳』は「大君の心に即した語り手の評」と注す。
    654 
     655【つくろはれたてまつりたまふままに】−中君は大君から身繕いをして差し上げられなさるままに。「れ」受身の助動詞。
    655 
     656【濃き御衣の】−濃い紅色のお召し物の袖。
    656 
     657【世の中に久しくもと】−以下「罪もぞ得たまふ」まで、大君の中君への詞。『完訳』は「わが身の短命を予感していう」と注す。
    657 
     658【ただ御ことをのみなむ】−あなたのお身の上のことだけが。匂宮との結婚に関すること。
    658 
     659【言ひ知らすめれば】−『集成』は「「めり」は婉曲表現。弁などの説得をいう」と注す。
    659 
     660【はかばかしくもあらぬ心一つを立てて】−『集成』は「ろくに頼りにもならぬ私一人が我を張って」と訳す。
    660 
     661【かくてのみやは見たてまつらむ】−反語表現。こうしてあなたを独身のままにお置き申してよいものか、決してよくはない。そこで、薫の結婚を考えたのだが。
    661 
     662【今かく思ひもあへず恥づかしきことどもに】−急に慮外にも匂宮と結ばれてしまったことをさす。
    662 
     663【知らざりしさまをも】−主語は私大君。
    663 
     664【罪もぞ得たまふ】−『完訳』は「無実の者を恨んで、来世に苦果を招く罪を作っては大変」と注す。
    664 
     665【さすがに】−『完訳』は「以下、中の君の心中」と注す。
    665 
     666【思しおきてじを】−打消の助動詞「じ」打消推量の意。お考えであったのではあるまいから、の意。
    666 
     667【さる心もなく】−『集成』は「匂宮の心に写った昨夜の中の君の姿」。『完訳』は「以下、匂宮の心中。中の君が男を迎える心用意もなく、ただ茫然としていたのさえ。先夜の彼女が、無垢な魅力の人として刻印」と注す。
    667 
     668【まいてすこし世の常になよびたまへるは】−『集成』は「まして今夜は少し女らしくなまめいた風情でいられるのは」。『完訳』は「先夜にもまして、世の若妻らしくなまめかしい風情なのは」と訳す。
    668 
     669【御心ざしもまさるに】−匂宮の愛情。以下、地の文の視点から叙述。
    669 
     670【言ひ知らずかしづくものの姫君も】−『集成』は「言いようもなく大事にされているご大家のお姫様でも」。『完訳』は「どんなに大切にされているどこぞの姫君でも」と訳す。
    670 
     671【人のたたずまひをも見馴れたまへるは】−男性の行動を見慣れていらっしゃる方は、の意。中君は男の兄弟はなく、父八宮も勤行生活という一般とは変わった生活者であった。
    671 
    c1672【家にあがめきこゆ人こそなけれ】−以下、中君についていう。逆接の挿入句。『集成』は「大勢の女房にかしずかれて、直接他人に接する機械のない姫君というわけではないが」と注す。<BR>672【家にあがめきこゆ人こそなけれ】−以下、中君についていう。逆接の挿入句。『集成』は「大勢の女房にかしずかれて、直接他人に接する機械のない姫君というわけではないが」と注す。<BR>
     673【思ひかけぬありさまの】−先夜の匂宮との出来事をさす。
    673 
     674【さるはこの君しもぞ--まさりたまへる】−中君は大君よりもまさっていた、という文脈。
    674 
     675

    675 
     676 [第八段 匂宮と中の君、結婚第三夜]
    676 
     677【三日にあたる夜餅なむ参る】−女房の詞。新婚三日目の夜の祝儀の餅を食べる風習をいう。
    677 
     678【ことさらにさるべき祝ひのことにこそ】−大君の心中の思い。
    678 
     679【大人になりて】−『集成』は「親代りになって」。『完訳』は「年配者ぶって。未婚の身でこれを指図するのに気がひける」と注す。
    679 
     680【人の見るらむこと】−女房たちがどう思うか。
    680 
     681【いとをかしげなり】−『紹巴抄』は「双地にや」と指摘。語り手の評。
    681 
     682【このかみ心にや--ぞおはしける】−連語「にや」(断定の助動詞+疑問の係助詞)。係助詞「ぞ」強調の意。過去の助動詞「ける」詠嘆の意。このあたりの文章は語り手の感情移入をともなった叙述。
    682 
     683【中納言殿より】−薫。「殿」は主人というニュアンス。
    683 
     684【昨夜参らむと】−以下「やすらはれはべり」まで、薫から大君への文。
    684 
     685【宮仕への労もしるしなげなる世に】−『完訳』は「大君が自分に応じてくれぬ恨みをこめて言う」と注す。「世」は薫と大君の仲。
    685 
    c1686【今宵は雑役もやと思たまふれど】−今夜は匂宮と中君の新婚三日目の夜の儀式のお世話すべきだが、の意。<BR>686【今宵は雑役もやと思たまふれど】−今夜は匂宮と中君の新婚三日目の夜の儀式のお世話すべきだが、の意。<BR>
     687【宿直所のはしたなげにはべりし乱り心地】−先夜の襖越しで大君と対面して夜を明かしたことをいう。
    687 
    c1688【陸奥紙におひつぎ書きて】−恋文には使用しない陸奥紙にきちんと上下を揃えて書いて。恋文は薄様の鳥の子紙にちらし書きにする。<BR>688【陸奥紙におひつぎ書きたまひて】−恋文には使用しない陸奥紙にきちんと上下を揃えて書いて。恋文は薄様の鳥の子紙にちらし書きにする。<BR>
     689【人びとの料に】−薫からの伝言。『集成』は「直接姫君たちに贈るという失礼を避けたもの」と注す。
    689 
     690【宮の御方にさぶらひけるに従ひて】−女三の宮の御方のもとにあったありあわせの品々。
    690 
     691【え取り集めたまはざりけるにやあらむ】−語り手の想像を交えた挿入句。
    691 
     692【小夜衣着て馴れきとは言はずともかことばかりはかけずしもあらじ】−薫から大君への贈歌。「馴れ」「懸け」は「衣」の縁語。『集成』は「大君に近づき、顔まで見たことがあるので、いくらそっけなくなさっても駄目です、とおどす」と注す。
    692 
     693【こなたかなたゆかしげなき御ことを】−大君と中君二人とも薫に姿を見られてしまって、奥ゆかしいところがなくなってしまったこと。
    693 
     694【御使かたへは逃げ隠れにけり】−『集成』は「お使いのうち何人かは、逃げて姿を隠してしまった。「かたへ」は、一部分。禄(労をねぎらって与える物)などにあずからぬよう、気を遣ったのである」。『完訳』は「薫が、禄などを心配させぬよう使者に早く帰るよう命じたか」と注す。
    694 
     695【隔てなき心ばかりは通ふとも馴れし袖とはかけじとぞ思ふ】−大君の返歌。薫の「かけ」の語句を用いて返す。
    695 
     696【心あわたたしく思ひ乱れたまへる名残に】−『孟津抄』は「草子評判也」と指摘。
    696 
     697【思しけるままと】−『弄花抄』は「紫式部か書たる也」と指摘。
    697 
     698【待ち見たまふ人は】−薫をいう。
    698 
     699

    699 
     700 

    第四章 中の君の物語 匂宮と中の君、朝ぼらけの宇治川を見る

    700 
     701 [第一段 明石中宮、匂宮の外出を諌める]
    701 
     702【宮は】−匂宮。
    702 
     703【その夜】−結婚第三夜目。
    703 
    c2704-705【中宮】−匂宮の母明石の中宮。《改行》
    【なほかくひとりおはしまして】−以下「思しのたまふ」まで、中宮の詞。<BR>
    704-705【中宮】−匂宮の母明石の中宮。<BR>《改行》
    【なほかくりおはしまして】−以下「思しのたまふ」まで、中宮の詞。<BR>
     706【何事ももの好ましく立てたる御心なつかひたまひそ】−『集成』は「将来の立場を考えて、色好みの面に自重を求める気持がろう。なお、趣味に偏らぬことを貴族の理想とした」と注す。『完訳』は「万事ニ淫スルコト莫レ(中略)、用意平均、好悪ニ由ルコト莫レ」(寛平御遺誡)を指摘。
    706 
     707【上も】−主上も。詞の中での中宮が帝を呼ぶ呼称。私的な呼称。
    707 
     708【里住みがちにおはしますを】−主語は匂宮。六条院に居がち。
    708 
     709【御文書きてたてまつれたまへる】−『集成』は「宇治へのお便り。今夜は行けない嘆きを書き送る」と注す。
    709 
     710【中納言の君参りたまへり】−薫。
    710 
     711【そなたの心寄せ】−匂宮の心中の思い。薫は宇治の姉妹への味方。
    711 
    c1712【いかがすべき】−以下「心も乱れてなむ」まで、匂宮の詞。<BR>712【いかがすべき】−以下「心も乱れてなむ」まで、匂宮の詞。<BR>
     713【よく御けしきを見たてまつらむ】−薫の心中の思い。匂宮の本心愛情を確かめたい。
    713 
     714【日ごろ経て】−以下「顔の色違ひつはべりる」まで、薫の詞。
    714 
     715【参りたまへるを】−主語は匂宮。
    715 
     716【思しきこえさせたまはむ】−明石中宮が匂宮を。
    716 
     717【人知れずわづらはしき宮仕へのしるしに】−匂宮を宇治に案内したことをさす。
    717 
     718【いと聞きにくくぞ】−以下「わざなりけれ」まで、匂宮の詞。
    718 
     719【なかなかなるわざなりけれ】−『集成』は「かえってない方がましというものだ」。『完訳』は「かえって困りものなのですよ」と訳す。
    719 
     720【同じ御騒がれにこそは】−以下「障り所なからむ」まで、薫の詞。
    720 
     721【木幡の山に馬はいかがはべるべき】−『源氏釈』は「山科の木幡の里に馬はあれどかちよりぞ来る君を思へば」(拾遺集雑恋、一二四三、人麿)を指摘。
    721 
     722【いとどものの聞こえや障り所なからむ】−好色な評判の上に馬で出掛けてはますます軽率の誹りを招くでしょう、の意。
    722 
     723【御供にはなかなか仕うまつらじ御後見を】−薫の詞。後始末を引き受けましょう、の意。
    723 
     724

    724 
     725 [第二段 薫、明石中宮に対面]
    725 
     726【宮は出でたまひぬなり】−以下「わりなけれ」まで、明石中宮の詞。「なり」伝聞推定の助動詞。
    726 
     727【諌めきこえぬが言ふかひなきと】−主語は私中宮が匂宮を。
    727 
     728【あまた宮たちのかくおとなび整ひたまへど】−明石中宮腹の宮たち。東宮(一の宮)、二の宮、三の宮(匂宮)、五の宮、女一の宮たちがいる。
    728 
     729【大宮】−明石中宮をいう。四十三歳である。
    729 
     730【女一の宮も】−以下「聞きたてまつらむ」まで、薫の心中の思い。「べかめる」は薫の推量。
    730 
     731【好いたる人の】−以下「えこそ思ひ絶えね」まで、薫の心中の思い。
    731 
     732【わが心のやうにひがひがしき心のたぐひ】−『集成』は「身近に大君や中の君に会いながら、手を出さなかったことを言う」と注す。
    732 
     733【やはまた世にあんべかめる】−反語表現。「あん」は「ある」の撥音便化。
    733 
     734【動きそめぬるあたりは】−大君をさす。
    734 
     735【さらにさらに乱れそめじ】−薫の心中を語り手が叙述。
    735 
     736【見えしらがふ人もあり】−薫の気を引いてみせる女房がいる。
    736 
     737【おほかた恥づかしげに】−明石中宮方の雰囲気。
    737 
     738【上べこそ--もてしづめたれ】−主語は女房たち。係結び、逆接用法。
    738 
     739【心々なる世の中なりければ】−『異本紫明抄』は「世の人の心々に有りければ思ふはつらし憂きは頼まず」(古今六帖五、相思はぬ)を指摘。
    739 
     740【立ちてもゐてもただ常なきありさまを思ひありきたまふ】−『集成』は「日頃のちょっとしたことにも、ただ世間の無常をしきりに思っていらっしゃる。「立ちてもゐても」は歌語。さまざまな女にも、無常を観ずる薫の本性」と注す。
    740 
     741

    741 
     742 [第三段 女房たちと大君の思い]
    742 
     743【かしこには】−宇治をさす。
    743 
     744【夜更くるまでおはしまさで】−主語は匂宮。
    744 
     745【さればよと】−大君の心配。やはり一時の慰みであったのだと。
    745 
     746【いかがおろかにおぼえたまはむ】−主語は大君。反語表現。語り手の感情移入の表現。
    746 
     747【正身も】−中君。
    747 
     748【思ひ知りたまふことあるべし】−『休聞抄』は「双也」と指摘。『完訳』は「匂宮の厚志が分るようだと、語り手が推測」と注す。
    748 
     749【いみじくをかしげに盛りと見えて】−以下、匂宮の目を通しての叙述。
    749 
     750【ましてたぐひあらじはや】−匂宮の心中の思い。反語表現。
    750 
     751【かくあたらしき御ありさまを】−以下「御宿世を」まで、老女房の詞。
    751 
     752【見たてまつりたまはましかばいかに口惜しからまし】−反実仮想の構文。匂宮と結婚してよかった、という気持ち。
    752 
     753【姫宮】−大君をさす。
    753 
     754【ひがひがしくもてなしたまふを】−大君が薫に靡こうとしないのをいう。
    754 
     755【盛り過ぎたるさまどもに】−『完訳』は「以下、大君の感懐。厚顔無恥の老女房を見る眼から、やがてわが身を凝視する眼へと移る」と注す。
    755 
     756【ありつかずとりつくろひたる姿どもの】−薫から贈られた衣装を着飾っているが、似合わない様子。
    756 
     757【我もやうやう盛り過ぎぬる身ぞかし】−以下「心のなしにあらむ」まで、大君の心中の思い。
    757 
     758【我悪しとやは思へる】−反語表現。老女房たちも自分自身醜いとは思っていまい。
    758 
     759【恥づかしげならむ人に】−以下「ありさまを」まで、大君の思い。薫と結婚することをさす。
    759 
     760【はかなげなる身のありさまを】−『集成』は「長生きできそうにない私の身体具合だものと」。『完訳』は「いかにも頼りどころのないこの身の上を」「生活環境への不安と体の衰弱への不安とを重ねていう」と注す。
    760 
     761【世の中を】−『集成』は「薫とのことを」。『完訳』は「世の無常を」「直接には薫との仲をさす」と注す。
    761 
     762

