19 薄雲(大島本)


USUGUMO


光る源氏の内大臣時代
三十一歳冬十二月から三十二歳秋までの物語



Tale of Hikaru-Genji's Nai-Daijin era, from December in winter at the age of 31 to fall at the age of 32

4
第四章 冷泉帝の物語 出生の秘密と譲位ほのめかし


4  Tale of Reizei  Mikado gets to know his father and thinks to hand over the throne to Genji

4.1
第一段 夜居僧都、帝に密奏


4-1  A Buddhist priest wants to let Mikado know his father

4.1.1   御わざなども過ぎて、事ども静まりて、帝、もの心細く思したり。この入道の宮の御母后の御世より伝はりて、次々の御祈りの師にてさぶらひける僧都、故宮にもいとやむごとなく親しきものに思したりしを、朝廷にも重き御おぼえにて、いかめしき御願ども多く立てて、世にかしこき聖なりける、年七十ばかりにて、今は終りの行なひをせむとて籠もりたるが、 宮の御事によりて出でたるを、内裏より召しありて、常にさぶらはせたまふ。
 ご法事なども終わって、諸々の事柄も落ち着いて、帝、何となく心細くお思いであった。この入道の宮の母后の御代から伝わって、代々のご祈祷の僧としてお仕えしてきた僧都、故宮におかれてもたいそう尊敬なさって信頼していらっしゃったが、帝におかせられても御信任厚くて、重大な御勅願をいくつもお立てになって、実にすぐれた僧侶であったが、年は七十歳ほどで、今は自分の後生を願うための勤行をしようと思って籠もっていたのだが、宮の御事のために出て来ていたのを、宮中からお召しがあって、いつも伺候させてお置きになる。
  Mi-waza nado mo sugi te, koto-domo sidumari te, Mikado, mono-kokoro-bosoku obosi tari. Kono Nihudau-no-Miya no ohom-haha-Gisaki no mi-yo yori tutahari te, tugi-tugi no ohom-inori no si nite saburahi keru Soudu, ko-Miya ni mo ito yamgotonaku sitasiki mono ni obosi tari si wo, Ohoyake ni mo omoki ohom-oboye nite, ikamesiki ohom-gwan-domo ohoku tate te, yo ni kasikoki hiziri nari keru, tosi siti-zihu bakari nite, ima ha wohari no okonahi wo se m tote komori taru ga, Miya no ohom-koto ni yori te ide taru wo, Uti yori mesi ari te, tune ni saburaha se tamahu.
4.1.2  このごろは、なほもとのごとく参りさぶらはるべきよし、大臣も勧めのたまへば、
 これからは、やはり以前同様に参内してお仕えするように、大臣もお勧めおっしゃるなるので、
  Kono-goro ha, naho moto no gotoku mawiri haberu beki yosi, Otodo mo susume notamahe ba,
4.1.3  「 今は、夜居など、いと堪へがたうおぼえはべれど、仰せ言のかしこきにより、 古き心ざしを添へて
 「今では、夜居のお勤めなどは、とても堪えがたく思われますが、お言葉の恐れ多いのによって、昔からのご厚志に感謝を込めて」
  "Ima ha, yowi nado, ito tahe-gatau oboye habere do, ohose-goto no kasikoki ni yori, huruki kokorozasi wo sohe te."
4.1.4  とて、さぶらふに、静かなる暁に、人も近くさぶらはず、あるはまかでなどしぬるほどに、古代にうちしはぶきつつ、世の中のことども奏したまふついでに、
 と言って、お仕えしたが、静かな暁に、誰もお側近くにいないで、ある人は里に退出などしていた折に、老人っぽく咳をしながら、世の中の事どもを奏上なさるついでに、
  tote, saburahu ni, siduka naru akatuki ni, hito mo tikaku saburaha zu, aru ha makade nado si nuru hodo ni, kotai ni uti-sihabuki tutu, yononaka no koto-domo sou-si tamahu tuide ni,
4.1.5  「 いと奏しがたくかへりては罪にもやまかり当たらむと思ひたまへ憚る方多かれど、 知ろし召さぬに、罪重くて天眼恐ろしく思ひたまへらるることを、心にむせびはべりつつ、命終りはべりなば、 何の益かははべらむ。仏も 心ぎたなしとや思し召さむ」
 「まことに申し上げにくく、申し上げたらかえって罪に当たろうかと憚り存じられることが多いのですが、御存じでないために、罪が重くて、天眼が恐ろしく存じられますことを、心中に嘆きながら、寿命が終わってしまいましたならば、何の益がございましょうか。仏も不正直なとお思いになるでしょう」
  "Ito sou-si-gataku, kaherite ha tumi ni mo ya makari atara m to omohi tamahe habakaru kata ohokare do, sirosimesa nu ni, tumi omoku te, tengen osorosiku omohi tamahe raruru koto wo, kokoro ni musebi haberi tutu, inoti wohari haberi na ba, nani no yaku ka ha habera m. Hotoke mo kokoro-gitanasi to ya obosimesa m."
4.1.6  とばかり奏しさして、えうち出でぬことあり。
 とだけ申し上げかけて、それ以上言えないことがある。
  to bakari sou-si te, e uti-ide nu koto ari.
注釈128御わざなども過ぎて四十九日忌までの七日ごとの法事。4.1.1
注釈129宮の御事藤壷の病気平癒の祈祷。4.1.1
注釈130今は夜居など以下「心ざしに添へて」まで、僧都の返事。応諾。4.1.3
注釈131古き心ざしを添へて『集成』は「昔からご奉仕してまいりました志も取り添えまして(お勤めいたしましょう)」。『完訳』は「昔から代々のご恩顧にお報いする気持をこめて」と訳す。4.1.3
注釈132いと奏しがたく以下「思し召さむ」まで、僧都の詞。4.1.5
注釈133かへりては罪にもやまかり当たらむと『集成』は「かえって罪科に当りもいたしましょうかと」。『完訳』は「お話し申してはかえって仏罰をもこうむることになろうかと」と訳す。4.1.5
注釈134知ろし召さぬに罪重くて『集成』は「ご存じでいらせられぬと」「拙僧の罪も重くて。帝が、源氏が実の父であることをご存じなく、源氏に対して父としての礼を尽しておられぬために天変も起っている。真相を知る自分が、帝にそのことをお知らせしない罪は重い、という」。『完訳』は「僧都が告げないので帝が真実を知らぬための、僧都の罪。一説には、真実を知らぬ帝自身の罪」と注す。4.1.5
注釈135天眼恐ろしく『新大系』は「「天眼」は、遠近や昼夜などの区別なく物事を見通す力。青表紙他本多く「天の眼(まなこ)」は「天眼」の和語。このあたり、帝の出生の秘密に関する」と注す。4.1.5
注釈136何の益かははべらむ反語表現。何の益がございましょうか、まった無益なことになりましょう、の意。4.1.5
注釈137心ぎたなし『集成』は「未練がましい」。『完訳』は「不正直な」と訳す。4.1.5
4.2
第二段 冷泉帝、出生の秘密を知る


