07 紅葉賀(大島本)


MOMIDI-NO-GA


光る源氏の十八歳冬十月から十九歳秋七月までの宰相兼中将時代の物語


Tale of Hikaru-Genji's Konoe-Chujo era from October in winter at the age of 18 to July in fall at the age of 19

2
第二章 紫の物語 源氏、紫の君に心慰める


2  Tale of Murasaki  Genji comforts himself by seeing Murasaki

2.1
第一段 紫の君、源氏を慕う


2-1  Murasaki is harmonious to Genji

2.1.1   幼き人は、見ついたまふ ままに、いとよき心ざま、容貌にて、何心もなくむつれまとはしきこえたまふ。「 しばし、殿の内の人にも誰れと知らせじ」と思して、なほ 離れたる対に、御しつらひ二なくして、我も明け暮れ入りおはして、よろづの御ことどもを教へきこえたまひ、手本書きて習はせなどしつつ、ただほかなりける御むすめを迎へたまへらむやうにぞ思したる。
 幼い人は馴染まれるにつれて、とてもよい性質、容貌なので、無心に懐いてお側からお放し申されない。「暫くの間は、邸内の者にも誰それと知らせまい」とお思いになって、今も離れた対の屋に、お部屋の設備をまたとなく立派にして、ご自分も明け暮れお入りになって、ありとあらゆるお稽古事をお教え申し上げなさる。お手本を書いてお習字などさせては、まるで他で育ったご自分の娘をお迎えになったようなお気持ちでいらっしゃった。
  Wosanaki-hito ha, mi-tui tamahu mama ni, ito yoki kokoro-zama, katati nite, nani-gokoro mo naku muture matohasi kikoye tamahu. "Sibasi, tono no uti no hito ni mo tare to sirase zi." to obosi te, naho hanare taru tai ni, ohom-siturahi ni-naku si te, ware mo ake-kure iri ohasi te, yorodu no ohom-koto-domo wo wosihe kikoye tamahi, tehon kaki te naraha se nado si tutu, tada hoka nari keru ohom-musume wo mukahe tamahe ram yau ni zo obosi taru.
2.1.2   政所、家司などをはじめ、ことに分かちて、心もとなからず仕うまつらせたまふ。惟光よりほかの人は、おぼつかなくのみ思ひきこえたり。かの父宮も、え知りきこえたまはざりけり。
 政所、家司などをはじめとして、別に分けて、心配がないようにお仕えさせなさる。惟光以外の人は、はっきり分からずばかり思い申し上げていた。あの父宮も、ご存知ないのであった。
  Mandokoro-keisi nado wo hazime, koto ni wakati te, kokoro-motonakara zu tukau-maturase tamahu. Koremitu yori hoka no hito ha, obotukanaku nomi omohi kikoye tari. Kano Titi-Miya mo, e siri kikoye tamaha zari keri.
2.1.3  姫君は、なほ時々思ひ出できこえたまふ時、尼君を恋ひきこえたまふ折多かり。君のおはするほどは、紛らはしたまふを、夜などは、時々こそ泊まりたまへ、ここかしこの御いとまなくて、暮るれば出でたまふを、慕ひきこえたまふ折などあるを、 いとらうたく思ひきこえたまへり
 姫君は、やはり時々お思い出しなさる時は、尼君をお慕い申し上げなさる時々が多い。君がおいでになる時は、気が紛れていらっしゃるが、夜などは、時々はお泊まりになるが、あちらこちらの方々にお忙しくて、暮れるとお出かけになるのを、お後を慕いなさる時などがあるのを、とてもかわいいとお思い申し上げていらっしゃった。
  Hime-Gimi ha, naho, toki-doki omohi-ide kikoye tamahu toki, Ama-Gimi wo kohi kikoye tamahu wori ohokari. Kimi no ohasuru hodo ha, magirahasi tamahu wo, yoru nado ha, toki-doki koso tomari tamahe, koko-kasiko no ohom-itoma naku te, kurure ba ide tamahu wo, sitahi kikoye tamahu wori nado aru wo, ito rautaku omohi kikoye tamahe ri.
2.1.4  二、三日内裏にさぶらひ、大殿にもおはする折は、いといたく 屈しなどしたまへば、 心苦しうて、母なき子持たらむ心地して、歩きも静心なくおぼえたまふ。僧都は、かくなむ、と聞きたまひて、あやしきものから、うれしとなむ思ほしける。 かの御法事などしたまふにも、いかめしうとぶらひきこえたまへり。
 二、三日宮中に伺候し、大殿にもいらっしゃる時は、とてもひどく塞ぎ込んだりなさるので、気の毒で、母親のいない子を持ったような心地がして、外出も落ち着いてできなくお思いになる。僧都は、これこれと、お聞きになって、不思議な気がする一方で、嬉しいことだとお思いであった。あの尼君の法事などをなさる時にも、立派なお供物をお届けなさった。
  Ni, sam-niti uti ni saburahi, Oho-tono ni mo ohasuru wori ha, ito itaku kut-si nado si tamahe ba, kokoro-gurusiu te, haha naki ko mo' tara m kokoti si te, ariki mo sidu-kokoro naku oboye tamahu. Soudu ha, kaku nam, to kiki tamahi te, ayasiki mono kara, uresi to nam omohosi keru. Kano ohom-hohuzi nado si tamahu ni mo, ikamesiu toburahi kikoye tamahe ri.
注釈53幼き人は紫の君をさす。2.1.1
注釈54しばし殿の内の人にも誰れと知らせじ源氏の心。紫の君を自邸二条院の者にも誰とも知らせまいの意。2.1.1
注釈55離れたる対に二条院の西の対。東の対は源氏の居室。2.1.1
注釈56政所家司などをはじめことに分かちて心もとなからず仕うまつらせたまふ二条院の源氏の執務家計とは別に紫の上の執務家計担当の者を独立して置いたことをいう。2.1.2
注釈57いとらうたく思ひきこえたまへり主語は源氏。「らうたし」は、弱い者や幼い者をいたわってやりたい気持。2.1.3
注釈58心苦しうて「心苦し」は、相手の不憫な様子に心を痛める気持。「母なき子持たらむ心地」というように、一つのパターンとして認識されている。2.1.4
注釈59かの御法事などしたまふにも主語は源氏。源氏が紫の君の祖母の法事を営む。2.1.4
校訂6 ままに ままに--(/+まゝに) 2.1.1
校訂7 屈し 屈し--(/+く)し 2.1.4
2.2
第二段 藤壷の三条宮邸に見舞う


