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50 東屋(大島本)
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ADUMAYA
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薫君の大納言時代 二十六歳秋八月から九月までの物語
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Tale of Kaoru's Dainagon era, from August to September at the age of 26
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3 |
第三章 浮舟の物語 浮舟の母、中君に娘の浮舟を託す
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3 Tale of Ukifune Ukifune's mother leaves Ukifune to Naka-no-kimi in Kyoto
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3.1 |
第一段 浮舟の母、中君と談話す
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3-1 Ukifune's mother talks with Naka-no-kimi
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3.1.1 |
女君の御前に出で来て、 いみじくめでたてまつれば、 田舎びたる、と思して笑ひたまふ。
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女君の御前に出て来て、たいそうお誉め申し上げると、田舎人めいている、とお思いになってお笑いになる。
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昔の中将が言葉を尽くして宮の御容姿をほめたたえているのを聞いていて、夫人はこの人も田舎びたものであると思って笑っていた。
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Womna-Gimi no o-mahe ni ide-ki te, imiziku mede tatemature ba, winakabi taru, to obosi te warahi tamahu.
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3.1.2 |
「 故上の亡せたまひしほどは、言ふかひなく幼き御ほどにて、 いかにならせたまはむと、 見たてまつる人も、 故宮も思し嘆きしを、 こよなき御宿世のほどなりければ、さる山ふところのなかにも、 生ひ出でさせたまひしにこそありけれ。口惜しく、 故姫君のおはしまさずなりにたるこそ、飽かぬことなれ」
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「故母上がお亡くなりになったときは、何ともお話にならないほど小さいころで、どんなにおなりにあそばすのかと、お世話申し上げる人も、亡き父宮もお嘆きになったが、この上ないご運勢でいらっしゃったので、あの山里の中でも、ご立派に成人あそばしたのです。残念なことに、亡くなった姫君がいらっしゃらなくなったのが、惜しまれることです」
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「奥様にお別れになりましたのはお生まれになったばかしでございましたから、どうおなりあそばすことかとわれわれも不安でなりませんでしたし、宮様も御心配あそばしたものでございますが、あなた様は御幸運を持ってお生まれになったものですから、宇治のような山ふところでごりっぱにお育ちになったのでございます。ほんとうに残念でございます。大姫君のお亡れになりましたことはあきらめきれません」
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"Ko-Uhe no use tamahi si hodo ha, ihukahinaku wosanaki ohom-hodo nite, ikani nara se tamaha m to, mi tatematuru hito mo, ko-Miya mo obosi nageki si wo, koyonaki ohom-sukuse no hodo nari kere ba, saru yama hutokoro no naka ni mo, ohi-ide sase tamahi si ni koso ari kere. Kutiwosiku, ko-Hime-Gimi no ohasimasa zu nari ni taru koso, aka nu koto nare."
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3.1.3 |
など、うち泣きつつ聞こゆ。 君もうち泣きたまひて、
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などと、泣きながら申し上げる。君もお泣きになって、
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などと泣きながら常陸の妻は言う。中の君も泣いていた。
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nado, uti-naki tutu kikoyu. Kimi mo uti-naki tamahi te,
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3.1.4 |
「 世の中の恨めしく心細き折々も、またかくながらふれば、 すこしも思ひ慰めつべき折もあるを、 いにしへ頼みきこえける蔭どもに後れたてまつりけるは、なかなかに世の常に思ひなされて、見たてまつり知らずなりにければ、あるを、なほ この御ことは、尽きせずいみじくこそ。 大将の、よろづのことに心の移らぬよしを愁へつつ、浅からぬ御心のさまを 見るにつけても、いとこそ口惜しけれ」
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「世の中が恨めしく心細い時々も、またこのように生きていると、少しでも思いが慰められるときがあるのを、昔お頼り申し上げていた肉親たちに先立たれ申したときは、かえって世間一般の事と諦めもついて、お顔も存じ上げずになってしまったのを、それなのに、やはりこの姉君のご逝去は、いつまでも悲しいことです。大将が、何にも心が移らないことを愁えながら、深く変わらないご愛情を見るにつけても、まことに残念です」
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「人生が恨めしくばかり思われて心細い時にも、また生きていれば少し慰みになる時もあって、そんなおりおりに、生まれた時にお別れしたお母様のことは、そうした運命だったのだからと、お顔を知らないのだからあきらめはつくのだけれど、お姉様のことはいつも生きていてくだすったらと思われて悲しいのですよ。大将さんが今でもまだどんなことにも心の慰められることがないとお悲しみになるほどの、深い愛をお姉様に持っておいでになったことがわかると、いっそうお死にになったのが残念でね」
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"Yononaka no uramesiku kokoro-bosoki wori-wori mo, mata kaku nagarahure ba, sukosi mo omohi nagusame tu beki wori mo aru wo, inisihe tanomi kikoye keru kage-domo ni okure tatematuri keru ha, naka-naka ni yo no tune ni omohi-nasa re te, mi tatematuri sira zu nari ni kere ba, aru wo, naho kono ohom-koto ha, tuki se zu imiziku koso. Daisyau no, yorodu no koto ni kokoro no utura nu yosi wo urehe tutu, asakara nu mi-kokoro no sama wo miru ni tuke te mo, ito koso kutiwosikere."
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3.1.5 |
とのたまへば、
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とおっしゃると、
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と中の君は言った。
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to notamahe ba,
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3.1.6 |
「 大将殿は、さばかり世にためしなきまで、帝のかしづき思したなるに、心おごりしたまふらむかし。 おはしまさましかば、なほ このこと、せかれしもしたまはざらましや」
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「大将殿は、あれほど世の中に例がないまでに、帝が大切になさっているといいますが、得意でいらっしゃるでしょう。姉君が生きていらっしゃったら、このご降嫁のことは、おやめにもならなかったでしょうか」
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「大将様はあんなに、例もないほど婿君として帝がお大事にあそばすために、御驕慢になってそんなふうなこともお言いになるのではありますまいか。大姫君が生きておいでになっても、そのために宮様との御結婚をお断わりあそばすとも思われませんもの」
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"Daisyau-dono ha, sabakari yo ni tamesi naki made, Mikado no kasiduki obosi ta' naru ni, kokoro-ogori si tamahu ram kasi. Ohasimasa masika ba, naho kono koto, seka re si mo si tamaha zara masi ya!"
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3.1.7 |
など聞こゆ。
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などと申し上げる。
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nado kikoyu.
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3.1.8 |
「 いさや、やうのものと、人笑はれなる心地せましも、 なかなかにやあらまし。 見果てぬにつけて、 心にくくもある世にこそ、と思へど、 かの君は、いかなるにかあらむ、あやしきまでもの忘れせず、 故宮の御後の世をさへ、思ひやり深く後見ありきたまふめる」
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「さあね、姉妹同じような運命だと、物笑いになる気がしましょうも、かえってつらい思いをしたことでしょう。途中で亡くなられたので、奥ゆかしくもある仲だ、と思いますが、あの君は、どういうわけでしょうか、不思議なまでに忘れないで、故父宮の亡き後の追善供養までを、深く考えてお世話してくださるようです」
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「まあお姉様だって、だれもが逢っているような悲しい目は見ていらっしゃるだろうからね。かえって先にお死にになってよかったかもしれない。すべてを見てしまわないためによい想像ばかりをしておられるようなものだと思うけれどね。でもね大将はどういう宿縁があるのか怪しいほど昔の恋を忘れずにおいでになってね、お父様の後世のことまでもよく心配してくだすって仏事などもよく親切に御自身の手でしてくださるのですよ」
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"Isaya, yau no mono to, hito-warahare naru kokoti se masi mo, naka-naka ni ya ara masi. Mi-hate nu ni tuke te, kokoro-nikuku mo aru yo ni koso, to omohe do, kano Kimi ha, ika naru ni ka ara m, ayasiki made mono-wasure se zu, ko-Miya no ohom-noti-no-yo wo sahe, omohi-yari hukaku usiromi ariki tamahu meru."
