21 少女(大島本)


WOTOME


光る源氏の太政大臣時代
三十三歳の夏四月から三十五歳冬十月までの物語



Tale of Hikaru-Genji's Daijo-Daijin era, from April in summer at the age of 33 to October in winter at the age of 35

4
第四章 内大臣家の物語 雲居雁の養育をめぐる物語


4  Tale of Naidaijin family  About education about his daughter

4.1
第一段 内大臣、母大宮の養育を恨む


4-1  Naidaijin blames his mother educating his daughter

4.1.1   二日ばかりありて、参りたまへり。しきりに参りたまふ時は、大宮もいと御心ゆき、うれしきものに思いたり。御尼額ひきつくろひ、うるはしき御小袿などたてまつり添へて、 子ながら恥づかしげにおはする御人ざまなれば、 まほならずぞ見えたてまつりたまふ
 二日ほどして、参上なさった。頻繁に参上なさる時は、大宮もとてもご満足され、嬉しく思っておいであった。尼削ぎの御髪に手入れをなさって、きちんとした小袿などをお召し添えになって、わが子ながら気づまりなほど立派なお方なので、直接顔を合わせずにお会いなさる。
  Hutu-ka bakari ari te, mawiri tamahe ri. Sikiri ni mawiri tamahu toki ha, Oho-Miya mo ito mi-kokoro yuki, uresiki mono ni oboi tari. Ohom-ama-bitahi hiki-tukurohi, uruhasiki koutiki nado tatematuri sohe te, ko nagara hadukasige ni ohasuru ohom-hito-zama nare ba, maho nara zu zo miye tatematuri tamahu.
4.1.2  大臣御けしき悪しくて、
 大臣は御機嫌が悪くて、
  Otodo mi-kesiki asiku te,
4.1.3  「 ここにさぶらふもはしたなく、人びといかに見はべらむと、 心置かれにたり。はかばかしき身にはべらねど、世にはべらむ限り、御目離れず御覧ぜられ、おぼつかなき隔てなくとこそ思ひたまふれ。
 「こちらにお伺いするのも体裁悪く、女房たちがどのように見ていますかと、気がひけてしまいます。たいした者ではありませんが、世に生きていますうちは、常にお目にかからせていただき、ご心配をかけることのないようにと存じております。
  "Koko ni saburahu mo hasitanaku, hito-bito ikani mi habera m to, kokoro-oka re ni tari. Haka-bakasiki mi ni habera ne do, yo ni habera m kagiri, ohom-me kare zu go-ran-ze rare, obotukanaki hedate naku to koso omohi tamahure.
4.1.4   よからぬもののうへにて、恨めしと思ひきこえさせつべきことの出でまうで来たるを、かうも思うたまへじとかつは思ひたまふれど、なほ静めがたく おぼえはべりてなむ」
 不心得者のことで、お恨み申さずにはいられないようなことが起こってまいりましたが、こんなにはお恨み申すまいと一方では存じながらも、やはり抑えがたく存じられまして」
  Yokara nu mono no uhe nite, uramesi to omohi kikoye sase tu beki koto no ide maude ki taru wo, kau mo omou tamahe zi to katu ha omohi tamahure do, naho sidume gataku oboye haberi te nam."
4.1.5  と、涙おし拭ひたまふに、宮、化粧じたまへる御顔の色違ひて、御目も大きになりぬ。
 と、涙をお拭いなさるので、大宮は、お化粧なさっていた顔色も変わって、お目を大きく見張られた。
  to, namida osi-nogohi tamahu ni, Miya, kesau-zi tamahe ru ohom-kaho no iro tagahi te, ohom-me mo ohoki ni nari nu.
4.1.6  「 いかやうなることにてか、今さらの齢の末に、心置きては思さるらむ」
 「どうしたことで、こんな年寄を、お恨みなさるのでしょうか」
  "Ikayau naru koto nite ka, imasara no yohahi no suwe ni, kokoro-oki te ha obosa ru ram?"
