23 初音(大島本)


HATUNE


光る源氏の太政大臣時代
三十六歳の新春正月の物語



Tale of Hikaru-Genji's Daijo-Daijin era in the new year at the age of 36

2
第二章 光る源氏の物語 二条東院の女性たちの物語


2  Tale of Hikaru-Genji  Women's lives in Nijo-Higasi-no-in

2.1
第一段 二条東院の末摘花を訪問


2-1  Genji visits to Suetsumu in Nijo-Higasi-no-in

2.1.1  かうののしる馬車の音を、 もの隔てて聞きたまふ御方々は 蓮の中の世界に、まだ開けざらむ心地もかくやと、心やましげなり。まして、 東の院に離れたまへる御方々は、年月に添へて、つれづれの数のみまされど、「 世の憂きめ見えぬ山路」に 思ひなずらへて、 つれなき人の御心をば、何とかは見たてまつりとがめむ、その他の心もとなく寂しきことはたなければ、 行なひの方の人は、その紛れなく勤め、 仮名のよろづの草子の学問、心に入れたまはむ人は、また願ひに従ひ、 ものまめやかにはかばかしきおきてにも、ただ心の願ひに従ひたる住まひなり。騒がしき 日ごろ過ぐして渡りたまへり。
 このように雑踏する馬や車の音をも、遠く離れてお聞きになる御方々は、極楽浄土の蓮の中の世界で、まだ開かないで待っている心地もこのようなものかと、心穏やかではない様子である。それ以上に、二条東の院に離れていらっしゃる御方々は、年月とともに、所在ない思いばかりが募るが、「世の嫌な思いがない山路」に思いなぞらえて、薄情な方のお心を、何と言ってお咎め申せよう。その他の不安で寂しいことは何もないので、仏道修行の方面の人は、それ以外のことに気を散らさず励み、仮名文字のさまざまの書物の学問に、ご熱心な方は、またその願いどおりになさり、生活面でもしっかりとした基盤があって、まったく希望どおりの生活である。忙しい数日を過ごしてからお越しになった。
  Kau nonosiru muma kuruma no oto wo, mono-hedate te kiki tamahu ohom-kata-gata ha, hatisu no naka no sekai ni, mada hirake zara m kokoti mo kaku ya to, kokoro-yamasige nari. Masite, Himgasi-no-win ni hanare tamahe ru ohom-kata-gata ha, tosi-tuki ni sohe te, turedure no kazu nomi masare do, Yo no ukime miye nu yamadini omohi nazurahe te, turenaki hito no mi-kokoro wo ba, nani to ka ha mi tatematuri togame m, sono hoka no kokoro-motonaku sabisiki koto hata nakere ba, okonahi no kata no hito ha, sono magire naku tutome, kana no yorodu no sausi no gakumon, kokoro ni ire tamaha m hito ha, mata negahi ni sitagahi, mono-mameyaka ni haka-bakasiki okite ni mo, tada kokoro no negahi ni sitagahi taru sumahi nari. Sawagasiki hi-goro sugusi te watari tamahe ri.
2.1.2  常陸宮の御方は、人のほどあれば、 心苦しく思して人目の飾りばかりは、いとよくもてなしきこえたまふ。いにしへ、盛りと見えし御若髪も、年ごろに衰ひゆき、まして、 滝の淀み恥づかしげなる 御かたはらめなどを、いとほしと思せば、まほにも向かひたまはず。
 常陸宮の御方は、ご身分があるので、気の毒にお思いになって、人目に立派に見えるように、たいそう行き届いたお扱いをなさる。若いころ、盛りに見えた御若髪も、年とともに衰えて行き、それ以上に、滝の淀みに引けをとらない白髪の御横顔などを、気の毒とお思いになると、面と向かって対座なさらない。
  Hitati-no-Miya-no-Ohomkata ha, hito no hodo are ba, kokoro-gurusiku obosi te, hitome no kazari bakari ha, ito yoku motenasi kikoye tamahu. Inisihe, sakari to miye si ohom-waka-gami mo, tosi-goro ni otorohi yuki, masite, taki no yodomi hadukasige naru ohom-katahara-me nado wo, itohosi to obose ba, maho ni mo mukahi tamaha zu.
