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07 紅葉賀(大島本)
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MOMIDI-NO-GA
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光る源氏の十八歳冬十月から十九歳秋七月までの宰相兼中将時代の物語
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Tale of Hikaru-Genji's Konoe-Chujo era from October in winter at the age of 18 to July in fall at the age of 19
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4 |
第四章 源典侍の物語 老女との好色事件
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4 Tale of Gen-no-Naishi Scandal with an old erotic woman
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4.1 |
第一段 源典侍の風評
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4-1 A rumor about an old erotic woman
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4.1.1 |
帝の御年、ねびさせたまひぬれど、かうやうの方、え過ぐさせたまはず、采女、女蔵人などをも、容貌、心あるをば、ことにもてはやし思し召したれば、 よしある宮仕へ人多かるころなり。はかなきことをも言ひ触れたまふには、もて離るることもありがたきに、 目馴るるにやあらむ、「 げにぞ、あやしう好いたまはざめる」と、 試みに戯れ事を聞こえかかりなどする折あれど、 情けなからぬほどにうちいらへて ★、まことには乱れたまはぬを、「 まめやかにさうざうし」と思ひきこゆる人もあり。
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帝のお年、かなりお召しあそばされたが、このような方面は、無関心ではいらっしゃれず、采女、女蔵人などの容貌や気立ての良い者を、格別にもてなしお目をかけあそばしていたので、教養のある宮仕え人の多いこの頃である。ちょっとしたことでも、お話しかけになれば、知らない顔をする者はめったにいないので、見慣れてしまったのであろうか、「なるほど、不思議にも好色な振る舞いのないようだ」と、試しに冗談を申し上げたりなどする折もあるが、恥をかかせない程度に軽くあしらって、本気になってお取り乱しにならないのを、「真面目ぶってつまらない」と、お思い申し上げる女房もいる。
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Mikado no ohom-tosi, nebi sase tamahi nure do, kau yau no kata, e sugu sase tamaha zu, Uneme, Nyo-kuraudo nado wo mo, katati, kokoro aru wo ba, kotoni mote-hayasi obosi-mesi tare ba, yosi aru Miya-dukahe-bito ohokaru koro nari. Hakanaki koto wo mo ihi-hure tamahu ni ha, mote-hanaruru koto mo ari-gataki ni, me naruru ni ya aram, "Geni zo, ayasiu sui tamaha za' meru." to, kokoro-mi ni tahabure-goto wo kikoye kakari nado suru wori are do, nasake nakara nu hodo ni uti-irahe te, makoto ni ha midare tamaha nu wo, "Mameyaka ni sau-zausi" to omohi kikoyuru hito mo ari.
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4.1.2 |
年いたう老いたる典侍、 人もやむごとなく、心ばせあり、あてに、おぼえ高くはありながら、いみじうあだめいたる心ざまにて、そなたには重からぬあるを、「 かう、さだ過ぐるまで、などさしも乱るらむ」と、いぶかしくおぼえたまひければ、戯れ事言ひ触れて試みたまふに、似げなくも思はざりける。 あさまし、と思しながら、さすがにかかるもをかしうて、ものなどのたまひてけれど、人の漏り聞かむも、 古めかしきほどなれば、つれなくもてなしたまへるを、女は、いとつらしと思へり。
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年をたいそう取っている典侍、人柄も重々しく、才気があり、高貴で、人から尊敬されてはいるものの、たいそう好色な性格で、その方面では腰の軽いのを、「こう、年を取ってまで、どうしてそんなにふしだらなのか」と、興味深くお思いになったので、冗談を言いかけてお試しになると、不釣り合いなとも思わないのであった。あきれた、とはお思いになりながら、やはりこのような女も興味があるので、お話しかけなどなさったが、人が漏れ聞いても、年とった年齢なので、そっけなく振る舞っていらっしゃるのを、女は、とてもつらいと思っていた。
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Tosi itau oyi taru Naisi-no-suke, hito mo yamgotonaku, kokoro-base ari, ate ni, oboye takaku ha ari nagara, imiziu adamei taru kokoro-zama ni te, sonata ni ha omokara nu wo, "Kau, sada suguru made, nado sasimo midaru ram." to, ibukasiku oboye tamahi kere ba, tahabure-goto ihi-hure te kokoro-mi tamahu ni, nigenaku mo omoha zari keru. Asamasi, to obosi nagara, sasuga ni kakaru mo wokasiu te, mono nado notamahi te kere ba, hito no mori-kika m mo, hurumekasiki hodo nare ba, turenaku motenasi tamahe ru wo, Womna ha, ito turasi to omohe ri.
