29 行幸(大島本)


MIYUKI


光る源氏の太政大臣時代
三十六歳十二月から三十七歳二月までの物語



Tale of Hikaru-Genji's Daijo-Daijin era, from December at the age of 36 to February at the age of 37

2
第二章 光源氏の物語 大宮に玉鬘の事を語る


2  Tale of Hikaru-Genji  Genji tells about Tamakazura to her Grandmother

2.1
第一段 源氏、三条宮を訪問


2-1  Genji visits to Ohomiya in Samjo-palace

2.1.1   今はまして、忍びやかにふるまひたまへど、行幸に劣らずよそほしく、いよいよ光をのみ添へたまふ御容貌などの、この世に見えぬ 心地して、めづらしう見たてまつりたまふには、いとど御心地の悩ましさも、取り捨てらるる 心地して、起きゐたまへり。御脇息にかかりて、弱げなれど、ものなどいとよく聞こえたまふ。
 今は以前にもまして、目立たないようになさったが、行幸に負けないほど厳めしく立派で、ますます光輝くばかりのお顔立ちなどが、この世では見られないほどの感じがして、素晴らしいと拝見なさるにつけては、ますますご気分の悪さも、取り除かれたような気持ちがして、起きて座わりになった。御脇息に寄りかかりなさって、弱々しそうであるが、お話などはたいそうよく申し上げなさる。
  Ima ha masite, sinobiyaka ni hurumahi tamahe do, miyuki ni otora zu yoso-yosohosiku, iyo-iyo hikari wo nomi sohe tamahu ohom-katati nado no, konoyo ni miye nu kokoti si te, medurasiu mi tatematuri tamahu ni ha, itodo mi-kokoti no nayamasisa mo, tori-sute raruru kokoti si te, oki-wi tamahe ri. Ohom-kehusoku ni kakari te, yowage nare do, mono nado ito yoku kikoye tamahu.
2.1.2  「 けしうはおはしまさざりけるをなにがしの朝臣の心惑はして、おどろおどろしう 嘆ききこえさすめれば、いかやうにものせさせたまふにかとなむ、おぼつかながりきこえさせつる。内裏などにも、ことなるついでなき限りは参らず、朝廷に仕ふる人ともなくて籠もりはべれば、よろづうひうひしう、よだけくなりにてはべり。齢など、これよりまさる人、 腰堪へぬまで屈まりありく例、昔も今もはべめれど、あやしくおれおれしき本性に、添ふもの憂さになむはべるべき」
 「お悪くはいらっしゃいませんのに、某の朝臣が気を動転させて、仰々しくお嘆き申しているようでしたので、どのようにいらっしゃるのかと、ご心配申し上げておりました。宮中などにも、特別な場合でない限りは参内せず、朝廷に仕える人らしくもなく籠もっておりますので、何事も不慣れで大儀に思っております。年齢など、わたし以上の人で、腰が辛抱できないほど曲がっても動き回る例は、昔も今もございますようですが、妙に愚かしい性分の上に、物臭になったのでございましょう」
  "Kesiu ha ohasimasa zari keru wo, Nanigasi-no-Asom no kokoro madohasi te, odoro-odorosiu nageki kikoye sasu mere ba, ika yau ni monose sase tamahu ni ka to nam, obotukanagari kikoye sase turu. Uti nado ni mo, koto naru tuide naki kagiri ha mawira zu, Ohoyake ni tukahuru hito to mo naku te komori habere ba, yorodu uhi-uhisiu, yodakeku nari ni te haberi. Yohahi nado, kore yori masaru hito, kosi tahe nu made kagamari ariku tamesi, mukasi mo ima mo habe' mere do, ayasiku ore-oresiki honzyau ni, sohu mono-usa ni nam haberu beki."
2.1.3  など聞こえたまふ。
 などと申し上げなさる。
  nado kikoye tamahu.
2.1.4  「 年の積もりの悩みと思うたまへつつ、月ごろになりぬるを、今年となりては、頼み少なきやうにおぼえはべれば、今一度、かく見たてまつりきこえさすることもなくてやと、心細く思ひたまへつるを、今日こそ、またすこし延びぬる心地しはべれ。今は惜しみとむべきほどにもはべらず。 さべき人びとにも立ち後れ、世の末に残りとまれる類ひを、人の上にて、いと心づきなしと見はべりしかば、 出で立ちいそぎをなむ、思ひもよほされはべるに、この中将の、いとあはれにあやしきまで思ひあつかひ、心を騒がいたまふ見はべるになむ、さまざまにかけとめられて、今まで長びきはべる」
 「年老いたための病気と存じながら、ここ数か月になってしまいましたが、今年になってからは、望みも少なそうに思われますので、もう一度、このようにお目にかかりお話し申し上げることもないのではなかろうかと、心細く存じておりましたが、今日は、再びもう少し寿命も延びたような気が致します。今はもう惜しむほどの年ではございません。親しい人たちにも先立たれ、年老いて生き残っている例を、他人の身の上として、とても見苦しいと見ておりましたので、後世への出立の準備が、気になっておりますが、この中将が、とても真心こめて不思議なほどよくお世話し、心配してくださるのを見ましては、あれこれと心を引き留められて、今まで生き延びております」
  "Tosi no tumori no nayami to omou tamahe tutu, tuki-goro ni nari nuru wo, kotosi to nari te ha, tanomi sukunaki yau ni oboye habere ba, ima hito-tabi, kaku mi tatematuri kikoye sasuru koto mo naku te ya to, kokoro-bosoku omohi tamahe turu wo, kehu koso, mata sukosi nobi nuru kokoti si habere. Ima ha wosimi tomu beki hodo ni mo habera zu. Sa' beki hito-bito ni mo tati-okure, yo no suwe ni nokori tomare ru taguhi wo, hito no uhe ni te, ito kokoro-duki-nasi to mi haberi sika ba, idetati isogi wo nam, omohi moyohosa re haberu ni, kono Tyuuzyau no, ito ahare ni ayasiki made omohi atukahi, kokoro wo sawagai tamahu mi haberu ni nam, sama-zama ni kake-tome rare te, ima made nagabiki haberu."
2.1.5  と、ただ泣きに泣きて、御声のわななくも、をこがましけれど、さることどもなれば、いとあはれなり。
 と、ただお泣きになるばかりで、お声が震えているのも、ばかばかしく思うが、無理のないことなので、まことにお気の毒なことである。
  to, tada naki ni naki te, ohom-kowe no wananaku mo, wokogamasikere do, saru koto-domo nare ba, ito ahare nari.
注釈69今はまして太政大臣となった現在。「行幸に劣らず」に係る。2.1.1
注釈70心地して以下の主語は大宮。2.1.1
注釈71けしうはおはしまさざりけるを以下「もの憂さになむはべるべき」まで、源氏の詞。2.1.2
注釈72なにがしの朝臣の夕霧をいう。『集成』は「実名で言ったのをおぼめかしてこういう。「朝臣」は五位以上の人に対する敬称。ここでは、大宮に対する敬意から、その愛孫についてやや改まった言い方をする」と注す。2.1.2
注釈73嘆ききこえさすめれば「きこえさす」は大宮に対する敬意。2.1.2
注釈74腰堪へぬまで屈まりありく例『集成』は「金章腰に勝へざるに、傴僂して君門に入る」(白氏文集、秦中吟、不致仕)を指摘。『完訳』は「四皓の故事のように、老齢をおして朝廷に仕えた賢人たちをさす」と注す。2.1.2
注釈75年の積もりの悩みと以下「長びきはべる」まで、大宮の詞。2.1.4
注釈76さべき人びとにも立ち後れ親しい肉親をいう。大宮にとっては、夫の太政大臣や娘の葵の上に先立たれたことをさす。2.1.4
注釈77出で立ちいそぎをなむあの世への旅立ちの支度。2.1.4
2.2
第二段 源氏と大宮との対話