2.1.3   柳は、げにこそすさまじかりけれと見ゆるも、 着なしたまへる人からなるべし。光もなく黒き掻練の、 さゐさゐしく張りたる一襲、さる織物の袿着たまへる、いと寒げに心苦し。 襲の衣などは、いかにしなしたるにかあらむ
 柳襲は、なるほど不似合いだと見えるのも、お召しになっている方のせいであろう。光沢のない黒い掻練の、さわさわ音がするほど張った一襲の上に、その織物の袿を着ていらっしゃる、とても寒そうでいたわしい感じである。襲の衣などは、どのようにしたのであろうか。
  Yanagi ha, geni koso susamazikari kere to miyuru mo, ki-nasi tamahe ru hito kara naru besi. Hikari mo naku kuroki kaineri no, sawi-sawisiku hari taru hito-kasane, saru orimono no utiki ki tamahe ru, ito samuge ni kokoro-gurusi. Kasane no kinu nado ha, ikani si-nasi taru ni ka ara m?
2.1.4   御鼻の色ばかり、霞にも紛るまじうはなやかなるに、 御心にもあらずうち嘆かれたまひて、ことさらに御几帳引きつくろひ隔てたまふ。 なかなか、女はさしも思したらず、今は、かくあはれに長き御心のほどを、おだしきものにうちとけ頼みきこえたまへる御さま、あはれなり。
 お鼻の色だけは、霞にも隠れることなく目立っているので、お心にもなくつい嘆息されなさって、わざわざ御几帳を引き直して隔てなさる。かえって、女はそのようにはお思いにならず、今は、このようにやさしく変わらない愛情のほどを、安心に思い気を許してご信頼申していらっしゃるご様子は、いじらしく感じられる。
  Mi-hana no iro bakari, kasumi ni mo magiru maziu hanayaka naru ni, mi-kokoro ni mo ara zu uti-nageka re tamahi te, kotosara ni mi-kityau hiki-tukurohi hedate tamahu. Nakanaka, womna ha sa simo obosi tara zu, ima ha, kaku ahare ni nagaki mi-kokoro no hodo wo, odasiki mono ni utitoke tanomi kikoye tamahe ru ohom-sama, ahare nari.
2.1.5   かかる方にもおしなべての人ならず、いとほしく悲しき人の御さまに思せば、あはれに、我だにこそはと、御心とどめたまへるも、 ありがたきぞかし。御声なども、いと寒げに、うちわななきつつ語らひきこえたまふ。見わづらひたまひて、
 このような面でも、普通の身分の人とは違って、気の毒で悲しいお身の上の方、とお思いになると、かわいそうで、せめてわたしだけでもと、お心にかけていらっしゃるのも、めったにないことである。お声なども、たいそう寒そうに、ふるえながらお話し申し上げなさる。見かねなさって、
  Kakaru kata ni mo, osinabete no hito nara zu, itohosiku kanasiki hito no ohom-sama ni obose ba, ahare ni, ware dani koso ha to, mi-kokoro todome tamahe ru mo, arigataki zo kasi. Ohom-kowe nado mo, ito samuge ni, uti-wananaki tutu katarahi kikoye tamahu. Mi wadurahi tamahi te,
2.1.6  「 御衣どもの事など 、後見きこゆる人ははべりや。かく心やすき御住まひは、ただいとうちとけたるさまに、 含みなえたるこそよけれ。うはべばかりつくろひたる御よそひは、あいなくなむ」
 「衣装のことなどを、お世話申し上げる人はございますか。このように気楽なお住まいでは、ひたすらとてもくつろいだ様子で、ふっくらして柔らかくなっているのがよいのです。表面だけを取り繕ったお身なりは、感心しません」
  "Ohom-zo-domo no koto nado, usiromi kikoyuru hito ha haberi ya? Kaku kokoro-yasuki ohom-sumahi ha, tada ito utitoke taru sama ni, hukumi naye taru koso yokere. Uhabe bakari tukurohi taru ohom-yosohi ha, ainaku nam."