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4.2 |
第二段 源氏、源典侍と和歌を詠み交わす
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4-2 Genji and Gen-no-Naishi compose and exchange waka
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4.2.1 |
主上の御梳櫛にさぶらひけるを、果てにければ、主上は御袿の人召して出でさせたまひぬるほどに、また人もなくて、この内侍常よりもきよげに、様体、頭つきなまめきて、装束、ありさま、いとはなやかに 好ましげに見ゆるを、「 さも古りがたうも」と、心づきなく見たまふものから、「 いかが思ふらむ」と、さすがに過ぐしがたくて、裳の裾を引きおどろかしたまへれば、 かはぼりの えならず画きたるを、さし隠して見返りたるまみ、いたう 見延べたれど、目皮らいたく黒み落ち入りて、いみじう はつれそそけたり。
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お上の御髪梳りに伺候したが、終わったので、お上は御袿係の者をお召しになってお出になりあそばした後に、他に人もなくて、この典侍がいつもよりこざっぱりとして、姿形、髪の具合が艶っぽくて、衣装や、着こなしも、とても派手に洒落て見えるのを、「何とも若づくりな」と、苦々しく御覧になる一方で、「どんな気でいるのか」と、やはり見過ごしがたくて、裳の裾を引っ張って注意をお引きになると、夏扇に派手な絵の描いてあるのを、顔を隠して振り返ったまなざし、ひどく流し目を使っているが、目の皮がげっそり黒く落ち込んで、肉が削げ落ちてたるんでいる。
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Uhe no mi-keduri-gusi ni saburahi keru wo, hate ni kere ba, Uhe ha mi-utiki no hito mesi te ide sase tamahi nuru hodo ni, mata hito mo naku te, kono Naisi tune yori mo kiyoge ni, yaudai, kasira-tuki namameki te, syauzoku, arisama, ito hanayaka ni konomasi-ge ni miyuru wo, "Sa mo huri-gatau mo!" to, kokoro-duki-naku mi tamahu mono-kara, "Ikaga omohu ram?" to, sasuga ni sugusi-gataku te, mo no suso wo hiki odorokasi tamahe re ba, kahabori no e-nara-zu wegaki taru wo, sasi-kakusi te mi kaheri taru mami, itau mi nobe tare do, ma-kaha-ra itaku kuromi oti-iri te, imiziu hature sosoke tari.
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4.2.2 |
「 似つかはしからぬ扇のさまかな」と見たまひて、わが 持たまへるに、さしかへて見たまへば、赤き紙の、うつるばかり色深きに、木高き森の 画を 塗り隠したり ★。片つ方に、手はいとさだ過ぎたれど、よしなからず、「 ▼ 森の下草老いぬれば」など書きすさびたるを、「 ことしもあれ、うたての心ばへや」と笑まれながら、
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「似合わない派手な扇だな」と御覧になって、ご自分のお持ちのと取り替えて御覧になると、赤い紙で顔に照り返すような色合いで、木高い森の絵を金泥で塗りつぶしてある。その端の方に、筆跡はとても古めかしいが、風情がなくもなく、「森の下草が老いてしまったので」などと書き流してあるのを、「他に書くことも他にあろうに、嫌らしい趣向だ」と微笑まれて、
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"Nitukahasikara nu ahugi no sama kana!" to mi tamahi te, waga mo' tamahe ru ni, sasi-kahe te mi tamahe ba, akaki kami no, uturu bakari iro hukaki ni, ko-dakaki mori no kata wo nuri kakusi tari. Kata-tu-kata ni, te ha ito sada sugi tare do, yosi nakara zu, "Mori no sita kusa oyi nure ba" nado kaki-susabi taru wo, "Koto si mo are, utate no kokoro-bahe ya!" to wema re nagara,
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4.2.3 |
「 森こそ夏の、と見ゆめる ★」
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「森こそ夏の、といったようですね」
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"Mori koso natu no, to miyu meru."
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4.2.4 |
とて、何くれとのたまふも、似げなく、 人や見つけむと苦しきを、女はさも思ひたらず、
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と言って、いろいろとおっしゃるのも、不釣り合いで、人が見つけるかと気になるが、女はそうは思っていない。
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tote, nani-kure to notamahu mo, nigenaku, hito ya mi-tuke m to kurusiki wo, Womna ha sa mo, omohi tara zu,
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4.2.5 |
「君し来ば 手なれの駒に刈り飼はむ
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「あなたがいらしたならば良く馴れた馬に秣を刈ってやりましょう
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"Kimi si ko ba ta-nare no koma ni kari kaha m
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4.2.6 |
盛り過ぎたる下葉なりとも」
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盛りの過ぎた下草であっても」
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sakari sugi taru sita-ba nari to mo
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4.2.7 |
と言ふさま、 こよなく色めきたり。
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と詠み出す様子、この上なく色気たっぷりである。
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to ihu sama, koyonaku iro-meki tari.
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4.2.8 |
「 笹分けば人やとがめむいつとなく
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「笹を分けて入って行ったら人が注意しましょう
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"Sasa wake ba hito ya togame m itu to naku
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4.2.9 |
駒なつくめる森の木隠れ
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いつでも馬を懐けている森の木陰では
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koma natuku meru mori no ko-gakure
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4.2.10 |
わづらはしさに」
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厄介なことだからね」
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Wadurahasi-sa ni."
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4.2.11 |
とて、立ちたまふを、ひかへて、
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と言って、お立ちになるのを、袖を取って、
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tote, tati tamahu wo, hikahe te,
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4.2.12 |
「 まだかかるものをこそ ★思ひはべらね。今さらなる、身の恥になむ」
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「まだこんなつらい思いをしたことはございません。今になって、身の恥に」
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"Mada kakaru mono wo koso omohi habera ne. Ima-sara naru, mi no hadi ni nam."
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4.2.13 |
とて泣くさま、いといみじ。
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と言って泣き出す様子、とても大げさである。
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tote naku sama, ito imizi.
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4.2.14 |
「 いま、聞こえむ。思ひながらぞや」
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「そのうち、お便りを差し上げましょう。心にかけていますよ」
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"Ima, kikoye m. Omohi nagara zo ya!"
