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17 絵合(大島本)
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WEAHASE
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光る源氏の内大臣時代 三十一歳春の後宮制覇の物語
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Tale of Hikaru-Genji's Nai-Daijin era, March in spring at the age of 31
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2 |
第二章 後宮の物語 中宮の御前の物語絵合せ
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2 Tale of ladies on Court of Reizei A contest of pictures in monogatari in front of Cyugu
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2.1 |
第一段 権中納言方、絵を集める
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2-1 Gon-Cyunagon gathers pictures
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2.1.1 |
主上は、よろづのことに、すぐれて絵を興あるものに思したり。立てて好ませたまへばにや、二なく描かせたまふ。斎宮の女御、いと をかしう描かせたまふべければ、これに御心移りて、渡らせたまひつつ、 描き通はさせたまふ。
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主上は、いろいろのことの中でも、特に絵に興味をお持ちでいらっしゃった。取り立ててお好みあそばすせいか、並ぶ者がなく上手にお描きあそばす。斎宮の女御、たいそう上手にお描きあそばすことができるので、この方にお心が移って、しじゆうお渡りになっては、互いに絵を描き心を通わせ合っていらっしゃる。
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Uhe ha, yorodu no koto ni, sugurete we wo kyou aru mono ni obosi tari. Tate te konoma se tamahe ba ni ya, ninaku kaka se tamahu. Saiguu-no-Nyougo, ito wokasiu kaka se tamahu bekere ba, kore ni mi-kokoro uturi te, watara se tamahi tutu, kaki-kayoha sase tamahu.
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2.1.2 |
殿上の若き人びとも、このこと まねぶをば、御心とどめてをかしきものに思ほしたれば、 まして、をかしげなる人の、心ばへあるさまに、まほならず描きすさび、なまめかしう添ひ臥して、とかく筆うちやすらひたまへる御さま、らうたげさに御心しみて、いとしげう渡らせたまひて、ありしよりけに御思ひまされるを、権中納言、聞きたまひて、 あくまでかどかどしく今めきたまへる御心にて、「 われ人に劣りなむや」と思しはげみて、すぐれたる上手どもを召し取りて、いみじくいましめて、またなきさまなる絵どもを、二なき紙どもに描き集めさせたまふ。
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殿上の若い公達でも、この事を習う者をお目に掛けになり、お気に入りにあそばしたので、なおさらのこと、お美しい方が、趣のあるさまに、型にはまらずのびのびと描き、優美に物に寄り掛かって、ああかこうかと筆を止めて考えていらっしゃるご様子、そのかわいらしさにお心捉えられて、たいそう頻繁にお渡りあそばして、以前にもまして格段に御寵愛が深くなったのを、権中納言、お聞きになって、どこまでも才気煥発な現代風なご性分で、「自分は人に負けるものか」と心を奮い立てて、優れた名人たちを呼び集めて、厳重な注意を促して、またとない素晴らしい絵の数々を、またとない立派な幾枚もの紙に描き集めさせなさる。
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Tenzyau no wakaki hito-bito mo, kono koto manebu wo ba, mi-kokoro-todome te wokasiki mono ni omohosi tare ba, masite, wokasige naru hito no, kokoro-bahe aru sama ni, maho nara zu kaki-susabi, namamekasiu sohi-husi te, tokaku hude uti-yasurahi tamahe ru ohom-sama, rautagesa ni mi-kokoro simi te, ito sigeu watara se tamahi te, ari si yori keni ohom-omohi masare ru wo, Gon-Tyuunagon, kiki tamahi te, akumade kado-kadosiku imameki tamahe ru mi-kokoro ni te, "Ware hito ni otori na m ya." to obosi hagemi te, sugure taru zyauzu-domo wo mesi-tori te, imiziku imasime te, matanaki sama naru we-domo wo, ninaki kami-domo ni kaki-atume sase tamahu.