4-2  Reizei knows that his father is Genji

4.2.1  主上、「 何事ならむ。この世に恨み残るべく思ふことやあらむ。法師は、聖といへども、あるまじき横様の嫉み深く、うたてあるものを」と思して、
 帝は、「何事だろう。この世に執着の残るよう思うことがあるのだろうか。法師は、聖僧といっても、道に外れた嫉妬心が深くて、困ったものだから」とお思いになって、
  Uhe, "Nani-goto nara m? Konoyo ni urami nokoru beku omohu koto ya ara m? Hohusi ha, hiziri to ihedomo, aru maziki yoko-zama no sonemi hukaku, utate aru mono wo." to obosi te,
4.2.2  「 いはけなかりし時より 、隔て思ふことなきを、そこには、かく忍び残されたることありけるをなむ、つらく思ひぬる」
 「幼かった時から、隔てなく思っていたのに、そなたには、そのように隠してこられたことがあったとは、つらく思いますぞ」
  "Ihakenakari si toki yori, hedate omohu koto naki wo, soko ni ha, kaku sinobi nokosa re taru koto ari keru wo nam, turaku omohi nuru."
4.2.3  とのたまはすれば、
 と仰せになると、
  to notamahasure ba,
4.2.4  「 あなかしこさらに、仏の諌め守りたまふ真言の深き道をだに、隠しとどむることなく広め仕うまつりはべり。まして、心に隈あること、何ごとにかはべらむ。
 「ああ恐れ多い。少しも、仏の禁じて秘密になさる真言の深い道でさえ、隠しとどめることなくご伝授申し上げております。まして、心に隠していることは、何がございましょうか。
  "Ana kasiko! Sara ni, Hotoke no isame mamori tamahu Singon no hukaki miti wo dani, kakusi todomuru koto naku hirome tukau-maturi haberi. Masite, kokoro ni kuma aru koto, nani-goto ni ka habera m.
4.2.5  これは来し方行く先の大事とはべることを、過ぎおはしましにし院、后の宮、ただ今世をまつりごちたまふ大臣の御ため、 すべて、かへりてよからぬ事にや漏り出ではべらむ。かかる老法師の身には、たとひ愁へはべりとも、何の悔かはべらむ。 仏天の告げあるによりて奏しはべるなり。
 これは、過去来世にわたる重大事でございますが、お隠れあそばしました院、后の宮、現在政治をお執りになっている大臣の御ために、すべて、かえってよくないこととして漏れ出すことがありはしまいか。このような老法師の身には、たとい災いがありましょうとも、何の悔いもありません。仏天のお告げがあることによって申し上げるのでございます。
  Kore ha kisi-kata yuku-saki no daizi to haberu koto wo, sugi ohasimasi ni si Win, Kisai-no-Miya, tada ima yo wo maturigoti tamahu Otodo no ohom-tame, subete, kaheri te yokara nu koto ni ya mori-ide habera m. Kakaru oyi-hohusi no mi ni ha, tatohi urehe haberi tomo, nani no kuyi ka habera m. Butten no tuge aru ni yori te sou-si haberu nari.
4.2.6  わが君はらまれおはしましたりし時より、故宮の深く思し嘆くことありて、 御祈り仕うまつらせたまふゆゑなむはべりし詳しくは法師の心にえ悟りはべらず。事の違ひめありて、大臣横様の罪に当たりたまひし時、いよいよ懼ぢ思し召して、重ねて御祈り ども承はりはべりしを、大臣も聞こし召してなむ、またさらに言加へ仰せられて、御位に即きおはしまししまで仕うまつることどもはべりし。
 わが君がご胎内にいらっしゃった時から、故宮には深くご悲嘆なられることがあって、ご祈祷をおさせになる仔細がございました。詳しいことは法師の心には理解できません。思いがけない事件が起こって、大臣が無実の罪に当たりなさった時、ますます恐ろしくお思いあそばされて、重ねてご祈祷を承りましたが、大臣もご理解あそばして、またさらにご祈祷を仰せつけになって、御即位あそばした時までお勤め申した事がございました。
  Waga-Kimi harama re ohasimasi tari si toki yori, ko-Miya no hukaku obosi nageku koto ari te, ohom-inori tukau-matura se tamahu yuwe nam haberi si. Kuhasiku ha hohusi no kokoro ni e satori habera zu. Koto no tagahime ari te, Otodo yokosama no tumi ni atari tamahi si toki, iyo-iyo odi obosi-mesi te, kasane te ohom-inori-domo uketamahari haberi si wo, Otodo mo kikosi-mesi te nam, mata sarani koto kuhahe ohose rare te, mi-kurai ni tuki ohasimasi si made tukau-maturu koto-domo haberi si.