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3.1.9 |
など、 心うつくしう語りたまふ。
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などと、素直にお話しなさる。
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と中の君は、感謝している心を別段誇張もせずに常陸夫人へ語って聞かせた。
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nado, kokoro-utukusiu katari tamahu.
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3.1.10 |
「 かの過ぎにし御代はりに尋ねて見むと、 この数ならぬ人をさへなむ、かの弁の尼君にはのたまひける。 さもやと、 思うたまへ寄るべきことにははべらねど、 ▼ 一本ゆゑにこそはと、かたじけなけれど、 あはれになむ思うたまへらるる御心深さなる」
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「あの亡くなった姉君の代わりに捜し出して会いたいと、この物の数にも入らない娘までを、あの弁の尼君にはおっしゃったのでした。ではそのようにと、考えるわけではございませんが、ゆかりの者だからかと、恐れ多いことですが、しみじみとありがたく思われますお気持ちの深さですこと」
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「お亡れになった姫君の代わりにほしいと、物の数でもございません方のことさえも宇治の弁の尼からお言わせになりましてございます。私はそんなだいそれたことは考えもいたしませんが『紫の一本ゆゑに』(むさし野の草は皆がら哀れとぞ思ふ)と申しますように、大姫君の妹様というだけでお思いになるのかとおそれおおい申しようですが、哀れに思われますほどな真心な恋をなすったのでございますね」
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"Kano sugi ni si ohom-kahari ni tadune te mi m to, kono kazu nara nu hito wo sahe nam, kano Ben-no-Ama-Gimi ni ha notamahi keru. Samoya to, omou tamahe yoru beki koto ni ha habera ne do, hito-moto yuwe ni koso ha to, katazikenakere do, ahare ni nam omou tamahe raruru mi-kokoro-hukasa naru."
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3.1.11 |
など言ふついでに、 この君をもてわづらふこと、泣く泣く語る。
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などと言うついでに、この姫君の身の振りに困っていることを、泣きながら話す。
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などと常陸夫人は話したついでに、姫君を将来どう取り扱っていいかと煩悶しているということを泣く泣く中の君へ訴えた。
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nado ihu tuide ni, kono Kimi wo mote-wadurahu koto, naku-naku kataru.
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出典3 |
一本ゆゑに |
紫の一本ゆゑに武蔵野の草は見ながらあはれとぞ見る |
古今集雑上-八六七 読人しらず |
3.1.10 |
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3.2 |
第二段 浮舟の母、娘の不運を訴える
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3-2 Ukifune's mother appeals to Naka-no-kimi her daughter's unhappy
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3.2.1 |
こまかにはあらねど、 人も聞きけりと思ふに、 少将の思ひあなづりけるさまなどほのめかして、
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こまごまとではないが、女房も聞いて知っていると思うので、少将が馬鹿にしたことなどちらっと話して、
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細かに言ったのではないが、二条の院の女房らの間にまで噂をされるようになっていることであるからと思い、左近少将が軽蔑したことなどをほのめかして言った。
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Komaka ni ha ara ne do, hito mo kiki keri to omohu ni, Seusyau no omohi anaduri keru sama nado honomekasi te,
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3.2.2 |
「 命はべらむ限りは、何か、朝夕の慰めぐさにて見過ぐしつべし。うち捨てはべりなむのちは、思はずなるさまに散りぼひはべらむが悲しさに、 尼になして、深き山にやし据ゑて、 さる方に世の中を思ひ絶えてはべらましなどなむ、思うたまへわびては、思ひ寄りはべる」
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「生きています限りは、何とか、朝夕の話相手として暮らせましょう。先立ってしまった後は、不本意な身の上となって落ちぶれてさまようのが悲しいので、尼にして、深い山中にでも生活させて、そのような考えで世の中を諦めようなどと、思いあぐねました末には、そのように思っています」
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「私の命のございます間は、ただお顔を見るだけを朝夕の慰めにして、そばでお暮らしさせるつもりでございますが、死にましたあとは不幸な女になって世の中へ出て苦労をおさせすることになるかと思いますのが悲しくて、いっそ尼にして深い山へお住ませすることにすれば、人生への慾は忘れてしまうことになってよろしかろうなどと、考えあぐんでは思いついたりもいたします」
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"Inoti habera m kagiri ha, nani ka, asa-yuhu no nagusame-gusa nite mi-sugusi tu besi. Uti-sute haberi na m noti ha, omoha zu naru sama ni tiribohi habera m ga kanasisa ni, ama ni nasi te, hukaki yama ni ya si suwe te, saru kata ni yononaka wo omohi taye te habera masi nado nam, omou tamahe wabi te ha, omohi yori haberu."
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3.2.3 |
など言ふ。
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などと言う。
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nado ihu.
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3.2.4 |
「 げに、心苦しき御ありさまにこそはあなれど、何か、人にあなづらるる御ありさまは、 かやうになりぬる人のさがにこそ。さりとても、堪へぬわざなりければ、 むげにその方に 思ひおきてたまへりし身だに、かく心より外にながらふれば、まいていとあるまじき御ことなり。 やついたまはむも、いとほしげなる御さまにこそ」
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「おっしゃるように、お気の毒なご様子のようですが、どうして、人に馬鹿にされるご様子は、このように父親のいない人の常です。そうかといって、それもできる事でないので、一途にその方面にと父宮が考えていらっしゃったわたしの身の上でさえ、このように心ならずも生きながらえていますので、それ以上にとんでもない御事です。髪を落としなさるのも、おいたわしいほどのご器量です」
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「ほんとうに気の毒なことだけれどそれは一人だけのことでなく父を亡くした人は皆そうよ。それに女は独身で置いてくれないのが世の中の慣いで一生一人でいるようにとお父様が定めておいでになった私でさえ、自分の意志でなしにこうして人妻になっているのだから、まして無理なことですよ。尼にさせることもあまりにきれいで惜しい人ですよ」
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"Geni, kokoro-gurusiki ohom-arisama ni koso ha a' nare do, nanika, hito ni anadura ruru ohom-arisama ha, kayau ni nari nuru hito no saga ni koso. Saritotemo, tahe nu waza nari kere ba, mugeni sono kata ni omohi-oki te tamahe ri si mi dani, kaku kokoro yori hoka ni nagarahure ba, maite ito aru maziki ohom-koto nari. Yatui tamaha m mo, itohosige naru ohom-sama ni koso."