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2.2 |
第二段 源氏方、須磨の絵日記を準備
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2-2 Genji prepares pictures of Suma and Akashi
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2.2.1 |
「 物語絵こそ、心ばへ見えて、見所あるものなれ」
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「とりわけ物語絵は、趣向も現れて、見所のあるものだ」
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"Monogatari-we koso, kokoro-bahe miye te, midokoro aru mono nare."
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2.2.2 |
とて、おもしろく心ばへある限りを選りつつ描かせたまふ。例の 月次の絵も、見馴れぬさまに、言の葉を書き続けて、御覧ぜさせたまふ。
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と言って、おもしろく興趣ある場面ばかりを選んでは描かせなさる。普通の月次の絵も、目新しい趣向に、詞書を書き連ねて、御覧に供される。
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tote, omosiroku kokoro-bahe aru kagiri wo eri tutu kaka se tamahu. Rei no tukinami no we mo, mi nare nu sama ni, koto-no-ha wo kaki-tuduke te, go-ran-ze sase tamahu.
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2.2.3 |
わざとをかしうしたれば、また、 こなたにてもこれを御覧ずるに、心やすくも取り出でたまはず、いといたく秘めて、この御方へ持て渡らせたまふを惜しみ、領じたまへば、大臣、聞き たまひて、
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特別に興趣深く描いてあるので、また、こちらで御覧あそばそうとすると、気安くお取り出しにならず、ひどく秘密になさって、こちらの御方へ御持参あそばそうとするのを惜しんで、お貸しなさらないので、内大臣、お聞きになって、
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Wazato wokasiu si tare ba, mata, konata nite mo kore wo go-ran-zuru ni, kokoro-yasuku mo tori-ide tamaha zu, ito itaku hime te, kono ohom-kata he mote-watara se tamahu wo wosimi, ryau-zi tamahe ba, Otodo, kiki tamahi te,
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2.2.4 |
「 なほ、権中納言の 御心ばへの若々しさこそ、改まりがたかめれ」
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「相変わらず、権中納言のお心の大人げなさは、変わらないな」
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"Naho, Gon-Tyuunagon no mi-kokoro-bahe no waka-wakasisa koso, aratamari gataka' mere."
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2.2.5 |
など笑ひたまふ。
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などとお笑いになる。
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nado warahi tamahu.
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2.2.6 |
「 あながちに隠して、心やすくも御覧ぜさせず、悩ましきこゆる、いとめざましや。古代の御絵どものはべる、参らせむ」
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「むやみに隠して、素直に御覧に入れず、お気を揉ませ申すのは、ひどくけしからぬことだ。古代の御絵の数々ございます、差し上げましょう」
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"Anagati ni kakusi te, kokoro-yasuku mo go-ran-ze sase zu, nayamasi kikoyuru, ito mezamasi ya! Kotai no ohom-we-domo no haberu, mawira se m."
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2.2.7 |
と奏したまひて、殿に古きも新しきも、絵ども入りたる御厨子ども開かせたまひて、女君ともろともに、「 今めかしきは、それそれ」と、選り調へさせたまふ。
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と奏上なさって、殿に古いのも新しいのも、幾つもの絵の入っている御厨子の数々を開けさせになさって、女君と一緒に、「現代風なのは、これだあれだ」と、お選び揃えなさる。
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to sou-si tamahi te, Tono ni huruki mo atarasiki mo, we-domo iri taru mi-dusi-domo hiraka se tamahi te, Womna-Gimi to morotomoni, "Imamekasiki ha, sore sore." to, eri-totonohe sase tamahu.
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2.2.8 |
「長恨歌」「王昭君」などやうなる絵は、おもしろくあはれなれど、「 事の忌みあるは、こたみはたてまつらじ」と選り止めたまふ。
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「長恨歌」「王昭君」などのような絵は、おもしろく感銘深いものだが、「縁起でないものは、このたびは差し上げまい」とお見合わせになる。
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Tyaugonaka Wausyoukun nado yau naru we ha, omosiroku ahare nare do, "Koto no imi aru ha, kotami ha tatematura zu." to eri-todome tamahu.