4.2.7   その承りしさま
 その承りましたご祈祷の内容は」
  Sono uketamahari si sama."
4.2.8  とて、詳しく奏するを聞こし召すに、 あさましうめづらかにて、恐ろしうも悲しうも、さまざまに御心乱れたり
 と言って、詳しく奏上するのをお聞きあそばすと、驚くほどめったにないことで、恐ろしくも悲しくも、さまざまにお心がお乱れになった。
  tote, kuhasiku sou-suru wo kikosimesu ni, asamasiu meduraka ni te, osorosiu mo kanasiu mo, sama-zama ni mi-kokoro midare tari.
4.2.9  とばかり、御応へもなければ、僧都、「 進み奏しつるを便なく思し召すにや」と、わづらはしく思ひて、やをらかしこまりてまかづるを、召し止めて、
 しばらくの間、返事もないので、僧都、「進んで奏上したのを不都合にお思いになったのだろうか」と、困ったことに思って、静かに恐縮して退出するのを、お呼び止めになって、
  Tobakari, ohom-irahe mo nakere ba, Soudu, "Susumi sou-si turu wo binnaku obosi-mesu ni ya" to, wadurahasiku omohi te, yawora kasikomari te makaduru wo, mesi-todome te,
4.2.10  「 心に知らで過ぎなましかば、後の世までの咎めあるべかりけることを、今まで忍び籠められたりけるをなむ、かへりてはうしろめたき心なりと思ひぬる。またこの事を知りて漏らし伝ふる たぐひやあらむ」
 「知らずに過ぎてしまったならば、来世までも罪があるに違いなかったことを、今まで隠しておられたのを、かえって安心のならない人だと思った。またこの事を知っていて誰かに漏らすような人はいるだろうか」
  "Kokoro ni sira de sugi na masika ba, noti no yo made no togame aru bekari keru koto wo, ima made sinobi-kome rare tari keru wo nam, kaherite ha usirometaki kokoro nari to omohi nuru. Mata kono koto wo siri te morasi tutahuru taguhi ya ara m?"
4.2.11  とのたまはす。
 と仰せになる。
  to notamahasu.
4.2.12  「 さらに、なにがしと王命婦とより他の人、この事のけしき見たるはべらず。 さるによりなむ、いと恐ろしうはべる。天変しきりにさとし、世の中静かならぬは、このけなり。いときなく、ものの心知ろし召すまじかりつるほどこそはべりつれ、やうやう御齢足りおはしまして、何事もわきまへさせたまふべき時に至りて、咎をも示すなり。 よろづのこと、親の御世より始まるにこそはべるなれ。何の罪とも知ろし召さぬが恐ろしきにより、思ひたまへ消ちてしことを、さらに心より出しはべりぬること」
 「いえまったく、拙僧と王命婦以外の人は、この事の様子を知っている者はございません。それだから、実に恐ろしいのでございます。天変地異がしきりに現れ、世の中が平穏でないのは、このせいです。御幼少で、物の道理を御分別おできになれなかった間はよろしうございましたが、だんだんと御年齢が加わっていらっしゃいまして、何事も御分別あそばせるころになったので、咎を示すのです。万事、親の御代より始まるもののようでございます。何の罪とも御存知あそばさないのが恐ろしいので、忘れ去ろうとしていたことを、あえて申し上げた次第です」
  "Sarani, nanigasi to Wau-Myaubu to yori hoka no hito, kono koto no kesiki mi taru habera zu. Saru ni yori nam, ito osorosiu haberu. Tenpen sikiri ni satosi, yononaka siduka nara nu ha, kono ke nari. Itokinaku, mono no kokoro sirosimesu mazikari turu hodo koso haberi ture, yau-yau ohom-yohahi tari ohasimasi te, nani-goto mo wakimahe sase tamahu beki toki ni itari te, toga wo mo simesu nari. Yorodu no koto, oya no mi-yo yori hazimaru ni koso haberu nare. Nani no tumi to mo sirosimesa nu ga osorosiki ni yori, omohi tamahe keti te si koto wo, sara ni kokoro yori idasi haberi nuru koto."
4.2.13  と、泣く泣く聞こゆるほどに、 明け果てぬれば、まかでぬ
 と、泣く泣く申し上げるうちに、夜がすっかり明けてしまったので、退出した。
  to, naku-naku kikoyuru hodo ni, ake-hate nure ba, makade nu.
