35 若菜下(明融臨模本)


WAKANA-NO-GE


光る源氏の准太上天皇時代
四十一歳三月から四十七歳十二月までの物語



Tale of Hikaru-Genji's Daijo Tenno era, from Mar. of 41 to Dec. the age of 47

10
第十章 光る源氏の物語 密通露見後


10  Tale of Genji  After being found out of adultery

10.1
第一段 紫の上、女三の宮を気づかう


10-1  Murasaki is anxious about Omna-Sam-no-Miya

10.1.1  つれなしづくりたまへど、もの思し乱るるさまのしるければ、女君、消え残りたるいとほしみに渡りたまひて、「 人やりならず、心苦しう思ひやりきこえたまふにや」と思して、
 平静を装っていらっしゃるが、ご煩悶の様子がはっきりと見えるので、女君は、生き返ったのをいじらしそうに思ってこちらにお帰りになって、「ご自身どうにもならず、宮をお気の毒に思っていらっしゃるのだろうか」とお思いになって、
 素知らぬふりはしておいでになるが、物思わしいふうは他からもうかがわれて、夫人は危い命を取りとめた自分をおあわれみになる心から、こちらへはお帰りになったものの、六条院の宮をお思いになると心苦しくてならぬ煩悶がお起こりになるのであろうと解釈していた。
  Turenasi dukuri tamahe do, mono-obosi midaruru sama no sirukere ba, Womna-Gimi, kiye-nokori taru itohosimi ni watari tamahi te, "Hitoyari-nara-zu, kokoro-gurusiu omohi-yari kikoye tamahu ni ya?" to obosi te,
10.1.2  「 心地はよろしくなりにてはべるを、かの宮の悩ましげにおはすらむに、 とく渡りたまひにしこそ、いとほしけれ」
 「気分は良ろしくなっておりますが、あちらの宮がお悪くいらっしゃいましょうに、早くお帰りになったのが、お気の毒です」
 「私はもう恢復かいふくしてしまったのでございますのに、宮様のお加減のお悪い時にお帰りになってお気の毒でございます」
  "Kokoti ha yorosiku nari ni te haberu wo, kano Miya no nayamasige ni ohasu ram ni, toku watari tamahi ni si koso, itohosikere."
10.1.3  と聞こえたまへば、
 とお申し上げなさるので、

  to kikoye tamahe ba,
10.1.4  「 さかし。例ならず見えたまひしかど、異なる心地にもおはせねば、おのづから心のどかに思ひてなむ。内裏よりは、たびたび御使ありけり。今日も御文ありつとか。院の、いとやむごとなく聞こえつけたまへれば、上もかく思したるなるべし。すこしおろかになどもあらむは、 こなたかなた思さむことの、いとほしきぞや
 「そうですね。普通のお身体ではないようにお見えになりましたが、別段のご病気というわけでもいらっしゃらないので、何となく安心に思っていましてね。宮中からは、何度もお使いがありました。今日もお手紙があったとか。院が、特別大切になさるようにとお頼み申し上げていらっしゃるので、主上もそのようにお考えなのでしょう。少しでも宮を疎かになどあるようであれば、お二方がどうお思いになるかが、心苦しいことです」
 「そう。少し悪い御様子だけれど、たいしたことでないのだから安心して帰って来たのですよ。宮中からはたびたび御使みつかいがあったそうだ。今日もお手紙をいただいたとかいうことです。法皇の特別なお頼みを受けておられるので、おかみもそんなにまで御関心をお持ちになるのですね。私が冷淡であればあちらへもこちらへも御心配をかけて済まない」
  "Sakasi. Rei nara zu miye tamahi sika do, koto naru kokoti ni mo ohase ne ba, onodukara kokoro nodoka ni omohi te nam. Uti yori ha, tabi-tabi ohom-tukahi ari keri. Kehu mo ohom-humi ari tu to ka. Win no, ito yamgotonaku kikoye tuke tamahe re ba, Uhe mo kaku obosi taru naru besi. Sukosi oroka ni nado mo ara m ha, konata kanata obosa m koto no, itohosiki zo ya!"
10.1.5  とて、うめきたまへば、
 と言って、嘆息なさると、
 院が歎息たんそくをされると、
  tote, umeki tamahe ba,
10.1.6  「 内裏の聞こし召さむよりも、みづから恨めしと思ひきこえたまはむこそ、心苦しからめ。 我は思し咎めずとも、よからぬさまに聞こえなす人びと、かならずあらむと思へば、いと苦しくなむ」
 「帝がお耳にあそばすことよりも、宮ご自身が恨めしいとお思い申し上げなさることのほうが、お気の毒でしょう。ご自分ではお気になさらなくても、良からぬように蔭口を申し上げる女房たちが、きっといるでしょうと思うと、とてもつろう存じます」
 「宮中への御遠慮よりも、宮様御自身が恨めしくお思いになるほうがあなたの御苦痛でしょう。宮様はそれほどでなくてもおそばの者が必ずいろいろなことを言うでしょうから、私の立場が苦しゅうございます」
  "Uti no kikosimesa m yori mo, midukara uramesi to omohi kikoye tamaha m koso, kokoro-gurusikara me. Ware ha obosi togame zu tomo, yokara nu sama ni kikoye-nasu hito-bito, kanarazu ara m to omohe ba, ito kurusiku nam."
10.1.7  などのたまへば、
 などとおっしゃるので、
 などと女王にょおうは言う。
  nado notamahe ba,
10.1.8  「 げに、あながちに思ふ人のためには、わづらはしきよすがなけれど、よろづにたどり深きこと、 とやかくやと、おほよそ人の思はむ心さへ 思ひめぐらさるるをこれはただ、国王の御心やおきたまはむとばかりを憚らむは、浅き心地ぞしける」
 「なるほど、おっしゃるとおり、ひたすら愛しく思っているあなたには、厄介な縁者はいないが、いろいろと思慮を廻らすことといったら、あれやこれやと、一般の人が思うような事まで考えを廻らされますが、わたしのただ、国王が御機嫌を損ねないかという事だけを気にしているのは、考えの浅いことだな」
 「私の愛しているあなたにとって、あちらのことは迷惑千万に違いないが、それをあなたは許して、つまらない者の感情をまで思いやってくれる寛大な愛に比べて、私のはただお上が悪くお思いにならないかという点だけで苦労をしているのは、あさはかな愛の持ち主というべきですね」
  "Geni, anagati ni omohu hito no tame ni ha, wadurahasiki yosuga nakere do, yorodu ni tadori hukaki koto, toya-kakuya-to, ohoyoso-bito no omoha m kokoro sahe omohi-megurasa ruru wo, kore ha tada Kokuwau no mi-kokoro ya oki tamaha m to bakari wo habakara m ha, asaki kokoti zo si keru."
10.1.9  と、 ほほ笑みてのたまひ紛らはす。渡りたまはむことは、
 と、苦笑して言い紛らわしなさる。お帰りになることは、
 微笑をしてお言い紛らわしになる。
  to, hohowemi te notamahi magirahasu. Watari tamaha m koto ha,
10.1.10  「 もろともに帰りてを。心のどかにあらむ」
 「一緒に帰ってよ。ゆっくりと過すことにしよう」
 「六条院へはあなたが快くなった時にいっしょに帰ればいいのですよ。宮の御訪問をするのもそれからあとのことです」
  "Morotomo ni kaheri te wo! Kokoro nodoka ni ara m."
10.1.11  とのみ聞こえたまふを、
 とだけ申し上げなさるのを、
 そうきめておいでになるように仰せられた。
  to nomi kikoye tamahu wo,
10.1.12  「 ここには、しばし心やすくてはべらむ。まづ渡りたまひて、人の御心も慰みなむほどにを」
 「ここでもう暫くゆっくりしていましょう。先にお帰りになって、宮のご気分もよくなったころに」
 「私は静かな独棲ひとりずみというものもしてみとうございますから、あちらへおいでになって、宮様のお心のお慰みになりますまでずっといらっしゃい」
  "Koko ni ha, sibasi kokoro-yasuku te habera m. Madu watari tamahi te, hito no mi-kokoro mo nagusami na m hodo ni wo!"
10.1.13  と、聞こえ交はしたまふほどに、日ごろ経ぬ。
 と、話し合っていらっしゃるうちに、数日が過ぎた。
 夫人からこんな勧めを聞いておいでになるうちに日数がたった。
  to, kikoye-kahasi tamahu hodo ni, higoro he nu.
注釈751人やりならず以下「思ひやりきこえたまふにや」まで、紫の上の心中。源氏が「心くるしう思ひやる」対象は女三の宮。10.1.1
注釈752心地はよろしく以下「いとほしけれ」まで、紫の上の詞。10.1.2
注釈753とく渡りたまひにしこそ源氏が六条院から二条院へ戻ってきたこと。10.1.2
注釈754さかし例ならず以下「いとほしきぞや」まで、源氏の詞。10.1.4
注釈755こなたかなた思さむことの、いとほしきぞや朱雀院と今上帝をさす。10.1.4
注釈756内裏の聞こし召さむよりも以下「いと苦しくなむ」まで、紫の上の詞。10.1.6
注釈757我は思し咎めずとも「我」は女三の宮をさす。10.1.6
注釈758げにあながちに以下「心地ぞしける」まで、源氏の詞。10.1.8
注釈759思ひめぐらさるるを主語は紫の上。思慮深く行き届いた心づかいをいう。10.1.8
注釈760これはただ「これは」、私はの意。一人称代名詞。10.1.8
注釈761ほほ笑みてのたまひ紛らはす苦笑して問題の本質には触れない。『集成』は「苦笑して本心には触れずにおしまいになる」。『完訳』は「苦笑して言い紛らわしていらっしゃる」「密通への複雑な思念を隠す気持」と注す。10.1.9
注釈762もろともに以下「心のどかにを」まで、源氏の詞。「帰りてを」の「を」は、間投助詞、詠嘆の気持。10.1.10
注釈763ここにはしばし以下「慰みなむほどにを」まで、紫の上の詞。10.1.12
校訂45 とやかくや とやかくや--ゝやか(か/+く)や 10.1.8
10.2
第二段 柏木と女三の宮、密通露見におののく