2-2  Genji talks with Ohomiya

2.2.1  御物語ども、昔今のとり集め聞こえたまふついでに、
 お話など、昔のこと今のことなどあれこれととりまぜて申し上げなさる折に、
  Ohom-monogatari-domo, mukasi ima no tori-atume kikoye tamahu tuide ni,
2.2.2  「 内の大臣は、日隔てず参りたまふことしげからむを、かかるついでに対面のあらば、いかにうれしからむ。いかで聞こえ知らせむと思ふことのはべるを、 さるべきついでなくては、対面もありがたければ、おぼつかなくてなむ」
 「内大臣は、日を置かず参上なさることは多いでしょうから、このような機会にお目にかかれたら、どんなに嬉しいことでしょう。ぜひともお知らせ申し上げたいと思うことがございますが、しかるべき機会がなくては、お目にかかることも難しいので、気になっています」
  "Uti-no-Otodo ha, hi hedate zu mawiri tamahu koto sigekara m wo, kakaru tuide ni taimen no ara ba, ikani uresikara m. Ikade kikoye sirase m to omohu koto no haberu wo, saru-beki tuide naku te ha, taimen mo arigatakere ba, obotukanaku te nam."
2.2.3  と聞こえたまふ。
 と申し上げなさる。
  to kikoye tamahu.
2.2.4  「 公事のしげきにや、私の心ざしの深からぬにや、さしもとぶらひものしはべらず。のたまはすべからむことは、何さまのことにかは。中将の恨めしげに思はれたることもはべるを、『 初めのことは知らねど、今はけに聞きにくくもてなすにつけて、 立ちそめにし名の、取り返さるるものにもあらず、をこがましきやうに、かへりては世人も言ひ漏らすなるを』などものしはべれば、 立てたるところ、昔よりいと解けがたき人の本性にて、心得ずなむ見たまふる」
 「公務が忙しいのでしょうか、孝心が深くないのでしょうか、それほど見舞いにも参りません。おっしゃりたいことは、どのようなことでしょうか。中将が恨めしく思っていることもございますが、『初めのことは知らないが、今となって二人を引き離そうとしたところで、いったん立った噂は、取り消せるものではなし、ばかげたようで、かえって世間の人も噂するというものを』などと言いましたが、一度言い出しことは、昔から後に引かない性格ですから、分かってくれないように見受けられます」
  "Ohoyake-goto no sigeki ni ya, watakusi no kokorozasi no hukakara nu ni ya, sasimo toburahi monosi habera zu. Notamahasu bekara m koto ha, nani-sama no koto ni ka ha? Tyuuzyau no uramesige ni omoha re taru koto mo haberu wo, "Hazime no koto ha sira ne do, ima ha keni kiki-nikuku motenasu ni tuke te, tati-some ni si na no, torikahesa ruru mono ni mo ara zu, wokogamasiki yau ni, kaheri te ha yo-hito mo ihi morasu naru wo." nado monosi habere ba, tate taru tokoro, mukasi yori ito toke gataki hito no honzyau ni te, kokoro-e zu nam mi tamahuru."
2.2.5  と、この中将の御ことと思して のたまへば、うち笑ひたまひて、
 と、この中将のこととお思いになっておっしゃるので、にっこりなさって、
  to, kono Tyuuzyau no ohom-koto to obosi te notamahe ba, uti-warahi tamahi te,
2.2.6  「 いふかひなきに許し捨てたまふこともやと聞きはべりて、 ここにさへなむかすめ申すやうありしかど、いと厳しう諌めたまふよしを見はべりし後、 何にさまで言をもまぜはべりけむと、人悪う悔い 思うたまへてなむ
 「今さら言ってもしかたのないことと、お許しになることもあろうかと聞きまして、わたくしまでがそれとなく口添え申したようなことがありましたが、たいそう厳しくお諌めになる旨を拝見しまして後は、どうしてそんなにまで口出しを致したのだろうかと、体裁悪く後悔致しております。
  "Ihukahinaki ni, yurusi sute tamahu koto mo ya to kiki haberi te, koko ni sahe nam kasume mausu yau ari sika do, ito kibisiu isame tamahu yosi wo mi haberi si noti, nani ni sa made koto wo mo maze haberi kem to, hito-waruu kuyi omou tamahe te nam.
2.2.7   よろづのことにつけて、清めといふことはべれば、いかがは、さもとり返しすすいたまはざらむとは思うたまへながら、かう口惜しき濁りの末に、待ちとり深う住むべき水こそ出で来がたかべい世なれ。何ごとにつけても、末になれば、落ちゆくけぢめこそやすくはべめれ。 いとほしう聞きたまふる
 万事につけて、清めということがございますので、何とかして、元通りにきれいさっぱり水に流してくださらないことがあろうかとは存じながら、このように残念ながら濁り淀んでしまった末には、いくら待ち受けても深く澄むような水というものは出て来にくいものなのでしょう。何事につけても、後になるほど、悪くなって行き易いもののようでございます。お気の毒なことと存じます」
  Yorodu no koto ni tuke te, kiyome to ihu koto habere ba, ikaga ha, samo torikahesi susui tamaha zara m to ha omou tamahe nagara, kau kutiwosiki nigori no suwe ni, mati-tori hukau sumu beki midu koso ide-ki gataka' bei yo nare. Nani-goto ni tuke te mo, suwe ni nare ba, oti-yuku kedime koso yasuku habe' mere. Itohosiu kiki tamahuru."
2.2.8  など申したまうて、
 などと申し上げて、
  nado mausi tamau te,
注釈78内の大臣は以下「おぼつかなくてなむ」まで、源氏の詞。『完訳』は「内大臣の訪問が稀なのを知りつつ言う。大宮の不満を誘発し、彼女の心を取りつけて内大臣との対面の機会を作ろうとする」と注す。2.2.2
注釈79さるべきついでなくては対面もありがたければ太政大臣の源氏と内大臣では、身分柄なかなかたやすく会う機会もむずかしい。2.2.2
注釈80公事の以下「見たまふる」まで、大宮の詞。2.2.4
注釈81初めのことは『集成』は「これより「言ひ漏らすなるを」まで、かつて内大臣に向って言った趣。二人のことは大宮の承認があってのことではないと、改めて強調する」。『完訳』は「「言ひ漏らすなるを」まで、内大臣への大宮の抗議」と注す。2.2.4
注釈82立ちそめにし名の、取り返さるるものにもあらず「群鳥の立ちにしわが名いまさらに事なしぶともしるしあらめや」(古今集恋三、六七四、読人しらず)。2.2.4
注釈83立てたるところ『完訳』は「昔から一度言い出したら後には引かない性格。内大臣の気性ゆえの不首尾として、わが息子を非難」と注す。2.2.4
注釈84いふかひなきに以下「いとほしう聞きたまふる」まで、源氏の詞。2.2.6
注釈85ここにさへなむかすめ申すやうありしかど『完訳』は「源氏の内大臣への口添え。これは物語には見えない」と注す。2.2.6
注釈86何にさまで言をもまぜはべりけむ主語は源氏。「ここにさへなむかすめ申やうありしかど」をさす。2.2.6
注釈87思うたまへてなむ下に「はべる」などの語句が省略。余意・余情表現。2.2.6
注釈88よろづのことにつけて、清めといふことはべれば『集成』は「以下、内大臣を嘲弄した言い方」と注す。2.2.7
注釈89いとほしう聞きたまふる内大臣のことを。2.2.7
校訂9 のたまへば のたまへば--の(の/+た)まへは 2.2.5
校訂10 許し 許し--ゆるして(て/$<朱>) 2.2.6
2.3
第三段 源氏、大宮に玉鬘を語る