4.1.7  と聞こえたまふも、さすがにいとほしけれど、
 と申し上げなさるのも、今さらながらお気の毒であるが、
  to kikoye tamahu mo, sasugani itohosikere do,
4.1.8  「 頼もしき御蔭に、幼き者をたてまつりおきて、みづからをばなかなか幼くより見たまへもつかず、まづ目に近きが、交じらひなどはかばかしからぬを、見たまへ嘆きいとなみつつ、 さりとも人となさせたまひてむと頼みわたりはべりつるに、 思はずなることのはべりければ、いと口惜しうなむ。
 「ご信頼申していたお方に、幼い子どもをお預け申して、自分ではかえって幼い時から何のお世話も致さずに、まずは身近にいた姫君の、宮仕えなどが思うようにいかないのを、心配しながら奔走しいしい、それでもこの姫君を一人前にしてくださるものと信頼しておりましたのに、意外なことがございましたので、とても残念です。
  "Tanomosiki mi-kage ni, wosanaki mono wo tatematuri oki te, midukara wo ba naka-naka wosanaku yori mi tamahe mo tuka zu, madu me ni tikaki ga, mazirahi nado haka-bakasikara nu wo, mi tamahe nageki tutu, saritomo hito to nasa se tamahi te m to tanomi watari haberi turu ni, omoha zu naru koto no haberi kere ba, ito kutiwosiu nam.
4.1.9  まことに天の下並ぶ人なき有職にはものせらるめれど、親しきほどにかかるは、人の聞き思ふところも、あはつけきやうになむ、何ばかりのほどにもあらぬ仲らひにだにしはべるを、 かの人の御ためにも、いとかたはなることなり。 さし離れ、きらきらしうめづらしげあるあたりに、今めかしうもてなさるるこそ、をかしけれ 。ゆかりむつび、ねぢけがましきさまにて、 大臣も聞き思すところはべりなむ
 ほんとうに天下に並ぶ者のない優れた方のようですが、近しい者どうしが結婚するのは、人の外聞も浅薄な感じが、たいした身分でもないものどうしの縁組でさえ考えますのに、あちらの方のためにも、たいそう不体裁なことです。他人で、豪勢な初めての関係の家で、派手に大切にされるのこそ、よいものです。縁者どうしの、馴れ合いの結婚なので、大臣も不快にお思いになることがあるでしょう。
  Makoto ni ame-no-sita narabu hito naki iusoku ni ha monose raru mere do, sitasiki hodo ni kakaru ha, hito no kiki omohu tokoro mo, ahatukeki yau ni nam, nani bakari no hodo ni mo ara nu nakarahi ni dani si haberu wo, kano hito no ohom-tame ni mo, ito kataha naru koto nari. Sasi-hanare, kira-kirasiu medurasige aru atari ni, imamekasiu motenasa ruru koso, wokasikere. Yukari mutubi, nedikegamasiki sama nite, Otodo mo kiki obosu tokoro haberi na m.
4.1.10  さるにても、かかることなむと、知らせたまひて、ことさらにもてなし、 すこしゆかしげあることをまぜてこそはべらめ。幼き人びとの心にまかせて御覧じ放ちけるを、心憂く思うたまふ」
 それはそれとしても、これこれしかじかですと、わたしにお知らせくださって、特別なお扱いをして、少し世間でも関心を寄せるような趣向を取り入れたいものです。若い者どうしの思いのままに放って置かれたのが、心外に思われるのです」
  Saru nite mo, kakaru koto nam to, sira se tamahi te, kotosara ni motenasi, sukosi yukasige aru koto wo maze te koso habera me. Wosanaki hito-bito no kokoro ni makase te go-ran-zi hanati keru wo, kokoro-uku omou tamahu."
4.1.11  など聞こえたまふに、夢にも知りたまはぬことなれば、あさましう思して、
 と申し上げなさると、夢にも御存知なかったことなので、驚きあきれなさって、
  nado kikoye tamahu ni, yume ni mo siri tamaha nu koto nare ba, asamasiu obosi te,
4.1.12  「 げに、かうのたまふもことわりなれど、かけてもこの人びとの下の心なむ知りはべらざりける。 げに、いと口惜しきことは、ここにこそまして嘆くべくはべれ。もろともに罪をおほせ たまふは、恨めしきことになむ。
 「なるほど、そうおっしゃるのもごもっともなことですが、ぜんぜんこの二人の気持ちを存じませんでした。なるほど、とても残念なことは、こちらこそあなた以上に嘆きたいくらいです。子どもたちと一緒にわたしを非難なさるのは、恨めしいことです。
  "Geni, kau notamahu mo kotowari nare do, kakete mo kono hito-bito no sita no kokoro nam siri habera zari keru. Geni, ito kutiwosiki koto ha, koko ni koso masite nageku beku habere. Morotomoni tumi ohose tamahu ha, uramesiki koto ni nam.