4.2.14   主上は、夢のやうにいみじきことを聞かせたまひて、いろいろに思し乱れさせたまふ。
 主上は、夢のような心地で重大な事をお聞きあそばして、さまざまにお思い乱れなさる。
  Uhe ha, yume no yau ni imiziki koto wo kika se tamahi te, iro-iro ni obosi midare sase tamahu.
4.2.15  「 故院の御ためもうしろめたく、大臣のかくただ人にて世に仕へたまふも、あはれにかたじけなかりける事」
 「故院の御為にもお気がとがめ、大臣がこのように臣下として朝廷に仕えていらっしゃるのも、もったいないこと」
  "Ko-Win no ohom-tame mo usirometaku, Otodo no kaku tada-udo nite yo ni tukahe tamahu mo, ahare ni katazikenakari keru koto."
4.2.16  かたがた思し悩みて、日たくるまで 出でさせたまはねば、「かくなむ」と聞きたまひて、大臣も驚きて参りたまへるを、御覧ずるにつけても、いとど忍びがたく思し召されて、御涙のこぼれさせたまひぬるを、
 あれこれと御煩悶なさって、日が高くなるまでお出ましにならないので、「これこれしかじかである」とお聞きになって、大臣も驚いて参内なさったのを、お目にかかりあそばすにつけても、ますます堪えがたくお思いになって、お涙がこぼれあそばしたのを、
  Kata-gata obosi-nayami te, hi takuru made ide sase tamaha ne ba, "Kaku nam." to kiki tamahi te, Otodo mo odoroki te mawiri tamahe ru wo, go-ran-zuru ni tuke te mo, itodo sinobi gataku obosimesa re te, ohom-namida no kobore sase tamahi nuru wo,
4.2.17  「 おほかた故宮の御事を、干る世なく思し召したるころなればなめり」
 「おおかた故母宮の御事を、涙の乾く間もなくお悲しみになっているころだからなのだろう」
  "Ohokata ko-Miya no ohom-koto wo, hiru yo naku obosimesi taru koro nare ba na' meri."
4.2.18  と見たてまつりたまふ。
 と拝し上げなさる。
  to mi tatematuri tamahu.
注釈138何事ならむ以下「うたてあるものを」まで、帝の心中。4.2.1
注釈139いはけなかりし時より以下「つらく思ひぬる」まで、帝の詞。4.2.2
注釈140あなかしこ以下「その承りしさま」まで、僧都の詞。4.2.4
注釈141さらに「隠しとどむることなく」に係る。4.2.4
注釈142すべてかへりてよからぬ事にや漏り出ではべらむ『集成』は「(このまにしておきますと)かえってお為にならぬこととして世間に取り沙汰される恐れもございましょう」。『完訳』は「このまま内密にしておきますと、世間に取り沙汰されて、すべてかえってよからぬ結果となりはしないでしょうか」と訳す。4.2.5
注釈143仏天の告げあるによりて『集成』は「仏と天部の諸神(仏法の守護神)」。『完訳』は「「仏天」は仏の尊称。一説には仏と天。この「仏天の告げ」は「天変のさとし」とは別途の啓示」と注す。4.2.5
注釈144御祈り仕うまつらせたまふゆゑなむはべりし『完訳』は「秘事露顕を防ぎ、源氏の思慕を抑えさせるための祈祷であろう」と注す。4.2.6
注釈145詳しくは法師の心にえ悟りはべらず男女関係の問題であることをほのめかす。4.2.6
注釈146その承りしさま『完訳』は「以下、僧都の詳述を略す筆法」と注す。4.2.7
注釈147あさましうめづらかにて恐ろしうも悲しうもさまざまに御心乱れたり『集成』は「思いもかけぬ驚くべきことで。実の父が源氏であることをはじめてご承知になった気持」と注す。4.2.8
注釈148進み奏しつるを便なく思し召すにや僧都の心中。4.2.9
注釈149心に知らで過ぎなましかば以下「たぐひやあらむ」まで、帝の詞。4.2.10
注釈150さらになにがしと王命婦とより他の人以下「心より出しはべりぬること」まで、僧都の詞。「さらに」は「はべらず」に係る。4.2.12
注釈151さるによりなむいと恐ろしうはべる『集成』は「それだからこそ、大層恐ろしく存じられます。誰も知る者のない秘密だからこそ仏天の照覧が恐ろしい、の意」。『完訳』は「真相を知らせなかったら、天変が続き帝に天譴が下るだろう、それが恐ろしい」と注す。4.2.12
注釈152よろづのこと親の御世より始まるにこそはべるなれ「こそ」「なれ」伝聞推定の助動詞。万事親の因果が子に出現するという仏教思想。4.2.12
注釈153明け果てぬればまかでぬ夜が明けて僧都退出。4.2.13
注釈154主上は、夢のやうに僧都退出後の帝、苦悩煩悶する。翌日の物語。4.2.14
注釈155故院の御ためも以下「かたじけなかりける事」まで、帝の心中。4.2.15
注釈156出でさせたまはねば夜の御殿から。4.2.16
注釈157おほかた以下「ころなればなめり」まで、源氏の心中。4.2.17
校訂21 いはけなかり いはけなかり--いは(は/$は<朱>)けなかり 4.2.2
校訂22 ども ども--とん(ん/$も<朱>) 4.2.6
校訂23 たぐひや たぐひや--たくひ(ひ/+や) 4.2.10
4.3
第三段 帝、譲位の考えを漏らす