2-3  Genji talks about Tamakazura to Ohomiya, her granddaughter

2.3.1  「 さるはかの知りたまふべき人をなむ、思ひまがふることはべりて、不意に尋ね取りてはべるを、その折は、 さるひがわざとも明かしはべらずありしかば、あながちにことの心を 尋ね返さふこともはべらで、ただ さるものの種の少なきを、かことにても、何かはと思うたまへ許して、 をさをさ睦びも見はべらずして、 年月はべりつるを、いかでか 聞こしめしけむ、内裏に仰せらるるやうなむある。
 「実は、あの方がお世話なさるはずの人を、思い違いがございまして、思いがけず捜し出しましたが、その時は、そうした間違いだとも言ってくれなかったものでしたから、しいて事情を詮索することもしませんで、ただそのような子どもが少ないので、口実であっても、何かまうものかと大目に見まして、少しも親身な世話もしませんで、年月が過ぎましたが、どのようにしてお聞きあそばしたのでしょうか、帝から仰せになることがございました。
  "Saruha, kano siri tamahu beki hito wo nam, omohi magahuru koto haberi te, hui ni tadune-tori te haberu wo, sono wori ha, saru higa-waza to mo akasi habera zu ari sika ba, anagati ni koto no kokoro wo tadune kahesahu koto mo habera de, tada saru mono no kusa no sukunaki wo, kakoto ni te mo, nanikaha to omou tamahe yurusi te, wosa-wosa mutubi mo mi habera zu si te, tosi-tuki haberi turu wo, ikadeka kikosimesi kem, Uti ni ohose raruru yau nam aru.
2.3.2   尚侍、宮仕へする人なくては、かの所のまつりごとしどけなく、女官なども 公事を仕うまつるに、たづきなく、こと乱るるやうになむありけるを、ただ今、主上にさぶらふ 故老の典侍二人、またさるべき人びと、さまざまに申さするを、はかばかしう選ばせたまはむ尋ねに、類ふべき人なむなき。
 尚侍として、宮仕えする者がいなくては、あの役所の仕事は取り締まれず、女官なども公務を勤めるのに頼り所がなく、事務が滞るようであったが、現在、帝付きの老齢の典侍二人や、また他に適当な人々が、それぞれに申し出ているが、立派な人をお選びあそばそうとするのに、その適任者がいない。
  Naisi-no-Kami, Miya-dukahe suru hito naku te ha, kano tokoro no maturigoto sidokenaku, nyokan nado mo ohoyake-goto wo tukau-maturu ni, tadukinaku, koto midaruru yau ni nam ari keru wo, tada-ima, Uhe ni saburahu korau no Suke hutari, mata saru-beki hito-bito, sama-zama ni mausa suru wo, haka-bakasiu eraba se tamaha m tadune ni, taguhu beki hito nam naki.
2.3.3  なほ、家高う、人のおぼえ軽からで、 家のいとなみたてたらぬ人なむ、いにしへよりなり来にける。 したたかにかしこきかたの選びにては、 その人ならでも、年月の労になりのぼる類ひあれど、しか類ふべきもなしとならば、おほかたのおぼえをだに選らせたまはむとなむ、うちうちに仰せられたりしを、 似げなきこととしも、何かは思ひたまはむ
 やはり、家柄も高く、世間の評判も軽くはなく、家の生活の心配のない人が、昔からなってきている。仕事ができて賢い人という点での選考ならば、そういった人でなくとも、長年の功労によって昇任する例もあるが、それに当たる者もいないとなると、せめて世間一般の評判によってでもお選びあそばそうと、内々に仰せられましたが、似つかわしくないことだと、どうしてお思いになるでしょう。
  Naho, ihe takau, hito no oboye karokara de, ihe no itonami tate tara nu hito nam, inisihe yori nari ki ni keru. Sitataka ni kasikoki kata no erabi ni te ha, sono hito nara de mo, tosi-tuki no rau ni nari noboru taguhi are do, sika taguhu beki mo nasi to nara ba, ohokata no oboye wo dani era se tamaha m to nam, uti-uti ni ohose rare tari si wo, nigenaki koto to simo, nani ka ha omohi tamaha m?
2.3.4   宮仕へは、さるべき筋にて、上も下も思ひ及び、出で立つこそ心高きことなれ。公様にて、さる所のことをつかさどり、まつりごとのおもぶきをしたため知らむことは、 はかばかしからず、あはつけきやうにおぼえたれど、などかまたさしもあらむ。ただ、わが身のありさまからこそ、よろづのことはべめれと、思ひ弱りはべりしついでになむ。
 宮仕えというものは、帝の恩顧を期待して、身分の高い者も低い者も出仕するというのが、理想が高いというものです。一般職の役職に就いて、そうした所の役所を取り仕切り、公事に関する事務を処理するようなことは、何でもない、重々しくないように思われていますが、どうしてまたそのようなことがありましょうか。ただ、自分自身の心がけ次第で、万事決まるようでございましょうというふうに、気持ちが傾いてきましたところです。
  Miya-dukahe ha, saru-beki sudi ni te, kami mo simo mo omohi-oyobi, ide-tatu koso kokoro-takaki koto nare. Ohoyake-zama ni te, saru tokoro no koto wo tukasadori, maturi-goto no omobuki wo sitatame sira m koto ha, haka-bakasikara zu, ahatukeki yau ni oboye tare do, nado ka mata sasimo ara m? Tada, waga-mi no arisama kara koso, yorodu no koto habe' mere to, omohi yowari haberi si tuide ni nam.
2.3.5   齢のほどなど問ひ聞きはべれば、かの御尋ねあべいことになむありけるを、いかなべいことぞとも、 申しあきらめまほしうはべる。ついでなくては対面はべるべきにもはべらず。やがてかかることなむと、あらはし申すべきやうを思ひめぐらして、 消息申ししを御悩みにことづけて、もの憂げにすまひたまへりし。
 年齢を尋ねましたところ、あの大臣がお引き取りになるはずの人であることが分かりましたので、どうしたらよいことかと、はっきりとご相談申し上げたいと存じております。何かの機会がなくてはお目にかかることもございません。すぐにこれこれしかじかのことをと、打ち明けて申し上げるべく手立てを考えて、お手紙を差し上げたのですが、ご病気のことを口実にして、億劫がって辞退なさいました。