4.1.13  見たてまつりしより、心ことに思ひはべりて、 そこに思しいたらぬことをも、すぐれたる さまにもてなさむとこそ、人知れず思ひはべれ。ものげなきほどを、 心の闇に惑ひていそぎものせむとは思ひ寄らぬことになむ
 お世話致してから、特別にかわいく思いまして、あなたがお気づきにならないことも、立派にしてやろうと、内々に考えていたのでしたよ。まだ年端もゆかないうちに、親心の盲目から、急いで結婚させようとは考えもしないことです。
  Mi tatematuri si yori, kokoro koto ni omohi haberi te, soko ni obosi-itara nu koto wo mo, sugure taru sama ni motenasa m to koso, hito-sire-zu omohi habere. Monoge-naki hodo wo, kokoro no yami ni madohi te, isogi monose m to ha omohi-yora nu koto ni nam.
4.1.14  さても、誰かはかかることは聞こえけむ。 よからぬ世の人の言につきて、きはだけく思しのたまふも、あぢきなく、むなしきことにて、人の御名や汚れむ」
 それにしても、誰がそのようなことを申したのでしょう。つまらぬ世間の噂を取り上げて、容赦なくおっしゃるのも、つまらないことで、根も葉もない噂で、姫君のお名に傷がつくのではないでしょうか」
  Satemo, tare ka ha kakaru koto ha kikoye kem? Yokara nu yo no hito no koto ni tuki te, kiha dakeku obosi notamahu mo, adikinaku, munasiki koto nite, hito no ohom-na ya kegare m."
4.1.15  とのたまへば、
 とおっしゃると、
  to notamahe ba,
4.1.16  「 何の、浮きたることにかはべらむ。さぶらふめる人びとも、かつは皆もどき笑ふべかめるものを、いと口惜しく、やすからず思うたまへらるるや」
 「どうして、根も葉もないことでございましょうか。仕えている女房たちも、陰ではみな笑っているようですのに、とても悔しく、面白くなく存じられるのですよ」
  "Nani no, uki taru koto ni ka habera m? Saburahu meru hito-bito mo, katu ha mina modoki warahu beka' meru mono wo, ito kutiwosiku, yasukara zu omou tamahe raruru ya!"
4.1.17  とて、立ちたまひぬ。
 とおっしゃって、お立ちになった。
  tote, tati tamahi nu.
4.1.18   心知れるどちは、いみじういとほしく思ふ。一夜のしりう言の人びとは、まして心地も違ひて、「何にかかる睦物語をしけむ」と、思ひ嘆きあへり。
 事情を知っている女房どうしは、実におかわいそうに思う。先夜の陰口を叩いた女房たちは、それ以上に気も動転して、「どうしてあのような内緒話をしたのだろう」と、一同後悔し合っていた。
  Kokoro sire ru doti ha, imiziu itohosiku omohu. Hito-yo no siriugoto no hito-bito ha, masite kokoti mo tagahi te, "Nani ni kakaru mutu-monogatari wo si kem." to, omohi nageki-ahe ri.