4-3  Reizei drops a hint to hand over the throne and to retire

4.3.1   その日、式部卿の親王亡せたまひぬるよし奏するに、いよいよ世の中の騒がしきことを嘆き思したり。かかる ころなれば、大臣は里にもえまかでたまはで、つとさぶらひたまふ。
 その日、式部卿の親王がお亡くなりになった旨を奏上するので、ますます世の中の穏やかならざることをお嘆きになった。このような状況なので、大臣は里にもご退出になることができず、付ききりでいらっしゃる。
  Sono hi, Sikibukyau-no-Miko use tamahi nuru yosi sou-suru ni, iyo-iyo yononaka no sawagasiki koto wo nageki obosi tari. Kakaru koro nare ba, Otodo ha sato ni mo e makade tamaha de, tuto saburahi tamahu.
4.3.2  しめやかなる御物語のついでに、
 しんみりとしたお話のついでに、
  Simeyaka naru ohom-monogatari no tuide ni,
4.3.3  「 世は尽きぬるにやあらむ、もの心細く例ならぬ心地なむするを、天の下もかくのどかならぬに、よろづあわたたしくなむ。故宮の思さむところによりてこそ、 世間のことも思ひ憚りつれ、今は心やすきさまにても過ぐさまほしくなむ」
 「わが寿命は終わってしまうのであろうか、何となく心細くいつもと違った心地がします上に、世の中もこのように穏やかでないので、万事落ち着かない気がします。故宮がご心配なさるからと思って、帝位のことも遠慮しておりましたが、今では安楽な状態で世を過ごしたく思っています」
  "Yo ha tuki nuru ni ya ara m? Mono-kokoro-bosoku rei nara nu kokoti nam suru wo, ame-no-sita mo kaku nodoka nara nu ni, yorodu awatatasiku nam. Ko-Miya no obosa m tokoro ni yori te koso, seken no koto mo omohi habakari ture, ima ha kokoro-yasuki sama ni te mo sugusa mahosiku nam."
4.3.4  と語らひきこえたまふ。
 と御相談申し上げなさる。
  to katarahi kikoye tamahu.
4.3.5  「 いとあるまじき御ことなり。世の静かならぬことは、かならず政事の直く、ゆがめるにもよりはべらず。さかしき世にしもなむ、よからぬことどももはべりける。聖の帝の世にも、横様の乱れ出で来ること、唐土にもはべりける。わが国にもさなむはべる。まして、ことわりの齢 どもの、時至りぬるを、思し嘆くべきことにもはべらず」
 「まったくとんでもないお考えです。世の中が静かでないことは、必ずしも政道が真っ直ぐ、また曲がっていることによるのではございません。すぐれた世でも、よくないことどもはございました。聖の帝の御世にも、横ざまの乱れが出てきたこと、唐土にもございました。わが国でもそうでございます。まして、当然の年齢の方々が寿命の至るのも、お嘆きになることではございません」
  "Ito aru maziki ohom-koto nari. Yo no siduka nara nu koto ha, kanarazu maturigoto no nahoku, yugame ru ni mo yori habera zu. Sakasiki yo ni simo nam, yokara nu koto-domo haberi keru. Hiziri no mikado no yo ni mo, yokosama no midare ide-kuru koto, Morokosi ni mo haberi keru. Waga kuni ni mo sa nam haberu. Masite, kotowari no yohahi-domo no toki itari nuru wo, obosi-nageku beki koto ni mo habera zu."
4.3.6  など、すべて多くのことどもを聞こえたまふ。 片端まねぶも、いとかたはらいたしや
 などと、なにかにつけたくさんのことがらを申し上げなさる。その一部分を語り伝えるのも、とても気がひける。
  nado, subete ohoku no koto-domo wo kikoye tamahu. Katahasi manebu mo, ito kataharaitasi ya!
4.3.7  常よりも黒き御装ひに、やつしたまへる御容貌、違ふところなし。主上も、年ごろ御鏡にも、思しよることなれど、聞こし召ししことの後は、またこまかに見たてまつり たまひつつ、ことにいとあはれに思し召さるれば、「 いかで、このことをかすめ聞こえばや」と思せど、さすがに、 はしたなくも思しぬべきことなれば、若き御心地につつましくて、 ふともえうち出できこえたまはぬほどは、ただおほかたのことどもを、常よりことになつかしう聞こえさせたまふ。
 いつもより黒いお召し物で、喪に服していらっしゃるご容貌、違うところがない。主上も、いく年もお鏡を御覧になるにつけ、お気づきなっていることであるが、お聞きあそばしたことの後は、またしげしげとお顔を御覧になりながら、格別にいっそうしみじみとお思いなされるので、「何とかして、このことをちらっと申し上げたい」とお思いになるが、何といってもやはり、きまりが悪くお思いになるに違いないことなので、お若い心地から遠慮されて、すぐにお話申し上げられないあいだは、世間一般の話をいつもより特に親密にお話し申し上げあそばす。
  Tune yori mo kuroki ohom-yosohi ni, yatusi tamahe ru ohom-katati, tagahu tokoro nasi. Uhe mo, tosi-goro ohom-kagami ni mo, obosi-yoru koto nare do, kikosimesi si koto no noti ha, mata komaka ni mi tatematuri tamahi tutu, koto ni ito ahare ni obosimesa rure ba, "Ikade, kono koto wo kasume kikoye baya!" to obose do, sasuga ni, hasitanaku mo obosi nu beki koto nare ba, wakaki mi-kokoti ni tutumasiku te, huto mo e uti-ide kikoye tamaha nu hodo ha, tada ohokata no koto-domo wo, tune yori koto ni natukasiu kikoye sase tamahu.
4.3.8  うちかしこまりたまへるさまにて、いと御けしきことなるを、かしこき人の御目には、あやしと見たてまつりたまへど、いとかく、さださだと聞こし召したらむとは思さざりけり。
 慇懃にかしこまっていらっしゃるご態度で、とても御様子が違っているのを、すぐれた人のお眼には、妙だと拝し上げなさったが、とてもこのように、はっきりとお聞きあそばしたとはお思いもよりなさらなかったのであった。
  Uti-kasikomari tamahe ru sama nite, ito mi-kesiki koto naru wo, kasikoki hito no ohom-me ni ha, ayasi to mi tatematuri tamahe do, ito kaku, sada-sada to kikosimesi tara m to ha obosa zari keri.
注釈158その日式部卿の親王亡せたまひぬるよし奏するに桐壷帝の弟宮、桃園式部卿宮、朝顔斎院の父宮。4.3.1
注釈159世は尽きぬるにやあらむ以下「過ぐさまほしくなむ」まで、帝の詞。譲位したい希望を述べる。4.3.3
注釈160世間のことも思ひ憚りつれ『新大系』「「世間の事」は、自分が帝位にあることをいう。「心やすきさま」は、譲位後の安寧な生活をさす」と注す。「こそ」「つれ」已然形、係結び。逆接用法。4.3.3
注釈161いとあるまじき御ことなり以下「思し嘆くべきことにもはべらず」まで、源氏の詞。強く諌止する。4.3.5
注釈162片端まねぶもいとかたはらいたしや『集成』は「その一端をお話しするのも、とても気のひけることです。政道に関することへの言及を女として憚る草子地」と注す。4.3.6
注釈163いかでこのことをかすめ聞こえばや冷泉帝の心中。出生の秘密を知ったことを源氏に。4.3.7
注釈164はしたなくも思しぬべきこと主語は源氏。4.3.7
校訂24 ころ ころ--こゝ(ゝ/#)ろ 4.3.1
校訂25 ども ども--とん(ん/$も<朱>) 4.3.5
校訂26 たまひつつ たまひつつ--*給ふつゝ 4.3.7
校訂27 ふとも ふとも--ふとん(ん/$も<朱>) 4.3.7
4.4
第四段 帝、源氏への譲位を思う