2.1.7  と聞こえたまへば、こちごちしくさすがに笑ひたまひて、
 と申し上げなさると、ぎごちなくそれでもお笑いになって、
  to kikoye tamahe ba, koti-gotisiku sasuga ni warahi tamahi te,
2.1.8  「 醍醐の阿闍梨の君の御あつかひしはべるとて、 衣どももえ縫ひはべらでなむ。皮衣をさへ取られにし後、寒くはべる」
 「醍醐の阿闍梨の君のお世話を致そうと思っても、召し物などを縫うことができずにおります。皮衣まで取られてしまった後は、寒うございます」
  "Daigo no Azari-no-Kimi no ohom-atukahi si haberu tote, kinu-domo mo e nuhi habera de nam. Kaha-ginu wo sahe tora re ni si noti, samuku haberu."
2.1.9  と聞こえたまふは、 いと鼻赤き御兄なりけり。心うつくしといひながら、 あまりうちとけ過ぎたりと思せど、ここにては、いとまめに きすくの人にておはす
 と申し上げなさるのは、まったく鼻の赤い兄君だったのである。素直だとはいっても、あまりに構わなさすぎるとお思いになるが、この世では、とても実直で無骨な人になっていらっしゃる。
  to kikoye tamahu ha, ito hana akaki ohom-seuto nari keri. Kokoro utukusi to ihi nagara, amari utitoke sugi tari to obose do, koko nite ha, ito mame ni kisuku no hito nite ohasu.
2.1.10  「 皮衣はいとよし。山伏の蓑代衣に譲りたまひてあへなむ。さて、このいたはりなき白妙の衣は、七重にも、などか 重ねたまはざらむ。 さるべき折々は、 うち忘れたらむこともおどろかしたまへかし。もとより おれおれしく、たゆき心のおこたりに。まして方々の紛らはしき競ひにも、おのづからなむ」
 「皮衣はそれでよい。山伏の蓑代衣にお譲りになってよいでしょう。そうして、この大切にする必要もない白妙の衣は、七枚襲にでも、どうして重ね着なさらないのですか。必要な物がある時々には、忘れていることでもおっしゃってください。もともと愚か者で気がききません性分ですから。まして方々への忙しさに紛れて、ついうっかりしまして」
  "Kaha-ginu ha ito yosi. Yamabusi no minosiro-goromo ni yuduri tamahi te ahe nam. Sate, kono itahari naki sirotahe no kinu ha, nanahe ni mo, nadoka kasane tamaha zara m? Saru beki wori-wori ha, uti-wasure tara m koto mo odorokasi tamahe kasi. Motoyori ore-oresiku, tayuki kokoro no okotari ni. Masite kata-gata no magirahasiki kihohi ni mo, onodukara nam."
2.1.11  とのたまひて、 向かひの院の御倉開けさせたまひて、絹、綾などたてまつらせたまふ。
 とおっしゃって、向かいの院の御倉を開けさせなさって、絹や、綾などを差し上げさせなさる。
  to notamahi te, mukahi no Win no mi-kura ake sase tamahi te, kinu, aya nado tatematura se tamahu.
2.1.12   荒れたる所もなけれど、住みたまはぬ所のけはひは静かにて、御前の木立ばかりぞいとおもしろく、 紅梅の咲き出でたる匂ひなど、見はやす人もなきを見わたしたまひて、
 荒れた所もないが、お住まいにならない所の様子はひっそりとして、お庭先の木立だけがたいそう美しく、紅梅の咲き出した匂いなど、鑑賞する人がいないのをお眺めになって、
  Are taru tokoro mo nakere do, sumi tamaha nu tokoro no kehahi ha siduka nite, o-mahe no kodati bakari zo ito omosiroku, koubai no saki-ide taru nihohi nado, mi-hayasu hito mo naki wo mi-watasi tamahi te,
2.1.13  「 ふるさとの春の梢に訪ね来て
 「昔の邸の春の梢を訪ねて来てみたら
    "Hurusato no haru no kozuwe ni tadune ki te
2.1.14   世の常ならぬ花を見るかな
  世にも珍しい紅梅の花が咲いていたことよ
    yo no tune nara nu hana wo miru kana
2.1.15  と独りごちたまへど、 聞き知りたまはざりけむかし
 独り言をおっしゃったが、お聞き知りにはならなかったであろう。
  to hitori-goti tamahe do, kiki-siri tamaha zari kem kasi.
