|
05 若紫(大島本)
|
WAKAMURASAKI
|
|
光る源氏の十八歳春三月晦日から冬十月までの物語
|
Tale of Hikaru-Genji's Konoe-Chujo era from the last day in spring to October in winter at the age of 18
|
1 |
第一章 紫上の物語 若紫の君登場、三月晦日から初夏四月までの物語
|
1 Tale of Murasaki
|
|
1.1 |
第一段 三月晦日、加持祈祷のため、北山に出向く
|
1-1 At the last day in spring, Genji goes to Kita-yama
|
|
1.1.1 |
瘧病にわづらひたまひて ★、よろづにまじなひ加持など 参らせたまへど、しるしなくて、あまたたびおこりたまひければ、 ある人、「 北山になむ、なにがし寺といふ所に、かしこき行ひ人はべる。去年の夏も世におこりて、人びと まじなひわづらひしを、やがてとどむるたぐひ、 あまたはべりき。 ししこらかしつる時は うたてはべるを、 とくこそ試みさせたまはめ」など 聞こゆれば、 召しに遣はしたるに、「 老いかがまりて、室の外にもまかでず」と 申したれば、「 いかがはせむ。いと忍びてものせむ」とのたまひて、御供にむつましき四、五人ばかりして、まだ暁におはす。
|
瘧病みに罹りなさって、いろいろと呪術や加持などして差し上げさせなさるが、効果がなくて、何度も発作がお起こりになったので、ある人が、「北山に、某寺という所に、すぐれた行者がございます。去年の夏も世間に流行して、人々がまじないあぐねたのを、たちどころに治した例が、多数ございました。こじらせてしまうと厄介でございますから、早くお試しあそばすとよいでしょう」などと申し上げるので、呼びにおやりになったところ、「老い曲がって、室の外にも外出いたしません」と申したので、「しかたない。ごく内密に行こう」とおっしゃって、お供に親しい者四、五人ほど連れて、まだ夜明け前にお出かけになる。
|
源氏は瘧病にかかっていた。いろいろとまじないもし、僧の加持も受けていたが効験がなくて、この病の特徴で発作的にたびたび起こってくるのをある人が、 「北山の某という寺に非常に上手な修験僧がおります、去年の夏この病気がはやりました時など、まじないも効果がなく困っていた人がずいぶん救われました。病気をこじらせますと癒りにくくなりますから、早くためしてごらんになったらいいでしょう」 こんなことを言って勧めたので、源氏はその山から修験者を自邸へ招こうとした。 「老体になっておりまして、岩窟を一歩出ることもむずかしいのですから」 僧の返辞はこんなだった。 「それではしかたがない、そっと微行で行ってみよう」 こう言っていた源氏は、親しい家司四、五人だけを伴って、夜明けに京を立って出かけたのである。
|
Waraha-yami ni wadurahi tamahi te, yorodu ni mazinahi kadi nado mawira se tamahe do, sirusi naku te, amata tabi okori tamahi kere ba, aru-hito, "Kita-yama ni nam, Nanigasi-dera to ihu tokoro ni, kasikoki okonahi-bito haberu. Kozo no natu mo yo ni okori te, hito-bito mazinahi wadurahi si wo, yagate todomuru taguhi, amata haberi ki. Sisikorakasi turu toki ha utate haberu wo, toku koso kokoromi sase tamaha me." nado kikoyure ba, mesi ni tukahasi taru ni, "Oyi kagamari te muro no to ni mo makade zu." to mausi tare ba, "Ikaga ha se m. Ito sinobi te monose m." to notamahi te, ohom-tomo ni mutumasiki si, go-nin bakari si te, mada akatuki ni ohasu.