    762 
     763 [第四段 匂宮と中の君、朝ぼらけの宇治川を見る]
    763 
     764【宮は】−匂宮。
    764 
     765【なほ心やすかるまじきこと】−匂宮が宇治に通って来ることをさす。
    765 
     766【大宮】−明石中宮。
    766 
     767【思ひながら】−以下「近く渡したてまつらむ」まで、匂宮の詞。
    767 
     768【身を捨ててなむ】−係助詞「なむ」の下に「参りつる」などの語句が省略。
    768 
     769【え惑ひありかじ】−宮中を抜け出して宇治に出向くこと。
    769 
     770【絶え間あるべく】−以下「ほどしるべきにや」まで、中君の心中の思い。好色の評判高い匂宮の物言いかと思う。
    770 
     771【もろともに誘ひ出でて】−『完訳』は「一緒に夜明けの外景を眺めるのは、逢瀬の後の、親密な仲を語る典型的場面」と注す。
    771 
     772【所からのあはれ】−山里らしい風情。
    772 
     773【例の柴積む舟のかすかに行き交ふ跡の白波】−『完訳』は「以下宇治の典型的風景」と注す。『源氏釈』は「世の中を何に譬へむ朝ぼらけ漕ぎ行く舟の跡の白波」(拾遺集哀傷、一三二七、沙弥満誓)を指摘。
    773 
     774【目馴れずもある住まひのさまかな】−匂宮の感想。
    774 
     775【色なる御心】−『集成』は「多情なご性分とて」。『完訳』は「多感な宮のお心には」と訳す。
    775 
     776【限りなくいつき据ゑたらむ姫宮も】−以下「見まほしき」あたりまで、匂宮の心中の思い。以下、地の文に流れる。
    776 
     777【わが方ざまのいといつくしきぞかし】−姉の女一の宮が立派に思われる。
    777 
     778【宇治橋のいともの古りて見えわたさるるなど】−『花鳥余情』は「千早振る宇治の橋守汝れをしぞあはれとは思ふ年の経ぬれば」(古今集雑上、九〇四、読人しらず)を指摘。
    778 
     779【かかる所にいかで年を経たまふらむ】−匂宮の思い。中君が今まで宇治の山里に過ごしてきたことをいう。
    779 
     780【恥づかしと聞きたまふ】−主語は中君。
    780 
     781【思ひ寄らざりしこととは思ひながら】−『集成』は「以下、中の君の心中に添って述べる」。『完訳』は「中の君の心中。昔からなじんできた薫より気骨が折れない、とする」と注す。
    781 
     782【かれは思ふ方異にて】−以下「心細からむ」まで、中君の心中の思い。薫は私ではなく姉の大君を愛している。
    782 
     783【見えにくく恥づかしげなりしに】−『集成』は「近づきにくく気詰まりだったのに」。『完訳』は「お付合いしにくく気づまりであったが」と注す。
    783 
     784【よそに思ひきこえしはましてこよなくはるかに】−匂宮のことを噂に聞いていたときは薫以上にはるかな存在に思っていたが、の意。
    784 
     785【一行書き出でたまふ御返り事だに】−主語は中君。かつて匂宮に書いた返事をさす。
    785 
     786【我ながらうたて】−中君の心中の思い。『完訳』は「自分ながら、心の変りようを。夜離れの心細さを懸念するような、恋する女に変ったことを自覚」と注す。
    786 
     787

    787 
     788 [第五段 匂宮と中の君和歌を詠み交して別れる]
    788 
     789【京におはしまさむほどはしたなからぬほどに】−匂宮の心中を地の文で語る。
    789 
    c2-1790-791なか絶えむものならなくに橋姫の片敷く袖や夜半に濡らさむ】−匂宮から中君への贈歌。「橋姫」に中君を譬える。『花鳥余情』は「忘らるる身を宇治橋の中絶えて人も通はぬ年ぞ経にける」(古今集恋五、八二五、読人しらず)「さむしろに衣かたしき今宵もやわれを待つらむ宇治の橋姫」(古今集恋四、六八九、読人しらず)を指摘。<BR>《改行》
    【絶えせじのわが頼みにや宇治橋の遥けきを待ちわたるべき】−中君の返歌。「絶え」「橋」の語句を受け、「や--濡らさむ」を「や--待ちわたるべき」と返す。贈答歌。<BR>
    790絶えむものならなくに橋姫の片敷く袖や夜半に濡らさむ】−匂宮から中君への贈歌。「橋姫」に中君を譬える。『花鳥余情』は「忘らるる身を宇治橋の中絶えて人も通はぬ年ぞ経にける」(古今集恋五、八二五、読人しらず)「さむしろに衣かたしき今宵もやわ【絶えせじのわが頼みにや宇治橋の遥けきなかを待ちわたるべき】−中君の返歌。「絶え」「橋」の語句を受け、「や--濡らさむ」を「や--待ちわたるべき」と返す。贈答歌。<BR>
     792【朝けの御姿】−歌語。
    791 
     793【されたる御心かな】−『細流抄』は「草子地也」と指摘。『全集』は「語り手の諧謔的なほめことば」。『集成』は「(中の君も)隅に置けないお方だこと。男女の間の情にすでに目覚めていることをいう。草子地」と注す。
    792 
     794【中納言殿は】−以下「いとことに」まで、女房の詞。
    793 
     795【思ひなしの】−皇族と思うせいか。
    794 
     796【帰らせたまふほどに】−「ほど」名詞、時間の意。格助詞「に」動作の原因・事の因って起こることを示す。『集成』は「お帰りあそばしたことだから」。『完訳』は「お帰りになるが、それからというものの」と訳す。
    795 
     797【明くる日ごとに】−『完訳』は「毎日毎日、日に幾度となく書く」と注す。
    796 
    c1798【おろからぬにや】−大君の匂宮の気持ちを推測する思い。地の文から叙述。<BR>797【おろかにはあらぬにや】−大君の匂宮の気持ちを推測する思い。地の文から叙述。<BR>
     799【いと心尽くしに見じと】−以下「心苦しくもあるかな」まで、大君の思い。
    798 
     800【姫宮】−大君。
    799 
     801【みづからだになほかかること思ひ加へじ】−大君の心中の思い。薫との結婚を改めて断念する気持ち。
    800 
     802【待ち遠にぞ思すらむかし】−薫の心中の思い。宇治の姫君たちは匂宮の来訪を。
    801 
     803

    802 
     804 [第六段 九月十日、薫と匂宮、宇治へ行く]
    803 
     805【九月十日のほどなれば野山のけしきも】−宇治では晩秋の寂寥感の深まるころ。
    804 
     806【時雨めきてかきくらし】−時雨は晩秋から初冬にかけての景物。
    805 
     807【いかにせむと御心一つを出で立ちかねたまふ】−『集成』は「伊勢の海に釣する海士の浮けなれや心一つを定めかねつる」(古今集恋一、五〇九、読人しらず)を指摘。
    806 
     808【折推し量りて参りたまへり】−主語は薫。
    807 
     809【ふるの山里いかならむ】−薫の詞。匂宮を宇治に誘う。『源氏釈』は「いそのかみふるの山里いかならむ遠方の里人霞み隔てて」(出典未詳)。『河海抄』は「初時雨ふるの山里いかならむ住む人さへや袖の濡るらむ」(新千載集冬、五九九、読人しらず)を指摘。
    808 
     810【まいて眺めたまふらむ心のうちいとど推し量られたまふ】−主語は匂宮。自分以上に物思いしているだろう中君の心中を思いやる。
    809 
     811【ただこのことの心苦しきを語らひきこえたまふ】−主語は匂宮。『完訳』は「中の君への思いを率直に訴える。気がねのない匂宮らしい性分」と注す。
    810 
     812【山賤どもはいかが心惑ひもせざらむ】−反語表現。「山賤」は宇治山荘に仕える人々をいう。語り手の感情移入表現。
    811 
     813【京にさるべき所々に行き散りたる】−『完訳』は「八の宮家の古参の女房の娘や姪といった人たちで、今はこの邸を出て京の諸所に仕えている者たち」と注す。
    812 
     814【あなづりきこえける心浅き人びと】−姫宮たちを。女房の娘や姪たち。
    813 
    c1815【姫宮も折うれしく思きこえたまふに】−大君は、時雨の中をわざわざ来訪してくれたことをうれしく思う。<BR>814【姫宮も折うれしく思きこえたまふに】−大君は、時雨の中をわざわざ来訪してくれたことをうれしく思う。<BR>
     816【さかしら人の添ひたまへるぞ】−薫が一緒なのを。
    815 
     817【恥づかしくもありぬべく】−『完訳』は「気のおける立派さ。大君の薫に抱く好感の一面」と注す。
    816 
     818【げに人はかくはおはせざりけり】−大君の薫を見て匂宮と比較した感想。
    817 
     819【ありがたしと思ひ知らる】−大君の感想。薫を稀な方だと思う。「る」自発の助動詞。
    818 
     820

    819 
     821 [第七段 薫、大君に対面、実事なく朝を迎える]
    820 
     822【この君は主人方に】−薫は主人顔に振る舞おうとする。
    821 
     823【まだ客人居のかりそめなる方に出だし放ちたまへれば】−大君は薫をまだ主人扱いせずに、客人扱いに遠ざけて待遇する。
    822 
    c1824【戯れにくくもあるかなかくてのみや】−『岷江入楚』は「有りぬやと試みがてら逢ひ見ねば戯れにくきまでぞ恋しき」(古今集雑体、一〇二五、読人しらず)を指摘。<BR>823【戯れにくくもあるかなかくてのみや】−『岷江入楚』は「有りぬやと試みがてら逢ひ見ねば戯れにくきまでぞ恋しき」(古今集雑体、一〇二五、読人しらず)を指摘。<BR>
     825【人の御上にても】−妹の中君の身の上。
    824 
     826【いとどかかる方を】−『集成』は「いよいよ結婚といった男女の関係を」。『完訳』は「大君は、中の君の様子から、結婚生活一般を厭わしく考えはじめる。一面では喜びをも感じている中の君との隔りに注意」と注す。
    825 
     827【なほひたぶるに】−以下「やみにしがな」まで、大君の心中。薫との結婚を思いとどまる決意。
    826 
     828【あはれと思ふ人の御心も】−薫をさす。『集成』は「うれしいと思うこの方のお気持にしても」。『完訳』は「今はいとしいと思うお方のお気持にしても」と訳す。
    827 
     829【心違はでやみにしがな】−『完訳』は「精神的な共感が理想視される」と注す。
    828 
     830【問ひきこえたまへば】−薫が大君に。
    829 
     831【かすめつつさればよとおぼしくのたまへば】−大君が薫の想像していたようにおっしゃるので。
    830 
     832【思したる御さまけしきを見ありくやうなど】−匂宮の様子や薫がそれをさぐっていることなどを。
    831 
     833【語りきこえたまふ】−薫が大君に。
    832 
     834【なほかくもの思ひ加ふるほど】−以下「聞こえむ」まで、大君の詞。『集成』は「思いがけぬ中の君の結婚に加えて匂宮の夜離れと、心労が加わっている」と注す。
    833 
     835【思したれば】−『集成』は「大君が」。『完訳』は、主語を薫として訳す。
    834 
     836【思さるるやうこそはあらめ】−以下「世にあらじ」まで、薫の心中。
    835 
     837【心のどかなる人は】−薫。語り手の批評を含む呼称。
    836 
     838【ただいとおぼつかなく】−以下「聞こえむ」まで、薫の詞。
    837 
     839【ありしやうにて聞こえむ】−かつて一周忌前の訪問の折に、屏風を押し開いて中に入って大君に逢ったことをさす。
    838 
     840【常よりも】−以下「いかなるにか」まで、大君の詞。
    839 
     841【わが面影に恥づるころなれば】−『源氏釈』は「夢にだに見ゆとは見えじ朝な朝なに我が面影に恥づる身なれば」(古今集恋四、六八一、伊勢)を指摘。
    840 
     842【かかる御心に】−以下「身にか」まで、薫の詞。
    841 
     843【例の遠山鳥にて明けぬ】−『源氏釈』は「雲居にて遠山鳥のはつかにもありとし聞かば恋ひつつもをらむ」(古今六帖二、山鳥)。『異本紫明抄』は「逢ふことは遠山鳥の目も逢はず逢はずて今宵明かしつるかな」(出典未詳)を指摘。
    842 
     844【宮はまだ旅寝なるらむとも思さで】−匂宮は薫がまだ客人扱いであることを知らずに。『集成』は「大君に迎え入れられていないとは想像もできない」と注す。
    843 
     845【中納言の主人方に】−以下「うらやましけれ」まで、匂宮の詞。『完訳』は「匂宮は、薫と大君がまだ他人の関係とは思いもよらない」と注す。
    844 
     846【女君あやしと聞きたまふ】−中君。『集成』は「薫と大君とはまだ他人と思っている」と注す。
    845 
     847