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3.2.5 |
など、いと大人びてのたまへば、母君、いとうれしと思ひたり。 ねびにたるさまなれど、よしなからぬさましてきよげなり。いたく肥え過ぎにたるなむ、 常陸殿とは見えける ★。
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などと、とても大人ぶっておっしゃると、母君は、たいそう嬉しく思った。ふけて見える姿だが、品がなくもない姿で小ぎれいである。ひどく太り過ぎているのが、常陸殿といった感じである。
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中の君が姉らしくこう言うのを聞いて常陸夫人は喜んでいた。年はいっているがりっぱできれいな顔の女であった。肥り過ぎたところは常陸さんと言われるのにかなっていた。
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nado, ito otonabi te notamahe ba, Haha-Gimi, ito uresi to omohi tari. Nebi ni taru sama nare do, yosi nakara nu sama si te kiyoge nari. Itaku koye sugi ni taru nam, Hitati-dono to ha miye keru.
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3.2.6 |
「 故宮の、つらう情けなく 思し放ちたりしに、いとど人げなく、人にもあなづられたまふと見たまふれど、かう聞こえさせ御覧ぜらるるにつけてなむ、いにしへの憂さも慰みはべる」
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「故宮が、つらく情けなくお見捨てになったので、ますます一人前らしくなく、人からも馬鹿にされなさると拝見しましたが、このようにお話し申し上げさせてただき、このようにお目にかからせていただけるにつけて、昔のつらさも晴れます」
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「お亡くなりになりました宮様が子としてお認めくださらなかったために、みじめな方はいっそうみじめなものになって、人からもお侮られになると悲しがっておりましたが、あなた様へお近づきいたしますのをお許しくださいまして、御親切な身のふり方まで御心配くださいますことで、昔の宮様のお恨めしさも慰められます」
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"Ko-Miya no, turau nasake naku obosi hanati tari si ni, itodo hitoge-naku, hito ni mo anadura re tamahu to mi tamahure do, kau kikoye sase go-ran-ze raruru ni tuke te nam, inisihe no usa mo nagusami haberu."
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3.2.7 |
など、年ごろの物語、 浮島のあはれなりしことも ★聞こえ出づ。
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などと、長年の話や、浮島の美しい景色のことなどを申し上げる。
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そのあとで常陸さんはあちらこちらと伴われて行った良人の任国の話をし、陸奥の浮嶋の身にしむ景色なども聞かせた。
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nado, tosi-goro no monogatari, Uki-sima no ahare nari si koto mo kikoye idu.
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3.2.8 |
「 わが身一つのと ★のみ、言ひ合はする人もなき 筑波山のありさまも、かく あきらめきこえさせて、いつも、いとかくてさぶらはまほしく思ひたまへなりはべりぬれど、 かしこにはよからぬあやしの者ども、いかにたち騷ぎ求めはべらむ。さすがに心あわたたしく思ひたまへらるる。 かかるほどのありさまに身をやつすは、口惜しきものになむはべりけると、身にも思ひ知らるるを、 この君は、 ただ任せきこえさせて、知りはべらじ」
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「自分一人だけがつらい思いをと、話し合う相手もいない筑波山での暮らしぶりも、このように胸が晴れるように申し上げて、いつも、まことにこのように伺候していたく存じなりましたが、あちらには出来の悪い卑しい娘たちが、どんなに騒いで捜していることでしょう。やはり落ち着かない気がいたします。このような受領の妻に身を落としているのは、情けないことでございましたと、身にしみて思い知られるのですが、この姫君は、ひたすらお任せ申し上げて、わたしは構いますまい」
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「あの『わが身一つのうきからに』(なべての世をも恨みつるかな)というふうに悲しんでばかりいました常陸時代のことも詳しくお話し申し上げることもいたしまして、始終おそばにまいっていたい心になりましたけれど、家のほうではわんぱくな子供たちのおおぜいが、私のおりませんのを寂しがって騒いでいることかと思いますと、さすがに気が落ち着きません。ああした階級の家へはいってしまいましたことで、私自身も情けなく思うことが多いのでございますから、この方だけはあなた様の思召しにお任せいたしますから、どうとも将来のことをお定めくださいまし」
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"Waga mi hitotu no to nomi, ihi-ahasuru hito mo naki Tukuba-yama no arisama mo, kaku akirame kikoyesase te, itu mo, ito kaku te saburaha mahosiku omohi tamahe nari haberi nure do, kasiko ni ha yokara nu ayasi no mono-domo, ikani tati-sawagi motome habera m. Sasuga ni kokoro-awatatasiku omohi tamahe raruru. Kakaru hodo no arisama ni mi wo yatusu ha, kutiwosiki mono ni nam haberi keru to, mi ni mo omohi sira ruru wo, kono Kimi ha, tada makase kikoye sase te, siri habera zi."
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3.2.9 |
など、かこちきこえかくれば、「 げに、見苦しからでもあらなむ」と見たまふ。
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などと、お願い申し上げるようにするので、「なるほど、よい結婚をしてほしいものだ」と御覧になる。
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この常陸夫人の頼みを聞いて、中の君も、この人の言うとおり妹は地方官級の人の妻などにさせたくないと思っていた。
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nado, kakoti kikoye kakure ba, "Geni, mi-gurusikara de mo ara nam." to mi tamahu.
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出典4 |
浮島のあはれなりしこと |
塩釜の前に浮きたる浮島の浮きて思ひのある世なりけり |
古今六帖三-一七九六 山口女王 |
3.2.7 |
出典5 |
わが身一つの |
おほかたは我が身一つの憂きからになべての世をも恨みつるかな |
拾遺集恋五-九五三 紀貫之 |
3.2.8 |
世の中は昔よりやは憂かりけむ我が身一つのためになれるか |
古今集雑下-九四八 読人しらず |
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3.3 |
第三段 浮舟の母、薫を見て感嘆す
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3-3 Ukifune's mother peeps Kaoru and admires his fineness
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3.3.1 |
容貌も心ざまも、え憎むまじうらうたげなり。もの恥ぢもおどろおどろしからず、さまよう児めいたるものから、かどなからず、近くさぶらふ人びとにも、いとよく隠れてゐたまへり。ものなど言ひたるも、 昔の人の御さまに、あやしきまで おぼえたてまつりてぞあるや。 かの人形求めたまふ人に見せたてまつらばやと、うち思ひ出でたまふ折しも、
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器量も気立ても、憎むことができないほどかわいらしい。はにかみようも大げさでなく、よい具合におっとりしているものの、才気がないでなく、近くに仕えている女房たちに対しても、たいそうよく隠れていらっしゃる。何か言っているのも、亡くなった姉君のご様子に不思議なまでにお似申していることよ。あの人形を捜していらっしゃる方にお見せ申し上げたいと、ふと思い出しなさった折しも、
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姫君は容貌といい、性質といい憎むことのできぬ可憐な人であった。ひどく恥ずかしがるふうも見せず、感じよく少女らしくはあるが機智の影が見えなくはない。夫人の居室に侍している女房たちに見られぬように、上手に顔の隠れるようにしてすわっていた。ものの言いようなども総角の姫君に怪しいまでよく似ているのであった。あの人型がほしいと言った人に与えたいとその人のことが中の君の心に浮かんだちょうどその時に、
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Katati mo kokoro-zama mo, e nikumu maziu rautage nari. Mono-hadi mo odoro-odorosikara zu, sama you ko-mei taru monokara, nadoka nara zu, tikaku saburahu hito-bito ni mo, ito yoku kakure te wi tamahe ri. Mono nado ihi taru mo, mukasi no hito no ohom-sama ni, ayasiki made oboye tatematuri te zo aru ya! Kano hitogata motome tamahu hito ni mise tatematura baya to, uti omohi-ide tamahu wori simo,
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3.3.2 |
「 大将殿参りたまふ」
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「大将殿が参っておられます」
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右大将の入来を人が知らせに来た。
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"Daisyau-dono mawiri tamahu."