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4.2.15 |
とて、引き放ちて出でたまふを、せめておよびて、「 ▼ 橋柱」と怨みかくるを、主上は御袿果てて、御障子より覗かせたまひけり。「 似つかはしからぬあはひかな」と、いとをかしう思されて、
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と言って、振り切ってお出になるのを、懸命に取りすがって、「橋柱」と恨み言を言うのを、お上はお召し替えが済んで、御障子の隙間から御覧あそばしたのであった。「似つかわしくない仲だな」と、とてもおかしく思し召されて、
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tote, hiki-hanati te ide tamahu wo, semete oyobi te, "Hasi-basira" to urami kakuru wo, Uhe ha mi-utiki hate te, mi-syauzi yori nozoka se tamahi keri. "Nitukahasikara nu ahahi kana!" to, ito wokasiu obosa re te,
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4.2.16 |
「 好き心なしと、常にもて悩むめるを、さはいへど、過ぐさざりけるは」
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「好色心がないなどと、いつも困っているようだが、そうは言うものの、見過ごさなかったのだな」
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"Suki-gokoro nasi to, tuneni mote-nayamu meru wo, sa ha ihe do, sugusa zari keru ha!"
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4.2.17 |
とて、笑はせたまへば、内侍は、なままばゆけれど、 憎からぬ人ゆゑは、濡衣をだに着まほしがる ★たぐひもあなればにや、いたうも あらがひきこえさせず。
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と言って、お笑いあそばすので、典侍はばつが悪い気がするが、恋しい人のためなら、濡衣をさえ着たがる類もいるそうだからか、大して弁解も申し上げない。
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tote, waraha se tamahe ba, Naisi ha, nama-mabayukere do, nikukara nu hito yuwe ha, nure-ginu wo dani ki mahosi-garu taguhi mo a' nare ba ni ya, itau mo aragahi kikoye sase zu.
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4.2.18 |
人びとも、「 思ひのほかなることかな」と、扱ふめるを、頭中将、聞きつけて、「 至らぬ隈なき心にて、まだ思ひ寄らざりけるよ」と思ふに、 尽きせぬ好み心も見まほしうなりにければ、 語らひつきにけり。
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女房たちも、「意外なことだわ」と、取り沙汰するらしいのを、頭中将、聞きつけて、「知らないことのないこのわたしが、まだ気がつかなかったことよ」と思うと、いくつになっても止まない好色心を見たく思って、言い寄ったのであった。
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Hito-bito mo, "Omohi no hoka naru koto kana!" to, atukahu meru wo, Tou-no-Tyuuzyau, kiki-tuke te, "Itara nu kuma naki kokoro nite, mada omohi-yora zari keru yo!" to omohu ni, tuki se nu konomi-gokoro mo mi mahosiu nari ni kere ba, katarahi-tuki ni keri.
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4.2.19 |
この君も、人よりはいとことなるを、「 かのつれなき人の御慰めに」と思ひつれど、 見まほしきは、限りありけるをとや。 うたての好みや。
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この君も、人よりは素晴らしいので、「あのつれない方の気晴らしに」と思ったが、本当に逢いたい人は、お一人であったとか。大変な選り好みだことよ。
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Kono Kimi mo, hito yori ito koto naru wo, "Kano turenaki hito no ohom-nagusame ni" to omohi ture do, mi mahosiki ha, kagiri ari keru wo to ya! Utate no konomi ya!
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出典7 |
森の下草老いぬれば |
大荒木の森の下草老いぬれば駒もすさめず刈る人もなし |
古今集雑上-八九二 読人しらず |
4.2.2 |
出典8 |
森こそ夏の |
ほととぎす来鳴くを聞けば大荒木の森こそ夏の宿りなるらし |
信明集-二八 |
4.2.3 |
出典9 |
手なれの駒に |
わが宿の一むら薄刈り飼はむ君が手馴れの駒も来ぬかな |
後撰集恋二-六一六 小町姉 |
4.2.5 |
出典10 |
笹分けば |
笹分けば荒れこそまさめ草枯れの駒懐くべき森の下かは |
蜻蛉日記-二四二 |
4.2.8 |
出典11 |
まだかかるものを |
黒髪に白髪混じり生ふるまでかかる恋にはいまだあはざる |
拾遺集恋五-九六六 坂上郎女 |
4.2.12 |
出典12 |
橋柱 |
限りなく思ひながらの橋柱思ひながらに仲や絶えなむ |
拾遺集恋四-八六四 読人しらず |
4.2.15 |
出典13 |
濡衣 |
憎からぬ人の着せけむ濡れ衣は思ひにあへず今乾きなむ |
後撰集恋五-九五三 中将内侍 |
4.2.17 |
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4.3 |
第三段 温明殿付近で密会中、頭中将に発見され脅される
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4-3 Tou-no-Chujo terrifies that Genji and Naishi had a secret meeting
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4.3.1 |
いたう忍ぶれば、源氏の君はえ知りたまはず。 見つけきこえては、まづ怨みきこゆるを、齢のほどいとほしければ、慰めむと思せど、かなはぬもの憂さに、いと久しくなりにけるを、 夕立して、名残涼しき宵のまぎれに、温明殿のわたりをたたずみありきたまへば、この内侍、琵琶をいとをかしう弾きゐたり。御前などにても、男方の御遊びに交じりなどして、ことにまさる人なき上手なれば、もの恨めしうおぼえける折から、いとあはれに聞こゆ。
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たいそう秘密にしているので、源氏の君はご存知ない。お見かけ申しては、まず恨み言を申すので、お年の程もかわいそうなので、慰めてやろうとお思いになるが、その気になれない億劫さで、たいそう日数が経ってしまったが、夕立があって、その後の涼しい夕闇に紛れて、温明殿の辺りを歩き回っていられると、この典侍、琵琶をとても美しく弾いていた。御前などでも殿方の管弦のお遊びに加わりなどして、殊にこの人に勝る人もない名人なので、恨み言を言いたい気分でいたところから、とてもしみじみと聞こえて来る。
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Itau sinobure ba, Genzi-no-Kimi ha e siri tamaha zu. Mi-tuke kikoye te ha, madu urami kakuru wo, yohahi no hodo itohosikere ba, nagusame m to obose do, kanaha nu mono-usa ni, ito hisasiku nari ni keru wo, yuhudati si te, nagori suzusiki yohi no magire ni, Unmei-den no watari wo, tatazumi-ariki tamahe ba, kono Naisi, biha wo ito wokasiu hiki wi tari. Go-zen nado nite mo, wotoko-gata no ohom-asobi ni maziri nado si te, koto ni masaru hito naki zyauzu nare ba, mono-uramesiu oboye keru mono kara, ito ahare ni kikoyu.