    846 
     848 [第八段 匂宮、中の君を重んじる]
    847 
     849【またいかならむ人笑へにや】−姫君たちの心配。夜離れが続くことや捨てられて世間の物笑いになることを心配する。
    848 
     850【げに心尽くしに苦しげなるわざかなと見ゆ】−『紹巴抄』は「双地」と指摘。「げに」「かな」等の語句は語り手の大君への同情や共感の気持ち。
    849 
     851【京にも隠ろへて渡りたまふべき所もさすがになし】−「わたり」の主語は中君。『完訳』は「彼女が隠し妻でしかない点に注意」と注す。
    850 
     852【左の大殿】−夕霧。
    851 
     853【思しよらぬに】−主語は匂宮。
    852 
    c1854【思きこえたまふべかめり】−語り手の推量。<BR>853【思きこえたまふべかめり】−語り手の推量。<BR>
     855【許しなくそしりきこえたまひて】−主語は夕霧。
    854 
     856【内裏わたりにも】−匂宮の父帝は母明石中宮に対して。
    855 
    c1857【おぼえなくて出だし据ゑはむも】−『集成』は「中の君のような意外な人を大っぴらに夫人としてお迎えになるのも」と訳す。<BR>856【おぼえなくて出だし据ゑたまはむも】−『集成』は「中の君のような意外な人を大っぴらに夫人としてお迎えになるのも」と訳す。<BR>
     858【なべてに思す人の際は宮仕への筋にてなかなか心やすげなり】−『集成』は「並々にお思いの女だったら、宮仕えさせるといったことで、かえって扱いやすい。中宮などに仕えさせておく方法がある」。『完訳』は「表向きは女房という形。いわゆる召人。気安く逢えて、しかも世間から非難も受けない形である」と注す。
    857 
    c1859【もし世の中移りて】−以下「こそなさめ」まで、匂宮の心中。中君を立后させよう、の意。858【もし世の中移りて】−以下「こそなさめ」まで、匂宮の心中。中君を立后させよう、の意。<BR>
     860【帝后の思しおきつるままにも】−帝と中宮は匂宮を将来の東宮にと考えている。
    859 
     861【心にかかりたまへるままに】−『集成』は「〔中君が〕お気に召しているあまりに」。『完訳』は「お心にかけていらっしゃるのだから」。副詞「ままに」、--に従って、--につれて、の意。
    860 
     862【中納言は三条の宮造り果てて】−昨年の春焼亡くした三条宮邸を新築。
    861 
     863【さるべきさまにて渡したてまつらむと思す】−夫人として世間に認められるようにして迎えよう、の意。
    862 
     864【げにただ人は心やすかりけり】−語り手の匂宮に比較して薫の行動に同意納得する気持ち。
    863 
     865【かたみに思ひ悩みたまふべかめるも】−匂宮と中君がお互いに。推量の助動詞「べかめり」は薫の推量。
    864 
     866【忍びてかく】−以下「あらせたてまつらばや」まで、薫の心中。
    865 
    c1867【しばしの騒がれはいとほしくとも】−中君が明石中宮から一時とやかく言われるのは気の毒だが、の意。<BR>866【しばしの騒がれはいとほしくとも】−中君が明石中宮から一時とやかく言われるのは気の毒だが、の意。<BR>
     868【更衣など】−冬の衣替え。下文により十月一日とわかる。以下「扱ふらむ」まで、薫の心中。
    867 
     869【誰れかは扱ふらむ】−反語表現。自分薫以外にはいない、の意。
    868 
     870【まづさるべき用なむ】−薫の詞。母女三の宮に申し上げた内容。
    869 
     871【たてまつれたまふ】−宇治の姉妹に。
    870 
     872【のたまひつつ】−相談して、の意。
    871 
     873

    872 
     874 

    第五章 大君の物語 匂宮たちの紅葉狩り

    873 
     875 [第一段 十月朔日頃、匂宮、宇治に紅葉狩り]
    874 
     876【十月朔日ころ】−神無月の上旬頃。初冬の季節。
    875 
     877【網代もをかしきほどならむ】−薫が匂宮を宇治へ誘う詞。『花鳥余情』は「宇治山の紅葉を見ずは長月の行く日をも知らずぞあらまし」(後撰集秋下、四四〇、千兼が女)を指摘。
    876 
     878【宰相中将】−「竹河」巻(第一章三段)に登場した蔵人少将、現在宰相(参議)兼中将。
    877 
     879【論なく】−以下「表すやうもぞはべる」まで、薫の詞。宇治の姫君たちへの指図。
    878 
    c1880【さきの春も花見に尋ね参り来しこれか】−昨年の春、匂宮の初瀬詣での帰途に宇治の山荘に立ち寄った人々。「椎本」巻(第一章一段)に語られている。<BR>879【さきの春も花見に尋ね参り来しこれか】−昨年の春、匂宮の初瀬詣での帰途に宇治の山荘に立ち寄った人々。「椎本」巻(第一章一段)に語られている。<BR>
     881【御簾掛け替へここかしこかき払ひ】−以下、匂宮一行を迎える準備。
    880 
     882【紅葉の朽葉すこしはるけ遣水の水草払はせなどぞしたまふ】−「やり」は「はるけやり」と「遣水」の懸詞的表現。
    881 
     883【たてまつれたまへり】−薫が差し上げた、の意。
    882 
     884【かつはゆかしげなけれど】−薫から何から何まで援助されたのでは奥ゆかしさもない、という。『完訳』は「一方では、あまりに手もとを見すかされような気もなさるけれども」と訳す。
    883 
     885【いかがはせむこれもさるべきにこそは】−大君の心中。前世からの宿縁と諦める。
    884 
     886【正身の御ありさまは】−匂宮の姿をいう。
    885 
     887【見たまふにも】−主語は姫君たち。
    886 
     888【げに七夕ばかりにても】−以下「待ち出でめ」まで、姫君たちの心中。『花鳥余情』は「年にありて一夜妹に逢ふ彦星も我にまさりて思ふらめやも」(万葉集巻十五)「彦星に恋はまさりぬ天の川隔つる関を今はやめてよ」(伊勢物語)を指摘。『完訳』は「天の川紅葉を橋にわたせばや七夕つめの秋をしも待つ」(古今集秋上、一七五、読人しらず)を指摘。
    887 
     889【文作らせたまふべき】−漢詩文。
    888 
     890【博士なども】−文章博士。
    889 
     891【御舟さし寄せて】−宇治の宮邸の対岸、夕霧の別荘側に。
    890 
     892【海仙楽】−黄鐘調の舟楽。
    891 
     893【宮は近江の海の心地して】−『源氏釈』は「いかなれば近江の海のかかりてふ人を見る目の絶えて生ひねば」(出典未詳)を指摘。淡水では「みるめ」(海草)が生えない。「見る目」の懸詞。中君に逢えない嘆き。
    892 
     894【遠方人の恨みいかにと】−『花鳥余情』は「七夕の天の戸わたる今宵さへ遠方のつれなかるらむ」(後撰集秋上、二三八、読人しらず)を指摘。中君が恨めしく思っているだろうことを、匂宮は思いやる。
    893 
     895【人の迷ひ】−騷ぎ、乱れの意。
    894 
     896【宰相の御兄の衛門督】−夕霧の長男。
    895 
     897【かうやうの御ありきは】−親王の微行。
    896 
     898【聞こしめしおどろきて】−主語は明石中宮。
    897 
     899【殿上人あまた具して】−主語は衛門督。
    898 
    d1900【今日はかくてと思すに】−今日は、このまま宇治の泊まろうと思っていたところに、の意。<BR>
     901

    899 
     902 [第二段 一行、和歌を唱和する]
    900 
    i1901【今日はかくてと思すに】−今日は、このまま宇治の泊まろうと思っていたところに、の意。<BR>
     903【宮の大夫】−中宮大夫。
    902 
     904【かしこには】−中君。
    903 
     905【をかしやかなることもなく】−『集成』は「恋文らしい風流めいたことも書かず」。『完訳』は「艶書らしくきどる余裕もなく、真剣な弁解につとめる」と注す。
    904 
     906【人目しげく騒がしからむに】−中君の判断。返事を書かない理由。
    905 
     907【数ならぬありさまにては】−以下「かひなきわざかな」まで、中君の心中の思い。
    906 
     908【よそにて隔たる月日は】−以下、中君の心中にそった叙述。
    907 
     909【さりとも】−いくら何でも後には逢えよう、の意。
    908 
     910【近きほどに】−前文の「よそにて」と呼応する構文。
    909 
     911【宮はまして】−匂宮は中君以上に。
    910 
     912【網代の氷魚も心寄せたてまつりて】−擬人法。網代の氷魚が匂宮に心寄せて、という。『河海抄』は「紅葉葉の流れてとまる網代には白波も又寄らぬ日ぞなき」(古今六帖三、網代)を指摘、花鳥余情「いかでなほ網代の氷魚に言問はむ何によりてか我をとはぬと」(拾遺集雑秋、一一三四、修理)を指摘。
    911 
     913【人に従ひつつ心ゆく御ありきに】−『集成』は「皆に調子を合せて(表面は)楽しそうなご遊覧だが」。『完訳』は「人それぞれに満ち足りた行楽であるのに」「匂宮の、表面は調子を合せて楽しそうな遊覧ぶりだが」と注す。
    912 
     914【みづからの御心地は胸のみつとふたがりて空をのみ眺め】−『評釈』は「大空は恋しき人の形見かはもの思ふごとに眺めらるらむ」(古今集恋四、七四三、酒井人真)を指摘。
    913 
     915【なかなか頼めきこえけるを憂はしきわざかな】−薫の心中の思い。匂宮の来訪を告げておいたのに、それが取り止めになってしまったので。
    914 
    c1916【後れてここにながめたまふらむ心細さを言ふ】−父宮に先立たれた姫君たちの心寂しさを話題にする。昨年の春の花の季節には、八宮はまだ在世中であった。その秋に逝去。<BR>915【後れてここにめたまふらむ心細さを言ふ】−父宮に先立たれた姫君たちの心寂しさを話題にする。昨年の春の花の季節には、八宮はまだ在世中であった。その秋に逝去。<BR>
     917【ほの聞きたるもあるべし】−推量の助動詞「べし」は語り手の推量。湖月抄「草子地」と指摘。
    916 
     918【いとをかしげに】−以下「遊びならはしたまひければ」まで、人々の詞。姫君たちの噂をする。
    917 
     919【箏の琴上手にて】−箏の琴は中君、大君は琵琶を得意とした。
    918 
    c1920【いつぞやも花の盛りに目見し木のもとさへや秋は寂しき】−宰相中将の詠歌。「木のもと」に「子(姫君たち)」を響かせる。<BR>919【いつぞやも花の盛りに目見し木のもとさへや秋は寂しき】−宰相中将の詠歌。「木のもと」に「子(姫君たち)」を響かせる。<BR>
     921【主人方と思ひて言へば】−宰相中将が薫のこの姫君たちの主人側と思って読み掛けてくるので、の意。
    920 
     922【桜こそ思ひ知らすれ咲き匂ふ花も紅葉も常ならぬ世を】−薫の唱和歌。この世の無常を詠む。「花」「寂し」からの連想。
    921 
     923【いづこより秋は行きけむ山里の紅葉の蔭は過ぎ憂きものを】−衛門督の唱和歌。転じて、「紅葉」の美しさから、この場を去りがたい気持ちを詠む。
    922 
     924【見し人もなき山里の岩垣に心長くも這へる葛かな】−中宮大夫の唱和歌。『河海抄』は「奥山のいはがき紅葉散りぬべし照る日の光見る時なくて」(古今集秋下、二八二、藤原関雄)。『花鳥余情』は「見し人も忘れのみゆくふる里に心長くも来たる春かな」(後拾遺集雑三、一〇三四、藤原義懐)を指摘。
    923 
     925【親王の若くおはしける世のことなど思ひ出づるなめり】−連語「なめり」語り手の主観的推量。
    924 
    c1926【秋てて寂しさまさる木のもとを吹きな過ぐしそ峰の松風】−匂宮の唱和歌。「木」に「子」を懸ける。<BR>925【秋てて寂しさまさる木のもとを吹きな過ぐしそ峰の松風】−匂宮の唱和歌。「木」に「子」を懸ける。<BR>
     927【げに深く】−以下「心苦しさ」まで、事情を知っている人々の思い。『細流抄』は「げに深く思すなりけり」を「草子地也」と解す。
    926 
     928【えおはしまし寄らず】−中君のもとに立ち寄ることができない。
    927 
     929【かうやうの酔ひの紛れにましてはかばかしきことあらむやは】−以下「見苦しくなむ」まで、語り手の省筆の弁。『林逸抄』は「双紙の詞」と指摘。『集成』は「省筆をことわり、先にあげた五首の歌について言い訳する草子地」と注す。
    928 
     930