注釈169二日ばかりありて参りたまへり内大臣が大宮邸に。4.1.1
注釈170子ながら恥づかしげにおはする御人ざま大宮の子ながら気がひけるほど立派な人、すなわち内大臣をいう。4.1.1
注釈171まほならずぞ見えたてまつりたまふ『集成』は「うちとけてまともに顔を合わすようなことをせず、横顔を向けながら話すのであろう」。『完訳』は「じかには顔を見合せない、半ば物越しの対面」と注す。4.1.1
注釈172ここにさぶらふも以下「おぼえはべりてなむ」まで、内大臣の詞。4.1.3
注釈173心置かれにたり『集成』は「不快に思っております」。『完訳』は「気がひけてしまいます」と訳す。4.1.3
注釈174よからぬもののうへにて雲居雁をさす。4.1.4
注釈175いかやうなることにてか以下「思さるらむ」まで、大宮の詞。4.1.6
注釈176頼もしき御蔭に以下「心憂く思うたまふる」まで、内大臣の詞。4.1.8
注釈177さりとも人となさせたまひてむと大宮が雲居雁を。4.1.8
注釈178思はずなることのはべりければ夕霧と雲居雁とが恋仲であることをいう。4.1.8
注釈179かの人の御ためにも夕霧をさす。4.1.9
注釈180さし離れきらきらしうめづらしげあるあたりに今めかしうもてなさるるこそをかしけれ内大臣の結婚観。『集成』は「世に時めいていて、今まで縁のなかった一族に、はなやかな婿扱いをされてこそ、晴れがましいものです。政治家として派閥を拡大したことになる」と注す。4.1.9
注釈181大臣も聞き思すところはべりなむ「大臣」は源氏をさす。「思す」は不快に思う意。4.1.9
注釈182すこしゆかしげあることをまぜてこそはべらめ『集成』は「婿として改まった扱いをし、多少とも世間からさすがだと思われるようなことを加えるのがよいと存じます。家柄にふさわしい婚儀を挙げるべきだという意」と注す。4.1.10
注釈183げにかうのたまふも以下「人の御名や汚れむ」まで、大宮の詞。4.1.12
注釈184げに、いと口惜しきことは、ここにこそまして嘆くべくはべれ『完訳』は「内大臣の「いと口惜しうなん」を受けて、「げに」と納得。自分(大宮)こそ。彼女も雲居雁の入内を諦めない」と注す。4.1.12
注釈185そこに思しいたらぬことをも『集成』は「「そこ」は、同等以下の者を呼ぶ二人称」と注す。4.1.13
注釈186心の闇に惑ひて「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな」(後撰集雑一、一一〇二、藤原兼輔)を踏まえる。4.1.13
注釈187いそぎものせむとは思ひ寄らぬことになむ夕霧と雲居雁を結婚させようとすることをさす。4.1.13
注釈188よからぬ世の人の言につきて『集成』は「身分の低い世間の者たちの噂を取り上げて」。『完訳』は「つまらない世間の噂を信用して」と訳す。4.1.14
注釈189何の浮きたることにかはべらむ以下「思うたまへらるるや」まで、内大臣の詞。4.1.16
出典7 心の闇に惑ひて 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな 後撰集雑一-一一〇二 藤原兼輔 4.1.13
校訂27 おぼえ おぼえ--(/+おほえ<朱>) 4.1.4
校訂28 こそ こそ--に(に/$こ)そ 4.1.9
校訂29 思す 思す--おほと(と/$す<朱>) 4.1.9
校訂30 たまふは たまふは--給はて(て/$<朱>) 4.1.12
校訂31 さまに さまに--さま(ま/+に) 4.1.13
校訂32 心知れる 心知れる--(/+心)しれる 4.1.18
4.2
第二段 内大臣、乳母らを非難する


4-2  Naidaijin blames nurses educating his daughter

4.2.1  姫君は、 何心もなくておはするに、 さしのぞきたまへれば 、いとらうたげなる御さまを、 あはれに見たてまつりたまふ
 姫君は、何もご存知でなくていらっしゃるのを、お覗きになると、とてもかわいらしいご様子なのを、しみじみと拝見なさる。
  Hime-Gimi ha, nani-gokoro mo naku te ohasuru ni, sasi-nozoki tamahe re ba, ito rautage naru ohom-sama wo, ahare ni mi tatematuri tamahu.
4.2.2  「 若き人といひながら心幼くものしたまひけるを 知らで、 いとかく人なみなみにと思ひける 我こそ、まさりてはかなかりけれ
 「若いと言っても、無分別でいらっしゃったのを知らないで、ほんとうにこうまで一人前にと思っていた自分こそ、もっとあさはかであったよ」
  "Wakaki hito to ihi nagara, kokoro-wosanaku monosi tamahi keru wo sira de, ito kaku hito nami-nami ni omohi keru ware koso, masari te hakanakari kere."
4.2.3  とて、御乳母どもをさいなみのたまふに、聞こえむ方なし。
 とおっしゃって、御乳母たちをお責めになるが、お返事の申しようもない。
  tote, ohom-menoto-domo wo sainami tamahu ni, kikoye m kata nasi.
4.2.4  「 かやうのことは、限りなき帝の御いつき女も、おのづから過つ例、 昔物語にもあめれど、けしきを知り伝ふる人、さるべき隙にてこそあらめ」
 「このようなことは、この上ない帝の大切な内親王も、いつの間にか過ちを起こす例は、昔物語にもあるようですが、二人の気持ちを知って仲立ちする人が、隙を窺ってするのでしょう」
  "Kayau no koto ha, kagirinaki Mikado no ohom-ituki musume mo, onodukara ayamatu tamesi, mukasi-monogatari ni mo a' mere do, kesiki wo siri tutahuru hito, saru-beki hima nite koso ara me."