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2.2.9 |
かの旅の御日記の箱をも 取り出でさせたまひて、このついでにぞ、女君にも見せたてまつりたまひける。 御心深く知らで今見む 人だに、すこしもの思ひ知らむ人は、涙惜しむまじくあはれなり。まいて、忘れがたく、その世の夢を思し覚ます折なき 御心どもには、取りかへし悲しう思し出でらる。今まで見せたまはざりける恨みをぞ聞こえたまひける。
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あの旅の御日記の箱をもお取り出しになって、この機会に、女君にもお見せ申し上げになったのであった。ご心境を深く知らなくて今初めて見る人でさえ、多少物の分かるような人ならば、涙を禁じえないほどのしみじみと感銘深いものである。まして、忘れがたく、その当時の夢のような体験をお覚ましになる時とてないお二方にとっては、当時に戻ったように悲しく思い出さずにはいらっしゃれない。今までお見せにならなかった恨み言を申し上げなさるのであった。
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Kano tabi no ohom-niki no hako wo mo tori-ide sase tamahi te, kono tuide ni zo, Womna-Gimi ni mo mise tatematuri tamahi keru. Mi-kokoro hukaku sira de ima mi m hito dani, sukosi mono-omohi-sira m hito ha, namida wosimu maziku ahare nari. Maite, wasure-gataku, sono yo no yume wo, obosi-samasu wori naki mi-kokoro-domo ni ha, tori-kahesi kanasiu obosi-ide raru. Ima made mise tamaha zari keru urami wo zo kikoye tamahi keru.
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2.2.10 |
「 一人ゐて嘆きしよりは海人の住む
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「独り京に残って嘆いていた時よりも、海人が住んでいる
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"Hitori wi te nageki si yori ha ama no sumu
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2.2.11 |
かたをかくてぞ見るべかりける
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干潟を絵に描いていたほうがよかったわ
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kata wo kaku te zo miru bekari keru
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2.2.12 |
おぼつかなさは、 慰みなましものを」
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頼りなさも、慰められもしましたでしょうに」
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Obotukanasa ha, nagusami na masi mono wo!"
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2.2.13 |
とのたまふ。 いとあはれと、思して、
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とおっしゃる。まことにもっともだと、お思いになって、
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to notamahu. Ito ahare to, obosi te,
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2.2.14 |
「 憂きめ見しその折よりも今日はまた
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「辛い思いをしたあの当時よりも、今日はまた
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"Uki me mi si sono wori yori mo kehu ha mata
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2.2.15 |
過ぎにしかたにかへる涙か」
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再び過去を思い出していっそう涙が流れて来ます」
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sugi ni si kata ni kaheru namida ka
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2.2.16 |
中宮ばかりには、見せたてまつるべきものなり。かたはなるまじき一帖づつ、さすがに浦々のありさまさやかに見えたるを、選りたまふついでにも、かの明石の家居ぞ、まづ、「いかに」と思しやらぬ時の間なき。
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中宮だけにはぜひともお見せ申し上げなければならないものである。不出来でなさそうなのを一帖ずつ、何といっても浦々の景色がはっきりと描き出されているのを、お選びになる折にも、あの明石の住居のことが、まっさきに、「どうしているだろうか」とお思いやりにならない時がない。
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Tyuuguu bakari ni ha, mise tatematuru beki mono nari. Kataha naru maziki iti-dehu dutu, sasuga ni ura-uara no arisama sayaka ni miye taru wo, eri tamahu tuide ni mo, kano Akasi no ihe-wi zo, madu, "Ikani?" to obosi-yara nu toki no ma naki.
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2.3 |
第三段 三月十日、中宮の御前の物語絵合せ
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2-3 There is a picture-contest in front of Cyugu at March 10
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2.3.1 |
かう絵ども 集めらると聞きたまひて、権中納言、いと心を尽くして、軸、表紙、紐の飾り、いよいよ調へたまふ。
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このように幾つもの絵を集めていらっしゃるとお聞きになって、権中納言、たいそう対抗意識を燃やして、軸、表紙、紐の飾りをいっそう調えなさる。
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Kau we-domo atume raru to kiki tamahi te, Gon-Tyuunagon, ito kokoro wo tukusi te, diku, heusi, himo no kazari, iyo-iyo totonohe tamahu.