注釈83もの隔てて聞きたまふ御方々は花散里や明石御方をさす。2.1.1
注釈84蓮の中の世界にまだ開けざらむ心地もかくや花散里などの心中を忖度して表現した文。極楽浄土世界中、九品の中の下品下生、最下級の世界。そこでは蓮の花が開くまでに十二大劫の期間を待たねばならない。2.1.1
注釈85東の院に離れたまへる御方々は二条東院の末摘花や空蝉をさす。2.1.1
注釈86世の憂きめ見えぬ山路に「世の憂きめ見えぬ山路へ入らむには思ふ人こそほだしなりけれ」(古今集雑下、九五五、物部吉名)。2.1.1
注釈87つれなき人の御心をば何とかは見たてまつりとがめむ源氏の心をさす。「なにとかは--とがめむ」反語表現。『完訳』は「己が身の不運と諦める気持」と注す。2.1.1
注釈88行なひの方の人は空蝉をさす。2.1.1
注釈89仮名のよろづの草子の学問心に入れたまはむ人は末摘花をさす。『集成』は「「学問」と大げさに言うのは、例の、末摘花をからかった筆つき」と注す。2.1.1
注釈90ものまめやかにはかばかしきおきてにも『集成』は「生活を支えるしっかりした経済的な処遇の点でも」。『完訳』は「給与や使用人などの取決め」「実生活上のきちんとした取決めの点でも」と注す。2.1.1
注釈91心苦しく思して源氏が末摘花を。2.1.2
注釈92人目の飾りばかりは『集成』は「人目には立派に見えるように」と注す。2.1.2
注釈93滝の淀み恥づかしげなる白髪の譬喩。「落ちたぎつ滝の水上年積もり老いにけらしな黒き筋なし」(古今集雑上、九二八、壬生忠岑)。2.1.2
注釈94柳はげにこそすさまじかりけれ源氏が暮れに贈った柳襲の衣裳。源氏の感想。2.1.3
注釈95着なしたまへる人からなるべし語り手の感想。2.1.3
注釈96さゐさゐしく『小学館古語大辞典』に「「さゐ」は「潮騒(しほさゐ)」の「さゐ」で、「騷(さわ)く」の「さわ」と同源と考えられる。万葉集にみられる「さゐさゐしづみ」「さゑさゑしづみ」の「さゐさゐ」「さゑさゑ」、古事記などにみられる「さわさわ」は相互に母音交替形で、いずれも、騒がしい音を形容する擬声語であろう。「さゐさゐし」はその形容詞形であるが用例はすくない」とある。2.1.3
注釈97襲の衣などはいかにしなしたるにかあらむ語り手の疑問介入の句。『集成』は「袿は何枚か重ねて着る。末摘花は、掻練の上に袿一枚だけを着ているのである」と注す。2.1.3
注釈98御鼻の色ばかり、霞にも紛るまじう「花」に「鼻」を掛ける。「浅緑野辺の霞はつつめどもこぼれて匂ふ花桜かな」(拾遺集春、四〇、読人しらず)。2.1.4
注釈99御心にもあらず『集成』は「お気の毒とは思いながらもつい」。『完訳』は「思わず」と訳す。2.1.4
注釈100なかなか女はさしも思したらず『完訳』は「源氏の想像に反して、彼女は源氏の心長さに満足する愚鈍さ」と注す。2.1.4
注釈101かかる方にも『完訳』は「実生活の面においても」と注す。2.1.5
注釈102おしなべての人ならず皇族である身分とプライドを強調。2.1.5
注釈103ありがたきぞかし語り手の批評。『完訳』は「奇特だ。前文末の「あはれなり」と対照的。このあたり、末摘花・源氏への語り手の評言が多様」と注す。2.1.5
注釈104御衣どもの事など以下「あいなくなむ」まで、源氏の詞。2.1.6
注釈105含みなえたるこそよけれ『完訳』は「このあたり、相手がこたえない知ったうえでの侮蔑的な言辞」と注す。2.1.6
注釈106醍醐の阿闍梨の君の以下「寒くはべる」まで、末摘花の詞。「醍醐の阿闍梨」は末摘花の兄。「蓬生」巻に「御兄の禅師の君」と初出。2.1.8
注釈107衣どももえ縫ひはべらでなむ『集成』は「前の「襲の袿」の仕立てが、新春の間に合わなかったゆえんである」と注す。2.1.8