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3.3.3 |
と、 人聞こゆれば、例の、御几帳ひきつくろひて、心づかひす。この客人の母君、
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と、女房が申し上げるので、いつものように、御几帳を整えて注意をする。この客人の母君は、
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居室にいた女房たちはいつものように几帳の垂れ絹を引き直しなどして用意をした。姫君の母は、
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to kikoyure ba, rei no, mi-kityau hiki-tukurohi te, kokoro-dukahi su. Kono marauto no Haha-Gimi,
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3.3.4 |
「 いで、見たてまつらむ。 ほのかに見たてまつりける人の、 いみじきものに聞こゆめれど、 宮の御ありさまには、え並びたまはじ」
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「それでは、拝見させていただきましょう。ちらっと拝見した人が、大変にお誉め申していたが、宮のご様子には、とてもお並びになることはできまい」
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「では私ものぞかせていただきましょう。少しお見かけしただけの人が、たいへんにおほめしていましたけれど、こちらの宮様のお姿とは比較すべきではございますまい」
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"Ide, mi tatematura m. Honoka ni mi tatematuri keru hito no, imiziki mono ni kikoyu mere do, Miya no ohom-arisama ni ha, e narabi tamaha zi."
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3.3.5 |
と言へば、御前にさぶらふ人びと、
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と言うと、御前に伺候する女房たちは、
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と言っていたが、女房たちは、
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to ihe ba, o-mahe ni saburahu hito-bito,
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3.3.6 |
「 いさや、えこそ聞こえ定めね」
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「さあね、とてもお定め申し上げることができません」
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「さあ、どうでしょう。どちらがおすぐれになっていらっしゃるか私たちにはきめられませんわね」
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"Isaya, e koso kikoye sadame ne."
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3.3.7 |
と聞こえあへり。
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と申し上げ合っている。
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こんなことを言う。中の君が、
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to kikoye aheri.
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3.3.8 |
「 いかばかりならむ人か、宮をば消ちたてまつらむ」
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「どれほどの人が、宮をお負かせ申せましょうか」
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「二人で向かい合っていらっしゃるのを見た時、宮はうるおいのない醜いお顔のようにお見えになった。別々に見れば優劣はない方がたのように見えるのだけれど、美しい人というものは一方の美をそこねるものだから困るのね」と言うと、人々は笑って、「けれど宮様だけはおそこなわれにならないでしょう。どんな方だって宮様にお勝ちになる美貌を持っておいでになるはずはございませんもの」
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"Ikabakari nara m hito ka, Miya wo ba keti tatematura m."
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3.3.9 |
など言ふほどに、「 今ぞ、車より降りたまふなる」と聞く ほど、かしかましきまで追ひののしりて、とみにも 見えたまはず。待たれたまふほどに、歩み入りたまふさまを見れば、 げに、あなめでた、 をかしげとも見えずながらぞ、なまめかしうあてにきよげなるや。
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などと言っているうちに、「今、車から降りなさっている」と聞く間、うるさいほど先払いの声がして、すぐにはお現れにならない。お待たされになっているうちに、歩いてお入りになる様子を見ると、なるほど、何ともご立派で、色めかしい風情とは見えないが、優雅で上品に美しい。
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などと言うころ、客は今下車するのであるらしく、前駆の人払いの声がやかましく立てられていたが、急には薫の姿がここへ現われては来なかった。待ち遠しく人々が思うころに縁側を歩んで来た大将は、派手な美貌というのではなしに、艶で上品な美しさを持っていて、
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nado ihu hodo ni, "Ima zo, kuruma yori ori tamahu naru."to kiku hodo, kasikamasiki made ohi nonosiri te, tomi ni mo miye tamaha zu. Mata re tamahu hodo ni, ayumi-iri tamahu sama wo mire ba, geni, ana medeta, wokasige to mo miye zu nagara zo, namamekasiu ate ni kiyoge naru ya!
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3.3.10 |
すずろに見え苦しう恥づかしくて、 額髪などもひきつくろはれて、心恥づかしげに用意多く、際もなきさまぞしたまへる。 内裏より参りたまへるなるべし、 御前どものけはひあまたして、
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何となく対面するのも遠慮されて、額髪などもついつくろって、気がひけるほど嗜み深い態度で、この上ない様子をしていらっしゃった。内裏から参上なさったのであろう、ご前駆の様子が大勢いて、
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だれもその人に羞恥を覚えさせられぬ者はなく、知らず知らず額髪も直されるのであった。貴人らしく、この上なく典雅な風采が薫には備わっていた。御所から退出した帰り途らしい。前駆の者がひしめいている気配がここにも聞こえる。
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Suzuro ni miye kurusiu hadukasiku te, hitahi-gami nado mo hiki-tukurohare te, kokoro-hadukasige ni youi ohoku, kiha mo naki sama zo si tamahe ru. Uti yori mawiri tamahe ru naru besi, go-zen-domo no kehahi amata si te,
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3.3.11 |
「 昨夜、后の宮の悩みたまふよし承りて参りたりしかば、宮たちのさぶらひたまはざりしかば、いとほしく 見たてまつりて、 宮の御代はりに今までさぶらひはべりつる。 今朝もいと懈怠して参らせたまへるを、 あいなう、御あやまちに推し量りきこえさせてなむ」
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「昨夜、后の宮がご病気でいらっしゃる旨を承って参内しましたら、宮様方が伺候していらっしゃらなかったので、お気の毒に拝見して、宮のお代わりに今まで伺候しておりました。今朝もとても怠けて参内あそばしたのを、失礼ながら、あなたのご過失とお察し申し上げまして」
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「昨晩中宮がお悪いということを聞きまして、御所へまいってみますと、宮様がたはどなたも侍しておられないので、お気の毒に存じ上げてこちらの宮様の代わりに今まで御所にいたのです。今朝も宮様のおいでになるのがお早くなかったので、これはあなたの罪でしょうと私は解釈していたのですよ」
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"Yobe, Kisai-no-Miya no nayami tamahu yosi uketamahari te mawiri sika ba, Miya-tati no saburahi tamaha zari sika ba, itohosiku mi tatematuri te, Miya no ohom-kahari ni ima made saburahi haberi turu. Kesa mo ito ketai si te mawira se tamahe ru wo, ainau, ohom-ayamati ni osihakari kikoyesase te nam."
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3.3.12 |
と聞こえたまへば、
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と申し上げなさると、
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と大将は言った。
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to kikoye tamahe ba,
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3.3.13 |
「 げに、おろかならず、思ひやり深き 御用意になむ」
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「なるほど、大変なこと、行き届いたお心遣いをいただきまして」
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「ほんとうに深いお思いやりをなさいますこと」
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"Geni, oroka nara zu, omohi-yari hukaki ohom-youi ni nam."