4.2.5  「これは、明け暮れ立ちまじりたまひて年ごろおはしましつるを、何かは、いはけなき御ほどを、宮の御もてなしよりさし過ぐしても、隔てきこえさせむと、うちとけて過ぐしきこえつるを、 一昨年ばかりよりは、けざやかなる御もてなしになりにてはべるめるに、 若き人とても、うち紛ればみ、 いかにぞや、世づきたる人もおはすべかめるを、 夢に乱れたるところおはしまさざめれば、さらに思ひ寄らざりけること」
 「この二人は、朝夕ご一緒に長年過ごしていらっしゃったので、どうして、お小さい二人を、大宮様のお扱いをさし越えてお引き離し申すことができましょうと、安心して過ごして参りましたが、一昨年ごろからは、はっきり二人を隔てるお扱いに変わりましたようなので、若い人と言っても、人目をごまかして、どういうものにか、ませた真似をする人もいらっしゃるようですが、けっして色めいたところもなくいらっしゃるようなので、ちっとも思いもかけませんでした」
  "Kore ha, ake-kure tati-maziri tamahi te tosi-goro ohasimasi turu wo, nani ka ha, ihakenaki ohom-hodo wo, Miya no ohom-motenasi yori sasi-sugusi te mo, hedate kikoye sase m to, utitoke te sugusi kikoye turu wo, wototosi bakari yori ha, kezayaka naru ohom-motenasi ni nari nite haberu meru ni, wakaki hito tote mo, uti-magire-bami, ikani zo ya, yo-duki taru hito mo ohasu beka' meru wo, yume ni midare taru tokoro ohasimasa za' mere ba, sarani omohi-yora zari keru koto."
4.2.6  と、おのがどち嘆く。
 と、お互いに嘆く。
  to, onoga-doti nageku.
4.2.7  「 よし、しばし、かかること漏らさじ。隠れあるまじきことなれど、心をやりて、あらぬこととだに言ひ なされよ。今 かしこに渡したてまつりてむ。宮の御心のいとつらきなり。そこたちは、さりとも、いとかかれとしも、思はれざりけむ」
 「よし、暫くの間、このことは人に言うまい。隠しきれないことだが、よく注意して、せめて事実無根だともみ消しなさい。今からは自分の所に引き取ろう。大宮のお扱いが恨めしい。お前たちは、いくらなんでも、こうなって欲しいとは思わなかっただろう」
  "Yosi, sibasi, kakaru koto morasa zi. Kakure aru maziki koto nare do, kokoro wo yari te, ara nu koto to dani ihi-nasa re yo. Ima kasiko ni watasi tatematuri te m. Miya no mi-kokoro no ito turaki nari. Soko-tati ha, saritomo, ito kakare to simo, omoha re zari kem."
4.2.8  とのたまへば、「 いとほしきなかにも、うれしくのたまふ」と思ひて、
 とおっしゃるので、「困ったこととではあるが、嬉しいことをおっしゃる」と思って、
  to notamahe ba, "Itohosiki naka ni mo, uresiku notamahu." to omohi te,
4.2.9  「 あな、いみじや大納言殿に聞きたまはむことをさへ思ひはべれば、めでたきにても、ただ人の筋は、何のめづらしさにか思ひたまへかけむ」
 「まあ、とんでもありません。按察大納言殿のお耳に入ることをも考えますと、立派な人ではあっても、臣下の人であっては、何を結構なことと考えて望んだり致しましょう」
  "Ana, imizi ya! Dainagon-dono ni kiki tamaha m koto wo sahe omohi habere ba, medetaki nite mo, tadaudo no sudi ha, nani no medurasisa ni ka omohi tamahe kake m."
4.2.10  と聞こゆ。
 と申し上げる。
  to kikoyu.
4.2.11  姫君は、いと幼げなる御さまにて、 よろづに申したまへども、かひあるべきにもあらねば、うち泣きたまひて、
 姫君は、とても子供っぽいご様子で、いろいろとお申し上げなさっても、何もお分かりでないので、お泣きになって、
  Hime-Gimi ha, ito wosanage naru ohom-sama nite, yorodu ni mausi tamahe domo, kahi aru beki ni mo ara ne ba, uti-naki tamahi te,
4.2.12  「 いかにしてか、いたづらになりたまふまじきわざはすべからむ」
 「どうしたら、傷ものにおなりにならずにすむ道ができようか」
  "Ikani si te ka, itadura ni nari tamahu maziki waza ha su beka' ram."