10-2  Kashiwagi and Omna-Sam-no-Miya tremble with fear

10.2.1  姫宮は、かく渡りたまはぬ日ごろの経るも、人の御つらさにのみ思すを、今は、「 わが御おこたりうち混ぜてかくなりぬる 」と思すに、 院も聞こし召しつけて、いかに思し召さむ と、 世の中つつましくなむ
 姫宮は、このようにお越しにならない日が数日続くのも、相手の薄情とばかりお思いであったが、今では、「自分の過失も加わってこうなったのだ」とお思いになると、院も御存知になって、どのようにお思いだろうかと、身の置き所のない心地である。
 院のおいでにならぬ間の長いことで今までは院をお恨みにもなった宮でおありになるが、今はその一部を自身の罪がしからしめているのであるということをお知りになって、しまいに法皇のお耳へもはいったならどう思召おぼしめすことであろうと、生きておいでになることすらも恐ろしくばかりお思われになるのであった。
  Hime-Miya ha, kaku watari tamaha nu higoro no huru mo, hito no ohom-turasa ni nomi obosu wo, ima ha, "Waga ohom-okotari uti-maze te kaku nari nuru." to obosu ni, Win mo kikosimesi tuke te, ikani obosimesa m to, yononaka tutumasiku nam.
10.2.2   かの人も、いみじげにのみ言ひわたれども、小侍従もわづらはしく思ひ嘆きて、「かかることなむ、ありし」と告げてければ、いとあさましく、
 かの人も、熱心に手引を頼み続けるが、小侍従も面倒に思い困って、「このような事が、ありました」と知らせてしまったので、まこと驚いて、
いしたいとしきりに衛門督えもんのかみは言ってくるが、小侍従は面倒な事件になりそうなのを恐れて、こんなことがあったと緑の手紙のことを書いてやった。衛門督は驚いて、
  Kano hito mo, imizige ni nomi ihi-watare domo, Ko-Zizyuu mo wadurahasiku omohi nageki te, "Kakaru koto nam, ari si." to tuge te kere ba, ito asamasiku,
10.2.3  「 いつのほどにさること出で来けむ。かかることは、あり経れば、おのづからけしきにても漏り出づるやうもや」
 「いつの間にそのような事が起こったのだろうか。このような事は、いつまでも続けば、自然と気配だけで感づかれるのではないか」
 いつの間にそうしたことができたのであろう、月日の重なるうちにはいろいろな秘密が外へれるかもしれぬ
  "Itu no hodo ni saru koto ide-ki kem? Kakaru koto ha, ari hure ba, onodukara kesiki ni te mo mori-iduru yau mo ya?"
10.2.4  と思ひしだに、いとつつましく、空に目つきたるやうにおぼえしを、「 ましてさばかり違ふべくもあらざりしことどもを 見たまひてけむ」、 恥づかしく、かたじけなく、かたはらいたきに朝夕、涼みもなきころ なれど、身もしむる心地して、いはむかたなくおぼゆ。
 と思っただけでも、まことに気が引けて、空に目が付いているように思われたが、「ましてあんなに間違いようもない手紙を御覧になったのでは」と、顔向けもできず、恐れ多く、居たたまれない気がして、朝夕の、涼しい時もないころであるが、身も凍りついたような心地がして、何とも言いようもない気がする。
 と思うだけでも恐ろしくて、罪を見る目が空にできた気がしていたのに、ましてそれほど確かな証拠が院のお手にはいったということは何たる不幸であろうと恥ずかしくもったいなくすまない気がして、朝涼も夕涼もまだ少ないこのごろながらも身に冷たさのしみ渡るもののある気がして、たとえようもない悲しみを感じた。
  to omohi si dani, ito tutumasiku, sora ni me tuki taru yau ni oboye si wo, "Masite sabakari tagahu beku mo ara zari si koto-domo wo mi tamahi te kem.", hadukasiku, katazikenaku, kataharaitaki ni, asa-yuhu, suzumi mo naki koro nare do, mi mo simuru kokoti si te, iham-kata-naku oboyu.
10.2.5  「 年ごろ、まめごとにもあだことにも、召しまつはし参り馴れつるものを。 人よりはこまかに思しとどめたる御けしきの 、あはれになつかしきを、あさましくおほけなきものに心おかれたてまつりては、 いかでかは目をも見合はせたてまつらむ。さりとて、かき絶えほのめき参らざらむも、人目あやしく、 かの御心にも思し合はせむことのいみじさ」
 「長年、公事でも遊び事でも、お呼び下さり親しくお伺いしていたものを。誰よりもこまごまとお心を懸けて下さったお気持ちが、しみじみと身にしみて思われるので、あきれはてた大それた者と不快の念を抱かれ申したら、どうして目をお合わせ申し上げることができようか。そうかと言って、ふっつりと参上しなくなるのも、人が変だと思うだろうし、あちらでもやはりそうであったかと、お思い合わせになろう、それが堪らない」
 長い歳月としつきの間、まじめな御用の時も、遊びの催しにもお身近の者として離れず侍してきて、だれよりも多く愛顧を賜わった院の、なつかしいお優しさを思うと、無礼な者としてお憎しみを受けることになっては、自分は御前で顔の向けようもない。
  "Tosi-goro, mame-goto ni mo ada-koto ni mo, mesi-matuhasi mawiri nare turu mono wo. Hito yori ha komaka ni obosi todome taru mi-kesiki no, ahare ni natukasiki wo, asamasiku ohokenaki mono ni kokoro-oka re tatematuri te ha, ikade kaha me wo mo mi-ahase tatematura m. Saritote, kaki-taye honomeki mawira zara m mo, hito-me ayasiku, kano mi-kokoro ni mo obosi ahase m koto no imizisa."