2-2  Genji visits Fujitsubo's residence on Samjo

2.2.1   藤壷のまかでたまへる三条の宮に、御ありさまもゆかしうて、参りたまへれば、命婦、中納言の君、中務などやうの人びと対面したり。「 けざやかにももてなしたまふかな」と、やすからず思へど、しづめて、大方の御物語聞こえたまふほどに、兵部卿宮参りたまへり。
 藤壷が退出していらっしゃる三条の宮に、ご様子も知りたくて、参上なさると、命婦、中納言の君、中務などといった女房たちが応対に出た。「他人行儀なお扱いであるな」とおもしろくなく思うが、落ち着けて、世間一般のお話を申し上げなさっているところに、兵部卿宮が参上なさった。
  Huditubo no makade tamahe ru Samdeu-no-miya ni, ohom-arisama mo yukasiu te, mawiri tamahe re ba, Myaubu, Tyuunagon-no-Kimi, Nakatukasa nado yau no hito-bito taimen si tari. "Kezayaka ni mo motenasi tamahu kana!" to, yasukara zu omohe do, sidume te, ohokata no ohom-monogatari kikoye tamahu hodo ni, Hyaubukyau-no-Miya mawiri tamahe ri.
2.2.2  この君おはすと聞きたまひて、対面したまへり。 いとよしあるさまして、色めかしうなよびたまへるを、「 女にて見むはをかしかりぬべく」、人知れず見たてまつりたまふにも、かたがたむつましくおぼえたまひて、こまやかに御物語など聞こえたまふ。宮も、この御さまの常よりことになつかしううちとけたまへるを、「 いとめでたし」と見たてまつりたまひて、 婿になどは思し寄らで、「 女にて見ばや」と、色めきたる御心には思ほす。
 この君がいらっしゃるとお聞きになって、お会いなさった。とても風情あるご様子をして、色っぽくなよなよとしていらっしゃるのを、「女性として見るにはきっと素晴らしいに違いなかろう」と、こっそりと拝見なさるにつけても、あれこれと睦まじくお思いになられて、懇ろにお話など申し上げなさる。宮も、君のご様子がいつもより格別に親しみやすく打ち解けていらっしゃるのを、「じつに素晴らしい」と拝見なさって、婿でいらっしゃるなどとはお思いよりにもならず、「女としてお会いしたいものだ」と、色っぽいお気持ちにお考えになる。
  Kono Kimi ohasu to kiki tamahi te, taimen si tamahe ri. Ito yosi aru sama si te, iro-mekasiu nayobi tamahe ru wo, "Wonna ni te mi m ha wokasikari nubeku", hito sire zu mi tatematuri tamahu ni mo, kata-gata mutumasiku oboye tamahi te, komayaka ni ohom-monogatari nado kikoye tamahu. Miya mo, kono ohom-arisama no tune yori koto ni natukasiu utitoke tamahe ru wo, "Ito medetasi" to mi tatematuri tamahi te, muko ni nado ha obosi-yora de, "Womna ni te mi baya" to, iro-meki taru mi-kokoro ni ha omohosu.
2.2.3  暮れぬれば、 御簾の内に入りたまふを、うらやましく、 昔は、主上の御もてなしに、いとけ近く、人づてならで、ものをも聞こえたまひしを、こよなう疎みたまへるも、つらうおぼゆるぞ わりなきや
 日が暮れたので、御簾の内側にお入りになるのを、羨ましく、昔はお上の御待遇で、とても近くで直接にお話申し上げになさったのに、すっかり疎んじていらっしゃるのも、辛く思われるとは、理不尽なことであるよ。
  Kure nure ba, mi-su no uti ni iri tamahu wo, urayamasiku, mukasi ha, Uhe no ohom-motenasi ni, ito ke-dikaku, hito-dute nara de, mono wo mo kikoye tamahi si wo, koyonau utomi tamahe ru mo, turau oboyuru zo warinaki ya!