4.2.13  と、忍びてさるべきどちのたまひて、大宮をのみぞ恨みきこえたまふ。
 と、こっそりと頼れる乳母たちとご相談なさって、大宮だけをお恨み申し上げなさる。
  to, sinobi te saru beki doti notamahi te, Oho-Miya wo nomi zo urami kikoye tamahu.
注釈190さしのぞきたまへれば主語は内大臣。4.2.1
注釈191あはれに見たてまつりたまふ主語は内大臣。4.2.1
注釈192若き人といひながら以下「はかなかりけれ」まで、内大臣の詞。4.2.2
注釈193心幼くものしたまひけるを『集成』は「こんなに無分別でいらっしゃったとは知らず。年頃の姫君として男女の仲に無知なことをいう」。『完訳』は「大人なら、もっと慎重だったのにと、として、幼い二人を思う」と注す。4.2.2
注釈194我こそまさりてはかなかりけれ『完訳』は「幼い雲居雁よりも、もっとあさはかだった。内大臣は、自らの愚かさを嘆く形で乳母らを責める」と注す。4.2.2
注釈195かやうのことは以下「さらに思ひ寄らざりけること」まで、乳母たちの詞。4.2.4
注釈196昔物語にもあめれど『集成』は「物語を人生の指針としている当時の女性である」と注す。4.2.4
注釈197若き人とても『完訳』は「以下、一般の若者。色恋ごとに傾く者もああるとして、「ゆめに乱れたる--」以下の夕霧と対比」と注す。4.2.5
注釈198いかにぞや『集成』「どうであろうか、と非難する気持を表す」と注す。4.2.5
注釈199夢に乱れたるところおはしまさざめれば夕霧についていう。4.2.5
注釈200よししばし以下「思はざりけむ」まで、内大臣の詞。4.2.7
注釈201かしこに渡したてまつりてむ雲居雁を自分の邸の方に移そうの意。4.2.7
注釈202いとほしきなかにも以下「うれしくのたまふ」まで、乳母の心中。『集成』は「困ったことと思いながらも」。『完訳』は「姫君にはおかわいそうだが」と訳す。4.2.8
注釈203あないみじや以下「思ひたまへかけむ」まで、乳母の詞。4.2.9
注釈204大納言殿に聞きたまはむことをさへ思ひはべれば雲居雁の母が再婚した按察大納言をさす。4.2.9
注釈205よろづに申したまへど『集成』は「ご注意申されても」と訳す。4.2.11
注釈206いかにしてか以下「わざはすべからむ」まで、内大臣の心中。4.2.12
校訂33 何心 何心--なに(に/+心) 4.2.1
校訂34 たまへれ たまへれ--給つ(つ/$へ<朱>)れ 4.2.1
校訂35 心幼く 心幼く--心おさな/\(/\/$く<朱>) 4.2.2
校訂36 いと いと--(/+いと<朱>) 4.2.2
校訂37 一昨年 一昨年--(/+おと)とし 4.2.5
校訂38 なされ なされ--なされ(なされ/$<朱>)なされ 4.2.7
4.3
第三段 大宮、内大臣を恨む


4-3  Omiya blames his son

4.3.1  宮は、いといとほしと思すなかにも、 男君の御かなしさはすぐれたまふにやあらむ、かかる心のありけるも、うつくしう思さるるに、 情けなく、こよなきことのやうに思しのたまへるを
 大宮は、とてもかわいいとお思いになる二人の中でも、男君へのご愛情がまさっていらっしゃるのであろうか、このような気持ちがあったのも、かわいらしくお思いになられるが、情愛なく、ひどいことのようにお考えになっておっしゃったのを、
  Miya ha, ito itohosi to obosu naka ni mo, Wotoko-Gimi no ohom-kanasisa ha sugure tamahu ni ya ara m, kakaru kokoro no ari keru mo, utukusiu obosa ruru ni, nasake naku, koyonaki koto no yau ni obosi notamahe ru wo,
4.3.2  「 などかさしもあるべきもとよりいたう思ひつきたまふことなくて、かくまでかしづかむとも思し立たざりしを、わがかくもてなしそめたればこそ、春宮の御ことをも 思しかけためれ。とりはづして、ただ人の宿世あらば、この君よりほかにまさるべき 人やはある。容貌、ありさまよりはじめて、等しき 人のあるべきかはこれより及びなからむ際にもとこそ思へ」