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3.3.14 |
とばかりいらへきこえたまふ。宮は内裏にとまりたまひぬるを 見おきて、 ただならずおはしたるなめり。
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とだけお答え申し上げなさる。宮は内裏にお泊まりになったのを見届けて、思うところがあっていらっしゃったようである。
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夫人はこう答えただけである。宮が御所にとどまっておいでになるのを見てこの人はまた中の君と話したくなって来たものらしい。
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to bakari irahe kikoye tamahu. Miya ha uti ni tomari tamahi nuru wo mi-oki te, tada nara zu ohasi taru na' meri.
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3.4 |
第四段 中君、薫に浮舟を勧める
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3-4 Naka-no-kimi recommends Kaoru for Ukmifune
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3.4.1 |
例の、物語いとなつかしげに聞こえたまふ。事に触れて、 ただいにしへの忘れがたく、世の中のもの憂くなりまさるよしを、あらはには言ひなさで、かすめ愁へたまふ。
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いつものように、お話をとても親しく申し上げなさる。何につけても、ただ亡き姫君が忘れられず、世の中がますますつまらなくなっていくことを、はっきりとは言わないで、それとなく訴えなさる。
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いつものようになつかしい調子で薫は話し続けていたが、ともすればただ昔ばかりが忘られなくて、現在の生活に興味の持たれぬことを混ぜて中の君へ訴えようとするのであった。
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Rei no, monogatari ito natukasige ni kikoye tamahu. Koto ni hure te, tada inisihe no wasure gataku, yononaka no mono-uku nari masaru yosi wo, araha ni ha ihi-nasa de, kasume urehe tamahu.
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3.4.2 |
「 さしも、いかでか、世を経て心に離れずのみはあらむ。なほ、 浅からず言ひ初めてしことの筋なれば、名残なからじとにや」など、見なしたまへど、人の御けしきはしるきものなれば、見もてゆくままに、あはれなる御心ざまを、 ▼ 岩木ならねば、思ほし知る。
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「そんなにまで深く、どうして、いつまでも忘れられずばかりいらっしゃるのだろう。やはり、深く思っているように言い出したことだから、忘れられたと思われたくないのだろうか」などと、しいてお思いになるが、相手のご様子ははっきりとしているので、見ているうちに、しみじみとしたお気持ちを、岩木ではないから、お分かりになる。
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この人の言っているように長い時間を隔ててなお恋の続いているわけはない、これは熱愛するようにその昔に言い始めたことであったから、忘れていぬふうを装うのではないかと女王は疑ってもみたが、人の心は外見にもよく現われてくるものであるから、しばらく見ているうちに、この人の故人への思慕の情が岩木でない人にはよくわかるのであった。
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"Sasimo, ikadeka, yo wo he te kokoro ni hanare zu nomi ha ara m. Naho, asakara zu ihi-some te si koto no sudi nare ba, nagori nakara zi to ni ya?" nado, mi-nasi tamahe do, hito no mi-kesiki ha siruki mono nare ba, mi mote-yuku mama ni, ahare naru mi-kokoro-zama wo, iha-ki nara ne ba, omohosi-siru.
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3.4.3 |
怨みきこえたまふことも多かれば、いとわりなくうち嘆きて、 かかる御心をやむる禊を ★せさせたてまつらまほしく 思ほすにやあらむ、 かの人形のたまひ出でて、
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お恨み申し上げることが多いので、たいそう困って嘆息して、このようなお気持ちを無くす禊をおさせ申し上げたくお思いになったのであろうか、あの人形のことをお話し出しになって、
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この人を思う心も縷々と言われるのに中の君は困っていて、恋の心をやめさせる禊をさせたい気にもなったか、人型の話をしだして、
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Urami kikoye tamahu koto mo ohokare ba, ito warinaku uti-nageki te, kakaru mi-kokoro wo yamuru misogi wo se sase tatematura mahosiku omohosu ni ya ara m, kano hitogata notamahi-ide te,
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3.4.4 |
「 いと忍びてこのわたりになむ」
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「とても人目を忍んでこの辺りにいます」
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「このごろはあの人、そっとこの家に来ています」
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"Ito sinobi te kono watari ni nam."
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3.4.5 |
と、ほのめかしきこえたまふを、 かれもなべての心地はせず、ゆかしくなりにたれど、うちつけにふと移らむ心地はたせず。
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と、それとなく申し上げなさると、相手も平気な気持ちではいられず、興味をもったが、急に心移りする気はしない。
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とほのめかすと、男もそれをただごととして聞かれなかった。牽引力のそこにもあるのを覚えたが、にわかにそちらへ恋を移す気にこの人はなれなかった。
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to, honomekasi kikoye tamahu wo, kare mo nabete no kokoti ha se zu, yukasiku nari ni tare do, utituke ni huto utura m kokoti hata se zu.
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3.4.6 |
「 いでや、その本尊、願ひ満てたまふべくはこそ尊からめ、時々、心やましくは、なかなか山水も濁りぬべく」
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「さあ、そのご本尊が、願いをお満たしくださったら尊いことでしょうが、時々、悩ましく思うようでは、かえって悟りも濁ってしまいましょう」
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「でもその御本尊が私の願望を皆受け入れてくださるのであれば尊敬されますがね。いつも悩まされてばかりいるようでは、信仰も続きませんよ」
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"Ideya, sono Honzon, negahi mite tamahu beku ha koso tahutokara me, toki-doki, kokoro-yamasiku ha, naka-naka yama-midu mo nigori nu beku."
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3.4.7 |
とのたまへば、果て果ては、
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とおっしゃると、最後は、
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to notamahe ba, hate-hate ha,
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3.4.8 |
「 うたての御聖心や」
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「困ったご道心ですこと」
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「まあ、あなたの信仰ってそれくらいなのですね」
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"Utate no ohom-hiziri-gokoro ya!"
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3.4.9 |
と、ほのかに笑ひたまふも、をかしう聞こゆ。
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と、かすかにお笑いになるのも、おもしろく聞こえる。
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ほのかに中の君の笑うのも薫には美しく聞かれた。
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to, honoka ni warahi tamahu mo, wokasiu kikoyu.
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3.4.10 |
「 いで、さらば、伝へ果てさせたまへかし。この御逃れ言葉こそ、思ひ出づればゆゆしく」
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「さあ、それでは、すっかりお伝えになってください。このお逃れの言葉も、思い出すと不吉な気がします」
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「では完全に私の希望をお伝えください。御自身の一時のがれの口実だと伺っていると、あとに何も残らなかった昔のことが思い出されて恐ろしくなります」
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"Ide, saraba, tutahe hate sase tamahe kasi. Kono ohom-nogare-kotoba koso, omohi-idure ba yuyusiku."
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3.4.11 |
とのたまひても、また涙ぐみぬ。
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とおっしゃって、再び涙ぐんだ。
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こう言ってまた薫は涙ぐんだ。
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to notamahi te mo, mata namidagumi nu.
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3.4.12 |
「 見し人の形代ならば身に添へて
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「亡き姫君の形見ならば、いつも側において
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見し人のかたしろならば身に添へて
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"Mi si hito no katasiro nara ba mi ni sohe te
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3.4.13 |
恋しき瀬々のなでものにせむ」
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恋しい折々の気持ちを移して流す撫物としよう」
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恋しき瀬々のなでものにせん
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kohisiki se-ze no nade-mono ni se m
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3.4.14 |
と、例の、戯れに言ひなして、紛らはしたまふ。
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と、いつものように、冗談のように言って、紛らわしなさる。
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これを例の冗談にして言い紛らわしてしまった。
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to, rei no, tahabure ni ihi-nasi te, magirahasi tamahu.