2.2.4  「 しばしばもさぶらふべけれど、事ぞとはべらぬほどは、おのづからおこたりはべるを、 さるべきことなどは、 仰せ言もはべらむこそ、うれしく」
 「しばしばお伺いすべきですが、特別の事でもない限りは、参上するのも自然滞りがちになりますが、しかるべき御用などは、お申し付けございましたら、嬉しく」
  "Siba-siba mo saburahu bekere do, koto zo to habera nu hodo ha, onodukara okotari haberu wo, saru-beki koto nado ha, ohose-goto mo habera m koso, uresiku."
2.2.5  など、すくすくしうて出でたまひぬ。命婦も、たばかりきこえむかたなく、宮の御けしきも、 ありしよりは、いとど憂きふしに思しおきて、 心とけぬ御けしきも恥づかしくいとほしければ、何のしるしもなくて、過ぎゆく。「 はかなの契りや」と思し乱るること、かたみに尽きせず。
 などと、堅苦しい挨拶をしてお出になった。命婦も、手引き申し上げる手段もなく、宮のご様子も以前よりは、いっそう辛いことにお思いになっていて、お打ち解けにならないご様子も、恥ずかしくおいたわしくもあるので、何の効もなく、月日が過ぎて行く。「何とはかない御縁か」と、お悩みになること、お互いに嘆ききれない。
  nado, suku-sukusiu te ide tamahi nu. Myaubu mo, tabakari kikoye m kata naku, Miya no mi-kesiki mo arisi yori ha, itodo uki husi ni obosi-oki te, kokoro toke nu mi-kesiki mo, hadukasiku itohosikere ba, nani no sirusi mo naku te, sugi-yuku. "Hakana no tigiri ya!" to obosi-midaruru koto, katami ni tuki-se zu.
注釈60藤壷のまかでたまへる三条の宮に源氏は三条宮邸に里下り中の藤壷を訪い、兵部卿宮に会う。2.2.1
注釈61けざやかにももてなしたまふかな源氏の感想。他人行儀な扱いだと思う。2.2.1
注釈62いとよしあるさまして色めかしうなよびたまへるを兵部卿宮の物腰や器量についていう。2.2.2
注釈63女にて見むはをかしかりぬべく「む」(推量の助動詞、仮定)「ぬ」(完了の助動詞、確述)「べく」(推量の助動詞)、もし兵部卿宮を女性として見たらきっと素晴らしいにちがいないの意。源氏の仮想。心内文と地の文とが融合した表現。2.2.2
注釈64いとめでたし兵部卿宮の感想。2.2.2
注釈65婿になどは思し寄らで『集成』は「(源氏を)婿にしようなどとはお考えにもならず。自分の姫君が源氏に引き取られていようとはつゆしらず、という含みがある」と注すが、源氏が既に婿になっているという、「婿に」の下には「おはせり」などの語句が省略された形であろう。2.2.2
注釈66女にて見ばや兵部卿宮が源氏を女性として見たいという感想。2.2.2
注釈67御簾の内に入りたまふを主語は兵部卿宮。藤壷と兄妹なので、御簾の内側に入れる。しかし、藤壷はさらに几帳の内側にいる。2.2.3
注釈68昔は主上の御もてなしに以下「聞こえたまひしを」までは、源氏の心中とも解せる表現。「こよなううとみ給へる」は源氏の心中文であるとともに語り手の文でもある、境界語。源氏の心に添った語り口で、帝を「主上」と呼称する。2.2.3
注釈69わりなきや『岷江入楚』は「草子地也」と指摘。『集成』『完訳』も「草子地(作者の評語)」また「語り手の評」と注し、それぞれ「うらめしく思われるのは、これもまた仕方のないことではある」「それもいたしかたのないことである」と解す。2.2.3
注釈70しばしばも以下「うれしく」まで、源氏の詞。女房を介して、藤壷に話した内容。2.2.4
注釈71ありしより懐妊以後をさす。2.2.5
注釈72心とけぬ御けしきも藤壷の命婦に対する態度。『集成』は「(手引きをした自分に対して)快からずお思いのご様子も」と注す。2.2.5
注釈73恥づかしくいとほしければ命婦の藤壷に対する気持ち。『完訳』は「命婦は、藤壷に対して気づまりであり、またいたわしくも思う」と注す。2.2.5
注釈74はかなの契りや源氏と藤壷両人の心。下に「かたみに尽きせず」とある。2.2.5
校訂8 さるべきこと さるべきこと--さるへ(へ/+き)こと 2.2.4
校訂9 仰せ言 仰せ言--おほす(す/$せ)事 2.2.4
2.3
第三段 故祖母君の服喪明ける