 「どうしてそんなに悪いことがあろうか。もともと深くおかわいがりになることもなくて、こんなにまで大事にしようともお考えにならなかったのに、わたしがこのように世話してきたからこそ、春宮へのご入内のこともお考えになったのに。思いどおりにゆかないで、臣下と結ばれるならば、この男君以外にまさった人がいるだろうか。器量や、態度をはじめとして、同等の人がいるだろうか。この姫君以上の身分の姫君が相応しいと思うのに」
  "Nadoka sasimo aru beki. Moto yori itau omohi-tuki tamahu koto naku te, kaku made kasiduka m tomo obosi-tata zari si wo, waga kaku motenasi some tare ba koso, Touguu no ohom-koto wo mo obosi-kake ta' mere. Tori-hadusi te, tadaudo no sukuse ara ba, kono Kimi yori hoka ni masaru beki hito ya ha aru? Katati, arisama yori hazime te, hitosiki hito no aru beki ka ha. Kore yori oyobi nakara m kiha ni mo to koso omohe."
4.3.3  と、 わが心ざしのまさればにや、大臣を恨めしう思ひきこえたまふ。 御心のうちを見せたてまつりたらば、ましていかに恨みきこえたまはむ
 と、ご自分の愛情が男君の方に傾くせいからであろうか、内大臣を恨めしくお思い申し上げなさる。もしもお心の中をお見せ申したら、どんなにかお恨み申し上げになることであろうか。
  to, waga kokorozasi no masare ba ni ya, Otodo wo uramesiu omohi kikoye tamahu. Mi-kokoro no uti wo mise tatematuri tara ba, masite ikani urami kikoye tamaha m.
注釈207男君の御かなしさはすぐれたまふにやあらむ『集成』は「ここでいわば一人前の恋する男として「男君」という呼称が使われている」と注す。語り手の挿入句。作中人物の心理を忖度してみせ、読者の関心を引きつける。4.3.1
注釈208情けなくこよなきことのやうに思しのたまへるを主語は内大臣。4.3.1
注釈209などかさしもあるべき以下「とこそ思へ」まで、大宮の心中。4.3.2
注釈210もとよりいたう思ひつきたまふことなくて主語は内大臣。4.3.2
注釈211思しかけためれ「こそ」--「めれ」已然形の係結び、逆接用法。4.3.2
注釈212人やはある反語表現。4.3.2
注釈213人のあるべきかは反語表現。4.3.2
注釈214これより及びなからむ際にも『集成』は「雲居雁以上の、及びもつかぬような身分の方にでもふさわしいと思うのに。夕霧は内親王の婿にでもふさわしいと、大宮は思う」と注す。4.3.2
注釈215わが心ざしのまさればにや挿入句。大宮の内省と語り手の忖度両義。4.3.3
注釈216御心のうちを見せたてまつりたらばましていかに恨みきこえたまはむ『完訳』は「以下、語り手の評」と注す。4.3.3
4.4
第四段 大宮、夕霧に忠告


4-4  Omiya advises to her grandson, Yugiri

4.4.1  かく騒がるらむとも知らで、冠者の君参りたまへり。一夜も人目しげうて、 思ふことをもえ聞こえずなりにしかば、常よりもあはれにおぼえたまひければ、 夕つ方おはしたるなるべし
 このように騷がれているとも知らないで、冠者の君が参上なさった。先夜も人目が多くて、思っていることもお申し上げになることができずに終わってしまったので、いつもよりもしみじみと思われなさったので、夕方いらっしゃったのであろう。
  Kaku sawaga ru ram tomo sira de, Kwanzya-no-Kimi mawiri tamahe ri. Hito-yo mo hitome sigeu te, omohu koto wo mo e kikoye zu nari ni sika ba, tune yori mo ahare ni oboye tamahi kere ba, yuhu-tu-kata ohasi taru naru besi.