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3.4.15 |
「 みそぎ河瀬々に出ださむなでものを
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「禊河の瀬々に流し出す撫物を
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「みそぎ河瀬々にいださんなでものを
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"Misogi-gaha se-ze ni idasa m nade-mono wo
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3.4.16 |
身に添ふ影と誰れか頼まむ
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いつまでも側に置いておくと誰が期待しましょう
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身に添ふかげとたれか頼まん
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mi ni sohu kage to tare ka tanoma m
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3.4.17 |
引く手あまたに、とかや。いとほしくぞはべるや ★」
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引く手あまたで、とか言います。不憫でございますわ」
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『ひくてあまたに』(大ぬさの引く手あまたになりぬれば思へどえこそ頼まざりけれ)とか申すようなことで、出過ぎたことですが私は心配されます」
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Hikute amata ni, to ka ya! Itohosiku zo haberu ya!"
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3.4.18 |
とのたまへば、
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とおっしゃると、
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to notamahe ba,
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3.4.19 |
「 ▼ つひに寄る瀬は、さらなりや。いと うれたきやうなる 水の泡にも争ひはべるかな。かき流さるるなでものは、いで、まことぞかし。いかで慰むべきことぞ」
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「最後の寄る瀬は、言うまでもありませんよ。たいそういまいましいような水の泡にも負けないようでございますね。捨てられて流される撫物は、いやもう、まったくその通りです。どうして慰められることができましょうか」
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「『つひによるせ』(大ぬさと名にこそ立てれ流れてもつひの寄る瀬はありけるものを)はどこであると私が思っていることはあなたにだけはおわかりになるはずですし、その話のほうのははかない水の泡と争って流れる撫物でしかないのですから、あなたのお言葉のようにたいした効果を私にもたらしてくれもしないでしょう。私はどうすれば空虚になった心が満たされるのでしょう」
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"Tuhini yoru se ha, sara nari ya! Ito uretaki yau naru midu no awa ni mo arasohi haberu kana! Kaki-nagasa ruru nade-mono ha, ide, makoto zo kasi. Ikade nagusamu beki koto zo."
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3.4.20 |
など言ひつつ、暗うなるもうるさければ、 かりそめにものしたる人も、 あやしくと思ふらむもつつましきを、
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などと言っているうちに、暗くなってくるのもやっかいなので、一時的に泊まっている人も、変だと思うのも気がひけて、
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こんなことを言いながら薫が長く帰って行こうとしないのもうるさくて、中の君は、
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nado ihi tutu, kurau naru mo urusakere ba, karisome ni monosi taru hito mo, ayasiku to omohu ram mo tutumasiki wo,
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3.4.21 |
「 今宵は、なほ、とく帰りたまひね」
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「今夜は、やはり、早くお帰りなさいませ」
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「ちょっと泊りがけでまいっている客も怪しく思わないかと遠慮がされますから、今夜だけは早くお帰りくださいまし」
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"Koyohi ha, naho, toku kaheri tamahi ne."
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3.4.22 |
と、こしらへやりたまふ。
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と、機嫌をおとりになる。
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と言い、上手に帰りを促した。
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to, kosirahe yari tamahu.
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出典6 |
岩木ならねば |
人非木石皆有情 不如不逢傾城<人木石にあらざれば皆情け有り 傾城に逢はざるに如かず> |
白氏文集巻四-一六〇 李夫人 |
3.4.2 |
出典7 |
かかる御心をやむる禊 |
恋せじとと御手洗川にせし禊神はうけずぞなりにけらしも |
古今集恋一-五〇一 読人しらず |
3.4.3 |
出典8 |
引く手あまた |
大幣の引く手あまたになりぬれば思へどえこそ頼まざりけれ |
古今集恋四-七〇六 読人しらず |
3.4.17 |
出典9 |
つひに寄る瀬は |
大幣(と名にこそ立てれ流れてもつひに寄る瀬はありてふものを |
古今集恋四-七〇七 在原業平 |
3.4.19 |
出典10 |
うれたきやうなる水の泡 |
水の泡の消えで憂き身と言ひながら流れて猶も頼まるるかな |
古今集恋五-七九二 紀友則 |
3.4.19 |
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3.5 |
第五段 浮舟の母、娘に貴人の婿を願う
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3-5 Ukifune's mother desires her daughter to get marriaged to a noble man
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3.5.1 |
「 さらば、その客人に、 かかる心の願ひ年経ぬるを、うちつけになど、浅う思ひなすまじう、のたまはせ知らせたまひて、はしたなげなるまじうはこそ。いとうひうひしうならひにてはべる身は、何ごともをこがましきまでなむ」
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「それでは、その客人に、このような願いを何年も持っていたので、急になど、浅く考えないようにおっしゃってお知らせなさって、みっともない目にあわないように願います。とても不慣れでございますわが身には、何事も愚かしいほど不調法で」
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「ではお客様に、それは私の長い間の願いだったことを言ってくだすって、にわかな思いつきの浅薄な志だと取られないようにしていただけば、私も自信がついて接近して行けるでしょう。恋愛の経験の少ない私には、女性の好意を求めに行くようなことなどは今さら恥ずかしくてできなくなっています」
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"Saraba, sono Marauto ni, kakaru kokoro no negahi tosi he nuru wo, utituke ni nado, asau omohi-nasu maziu, notamaha se sira se tamahi te, hasitanage naru maziu ha koso. Ito uhi-uhisiu narahi nite haberu mi ha, nani-goto mo wokogamasiki made nam."
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3.5.2 |
と、語らひきこえおきて出でたまひぬるに、この母君、
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と、約束申してお出になったので、この母君、
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薫はこう頼んで帰って行った。姫君の母は薫をりっぱだと思い、
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to, katarahi kikoye oki te ide tamahi nuru ni, kono Haha-Gimi,
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3.5.3 |
「 いとめでたく、思ふやうなるさまかな」
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「とても立派で、理想的な様子ですこと」
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理想的な貴人である
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"Ito medetaku, omohu yau naru sama kana!"
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3.5.4 |
とめでて、 乳母ゆくりかに思ひよりて、たびたび言ひしことを、 あるまじきことに言ひしかど、この御ありさまを見るには、「 天の川を渡りても、かかる彦星の光を ★こそ待ちつけさせめ。わが娘は、なのめならむ人に見せむは 惜しげなるさまを、夷めきたる人をのみ見ならひて、少将をかしこきものに思ひける」を、悔しきまで思ひなりにけり。
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と誉めて、乳母がひょいと思いついて、度々言ったことを、とんでもないことに言ったが、このご様子を見ては、「天の川を渡ってでも、このような彦星の光を待ち受けさせたいもの。自分の娘は、平凡な人と結婚させるのは惜しい様子を、東国の田舎者ばかり見馴れていて、少将を立派な人と思っていた」のを、後悔されるのだった。
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と心でほめて、乳母()が左近少将への復讐()として思いつき、たびたび勧めたのを、あるまじいことだと退けていたが、あの風采()の大将であれば、たまさかな通い方をされても忍ぶことができよう、自分の娘は平凡人の妻とさせるにはあまりに惜しい美が備わっているのに、東国の野蛮な人たちばかりを見て来た目では、あの少将をすら優美な姿と見て婿にも擬してみたと、くちおしいまでにも破れた以前の姫君の婚約者のことをこの女は思うようになった。
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to mede te, Menoto yukuri-ka ni omohi-yori te, tabi-tabi ihi si koto wo, aru-maziki koto ni ihi sika do, kono ohom-arisama wo miru ni ha, "Ama-no-gaha wo watari te mo, kakaru Hiko-bosi no hikari wo koso mati-tuke sase me. Waga musume ha, nanome nara m hito ni mise m ha wosige naru sama wo, ebisu meki taru hito wo nomi mi-narahi te, Seusyau wo kasikoki mono ni omohi keru." wo, kuyasiki made omohi nari ni keri.