4-4  Reizei thinks to hand over the throne to Genji

4.4.1  主上は、王命婦に詳しきことは、問はまほしう思し召せど、
 主上は、王命婦に詳しいことは、お尋ねになりたくお思いになったが、
  Uhe ha, Wau-Myaubu ni kuhasiki koto ha, to ha mahosiu obosimese do,
4.4.2  「 今さらに、しか忍びたまひけむこと知りにけりと、 かの人にも思はれじ。ただ、大臣にいかでほのめかし問ひきこえて、先々のかかる事の例はありけりやと 問ひ聞かむ」
 「今さら、そのようにお隠しになっていらっしゃったことを知ってしまったと、あの人にも思われまい。ただ、大臣に何とかそれとなくお尋ね申し上げて、昔にもこのような例はあったろうかと聞いてみたい」
  "Imasara ni, sika sinobi tamahi kem koto siri ni keri to, kano hito ni mo omoha re zi. Tada, Otodo ni ikade honomekasi tohi kikoye te, saki-zaki no kakaru koto no rei ha ari keri ya to tohi kika m."
4.4.3  とぞ思せど、さらについでもなければ、いよいよ御学問をせさせたまひつつ、さまざまの書 どもを御覧ずるに、
 とお思いになるが、まったくその機会もないので、ますます御学問をあそばしては、さまざまの書籍を御覧になるのだが、
  to zo obose do, sarani tuide mo nakere ba, iyo-iyo go-gakumon wo se sase tamahi tutu, sama-zama no humi-domo wo go-ran-zuru ni,
4.4.4  「 唐土には、現はれても忍びても、乱りがはしき事いと多かりけり。日本には、さらに御覧じ得るところなし。たとひあらむにても、かやうに忍びたらむことをば、 いかでか伝へ知るやうのあらむとする。一世の源氏、また納言、大臣になりて後に、さらに親王にもなり、位にも即きたまへるも、 あまたの例ありけり人柄のかしこきにことよせて、さもや譲りきこえまし
 「唐土には、公然となったのもまた内密のも、血統の乱れている例がとても多くあった。日本には、まったく御覧になっても見つからない。たといあったとしても、このように内密のことを、どうして伝え知る方法があるというのか。一世の源氏、また納言、大臣となって後に、さらに親王にもなり、皇位にもおつきになったのも、多数の例があったのであった。人柄のすぐれたことにかこつけて、そのようにお譲り申し上げようか」
  "Morokosi ni ha, arahare te mo sinobi te mo, midari-gahasiki koto ito ohokari keri. Hinomoto ni ha, sarani go-ran-zi uru tokoro nasi. Tatohi ara m nite mo, kayau ni sinobi tara m koto wo ba, ikade ka tutahe siru yau no ara m to suru. It'se-no-Genzi, mata Nagon, Daizin ni nari te noti ni, sara ni Miko ni mo nari, kurawi ni mo tuki tamahe ru mo, amata no rei ari keri. Hitogara no kasikoki ni kotoyose te, samoya yuduri kikoye masi."
4.4.5  など、よろづにぞ思しける。
 などと、いろいろお考えになったのであった。
  nado, yorodu ni zo obosi keru.
注釈165今さらに以下「問ひ聞かむ」まで、帝の心中。4.4.2
注釈166かの人王命婦をさす。4.4.2
注釈167唐土には現はれても忍びても以下「さもや譲りきこえまし」まで、帝の心中。『集成』は「公然のこととしても秘密のことでも」。『完訳』は「表沙汰になったのにしても、内密のものにしても」と訳す。4.4.4
注釈168いかでか伝へ知るやうのあらむ反語表現。『集成』は「どうして後世の人が知り得るわけがあろう」。『完訳』は「どうして後世に知るすべがあろう」と訳す。4.4.4
注釈169あまたの例ありけり一世の源氏で皇位に即いた例として、光仁天皇、桓武天皇、光孝天皇、宇多天皇。親王になった例として、是忠親王、是貞親王、兼明親王、盛明親王がある。4.4.4
注釈170人柄のかしこきにことよせてさもや譲りきこえまし源氏に譲位することを思う。4.4.4
校訂28 問ひ 問ひ--(/+とひ<朱>) 4.4.2
校訂29 ども ども--とん(ん/$も) 4.4.3
4.5
第五段 源氏、帝の意向を峻絶