10.2.6  など、やすからず思ふに、心地もいと悩ましくて、内裏へも参らず。 さして重き罪には当たるべきならねど、身のいたづらになりぬる心地すれば、「 さればよ」と、かつはわが心も、いとつらくおぼゆ
 などと、気が気でない思いでいるうちに、気分もとても苦しくなって、内裏へも参内なさらない。それほど重い罪に当たるはずではないが、身も破滅してしまいそうな気がするので、「やっぱり懸念していたとおりだ」と、一方では自分ながら、まことに辛く思われる。
 そうかといって、すっかりお出入りをせぬことになれば人が怪しむことであろうし、院をばさらに御不快にすることになろうと煩悶はんもんする衛門督は、健康もそこねてしまい、御所へ出仕もしなかった。大罪の犯人とされるわけはないが、もう自分の一生はこれでだめであるという気のすることによって、このことを予想しないわけでもなかったではないかと、あやまった大道に踏み入った最初の自分が恨めしくてならなかった。
  nado, yasukara zu omohu ni, kokoti mo ito nayamasiku te, Uti he mo mawira zu. Sasite omoki tumi ni ha ataru beki nara ne do, mi no itadura ni nari nuru kokoti sure ba, "Sarebayo." to, katu ha waga kokoro mo, ito turaku oboyu.
10.2.7  「 いでや、しづやかに心にくきけはひ見えたまはぬわたりぞや。まづは、かの御簾のはさまも、さるべきことかは。軽々しと、大将の思ひたまへるけしき見えきかし」
 「考えて見れば、落ち着いた嗜み深いご様子がお見えでない方であった。まず第一に、あの御簾の隙間の事も、あっていいことだろうか。軽率だと、大将が思っていらした様子に見えた事だ」
 だいたい御身分相当な奥深い感じなどの見いだせなかった最初の御簾みす隙間すきまも、しかるべきことではない。大将も軽々しいと思ったことはあの時の表情にも見えたなどと、こんなことも今さら思い合わせたりした。
  "Ideya, siduyaka ni kokoro nikuki kehahi miye tamaha nu watari zo ya! Madu ha, kano mi-su no hasama mo, saru-beki koto ka ha. Karu-garusi to, Daisyau no omohi tamahe ru kesiki miye ki kasi."
10.2.8  など、今ぞ思ひ合はする。 しひてこのことを思ひさまさむと思ふ方にて、あながちに難つけたてまつらまほしきにやあらむ。
 などと、今になって気がつくのである。無理してこの思いを冷まそうとするあまり、むやみに非難つけお思い申し上げたいのであろうか。
 しいてその人から離れたいと願う心から欠点を捜すのかもしれない。
  nado, ima zo omohi-ahasuru. Sihite kono koto wo omohi samasa m to omohu kata ni te, anagati ni nan tuke tatematura mahosiki ni ya ara m.
注釈764わが御おこたりうち混ぜてかくなりぬる女三の宮の心中。10.2.1
注釈765院も聞こし召しつけていかに思し召さむ女三の宮の心中。父の朱雀院に知られたらどう思うだろうと心配する。10.2.1
注釈766世の中つつましくなむ係助詞「なむ」で下文を省略。強調と余意余情。『集成』は「世間に顔向けできない思いでいられる」。『完訳』は「身の置き所もない心地でいらっしゃる」と訳す。10.2.1
注釈767かの人も柏木をさす。10.2.2
注釈768いつのほどに以下「漏り出づるやうもや」まで、柏木の心中。10.2.3
注釈769ましてさばかり以下「見たまひてけむ」あたりまで、柏木の心中。ただし引用句はなく、地の文に融合。10.2.4
注釈770見たまひてけむ完了の助動詞「つ」連用形、確述。過去推量の助動詞「けむ」。御覧になってしまったのだろう、の意。10.2.4
注釈771恥づかしくかたじけなくかたはらいたきに柏木の心中と地の文が融合した叙述。『完訳』は「心中叙述が、心情語を重畳させた地の文に転換」と注す。10.2.4
注釈772朝夕涼みもなきころ明融臨模本、合点と付箋「夏のひのあさゆふすゝみある物をなとにか恋のひまなかるらん」(出典未詳)とある。『源氏釈』に初指摘。10.2.4
注釈773年ごろまめごとにも以下「ことのいみじさ」まで、柏木の心中。10.2.5
注釈774人よりはこまかに思しとどめたる御けしきの源氏が柏木を厚遇。10.2.5
注釈775いかでかは目をも見合はせたてまつらむ反語表現。10.2.5
注釈776かの御心にも源氏をさす。10.2.5
注釈777さして重き罪には当たるべきならねど身のいたづらになりぬる心地すれば姦通罪に相当するが、柏木はそのこと以上に身の破滅、源氏から睨まれ疎んぜられることを恐れる。10.2.6
注釈778さればよと、かつはわが心も、いとつらくおぼゆ『集成』は「やはり思わぬことではなかったと」「この前後、地の文に柏木への敬語を欠き、その真理に密着した筆致」と注す。10.2.6
注釈779いでや、しづやかに以下「見えきかし」まで、柏木の心中。女三の宮の人柄や嗜みを冷静に回顧する。10.2.7
注釈780しひてこのことを以下「たてまつらまほしきにやあらむ」まで、語り手の言辞。『一葉抄』は「双紙の詞也」と指摘。『集成』は「以下、草子地。手の平をかえしたような宮の欠点のあげつらいを、軽く揶揄するような筆致」。『完訳』は「柏木は恋の情念を払うべく、強いて宮の欠点をあげつらうのだとする、語り手の揶揄的な評言」と注す。10.2.8
出典30 朝夕、涼みもなき 夏の日も朝夕涼みあるものをなど我が恋のひまなかるらむ 出典未詳-源氏釈所引 10.2.4
校訂46 かくなりぬる かくなりぬる--*なりぬる 10.2.1
校訂47 つけて つけて--け(け/$つ)けて 10.2.1
校訂48 よりは よりは--よか(か/$り)は 10.2.5
10.3
第三段 源氏、女三の宮の幼さを非難