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|
3.5.5 |
寄りゐたまへりつる真木柱も ★茵も、名残匂へる移り香、 言へばいとことさらめきたるまでありがたし。 時々見たてまつる人だに、たびごとに めできこゆ。
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寄り掛かっていらした真木柱にも茵にも、そのまま残っている匂いや移り香が、言うとわざとらしいまでに素晴らしい。時々拝見する女房でさえ、その度ごとにお誉め申し上げる。
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よりかかっていた柱にも敷き物にも残った薫のにおいのかんばしさを口にしては誇張したわざとらしいことにさえなるであろうと思われた。おりおり見る人さえもそのたびごとにほめざるを得ない薫であったのである。
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Yori-wi tamahe ri turu makibasira mo sitone mo, nagori nihohe ru uturi-ga, ihe ba ito kotosara-meki taru made arigatasi. Toki-doki mi tatematuru hito dani, tabi goto ni mede kikoyu.
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3.5.6 |
「 経などを読みて、功徳のすぐれたることあめるにも、香の香うばしきをやむごとなきことに、仏のたまひおきけるも、ことわりなりや。薬王品などに、取り分きてのたまへる、牛頭栴檀とかや、おどろおどろしきものの名なれど、まづかの殿の近く振る舞ひたまへば、仏はまことしたまひけり、とこそおぼゆれ。幼くおはしけるより、行ひもいみじくしたまひければよ」
|
「お経などを読んで、功徳のすぐれたことがあるようなのにつけても、香の芳しいのをこの上ないこととして、仏さまが説いておおきになったのも、もっともなことですわ。薬王品などに、特別に説かれている牛頭栴檀とかは、大げさな物の名前だが、まずあの大将殿が近くで身動きなさると、仏さまがほんとうにおっしゃったのだ、と思われます。子供でいらした時から、勤行も熱心になさっていたからですよ」
|
「お経をたくさん読んだ人に、その報いの現われてくることの書いてある中に、芳香を身体()に持つということを最高のものに仏様が書いておありになるのも道理だと思われますね。薬王品()などにも特にそれが書いてありますね。牛頭栴檀()の香とかこわいような名だけれど、私たちは大将様にお近づきできることで仏様のお言葉に嘘()のないことをわからせていただきました。御幼少の時から仏勤めをよくあそばしたからよ」
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"Kyau nado wo yomi te, kudoku no sugure taru koto ameru ni mo, kano kaubasiki wo yamgotonaki koto ni, Hotoke notamahi-oki keru mo, kotowari nari ya! Yakuwau-hon nado ni, toriwaki te notamahe ru, Godusendan to ka ya, odoro-odorosiki mono no na nare do, madu kano tono no tikaku hurumahi tamahe ba, Hotoke ha makoto si tamahi keri, to koso oboyure. Wosanaku ohasi keru yori, okonahi mo imiziku si tamahi kere ba yo."
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|
3.5.7 |
など言ふもあり。また、
|
などと言う者もいる。また、
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nado ihu mo ari. Mata,
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|
3.5.8 |
「 前の世こそゆかしき御ありさまなれ」
|
「前世が知りたいご様子ですこと」
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「でもこの世だけの信仰の結果とは思われませんね。どんな前生を持っていらっしゃったのか、それが知りたくなりますわ」
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"Saki-no-yo koso yukasiki ohom-arisama nare."
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3.5.9 |
など、口々めづることどもを、 すずろに笑みて聞きゐたり。
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などと、口々に誉めることを、思わずにっこりして聞いていた。
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などとも言って口々にほめるのを、常陸()夫人は知らず知らず微笑して聞いていた。
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nado, kuti-guti meduru koto-domo wo, suzuro ni wemi te kiki wi tari.
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出典11 |
彦星の光 |
彦星に恋はまさりぬ天の川隔つる関を今はやめてよ |
伊勢物語-一七〇 |
3.5.4 |
出典12 |
寄りゐたまへりつる真木柱 |
我妹子が来ては寄り立つ真木柱睦まじきゆかりと思へば |
源氏釈所引-出典未詳 |
3.5.5 |
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3.6 |
第六段 浮舟の母、中君に娘を託す
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3-6 Ukifune's mother leaves Ukifune to Naka-no-kimi in Kyoto
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3.6.1 |
君は、忍びてのたまひつることを、ほのめかしのたまふ。
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女君は、こっそりとおっしゃった話を、それとなくおっしゃる。
|
中の君はそっと薫に託された話をした。
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Kimi ha, sinobi te notamahi turu koto wo, honomekasi notamahu.
|
|
3.6.2 |
「 思ひ初めつること、執念きまで軽々しからずものしたまふめるを、げに、ただ今のありさまなどを思へば、わづらはしき心地すべけれど、かの世を背きても、など思ひ寄りたまふらむも、 同じことに思ひなして、試みたまへかし」
|
「思いはじめたことは、執念深いまでに軽々しくなくいらっしゃるようなのを、なるほど、ただ今の様子などを思うと、やっかいな気持ちがしましょうが、あの出家をしても、などとお考えになるのも、同じこととお思いになって、お試しなさいませ」
|
「一度お思いになったことは執拗()なほどにもお忘れにならない、まれな頼もしい性質でね。それは今はまあ御新婚された時などで、めんどうが多い気もあなたはするでしょうけれど、あなたが尼にさせようかなどとも思っておいでになるのなら、その気で試みてごらんになったらどう」
|
"Omohi some turu koto, sihuneki made karo-garosikara zu monosi tamahu meru wo, geni, tada ima no arisama nado wo omohe ba, wadurahasiki kokoti su bekere do, kano yo wo somuki te mo, nado, omohi-yori tamahu ram mo, onazi koto ni omohi-nasi te, kokoromi tamahe kasi."