4.4.2  宮、例は 是非知らず、うち笑みて待ちよろこびきこえたまふを、まめだちて物語など聞こえたまふついでに、
 大宮は、いつもは何はさておき、微笑んでお待ち申し上げていらっしゃるのに、まじめなお顔つきでお話など申し上げなさる時に、
  Miya, rei ha zehi sira zu, uti-wemi te mati yorokobi kikoye tamahu wo, mamedati te, monogatari nado kikoye tamahu tuide ni,
4.4.3  「 御ことにより、内大臣の怨じてものしたまひにしかば、いとなむ いとほしきゆかしげなきことをしも思ひそめたまひて、人にもの思はせたまひつべきが心苦しきこと。かうも聞こえじと思へど、 さる心も知りたまはでやと思へばなむ」
 「あなたのお事で、内大臣殿がお恨みになっていらっしゃったので、とてもお気の毒です。人に感心されないことにご執心なさって、わたしに心配かけさせることがつらいのです。こんなことはお耳に入れまいと思いますが、そのようなこともご存知なくてはと思いまして」
  "Ohom-koto ni yori, Uti-no-Otodo no wen-zi te monosi tamahi ni sika ba, ito nam itohosiki. Yukasige naki koto wo simo omohi-some tamahi te, hito ni mono omoha se tamahi tu beki ga kokoro-gurusiki koto. Kau mo kikoye zi to omohe do, saru kokoro mo siri tamaha de ya to omohe ba nam."
4.4.4  と聞こえたまへば、心にかかれることの筋なれば、ふと思ひ寄りぬ。面赤みて、
 と申し上げなさると、心配していた方面のことなので、すぐに気がついた。顔が赤くなって、
  to kikoye tamahe ba, kokoro ni kakare ru koto no sudi nare ba, huto omohi-yori nu. Omote akami te,
4.4.5  「 何ごとにかはべらむ静かなる所に籠もりはべりにしのち、ともかくも人に交じる折なければ、恨みたまふべきことはべらじとなむ思ひたまふる」
 「どのようなことでしょうか。静かな所に籠もりまして以来、何かにつけて人と交際する機会もないので、お恨みになることはございますまいと存じておりますが」
  "Nani-goto ni ka habera m? Siduka naru tokoro ni komori haberi ni si noti, tomo-kakumo hito ni maziru wori nakere ba, urami tamahu beki koto habera zi to nam omohi tamahuru."
4.4.6  とて、いと恥づかしと思へるけしきを、あはれに心苦しうて、
 と言って、とても恥ずかしがっている様子を、かわいくも気の毒に思って、
  tote, ito hadukasi to omohe ru kesiki wo, ahare ni kokoro-gurusiu te,
4.4.7  「 よし。今よりだに用意したまへ
 「よろしい。せめて今からはご注意なさい」
  "Yosi. Ima yori dani youi si tamahe."
4.4.8  とばかりにて、異事に言ひなしたまうつ。
 とだけおっしゃって、他の話にしておしまいになった。
  to bakari ni te, koto-goto ni ihi-nasi tamau tu.
注釈217思ふことをもえ聞こえずなりにしかば主語は夕霧。4.4.1
注釈218夕つ方おはしたるなるべし『完訳』は「語り手の推測。夕霧の恋の苦悩を想像させる語り口である」と注す。4.4.1
注釈219御ことにより以下「思へばなむ」まで、大宮の詞。4.4.3
注釈220いとほしき『集成』は「困っています」。『完訳』は「つらく思われます」と訳す。4.4.3
注釈221ゆかしげなきこと『集成』は人に感心されない、いとこ同士の恋愛沙汰をいう」と注す。4.4.3
注釈222さる心も知りたまはでやと内大臣が雲居雁と夕霧の関係を知って立腹しているということをさす。4.4.3
注釈223何ごとにかはべらむ以下「となむ思ひたまふる」まで、夕霧の詞。4.4.5
注釈224静かなる所に籠もりはべりにしのち二条東院の夕霧の学問所。4.4.5
注釈225よし今よりだに用意したまへ大宮の詞。4.4.7
校訂39 是非 是非--せ(せ/=いイ)ひ 4.4.2
Last updated 8/5/2001
渋谷栄一校訂(C)(ver.1-2-2)
Last updated 8/5/2001
渋谷栄一注釈(ver.1-1-2)
Last updated 8/5/2001
渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-2)
Last updated 8/29/2002
Written in Japanese roman letters
by Eiichi Shibuya (C) (ver.1-3-2)
Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
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