  Yohahi no hodo nado tohi-kiki habere ba, kano ohom-tadune abei koto ni nam ari keru wo, ika na' bei koto zo to mo, mausi akirame mahosiu haberu. Tuide naku te ha taimen haberu beki ni mo habera zu. Yagate kakaru koto nam to, arahasi mausu beki yau wo omohi megurasi te, seusoko mausi si wo, ohom-nayami ni kotoduke te, mono-uge ni sumahi tamahe ri si.
2.3.6  げに、折しも便なう思ひとまりはべるに、 よろしうものせさせたまひければ、なほ、かう思ひおこせるついでにとなむ思うたまふる。さやうに伝へものせさせたまへ」
 なるほど、時期も悪いと思い止まっていたのですが、ご病気もよろしくいらっしゃるようですから、やはり、このように考え出しました機会にと存じております。そのようにお伝え下さいませ」
  Geni, wori simo bin-nau omohi tomari haberu ni, yorosiu monose sase tamahi kere ba, naho, kau omohi okose ru tuide ni to nam omou tamahuru. Sayau ni tutahe monose sase tamahe."
2.3.7  と聞こえたまふ。宮、
 と申し上げなさる。宮、
  to kikoye tamahu. Miya,
2.3.8  「 いかに、いかに、はべりけることにか。かしこには、さまざまに かかる名のりする人を、厭ふことなく拾ひ集めらるめるにいかなる心にて、かくひき違へかこちきこえらるらむ。この年ごろ、うけたまはりて、なりぬるにや」
 「それは、それは、一体どうしたことでございましょうか。あちらでは、いろいろとこのような名乗って出て来る人を、かまわずに迎え取っているようですが、どのような考えで、このように間違えて申し出たのでしょう。近年になってから、お噂を伺って、お子になったのでしょうか」
  "Ika ni, ika ni, haberi keru koto ni ka? Kasiko ni ha, sama-zama ni kakaru nanori suru hito wo, itohu koto naku hirohi atume raru meru ni, iaka naru kokoro ni te, kaku hiki-tagahe kakoti kikoye raru ram? Kono tosi-goro, uketamahari te, nari nuru ni ya?"
2.3.9  と、聞こえたまへば、
 と、お尋ねなさるので、
  to kikoye tamahe ba,
2.3.10  「 さるやうはべることなり。詳しきさまは、かの大臣もおのづから 尋ね聞きたまうてむくだくだしき直人の仲らひに似たることにはべれば、明かさむにつけても、らうがはしう人言ひ伝へはべらむを、 中将の朝臣にだに、まだわきまへ知らせはべらず。人にも漏らさせたまふまじ」
 「それにはそれなりの訳がございますのです。詳しい事情は、あの大臣も自然とお分かりになるでしょう。ごたごたした身分の女との間によくあるような話ですから、事情を明かしても、喧しく人が噂するでしょうから、中将の朝臣にさえ、まだ事情を知らせておりません。人にはお漏らしになりませんように」
  "Saru yau haberu koto nari. Kuhasiki sama ha, kano Otodo mo onodukara tadune kiki tamau te m. Kuda-kudasiki naho-bito no nakarahi ni ni taru koto ni habere ba, akasa m ni tuke te mo, raugahasiu hito ihi tutahe habara m wo, Tyuuzyau-no-Asom ni dani, mada wakimahe sira se habera zu. Hito ni mo mora sase tamahu mazi."
2.3.11  と、御口かためきこえたまふ。
 と、お口止め申し上げなさる。
  to, ohom-kuti katame kikoye tamahu.
注釈90さるは以下「伝へものせさせたまへ」まで、源氏の詞。2.3.1
注釈91かの知りたまふべき人をなむ内大臣がお世話すべき人を、の意。2.3.1
注釈92さるひがわざとも明かしはべらずありしかば『完訳』は「当人がそうしたまちがいだとも打ち明けてくれませんでしたので」「玉鬘やその女房らが。源氏自身の誤認でないとして、責任転嫁」と注す。「はべり」は玉鬘の行為に対して用いた丁寧語。2.3.1
注釈93尋ね返さふこともはべらで主語は源氏。この「はべり」は自分自身の行為に対して用いた丁寧語。2.3.1
注釈94さるものの種子供をさす。2.3.1
注釈95をさをさ睦びも見はべらず『完訳』は「親身な世話をせず。玉鬘と愛人関係などではないことを弁明」。2.3.1
注釈96年月はべりつるを玉鬘が源氏に引き取られて二年たつ。2.3.1
注釈97聞こしめしけむ主語は帝。2.3.1
注釈98尚侍宮仕へする人なくては以下「選せたまはむ」まで、帝の詞を引用。間接話法が混じる。定員二名。うち一名は朧月夜がなっている。もう一名が欠員。2.3.2
注釈99故老の典侍二人典侍は定員四名。うち、二人が尚侍への任官を申請している。2.3.2
注釈100家のいとなみたてたらぬ人自家の生活を顧みなくてもよい恵まれた人。裏返して言えば、世間には自家の生活のために宮仕えしている者がいるということである。2.3.3
注釈101したたかにかしこき『集成』は「仕事ができてすぐれている」。『完訳』は「しっかりしていて賢明な」と訳す。2.3.3
注釈102その人ならでも「家高う」以下「家のいとなみたてたらぬ人」をさす。2.3.3
注釈103似げなきこととしも何かは思ひたまはむ主語は内大臣。反語表現。きっと賛成してくれよう、の意。2.3.3
注釈104宮仕へはさるべき筋にて『集成』は「宮仕えというものは、しかるべき地位について(女御、更衣になって)」。『完訳』は「宮仕えというものは、主上のご寵愛をお受けするものとして」と注す。2.3.4
注釈105はかばかしからずあはつけきやうに『集成』は「帝寵を受けるのなければ、何の意味もないということ」。『完訳』は「女は公的世界にかかわらないとする一般論を、勅命ゆえに否定」と注す。2.3.4
注釈106齢のほどなど問ひ聞きはべれば源氏が玉鬘に。2.3.5
注釈107申しあきらめまほしうはべる連体中止法。余意・余情表現。2.3.5
注釈108消息申ししを源氏が内大臣に。2.3.5
注釈109御悩みにことづけて内大臣は母大宮の病気を理由に。2.3.5
注釈110よろしうものせさせたまひければ主語は大宮。2.3.6
注釈111いかにいかにはべりけることにか以下「なりぬるにや」まで、大宮の詞。「ことにか」の下に「さぶらはむ」などの語句が省略。2.3.8
注釈112かかる名のりする人を、厭ふことなく拾ひ集めらるめるに近江の君以外にも名乗り出て来た者がいることをいう。「に」接続助詞、逆接の意。以下、文脈は源氏方の玉鬘に移る。2.3.8
注釈113いかなる心にてかくひき違へかこちきこえらるらむ主語は玉鬘。2.3.8
注釈114さるやうはべることなり以下「漏らさせたまふまじ」まで、源氏の詞。2.3.10
注釈115尋ね聞きたまうてむ「てむ」連語。「て」完了の助動詞、確述の意。「む」推量の助動詞、推量の意。確信に満ちた推量のニュアンス。2.3.10
注釈116くだくだしき直人の仲らひに似たることにはべれば『集成』は「一人の女に二人が通じて、子供のことについて勘違いをしたといったこと」。『完訳』は「女の産んだ子を間違えるような、身分低い者の色恋に似た話。夕顔の一件をさすが、言明しない」と注す。2.3.10
注釈117中将の朝臣にだに夕霧をさす。2.3.10
校訂11 公事を 公事を--おほやけことをを(を<後>/#) 2.3.2
2.4
第四段 大宮、内大臣を招く