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2.3.2 |
弥生の十日のほどなれば、空もうららかにて、人の心ものび、ものおもしろき折なるに、内裏わたりも、節会どものひまなれば、ただかやうのことどもにて、御方々暮らしたまふを、同じくは、 御覧じ所もまさりぬべくてたてまつらむの 御心つきて、いとわざと集め参らせたまへり。
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三月の十日ころなので、空もうららかで、人の心ものびのびとし、ちょうどよい時期なので、宮中あたりでも、節会と節会の合間なので、ただこのようなことをして、どなたもどなたもお過ごしになっていらっしゃるのを、同じことなら、いっそう興味深く御覧あそばされるようにして差し上げようとのお考えになって、たいそう特別に集めて献上させなさった。
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Yayohi no towo-ka no hodo nare ba, sora mo uraraka nite, hito no kokoro mo nobi, mono-omosiroki wori naru ni, Uti watari mo, setiwe-domo no hima nare ba, tada kayau no koto-domo nite, ohom-kata-gata kurasi tamahu wo, onaziku ha, go-ran-zi dokoro mo masari nu beku te tatematura m no mi-kokoro tuki te, ito wazato atume mawira se tamahe ri.
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2.3.3 |
こなたかなたと、さまざまに多かり。物語絵は、こまやかになつかしさまさるめるを、 梅壷の御方は、いにしへの物語、名高くゆゑある限り、弘徽殿は、そのころ世にめづらしく、をかしき限りを選り描かせたまへれば、うち見る目の今めかしきはなやかさは、いとこよなくまされり。
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こちら側からとあちら側からと、いろいろと多くあった。物語絵は、精巧でやさしみがまさっているようなのを、梅壷の御方では、昔の物語、有名で由緒ある絵ばかり、弘徽殿の女御方では、現代のすばらしい新作で、興趣ある絵ばかりを選んで描かせなさったので、一見したところの華やかさでは、実にこの上なく勝っていた。
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Konata-kanata to, sama-zama ni ohokari. Monogatari-we ha, komayaka ni natukasisa masaru meru wo, Mumetubo-no-Ohomkata ha, inisihe no monogatari, nadakaku yuwe aru kagiri, Koukiden ha, sono-koro yo ni medurasiku, wokasiki kagiri wo eri kaka se tamahe re ba, uti-miru me no imamekasiki hanayakasa ha, ito koyonaku masare ri.
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2.3.4 |
主上の女房なども、よしある限り、「これは、かれは」など定めあへるを、このころのことにすめり。
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主上付きの女房なども、絵に嗜みのある人々はすべて、「これはどうの、あれはどうの」などと批評し合うのを、近頃の仕事にしているようである。
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Uhe no nyoubau nado mo, yosi aru kagiri, "Kore ha, kare ha." nado sadame-ahe ru wo, kono-koro no koto ni su meri.
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注釈65 | 弥生の十日のほどなれば空もうららかにて人の心ものびものおもしろき折なるに内裏わたりも節会どものひまなれば | 2.3.2 |
注釈66 | 御覧じ所もまさりぬべく | 2.3.2 |
注釈67 | 御心つきて | 2.3.2 |
注釈68 | 梅壷の御方は | 2.3.3 |
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2.4 |
第四段 「竹取」対「宇津保」
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2-4 Taketori vsersus Utsufo
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2.4.1 |
中宮も参らせたまへるころにて、方々、 御覧じ捨てがたく思ほすことなれば、御行なひも怠りつつ御覧ず。この人びとのとりどりに論ずるを聞こし召して、左右と方分かたせたまふ。
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中宮も参内あそばしていらっしゃる時なので、あれやこれや、お見逃しになれなくお思いのことなので、御勤行も怠りながら御覧になる。この人々が銘々に議論しあうのをお聞きあそばして、左右の組にお分けあそばす。
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Tyuuguu mo mawira se tamahe ru koro nite, kata-gata, go-ran-zi sute-gataku omohosu koto nare ba, ohom-okonahi mo okotari tutu go-ran-zu. Kono hito-bito no tori-dori ni ron-zuru wo kikosimesi te, hidari migi to kata wakata se tamahu.