注釈108いと鼻赤き御兄なりけり『完訳』は「語り手の、似合いの兄妹だ、の評言」と注す。2.1.9
注釈109あまりうちとけ過ぎたりと思せど『完訳』は「彼女の露骨なねだり言だと思う」と注す。2.1.9
注釈110きすくの人にておはす主語は源氏。末摘花の態度に合わせた振る舞い。2.1.9
注釈111皮衣はいとよし以下「おのづからなむ」まで、源氏の詞。2.1.10
注釈112うち忘れたらむ主語は源氏。2.1.10
注釈113おれおれしく『完訳』は「自分を愚かで気がきかないとするが、相手への揶揄でもある」と注す。2.1.10
注釈114向かひの院の御倉二条院の御倉。2.1.11
注釈115荒れたる所もなけれど住みたまはぬ所のけはひは二条東院をいう。「住みたまはぬ」の主語はこの邸の主人すなわち源氏。2.1.12
注釈116紅梅の咲き出でたる匂ひなど正月初旬の紅梅の光景。2.1.12
注釈117ふるさとの春の梢に訪ね来て世の常ならぬ花を見るかな源氏の独詠歌。「花」に「鼻」を掛ける。久し振りに二条東院を訪れて、その女主人の相変わらぬさまに懐かしさと嫌気を感じて詠んだ歌。2.1.13
注釈118聞き知りたまはざりけむかし語り手の言辞。『完訳』は「語り手の、末摘花には通じまいとする評言。その愚鈍さをいう」と注す。2.1.15
出典11 世の憂きめ見えぬ山路 世の憂きめ見えぬ山路へ入らむには思ふ人こそほだしなりけれ 古今集雑下-九五五 物部吉名 2.1.1
出典12 滝の淀み恥づかしげ 落ちたぎつ滝の水上年積もり老いにけらしな黒き筋なし 古今集雑上-九二八 壬生忠岑 2.1.2
出典13 御鼻の色ばかり、霞にも紛るまじう 浅緑野辺の霞はつつめどもこぼれて匂ふ花桜かな 拾遺集春-四〇 読人しらず 2.1.4
校訂16 隔てて 隔てて--へたて(て/+て) 2.1.1
校訂17 日ごろ 日ごろ--日かす(かす/$ころ<朱>) 2.1.1
校訂18 衣--うちき(うちき/$きぬ) 2.1.3
校訂19 御衣どもの事 御衣どもの事--御そ(そ/+と<朱>)もの(の/+事<朱>) 2.1.6
校訂20 重ね 重ね--*かね 2.1.10
校訂21 さるべき さるべき--さ(さ/+る)へき 2.1.10
2.2
第二段 続いて空蝉を訪問


2-2  Genji visits to Utsusemi too

2.2.1  空蝉の尼衣にも、さしのぞきたまへり。うけばりたるさまにはあらず、 かごやかに局住みにしなして、仏ばかりに所得させたてまつりて、行なひ勤めけるさまあはれに見えて、 、仏の御飾り、はかなくしたる閼伽の具なども、をかしげになまめかしう、 なほ心ばせありと見ゆる人のけはひなり
 空蝉の尼君にも、お立ち寄りになった。ご大層な様子ではなく、ひっそりと部屋住みのような体にして、仏ばかりに広く場所を差し上げて、勤行している様子がしみじみと感じられて、経や、仏のお飾り、ちょっとしたお水入れの道具なども、風情があり優美で、やはり嗜みがあると見える人柄である。
  Utusemi no Ama-goromo ni mo, sasi-nozoki tamahe ri. Ukebari taru sama ni ha ara zu, kagoyaka ni tubone-zumi ni si-nasi te, Hotoke bakari ni tokoro e sase tatematuri te, okonahi tutome keru sama ahare ni miye te, kyau, Hotoke no ohom-kazari, hakanaku si taru aka no gu nado mo, wokasige ni namamekasiu, naho kokorobase ari to miyuru hito no kehahi nari.