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4.3.2 |
「 ▼ 瓜作りになりやしなまし」
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「瓜作りになりやしなまし」
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"Uri tukuri ni nari ya si na masi."
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4.3.3 |
と、声はいとをかしうて歌ふぞ、 すこし心づきなき。「 鄂州にありけむ昔の人も、かくやをかしかりけむ」と、耳とまりて聞きたまふ。弾きやみて、いといたう思ひ乱れたるけはひなり。 君、「東屋」を忍びやかに歌ひて ★寄りたまへるに、
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と、声はとても美しく歌うのが、ちょっと気に食わない。「鄂州にいたという昔の人も、このように興趣を引かれたのだろうか」と、耳を止めてお聞きになる。弾き止んで、とても深く思い悩んでいる様子である。君が、「東屋」を小声で歌ってお近づきになると、
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to, kowe ha ito wokasiu te utahu zo, sukosi kokoro-duki-naki. "Gakusyuu ni ari kem mukasi no hito mo, kaku ya wokasikari kem." to, mimi tomari te kiki tamahu. Hiki yami te, ito itau omohi midare taru kehahi nari. Kimi, Aduma-ya wo sinobi-yaka ni utahi te yori tamahe ru ni,
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4.3.4 |
「 押し開いて来ませ」
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「押し開いていらっしゃいませ」
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"Osi-hirai te ki mase."
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4.3.5 |
と、うち添へたるも、例に違ひたる心地ぞする。
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と、後を続けて歌うのも、普通の女とは違った気がする。
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to, uti-sohe taru mo, rei ni tagahi taru kokoti zo suru.
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4.3.6 |
「 立ち濡るる人しもあらじ東屋に
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「誰も訪れて来て濡れる人もいない東屋に
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"Tati nururu hito si mo ara zi Adumaya ni
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4.3.7 |
うたてもかかる雨そそきかな」
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嫌な雨垂れが落ちて来ます」
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utate mo kakaru ama-sosoki kana
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4.3.8 |
と、うち嘆くを、 我ひとりしも聞き負ふまじけれど、「 うとましや、何ごとをかくまでは」と、おぼゆ。
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と嘆くのを、自分一人が怨み言を負う筋ではないが、「嫌になるな。何をどうしてこんなに嘆くのだろう」と、思われなさる。
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to, uti-nageku wo, ware hitori simo kiki-ohu mazikere do, "Utomasi ya, nani-goto wo kaku made ha." to, oboyu.
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4.3.9 |
「 人妻はあなわづらはし東屋の
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「人妻はもう面倒です
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"Hito-duma ha ana wadurahasi adumaya no
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4.3.10 |
真屋のあまりも馴れじとぞ思ふ」
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あまり親しくなるまいと思います」
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maya no amari mo nare zi to zo omohu
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4.3.11 |
とて、うち過ぎなまほしけれど、「あまりはしたなくや」と思ひ返して、人に従へば、すこしはやりかなる戯れ言など言ひかはして、これもめづらしき心地ぞしたまふ。
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と言って、通り過ぎたいが、「あまり無愛想では」と思い直して、相手によるので、少し軽薄な冗談などを言い交わして、これも珍しい経験だとお思いになる。
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tote, uti-sugi na mahosikere do, "Amari hasitanaku ya!" to omohi-kahesi te, hito ni sitagahe ba, sukosi hayarika naru tahabure-goto nado ihi-kahasi te, kore mo medurasiki kokoti zo si tamahu.
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4.3.12 |
頭中将は、この君のいたうまめだち過ぐして、常にもどきたまふがねたきを、つれなくてうちうち忍びたまふかたがた多かめるを、「 いかで見あらはさむ」とのみ思ひわたるに、 これを見つけたる心地、いとうれし。「 かかる折に、すこし脅しきこえて、御心まどはして、懲りぬやと言はむ」と思ひて、たゆめきこゆ。
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頭中将は、この君がたいそう真面目ぶっていて、いつも非難なさるのが癪なので、何食わぬ顔でこっそりお通いの所があちこちに多くあるらしいのを、「何とか発見してやろう」とばかり思い続けていたところ、この現場を見つけた気分、まこと嬉しい。「このような機会に、少し脅かし申して、お心をびっくりさせて、これに懲りたか、と言ってやろう」と思って、油断をおさせ申す。
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Tou-no-Tyuuzyau ha, kono Kimi no itau mame-dati sugusi te, tuneni modoki tamahu ga netaki wo, turenaku te uti-sinobi tamahu kata-gata ohoka meru wo, "Ikade mi arahasa m" to nomi omohi wataru ni, kore wo mi-tuke taru kokoti, ito uresi. "Kakaru wori ni, sukosi odosi-kikoye te, mi-kokoro madohasi te, kori nu ya to iha m." to omohi te, tayume kikoyu.