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2.4.2 |
梅壷の御方には、平典侍、侍従の内侍、少将の命婦。右には、大弐の典侍、中将の命婦、兵衛の命婦を、ただ今は心にくき有職どもにて、心々に争ふ口つきどもを、をかしと聞こし召して、まづ、物語の出で来はじめの祖なる『竹取の翁』に『宇津保の俊蔭』を合はせて争ふ。
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梅壷の御方には、平典侍、侍従内侍、少将命婦。右方には、大弍典侍、中将命婦、兵衛命婦を、当時のすぐれた識者たちとして、思い思いに論争する弁舌の数々を、興味深くお聞きになって、最初、物語の元祖である『竹取の翁』と『宇津保の俊蔭』を番わせて争う。
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Mumetubo-no-Ohomkata ni ha, Hei-Naisi-no-Suke, Zizyuu-no-Naisi, Seusyau-no-Myaubu. Migi ni ha, Daini-no-Naisi-no-Suke, Tyuuzyau-no-Myaubu, Hyauwe-no-Myaubu wo, tada ima ha kokoro nikuki iusoku-domo nite, kokoro-gokoro ni arasohu kuti-tuki-domo wo, wokasi to kikosimesi te, madu, monogatari no ide-ki hazime no oya naru Taketori-no-Okina ni Utuho-no-Tosikage wo ahase te arasohu.
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2.4.3 |
「 なよ竹の世々に古りにけること、をかしきふしもなけれど、かくや姫のこの世の濁りにも穢れず、はるかに思ひのぼれる契り高く、神代のことなめれば、あさはかなる女、目及ばぬならむかし」
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「なよ竹の代々に歳月を重ねたこと、特におもしろいことはないけれども、かぐや姫がこの世の濁りにも汚れず、遥かに気位も高く天に昇った運勢は立派で、神代のことのようなので、思慮の浅い女には、きっと分らないでしょう」
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"Nayo-take no yo-yo ni huri ni keru koto, wokasiki husi mo nakere do, Kakuya-Hime no konoyo no nigori ni mo kegare zu, haruka ni omohi-nobore ru tigiri takaku, Kamiyo no koto na' mere ba asahaka naru womna, me oyoba nu nara m kasi."
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2.4.4 |
と言ふ。右は、
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と言う。右方は、
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to ihu. Migi ha,
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2.4.5 |
「 かぐや姫ののぼりけむ雲居は、げに、及ばぬことなれば、誰も知りがたし。この世の契りは竹の中に結びければ、下れる人のこととこそは見ゆめれ。ひとつ家の内は照らしけめど、百敷のかしこき御光には並ばずなりにけり。阿部のおほしが千々の黄金を捨てて、火鼠の思ひ片時に消えたるも、いと あへなし。車持の親王の、まことの蓬莱の深き心も知りながら、いつはりて 玉の枝に疵をつけたるをあやまちとなす」。
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「かぐや姫が昇ったという雲居は、おっしゃるとおり、及ばないことなので、誰も知ることができません。この世での縁は、竹の中に生まれたので、素性の卑しい人と思われます。一つの家の中は照らしたでしょうが、宮中の恐れ多い光と並んで妃にならずに終わってしまいました。阿部の御主人が千金を投じて、火鼠の裘に思いを寄せて片時の間に消えてしまったのも、まことにあっけないことです。車持の親王が、真実の蓬莱の神秘の事情を知りながら、偽って玉の枝に疵をつけたのを欠点とします」
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"Kaguya-Hime no nobori kem kumowi ha, geni, oyoba nu koto nare ba, tare mo siri gatasi. Konoyo no tigiri ha take no naka ni musubi kere ba, kudare ru hito no koto to koso ha miyu mere. Hitotu ihe no uti ha terasi keme do, momosiki no kasikoki ohom-hikari ni ha naraba zu nari ni keri. Abe-no-Ohosi ga tidi no kogane wo sute te, hinezumi no omohi kata-toki ni kiye taru mo, ito ahenasi. Kuramoti-no-Miko no, makoto no Hourai no hukaki kokoro mo siri nagara, ituhari te tama no eda ni kizu wo tuke taru wo ayamati to nasu."