10-3  Genji blames Omna-Sam-no-Miya for her thoughtless

10.3.1  「 良きやうとても、あまりひたおもむきにおほどかにあてなる人は、世のありさまも知らず、かつ、さぶらふ人に心おきたまふこともなくて、かくいとほしき御身のためも、人のためも、いみじきことにもあるかな」
 「良いことだからと言って、あまり一途におっとりし過ぎている高貴な人は、世間の事もご存知なく、一方では、伺候している女房に用心なさることもなくて、このようにおいたわしいご自身にとっても、また相手にとっても、大変な事になるのだ」
 どんなに貴人といっても、おおようで、気持ちの柔らかい一方な人は世間のこともわからず、侍女というものに警戒をしなければならぬこともお知りにならないで、取り返しのつかぬあやまちを御自身のためにも作り、
  "Yoki yau tote mo, amari hita-omomuki ni ohodoka ni ate naru hito ha, yo no arisama mo sira zu, katu, saburahu hito ni kokoro-oki tamahu koto mo naku te, kaku itohosiki ohom-mi no tame mo, imiziki koto ni mo aru kana!"
10.3.2  と、かの御ことの心苦しさも、え思ひ放たれたまはず。
 と、あのお方をお気の毒だと思う気持ちも、お捨てになることができない。
 人にも罪を犯させる結果になったと思い、衛門督の心は、
  to, kano ohom-koto no kokoro-gurusisa mo, e omohi hanata re tamaha zu.
10.3.3  宮は、いとらうたげにて悩みわたりたまふさまの、なほいと心苦しく、 かく思ひ放ちたまふにつけてはあやにくに、憂きに紛れぬ恋しさの苦しく思さるれば、渡りたまひて、見たてまつりたまふにつけても、 胸いたくいとほしく思さる
 宮はまことに痛々しげにお苦しみ続けなさる様子が、やはりとてもお気の毒で、このようにお見限りになるにつけては、妙に嫌な気持ちに消せない恋しい気持ちが苦しく思われなさるので、お越しになって、お目にかかりなさるにつけても、胸が痛くおいたわしく思わずにはいらっしゃれない。
 宮のお気の毒なことを思いやって堪えがたい苦悶くもんをするのであった。宮が可憐かれんな姿で悪阻つわりに悩んでおいでになるのが院のお目に浮かんで、心苦しく哀れにお思われになった。良人おっととしての愛は消えたように思っておいでになっても、恨めしいのと並行して恋しさもおさえがたくおなりになり、六条院へおいでになった。お顔を御覧になると胸苦しくばかりおなりになる院でおありになった。
  Miya ha, ito rautage ni te nayami watari tamahu sama no, naho ito kokoro-gurusiku, kaku omohi-hanati tamahu ni tuke te ha, ayaniku ni, uki ni magire nu kohisisa no kurusiku obosa rure ba, watari tamahi te, mi tatematuri tamahu ni tuke te mo, mune itaku itohosiku obosa ru.
10.3.4  御祈りなど、さまざまにせさせたまふ。おほかたのことは、 ありしに変らず、なかなか労しくやむごとなくもてなしきこゆるさまをましたまふ。 気近くうち語らひきこえたまふさまは、いとこよなく御心隔たりて、かたはらいたければ、人目ばかりをめやすくもてなして、思しのみ乱るるに、 この御心のうちしもぞ苦しかりける
 御祈祷などを、いろいろとおさせになる。大体のことは、以前と変わらず、かえって労り深く大事にお持てなし申し上げる態度がお加わりさる。身近にお話し合いなさる様子は、まことにすっかりお心が離れてしまって、体裁が悪いので、人前だけは体裁をつくろって、苦しみ悩んでばかりなさっているので、ご心中は苦しいのであった。
 祈祷きとうを寺々へ命じてさせてもおいでになるのである。表面のお扱いでは以前と何も変わっていない。かえって御優遇をあそばされるようにも見えるのであるが、夫婦としてお親しみになることはそれ以来断えてしまった。人目を紛らすために御同室におやすみになりながら、院がお一人で煩悶はんもんをしておいでになるのを御覧になる宮のお心は苦しかった。
  Ohom-inori nado, sama-zama ni se sase tamahu. Ohokata no koto ha, arisi ni kahara zu, naka-naka itahasiku yamgotonaku motenasi kikoyuru sama wo masi tamahu. Ke-dikaku uti katarahi kikoye tamahu sama ha, ito koyonaku mi-kokoro hedatari te, katahara itakere ba, hito-me bakari wo meyasuku motenasi te, obosi nomi midaruru ni, kono mi-kokoro no uti simo zo kurusikari keru.
10.3.5  さること見きとも表はしきこえたまはぬに、 みづからいとわりなく思したるさまも、心幼し
 そうした手紙を見たともはっきり申し上げなさらないのに、ご自分でとてもむやみに苦しみ悩んでいらっしゃるのも子供っぽいことである。
 秘密を知ったともお言いにならぬ院でおありになったが、女宮は御自身で罪人らしく萎縮いしゅくしておいでになるのも幼稚な御態度である。
  Saru koto mi ki to mo arahasi kikoye tamaha nu ni, midukara ito warinaku obosi taru sama mo, kokoro wosanasi.
10.3.6  「 いとかくおはするけぞかし。良きやうといひながら、あまり心もとなく後れたる、頼もしげなきわざなり」
 「まことにこんなお人柄である。良い事だとは言っても、あまりに気がかりなほどおっとりし過ぎているのは、何とも頼りないことだ」
 こんなふうの人であるから不祥事も起こったのであろう。貴女らしいとはいってもあまりに柔らかな性質は頼もしくないものであるとお考えになると、
  "Ito kaku ohasuru ke zo kasi. Yoki yau to ihi nagara, amari kokoro-motonaku okure taru, tanomosige naki waza nari."
10.3.7  と思すに、世の中なべてうしろめたく、
 とお思いになると、男女の仲の事がすべて心もとなく、
 いろいろの人の上がお気がかりになった。
  to obosu ni, yononaka nabete usirometaku,
10.3.8  「 女御の、あまりやはらかにおびれたまへるこそ、かやうに心かけきこえむ人は、まして心乱れなむかし。 女は、かうはるけどころなくなよびたるを、人もあなづらはしきにや、さるまじきに、ふと目とまり、心強からぬ過ちはし出づるなりけり」
 「女御が、あまりにやさしく穏やかでいらっしゃるのは、このように懸想するような人は、これ以上にきっと心が乱れることであろう。女性は、このように内気でなよなよとしているのを、男も甘く見るのだろうか、あってはならぬが、ふと目にとまって、自制心のない過失を犯すことになるのだ」
 女御にょごがあまりに柔軟な様子であることは、この宮における衛門督のような恋をする男があるとすれば、その目に触れた以上精神を取り乱して大過失を引き起こすに至るかもしれぬ、女性のこうした柔らかい一方である人は、軽侮してよいという心を異性に呼ぶのか、刹那せつな的に不良な行為をさせてしまうものである
  "Nyougo no, amari yaharaka ni obire tamahe ru koso, kayau ni kokoro kake kikoye m hito ha, masite kokoro midare na m kasi. Womna ha, kau haruke-dokoro naku nayobi taru wo, hito mo anadurahasiki ni ya, sarumaziki ni, huto me tomari, kokoro-duyokara nu ayamati ha si-iduru nari keri."
10.3.9  と思す。
 とお思いになる。
 と、院はこんなこともお思いになった。
  to obosu.
注釈781良きやうとても以下「いみじきことにもあるかな」まで、柏木の心中。宮の境遇への同情。10.3.1
注釈782かく思ひ放ちたまふにつけては主語は源氏。源氏が女三の宮を。10.3.3
注釈783あやにくに憂きに紛れぬ恋しさの苦しく思さるれば源氏の「あやにく」な性癖。「紛れ」「ぬ」打消の助動詞。『集成』は「あいにくなことに、情けない思いだけではごまかされない、宮恋しさの思いが、せつないまでにこみ上げるので」。『完訳』は「あいにくなことに、厭わしく思う気持だけからはとりつくろえぬ恋しさをどうすることもならず」と訳す。10.3.3
注釈784胸いたくいとほしく思さる源氏の女三の宮に対する気持ち。10.3.3
注釈785ありしに変らず、なかなか労しくやむごとなくもてなしきこゆるさまを源氏の女三の宮に対する態度やもてなしは以前以上の丁重さが加わる。10.3.4
注釈786気近くうち語らひきこえたまふさまは、いとこよなく御心隔たりてその反面、二人だけとなると気持ちの隔たりが消しがたい。気持ちと行動が別々な源氏の矛盾した行動。「あやにく」な性格の具体的現れ。10.3.4
注釈787この御心のうちしもぞ苦しかりける語り手の批評。『休聞抄』は『双也」と指摘。『完訳』は「宮もお心の中にはいっそうつらくお感じになるのであった」「宮の心。表向きの世話だけで物思いがちな源氏に、隔意を痛感」と注す。耳から文章を聞いて、どちらに主点が置かれて語られているかによって「御心」が決定しよう。10.3.4
注釈788みづからいとわりなく思したるさまも心幼し語り手の女三の宮批評。10.3.5
注釈789いとかくおはするけぞかし以下「頼もしげなきわざなり」まで、源氏の心中。10.3.6
注釈790女御のあまりやはらかにおびれたまへるこそ以下「し出づるなりけり」まで、源氏の心中。転じて明石の女御を心配する。10.3.8
注釈791女はかうはるけどころなくなよびたるを女の弱点。10.3.8
10.4
第四段 源氏、玉鬘の賢さを思う