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4.3.13 |
風ひややかにうち吹きて、やや更けゆくほどに、 すこしまどろむにやと見ゆるけしきなれば、やをら入り来るに、君は、とけてしも寝たまはぬ心なれば、ふと聞きつけて、この中将とは思ひ寄らず、「 なほ忘れがたくすなる修理大夫にこそあらめ」と思すに、おとなおとなしき人に、かく似げなきふるまひをして、見つけられむことは、恥づかしければ、
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風が冷たく吹いて来て、次第に夜も更けかけてゆくころに、少し寝込んだろうかと思われる様子なので、静かに入って来ると、君は、安心してお眠りになれない気分なので、ふと聞きつけて、この中将とは思いも寄らず、「いまだ未練のあるという修理の大夫であろう」とお思いになると、年配の人に、このような似つかわしくない振る舞いをして、見つけられるのは何とも照れくさいので、
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Kaze hiyayaka ni uti-huki te, yaya huke-yuku hodo ni, sukosi madoromu ni ya to miyuru kesiki nare ba, yawora iri-kuru ni, Kimi ha, toke te simo ne tamaha nu kokoro nare ba, huto kiki-tuke te, kono Tyuuzyau to ha omohi-yora zu, "Naho wasure-gataku su naru Syuri-no-Kami ni koso ara me." to obosu ni, otona-otonasiki hito ni, kaku nigenaki hurumahi wo si te, mi-tuke rare m koto ha, hadukasi kere ba,
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4.3.14 |
「 あな、わづらはし。出でなむよ。 蜘蛛のふるまひは、しるかりつらむものを ★。心憂く、すかしたまひけるよ」
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「ああ、厄介な。帰りますよ。夫が後から来ることは、分かっていましたから。ひどいな、おだましになるとは」
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"Ana, wadurahasi. Ide na m yo! Kumo no hurumahi ha, sirukari tura m mono wo. Kokoro-uku, sukasi tamahi keru yo!"
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4.3.15 |
とて、直衣ばかりを取りて、屏風のうしろに入りたまひぬ。中将、をかしきを念じて、 引きたてまつる屏風のもとに寄りて、 ごほごほとたたみ寄せて、おどろおどろしく騒がすに、内侍は、ねびたれど、いたくよしばみなよびたる人の、先々もかやうにて、心動かす折々ありければ、ならひて、いみじく心あわたたしきにも、「 この君をいかにしきこえぬるか」とわびしさに、ふるふふるふつとひかへたり。「 誰れと知られで出でなばや」と思せど、しどけなき姿にて、冠などうちゆがめて走らむうしろで思ふに、「 いとをこなるべし」と、思しやすらふ。
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と言って、直衣だけを取って、屏風の後ろにお入りになった。中将、おかしさを堪えて、お引き廻らしになってある屏風のもとに近寄って、ばたばたと畳み寄せて、大げさに振る舞ってあわてさせると、典侍は、年取っているが、ひどく上品ぶった艶っぽい女で、以前にもこのようなことがあって、肝を冷やしたことが度々あったので、馴れていて、ひどく気は動転していながらも、「この君をどうなされてしまうのか」と心配で、震えながらしっかりと取りすがっている。「誰とも分からないように逃げ出そう」とお思いになるが、だらしない恰好で、冠などをひん曲げて逃げて行くような後ろ姿を思うと、「まことに醜態であろう」と、おためらいなさる。
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tote, nahosi bakari wo tori te, byaubu no usiro ni iri tamahi nu. Tyuuzyau, wokasiki wo nen-zi te, hiki-tatematuru byaubu no moto ni yori te, goho-goho to tatami yose te, odoro-odorosiku sawagasu ni, Naisi ha, nebi tare do, itaku yosi-bami nayobi taru hito no, saki-zaki mo kayau nite, kokoro ugokasu wori-wori ari kere ba, narahi te, imiziku kokoro-awatatasiki ni mo, "Kono Kimi wo ikani si kikoye nuru ka?" to wabisisa ni, huruhu-huruhu tuto hikahe tari. "Tare to sirare de ide na baya." to obose do, sidokenaki sugata nite, kauburi nado uti-yugame te hasira m usiro-de omohu ni, "Ito woko naru besi." to, obosi-yasurahu.
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4.3.16 |
中将、「 いかで我と知られきこえじ」と思ひて、ものも言はず、ただいみじう怒れるけしきにもてなして、太刀を引き抜けば、女、
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中将、「何とかして自分だとは知られ申すまい」と思って、何とも言わない。ただひどく怒った形相を作って、太刀を引き抜くと、女は、
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Tyuuzyau, "Ikade ware to sira re kikoye zi." to omohi te, mono mo iha zu, tada imiziu ikare ru kesiki ni motenasi te, tati wo hiki-nuke ba, Womna,
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4.3.17 |
「 あが君、あが君」
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「あなた様、あなた様」
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"Aga-Kimi, Aga-Kimi!"