    929 
     931 [第三段 大君と中の君の思い]
    930 
     932【かしこには】−河の対岸。宇治の姫君たち。
    931 
     933【心まうけしつる人びとも】−女房たち。
    932 
    c1934【姫はまして】−大君。女房たち以上に。<BR>933【姫まして】−大君。女房たち以上に。<BR>
     935【なほ音に聞く月草の色なる御心なりけり】−以下「人笑へにをこがましきこと」まで、大君の心中。「御心」は匂宮の心。『源氏釈』は「いで人は言のみぞよき月草の移し心は色ことにして」(古今集恋四、七一一、読人しらず)を指摘。「月草」は移ろいやすい心を譬える。
    934 
     936【何ごとも筋ことなる際になりぬれば】−『完訳』は「皇族のような高貴な身分。大君は貴人を、下世話に語られる男とは別に考えていたが、自分の現実認識の浅さを知り、愕然とする」と注す。
    935 
    c1937宮も】−亡き父八宮。<BR>936宮も】−亡き父八宮。<BR>
     938【かやうに気近きほどまでは思し寄らざりしものを】−八宮は中君に一通りの返書を書くことは勧めていたが、結婚することまでは考えていなかった。
    937 
     939【見たてまつるにつけてさへ身の憂さを思ひ添ふるがあぢきなくもあるかな】−「さへ--添ふる」という、もともと我が身の薄幸を感じ取っていた上にさらに妹君の結婚の不幸までが加わってさらい辛い思いをする。
    938 
     940【正身は】−中君。
    939 
     941【さりとも】−以下「ものしたまふらめ」まで、中君の心中に添った叙述。「思し変らじと」の格助詞「と」で、いったん地の文になり再び「おぼつかなさも」から心中文。
    940 
     942【ほど経にけるが】−匂宮の訪れが間遠になったことをいう。
    941 
     943【なかなかにてうち過ぎたまひぬるを】−なまじ近くまで来ながら素通りされたこと。
    942 
    c1944【忍びがたき御けしきを】−中君の様子。<BR>943【忍びがたき御けしきなるを】−中君の様子。<BR>
     945【人なみなみに】−以下「もてなしたまふまじきを」まで、大君の心中。世の姫君並みに、の意。
    944 
     946【もてなしたまふまじきを】−「を」間投助詞、詠嘆の意。接続助詞「を」の逆接のニュンスも響いて反実仮想的余韻を残す。
    945 
     947

    946 
     948 [第四段 大君の思い]
    947 
     949【我も世にながらへば】−以下「いかで亡くなりなむ」まで、大君の心中。自分も生き永らえたら中君と同様のつらい思いをすることだろう、と思う。結婚を躊躇する気持ち。
    948 
     950【人の心を見むとなりけり】−「人」はわたし大君をさす。過去の助動詞「けり」詠嘆の意。今初めて気がついたというニュアンス。『完訳』は「薫はこちらの気を引いて反応を試すつもりだったのだと忖度」と注す。
    949 
     951【ある人の】−ここに仕えている者が。
    950 
     952【こりずまに】−歌語。性懲りもなく。
    951 
     953【かかる筋のことをのみ】−縁談話ばかり。
    952 
     954【つひにもてなされぬべかめり】−しまいには結婚させられてしまいそうだ、の意。
    953 
    c1955【これこそは返す返すさる心して世を過ぐせ】−父宮の遺言。間接話法で引用。結婚に関しては慎重に用心しなさい、の意。『集成』は「これこそは、繰り返し繰り返し、父宮がその積もりで用心して生きてゆくように」と訳す。<BR>954【これこそは返す返すさる心して世を過ぐせ】−父宮の遺言。間接話法で引用。結婚に関しては慎重に用心しなさい、の意。『集成』は「これこそは、繰り返し繰り返し、父宮がその積もりで用心して生きてゆくように」と訳す。<BR>
     956【諌めなりけり】−過去の助動詞「けり」詠嘆の意。今初めて気がついたというニュアンス。
    955 
    c1957【さもこそは--後れたてまつらめ】−『集成』は「こんな不幸な運命に生れついた二人ゆえ、頼みとする父母にも先立たれ申すようなことになるのだろうが」。『完訳』は「姉妹とも早くに両親を死別する不幸な宿命の身だから、どうせ結婚しても夫に先立たれよう」と訳す。<BR>956【さもこそは、憂き身どもにて、さるべき人にも後れたてまつらめ】−『集成』は「こんな不幸な運命に生れついた二人ゆえ、頼みとする父母にも先立たれ申すようなことになるのだろうが」。『完訳』は「姉妹とも早くに両親を死別する不幸な宿命の身だから、どうせ結婚しても夫に先立たれよう」と訳す。<BR>
     958【罪などいと深からぬさきに】−『完訳』は「愛執など仏教上の罪をさす。思い屈するあまり死を意識する」と注す。
    957 
     959【物もつゆばかり参らずただ亡からむ後のあらましごとを】−大君の死への助走が始まる。
    958 
     960【心細くて】−死に向かっての孤独な心情、心細さが湧出。以下にも「心細し」の語句が頻出してくる。
    959 
     961【我にさへ後れたまひて】−主語は中君。両親にさきだたれ、さらに私姉にまで先立たれる。以下「心憂からむ」まで、大君の心中。
    960 
     962【限りなき人にものしたまふとも】−匂宮を念頭においていう。
    961 
     963【いふかひもなく】−以下「身どもなりけり」まで、大君の心中。
    962 
     964【身どもなりけり】−自分たち姉妹をさしていう。
    963 
     965

    964 
     966 [第五段 匂宮の禁足、薫の後悔]
    965 
     967【例のやうに忍びて】−匂宮の思い。
    966 
     968【出で立ちたまひけるを】−出立なさろうとしたが。出立していない。
    967 
     969【かかる御忍び】−以下「そしり申すなり」まで、衛門督の詞。『集成』は「「もらし申し--」とあるので、衛門の督は取次ぎの女房にそれとなく言ったのであろう」と注す。
    968 
     970【そしり申すなり】−「なり」伝聞推定の助動詞。
    969 
     971【おほかた心にまかせたまへる御里住みの悪しきなり】−帝の詞。
    970 
     972【おしたちて参らせたまふべく】−『完訳』は「無理にも縁づけよう。将来の立坊を考え、軽率な微行など慎ませるための策」と注す。
    971 
     973【わがあまり異様なるぞや】−以下「咎むべき人もなしかし」まで、薫の心中。『集成』は「以下、六の君との結婚の結果、予想される中の君の悲境を思って、初めから自分のものにしておけばよかったと後悔する薫の心」と注す。
    972 
     974【親王の】−故宇治八宮をさす。
    973 
     975【宮もあやにくにとりもちて責めたまひしかば】−『完訳』は「匂宮もあいにくに身を入れて中の君への仲介に私をせきたてるし、一方、自分の心を寄せる大君がまた、中の君を自分に譲ろうとするのも不本意なので、匂宮を中の君に導いた。「あやにく」「あいなく」とあり、不本意な事態への苦肉の対処と、自らを合理化」と注す。
    974 
     976【いづれもわがものにて見たてまつらむに】−大君も中君も。「見たてまつる」は結婚する意。推量の助動詞「む」仮定の意。
    975 
     977【取り返すものならねど】−『源氏釈』は「とり返す物にもがなや世の中をありしながらの我が身と思はむ」(出典未詳)を指摘。
    976 
     978【宮はまして】−匂宮は薫以上に。
    977 
     979【御心につきて】−以下「いとなむ口惜しき」まで、中宮の詞。
    978 
     980【ここに参らせて】−『集成』は「私の所に宮仕えさせて、普通におだやかにお扱いなさい。女房として情けをかけて、忍び歩きなどはなさるな」。『完訳』は「私のもとに宮仕えさせて。忍び歩きの相手としてではなく召人の扱いとせよの戒め」と注す。「例ざまに」は召人、すなわち愛人関係をさす。
    979 
     981【筋ことに思ひきこえたまへるに】−主語は帝。匂宮を将来東宮にとのお考え。
    980 
     982

    981 
     983 [第六段 時雨降る日、匂宮宇治の中の君を思う]
    982 
     984【時雨いたくして】−先の宇治遊覧は「十月朔日ころ」とあった。
    983 
    c1985【女一宮の御方に参りたまれば】−主語は匂宮。同腹の姉。<BR>984【女一宮の御方に参りたまひつれば】−主語は匂宮。同腹の姉。<BR>
     986【御几帳ばかり隔てて】−同腹の姉女一宮と弟匂宮の間に。
    985 
     987【またこの御ありさまに】−以下「劣りきこゆまじきぞかし」まで、匂宮の心中。敬語表現が混在し地の文と融合した叙述。
    986 
     988【世にありなむや】−反語表現。
    987 
     989【冷泉院の姫宮】−冷泉院の女一宮。弘徽殿女御腹。
    988 
     990【思しわたるに】−「思す」という敬語表現が混じる。
    989 
     991【かの山里人は】−宇治中君。
    990 
     992【女絵ども】−女性の愛玩する絵。男女の恋物語を主題にした大和絵。
    991 
     993【心々に世のありさま描きたる】−『完訳』は「さまざまな恋をする男女の姿を」と注す。
    992 
     994【かしこへ】−宇治の中君のもとへ。
    993 
     995【在五が物語を描きて】−在五の物語を絵にして。『伊勢物語』第四十九段の内容。
    994 
     996【人の結ばむと言ひたるを】−「うら若み寝よげに見ゆる若草を人の結ばむことをしぞ思ふ」という『伊勢物語』四十九段中の男の歌。
    995 
     997【いかが思すらむ】−挿入句。語り手の匂宮の心中を忖度した表現。
    996 
     998【いにしへの人も】−以下「もてなさせたまふこそ」まで、匂宮の詞。
    997 
     999【さるべきほどは】−姉弟の間柄では、の意。
    998 
     1000【もてなさせたまふこそ】−「こそ」の下に「つらけれ」などの語句が省略されている。
    999 
     1001【いかなる絵にか】−女一宮の心中。
    1000 
     1002【おし巻き寄せて】−匂宮が絵を手もとに巻き寄せて。絵巻の形態。
    1001 
     1003【こぼれ出でたるかたそばばかり】−几帳の端からこぼれ出ているわずかばかりの髪を。
    1002 
     1004【飽かずめでたく】−以下「思ひきこえましかば」まで、匂宮の心中。初めの方は地の文的、次第に心中文となる。反実仮想の構文。
    1003 
     1005【すこしももの隔てたる人】−少しでも血の繋がりの遠い人、の意。
    1004 
    c11006【若草のね見むものとは思はねどぼほれたる心地こそすれ】−匂宮から実の姉女一宮への贈歌。「若草」「根(寝)見む」は『伊勢物語』の作中歌を踏まえた表現。『完訳』は「姉弟だから共寝をとは思わぬが、悩ましく晴れやらぬ心地だと訴える。好色心躍如たる歌」と注す。<BR>1005【若草のね見むものとは思はねどむずぼほれたる心地こそすれ】−匂宮から実の姉女一宮への贈歌。「若草」「根(寝)見む」は『伊勢物語』の作中歌を踏まえた表現。『完訳』は「姉弟だから共寝をとは思わぬが、悩ましく晴れやらぬ心地だと訴える。好色心躍如たる歌」と注す。<BR>
     1007【ことしもこそあれうたてあやし】−女一宮の心中。
    1006 
     1008【ものものたまはず】−返歌をなさらない。
    1007 
     1009【ことわりにて--憎く思さる】−匂宮の思い。『源氏釈』は「初草のなどめづらしき言の葉ぞうらなくものを思ひけるかな」(伊勢物語)を指摘。
    1008 
     1010【うらなくものをと言ひたる姫君もされて】−『伊勢物語』の姫君をさす。
    1009 
     1011【この二所をば】−女一宮と匂宮。
    1010 
     1012【御心の移ろひやすきは】−匂宮の好色心をいう。花鳥余情「世の中の人の心は花ぞめの移ろひやすき色にぞありける」(古今集恋五、七九五、読人しらず)。
    1011 
     1013【めづらしき人びとに】−『集成』は「新参の女房たちに」。『完訳』は「そうした中のこれはと目に立つ女房と」と注す。
    1012 
     1014【かのわたりを】−宇治中君をさす。
    1013 
     1015