10-4  Genji admires Tamakazura for her thoughtful

10.4.1  「 右の大臣の北の方の、取り立てたる後見もなく、幼くより、ものはかなき世にさすらふるやうにて、生ひ出でたまひけれど、かどかどしく労ありて、我もおほかたには親めきしかど、 憎き心の添はぬにしもあらざりしを、 なだらかにつれなくもてなして過ぐし、この大臣の、さる無心の女房に心合はせて入り来たりけむにも、けざやかにもて離れたるさまを、人にも見え知られ、 ことさらに許されたるありさまにしなしてわが心と罪あるにはなさずなりにしなど、今思へば、いかにかどあることなりけり。
 「右大臣の北の方が、特にご後見もなく、幼い時から、頼りない生活を流浪するような有様で、ご成人なさったが、利発で才気があって、自分も表向きは親のようにしていたが、憎からず思う心がないでもなかったが、穏やかにさりげなく受け流して、あの大臣が、あのような心ない女房と心を合わせて入って来たときにも、はっきりと受け付けなかった態度を、周囲の人にも見せて分からせ、改めて許された結婚の形にしてから、自分のほうに落度があったようにはしなかった事など、今から思うと、何とも賢い身の処し方であった。
 右大臣夫人がそれという世話を受ける人もなくて、幼年時代から苦労をしながら才も見識もあって、自分なども義父らしくはしながらも、恋人に擬しておさえがたい情念を内に包んでいたのを、かどだたず気がつかぬふうに退け続けて、右大臣が軽佻けいちょうな女房の手引きでしいて結婚を遂げた時にも、自身は単なる受難者であることを、それ以後の態度で明らかにして、親や身内の意志で成立した夫婦の形を作らせたことなどは、今思ってみてもきわめてりっぱなことであったと、玉鬘たまかずらのこともこのふがいない人に比べてお思われになった。
  "Migi-no-Otodo no Kitanokata no, toritate taru usiromi mo naku, wosanaku yori, mono-hakanaki yo ni sasurahuru yau ni te, ohi-ide tamahi kere do, kado-kadosiku rau ari te, ware mo ohokata ni ha oya-meki sika do, nikuki kokoro no soha nu ni simo ara zari si wo, nadaraka ni turenaku motenasi te sugusi, kono Otodo no, saru muzin no nyoubau ni kokoro ahase te iri kitari kem ni mo, kezayaka ni mote-hanare taru sama wo, hito ni mo miye sira re, kotosara ni yurusa re taru arisama ni si-nasi te, waga kokoro to tumi aru ni ha nasa zu nari ni si nado, ima omohe ba, ikani kado aru koto nari keri.
10.4.2  契り深き仲なりければ、長くかくて保たむことは、とてもかくても、同じごとあらましものから、 心もてありしこととも、世人も思ひ出でば、 すこし軽々しき思ひ加はりなまし、いといたくもてなしてしわざなり」と思し出づ。
 宿縁の深い仲であったので、長くこうして連れ添ってゆくことは、その初めがどのような事情からであったにせよ、同じような事であったろうが、自分の意志でしたのだと、世間の人も思い出したら、少しは軽率な感じが加わろうが、本当に上手に身を処したことだ」とお思い出しになる。
 深い宿縁があって夫婦になった人であるから、離婚をしようとは考えないが、品行問題で世評の立つことになれば、それにしたがって知らず知らず多少の侮蔑ぶべつを自分は加えることになるであろう。あまりにも実質に伴わない尊敬をしてきたと、以前からのことを思ってもごらんになった。
  Tigiri hukaki naka nari kere ba, nagaku kakute tamota m koto ha, totemo-kakutemo, onazi goto ara masi monokara, kokoro mote ari si koto to mo, yohito mo omohi-ide ba, sukosi karu-garusiki omohi kuhahari na masi, ito itaku motenasi te si waza nari." to obosi-idu.
注釈792右の大臣の北の方の以下「もてなしてしわざなり」まで、源氏の心中。転じて玉鬘のことを思い出す。10.4.1
注釈793憎き心けしからぬ好色心。10.4.1
注釈794なだらかにつれなくもてなして過ぐし源氏をうまく拒み続けた玉鬘の態度。10.4.1
注釈795ことさらに許されたるありさまにしなして『集成』は「わざわざ、源氏や実の父内大臣に許されての結婚というように事を運んで」と訳す。10.4.1
注釈796わが心と罪あるにはなさずなりにしなど玉鬘は鬚黒大将との結婚をいっさい自分の方には落度がなかったようにした身の処し方を立派であったと、改めて感心する。10.4.1
注釈797心もてありしこととも自分の方から望んでおこなったの意。結婚における女性の態度は主体的よりも受動的な身の処し方をよしとした。10.4.2
注釈798すこし軽々しき思ひ加はりなまし反実仮想の構文。玉鬘には軽々しいという非難がいっさいなかった。10.4.2
10.5
第五段 朧月夜、出家す