2-4  Ohomiya invites Nai-Daijin, her son

2.4.1  内の大殿、かく三条の宮に太政大臣渡りおはしまいたるよし、聞きたまひて、
 内大臣、このように三条宮に太政大臣がお越しになっていらっしゃる由、お聞きになって、
  Uti-no-Ohoidono, kaku Samdeu-no-miya ni Ohoki-Otodo, watari ohasi mai taru yosi, kiki tamahi te,
2.4.2  「 いかに寂しげにていつかしき御さまを 待ちうけきこえたまふらむ御前どももてはやし、御座ひきつくろふ人も、はかばかしうあらじかし。中将は、御供にこそものせられつらめ」
 「どんなに人少なの状態で、威勢の盛んな御方をお迎え申されているのだろう。御前駆どもを接待し、お座席を、整える女房も、きっと気の利いた者はいないだろう。中将は、お供をなさっていることだろう」
  "Ikani sabisige ni te, itukasiki ohom-sama wo mati-uke kikoye tamahu ram? Go-zen-domo mote-hayasi, o-masi hiki-tukurohu hito mo, haka-bakasiu ara zi kasi. Tyuuzyau ha, ohom-tomo ni koso monose rare tura me."
2.4.3  など、おどろきたまうて、御子どもの君達、 睦しうさるべきまうち君たち、たてまつれたまふ。
 などと、驚きなさって、ご子息の公達や、親しく出入りしているしかるべき廷臣たちを、差し向けなさる。
  nado, odoroki tamau te, mi-ko-domo no kimi-tati, mutumasiu saru-beki Mauti-Gimi-tati, tatemature tamahu.
2.4.4  「 御くだもの、御酒など、さりぬべく参らせよ。みづからも参るべきを、かへりてもの騒がしきやうならむ」
 「御果物や、御酒など、しかるべく差し上げよ。自分自身も参上しなければならないが、かえって大騷ぎになるだろう」
  "Ohom-kudamono, ohom-miki nado, sari-nu-beku mawira se yo. Midukara mo mawiru beki wo, kaheri te mono-sawagasiki yau nara m."
2.4.5  などのたまふほどに、大宮の御文あり。
 などとおっしゃているところに、大宮のお手紙がある。
  nado notamahu hodo ni, Oho-Miya no ohom-humi ari.
2.4.6  「 六条の大臣の訪らひに渡りたまへるを、もの寂しげにはべれば、 人目のいとほしうも、かたじけなうもあるを、ことことしう、かう聞こえたるやうにはあらで、渡りたまひなむや。対面に 聞こえまほしげなることもあなり
 「六条の大臣がお見舞いにいらっしゃっているが、人少なな感じが致しますので、人目も体裁も悪く、もったいなくもあるので、仰々しくこのように申し上げたようにではなく、お越しになりませんか。お目にかかって申し上げたいそうなこともあるそうです」
  "Rokudeu-no-Otodo no toburahi ni watari tamahe ru wo, mono-sabisige ni habere ba, hito-me no itohosiu mo, katazikenau mo aru wo, koto-kotosiu, kau kikoye taru yau ni ha ara de, watari tamahi na m ya? Taimen ni kikoye mahosige naru koto a' nari."
2.4.7  と聞こえたまへり。
 と、お申し上げなさった。
  to kikoye tamahe ri.
2.4.8  「 何ごとにかはあらむ。この姫君の御こと、中将の愁へにや」と思しまはすに、「 宮もかう御世残りなげにて、このことと切にのたまひ、大臣も憎からぬさまに一言うち出で 恨みたまはむに、とかく申しかへさふことえあらじかし。 つれなくて思ひ入れぬを見るにはやすからず、さるべきついであらば、人の御言になびき顔にて許してむ」と思す。
 「どのようなことだろうか。この姫君のおんこと、中将の苦情だろうか」とお考えめぐらしになって、「宮もこのように余命少なげで、このことをしきりにおっしゃり、大臣も穏やかに一言口に出して訴えておっしゃるなるば、とやかく反対申すことはしまい。平気な顔をして深く思い悩んでいないのを見るのは面白くないし、適当な機会があったら、相手のお言葉に従った顔をして二人の仲を許そう」とお考えになる。
  "Nani-goto ni ka ha ara m? Kono Hime-Gimi no ohom-koto, Tyuuzyau no urehe ni ya?" to obosi-mahasu ni, "Miya mo kau mi-yo nokori nage ni te, kono koto to seti ni notamahi, Otodo mo nikukara nu sama ni hito-koto uti-ide urami tamaha m ni, tokaku mausi-kahesahu koto e ara zi kasi. Turenaku te omohi-ire nu wo miru ni ha yasukara zu, saru-beki tuide ara ba, hito no ohom-koto ni nabiki-gaho ni te yurusi te m." to obosu.
2.4.9  「御心をさしあはせてのたまはむこと」と思ひ寄りたまふに、「いとど否びどころなからむが、また、などかさしもあらむ」とやすらはるる、 いとけしからぬ御あやにく心なりかし。「 されど、宮かくのたまひ、大臣も対面すべく待ちおはするにや、かたがたにかたじけなし。参りてこそは、御けしきに従はめ」
 「お二人が心を合わせておっしゃろうとすることだな」とお思いになると、「ますます反対のしようのないことだが、また、どうしてすぐに承知する必要があろうか」と躊躇されるのは、じつによからぬあいにくなご性分である。「しかし、宮がこのようにおっしゃり、大臣も会おうとお待ちになっているとか、どちらに対しても恐れ多い。参上してからご意向に従おう」
  "Mi-kokoro wo sasi-ahase te notamaha m koto." to omohi-yori tamahu ni, "Itodo inabi dokoro nakara m ga, mata, nadoka sasimo ara m?" to yasuraha ruru, ito kesikara nu ohom-ayaniku gokoro nari kasi. "Saredo, Miya kaku notamahi, Otodo mo taimen su beku mati ohasuru ni ya, kata-gata ni katazikenasi. Mawiri te koso ha, mi-kesiki ni sitagaha me."
2.4.10  など思ほしなりて、御装束心ことにひきつくろひて、御前などもことことしきさまにはあらで渡りたまふ。
 などとお考え直して、ご装束を特に気をつけ整えなさって、御前駆なども仰々しくなくしてお出かけになる。
  nado omohosi nari te, ohom-syauzoku kokoro koto ni hiki-tukurohi te, go-zen nado mo koto-kotosiki sama ni ha ara de watari tamahu.
注釈118いかに寂しげにて以下「ものせられつらめ」まで、内大臣の詞。2.4.2
注釈119いつかしき御さまを源氏の様子。2.4.2
注釈120待ちうけきこえたまふらむ「らむ」推量の助動詞、視界外推量。内大臣が離れた所から推量しているニュアンス。2.4.2
注釈121御前ども源氏の御前の前駆の人々。2.4.2
注釈122睦しうさるべきまうち君たち『集成』は「摂関家などの家司を勤めている殿上人」と注す。2.4.3
注釈123御くだもの以下「物騒がしきやうならむ」まで、内大臣の詞。2.4.4
注釈124六条の大臣の以下「こともあなり」まで、大宮の手紙文。2.4.6
注釈125人目のいとほしうもかたじけなうもあるを源氏に対して。「を」接続助詞、原因理由を表す、順接の意。2.4.6
注釈126聞こえまほしげなることもあなり「聞こえ」の主語は源氏。「なる」伝聞推定の助動詞、大宮の推定。「なり」断定の助動詞。2.4.6
注釈127何ごとにかはあらむ以下「中将の愁へにや」まで、内大臣の心中文。下に「あらむ」などの語句が省略された形。2.4.8
注釈128宮もかう御世残りなげにて以下「なびき顔にて許してむ」まで、内大臣の心中文。2.4.8
注釈129恨みたまはむに『完訳』は「源氏が言葉に出し懇願するのを期待。この「恨む」は哀訴する意」と注す。2.4.8
注釈130つれなくて思ひ入れぬを主語は夕霧。夕霧の態度。2.4.8
注釈131いとけしからぬ御あやにく心なりかし『集成』は「草子地」。『完訳』は「源氏に対抗する内大臣の心を印象づける、語り手の評」と注す。2.4.9
注釈132されど宮かく以下「従はめ」まで、内大臣の心中文。2.4.9
校訂12 いつかしき いつかしき--いつく(く/$か<朱>)しき 2.4.2
2.5
第五段 内大臣、三条宮邸に参上