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4.3.18 |
と、向ひて手をするに、 ほとほと笑ひぬべし。 好ましう若やぎてもてなしたるうはべこそ、さてもありけれ、五十七、八の人の、うちとけてもの言ひ騒げるけはひ、えならぬ二十の若人たちの御なかにてもの怖ぢしたる、いとつきなし。 かうあらぬさまにもてひがめて、恐ろしげなるけしきを見すれど、なかなかしるく見つけたまひて、「 我と知りて、ことさらにするなりけり」と、をこになりぬ。「 その人なめり」と見たまふに、いとをかしければ、太刀抜きたるかひなをとらへて、いといたうつみたまへれば、ねたきものから、え堪へで笑ひぬ。
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と、向かって手を擦り合わせて拝むので、あやうく笑い出してしまいそうになる。好ましく若づくりして振る舞っている表面だけは、まあ見られたものであるが、五十七、八歳の女が、着物をきちんと付けず慌てふためいている様子、実に素晴らしい二十代の若者たちの間にはさまれて怖がっているのは、何ともみっともない。このように別人のように装って、恐ろしい様子を見せるが、かえってはっきりとお見破りになって、「わたしだと知ってわざとやっているのだな」と、馬鹿らしくなった。「あの男のようだ」とお分かりになると、とてもおかしかったので、太刀を抜いている腕をつかまえて、とてもきつくおつねりになったので、悔しいと思いながらも、堪え切れずに笑ってしまった。
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to, mukahi te te wo suru ni, hoto-hoto warahi nu besi. Konomasiu wakayagi te motenasi taru uhabe koso, sate mo ari kere, go-zihu siti, hati no hito no, uti-toke te mono-ihi sawage ru kehahi, e-nara-nu hatati no wakaudo-tati no ohom-naka nite mono-odi si taru, ito tukinasi. Kau ara nu sama ni mote-higame te, osorosi-ge naru kesiki wo misure do, naka-naka siruku mituke tamahi te, "Ware to siri te, kotosarani suru nari keri." to, woko ni nari nu. "Sono hito na' meri." to mi tamahu ni, ito wokasi kere ba, tati nuki taru kahina wo torahe te, ito itau tumi tamahe re ba, netaki mono-kara, e tahe de warahi tamahi nu.
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4.3.19 |
「 まことは、 うつし心かとよ。戯れにくしや。いで、この直衣着む」
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「ほんと、正気の沙汰かね。冗談も出来ないね。さあ、この直衣を着よう」
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"Makoto ha, utusi-gokoro ka to yo! Tahabure-nikusi ya. Ide, kono nahosi ki m."
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4.3.20 |
とのたまへど、つととらへて、さらに許しきこえず。
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とおっしゃるが、しっかりとつかんで、全然お放し申さない。
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to notamahe do, tuto torahe te, sarani yurusi kikoye zu.
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4.3.21 |
「 さらば、もろともにこそ」
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「それでは、一緒に」
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"Saraba, morotomo ni koso."
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4.3.22 |
とて、中将の帯をひき解きて脱がせたまへば、脱がじとすまふを、とかくひきしろふほどに、ほころびはほろほろと絶えぬ。中将、
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と言って、中将の帯を解いてお脱がせになると、脱ぐまいと抵抗するのを、何かと引っ張り合ううちに、開いている所からびりびりと破れてしまった。中将は、
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tote, Tyuuzyau no obi wo hiki-toki te nugase tamahe ba, nuga zi to sumahu wo, tokaku hiki-sirohu hodo ni, hokorobi ha horo-horo to taye nu. Tyuuzyau,
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4.3.23 |
「 つつむめる名や漏り出でむ引きかはし
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「隠している浮名も洩れ出てしまいましょう
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"Tutumu meru na ya mori-ide m hiki-kahasi
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4.3.24 |
かくほころぶる中の衣に
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引っ張り合って破れてしまった二人の仲の衣から
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kaku hokoroburu naka no koromo ni
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4.3.25 |
▼ 上に取り着ば、しるからむ」
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上に着たら、明白でしょうよ」
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Uhe ni tori ki ba, sirukara m."
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4.3.26 |
と言ふ。君、
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と言う。君は、
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to ihu. Kimi,
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4.3.27 |
「 隠れなきものと知る知る夏衣
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「この女との仲まで知られてしまうのを承知の上でやって来て
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"Kakure naki mono to siru siru natu-goromo
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4.3.28 |
着たるを薄き心とぞ見る」
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夏衣を着るとは、何と薄情で浅薄なお気持ちかと思いますよ」
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ki taru wo usuki kokoro to zo miru
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4.3.29 |
と言ひかはして、うらやみなきしどけな姿に引きなされて、みな出でたまひぬ。
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と詠み返して、恨みっこなしのだらしない恰好に引き破られて、揃ってお出になった。
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to ihi-kahasi te, urayami naki sidokena-sugata ni hiki-nasa re te, mina ide tamahi nu.
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出典14 |
瓜作りになりやしなまし |
山城の 狛のわたりの 瓜作り な なよや らいしなや さいしなや 瓜作り 瓜作り はれ 瓜作り 我を欲しといふ いかにせむ な なよや らいしなや さいしなや いかにせむ いかにせむ はれ いかにせむ なりやしなまし 瓜たつまでに や らいしなや さいしなや 瓜たつま 瓜たつまでに |
催馬楽-山城 |
4.3.2 |
出典15 |
東屋 |
東屋の 真屋のあまりの その 雨そそぎ 我立ち濡れぬ 殿戸開かせ 鎹も錠もあらばこそ その殿戸 我鎖さめ おし開いて来ませ 我や人妻 |
催馬楽-東屋 |
4.3.3 |
出典16 |
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わが背子が来べき宵なりささがにの蜘蛛の振る舞ひかねてしるしも |
古今集墨滅歌-一一一〇 衣通姫 |
4.3.14 |
出典17 |
上に取り着ば、しるからむ |
紅のこ染めの衣下に着て上にとり着ばしるからむかも |
古今六帖五-三二六一 |
4.3.25 |
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4.4 |
第四段 翌日、源氏と頭中将と宮中で応酬しあう
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4-4 Genji has a quarrel with Tou-no-Chujo on the next day at the Imperial Court
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4.4.1 |
君は、「 いと口惜しく見つけられぬること」と思ひ、臥したまへり。内侍は、あさましくおぼえければ、落ちとまれる御指貫、帯など、つとめてたてまつれり。
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君は、「実に残念にも見つけられてしまったことよ」と思って、臥せっていらっしゃった。典侍は、情けないことと思ったが、落としていった御指貫や、帯などを、翌朝お届け申した。
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Kimi ha, "Ito kuti-wosiku mituke rare nuru koto." to omohi, husi tamahe ri. Naisi ha, asamasiku oboye kere ba, oti tomare ru ohom-sasinuki, obi nado, tutomete tatemature ri.