    1014 
     1016 

    第六章 大君の物語 大君の病気と薫の看護

    1015 
     1017 [第一段 薫、大君の病気を知る]
    1016 
     1018【待ちきこえたまふ所は】−匂宮を。宇治の姫君たちをさす。
    1017 
     1019【なほかくなめり】−数日間の途絶えから、匂宮はやはり不誠実な人だと絶望する気持。
    1018 
     1020【悩ましげにしたまふと聞きて】−大君の状態。前に食事も通らないとあったことをさす。
    1019 
     1021【ことつけて】−病気にかこつけて。
    1020 
     1022【おどろきながら】−以下「御あたり近く」まで、薫の詞。
    1021 
     1023【苦しがりたまへど】−主語は大君。
    1022 
     1024【けにくくはあらで】−そっけなくはなく。
    1023 
     1025【宮の御心もゆかでおはし過ぎにしありさまなど】−匂宮が不本意ながら立ち寄ることができなかった事情などを。
    1024 
     1026【のどかに思せ】−以下「恨みきこえたまひそ」まで、薫の詞。
    1025 
     1027【ここにはともかくも】−以下「いとほしかりける」まで、大君の詞。「ここには」は妹の中君をさす。
    1026 
    c11028き人の御いさめ】−故父八宮の遺言。<BR>1027き人の御め】−故父八宮の遺言。<BR>
     1029【世の中はとてもかくても】−以下「となむ思ひはべる」まで、薫の詞。「世の中」は夫婦仲をいう。『異本紫明抄』「世の中はとてもかくても同じこと宮も藁屋も果てしなければ」(新古今集雑下、一八五一、蝉丸)を指摘。
    1028 
     1030【御心どもには】−大君と中君の御心中。
    1029 
     1031【人の御上をさへ扱ふもかつはあやしくおぼゆ】−『完訳』は「自分の恋もかなわぬのに、匂宮の世話までやくのも、一面では妙な感じ。自嘲ぎみの感慨である」と注す。
    1030 
     1032【いと苦しげにしたまひければ】−主語は大君。
    1031 
     1033【疎き人の御けはひの】−薫をさす。
    1032 
     1034【なほ例のあなたに】−女房の詞。西廂の客間に勧める。
    1033 
     1035【ましてかくわづらひたまふほどの】−以下「仕うまつる」まで、薫の詞。
    1034 
     1036【思ひのままに参り来て】−『集成』は「何もかも投げ出してやって参りましたのに」。『完訳』は「ただ心配のあまりお訪ねしてしまったのに」と訳す。
    1035 
     1037【誰れかは--仕うまつる】−反語表現。私薫しかいない、意。
    1036 
     1038【いと見苦しくことさらにも厭はしき身を】−大君の心中。薫の指図を聞きながら思う。
    1037 
     1039【思ひ隈なくのたまはむもうたてあれば】−『完訳』は「せっかくのご親切に対して察しもつかぬようにお断りをおっしゃるのも不都合なことだし」と注す。
    1038 
     1040【さすがにながらへよと思ひたまへる心ばへもあはれなり】−『集成』は「それでもやはり、長生きせよと願っていられる(薫の)気持もうれしく思われる。「さすがに」は、「ことさらにもいとはしき身を、と聞きたまへど」に応じる」。『完訳』は「薫の言動に、大君は一面ではやはり、誠意を認めて感動する」と注す。
    1039 
     1041

    1040 
     1042 [第二段 大君、匂宮と六の君の婚約を知る]
    1041 
    c11043【すこしよろしく】−以下「聞こえさせむ」まで、薫の詞。<BR>1042【すこしよろしく】−以下「聞こえさせむ」まで、薫の詞。<BR>
     1044【日ごろ経ればにや】−以下「こなたに」まで、大君の詞。
    1043 
     1045【いとあはれに】−以下、薫の気持ちに即した叙述。
    1044 
     1046【ありしよりはなつかしき御けしきなるも】−『完訳』は「病床近くに招き入れるといった、今までにない親しい扱いに、薫は胸騷ぎがする」と注す。
    1045 
     1047【苦しくて】−以下「ためらはむほど」まで、大君の詞。
    1046 
     1048【かかる御住まひは】−以下「移ろはしたてまつむ」まで、薫の詞。
    1047 
     1049【所さりたまふにことよせて】−薫は転地療法にかこつけて、大君を都の適当な場所に移そうとする。
    1048 
    c11050【阿闍梨も】−故八宮の師である宇治山の阿闍梨。<BR>1049【阿闍梨も】−故八宮の師である宇治山の阿闍梨。<BR>
     1051【この君の御供なる人の】−薫の供人。「人の」の「の」は格助詞、同格の意。
    1050 
     1052【おのがじしの物語に】−薫の供人とその恋人の世間話。
    1051 
     1053【かの宮の御忍びありき】−以下「おぼろけならぬことと人申す」まで、供人の匂宮についての噂話。
    1052 
     1054【女方は】−夕霧の六君。
    1053 
     1055【ありぬべかなり】−連語「ぬべし」の連体形。確信に満ちた推量のニュアンス。「なり」伝聞推定の助動詞。
    1054 
     1056【宮はしぶしぶに思して】−匂宮。六君との結婚に気が進まない。
    1055 
     1057【あらざめり】−推量の助動詞「めり」。供人の主観的推量のニュアンス。
    1056 
     1058【わが殿こそ】−薫をさす。係助詞「こそ」は「もて悩まれたまへ」にかかる。
    1057 
     1059【渡りたまふのみなむ】−係助詞「なむ」は結びの流れ。
    1058 
     1060【さこそ言ひつれ】−薫の供人の恋人の詞。供人の話を間接話法で周囲の女房にかたる。
    1059 
     1061【人びとの中にて】−女房たちの中で。
    1060 
     1062【語るを聞きたまふに】−主語は大君。
    1061 
     1063【今は限りにこそあなれ】−以下「深きなりけり」まで、大君の心中。匂宮と六君の結婚話を聞いて絶望を感じる。
    1062 
     1064【中納言などの思はむところを思して】−薫の思惑。
    1063 
    c11065【いとど身の置き所なき心地してしをれ臥したまへり】−精も根も尽き果てた様子。『完訳』は「薄情な匂宮への恨めしさ。それより、妹の親代りへとしての責任を痛感。しかしなすすべもなく無力」と注す。<BR>1064【いとど身の置き所なき心地してしをれ臥したまへり】−精も根も尽き果てた様子。『完訳』は「薄情な匂宮への恨めしさ。それより、妹の親代りへとしての責任を痛感。しかしなすすべもなく無力」と注す。<BR>
     1066【思ふらむところの苦しければ】−主語は女房たち。
    1065 
     1067【もの思ふ時のわざと聞きしうたた寝の御さまの】−『源氏釈』は「たらちねの親のいさめしうたた寝は物思ふときのわざにぞありける」(拾遺集恋四、八九七、読人しらず)を指摘する。
    1066 
     1068【親の諌めし言の葉も】−前の引歌「たらちねの」歌の言葉による。故父八宮の遺言をさす。
    1067 
    c11069【罪深かなる底には】−以下「見えたまはぬよ」まで、大君の心中。「なる」伝聞推定の助動詞。罪深い人の行くところ、すなわち地獄をさす。<BR>1068【罪深かなる底には】−以下「見えたまはぬよ」まで、大君の心中。「なる」伝聞推定の助動詞。罪深い人の行くところ、すなわち地獄をさす。<BR>
     1070【よも沈みたまはじ】−主語は故父八宮。
    1069 
     1071【迎へたまひてよ】−私を。『完訳』は「亡父に抱きとめられたい思い。死への道が刻々と近づく趣である」と注す。
    1070 
     1072【もの思ふ身ども】−複数を表す接尾語「ども」、大君と中君の姉妹をさす。
    1071 
     1073【見えたまはぬよ】−主語は故八宮。
    1072 
     1074

    1073 
     1075 [第三段 中の君、昼寝の夢から覚める]
    1074 
     1076【夕暮の空のけしきいとすごくしぐれて】−初冬の山里の荒寥たる風景。大君の心象風景。
    1075 
     1077【思ひ続けられて】−主語は大君。
    1076 
     1078【添ひ臥したまへるさま】−几帳の陰に添って臥しているさま。
    1077 
     1079【白き御衣に】−清浄なさま。病中の体。
    1078 
     1080【見知らむ人に見せまほし】−語り手の評語。暗に薫をさしていう。
    1079 
     1081【昼寝の君】−中君。
    1080 
     1082【故宮の夢に見えたまへる】−以下「こそほのめきたまひつれ」まで、中君の詞。
    1081 
     1083【このわたりにこそ】−『集成』は「手で指し示す体」と注す。
    1082 
     1084【亡せたまひて後】−以下「見たてまつらね」まで、大君の詞。
    1083 
     1085【このころ明け暮れ】−以下「身どもにて」まで、大君の心中。
    1084 
     1086【罪深げなる身どもにて】−女は罪障が深く極楽往生も難しいとする仏教思想。
    1085 
     1087【人の国にありけむ香の煙ぞ】−『源氏釈』は「白氏文集」李夫人の反魂香の故事を指摘する。
    1086 
     1088

    1087 
     1089 [第四段 十月の晦、匂宮から手紙が届く]
    1088 
     1090【折はすこしもの思ひ慰みぬべし】−『集成』は「草子地」。『完訳』は「語り手の推測」と注す。
    1089 
     1091【御方は】−中君。匂宮の夫人という意味での呼称。
    1090 
    c11092【なほ心うつくし】−以下「頼まれはべる」まで、大君の詞。<BR>1091【なほ心うつくし】−以下「頼まれはべる」まで、大君の詞。<BR>
     1093【かくてはかなくもなりはべりなば】−主語は大君。自分の死後を想像していう。
    1092 
     1094【これより名残なき方にもてなしきこゆる人もや】−匂宮以上にひどい男が現れるのではないか、と危惧する。
    1093 
     1095【この人の】−匂宮。
    1094 
     1096【さやうなるあるまじき心】−前出の「これより名残なき方にもてなしきこゆる」を受ける。
    1095 
     1097【頼まれはべる】−「れ」自発の助動詞。『完訳』は「保護者の役割程度を宮に期待」と注す。
    1096 
     1098【後らさむと】−以下「いみじくはべれ」まで、中君の詞。
    1097 
     1099【限りあれば】−以下「命にかは」まで、大君の詞。
    1098 
     1100【片時もとまらじと】−打消推量の助動詞「じ」意志の打ち消し。生き残っていまい、の意。
    1099 
     1101【明日知らぬ世のさすがに嘆かしきも】−『源氏釈』は「明日知らぬわが身と思へど暮れぬ間の今日は人こそ悲しかりけれ」(古今集哀傷、八三八、紀貫之)を指摘。
    1100 
     1102【誰がため惜しき命にかは】−『源氏釈』は「岩くぐる山井の水を結びあげて誰がため惜しき命とかは知る」(伊勢集)を指摘。
    1101 
     1103【見たまふ】−匂宮からの文を。
    1102 
     1104【眺むるは同じ雲居をいかなればおぼつかなさを添ふる時雨ぞ】−匂宮から中君への贈歌。
    1103 
     1105【かく袖ひつるなど】−『源氏釈』は「いにしへも今も昔も行く末もか袖ひづるたぐひあらじな」(出典未詳)を指摘。『花鳥余情』は「神無月いつも時雨は降りしかどかく袖ひづる折はなかりき」(出典未詳)を指摘。『湖月抄』は「地」と草子地であることを指摘。語り手の推測を交えた表現。
    1104 
     1106【人にめでられむと】−女たちからちやほやされようと。
    1105 
    c21107-1108【若き人の心寄せたてまつりたまはむ】−中君が匂宮に。間接的な言い回し。<BR>《改行》
    【さばかり契りおきたまひしを】−接続助詞「を」について、『集成』は「あんなにご大層なまでにお約束なさっていたのに、いくら何でも、このまま終るはずはない」と逆接の意。『完訳』は「あれほど十分過ぎるほどにお約束をしておかれたのだから、今さしあたってどうあろうとまさかこのままになってしまうこともなかろうと」と順接の原因理由の意に解す。『完訳』は「以下、宮への信頼感が起るとする。大君との相異に注意」と注す。<BR>
    1106-1107【若き人の心寄せたてまつりたまはむ】−中君が匂宮に。間接的な言い回し。<BR>《改行》
    【さばかり所狭きまで契りおきたまひしを】−接続助詞「を」について、『集成』は「あんなにご大層なまでにお約束なさっていたのに、いくら何でも、このまま終るはずはない」と逆接の意。『完訳』は「あれほど十分過ぎるほどにお約束をしておかれたのだから、今さしあたってどうあろうとまさかこのままになってしまうこともなかろうと」と順接の原因理由の意に解す。『完訳』は「以下、宮への信頼感が起るとする。大君との相異に注意」と注す。<BR>
     1109【今宵参りなむ】−使者の詞。中君の返事を催促。
    1108 
     1110【霰降る深山の里は朝夕に眺むる空もかきくらしつつ】−中君の返歌。「眺むる」の語句を用いて返す。『花鳥余情』は「霰降る深山の里の侘しきは来てたはやすく訪ふ人ぞなき」(後撰集冬、四六八、読人しらず)を指摘。『細流抄』は「深山にはあられ降るらし外山なるまさきの葛色づきにけり」(古今集、一〇七七、大歌所御歌)を指摘。
    1109 
     1111【かく言ふは神無月の晦日なりけり】−語り手の説明的叙述。
    1110 
     1112【障り多みなるほどに】−『源氏釈』は「港入りの葦分け小舟障り多み我が思ふ人に逢はぬころかな」(拾遺集恋三、八五三、柿本人麿)を指摘。
    1111 
     1113【五節などとく出で来たる年にて】−『集成』は「十一月の中の丑、寅、卯、辰の日に行われる儀式。普通、月に三度ある丑の日が二丑の時は、上の丑の日から行われる。今年はそれに当るのであろう」と注す。
    1112 
     1114【あさましく待ち遠なり】−宇治では。語り手の感情移入による叙述。
    1113 
     1115【はかなく人を見たまふにつけても】−主語は匂宮。
    1114 
     1116【なほさるのどやかなる】−以下「もてなしたまへ」まで、明石中宮の匂宮への詞。
    1115 
     1117【重々しくもてなしたまへ】−『集成』は「女房として召し使うように、と忠告する」と注す。
    1116 
     1118【しばしさ思うたまふるやう】−匂宮の返事。「さ」は自分で考えている内容をさす。
    1117 
     1119【まことにつらき目はいかでか見せむ】−匂宮の心中の思い。中君をそのようなつらい目には遇わせられない。反語表現。
    1118 
     1120【思す御心を知りたまはねば】−文は切れずに匂宮の心中から中君へ一続きで流れていく表現。
    1119 
     1121