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2.4.6 |
絵は、巨勢の相覧、手は、紀貫之書けり。紙屋紙に唐の綺をばいして、赤紫の表紙、紫檀の軸、世の常の装ひなり。
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絵は、巨勢相覧、書は、紀貫之が書いたものであった。紙屋紙に唐の綺を裏張りして、赤紫の表紙、紫檀の軸、ありふれた表装である。
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We ha, Kose-no-Ahumi, te ha, Ki-no-Turayuki kake ri. Kamya-gami ni kara no ki wo bai-si te, aka-murasaki no heusi, sitan no diku, yo no tune no yosohi nari.
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2.4.7 |
「 俊蔭は、はげしき波風におぼほれ、知らぬ国に放たれしかど、なほ、さして行きける方の心ざしもかなひて、つひに、人の朝廷にもわが国にも、ありがたき才のほどを広め、名を残しける古き心を言ふに、絵のさまも、唐土と日の本とを取り並べて、おもしろきことども、なほ並びなし」
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「俊蔭は、激しい波風に溺れ、知らない国に流されましたが、やはり、目ざしていた目的を叶えて、遂に、外国の朝廷にもわが国にも、めったにない音楽の才能を知らせ、名を残した昔の伝えからいうと、絵の様子も、唐土と日本とを取り合わせて、興趣深いこと、やはり並ぶものがありません」
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"Tosikage ha, hagesiki nami kaze ni obohore, sira nu kuni ni hanata re sika do, naho, sasi te yuki keru kata no kokorozasi mo kanahi te, tuhi ni, Hito-no-Mikado ni mo waga kuni ni mo, arigataki zae no hodo wo hirome, na wo nokosi keru huruki kokoro wo ihu ni, we no sama mo, Morokosi to Hinomoto to wo tori-narabe te, omosiroki koto-domo, naho narabi nasi."
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2.4.8 |
と言ふ。白き 色紙、青き表紙、黄なる玉の軸なり。絵は、常則、手は、道風なれば、 今めかしうをかしげに、目もかかやくまで見ゆ。 左は、 そのことわりなし。
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と言う。白い色紙、青い表紙、黄色の玉の軸である。絵は、飛鳥部常則、書は、小野道風なので、現代風で興趣深そうで、目もまばゆいほどに見える。左方には、反論の言葉がない。
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to ihu. Siroki sikisi, awoki heusi, ki naru tama no diku nari. We ha, Tunenori, te ha, Mitikaze nare ba, imamekasiu wokasige ni, me mo kakayaku made miyu. Hidari ha, sono kotowari nasi.
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2.5 |
第五段 「伊勢物語」対「正三位」
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2-5 Ise-monogatari vsersus Jozanmi
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2.5.1 |
次に、『伊勢物語』に『 正三位』を合はせて、また定めやらず。これも、右はおもしろくにぎははしく、内裏わたりよりうちはじめ、近き世のありさまを描きたるは、をかしう見所まさる。
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次に、『伊勢物語』と『正三位』を番わせて、また結論がでない。これも、右方は興味深く華やかで、宮中あたりをはじめとして、近頃の様子を描いたのは、興趣深く見応えがする。
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Tugi ni, Ise-monogatari ni Zyau-zammi wo ahase te, mata sadame-yara zu. Kore mo, migi ha omosiroku nigihahasiku, Uti watari yori uti-hazime, tikaki yo no arisama wo kaki taru ha, wokasiu mi-dokoro masaru.