4-5  Genji denied Mikado's idea

4.5.1   秋の司召に、太政大臣になりたまふべきこと、うちうちに定め申したまふついでになむ、帝、思し寄する筋のこと、漏らしきこえたまひけるを、大臣、いとまばゆく、恐ろしう思して、さらにあるまじきよしを申し返したまふ。
 秋の司召で、太政大臣におなりになるようなことを、内々にお定め申しなさる機会に、帝が、かねてお考えの意向を、お洩らし申し上げられたので、大臣、とても目も上げられず、恐ろしくお思いになって、決してあってはならないことである趣旨のご辞退を申し上げなさる。
  Aki no tukasamesi ni, Daizyau-Daizin ni nari tamahu beki koto, uti-uti ni sadame mausi tamahu tuide ni nam, Mikado, obosi-yosuru sudi no koto, morasi kikoye tamahi keru wo, Otodo, ito mabayuku, osorosiu obosi te, sarani aru maziki yosi wo mausi-kahesi tamahu.
4.5.2  「 故院の御心ざし、あまたの皇子たちの御中に、 とりわきて思し召しながら、位を譲らせたまはむことを思し召し寄らずなりにけり。 何か、その御心改めて、及ばぬ際には昇りはべらむ。ただ、もとの御おきてのままに、朝廷に仕うまつりて、今すこしの齢かさなりはべりなば、のどかなる行なひに籠もりはべりなむと思ひたまふる」
 「故院のお志、多数の親王たちの中で、特別に御寵愛くださりながら、御位をお譲りあそばすことをお考えあそばしませんでした。どうして、その御遺志に背いて、及びもつかない位につけましょうか。ただ、もとのお考えどおりに、朝廷にお仕えして、もう少し年を重ねたならば、のんびりとした仏道にひき籠もりましょうと存じております」
  "Ko-Win no mi-kokorozasi, amata no Miko-tati no ohom-naka ni, toriwaki te obosimesi nagara, kurawi wo yudura se tamaha m koto wo obosimesi yora zu nari ni keri. Nani ka, sono mi-kokoro aratame te, oyoba nu kiha ni ha nobori habera m. Tada, moto no ohom-okite no mama ni, ohoyake ni tukau-maturi te, ima sukosi no yohahi kasanari haberi na ba, nodoka naru okonahi ni komori haberi na m to omohi tamahuru."
4.5.3  と、常の御言の葉に変はらず奏したまへば、 いと口惜しうなむ思しける
 と、いつものお言葉と変わらずに奏上なさるので、まことに残念にお思いになった。
  to, tune no ohom-kotoba ni kahara zu sou-si tamahe ba, ito kutiwosiu nam obosi keru.
4.5.4  太政大臣になりたまふべき定めあれど、 しばし、と思すところありてただ御位添ひて、牛車聴されて参りまかでしたまふを、帝、飽かず、かたじけなき ものに思ひきこえたまひて、なほ親王になりたまふべきよしを思しのたまはすれど、
 太政大臣におなりになるよう決定があるが、今しばらく、とお考えになるところがあって、ただ位階が一つ昇進して、牛車を聴されて、参内や退出をなさるのを、帝、もの足りなく、もったいないこととお思い申し上げなさって、やはり親王におなりになるよう仰せになるが、
  Daizyau-Daizin ni nari tamahu beki sadame are do, sibasi, to obosu tokoro ari te, tada mi-kurawi sohi te, usi-guruma yurusa re te mawiri makade si tamahu wo, Mikado, aka zu, katazikenaki mono ni omohi kikoye tamahi te, naho Miko ni nari tamahu beki yosi wo obosi notamahasure do,
4.5.5  「 世の中の御後見したまふべき人なし。権中納言、大納言になりて、右大将かけたまへるを、今一際あがりなむに、何ごとも譲りてむ。さて後に、ともかくも、静かなるさまに」
 「政治のご後見をおできになる人がいない。権中納言が、大納言になって右大将を兼任していらっしゃるが、もう一段昇進したならば、何ごとも譲ろう。その後に、どうなるにせよ、静かに暮らそう」
  "Yononaka no ohom-usiromi si tamahu beki hito nasi. Gon-Tyuunagon, Dainagon ni nari te, U-Daisyau kake tamahe ru wo, ima hito-kiha agari nam ni, nani-goto mo yuduri te m. Sate noti ni, tomo-kakumo, siduka naru sama ni."
4.5.6  とぞ思しける。なほ思しめぐらすに、
 とお思いになっていた。さらにあれこれ、お考えめぐらすと、
  to zo obosi keru. Naho obosi-megurasu ni,
4.5.7  「 故宮の御ためにもいとほしう、また主上のかく思し召し悩めるを見たてまつりたまふもかたじけなきに、誰れかかることを漏らし奏しけむ」
 「故后宮のためにも気の毒であり、また主上のこのようにお悩みでいらっしゃるのを拝し上げなさるにも恐れ多くて、誰がこのようなことを洩らしお耳に入れ申したのだろうか」