    1120 
     1122 [第五段 薫、大君を見舞う]
    1121 
     1123【見しほどよりは】−以下「さりとも」まで、薫の心中の思い。
    1122 
     1124【をさをさ参りたまはず】−匂宮のもとに。『集成』は「薫の立腹のさま」と注す。
    1123 
     1125【いかにいかに】−大君の病状を見舞う文の要旨。
    1124 
     1126【修法はおこたり果てたまふまで】−薫の采配の要旨。
    1125 
     1127【よろしくなりにけりとて】−大君自身の発言。
    1126 
     1128【そこはかと痛きところもなく】−以下「思ひたまへ入りはべり」まで、弁の詞。『完訳』は「死病の徴候か。紫の上の病状とも類似」と注す。
    1127 
     1129【この宮の御こと出で来にしのち】−匂宮と六君との結婚話が出てきて後。
    1128 
     1130【よに心憂くはべりける身の命の長さにて】−弁自身のことをいう。長生きしたことによってつらい目を多く見るという。
    1129 
     1131【心憂くなどか】−以下「おぼつかなさ」まで、薫の詞。
    1130 
     1132【ありし方に入りたまふ】−先日通された大君の病室の前の廂の間。
    1131 
     1133【かく重くなりたまふまで】−以下「かひなきこと」まで、薫の詞。
    1132 
     1134【思ふにかひなきこと】−『完訳』は「心配のしがいもない。適切な処置もなく、の非難でもある」と注す。
    1133 
     1135【験ありと聞こゆる人の限り】−効験あると言われている人々すべて。
    1134 
     1136【御修法読経】−以下「始めさせたまはむ」まで、薫の心中の思いを地の文で叙述。
    1135 
     1137【殿人】−薫の家来、京の邸に仕えている者たち。
    1136 
     1138

    1137 
     1139 [第六段 薫、大君を看護する]
    1138 
     1140【例のあなたに】−弁の詞であろう。いつもの客間に、の意。
    1139 
     1141【近くてだに見たてまつらむ】−薫の詞。『集成』は「せめて近くにいて看取ってさし上げたい」と訳す。
    1140 
     1142【中の宮苦しと思したれど】−中君は大君の枕元にいる様子。
    1141 
     1143【この御仲を】−薫と大君の仲。
    1142 
     1144【なほもてはなれたまはぬなりけり】−女房たちの思い。
    1143 
     1145【読ませたまふ】−「せ」使役の助動詞。薫が僧侶に。
    1144 
     1146【灯はこなたの南の間にともして内は暗きに】−母屋の南側に僧侶の関があり、その東面に薫はいる。その北側に大君の病床がある様子。
    1145 
     1147【見たてまつりたまへば】−薫が大君を。
    1146 
     1148【などか御声をだに聞かせたまはぬ】−薫の詞。
    1147 
     1149【心地には】−以下「こそはべりつれ」まで、大君の詞。
    1148 
     1150【おぼつかなくて過ぎはべりぬべきにやと口惜しくこそはべりつれ】−『完訳』は「死を目前に、薫との不都合な関係も生じないと思うと、大君は胸奥に秘めた薫への好意をはじめて率直に告白。薫は感動のあまり嗚咽」と注す。
    1149 
     1151【かく待たれたてまつるほどまで参り来ざりけること】−薫の詞。今まで訪問しなかったことを後悔。
    1150 
     1152【御ぐしなどすこし熱くぞおはしける】−薫は大君の額に手を当てる。熱がある様子。
    1151 
    c11153【何の罪なる御心地にか人嘆き負ふこそかくあむなれ】−薫の詞。『花鳥余情』は「水ごもりの神に問ひても聞きてしが恋ひつつ逢はぬ何の罪ぞと」(古今六帖四、片恋)を指摘。<BR>1152【何の罪なる御心地にか嘆き負ふこそかくあむなれ】−薫の詞。『花鳥余情』は「水ごもりの神に問ひても聞きてしが恋ひつつ逢はぬ何の罪ぞと」(古今六帖四、片恋)を指摘。<BR>
     1154【むなしく見なしていかなる心地せむ】−薫の心中の思い。
    1153 
     1155【日ごろ見たてまつりたまひつらむ】−以下「さぶらふべし」まで、薫の詞。中君に向かって言う。
    1154 
     1156【宿直人】−自分自身をいう。
    1155 
     1157【さるやうこそは】−中君の心中の思い。『完訳」は「秘密の話もあろうか、の気持」と注す。
    1156 
     1158【かかるべき契りこそはありけめ】−大君の心中の思い。身近に看病してもらうことを、前世からの宿縁であったのかと、思う。
    1157 
     1159【かの片つ方の人に】−匂宮をさす。
    1158 
     1160【むなしくなりなむ後の】−以下「思ひ隈なからし」まで、大君の心中の思い。『集成』は「死期に臨んで、せめていい思い出を残したいと思う」。『完訳』は「世俗的な結婚を拒否しながらも、大君は薫に真情を告白し、彼の胸奥に美しき印象を残したいとする。反俗的な愛の希求というべきか」と注す。
    1159 
     1161【夜もすがら人をそそのかして】−主語は薫。女房たちに指図して。
    1160 
     1162【いみじのわざや】−以下「かけとどむべき」まで、薫の心中の思い。
    1161 
     1163

    1162 
     1164 [第七段 阿闍梨、八の宮の夢を語る]
    1163 
    c11165【暁方のゐ替りたる声の】−後夜から晨朝への交替。このとき、重唱となる。<BR>1164【暁方のゐ替りたる声の】−後夜から晨朝への交替。このとき、重唱となる。<BR>
     1166【阿闍梨も夜居にさぶらひて】−徹夜で加持をすること。
    1165 
     1167【いかが今宵はおはしましつらむ】−阿闍梨の詞。
    1166 
    c11168【故宮の御ことな】−故八宮についての夢語り。<BR>1167【故宮の御ことな】−故八宮についての夢語り。<BR>
     1169【いかなる所に】−以下「つかせはべる」まで、阿闍梨の詞。
    1168 
     1170【涼しき方に】−極楽浄土をさす。
    1169 
     1171【俗の御かたちにて】−在俗のままの姿。極楽往生をしていないさま。中君の夢の中にも極楽往生できなかったさまが語られていた。
    1170 
     1172【世の中を深う厭ひ離れしかば】−以下「すすむるわざせよ」まで、夢の中の八宮の詞。
    1171 
     1173【いささかうち思ひしことに乱れてなむ】−「なむ」は「悔しき」に係る。『集成』は「姫君たちの身の上を心にかけてのこと、ととれる言葉」。『完訳』は「姫君たちの身を案じて。大事な臨終の際にその妄想が浮んで、往生の一念が乱れたという趣。生前の懸念が的中」と注す。
    1172 
    c21174-1175【仕うまつること】−追善供養。<BR>《改行》
    【堪へたるにひて】−私でできる範囲内で、の意。<BR>
    1173-1174【仕うまつるべきこと】−追善供養。<BR>《改行》
    【堪へたるにしたがひて】−私でできる範囲内で、の意。<BR>
     1176【なにがしの念仏なむ】−阿彌陀の念仏。それをぼかして言ったもの。
    1175 
     1177【思ひたまへ得たることはべりて】−『完訳』は「亡き宮の成仏のために考えついた」と注す。
    1176 
     1178【常不軽をなむ】−法華経の「常不軽菩薩品」。
    1177 
     1179【君も】−薫。
    1178 
     1180【かの世にさへ妨げきこゆらむ罪のほどを苦しき御心地にもいとど消え入りぬばかりおぼえたまふ】−『完訳』は「大君の心中。父宮の往生の障害にまでなった自分たちの罪深さ」と注す。前半は大君の心中に即した叙述(心中の間接的叙述)、後半は地の文による叙述(語り手による客観的叙述)。
    1179 
     1181【いかでかの】−以下「同じ所にも」まで、大君の心中、直接的叙述。
    1180 
     1182【そのわたりの里々】−宇治近辺の里。
    1181 
     1183【中門のもとに】−八宮邸の中門。
    1182 
     1184【いと尊くつく】−額ずく、意。礼拝する。
    1183 
     1185【切におぼつかなくて】−大君の容体が気がかりで、の意。
    1184 
     1186【不軽の声はいかが】−以下「こそはべりけれ」まで、薫の詞。
    1185 
    c11187【重々しき道には行はぬことなれど】−常不軽の行は朝廷などでは行われないもの、とされている。<BR>1186【重々しき道には行はぬことなれど】−常不軽の行は朝廷などでは行われないもの、とされている。<BR>
     1188【霜さゆる汀の千鳥うちわびて鳴く音悲しき朝ぼらけかな】−薫の中君への贈歌。
    1187 
     1189【言葉のやうに聞こえたまふ】−話しかけるように。和歌は節をつけて詠じた。
    1188 
     1190【つれなき人の御けはひにも通ひて】−匂宮の感じに似て。
    1189 
     1191【思ひよそへらるれど】−主語は中君。匂宮が思い出される。
    1190 
     1192【暁の霜うち払ひ鳴く千鳥もの思ふ人の心をや知る】−中君の返歌。「霜」「千鳥」の言葉を用いて返す。
    1191 
     1193【似つかはしからぬ御代りなれど】−弁の代役をさしていう。前の「御けはひに通ひて」と対照的表現。
    1192 
     1194【かやうのはかなしごとも】−以下「いかなる心地せむ」まで、薫の心中の思い。
    1193 
     1195【つつましげなるものから】−大君の態度を想起。
    1194 
     1196

    1195 
     1197 [第八段 豊明の夜、薫と大君、京を思う]
    1196 
     1198【宮の夢に見えたまひけむさま】−故八宮が阿闍梨の夢の中に現れたという様子を。格助詞「の」は主格。
    1197 
     1199【思しあはするに】−主語は薫。
    1198 
     1200【かう心苦しき御ありさまどもを】−以下「見たまふらむ」まで、薫の心中の思い。
    1199 
     1201【天翔りても】−『集成』は「死者の霊が成仏せぬ時、宙をさまようとされた」と注す。
    1200 
     1202【いかに見たまふらむ】−主語は八宮。
    1201 
     1203【おはしましし御寺にも】−主語は八宮。
    1202 
    c11204【公にも私にも御暇のよし申たまひて】−「公」は朝廷への欠勤届け。「私」は薫の私的な主人家筋への暇乞い。例えば、匂宮邸や夕霧邸へ。<BR>1203【公にも私にも御暇のよし申たまひて】−「公」は朝廷への欠勤届け。「私」は薫の私的な主人家筋への暇乞い。例えば、匂宮邸や夕霧邸へ。<BR>
     1205【ものの罪めきたる御病にもあらざりければ】−何かの祟による病気というのでない。原因が不明。
    1204 
     1206【みづからも平らかに】−大君自身も。
    1205 
     1207【念じたまはばこそあらめ】−「こそ」「あらめ」は係結びの法則、逆接用法。
    1206 
     1208【なほかかるついでに】−以下「わざなれ」まで、大君の心中。
    1207 
     1209【かうおろかならず見ゆめる心ばへの見劣りして】−『完訳』は「今は並大抵とは思われぬ気持が、結婚後はそれほどでもなかったのだと、双方で互いに思うようでは。結婚そのものが夫にも妻にも幻滅をもたらすとして、絶望的」と注す。
    1208 
     1210【形をも変へてむ】−出家して尼姿となる。
    1209 
     1211【とあるにても】−以下「思ふことしてむ」まで、大君の心中。生きるにせよ死ぬにせよ。出家を遂げたい。
    1210 
     1212【心地のいよいよ頼もしげなく】−以下「阿闍梨にのたまへ」まで、大君の詞。
    1211 
     1213【いとあるまじき御ことなり】−以下「思ひきこえたまはむ」まで、女房の詞。
    1212 
     1214【頼もし人にも】−薫をさす。
    1213 
    c21215-1216【口惜しうおぼす】−主語は大君。<BR>《改行》
    【かく籠もりゐたまれば】−主語は薫。宇治に。<BR>
    1214-1215【口惜しうす】−主語は大君。<BR>《改行》
    【かく籠もりゐたまひつれば】−主語は薫。宇治に。<BR>
     1217【豊明は今日ぞかし】−薫の心中。豊明節会、十一月上の辰の日。
    1216 
     1218【風いたう吹きて雪の降るさまあわたたしう荒れまどふ】−薫の荒寥たる心象風景。
    1217 
     1219【都にはいとかうしもあらじかし】−薫の心中に即した叙述。
    1218 
     1220【疎くてやみぬべきにや】−薫の心中の思い。
    1219 
     1221【ただしばしにても】−以下「かたらはばや」まで、薫の心中の思い。
    1220 
     1222【思ひつることどもも語らはばや】−『完訳』は「薫は結婚したかったことを。「つる」の完了形に注意。死が目前」と注す。
    1221 
     1223【かき曇り日かげも見えぬ奥山に心をくらすころにもあるかな】−薫の独詠歌。『完訳』は「「光もなくて--」の景に、薫の絶望的な心象風景をかたどる歌」と注す。
    1222 
     1224