2-5  Nai-Daijin comes to Samjo-palace accepting her invitation

2.5.1  君達いとあまた引きつれて入りたまふさま、ものものしう頼もしげなり。丈だちそぞろかにものしたまふに、太さもあひて、いと 宿徳に、面もち、歩まひ、大臣といはむに足らひたまへり。
 ご子息方をたいそう大勢引き連れてお入りになる様子、堂々として頼もしげである。背丈も高くていらっしゃるうえに、肉づきも釣り合って、たいそう落ち着いて威厳があり、お顔つき、歩き方、大臣というに十分でいらっしゃる。
  Kimi-tati ito amata hiki-ture te iri tamahu sama, mono-monosiu tanomosige nari. Take-dati sozoroka ni monosi tamahu ni, hutosa mo ahi te, ito siutoku ni, omo-moti, ayumahi, Otodo to iha m ni tarahi tamahe ri.
2.5.2  葡萄染の御指貫、桜の下襲、いと長うは尻引きて、ゆるゆるとことさらびたる御もてなし、 あなきらきらしと見えたまへるに、六条殿は、桜の唐の綺の御直衣、今様色の御衣ひき重ねて、しどけなき大君姿、いよいよたとへむものなし。光こそまさりたまへ、 かうしたたかにひきつくろひたまへる御ありさまになずらへても見えたまはざりけり
 葡萄染の御指貫、桜の下襲、たいそう長く裾を引いて、ゆったりとことさらに振る舞っていらっしゃるのは、ああ何とご立派なとお見えになるが、六条殿は、桜の唐の綺の御直衣、今様色の御衣を重ねて、くつろいだ皇子らしい姿が、ますます喩えようもない。一段と光輝いていらっしゃるが、このようにきちんと衣装を整えていらっしゃるご様子には、比べものにならないお姿であった。
  Ebi-zome no ohom-sasinuki, sakura no sita-gasane, ito nagau ha siri hiki te, yuru-yuru to kotosarabi taru ohom-motenasi, ana kira-kirasi to miye tamahe ru ni, Rokudeu-dono ha, sakura no kara no ki no ohom-nahosi, imayau-iro no ohom-zo hiki-kasane te, sidokenaki Ohokimi-sugata, iyo-iyo tatohe m mono nasi. Hikari koso masari tamahe, kau sitataka ni hiki-tukurohi tamahe ru ohom-arisama ni, nazurahe te mo miye tamaha zari keri.
2.5.3  君達次々に、いとものきよげなる御仲らひにて、集ひたまへり。藤大納言、春宮大夫など、今は聞こゆる子どもも、皆なり出でつつものしたまふ。おのづから、わざともなきに、おぼえ高くやむごとなき殿上人、蔵人頭、五位の蔵人、近衛の中、少将、弁官など、人柄はなやかにあるべかしき、十余人集ひたまへれば、いかめしう、次々のただ人も多くて、 土器あまたたび流れ、皆酔ひになりて、おのおのかう幸ひ人にすぐれたまへる 御ありさまを物語にしけり。
 ご子息たちは次々と、まことに美しいご兄弟で、集まっていらっしゃる。藤大納言、春宮大夫などと、今では申す方のご子息方も、みな大きくなってお供していらっしゃる。自然と、特別ではないが、評判が高く身分の高い殿上人、蔵人頭、五位の蔵人、近衛の中将、少将、弁官など、人柄が派手で立派な、十何人が集まっていらっしゃるので、堂々としていて、それ以下の普通の人も多くいるので、杯が何回も回り、みな酔ってしまって、それぞれがこのように幸福が誰よりも勝れていらっしゃるご境遇を話題にしていた。
  Kimi-tati tugi-tugi ni, ito mono-kiyoge naru ohom-nakarahi ni te, tudohi tamahe ri. Tou-Dainagon, Touguu-no-Daibu nado, ima ha kikoyuru kodomo mo, mina nari-ide tutu monosi tamahu. Onodukara, wazato mo naki ni, oboye takaku yamgotonaki Tenzyau-bito, Kurahito-no-Tou, go-wi no Kuraudo, Konowe-no-Tyuu, Seu-syau, Benkwan nado, hitogara hanayaka ni aru bekasiki, zihu-yo-nin tudohi tamahe re ba, ikamesiu, tugi-tugi no tadahudo mo ohoku te, kaharake amata tabi nagare, mina wehi ni nari te, ono-ono kau saihahi hito ni sugure tamahe ru mi-arisama wo monogatari ni si keri.
注釈133宿徳に宿徳。『集成』は「老成して威厳のあるさま」。『新大系』は「「しくとく」の音便形。徳を積んだ人、転じて貫禄のあるさま」と注す。2.5.1
注釈134あなきらきらしと見えたまへるに以下、語り手の感情移入の表現が混じる。2.5.2
注釈135かうしたたかにひきつくろひたまへる御ありさまに内大臣の服装をいう。2.5.2
注釈136なずらへても見えたまはざりけり服装の華美な点では内大臣の方が勝っていたという意。2.5.2
注釈137土器あまたたび流れ『完訳』は「上座から同じ盃を三度廻らすのが常。それ以上に廻る盛んさ」と注す。2.5.3
注釈138御ありさまを大宮の幸運をさす。2.5.3
2.6
第六段 源氏、内大臣と対面