10-5  Oborozukiyo becomes a nun

10.5.1  二条の尚侍の君をば、なほ絶えず、思ひ出できこえたまへど、かくうしろめたき筋のこと、憂きものに思し知りて、かの御心弱さも、少し軽く思ひなされたまひけり。
 二条の尚侍の君を、依然として忘れず、お思い出し申し上げなさるが、このように気がかりな方面の事を、厭わしくお思いになって、あの方のお心弱さも、少しお見下しなさるのだった。
 院は二条の朧月夜おぼろづきよの尚侍になお心をかれておいでになるのであったが、女三にょさんみやの事件によって、後ろ暗い行動はすべきでないという教訓を得たようにお思いになって、その人の弱さにさえ反感に似たようなものをお覚えになった。
  Nideu no Naisi-no-Kamnokimi wo ba, naho taye zu omohi-ide kikoye tamahe do, kaku usirometaki sudi no koto, uki mono ni obosi-siri te, kano mi-kokoro yowasa mo, sukosi karuku omohi-nasa re tamahi keri.
10.5.2   つひに御本意のことしたまひてけりと聞きたまひては、いとあはれに口惜しく、御心動きて、まづ訪らひきこえたまふ。今なむとだににほはしたまはざりけるつらさを、浅からず聞こえたまふ。
 とうとうご出家の本懐を遂げられたとお聞きになってからは、まことにしみじみと残念に、お心が動いて、さっそくお見舞いを申し上げなさる。せめて今出家するとだけでも知らせて下さらなかった冷たさを、心からお恨み申し上げなさる。
 尚侍が以前から希望していたとおりに尼になったことをお聞きになった時には、さすがに残念な気がされてすぐに手紙をお書きになった。その場合に臨んで、されてよい予報のなかったことをお恨みになる言葉がつづられてあった。
  Tuhi ni ohom-ho'i no koto si tamahi te keri to kiki tamahi te ha, ito ahare ni kutiwosiku, mi-kokoro ugoki te, madu toburahi kikoye tamahu. Ima nam to dani nihohasi tamaha zari keru turasa wo, asakara zu kikoye tamahu.
10.5.3  「 海人の世をよそに聞かめや須磨の浦に
 「出家されたことを他人事して聞き流していられましょうか
  あまの世をよそに聞かめや須磨すまの浦に
    "Ama no yo wo yoso ni kika me ya Suma no ura ni
10.5.4   藻塩垂れしも誰れならなくに
  わたしが須磨の浦で涙に沈んでいたのは誰ならぬあなたのせいなのですから
  藻塩もしほれしもたれならなくに
    mosiho tare si mo tare nara naku ni
10.5.5   さまざまなる世の定めなさを心に思ひつめて、今まで後れきこえぬる口惜しさを、思し捨てつとも、避りがたき御回向のうちには、まづこそはと、あはれになむ」
 いろいろな人生の無常さを心の内に思いながら、今まで出家せずに先を越されて残念ですが、お見捨てになったとしても、避けがたいご回向の中には、まず第一にわたしを入れて下さると、しみじみと思われます」
 人世の無常さを味わい尽くしながらも、今日まで出家を実行しえない私を、あなたはどんなに冷淡になっておいでになってもさすがに回向えこうの人数の中にはお入れくださるであろうと、頼みにされるところもあります。
  Sama-zama naru yo no sadame nasa wo kokoro ni omohi-tume te, ima made okure kikoye nuru kutiwosisa wo, obosi-sute tu tomo, sari gataki go-wekau no uti ni ha, madu koso ha to, ahare ni nam."
10.5.6  など、多く聞こえたまへり。
 などと、たくさんお書き申し上げなさった。
 などという長いおふみであった。
  nado, ohoku kikoye tamahe ri.
10.5.7  とく思し立ちにしことなれど、 この御妨げにかかづらひて、人にはしか表はしたまはぬことなれど、心のうちあはれに、昔よりつらき御契りを、さすがに浅くしも思し知られぬなど、 かたがたに思し出でらる
 早くからご決意なさった事であるが、この方のご反対に引っ張られて、誰にもそのようにはお表しなさらなかった事だが、心中ではしみじみと昔からの恨めしいご縁を、何と言っても浅くはお思いになれない事など、あれやこれやとお思い出さずにはいらっしゃれない。
 早くからの志であったが、六条院がお引きとめになるために、それでない表面の理由は別として、尚侍は尼になるのを躊躇ちゅうちょするところがあったのでさえあるから、このお手紙を見て青春時代から今日までの二人のつながりの深さも今さらに思われて身にしむ尚侍であった。
  Toku obosi-tati ni si koto nare do, kono ohom-samatage ni kakadurahi te, hito ni ha sika arahasi tamaha nu koto nare do, kokoro no uti ahare ni, mukasi yori turaki ohom-tigiri wo, sasuga ni asaku simo obosi-sira re nu nado, kata-gata ni obosi-ide raru.
10.5.8  御返り、今はかくしも通ふまじき御文のとぢめと思せば、あはれにて、心とどめて書きたまふ、墨つきなど、いとをかし。
 お返事は、今となってはもうこのようなお手紙のやりとりをしてはならない最後とお思いになると、感慨無量となって、念入りにお書きになる、その墨の具合などは、実に趣がある。
 返事はもう今後書きかわすことのない終わりのものとして心をこめて書いた尚侍の手跡が美しかった。
  Ohom-kaheri, ima ha kaku simo kayohu maziki ohom-humi no todime to obose ba, ahare ni te, kokoro todome te kaki tamahu, sumi tuki nado, ito wokasi.
10.5.9  「 常なき世とは身一つにのみ知りはべりにしを、後れぬとのたまはせたるになむ、げに、
 「無常の世とはわが身一つだけと思っておりましたが、先を越されてしまったとの仰せを思いますと、おっしゃるとおり、
 無常は私だけが体験から知ったものと思っておりましたが、しおくれたと仰せになりますことで、こんなにも思われます。
  "Tune naki yo to ha mi hitotu ni nomi siri haberi ni si wo, okure nu to notamaha se taru ni nam, geni,
10.5.10    海人舟にいかがは思ひおくれけむ
  尼になったわたしにどうして遅れをおとりになったのでしょう
  あま船にいかがは思ひおくれけん
    Ama-bune ni ikaga ha omohi okure kem
10.5.11   明石の浦にいさりせし君
  明石の浦に海人のようなお暮らしをなさっていたあなたが
  明石あかしの浦にいさりせし君
    Akasi no ura ni isari se si Kimi
10.5.12   回向には、あまねきかどにても、いかがは
 回向は、一切衆生の為のものですから、どうして含まれないことがありましょうか」
 回向えこうには、この世のすぐれた方として決してあなた様をらしはいたしません。
  Wekau ni ha, amaneki kado ni te mo, ikaga ha."
10.5.13  とあり。濃き青鈍の紙にて、樒にさしたまへる、例のことなれど、いたく過ぐしたる筆つかひ、なほ古りがたくをかしげなり。
 とある。濃い青鈍色の紙で、樒に挟んでいらっしゃるのは、通例のことであるが、ひどく洒落た筆跡は、今も変わらず見事である。
 これが内容である。濃いにび色の紙に書かれて、しきみの枝につけてあるのは、そうした人のだれもすることであっても、達筆で書かれた字に今も十分のおもしろみがあった。
  to ari. Koki awonibi no kami ni te, sikimi ni sasi tamahe ru, rei no koto nare do, itaku sugusi taru hude tukahi, naho huri gataku wokasige nari.
注釈799つひに御本意のことしたまひてけり朧月夜尚侍が出家したという話。10.5.2
注釈800海人の世をよそに聞かめや須磨の浦に藻塩垂れしも誰れならなくに源氏から朧月夜尚侍への贈歌。出家を聞いて贈る。「尼」に「海人」を掛ける。10.5.3
注釈801さまざまなる世の以下「あはれになむ」まで、和歌に続けた源氏の文。10.5.5
注釈802この御妨げにかかづらひて源氏が朧月夜尚侍の出家を引き止めること。10.5.7
注釈803かたがたに思し出でらる『集成』は「つらかったことといい、また深いかかわりといい、それぞれ昔のことが思い出される」と訳す。10.5.7
注釈804常なき世とは以下「いかがは」まで、朧月夜尚侍の源氏への返書。10.5.9
注釈805海人舟にいかがは思ひおくれけむ明石の浦にいさりせし君朧月夜尚侍の源氏への返歌。「海人の世」「須磨の浦」の語句を受けて「海人舟」「明石の浦」と返す。「あま」に「尼」と「海人」を掛ける。「いさり」は漁りの意だが、裏に明石君との結婚をこめるか。『完訳』は「流離の真意は明石の君との邂逅にあったと切り返す」と注す。10.5.10
注釈806回向にはあまねきかどにてもいかがは『集成』は「「あまねきかど」は「普門」をそのまま和らげたもの。「是の観世音菩薩の自在の業、普門示現の神通力を聞かむ者は、当に知るべし、是の人は功徳少なからじ」(『法華経』観世音菩薩普門品第二十五)」と注す。10.5.12
10.6
第六段 源氏、朧月夜と朝顔を語る