2.2.2  青鈍の几帳、心ばへをかしきに、いたくゐ隠れて、袖口ばかりぞ色ことなるしもなつかしければ、涙ぐみたまひて、
 青鈍の几帳、意匠も面白いのに、すっかり身を隠して、袖口だけが格別なのも心惹かれる感じなので、涙ぐみなさって、
  Awo-nibi no kityou, kokorobahe wokasiki ni, itaku wi-kakure te, sode-guti bakari zo iro koto naru simo natukasikere ba, namidagumi tamahi te,
2.2.3  「『 松が浦島』を はるかに思ひてぞやみぬべかりける。昔より心憂かりける御契りかな。 さすがにかばかりの御睦びは 、絶ゆまじかりけるよ」
 「『松が浦島』は遥か遠くに思って諦めるべきだったのですね。昔からつらいご縁でしたなあ。そうはいってもやはりこの程度の付き合いは、絶えないのでしたね」
  "Matu-ga-urasima wo haruka ni omohi te zo yami nu bekari keru. Mukasi yori kokoro-ukari keru ohom-tigiri kana! Sasuga ni kabakari no ohom-mutubi ha, tayu mazikari keru yo!"
2.2.4  などのたまふ。尼君も、ものあはれなるけはひにて、
 などとおっしゃる。尼君も、しみじみとした様子で、
  nado notamahu. Ama-Gimi mo, mono-ahare naru kehahi ni te,
2.2.5  「 かかる方に頼みきこえさするしもなむ、浅くはあらず思ひたまへ知られ はべりける」
 「このようなことでご信頼申し上げていますのも、ご縁は浅くないのだと存じられます」
  "Kakaru kata ni tanomi kikoye sasuru si mo nam, asaku ha ara zu omohi tamahe sira re haberi keru."
2.2.6  と聞こゆ。
 と申し上げる。
  to kikoyu.
2.2.7  「 つらき折々重ねて、心惑はしたまひし世の報いなどを、仏にかしこまりきこゆるこそ苦しけれ。思し知るや。かくいと素直にもあらぬものをと、思ひ合はせたまふこともあらじやはと なむ思ふ」
 「薄情な仕打ちを何度もなさって、心を惑わしなさった罪の報いなどを、仏に懺悔申し上げるとはお気の毒なことです。ご存じですか。このように素直な者はいないのだと、お気づきになることもありはしないかと思います」
  "Turaki wori-wori kasane te, kokoro-madohasi tamahi si yo no mukuyi nado wo, Hotoke ni kasikomari kikoyuru koso kurusikere. Obosi siru ya? Kaku ito sunaho ni mo ara nu mono wo to, omohi-ahase tamahu koto mo ara zi ya ha to nam omohu."