|
|
3.6.3 |
とのたまへば、
|
とおっしゃると、
|
|
to notamahe ba,
|
|
3.6.4 |
「 つらき目見せず、人にあなづられじの心にてこそ、 鳥の音聞こえざらむ住まひまで ★思ひたまへおきつれ。げに、 人の御ありさまけはひを見たてまつり思ひたまふるは、 下仕へのほどなどにても、 かかる人の御あたりに、馴れきこえむは、かひありぬべし。まいて若き人は、心つけたてまつりぬべくはべるめれど、 数ならぬ身に ★、もの思ふ種をやいとど蒔かせて見はべらむ。
|
「つらい目にあわず、誰からも馬鹿にされまいとの考えで、鳥の声が聞こえないような深山での生活まで考えておりました。おっしゃるように、殿のご様子や態度などを拝見して存じますことは、下仕えの身分などであっても、このような方のご身辺で、親しくしていただけるのは、生き甲斐のあることでしょう。まして若い女は、きっと心をお寄せ申し上げるにちがいないでしょうが、物の数にも入らない身で、物思いの種をますます蒔かせることになりましょうか。
|
「つらい思いも味わわせず、人に軽蔑()もさせたく思いません心から、鶏()の声も聞こえませぬような僧房住まいをおさせする気になっていたのですが、大将さんをはじめてお見上げして、ああした方にはたとえ下()仕えにでも御奉公できますことは生きがいがあることと思われましてございます。年のいった者でもそう思うのですから、まして若い人はあの方に好感を持つことだろうと思われますものの、相手がごりっぱであればあるだけ卑下がされまして、物思いの種を心に蒔()かせることになりはしないでしょうかと苦労に考えられます。
|
"Turaki me mise zu, hito ni anadura re zi no kokoro nite koso, tori no ne kikoye zara m sumahi made omohi tamahe oki ture. Geni, hito no ohom-arisama kehahi wo mi tatematuri tamahuru ha, simo-dukahe no hodo nite mo, kakaru hito no ohom-atari ni, nare kikoye m ha, kahi ari nu besi. Maite wakaki hito ha, kokoro tuke tatematuri nu beku haberu mere do, kazu nara nu mi ni, mono omohu tane wo ya itodo maka se te mi habera m.
|
|
3.6.5 |
高きも短きも、女といふものは、かかる筋にてこそ、この世、後の世まで、苦しき身になりはべるなれ、と思ひたまへはべればなむ、いとほしく思ひたまへはべる。 それもただ御心になむ。ともかくも、思し捨てず、ものせさせたまへ」
|
身分の高い者も低い者も、女というものは、このような男女の仲のことで、現世と、来世まで、苦しい身になるものです、と存じておりますので、かわいそうに存じております。その話もただお気持ちに任せます。ともかくも、お見捨てにならず、お世話くださいませ」
|
身分の高低にかかわらず、女というものはねたましがらせられることで、この世のため、未来の世のために罪ばかりを作ることになるものだと思いますと、それがかわいそうでございます。しかし何も皆あなたの思召()し次第でございます。どんなにでもお定()めになって、お世話をくださいませ」
|
Takaki mo mizikaki mo, womna to ihu mono ha, kakaru sudi nite koso, ko-no-yo, noti-no-yo made, kurusiki mi ni nari haberu nare, to omohi tamahe habere ba nam, itohosiku omohi tamahe haberu. Sore mo tada mi-kokoro ni nam. Tomo-kakumo, obosi-sute zu, monose sase tamahe."
|
|
3.6.6 |
と聞こゆれば、いとわづらはしくなりて、
|
と申し上げるので、たいそうやっかいになって、
|
と常陸夫人の言うのを聞いていて、中の君は重い責任を負わされた気がして、
|
to kikoyure ba, ito wadurahasiku nari te,
|
|
3.6.7 |
「 いさや。来し方の心深さにうちとけて、行く先のありさまは知りがたきを」
|
「さあね。過去の思いやり深さに気を許しても、将来の様子は分からないことです」
|
「今までの親切な心を知っているだけで将来のことは私に保証ができないのだから、そう言われるとどうしてよいかわからない」
|
"Isaya! Kosi-kata no kokoro-bukasa ni utitoke te, yuku-saki no arisama ha siri gataki wo."
|
|
3.6.8 |
とうち嘆きて、ことに物ものたまはずなりぬ。
|
とためいきをついて、他には何もおっしゃらずになった。
|
と歎息をしたままでその話はしなくなった。
|
to uti-nageki te, koto ni mono mo notamaha zu nari nu.
|
|
3.6.9 |
明けぬれば、車など率て来て、 守の消息など、いと腹立たしげに脅かしたれば、
|
夜が明けたので、車などを引き出して来て、介の手紙などが、とても立腹した文面で脅かしていたので、
|
夜が明けると車などを持って来て、常陸守の帰りを促す腹だたしげな、威嚇()的な言葉を使いが伝えたため、
|
Ake nure ba, kuruma nado wi te ki te, Kami no seusoko nado, ito hara-datasige ni obiyakasi tare ba,
|
|
3.6.10 |
「 かたじけなく、よろづに頼みきこえさせてなむ。なほ、しばし隠させたまひて、 巌の中にとも、いかにとも ★、思ひたまへめぐらしはべるほど、 数にはべらずとも、思ほし放たず、何ごとをも教えさせたまへ」
|
「恐れ多いことですが、万事お頼み申し上げます。やはり、もうしばらくお隠しになって、巌の中なりとも、どこなりとも、思案いたします間は、人並みの者でございませんが、お見捨てなく、何事もお教えくださいませ」
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「もったいないことですが、万事あなた様をお頼みに思わせていただきまして、あの方をお手もとへ置いてまいります。『いかならん巌()の中に住まばかは』(世のうきことの聞こえこざらん)とばかり苦しんでおります間だけを隠してあげてくださいませ。哀れな人と御覧くださいまして、教えられておりませんことをお教えくださいませ」
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"Katazikenaku, yorodu ni tanomi kikoye sase te nam. Naho, sibasi kakusa se tamahi te, ihaho no naka ni to mo, ikani to mo, omohi tamahe megurasi haberu hodo, kazu ni habera zu tomo, omohosi hanata zu, nani-goto wo mo wosihe sase tamahe."
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3.6.11 |
など聞こえおきて、 この御方も、いと心細く、ならはぬ心地に、立ち離れむを思へど、今めかしくをかしく見ゆるあたりに、しばしも見馴れたてまつらむと思へば、さすがにうれしくもおぼえけり。
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などと申し上げておいて、この御方も、たいそう心細く、初めてのことで、別れることを心配するが、はなやかで美しく見える所で、しばらくの間もお親しみ申せると思うと、そうはいっても嬉しく思われるのだった。
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などと、昔の中将の君は夫人に泣きながら頼んでおいて帰って行こうとした。姫君は母に別れていたこともない習慣から心細く思うのであったが、はなやかな貴族の家庭にしばらくでも混じって行けるようになったことはさすがにうれしかった。
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nado kikoye-oki te, kono Ohom-Kata mo, ito kokoro-bosoku, naraha nu kokoti ni, tati-hanare m wo omohe do, imamekasiku wokasiku miyuru atari ni, sibasi mo mi-nare tatematura m to omohe ba, sasuga ni uresiku mo oboye keri.
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出典13 |
鳥の音聞こえざらむ住まひ |
飛ぶ鳥の声も聞こえぬ奥山の深き心を人は知らなむ |
古今集恋一-五三五 読人しらず |
3.6.4 |
出典14 |
数ならぬ身 |
今はとて忘るる草の種をだに人の心に蒔かせずもがな |
伊勢物語-三九 |
3.6.4 |
出典15 |
巌の中に |
いかならむ巌の中に住まばかは世の憂きことの聞こえ来ざらむ |
古今集雑下-九五二 読人しらず |
3.6.10 |
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Last updated 4/24/2002 渋谷栄一校訂(C)(ver.1-2-2) Last updated 4/24/2002 渋谷栄一注釈(ver.1-1-3) |
Last updated 4/24/2002 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-2) |
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Last updated 11/5/2002 Written in Japanese roman letters by Eiichi Shibuya(C) (ver.1-3-2) |
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Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
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