2-6  Genji meets to Nai-Daizin

2.6.1  大臣も、めづらしき御対面に、昔のこと思し出でられて、よそよそにてこそ、はかなきことにつけて、挑ましき御心も添ふべかめれ、さし向かひきこえたまひては、かたみにいとあはれなることの数々思し出でつつ、例の、隔てなく、昔今のことども、年ごろの御物語に、日暮れゆく。 御土器など勧め参りたまふ
 大臣も、ひさしぶりのご対面に、昔のことを自然と思い出されて、離れていてこそ、ちょっとしたことにつけても、競争心も起きるようだが、向かい合ってお話し申し上げなさると、お互いにたいそうしみじみとしたことの数々が思い出されなさって、いつもの、心の隔てなく、昔や今のことがらや、長年のお話しに、日が暮れて行く。お杯などお勧め申し上げなさる。
  Otodo mo, medurasiki go-taimen ni, mukasi no koto obosi-ide rare te, yoso-yoso ni te koso, hakanaki koto ni tuke te, idomasiki mi-kokoro mo sohu beka' mere, sasi-mukasi kikoye tamahi te ha, katami ni ito ahare naru koto no kazu-kazu obosi-ide tutu, rei no, hedate naku, mukasi ima no koto-domo, tosi-goro no ohom-monogatari ni, hi kure yuku. Ohom-kaharake nado susume mawiri tamahu.
2.6.2  「 さぶらはでは悪しかりぬべかりけるを、召しなきに憚りて。うけたまはり過ぐしてましかば、御勘事や添はまし」
 「お見舞いに伺わなくてはいけないことでしたが、お呼びがないので遠慮致しておりまして。お越しを承りながら参りませんでしたら、お叱り事が増えたことでしょうが」
  "Saburaha de ha asikari nu bekari keru wo, mesi naki ni habakari te. Uketamahari sugusi te masika ba, Ohom-kauzi ya soha masi."
2.6.3  と申したまふに、
 とお申し上げになると、
  to mausi tamahu ni,
2.6.4  「 勘当は、こなたざまになむ。勘事と思ふこと多くはべる」
 「お叱りは、こちらの方です。お怒りだと思うことがたくさんございます」
  "Kandau ha, konata zama ni nam. Kauzi to omohu koto ohoku haberu."
2.6.5  など、けしきばみたまふに、 このことにやと思せば、わづらはしうて、かしこまりたるさまにてものしたまふ。
 などと、意味ありげにおっしゃると、あの姫君のことだろうかとお思いになって、厄介なことだと、恐縮した態度でいらっしゃる。
  nado, kesiki-bami tamahu ni, kono koto ni ya to obose ba, wadurahasiu te, kasikomari taru sama ni te monosi tamahu.
2.6.6  「 昔より、公私のことにつけて、心の隔てなく、大小のこと聞こえうけたまはり、 羽翼を並ぶるやうにて、朝廷の御後見をも仕うまつると なむ思うたまへしを、末の世となりて、そのかみ思うたまへし本意なきやうなること、うち交りはべれど、うちうちの 私事にこそは
 「昔から、公私の事柄につけて、心に隔てなく、大小のことを申し上げたり承ったりして、羽翼を並べるようにして、朝廷の御補佐も致そうと存じておりましたが、年月がたちまして、その当時考えておりました気持ちと違うようなこと、時々出て来ましたが、内々の私事でしかありません。
  "Mukasi yori, ohoyake watakusi no koto ni tuke te, kokoro no hedate naku, dai-seu no koto kikoye uketamahari, hane wo naraburu yau ni te, Ohoyake no ohom-usiromi wo mo tukau-maturu to nam omou tamahe si wo, suwe no yo to nari te, sono-kami omou tamahe si ho'i naki yau naru koto, uti-maziri habere do, uti-uti no watakusi-goto ni koso ha.
2.6.7  おほかたの心ざしは、さらに移ろふことなくなむ。何ともなくて積もりはべる年齢に添へて、いにしへのことなむ恋しかりけるを、対面賜はることもいとまれにのみはべれば、 こと限りありて、世だけき御ふるまひとは思うたまへながら、親しきほどには、その御勢ひをも、引きしじめたまひてこそは、訪らひものしたまはめとなむ、 恨めしき折々はべる」
 それ以外のことでは、まったく変わるところはありません。特に何ということもなく年をとって行くにつれて、昔のことが懐しくなったのに、お目にかかることもほとんどなくなって行くばかりですので、身分柄きまりがあって、威儀あるお振る舞いをしなければとは存じながらも、親しい間柄では、そのご威勢もお控え下さって、お訪ね下さったらよいのにと、恨めしく思うことが度々ございます」
  Ohokata no kokorozasi ha, sarani uturohu koto naku nam. Nani to mo naku te tumori haberu tosi yohahi ni sohe te, inisihe no koto nam kohisikari keru wo, taimen tamaharu koto mo ito mare ni nomi habere ba, koto kagiri ari te, yo-dakeki ohom-hurumahi to ha omou tamahe nagara, sitasiki hodo ni ha, sono ohom-ikihohi wo mo, hiki-sizime tamahi te koso ha, toburahi monosi tamaha me to nam, uramesiki wori-wori haberu."
2.6.8  と聞こえたまへば、
 とお申し上げなさると、
  to kikoye tamahe ba,
2.6.9  「 いにしへは、げに面馴れて、あやしくたいだいしきまで馴れさぶらひ、心に隔つることなく 御覧ぜられしを、朝廷に仕うまつりし際は、 羽翼を並べたる数にも思ひはべらで うれしき御かへりみをこそ、はかばかしからぬ身にて、かかる位に及びはべりて、朝廷に仕うまつりはべることに添へても、思うたまへ知らぬにははべらぬを、齢の積もりには、げにおのづから うちゆるぶことのみなむ、多くはべりける
 「昔は、おっしゃる通りしげしげお会いして、何とも失礼なまでにいつもご一緒申して、心に隔てることなくお付き合いいただきましたが、朝廷にお仕えした当初は、あなたと羽翼を並べる一人とは思いもよりませんで、嬉しいお引き立てをば、大したこともない身の上で、このような地位に昇りまして、朝廷にお仕え致しますことに合わせても、有り難いと存じませぬのではありませんが、年をとりますと、おっしゃる通りつい怠慢になることばかりが、多くございました」
  "Inisihe ha, geni omo-nare te, ayasiku tai-daisiki made nare saburahi, kokoro ni hedaturu koto naku go-ran-ze rare si wo, Ohoyake ni tukau-maturi si kiha ha, hane wo narabe taru kazu ni mo omohi habera de, uresiki ohom-kaherimi wo koso, haka-bakasikara nu mi ni te, kakaru kurawi ni oyobi haberi te, Ohoyake ni tukau-maturi haberu koto ni sohe te mo, omou tamahe sira nu ni ha habera nu wo, yohahi no tumori ni ha, geni onodukara uti-yuruburu koto nomi nam, ohoku haberi keru."
2.6.10  などかしこまり申したまふ。
 などと、お詫びを申し上げなさる。
  nado kasikomari mausi tamahu.
2.6.11  そのついでに、 ほのめかし出でたまひてけり。大臣、
 その機会に、ちらと姫君のことをおっしゃったのであった。内大臣、
  Sono tuide ni, honomekasi-ide tamahi te keri. Otodo,
2.6.12  「 いとあはれに、めづらかなることにもはべるかな」と、まづうち泣きたまひて、「 そのかみより、いかになりにけむと尋ね思うたまへしさまは、 何のついでにかはべりけむ、愁へに堪へず、 漏らし聞こしめさせし心地なむしはべる。今かく、 すこし人数にもなりはべるにつけてはかばかしからぬ者どもの、かたがたにつけてさまよひはべるを、 かたくなしく、見苦しと見はべるにつけても、またさるさまにて、数々に連ねては、あはれに思うたまへらるる折に添へても、 まづなむ思ひたまへ出でらるる
 「まことに感慨深く、またとなく珍しいことでございますね」と、何よりも先お泣きになって、「その当時からどうしてしまったのだろうと捜しておりましたことは、何の機会でございましたでしょうか、悲しさに我慢できず、お話しお耳に入れましたような気が致します。今このように、少しは一人前にもなりまして、つまらない子供たちが、それぞれの縁故を頼ってうろうろ致しておりますのを、体裁が悪く、みっともないと思っておりますにつけても、またそれはそれとして、数々いる子供の中では、不憫だと思われる時々につけても、真っ先に思い出されるのです」
  "Ito ahare ni, meduraka naru koto ni mo haberu kaan!" to, madu uti-naki tamahi te, "Sono-kami yori, ikani nari ni kem to tadune omou tamahe si sama ha, nani no tuide ni ka haberi kem, urehe ni tahe zu, morasi kikosimesa se si kokoti nam si haberu. Ima kaku, sukosi hito-kazu ni mo nari haberu ni tuke te, haka-bakasikara nu mono-domo no, kata-gata ni tuke te samayohi haberu wo, katakunasiku, mi-gurusi to mi haberu ni tuke te mo, mata saru sama ni te, kazu-kazu ni turane te ha, ahare ni omou tamahe raruru wori ni sohe te mo, madu nam omohi tamahe ide raruru."
2.6.13  とのたまふついでに、かのいにしへの雨夜の物語に、いろいろなりし御睦言の定めを思し出でて、泣きみ笑ひみ、皆うち乱れたまひぬ。
 とおっしゃるのをきっかけに、あの昔の雨夜の物語の時に、さまざまに語った体験談の結論をお思い出しになって、泣いたり笑ったり、すっかり打ち解けられた。
  to notamahu tuide ni, kano inisihe no amayo-no-monogatari ni, iro-iro nari si ohom-mutugoto no sadame wo obosi-ide te, naki-mi warahi-mi, mina uti-midare tamahi nu.
注釈139御土器など勧め参りたまふ『完訳』は「主人側の内大臣が」と注す。2.6.1
注釈140さぶらはでは以下「御勘事や添はまし」まで、内大臣の詞。2.6.2
注釈141勘当は以下「多くはべる」まで、源氏の詞。2.6.4
注釈142このことにやと思せば内大臣の心中を地の文で語る。雲居の雁のことと直感する。2.6.5
注釈143昔より公私の以下「恨めしき折々はべる」まで、源氏の詞。2.6.6
注釈144羽翼を並ぶるやうにて朝廷の御後見をも仕うまつると「羽翼を並べる」とは、補佐するの意。羽翼ともいう。「彼の四人之を輔く。羽翼已に成り動し難し」(史記・留侯世家)に見える語句に基づく。2.6.6
注釈145私事にこそは下に「はべれ」などの語句が省略。2.6.6
注釈146こと限りありて世だけき御ふるまひとは思うたまへながら「世だけき御ふるまひ」は内大臣をさす。「思うたまへ」(謙譲表現)は源氏自身。『集成』は「ご身分柄、きまりがあって、威儀を張ったお振舞をなさらねばならぬことと存じますが。軽々しく私などにお会い下さらぬのも無理はないが、の意」と注す。2.6.7
注釈147恨めしき折々『完訳』は「腰結役を断られた折など」と注す。2.6.7
注釈148いにしへはげに以下「多くはべりける」まで、内大臣の詞。2.6.9
注釈149御覧ぜられしを「御覧ぜ」の主語は源氏。「られ」受身の助動詞。「し」過去の助動詞、体験的ニュアンス。「を」接続助詞、逆接の意。2.6.9
注釈150羽翼を並べたる数にも思ひはべらで源氏の「羽翼を並ぶるやうにて」を受けた表現。2.6.9
注釈151うれしき御かへりみをこそ「思うたまへ知らぬにははべらぬを」に係る。『完訳』は「政界での自分の抜擢を源氏に謝す」と注す。「こそ」係助詞は、結びの流れ。「はかばかしからぬ身にて」以下「ことに添へても」まで、挿入句。2.6.9
注釈152うちゆるぶことのみなむ多くはべりける『完訳』は「腰結役を断ったのを詫びる」と注す。2.6.9
注釈153ほのめかし出でたまひてけり『完訳』は「内大臣の恐縮する隙を逃さず、源氏は玉鬘の真相を漏す」と注す。2.6.11
注釈154いとあはれにめづらかなることにもはべるかな内大臣の詞。2.6.12
注釈155そのかみよりいかになりにけむと以下「思ひたまへ出でらるる」まで、内大臣の詞。2.6.12
注釈156何のついでにかはべりけむ「帚木」巻の雨夜の品定めの折をさす。2.6.12
注釈157漏らし聞こしめさせし心地なむしはべる『完訳』は「あなたも記憶のはず、の気持。とはいえ、だから間違えるはずもない、と迫る余裕はない」と注す。2.6.12
注釈158すこし人数にもなりはべるにつけて内大臣自身をさす。2.6.12
注釈159はかばかしからぬ者どもの『集成』は「不出来な者もまじる大勢の子供たちを卑下していう」。『完訳』は「隠し子と称する連中が、あれこれと縁故を求めてさまよう、意」と注す。2.6.12
注釈160かたくなしく見苦しと見はべるにつけても近江の君のことをさす。2.6.12
注釈161まづなむ思ひたまへ出でらるる玉鬘のことをさす。2.6.12
出典2 羽翼を並ぶるやうにて 我欲易之、彼四人輔之、羽翼已成、難動矣 史記-留侯世家 2.6.6
校訂13 羽翼を 羽翼を--はね(ね/+を<朱>) 2.6.9
2.7
第七段 源氏、内大臣、三条宮邸を辞去