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4.4.2 |
「 恨みてもいふかひぞなきたちかさね
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「恨んでも何の甲斐もありません
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"Urami te mo ihu-kahi zo naki tati-kasane
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4.4.3 |
引きてかへりし波のなごりに
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次々とやって来ては帰っていったお二人の波の後では
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hiki te kaheri si nami no nagori ni
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4.4.4 |
▼ 底もあらはに」
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底もあらわになって」
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Soko mo araha ni."
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4.4.5 |
とあり。「 面無のさまや」と見たまふも憎けれど、わりなしと思へりしもさすがにて、
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とある。「臆面もないありさまだ」と御覧になるのも憎らしいが、困りきっているのもやはりかわいそうなので、
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to ari. "Omo-na no sama ya!" to mi tamahu mo nikukere do, warinasi to omohe ri si mo sasuga ni te,
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4.4.6 |
「 荒らだちし波に心は騒がねど
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「荒々しく暴れた頭中将には驚かないが
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"Aradati si nami ni kokoro ha sawaga ne do
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4.4.7 |
寄せけむ磯をいかが恨みぬ」
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その彼を寄せつけたあなたをどうして恨まずにはいられようか」
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yose kem iso wo ikaga urami nu
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4.4.8 |
とのみなむありける。帯は、中将のなりけり。 わが御直衣よりは色深し、と見たまふに、端袖もなかりけり。
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とだけあった。帯は、中将のであった。ご自分の直衣よりは色が濃い、と御覧になると、端袖もないのであった。
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to nomi nam ari keru. Obi ha, Tyuuzyau no nari keri. Waga ohom-nahosi yori ha iro hukasi, to mi tamahu ni, hata-sode mo nakari keri.
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4.4.9 |
「 あやしのことどもや。おり立ちて乱るる人は、むべをこがましきことは多からむ」と、 いとど御心をさめられたまふ。
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「見苦しいことだ。夢中になって浮気に耽る人は、このとおり馬鹿馬鹿しい目を見ることも多いのだろう」と、ますます自重せずにはいらっしゃれない。
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"Ayasi no koto-domo ya! Ori-tati te midaruru hito ha, mube wokogamasiki koto ha ohokara m." to, itodo mi-kokoro wosame rare tamahu.
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4.4.10 |
中将、宿直所より、「 これ、まづ綴ぢつけさせたまへ」とて、おし包みておこせたるを、「 いかで取りつらむ」と、心やまし。「 この帯を得ざらましかば」と思す。その色の紙に包みて、
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中将が、宿直所から、「これを、まずはお付けあそばせ」といって、包んで寄こしたのを、「どうやって、持って行ったのか」と憎らしく思う。「この帯を獲らなかったら、大変だった」とお思いになる。同じ色の紙に包んで、
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Tyuuzyau, tonowi-dokoro yori, "Kore, madu todi-tuke sase tamahe." tote, osi-tutumi te okose taru wo, "Ikade tori tura m?" to, kokoro-yamasi. "Kono obi wo e zara masika ba." to obosu. Sono iro no kami ni tutumi te,
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4.4.11 |
「 なか絶えばかことや負ふと危ふさに
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「仲が切れたらわたしのせいだと非難されようかと思ったが
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"Naka taye ba kakoto ya ohu to ayahusa ni
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4.4.12 |
はなだの帯を取りてだに見ず」
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縹の帯などわたしには関係ありません」
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hanada no obi wo tori te dani mi zu
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4.4.13 |
とて、やりたまふ。立ち返り、
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といって、お遣りになる。折り返し、
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tote, yari tamahu. Tati-kaheri,
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4.4.14 |
「 君にかく引き取られぬる帯なれば
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「あなたにこのように取られてしまった帯ですから
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"Kimi ni kaku hiki-tora re nuru obi nare ba
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4.4.15 |
かくて絶えぬるなかとかこたむ
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こんな具合に仲も切れてしまったものとしましょうよ
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kaku te taye nuru naka to kakota m
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4.4.16 |
え逃れさせたまはじ」
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逃れることはできませんよ」
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E nogare sase tamaha zi."
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4.4.17 |
とあり。
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とある。
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to ari.
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4.4.18 |
日たけて、おのおの殿上に参りたまへり。いと静かに、もの遠きさましておはするに、頭の君もいとをかしけれど、公事多く奏しくだす日にて、いとうるはしくすくよかなるを見るも、かたみに ほほ笑まる。人まにさし寄りて、
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日が高くなってから、それぞれ殿上に参内なさった。とても落ち着いて、知らぬ顔をしていらっしゃると、頭の君もとてもおかしかったが、公事を多く奏上し宣下する日なので、実に端麗に真面目くさっているのを見るのも、お互いについほほ笑んでしまう。人のいない隙に近寄って、
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Hi take te, ono-ono tenzyau ni mawiri tamahe ri. Ito siduka ni, mono-tohoki sama si te ohasuru ni, Tou-no-Kimi mo ito wokasikere do, ohoyake-goto ohoku sou-si kudasu hi nite, ito uruhasiku sukuyoka naru wo miru mo, katamini hoho-wema ru. Hito-ma ni sasi-yori te,
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4.4.19 |
「 もの隠しは懲りぬらむかし」
|
「秘密事は懲りたでしょう」
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"Mono-gakusi ha kori nu ram kasi."