  "Ko-Miya no ohom-tame ni mo itohosiu, mata Uhe no kaku obosimesi nayameru wo mi tatematuri tamahu mo katazikenaki ni, tare kakaru koto wo morasi sou-si kem?"
4.5.8  と、あやしう思さる。
 と、不思議に思わずにはいらっしゃれない。
  to, ayasiu obosa ru.
4.5.9   命婦は、御匣殿の替はりたる所に移りて、曹司たまはりて参りたり。大臣、対面したまひて、
 王命婦は、御匣殿が替わったところに移って、お部屋を賜って出仕していた。大臣、お目にかかりなさって、
  Myaubu ha, Mikusige-dono no kahari taru tokoro ni uturi te, zausi tamahari te mawiri tari. Otodo, taimen si tamahi te,
4.5.10  「 このことを、もし、もののついでに、露ばかりにても 漏らし奏したまふことやありし」
 「このことを、もしや、何かの機会に、少しでも洩らしお耳に入れ申されたことはありましたか」
  "Kono koto wo, mosi, mono no tuide ni, tuyu bakari ni te mo morasi sou-si tamahu koto ya ari si?"
4.5.11  と 案内したまへど
 とお尋ねになるが、
  to a'nai si tamahe do,
4.5.12  「 さらに。かけても聞こし召さむことを、いみじきことに思し召して、かつは、 罪得ることにやと、主上の御ためを、なほ思し召し嘆きたりし」
 「けっして。少しでも帝のお耳に入りますことを、大変だと思し召しで、しかしまた一方では、罪を得ることではないかと、主上の御身の上を、やはりお案じあそばして嘆いていらっしゃいました」
  "Sarani. Kakete mo kikosimesa m koto wo, imiziki koto ni obosimesi te, katu ha, tumi uru koto ni ya to, Uhe no ohom-tame wo, naho obosimesi nageki tari si."
4.5.13  と聞こゆるにも、ひとかたならず心深くおはせし御ありさまなど、尽きせず恋ひきこえたまふ。
 と申し上げるにつけても、並々ならず思慮深い方でいらっしゃったご様子などを、限りなく恋しくお思い出し申し上げなさる。
  to kikoyuru ni mo, hitokata nara zu kokoro-bukaku ohase si ohom-arisama nado, tuki se zu kohi kikoye tamahu.
注釈171秋の司召に季節は秋に推移。秋の司召は京官を任命。4.5.1
注釈172故院の御心ざし以下「思ひたまふる」まで、源氏の詞。4.5.2
注釈173とりわきて思し召しながら桐壷院が源氏を。4.5.2
注釈174何か「昇りはべらむ」に係る。反語表現。4.5.2
注釈175いと口惜しうなむ思しける帝の心中。間接的表現。4.5.3
注釈176しばしと思すところありて真に政界で実力が発揮できる官職は内大臣である。太政大臣は名目的になる。養女の斎宮女御の立后はまだである(「少女」巻)。4.5.4
注釈177ただ御位添ひて牛車聴されて太政大臣の位階、従一位に昇り、牛車で建礼門までの出入りが許される。4.5.4
注釈178世の中の御後見以下「静かなるさまに」まで、源氏の心中。4.5.5
注釈179故宮の御ためにも以下「漏らし奏しけむ」まで、源氏の心中。『集成』は「亡き藤壷の宮にとってもお気の毒のことであり。帝が秘密を知られたことを察しての、源氏の心中」。『完訳』「藤壷があの世で秘密露顕を知って成仏できないだろうと」と注す。4.5.7
注釈180命婦は御匣殿の替はりたる所に移りて曹司たまはりて源氏、王命婦に質す。王命婦、御匣殿別当が転出した後任に就任して曹司を賜って出仕している。『完訳』は「出家の身の彼女がその後任になるのは不審」と注す。4.5.9
注釈181このことを以下「ことやありし」まで、源氏の詞。4.5.10
注釈182漏らし奏したまふ主語は藤壷。藤壷が帝に。4.5.10
注釈183案内したまへど『集成』は「事情をお尋ねになるが」。『完訳』は「探りをお入れになるけれど」と訳す。4.5.11
注釈184さらにかけても以下「嘆きたりし」まで、王命婦の返事。否定する。4.5.12
注釈185罪得ること『集成』は「帝がご存知なければ、源氏に子としての礼を尽せないことになるからである」。『完訳』は「しかし一方では、秘密を打ち明けねば帝が仏罰を受けようかと」と注す。4.5.12
校訂30 ものに ものに--もの(も/+にイ) 4.5.4
Last updated 7/15/2001
渋谷栄一校訂(C)(ver.1-2-2)
Last updated 3/10/2002
渋谷栄一注釈(ver.1-1-3)
Last updated 7/15/2001
渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-2)
Last updated 8/25/2002
Written in Japanese roman letters
by Eiichi Shibuya(C) (ver.1-3-2)
Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
このページは再編集プログラムによって8/29/2005に自動出力されました。
源氏物語の世界 再編集プログラム Ver 2.00: Copyrighy (c) 2003,2005 宮脇文経