2-3  Out of mourning for Murasaki's grandmother

2.3.1   少納言は、「 おぼえずをかしき世を見るかな。これも、故尼上の、この御ことを思して、御行ひにも祈りきこえたまひし仏の御しるしにや」とおぼゆ。「 大殿、いとやむごとなくておはします。ここかしこあまたかかづらひたまふをぞ、まことに大人びたまはむほどは、むつかしきこともや」とおぼえける。されど、かくとりわきたまへる御おぼえのほどは、いと頼もしげなりかし。
 少納言は、「思いがけず嬉しい運が回って来たこと。これも、故尼上が、姫君様をご心配なさって、御勤行にもお祈り申し上げなさった仏の御利益であろうか」と思われる。「大殿は、本妻として歴としていらっしゃる。あちらこちら大勢お通いになっているのを、本当に成人されてからは、厄介なことも起きようか」と案じられるのだった。しかし、このように特別になさっていらっしゃるご寵愛のうちは、とても心強い限りである。
  Seunagon ha, "Oboye zu wokasiki yo wo miru kana! Kore mo, ko-Ama-Gimi no, kono ohom-koto wo obosi te, ohom-okonahi ni mo inori kikoye tamahi si hotoke no ohom-sirusi ni ya?" to oboyu. "Ohoi-dono, ito yamgotonaku te ohasimasu. Koko-kasiko amata kakadurahi tamahu wo zo, makoto ni otonabi tamaha m hodo ha, mutukasiki koto mo ya?" to oboye keru. Saredo, kaku tori-waki tamahe ru ohom-oboye no hodo ha, ito tanomosi-ge nari kasi.
2.3.2   御服、母方は三月こそはとて、晦日には脱がせたてまつりたまふを、また親もなくて生ひ出でたまひしかば、まばゆき色にはあらで、紅、紫、山吹の地の限り織れる御小袿などを着たまへるさま、いみじう今めかしくをかしげなり。
 ご服喪は、母方の場合は三箇月であると、晦日には忌明け申し上げさせなさるが、他に親もなくてご成長なさったので、派手な色合いではなく、紅、紫、山吹の地だけで織った御小袿などを召していらっしゃる様子、たいそう当世風でかわいらしげである。
  Ohom-buku, haha-gata ha mi-tuki koso ha tote, tugomori ni ha nuga se tatematuri tamahu wo, mata oya mo naku te ohi-ide tamahi sika ba, mabayuki iro ni ha ara de, kurenawi, murasaki, yamabuki no di no kagiri ore ru ohom-ko-utiki nado wo ki tamahe ru sama, imiziu imamekasiku wokasi-ge nari.
注釈75少納言は以下、物語は転じて、紫の君の物語となる。2.3.1
注釈76おぼえずをかしき世を見るかな以下「仏の御しるしにや」まで、少納言の心中。2.3.1
注釈77大殿いとやむごとなくて以下「むつかしきこともや」まで、少納言の心中。2.3.1
注釈78御服母方は三月こそはとて晦日には脱がせたてまつりたまふを『喪葬令』に母方の祖父母の服喪は三カ月(父方の祖父母の場合は五カ月)と規定。九月二十日ころ死去したので(「若紫」)、十二月下旬に除服となる。2.3.2
2.4
第四段 新年を迎える