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2.5.2 |
平内侍、
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平典侍は、
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Hei-Naisi,
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2.5.3 |
「 伊勢の海の深き心をたどらずて
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「『伊勢物語』の深い心を訪ねないで
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"Ise no umi no hukaki kokoro wo tadora zu te
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2.5.4 |
ふりにし跡と波や消つべき
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単に古い物語だからといって価値まで落としめてよいものでしょうか
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huri ni si ato to nami ya ketu beki
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2.5.5 |
世の常のあだことのひきつくろひ飾れるに圧されて、業平が名をや朽たすべき」
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世間普通の色恋事のおもしろおかしく書いてあることに気押されて、業平の名を汚してよいものでしょうか」
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Yo no tune no ada-koto no hiki-tukurohi kazare ru ni osa re te, Narihira ga na wo ya kutasu beki."
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2.5.6 |
と、争ひかねたり。右の典侍、
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と、反論しかねている。右方の大弍の典侍は、
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to, arasohi-kane tari. Migi no Suke,
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2.5.7 |
「 雲の上に思ひのぼれる心には
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「雲居の宮中に上った『正三位』の心から見ますと
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"Kumo no uhe ni omohi nobore ru kokoro ni ha
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2.5.8 |
千尋の底もはるかにぞ見る」
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『伊勢物語』の千尋の心も遥か下の方に見えます」
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ti-hiro no soko mo haruka ni zo miru
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2.5.9 |
「 兵衛の大君の心高さは、げに捨てがたけれど、在五中将の名をば、え朽たさじ」
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「兵衛の大君の心高さは、なるほど捨てがたいものですが、在五中将の名は、汚すことはできますまい」
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"Hyauwe-no-Ohokimi no kokoro-takasa ha, geni sute-gatakere do, Zaigo-Tyuuzyau no na wo ba, e kutasa zi."
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2.5.10 |
とのたまはせて、宮、
|
と仰せになって、中宮は、
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to notamahase te, Miya,
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2.5.11 |
「 みるめこそうらふりぬらめ年経にし
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「ちょっと見た目には古くさく見えましょうが
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"Miru me koso ura huri nu rame tosi he ni si
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2.5.12 |
伊勢をの海人の名をや沈めむ」
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昔から名高い『伊勢物語』の名を落とすことができましょうか」
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Ise wo no ama no na wo ya sidume m
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2.5.13 |
かやうの女言にて、乱りがはしく争ふに、 一巻に言の葉を尽くして、えも言ひやらず。ただ、あさはかなる若人どもは、死にかへりゆかしがれど、主上のも、宮のも片端をだにえ見ず、 いといたう秘めさせたまふ。
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このような女たちの論議で、とりとめもなく優劣を争うので、一巻の判定に数多くの言葉を尽くしても容易に決着がつかない。ただ、思慮の浅い若い女房たちは、死ぬほど興味深く思っているが、主上づきの女房も、中宮づきの女房も、その一部分さえ見ることができないほど、たいそう隠していらっしゃった。
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Kayau no womna-goto nite, midari-gahasiku arasohu ni, hito-maki ni kotonoha wo tukusi te, e mo ihi-yara zu. Tada, asahaka naru waka-udo-domo ha, si-ni-kaheri yukasigare do, Uhe no mo, Miya no mo kata-hasi wo dani e mi zu, ito itau hime sase tamahu.
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出典1 |
伊勢の海の深き心を |
伊勢の海の千尋の底も限りあれば深き心を何にたとへむ |
古今六帖三-一七五七 |
2.5.3 |
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Last updated 7/1/2001 渋谷栄一校訂(C)(ver.1-2-2) Last updated 3/10/2002 渋谷栄一注釈(ver.1-1-3) |
Last updated 3/10/2002 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-3) |
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Last updated 8/22/2002 Written in Japanese roman letters by Eiichi Shibuya(C) (ver.1-3-2) |
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Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
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