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4.4.20 |
とて、 いとねたげなるしり目なり。
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と言って、とても憎らしそうな流し目である。
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tote, ito netage naru siri-me nari.
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4.4.21 |
「 などてか、さしもあらむ。立ちながら帰りけむ人こそ、いとほしけれ。まことは、 憂しや、世の中よ」
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「どうして、そんなことがありましょう。そのまま帰ってしまったあなたこそ、お気の毒だ。本当の話、嫌なものだよ、男女の仲とは」
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"Nado te ka, sasimo ara m. Tati-nagara kaheri kem hito koso, itohosi kere. Makoto ha, usi ya, yononaka yo!"
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4.4.22 |
と言ひあはせて、「 ▼ 鳥籠の山なる」と、かたみに口がたむ。
|
と言い交わして、「鳥籠の山にある川の名」と、互いに口固めしあう。
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to ihi ahase te, "Toko-no-yama naru" to, katami ni kuti-gatamu.
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4.4.23 |
さて、そののち、ともすればことのついでごとに、言ひ迎ふるくさはひなるを、いとど ものむつかしき人ゆゑと、思し知るべし。女は、なほいと艶に怨みかくるを、 わびしと思ひありきたまふ。
|
さて、それから後、ともすれば何かの折毎に、話に持ち出す種とするので、ますますあの厄介な女のためにと、お思い知りになったであろう。女は、相変わらずまこと色気たっぷりに恨み言をいって寄こすが、興醒めだと逃げ回りなさる。
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Sate, sono noti, tomo sure ba koto no tuide goto ni, ihi mukahuru kusahahi naru wo, itodo mono-mutukasiki hito yuwe to, obosi-siru besi. Womna ha, naho ito en ni urami kakuru wo, wabisi to omohi ariki tamahu.
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4.4.24 |
中将は、妹の君にも聞こえ出でず、ただ、「 さるべき折の脅しぐさにせむ」とぞ思ひける。やむごとなき御腹々の親王たちだに、 主上の御もてなしのこよなきにわづらはしがりて、 いとことにさりきこえたまへるを、この中将は、「 さらにおし消たれきこえじ」と、はかなきことにつけても、思ひいどみきこえたまふ。
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中将は、妹の君にも申し上げず、ただ、「何かの時の脅迫の材料にしよう」と思っていた。高貴な身分の妃からお生まれになった親王たちでさえ、お上の御待遇がこの上ないのを憚って、とても御遠慮申し上げていらっしゃるのに、この中将は、「絶対に圧倒され申すまい」と、ちょっとした事柄につけても対抗申し上げなさる。
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Tyuuzyau ha, Imouto-no-Kimi ni mo kikoye-ide zu, tada, "Saru-beki wori no odosi-gusa ni se m." to zo omohi keru. Yamgotonaki ohom-hara-bara no Miko-tati dani, Uhe no ohom-motenasi no koyonaki ni wadurahasigari te, ito koto ni sari kikoye tamahe ru wo, kono Tyuuzyau ha, "Sarani osi-keta re zi." to, hakanaki koto ni tuke te mo, omohi-idomi kikoye tamahu.
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4.4.25 |
この君一人ぞ、姫君の御一つ腹なりける。 帝の御子といふばかりにこそあれ、我も、同じ大臣と聞こゆれど、御おぼえことなるが、皇女腹にてまたなくかしづかれたるは、 何ばかり劣るべき際と、おぼえたまはぬなるべし。人がらも、あるべき限りととのひて、何ごともあらまほしく、たらひてぞものしたまひける。この御中どもの挑みこそ、あやしかりしか。 されど、うるさくてなむ ★。
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この君一人が、姫君と同腹なのであった。帝のお子というだけだ、自分だって、同じ大臣と申すが、ご信望の格別な方が、内親王腹にもうけた子息として大事に育てられているのは、どれほども劣る身分とは、お思いにならないのであろう。人となりも、すべて整っており、どの面でも理想的で、満ち足りていらっしゃるのであった。このお二方の競争は、変わっているところがあった。けれども、煩わしいので省略する。
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Kono Kimi hitori zo, Hime-Gimi no ohom-hitotu-bara nari keru. Mikado no mi-ko to ihu bakari ni koso are, ware mo, onazi otodo to kikoyure do, ohom-oboye koto naru ga, Miko-bara nite mata-naku kasiduka re taru ha, nani bakari otoru beki kiha to, oboye tamaha nu naru besi. Hito-gara mo, aru beki kagiri totonohi te, nani-goto mo aramahosiku, tarahi te zo monosi tamahi keru. Kono ohom-naka-domo no idomi koso, ayasikari sika. Saredo, urusaku te nam.
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出典18 |
底もあらはに |
別れての後ぞかなしき涙河底もあらはになりぬと思へば |
新勅撰集恋四-九三七 読人しらず |
4.4.4 |
出典19 |
はなだの帯を取りて |
石川の 高麗人 帯を取られて からき悔する いかなる いかなる帯そ 縹の帯の 中はたいれたるか かやるか あやるか 中はいれたるか |
催馬楽-石川 |
4.4.12 |
出典20 |
鳥籠の山なる |
犬上の鳥籠の山なる名取川いさと答えよわが名漏らすな |
古今集墨滅歌-一意t一〇八 読人しらず |
4.4.22 |
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Last updated 5/1/2001 渋谷栄一校訂(C)(ver.1-2-2) Last updated 5/1/2001 渋谷栄一注釈(ver.1-1-2) |
Last updated 5/1/2001 渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1) |
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Last updated 8/4/2002 Written in Japanese roman letters by Eiichi Shibuya (C) (ver.1-3-2)
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Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
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