10-6  Genji talks about Oborozukiyo and Asagao

10.6.1  二条院におはしますほどにて、女君にも、今はむげに絶えぬることにて、見せたてまつりたまふ。
 二条院にいらっしゃる時なので、女君にも、今ではすっかり関係が切れてしまったこととて、お見せ申し上げなさる。
 この日は二条の院においでになったので、夫人にも、もう実際の恋愛などは遠く終わった相手のことであったから、院はお見せになった。
  Nideu-no-win ni ohasimasu hodo ni te, Womna-Gimi ni mo, ima ha muge ni taye nuru koto ni te, mise tatematuri tamahu.
10.6.2  「 いといたくこそ恥づかしめられたれ。げに、心づきなしや。さまざま心細き世の中のありさまを、よく見過ぐしつるやうなるよ。なべての世のことにても、はかなくものを言ひ交はし、時々によせて、あはれをも知り、ゆゑをも過ぐさず、 よそながらの睦び交はしつべき人は、斎院とこの君とこそは残りありつるを、 かくみな背き果てて、斎院はた、いみじうつとめて、紛れなく行なひにしみ たまひにたなり
 「とてもひどくやっつけられたものです。本当に、気にくわないよ。いろいろと心細い世の中の様子を、よく見過して来たものですよ。普通の世間話でも、ちょっと何か言い交わしあい、四季折々に寄せて、情趣をも知り、風情を見逃さず、色恋を離れて付き合いのできる人は、斎院とこの君とが生き残っているが、このように皆出家してしまって、斎院は斎院で、熱心にお勤めして、余念なく勤行に精進していらっしゃるということだ。
 「こんなふうに侮辱されたのが残念だ。どんな目にあっても平気なように思われて恥ずかしい。恋愛的な交際ではなしに、友人として同程度の趣味を解する人で、仲よくできる異性はこの人と斎院だけが私に残されていたのだが、今はもう尼になってしまわれた。ことに斎院などは尼僧の勤めをする一方の人になっておしまいになった。
  "Ito itaku koso hadukasime rare tare. Geni, kokoro-dukinasi ya! Sama-zama kokoro-bosoki yononaka no arisama wo, yoku mi-sugusi turu yau naru yo. Nabete no yo no koto ni te mo, hakanaku mono wo ihi-kahasi, toki-doki ni yose te, ahare wo mo siri, yuwe wo mo sugusa zu, yoso nagara no mutubi-kahasi tu beki hito ha, Saiwin to kono Kimi to koso ha nokori ari turu wo, kaku mina somuki-hate te, Saiwin hata, imiziu tutome te, magire naku okonahi ni simi tamahi ni ta' nari.
10.6.3  なほ、ここらの人のありさまを聞き見る中に、深く思ふさまに、さずがになつかしきことの、 かの人の御なずらひにだにもあらざりけるかな。女子を生ほし立てむことよ、いと難かるべきわざなりけり。
 やはり、大勢の女性の様子を見たり聞いたりした中で、思慮深い人柄で、それでいて心やさしい点では、あの方にご匹敵する人はいなかったなあ。女の子を育てることは、まことに難しいことだ。
 多くの女性を見てきているが、高い見識をお持ちになって、しかもなつかしいにおいの備わっているような点であの方に及ぶ人はなかった。女を教育するのはむずかしいものですよ。
  Naho, kokora no hito no arisama wo kiki miru naka ni, hukaku omohu sama ni, sasuga ni natukasiki koto no, kano Hito no ohom-nazurahi ni dani mo ara zari keru kana! Womnago wo ohosi-tate m koto yo, ito katakaru beki waza nari keri.
10.6.4  宿世などいふらむものは、目に見えぬわざにて、親の心に任せがたし。生ひ立たむほどの心づかひは、なほ力入るべかめり。よくこそ、あまたかたがたに心を乱るまじき契りなりけれ。年深くいらざりしほどは、さうざうしのわざや、さまざまに見ましかばとなむ、嘆かしきをりをりありし。
 宿世などと言うものは、目に見えないことなので、親の心のままにならない。成長して行く際の注意は、やはり力を入れねばならないようです。よくぞまあ、大勢の女の子に心配しなくてもよい運命であった。まだそれほど年を取らなかったころは、もの足りないことだ、何人もいたらと嘆かわしく思ったことも度々あった。
 夫婦になる宿命というものは、目に見えないもので、親の力でどうしようもないものだから、結婚するまでの女の子の教育に親は十分力を尽くすべきだと思う。私は娘を一人しか持たなくてその責任の少ないのがうれしい。まだ若くて人生のよくわからなかったころは、子の少ないことが寂しく思われもしたものですがね。
  Sukuse nado ihu ram mono ha, me ni miye nu waza ni te, oya no kokoro ni makase gatasi. Ohi-tata m hodo no kokoro-dukahi ha, naho tikara iru beka' meri. Yoku koso, amata kata-gata ni kokoro wo midaru maziki tigiri nari kere. Tosi hukaku ira zari si hodo ha, sau-zausi no waza ya, sama-zama ni mi masika ba to nam, nagekasiki wori-wori ari si.
10.6.5   若宮を、心して生ほし立てたてまつりたまへ。女御は、ものの心を深く知りたまふほどならで、 かく暇なき交らひをしたまへば、何事も心もとなき方にぞものしたまふらむ。御子たちなむ、なほ飽く限り人に 点つかるまじくて、世をのどかに過ぐしたまはむに、うしろめたかるまじき心ばせ、つけまほしきわざなりける。限りありて、 とざままうざまの後見まうくるただ人は、おのづからそれにも助けられぬるを」
 若宮を、注意してお育て申し上げて下さい。女御は、物の分別を十分おわきまえになる年頃でなくて、このようにお暇のない宮仕えをなさっているので、何事につけても頼りないといったふうでいらっしゃるでしょう。内親王たちは、やはりどこまでも人に後ろ指をさされるようなことなくして、一生をのんびりとお過ごしなさるように、不安でない心づかいを、付けたいものです。身分柄、あれこれと夫をもつ普通の女性であれば、自然と夫に助けられるものですが」
 まあ孫の内親王をよくお育てしておあげなさい。女御にょごはまだ大人になりきらないで宮廷へはいってしまったのだから、すべてがいまだに不完全なものだろうと思われる。姫宮の教育は最高の女性を作り上げる覚悟で、微瑕びかもない方にして、一生を御独身でお暮らしになってもあぶなげのない素養をつけたいものですね。結婚をすることになっている普通の家の娘はまた良人おっとさえりっぱであれば、それに助けられてゆくこともできますがね」
  Waka-Miya wo, kokoro si te ohosi-tate tatematuri tamahe. Nyougo ha, mono no kokoro wo hukaku siri tamahu hodo nara de, kaku itoma naki mazirahi wo si tamahe ba, nani-goto mo kokoro-motonaki kata ni zo monosi tamahu ram. Miko tati nam, naho aku kagiri hito ni ten tuka ru maziku te, yo wo nodoka ni sugusi tamaha m ni, usirometakaru maziki kokorobase, tuke mahosiki waza nari keru. Kagiri ari te, tozama-kauzama no usiromi maukuru tada-udo ha, onodukara sore ni mo tasuke rare nuru wo."