    1223 
     1225 [第九段 薫、大君に寄り添う]
    1224 
     1226【かくておはするを】−薫が付き添っていらっしゃるのを。
    1225 
     1227【例の近き方にゐたまへるに】−主語は中君。
    1226 
    c11228【いと近うりて】−主語は薫。<BR>1227【いと近うりて】−主語は薫。<BR>
     1229【いかが思さるる】−以下「いみじうつらからむ」まで、薫の詞。
    1228 
     1230【後らかしたまはば】−「後らかす」は「後らす」よりも使役的ニュアンスが強く出る。私をしてあとに残して逝かれたら、という自分に引きつけた物の言い方。
    1229 
     1231【ものおぼえずなりにたるさまなれど】−大君のさま。『完訳』は「病状が悪化し、意識が混濁」と注す。
    1230 
     1232【顔はいとよく隠したまへり】−『完訳』は「衰弱の顔を見られまいとする。薫に美しき印象を残して死にたいという願望」と注す。
    1231 
     1233【よろしき隙あらば】−以下「わざにこそ」まで、大君の詞。
    1232 
     1234【いよいよせきとどめがたくて】−主語は薫。
    1233 
     1235【声も惜しまれず】−「れ」自発の助動詞。『集成』は「嗚咽の声も抑えきれない」。『完訳』は「涙はもとより声も惜しまず泣かずにはいられない」と注す。
    1234 
     1236【いかなる契りにて】−以下「ふしにもせむ」まで、薫の心中の思い。
    1235 
     1237【別れたてまつるべきにか】−自分の宿縁に対する疑問を投げ掛ける。
    1236 
     1238【憂きさまを】−大君の容貌に醜いさまを、の意。
    1237 
     1239【腕などもいと細うなりて】−薫の目や手を握った感触を通しての叙述。
    1238 
     1240【衾を押しやりて】−夜具も重く感じられるさま。
    1239 
     1241【身もなき雛を臥せたらむ心地して】−大君の痩せ細ったさま。
    1240 
     1242【うちやられたる枕より落ちたる際の】−「うちやられたる」は連体中止法。いったん余韻をもって中止し、そしてそれが、というニュアンスで下文に続く。
    1241 
     1243【いかになりたまひなむとするぞと】−薫の心中の思い。「と」は地の文。
    1242 
     1244【あるべきものにもあらざめりと見るが】−薫の心中の思い。前の心中の思いと並列の構文。
    1243 
     1245【心とけず恥づかしげに】−『完訳』は「薫に気を許そうともせず、近寄りにくいほど気高い様子」と注す。
    1244 
     1246【魂も静まらむ方なし】−語り手の評言。薫は物思いのあまりに魂が遊離してしまいそうだ、の意。
    1245 
     1247

    1246 
     1248 

    第七章 大君の物語 大君の死と薫の悲嘆

    1247 
     1249 [第一段 大君、もの隠れゆくように死す]
    1248 
     1250【つひにうち捨てたまひなば】−以下「思ひきこゆる」まで、薫の詞。
    1249 
     1251【命もし限りありて】−薫の寿命。
    1250 
     1252【深き山にさすらへなむとす】−出家遁世したい、という。
    1251 
     1253【いらへさせたてまつらむとて】−薫の大変に丁重な態度。
    1252 
     1254【かの御ことをかけたまへば】−中君のことをさす。
    1253 
     1255【かくはかなかりけるものを】−以下「おぼえはべる」まで、大君の詞。『完訳』は「自分の短命が予感されたのに、情け知らずの強情者と思われるのも不本意、の意。薫の求愛を拒んできた理由として言う」と注す。
    1254 
     1256【思ひ隈なきやうに】−自分大君が情を解さない女のように、の意。
    1255 
     1257【このとまりたまはむ人を】−中君をいう。
    1256 
     1258【同じこと思ひきこえたまへとほのめかしきこえしに】−かつて薫と中君とを結婚させようとした事件をさしていう。
    1257 
    c11259【違へたまはざらましかばうしろやすからましと】−反実仮想の構文。<BR>1258【違へたまはざらましかばうしろやすからましと】−反実仮想の構文。<BR>
     1260【とまりぬべうおぼえはべる】−『完訳』は「執着が残り成仏できぬ気持。亡き八の宮の迷妄も念頭にあろう」と注す。
    1259 
     1261【かくいみじう】−以下「思ひきこえたまひそ」まで、薫の詞。
    1260 
    c11262【異ざまにこの世を思かかづらふ方のはべらざりつれば】−あなた大君以外に執着することがなかった、の意。<BR>1261【異ざまにこの世を思かかづらふ方のはべらざりつれば】−あなた大君以外に執着することがなかった、の意。<BR>
     1263【御おもむけに従ひきこえずなりにし】−『集成』は「詠嘆の気持から、連体止めになる」と注す。
    1262 
     1264【今なむ悔しく心苦しうもおぼゆる】−『完訳』は「中の君を匂宮に導いた自らの措置を、今にして悔む気持」と注す。
    1263 
     1265【うしろめたくな思ひきこえたまひそ】−中君のことをさす。現世への執着を断つように言う。
    1264 
     1266【いと苦しげにしたまへば】−主語は大君。挿入句。
    1265 
     1267【召し入れさせ--加持参らせさせたまふ】−「させ」使役の助動詞。薫が阿闍梨をして。
    1266 
     1268【我も仏を念ぜさせたまふこと限りなし】−「させたまふ」最高敬語。語り手の評言。
    1267 
    c3-11269-1271【世の中をことさらに厭ひれね】−以下「いみじきわざかな」あたりまで、薫の心中に即した叙述。地の文と心中文が交錯。『完訳』は「俗世を厭い離れよと、格別勧める仏などが、こんな悲しい目に遭遇させるのか。源氏の晩年の述懐にも類似」と指摘。薫や源氏の仏を恨む気持ちには、底流に紫式部の仏教への不信感があろうか。<BR>《改行》
    【見るままにもの隠れゆくやうに消え果てたまひぬるは】−大君の死。薫の目を通して叙述される。<BR>《改行》
    【もの隠れゆく】−「物ゝかれゆく」御池肖三 河内本と別本の横山本は「かくれ」(隠)とある。『集成』『完訳』は「ものの枯れゆく」と校訂。<BR>
    1268-1269【世の中をことさらに厭ひれね】−以下「いみじきわざかな」あたりまで、薫の心中に即した叙述。地の文と心中文が交錯。『完訳』は「俗世を厭い離れよと、格別勧める仏などが、こんな悲しい目に遭遇させるのか。源氏の晩年の述懐にも類似」と指摘。薫や源氏の仏を恨む気持ちには、底流に紫式部の仏教への不信感があろうか。<BR>《改行》
    【見るままにもの隠れゆくやうに消え果てたまひぬるは】−大君の死。薫の目を通して叙述される。<BR>【もの隠れゆく】−「物ゝかれゆく」御池肖三 河内本と別本の横山本は「かくれ」(隠)とある。『集成』『完訳』は「ものの枯れゆく」と校訂。<BR>
     1272【引きとどむべき方なく足摺りもしつべく】−『異本紫明抄』は「白玉か何ぞと人の問ひし時露と答へて消えなましものを」(伊勢物語)を指摘。
    1270 
     1273【思ひ惑ひたまふさまもことわりなり】−『評釈』は「作者の言葉である」と注す。
    1271 
     1274【あるにもあらず見えたまふを】−中君の有様。正気を失ったさま。
    1272 
     1275【今はいとゆゆしきこと】−女房の詞。死の穢れから離れるように促す。
    1273 
     1276

    1274 
     1277 [第二段 大君の火葬と薫の忌籠もり]
    1275 
     1278【さりともいとかかることあらじ夢か】−薫の心中に即した叙述。
    1276 
     1279【大殿油を近うかかげて】−『完訳』は「灯芯をかきあげて明るくし、大君の死顔に見入る。紫の上死去の場面に類似」と指摘。
    1277 
     1280【隠したまふ顔もただ寝たまへるやうにて】−前に「顔隠したまへる御袖を少し引き直して」(第七章一段)とあった。今、薫が大君の顔から袖を除けて見入っているさま。
    1278 
    c11281【かくながら虫ののやうにても】−以下「見るわざならましかば」まで、薫の心中。『異本紫明抄』は「空蝉は殻を見つつも慰めつ深草の山煙だに立て」(古今集哀傷、八三一、僧都勝延)を指摘。<BR>1279【かくながら虫ののやうにても】−以下「見るわざならましかば」まで、薫の心中。『異本紫明抄』は「空蝉は殻を見つつも慰めつ深草の山煙だに立て」(古今集哀傷、八三一、僧都勝延)を指摘。<BR>
     1282【今はの事どもするに】−主語は女房たち。死後の処置。
    1280 
     1283【御髪をかきやるに】−主語は女房たち。大君の髪を。
    1281 
     1284【ありがたう何ごとにて】−以下「見つけさせたまへ」まで、薫の心中。反語表現。思い諦めることができない。
    1282 
     1285【まことに世の中を思ひ捨て果つるしるべならば恐ろしげに憂きことの悲しさも冷めぬべきふしをだに見つけさせたまへ】−「恐ろしげに憂きことの」の格助詞「の」は同格の意。大君の死顔に彼女を厭い諦める醜さを表してほしい。
    1283 
     1286【ひたぶるに煙にだになし果ててむ】−薫の心中の思い。
    1284 
     1287【とかく例の作法どもするぞあさましかりける】−語り手の評言。
    1285 
     1288【空を歩むやうにただよひつつ】−薫の足腰のさま。茫然自失の体。
    1286 
     1289【限りのありさまさへ】−以下「あへなし」まで、火葬の煙を見ての薫の感想。
    1287 
     1290【御忌に籠もれる人数多くて】−『集成』は「期間は三十日。薫がいるので人数が多いのである」と注す。
    1288 
     1291【心細さはすこし紛れぬべけれど】−主語は女房たち。
    1289 
     1292【人の見思はむことも恥づかしき身の心憂さを】−『集成』は「匂宮に捨てられたと思って、大君がそれを苦に亡くなられたからである」と注す。
    1290 
     1293【宮よりも御弔らひいとしげく】−匂宮から中君への弔問。
    1291 
     1294【いと憂き人の御ゆかりなり】−語り手の評言。匂宮との何ともつらい宿縁であると評す。
    1292 
     1295【三条の宮の】−薫の母女三の宮。
    1293 
     1296【この君の御ことの心苦しさとに】−中君のお身の上のいたわしさ。
    1294 
     1297【かののたまひしやうにて】−以下「通はましものを」まで、薫の心中。『完訳』は「大君の思惑どおり大君の形見としてでも中の君と結ばれるべきだった、とする。「形見」の語に注意。薫には、大君あってこその中の君である」と注す。
    1295 
     1298【かうもの思はせたてまつるよりは】−大君の死によって、中君に悲しませるよりは、の意。
    1296 
     1299【尽きせぬ慰めにも見たてまつり通はましものを】−『集成』は「尽きぬ悲しみの慰めとしてでも(中の君と)連れ添うのだった。「見通ふ」は親しくする、情を通ずるというほどの意」。『完訳』は「姫宮を失ってしまった尽きぬ悲しみを慰めるためにも夫婦としてお世話申すことにすればよかったものを」と注す。
    1297 
     1300【籠もりおはするを】−薫は中陰の間、宇治に閉じ籠もる。
    1298 
     1301

    1299 
     1302 [第三段 七日毎の法事と薫の悲嘆]
    1300 
     1303【七日七日の事どもいと尊くせさせたまひつつ】−薫が七日ごとの法要を主催する。「させ」は使役の助動詞。
    1301 
     1304【限りあれば】−『完訳』は「薫と大君は近親者でも夫婦でもないので薫は喪服を着られない」と注す。
    1302 
     1305【くれなゐに落つる涙もかひなきは形見の色を染めぬなりけり】−薫の独詠歌。
    1303 
     1306【聴し色の氷解けぬかと見ゆるを】−『完訳』は「ここは薄紅色。直衣の色目。それが涙で凍りついたように光る」と注す。
    1304 
     1307【いとなまめかしくきよげなり】−語り手の評言。
    1305 
     1308【言ふかひなき御ことをば】−以下「背かせたまへるよ」まで、女房たちの詞。「言ふかひなき御こと」は大君の死をさす。
    1306 
     1309【今はとよそに思ひきこえむこそ】−薫を縁のない人として拝し上げるのは、の意。
    1307 
     1310【かたがたに背かせたまへるよ】−大君は死去し中君は匂宮と結婚して、どちらとも薫と結ばれなかった。
    1308 
    c11311【この御かたには】−中君をさす。<BR>1309【この御には】−中君をさす。<BR>
     1312【昔の御形見に】−以下「思し隔つな」まで、薫の詞。
    1310 
     1313【よろづのこと憂き身なりけり】−中君の心中の思い。
    1311 
     1314【この君はけざやかなるかたに】−以下「劣りたまへりける」まで、薫の心中の思い。中君を大君と対比する。
    1312 
     1315【なつかしく匂ひある心ざまぞ劣りたまへりける】−『完訳』は「親しみ深くうるおいのある人柄という点では、大君より劣る」と注す。
    1313 
     1316