2-4  In newyear Murasaki plays dolls

2.4.1   男君は、朝拝に参りたまふとて、さしのぞきたまへり。
 男君は、朝拝に参内なさろうとして、お立ち寄りになった。
  Wotoko-Gimi ha, teuhai ni mawiri tamahu tote, sasi-nozoki tamahe ri.
2.4.2  「 今日よりは、大人しくなりたまへりや」
 「今日からは大人らしくなられましたか」
  "Kehu yori ha, otonasiku nari tamahe ri ya?"
2.4.3  とて、うち笑みたまへる、いとめでたう愛敬づきたまへり。いつしか、雛をし据ゑて、そそきゐたまへる。三尺の御厨子一具に、品々しつらひ据ゑて、また小さき屋ども作り集めて、 たてまつりたまへるを、ところせきまで遊びひろげたまへり。
 と言って微笑んでいらっしゃる、とても素晴らしく魅力的である。早くも、お人形を並べ立てて、忙しくしていらっしゃる。三尺の御厨子一具と、お道具を色々と並べて、他に小さい御殿をたくさん作って、差し上げなさっていたのを、辺りいっぱいに広げて遊んでいらっしゃる。
  tote, uti-wemi tamahe ru, ito medetau aigyau-duki tamahe ri. Itusika, hihina wo si suwe te, sosoki wi tamahe ru. Sam-zyaku no mi-dusi hito-yorohi ni, sina-zina siturahi suwe te, mata tihisaki ya-domo tukuri atume te, tatematuri tamahe ru wo, tokoro-seki made asobi hiroge tamahe ri.
2.4.4  「 儺やらふとて、犬君がこれをこぼちはべりにければ、つくろひはべるぞ」
 「追儺をやろうといって、犬君がこれを壊してしまったので、直しておりますの」
  "Na yara hu tote, Inuki ga kore wo koboti haberi ni kere ba, tukurohi haberu zo."
2.4.5  とて、いと大事と思いたり。
 と言って、とても大事件だとお思いである。
  tote, ito daizi to oboi tari.
2.4.6  「 げに、いと心なき人のしわざにもはべるなるかな。今つくろはせはべらむ。今日は 言忌して、な泣いたまひそ」
 「なるほど、とてもそそっかしい人のやったことらしいですね。直ぐに直させましょう。今日は涙を慎んで、お泣きなさるな」
  "Geni, ito kokoro-naki hito no siwaza ni mo haberu naru kana! Ima tukoroha se habera m. Kehu ha koto-imi si te, na nai tamahi so."
2.4.7  とて、出でたまふけしき、ところせきを、人びと端に出でて見たてまつれば、 姫君も立ち出でて見たてまつりたまひて、雛のなかの源氏の君つくろひ立てて、内裏に参らせなどしたまふ。
 と言って、お出かけになる様子、辺り狭しのご立派さを、女房たちは端に出てお見送り申し上げるので、姫君も立って行ってお見送り申し上げなさって、お人形の中の源氏の君を着飾らせて、内裏に参内させる真似などなさる。
  tote, ide tamahu kesiki, tokoro-seki wo, hito-bito hasi ni ide te mi tatemature ba, Hime-Gimi mo tati-ide te mi tatematuri tamahi te, hihina no naka no Genzi-no-Kimi tukurohi tate te, uti ni mawira se nado si tamahu.
2.4.8  「 今年だにすこし大人びさせたまへ。十にあまりぬる人は、雛遊びは忌みはべるものを。かく御夫などまうけたてまつりたまひては、あるべかしうしめやかにてこそ、見えたてまつらせたまはめ。御髪参るほどをだに、もの憂くせさせたまふ」
 「せめて今年からはもう少し大人らしくなさいませ。十歳を過ぎた人は、お人形遊びはいけないものでございますのに。このようにお婿様をお持ち申されたからには、奥方様らしくおしとやかにお振る舞いになって、お相手申し上げあそばしませ。お髪をお直しする間さえ、お嫌がりあそばして」