10.6.6  など聞こえたまへば、
 などと申し上げなさると、
 などと院がお言いになると、
  nado kikoye tamahe ba,
10.6.7  「 はかばかしきさまの御後見ならずとも、世にながらへむ限りは、見たてまつらぬやうあらじと思ふを、 いかならむ
 「しっかりしたしたご後見はできませんでも、世に生き永らえています限りは、是非ともお世話してさし上げたいと思っておりますが、どうなることでしょう」
 「りっぱなお世話はできませんでも、生きています間は姫宮のおためになりたい心でございますが、健康がこんなのではね」
  "Haka-bakasiki sama no ohom-usiromi nara zu to mo, yo ni nagara he m kagiri ha, mi tatematura nu yau ara zi to omohu wo, ika nara m?"
10.6.8  とて、なほものを心細げにて、かく心にまかせて、行なひをもとどこほりなくしたまふ人々を、うらやましく思ひきこえたまへり。
 と言って、やはり何か心細そうで、このように思いどおりに、仏のお勤めを差し障りなくなさっている方々を、羨ましくお思い申し上げていらっしゃった。
 と答えて夫人は心細いふうにわが身を思い、自由に信仰生活へはいることのできた人々をうらやましく思った。
  tote, naho mono wo kokoro-bosoge ni te, kaku kokoro ni makase te, okonahi wo mo todokohori naku sitamahu hito-bito wo, urayamasiku omohi kikoye tamahe ri.
10.6.9  「 尚侍の君に、さま変はりたまへらむ装束など、まだ裁ち馴れぬほどは訪らふべきを、袈裟などはいかに縫ふものぞ。 それせさせたまへ。一領は、 六条の東の君にものしつけむ。うるはしき法服だちては、うたて見目もけうとかるべし。さすがに、その心ばへ見せてを」
 「尚侍の君に、尼になられた衣装など、まだ裁縫に馴れないうちはお世話すべきであるが、袈裟などはどのように縫うものですか。それを作って下さい。一領は、六条院の東の君に申し付けよう。正式の尼衣のようでは、見た目にも疎ましい感じがしよう。そうはいっても、法衣らしいのが分かるのを」
 「尚侍の所は尼装束などもまだよくととのっていないことだろうから、早く私から贈りたいと思うが、袈裟けさなどというものはどんなふうにしてこしらえるものだろう。あなたがだれかに命じて縫わせてください。一そろいは六条の東の人にしてもらいましょう。あまりに法服らしくなっては見た感じもいやだろうから、その点を考慮して作るのですね」
  "Kam-no-Kimi ni, sama kahari tamahe ra m syauzoku nado, mada tati nare nu hodo ha toburahu beki wo, kesa nado ha ikani nuhu mono zo? Sore se sase tamahe. Hito-kudari ha, Roku-deu no Himgasi-no-Kimi ni monosi tuke m. Uruhasiki hohubuku-dati te ha, utate mi-me mo ke-utokaru besi. Sasuga ni, sono kokorobahe mise te wo."
10.6.10  など聞こえたまふ。
 などと申し上げなさる。
 と院はお言いになった。
  nado kikoye tamahu.
10.6.11  青鈍の一領を、ここにはせさせたまふ。 作物所の人召して、忍びて、尼の御具どものさるべきはじめのたまはす。御茵、上席、屏風、几帳などのことも、いと忍びて、わざとがましくいそがせたまひけり。
 青鈍の一領を、こちらではお作らせになる。宮中の作物所の人を呼んで、内々に、尼のお道具類で、しかるべき物をはじめとしてご下命なさる。御褥、上蓆、屏風、几帳などのことも、たいそう目立たないようにして、特別念を入れてご準備なさったのであった。
 青鈍あおにび色の一そろいを夫人は新尼君のために手もとで作らせた。院は御所付きの工匠をお呼び寄せになって、尼用の手道具の製作を命じたりしておいでになった。座蒲団ざぶとん上敷うわしき屏風びょうぶ几帳きちょうなどのこともすぐれた品々の用意をさせておいでになった。
  Awonibi no hito-kudari wo, koko ni ha se sase tamahu. Tukumo-dokoro no hito mesi te, sinobi te, ama no ohom-gu-domo no saru-beki hazime notamahasu. Ohom-sitone, uha-musiro, byaubu, kityau nado no koto mo, ito sinobi te, wazato-gamasiku isogase tamahi keri.
注釈807いといたくこそ以下「助けられぬるを」まで、源氏の詞。10.6.2
注釈808よそながらの睦び交はしつべき人は斎院とこの君とこそは『集成』は「さっぱりとした親しい付合いをすることのできる人は」。『完訳』は「離れていても親しくお付合いのできる人としては」と訳す。10.6.2
注釈809かくみな背き果てて斎院はたいみじうつとめて朝顔斎院の出家はここに初めて語られる。10.6.2
注釈810たまひにたなり「に」完了の助動詞。「た(る)」完了の助動詞、存続の意。「なり」伝聞推定の助動詞。10.6.2
注釈811かの人の御なずらひに朝顔斎院をさす。10.6.3
注釈812若宮を心して明石女御所生の女一の宮をさす。10.6.5
注釈813かく暇なき交らひをしたまへば帝の寵愛が厚く、里下がりもままならぬ状況をさす。10.6.5
注釈814点つかるまじくて欠点や後ろ指をさされるようなことなく。10.6.5
注釈815とざままうざまの後見まうくるただ人は『完訳』は「それぞれに相応の夫をもつ普通の女であれば」と訳す。10.6.5
注釈816はかばかしきさまの以下「いかならむ」まで、紫の上の詞。10.6.7
注釈817いかならむ『集成』は「どうなりますことやら。いつまでお世話できるか心もとないと、余命をあやぶむ」と注す。10.6.7
注釈818尚侍の君に以下「心ばへ見せてを」まで、源氏の詞。10.6.9
注釈819それせさせたまへ源氏、紫の上に朧月夜尚侍の袈裟を作ることを依頼する。10.6.9
注釈820六条の東の君にものしつけむ花散里に申し付けよう。花散里が裁縫にたけた女性であることは「少女」巻に語られている。10.6.9
注釈821作物所の人召して蔵人所に属し、宮中の調度類や細工物を作製する役所。その人たちに作製を私的に依頼する。10.6.11
Last updated 3/10/2002
渋谷栄一校訂(C)(ver.1-2-3)
Last updated 3/10/2002
渋谷栄一注釈(ver.1-1-3)
Last updated 12/29/2001
渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-2)
現代語訳
与謝野晶子
電子化
上田英代(古典総合研究所)
底本
角川文庫 全訳源氏物語
校正・
ルビ復活
門田裕志、小林繁雄(青空文庫)

2004年2月6日

渋谷栄一訳
との突合せ
若林貴幸、宮脇文経

2005年8月14日

Last updated 9/30/2002
Written in Japanese roman letters
by Eiichi Shibuya (C) (ver.1-3-2)
Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
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