2.2.8  とのたまふ。「 かのあさましかりし世の古事を聞き置きたまへるなめり」と、恥づかしく、
 とおっしゃる。「あのあきれた昔のことをお聞きになっていたのだ」と、恥ずかしく、
  to notamahu. "Kano asamasikari si yo no huru-koto wo kiki-oki tamahe ru na' meri." to, hadukasiku,
2.2.9  「 かかるありさまを御覧じ果てらるるよりほかの報いは、 いづくにかはべらむ
 「このような姿をすっかり御覧になられてしまったことより他に、どのような報いがございましょうか」
  "Kakaru arisama wo go-ran-zi-hate raruru yori hoka no mukuyi ha, iduku ni ka habera m?"
2.2.10  とて、まことにうち泣きぬ。 いにしへよりももの深く恥づかしげさまさりて、 かくもて離れたること、と 思すしも、見放ちがたく思さるれど、 はかなきことをのたまひかくべくもあらず、おほかたの昔今の物語をしたまひて、「 かばかりの言ふかひだにあれかし」と、 あなたを見やりたまふ
 と言って、心の底から泣いてしまった。昔よりもいっそうどことなく思慮深く気が引けるようなところがまさって、このような出家の身を守っているのだ、とお思いになると、見放しがたく思わずにはいらっしゃれないが、ちょっとした色めいた冗談も話しかけるべきではないので、普通の昔や今の話をなさって、「せめてこの程度の話相手であってほしいものよ」と、あちらの方を御覧になる。
  tote, makoto ni uti-naki nu. Inisihe yori mo mono-hukaku hadukasigesa masari te, kaku mote hanare taru koto, to obosu simo, mi-hanati-gataku obosa rure do, hakanaki koto wo notamahi kaku beku mo ara zu, ohokata no mukasi ima no monogatari wo si tamahi te, "Kabakari no ihu-kahi dani are kasi." to, anata wo mi-yari tamahu.
2.2.11   かやうにても、御蔭に隠れたる人びと多かり。皆さしのぞきわたしたまひて、
 このようなことで、ご庇護になっている婦人方は多かった。皆一通りお立ち寄りになって、
  Kayau ni te mo, mi-kage ni kakure taru hito-bito ohokari. Mina sasi-nozoki watasi tamahi te,
2.2.12  「 おぼつかなき日数つもる折々あれど、心のうちはおこたらずなむ。ただ 限りある道の別れのみこそうしろめたけれ。『 命を知らぬ』」
 「お目にかかれない日が続くこともありますが、心の中では忘れていません。ただいつかは死出の別れが来るのが気がかりです。『誰も寿命は分からないものです』」
  "Obotukanaki hi-kazu tumoru wori-wori are do, kokoro no uti ha okotara zu nam. Tada kagiri aru miti no wakare nomi koso usirometakere. Inoti wo sira nu."
2.2.13  など、なつかしくのたまふ。いづれをも、ほどほどにつけてあはれと思したり。 我はと思しあがりぬべき御身のほどなれど、さしも ことことしくもてなしたまはず、所につけ、人のほどにつけつつ、さまざま あまねくなつかしくおはしませば、ただかばかりの御心にかかりてなむ、 多くの人びと年を経ける。
 などと、やさしくおっしゃる。どの人をも、身分相応につけて愛情を持っていらっしゃった。自分こそはと気位高く構えてもよさそうなご身分の方であるが、そのように尊大にはお振る舞いにはならず、場所柄につけ、また相手の身分につけては、どなたにもやさしくいらっしゃるので、ただこのようなお心配りをよりどころとして、多くの婦人方が年月を送っているのであった。
  nado, natukasiku notamahu. Idure wo mo, hodo-hodo ni tuke te ahare to obosi tari. Ware ha to obosi-agari nu beki ohom-mi no hodo nare do, sasimo koto-kotosiku motenasi tamaha zu, tokoro ni tuke, hito no hodo ni tuke tutu, sama-zama amaneku natukasiku ohasimase ba, tada kabakari no mi-kokoro ni kakari te nam, ohoku no hito-bito tosi wo he keru.