    1314 
     1317 [第四段 雪の降る日、薫、大君を思う]
    1315 
     1318【世の人のすさまじきことに言ふなる師走の月夜の】−『集成』は「『河海抄』に「清少納言枕草子、すさまじきもの、おうなのけさう、しはすの月夜と云々」とあるが現存本には見えない」。『完訳』は「十二月の月夜は殺風景なものとされた。朝顔巻」と注す。
    1316 
     1319【簾巻き上げて見たまへば向かひの寺の鐘の声枕をそばたてて今日も暮れぬと】−『源氏釈』は「山寺の入相の鐘の声ごとに今日もくれぬと聞くぞ悲しき」(拾遺集哀傷、一三二九、読人しらず)、「遺愛寺の鐘は枕を欹てて聴く香炉峯の雪は簾を撥げて看る」(白氏文集巻十六、律詩・和漢朗詠集、山家)を指摘。
    1317 
     1320【おくれじと空ゆく月を慕ふかなつひに住むべきこの世ならねば】−薫の故大君を慕う独詠歌、第二首目。「澄む」に「住む」を掛ける。「澄む」は「月」の縁語。
    1318 
     1321【四方の山の鏡と見ゆる汀の氷】−『完訳』は「雪の積った周囲の山々の姿が映って、鏡と見まがう岸辺の氷が。凄絶な薫の心象風景である」と指摘。
    1319 
     1322【京の家の限りなくと】−以下「あらぬはや」まで、薫の目と心中にそった叙述。「京の家」は京の貴顕の邸宅。
    1320 
     1323【わづかに生き出でて】−以下「聞こえまし」まで、薫の心中。反実仮想の構文。
    1321 
    c21324-1325【恋わびて死ぬる薬のゆかしきに雪の山にや跡を消なまし】−薫の故大君を慕う独詠歌、第三首目。『完訳』は「『竹取物語』の帝が、かぐや姫昇天後、ひとり長寿を保つ孤独の苦しみを思い、不死の薬を焼かせたのと、同じ発想であろう。薫の、大君に抱く絶望的な愛執に注意」と指摘。<BR>《改行》
    【半ばなる偈教へむ鬼もがなことつけて身も投げむ】−薫の心中の思い。『大般涅槃経』第十四他の雪山童子の話を引く。<BR>
    1322-1323【恋わびて死ぬる薬のゆかしきに雪の山にや跡を消なまし】−薫の故大君を慕う独詠歌、第三首目。『完訳』は「『竹取物語』の帝が、かぐや姫昇天後、ひとり長寿を保つ孤独の苦しみを思い、不死の薬を焼かせたのと、同じ発想であろう。薫の、大君に抱く絶望的な愛執に注意」と指摘。<BR>《改行》
    【半ばなる偈教へむ鬼もがなことつけて身も投げむ】−薫の心中の思い。『大般涅槃経』第十四他の雪山童子の話を引く。<BR>
     1326【と思すぞ心ぎたなき聖心なりける】−『紹巴抄』は「双」と指摘。『集成』は「未練がましい道心ではある。草子地。雪山童子は求法のためだが、薫は恋ゆえだからである」と注す。
    1324 
     1327【御心地の重くならせたまひしことも】−以下「悩みそめしなり」まで、弁の詞。
    1325 
     1328【ただこの宮の御ことを】−匂宮の態度をさす。「かの」ではなく「この」という。
    1326 
     1329【かの御方には】−中君をさす。
    1327 
     1330【かく思ふと】−大君が心配していると。
    1328 
     1331【上べには】−下文の「--下の御心の」と呼応する構文。
    1329 
     1332【故宮の御戒めにさへ違ひぬることと】−亡き父宮の訓戒。結婚は考えるな遺言されたこと。
    1330 
     1333

    1331 
     1334 [第五段 匂宮、雪の中、宇治へ弔問]
    1332 
     1335【わが心からあぢきなきことを思はせたてまつりけむこと】−薫の心中の思い。大君に対する反省と後悔。
    1333 
     1336【取り返さまほしく】−『全書』は「取り返す物にもがなや世の中をありしながらの我が身と思はむ」(出典未詳)を指摘。
    1334 
     1337【念誦を】−心に仏を念じ、口に仏の名号や経文を唱えること。
    1335 
     1338【まだ夜深きほどの雪のけはひいと寒げなるに】−格助詞「の」時間を表すとともに同格的ニュアンスも。接続助詞「に」順接の意とともに格助詞「に」の時間を表すニュアンスも。
    1336 
     1339【何人かは】−以下「雪を分くべき」まで、大徳たちの心中。
    1337 
     1340【さななりと聞きたまひて】−主語は薫。匂宮の来訪と察知する。
    1338 
     1341【心もとなく思しわびて】−主語は匂宮。
    1339 
     1342【日ごろのつらさも紛れぬべきほどなれど】−『完訳』は「以下、中の君の心中に即す」と注す。
    1340 
     1343【思し嘆きたるさまの恥づかしかりしを】−『集成』は「姉君のお嘆きになっていたご様子に、顔向けならぬ思いがしたものだが。自分が匂宮に捨てられたために、大君を苦しませたと思うからである」と注す。接続助詞「を」弱い逆接の意。
    1341 
     1344【やがて見直されたまはずなりにしも】−『完訳』は「大君の生前、ついに匂宮の誠意の証されなかったことを嘆く」と注す。
    1342 
     1345【今より後の御心改まらむは】−匂宮の心をさす。冷淡薄情な気持ちが改まること。
    1343 
     1346【物越にてぞ】−几帳などを隔てて。係助詞「ぞ」は「聞きゐたまへる」に係る。
    1344 
     1347【日ごろのおこたり】−主語は匂宮。以下「のたまふを」まで、挿入句。
    1345 
     1348【これも】−中君をさす。
    1346 
     1349【いとあるかなきかにて後れたまふまじきにや】−匂宮が物を隔てて感じ取った中君の様子。
    1347 
     1350【うしろめたういみじ】−匂宮の心中の思い。
    1348 
     1351【物越ならで】−匂宮の詞。
    1349 
     1352【今すこしものおぼゆるほどまではべらば】−中君の詞。
    1350 
     1353【御ありさまに違ひて】−以下「苦しう思すらむ」まで、薫の詞。『集成』は「こちらのお嘆きもよそに、薄情とも思えるお扱いぶりが。二カ月にわたって通って来ないことを言う」。『完訳』は「こちらの心痛に察しのない、薄情な匂宮のなさりようが」と注す。
    1351 
     1354【昔も今も】−大君の生前も死後の今も、の意。
    1352 
     1355【月ごろの罪は】−一月余りの夜離れの罪。
    1353 
     1356【かやうなることまだ見知らぬ御心にて】−匂宮は妻から薄情を厳しく責め立てられた経験をもたない、と薫はいう。
    1354 
     1357【賢しがりたまへば】−『完訳』は「匂宮のことまで口出しするとは、おせっかいな、の気持」と注す。
    1355 
     1358【あさましく】−以下「忘れたまひけること」まで、匂宮の詞。
    1356 
     1359【嘆き暮らしたまへり】−物を隔てたままの状態で一日が暮れた。
    1357 
     1360

    1358 
     1361 [第六段 匂宮と中の君、和歌を詠み交す]
    1359 
     1362【人やりならず嘆き臥したまへるも】−主語は匂宮。
    1360 
     1363【千々の社をひきかけて】−『異本紫明抄』は「誓ひつることのあまたになりぬれば千々の社も耳馴れぬらむ」(出典未詳)を指摘。
    1361 
     1364【いかでかく口馴れたまひけむ】−中君の心中。
    1362 
    c11365【来し方を思ひ出るもはかなきを行く末かけてなに頼むらむ】−中君の匂宮への贈歌。<BR>1363【来し方を思ひ出るもはかなきを行く末かけてなに頼むらむ】−中君の匂宮への贈歌。<BR>
     1366【なかなかいぶせう心もとなし】−『集成』は「(こんな歌を聞いては)かえって胸のやる方なく気が気でない。匂宮の気持に即して書く」と注す。
    1364 
    c11367【行く末を短きものと思ひなば目の前にだに背かざらなむ】−匂宮の返歌。「行く末」の語句を用いて、「なに頼むらむ」を「背かざらなむ」と切り返して返す。1365【行く末を短きものと思ひなば目の前にだに背かざらなむ】−匂宮の返歌。「行く末」の語句を用いて、「なに頼むらむ」を「背かざらなむ」と切り返して返す。<BR>
     1368【何事も】−以下「な思しないそ」まで、匂宮の返歌に続けた詞。
    1366 
     1369【いとかう見るほどなき世を】−『集成』は「何ごとも、このように瞬く間に変る世の中ですから。大君の死を念頭において言う」と注す。
    1367 
     1370【心地も悩ましくなむ】−中君の詞。
    1368 
     1371【人の見るらむも】−以下、匂宮に即した叙述。
    1369 
     1372【恨みむも】−中君が私匂宮を。
    1370 
     1373【あまりに人憎くも】−匂宮の心中。中君をあまりに冷淡過ぎる態度だと思う。
    1371 
     1374【ましていかに思ひつらむ】−自分匂宮以上に相手の中君は、の意。
    1372 
     1375【主人方に住み馴れて】−薫の態度。主人顔をして住みついている様。
    1373 
     1376【あはれにもをかしうも御覧ず】−『完訳』は「宮はしんみりした気持になられるが、また一方おもしろくもお感じになる」と注す。
    1374 
     1377【いといたう痩せ青みてほれぼれしきまでものを思ひたれば】−主語は薫。匂宮の目を通しての叙述。
    1375 
     1378【心苦しと見たまひて】−主語は匂宮。薫への同情の気持ち。
    1376 
     1379【ありしさまなど】−以下「聞こえめ」まで、薫の心中。
    1377 
     1380【いと心弱く】−以下、薫の心中に即した叙述。
    1378 
     1381【見苦しくはあらでいよいよものきよげになまめいたるを】−『完訳』は「憔悴がかえって美貌を際だてる趣」と注す。
    1379 
     1382【女ならばかならず心移りなむ】−匂宮が薫を見ての心中。
    1380 
     1383【おのがけしからぬ御心ならひに】−語り手の匂宮の人間性を批評しての表現。
    1381 
     1384【いかで人の】−以下「移ろはしてむ」まで、匂宮の心中の思い。
    1382 
     1385【恨みをも】−六の君の父夕霧右大臣などの非難。
    1383 
     1386【かくつれなきものから】−打ち解けない中君の態度。
    1384 
     1387【内裏わたりにも聞こし召していと悪しかるべきに】−匂宮の心中・危惧に即した叙述。
    1385 
     1388【帰らせたまひぬ】−「せたまふ」最高敬語。匂宮の中君との身分の相違を際立たせた表現。
    1386 
     1389【つれなきは苦しきものを】−『源氏釈』は「いかで我つれなき人に身を変へて苦しき物と思ひ知らせむ」(出典未詳)を指摘。
    1387 
     1390【思し知らせまほしくて】−主語は中君。
    1388 
     1391

    1389 
     1392 [第七段 歳暮に薫、宇治から帰京]
    1390 
    c11393【うち眺めつつ明かし暮らしたまふ心地】−主語は薫。場所は宇治。<BR>1391【うち眺めつつ明かし暮らしたまふ心地】−主語は薫。場所は宇治。<BR>
     1394【宮よりも】−京の匂宮から宇治へ。
    1392 
     1395【かくてのみやは】−薫の心中の思い。初め直接話法的叙述、後自然に地の文に移る。『集成』は「薫の心中の思い。以下、自然に地の文に移る筆致」と注す。
    1393 
     1396【聞こえたまへば】−『集成』は「ご心配申し上げなさるので」。『完訳』は「苦情を申してこられるので」と訳す。
    1394 
     1397【いみじかりし折の】−大君逝去の折をさす。
    1395 
     1398【時々折ふし】−以下「見たてまつりさしつること」まで、女房たちの詞。
    1396 
     1399【聞こえ交はしたまひし年ごろよりも】−大君生前の薫との交際をさす。
    1397 
     1400【はかなきことにもまめなる方にも】−和歌や音楽などの風流事や実生活上の用向きの事をさす。
    1398 
     1401【なほかう参り来ることも】−以下「たばかり出でたる」まで、匂宮の手紙の要旨。
    1399 
     1402【后の宮聞こし召しつけて】−『集成』は「以下、匂宮がこう言ってきた、そのいきさつを説明する」と注す。
    1400 
     1403【中納言もかく】−以下「思さるらめ」まで、明石中宮の心中。『集成』は「薫の様子から、その大君の妹とあれば、匂宮の執心も無理なかろう、と母親らしく推察する」と注す。
    1401 
     1404【二条院の西の対に】−以下「通ひたまふべく」まで、明石中宮の匂宮へ言って詞の要旨。間接話法で地の文に叙述。
    1402 
     1405【女一の宮の御方にことよせて思しなるにや】−匂宮の推測。「御方にことよせて」とは、女房としての意。『集成』は「明石の中宮は、前にこのような趣旨のことを意見しているが、匂宮にとっては、かりそめにも女房扱いは、不本意なことである」と注す。
    1403 
     1406【さななり】−中君が京に迎えられることになったことをさす。
    1404 
     1407【三条宮も造り果てて】−薫はそこに大君を迎えるつもりでいた。
    1405 
     1408【渡いたてまつらむことを】−以下「見るべかりけるを」まで、薫の心中の思い。『完訳』は「中の君を大君の代りに。しかし、取り返しのつかない喪失感」と注す。
    1406 
     1409【ひき返し心細し】−『集成』は「昔のことを思い返して、(何もかも失った思いで)心細い気がする」と注す。
    1407 
     1410【宮の思し寄るめりし筋は】−以下、薫の心中の思いに即した叙述。中君と薫の関係を疑る意。推量の助動詞「めり」の主観的推量の主体は薫。
    1408 
     1411【おほかたの御後見】−『集成』は「そのほかの(夫婦としてではない)大抵のお世話」と注す。
    1409 
     1412【思すとや】−『一葉抄』は「例の記者語也」と指摘。『全集』は「語り手の伝聞の体裁で言いさし、物語りの一応の決着を語りおさめる」と注す。
    1410 
     1413

    1411 
     1414源氏物語の世界ヘ
    1412 
     1415本文
    1413 
     1416ローマ字版
    1414 
     1417現代語訳
    1415 
     1418大島本
    1416 
     1419自筆本奥入
    1417 
     14201418 
     1421
    1419 
     14221420 
     14231421