2-7  Genji and Nai-Daijin leave Samjo-palace

2.7.1  夜いたう更けて、おのおのあかれたまふ。
 夜がたいそう更けて、それぞれお別れになる。
  Yo itau huke te, ono-ono akare tamahu.
2.7.2  「 かく参り来あひては、さらに、久しくなりぬる世の古事、思うたまへ出でられ、恋しきことの忍びがたきに、立ち出でむ心地もしはべらず」
 「このように参上してご一緒しては、まったく、古くなってしまった昔の事が、自然と思い出されて、懐しい気持ちが抑えきれずに、帰る気も致しません」
  "Kaku mawiri ki-ahi te ha, sarani, hisasiku nari nuru yo no huru-koto, omou tamahe ide rare, kohisiki koto no sinobi gataki ni, tati-ide m kokoti mo si habera zu."
2.7.3  とて、をさをさ心弱くおはしまさぬ六条殿も、 酔ひ泣きにや、うちしほれたまふ。宮はたまいて、 姫君の御ことを思し出づるに、 ありしにまさる御ありさま、勢ひを見たてまつりたまふに、飽かず悲しくて、とどめがたく、しほしほと 泣きたまふ尼衣は、げに心ことなりけり。
 とおっしゃって、決して気弱くはいらっしゃらない六条殿も、酔い泣きなのか、涙をお流しになる。宮は宮で言うまでもなく、姫君のお身の上をお思い出しになって、昔に優るご立派な様子、ご威勢を拝見なさると、悲しみが尽きないで、涙をとどめることができず、しおしおとお泣きになる尼姿は、なるほど格別な風情であった。
  tote, wosa-wosa kokoro-yowaku ohasimasa nu Rokudeu-Dono mo, wehi-naki ni ya, uti-sihore tamahu. Miya hata maite, Hime-Gimi no ohom-koto wo obosi-iduru ni, ari si ni masaru mi-arisama, ikihohi wo mi tatematuri tamahu ni, aka-zu kanasiku te, todome gataku, siho-siho to naki tamahu ama-goromo ha, geni kokoro koto nari keri.
2.7.4  かかるついでなれど、中将の御ことをば、うち出でたまはずなりぬ。 ひとふし用意なしと思しおきてければ、口入れむことも人悪く思しとどめ、かの大臣はた、 人の御けしきなきに、さし過ぐしがたくて、さずがにむすぼほれたる心地したまうけり。
 このようなよい機会であるが、中将のおんことは、お口に出さずに終わってしまった。一ふし思いやりがないとお思いであったので、口に出すことも体裁悪くお考えやめになり、あの内大臣はまた内大臣で、お言葉もないのに出過ぎることができずに、そうはいうものの胸の晴れない気持ちがなさるのであった。
  Kakaru tuide nare do, Tyuuzyau no ohom-koto wo ba, uti-ide tamaha zu nari nu. Hito-husi youi nasi to obosi-oki te kere ba, kuti ire m koto mo hito-waruku obosi-todome, kano Otodo hata, hito no mi-kesiki naki ni, sasi-sugusi gataku te, sasuga ni musubohore taru kokoti si tamau keri.
2.7.5  「 今宵も御供にさぶらふべきを、うちつけに 騒がしくもやとてなむ。今日のかしこまりは、ことさらになむ参るべくはべる」
 「今夜もお供致すべきでございますが、急なことでお騒がせしてもいかがかと存じます。今日のお礼は、日を改めて参上致します」
  "Koyohi mo ohom-tomo ni saburahu beki wo, uti-tuke ni sawagasiku mo ya tote nam. Kehu no kasikomari ha, koto sara ni nam mawiru beku haberu."
2.7.6  と申したまへば、
 とお申し上げなさると、
  to mausi tamahe ba,
2.7.7  「 さらば、この御悩みもよろしう見えたまふを、かならず聞こえし日違へさせたまはず、渡りたまふべき」よし、聞こえ契りたまふ。
 「それでは、こちらのご病気もよろしいようにお見えになるので、きっと申し上げた日をお間違えにならず、お出で下さるように」とのこと、お約束なさる。
  "Sara ba, kono ohom-nayami mo yorosiu miye tamahu wo, kanarazu kikoye si hi tagahe sase tamaha zu, watari tamahu beki." yosi, kikoye tigiri tamahu.
2.7.8  御けしきどもようて、おのおの出でたまふ響き、いといかめし。 君達の御供の人びと
 お二人方のご機嫌も良くて、それぞれがお帰りになる物音、たいそう盛大である。ご子息たちのお供の人々は、
  Mi-kesiki-domo you te, ono-ono ide tamahu hibiki, ito ikamesi. Kimi-tati no ohom-tomo no hito-bito,
2.7.9  「 何ごとありつるならむ。めづらしき御対面に、いと御けしきよげなりつるは」
 「何があったのだろうか。久し振りのご対面で、たいそうご機嫌が良くなったのは」
  "Nani-goto ari turu nara m? Medurasiki ohom-taimen ni, ito mi-kesiki yoge nari turu ha!"
2.7.10  「 また、いかなる御譲りあるべきにか
 「また、どのようなご譲与があったのだろうか」
  "Mata, ika naru ohom-yuduri aru beki ni ka?"
2.7.11  など、ひが心を得つつ、かかる 筋とは思ひ寄らざりけり。
 などと、勘違いをして、このようなこととは思いもかけなかったのであった。
  nado, higa-kokoro wo e tutu, kakaru sudi to ha omohi-yora zari keri.
注釈162かく参り来あひては以下「心地もしはべらず」まで、源氏の詞。「さらに久しく」以下「忍びがたきに」まで挿入句。「立ち出でむ心地もしはべらず」に係る。2.7.2
注釈163酔ひ泣きにやうちしほれたまふ『完訳』は「内大臣ほどには動揺のない源氏を、この場に合せる語り口」と注す。2.7.3
注釈164姫君の御ことを故葵の上のことをさす。2.7.3
注釈165ありしにまさる御ありさま勢ひを源氏の立派な姿をさす。2.7.3
注釈166泣きたまふ尼衣は「泣きたまふ」は「尼衣は」を修飾する一続きの文。『完訳』は「「尼衣」と「海人衣」の掛詞。濡れるほどに泣く意。諧謔味ある表現で、大宮の格別な感激をいう」と注す。2.7.3
注釈167ひとふし用意なしと思しおきてければ『集成』は「(内大臣のなさり方が)一ふし配慮が足りぬと、根に持っておいでになったので。自分(源氏)の子ということで、万事大目に見るべきなのに、という気持」と注す。2.7.4
注釈168人の御けしきなきに『完訳』は「源氏も言わず、自分も夕霧の件を持ち出さず、心晴れない気分」と注す。2.7.4
注釈169今宵も御供に以下「参るべくはべる」まで、内大臣の詞。2.7.5
注釈170騒がしくもやとてなむ「ためらひはべる」などの語句が省略。2.7.5
注釈171さらばこの御悩みも以下「渡りたまふべきよし」まで、『集成』は「源氏の言葉を要約して述べる」。『完訳』は「間接話法による、源氏の内大臣への言葉」と注す。会話文を受けるべき引用句がない。2.7.7
注釈172君達の御供の人びと内大臣の弟や子息たちの供人たち。2.7.8
注釈173何ごとありつるならむ以下「あるべきにか」まで、供人たちの詞。2.7.9
注釈174またいかなる御譲りあるべきにかかつて源氏が内大臣の地位を譲ったことなどをさす(「少女」巻)。2.7.10
校訂14 筋とは 筋とは--すちと(と/+は) 2.7.11
Last updated 9/11/2002
渋谷栄一校訂(C)(ver.1-2-3)
Last updated 9/10/2001
渋谷栄一注釈(ver.1-1-2)
Last updated 9/10/2001
渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-2)
Last updated 9/11/2002
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by Eiichi Shibuya (C) (ver.1-3-2)
Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
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