注釈119かごやかに局住みにしなして『集成』は「部屋住みのような体にして。遜ったさま」と注す。2.2.1
注釈120なほ心ばせありと見ゆる人のけはひなり『完訳』は「出家の身ながら、さすがに」と注す。2.2.1
注釈121松が浦島を以下「絶ゆまじかりけるよ」まで、源氏の詞。「音に聞く松が浦島今日ぞ見るむべも心あるあまは住みけり」(後撰集雑一、一〇九三、素性法師)。『集成』は「尼姿のあなたとは、所詮結ばれぬものと諦めねばならないのですね」と訳す。2.2.3
注釈122さすがにかばかりの御睦びは『集成』は「私のもとにいて下さるぐらいのお付合い」。『完訳』は「物越しに対面する程度の親交」と注す。2.2.3
注釈123かかる方に以下「知られはべりける」まで、空蝉の詞。『集成』は「こうして(仏に仕える身となって)お頼り申し上げるほうが、かえってご縁も浅からず存じられます」と訳す。2.2.5
注釈124つらき折々重ねて以下「となむ思ふ」まで、源氏の詞。2.2.7
注釈125かのあさましかりし以下「聞き置きたまへるなめり」まで、空蝉の心中。夫伊予介の死後に継子の紀伊守が言い寄ったということ。「関屋」巻にある。2.2.8
注釈126かかるありさまを以下「はべらむ」まで、空蝉の詞。出家姿をさしていう。2.2.9
注釈127いづくにかはべらむ反語表現。どこにもない、の意。2.2.9
注釈128いにしへよりも以下、源氏の視点を通して語る空蝉像。2.2.10
注釈129かくもて離れたること出家人としての振る舞い方。2.2.10
注釈130思すしも主語は源氏。2.2.10
注釈131はかなきことをのたまひかくべくも『完訳』は「色めかしい冗談」と注す。2.2.10
注釈132かばかりの言ふかひだにあれかし源氏の心中。『集成』は「せめてこの程度の話し相手が勤まってほしいものだと」と訳す。空蝉の立派な態度から末摘花を比較。2.2.10
注釈133あなたを見やりたまふ末摘花の方をさす。2.2.10
注釈134かやうにても、御蔭に隠れたる人びと多かり末摘花や空蝉以外にも源氏の庇護下にある女性が二条東院に多くいたことをいう。2.2.11
注釈135おぼつかなき日数以下「命を知らぬ」まで、源氏の詞。お目にかからないことが多いことを詫びつつ忘れてはいないという。2.2.12
注釈136限りある道の別れ「限りある道の別れのみこそ悲しけれ誰も命を知らねば」(異本紫明抄所引、出典未詳)2.2.12
注釈137命を知らぬ「ながらへむ命ぞ知らぬ忘れじと思ふ心は身に添はりつつ」(信明集、五〇)。2.2.12
注釈138我はと思しあがりぬべき御身のほどなれど源氏をさす。2.2.13
注釈139ことことしくもてなしたまはず自分の身を。『完訳』は「尊大にはふるまわず、の意」と注す。2.2.13
注釈140多くの人びと「御蔭に隠れたる人びと」をさす。2.2.13
出典14 松が浦島 音に聞く松が浦島今日ぞ見るむべも心ある海人は住みけり 後撰集雑一-一〇九三 素性法師 2.2.3
出典15 限りある道の別れ 限りある別れのみこそ悲しけれ誰も命を空に知らねば 異本紫明抄所引、出典未詳 2.2.12
出典16 命を知らぬ 長らへむ命ぞ知らぬ忘れじと思ふ心は身に添はりつつ 信明集-五〇 2.2.12
校訂22 経--(/+経<朱>) 2.2.1
校訂23 御睦び 御睦び--(/+御<朱>)むつひ 2.2.3
校訂24 はべり はべり--(/+侍<朱>) 2.2.5
校訂25 なむ思ふ」 なむ思ふ」と--なむ?(?/#)おもふたのむと(たのむと/$と<朱>) 2.2.7
校訂26 あまねく あまねく--(/+あ)まねく 2.2.13
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渋谷栄一校訂(C)(ver.1-2-2)
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渋谷栄一注釈(ver.1-1-2)
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