  "Kotosi dani sukosi otona-bi sase tamahe. Towo ni amari nuru hito ha, hihina-asobi ha imi haberu mono wo. Kaku ohom-wotoko nado mauke tatematuri tamahi te ha, aru bekasiu simeyaka ni te koso, miye tatematura se tamaha me. Mi-gusi mawiru hodo wo dani, mono-uku se sase tamahu."
2.4.9  など、少納言聞こゆ。御遊びにのみ心入れたまへれば、恥づかしと思はせたてまつらむとて言へば、心のうちに、「 我は、さは、夫まうけてけり。この人びとの夫とてあるは、醜くこそあれ。我はかくをかしげに若き人をも持たりけるかな」と、今ぞ思ほし知りける。 さはいはど、御年の数添ふしるしなめりかし。かく幼き御けはひの、ことに触れてしるければ、殿のうちの人びとも、あやしと思ひけれど、いとかう世づかぬ御添臥ならむとは思はざりけり。
 などと少納言も、お諌め申し上げる。お人形遊びにばかり夢中になっていらっしゃるので、これではいけないと思わせ申そうと思って言うと、心の中で、「わたしは、それでは、夫君を持ったのだわ。この女房たちの夫君というのは、何と醜い人たちなのであろう。わたしは、こんなにも魅力的で若い男性を持ったのだわ」と、今になってお分かりになるのであった。何と言っても、お年を一つ取った証拠なのであろう。このように幼稚なご様子が、何かにつけてはっきり分かるので、殿の内の女房たちも変だと思ったが、とてもこのように夫婦らしくないお添い寝相手だろうとは思わなかったのである。
  nado, Seunagon kikoyu. Ohom-asobi ni nomi kokoro ire tamahe re ba, hadukasi to omoha se tatematura m tote ihe ba, kokoro no uti ni, "Ware ha, sa ha, wotoko mauke te keri. Kono hito-bito no wotoko tote aru ha, minikuku koso are. Ware ha kaku wokasi-ge ni wakaki hito wo mo mo' tari keru kana!" to, ima zo omohosi-siri keru. Sa-ha-iha do, ohom-tosi no kazu sohu sirusi na' meri kasi. Kaku wosanaki ohom-kehahi no, koto ni hure te sirukere ba, tono no uti no hito-bito mo, ayasi to omohi kere do, ito kau yo-duka nu ohom-sohibusi nara m to ha omoha zari keri.
注釈79男君は朝拝に新年を迎える。「男君」という呼称は「夫君」というニュアンス。2.4.1
注釈80今日よりは以下「なりたまへりや」まで、源氏の詞。2.4.2
注釈81たてまつりたまへるを主語は源氏。紫の君のために。2.4.3
注釈82儺やらふとて犬君が以下「つくろひはべるぞ」まで、紫の君の詞。相変わらず子供っぽい遊びに熱中。「儺」(追儺)は大晦日の夜に行う行事。「犬君」は紫の君の遊び相手(「若紫」巻に登場)。2.4.4
注釈83げにいと心なき人の以下「な泣いたまひそ」まで、源氏の詞。紫の君に合わせた発言。2.4.6
注釈84姫君も立ち出でて見たてまつりたまひて姫君が「立ち出で」という行動はや異例、普通は膝行するものである。紫の君の無心さあどけなさの現れ。2.4.7
注釈85今年だに以下「もの憂くせさせたまふ」まで、少納言の乳母の詞。2.4.8
注釈86我はさは以下「持たりけるかな」まで、紫の君の心中。2.4.9
注釈87さはいはど、御年の数添ふしるしなめりかし『紹巴抄』は「双地」と指摘。『集成』も「諧謔めかした草子地。語り手(作者)が直接読者に語りかける趣」と注す。2.4.9
校訂10 言忌 言忌--(/+こと<朱>)いみ 2.4.6
Last updated 5/1/2001
渋谷栄一校訂(C)(ver.1-2-2)
Last updated 5/1/2001
渋谷栄一注釈(ver.1-1-2)
Last updated 5/1/2001
渋谷栄一訳(C)(ver.1-2-1)
Last updated 8/4/2002
Written in Japanese roman letters
by Eiichi Shibuya (C) (ver.1-3-2)
Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
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