|
|
1.1.2 |
やや深う入る所なりけり。 三月のつごもりなれば、 京の花盛りはみな過ぎにけり。山の桜はまだ盛りにて、 入りもておはするままに、 霞のたたずまひも をかしう見ゆれば、かかるありさまもならひたまはず、 所狭き御身にて、 めづらしう思されけり。
|
やや山深く入った所なのであった。三月の晦日なので、京の花盛りはみな過ぎてしまっていた。山の桜はまだ盛りで、入って行かれるにつれて、霞のかかった景色も趣深く見えるので、このような山歩きもご経験なく、窮屈なご身分なので、珍しく思われなさるのであった。
|
郊外のやや遠い山である。これは三月の三十日だった。京の桜はもう散っていたが、途中の花はまだ盛りで、山路を進んで行くにしたがって渓々をこめた霞にも都の霞にない美があった。窮屈な境遇の源氏はこうした山歩きの経験がなくて、何事も皆珍しくおもしろく思われた。 |
Yaya hukau iru tokoro nari keri. Yayohi no tugomori nare ba, kyau no hana-zakari ha mina sugi ni keri. Yama no sakura ha mada sakari ni te, iri mote-ohasuru mama ni, kasumi no tatazumahi mo wokasiu miyure ba, kakaru arisama mo narahi tamaha zu, tokoroseki ohom-mi ni te, medurasiu obosa re keri.
|
|
1.1.3 |
寺のさまもいとあはれなり。峰高く、深き 巖屋の中にぞ ★、 聖入りゐたりける。 登りたまひて、誰とも知らせたまはず、いといたうやつれたまへれど、しるき御さまなれば、
|
寺の有様も実にしんみりと趣深い。峰高く、深い岩屋の中に、聖は入っているのだった。お登りになって、誰ともお知らせなさらず、とてもひどく粗末な身なりをしていらっしゃるが、はっきり誰それと分かるご風采なので、
|
修験僧の寺は身にしむような清さがあって、高い峰を負った巌窟の中に聖人ははいっていた。 源氏は自身のだれであるかを言わず、服装をはじめ思い切って簡単にして来ているのであるが、迎えた僧は言った。
|
Tera no sama mo ito ahare nari. Mine takaku, hukaki ihaya no naka ni zo, Hiziri iri wi tari keru. Nobori tamahi te, tare to mo sirase tamaha zu, ito itau yature tamahe re do, siruki ohom-sama nare ba,
|
|
|
|
1.1.4 |
「 あな、かしこや。一日、 召しはべりしにやおはしますらむ。今は、この世のことを 思ひたまへねば、験方の行ひも 捨て忘れてはべるを、 いかで、かうおはしましつらむ」
|
「ああ、恐れ多いことよ。先日、お召しになった方でいらっしゃいましょうか。今は、現世のことを考えておりませんので、修験の方法も忘れておりますのに、どうして、このようにわざわざお越しあそばしたのでしょうか」
|
「あ、もったいない、先日お召しになりました方様でいらっしゃいましょう。もう私はこの世界のことは考えないものですから、修験の術も忘れておりますのに、どうしてまあわざわざおいでくだすったのでしょう」
|
"Ana, kasiko ya! Hito-hi, mesi haberi si ni ya ohasimasu ram. Ima ha, konoyo no koto wo omohi tamahe ne ba, gengata no okonahi mo sute-wasure te haberu wo, ikade, kau ohasimasi tu ram."
|
|
1.1.5 |
と、おどろき騒ぎ、 うち笑みつつ見たてまつる。 いと尊き大徳なりけり。さるべきもの作りて、すかせたてまつり、加持など参るほど、日高くさし上がりぬ。
|
と、驚き慌てて、にっこりしながら拝する。まことに立派な大徳なのであった。しかるべき薬を作って、お呑ませ申し、加持などして差し上げるうちに、日が高くなった。
|
驚きながらも笑を含んで源氏を見ていた。非常に偉い僧なのである。源氏を形どった物を作って、瘧病をそれに移す祈祷をした。加持などをしている時分にはもう日が高く上っていた。
|
to, odoroki sawagi, uti-wemi tutu mi tatematuru. Ito tahutoki daitoko nari keri. Sarubeki mono tukuri te, sukase tatematuri, kadi nado mawiru hodo, hi takaku sasi-agari nu.
|
|
|
|
|
|
|
|
1.2 |
第二段 山の景色や地方の話に気を紛らす
|
1-2 Geiji diverts his mind by uncommon view and listen to a tale
|
|
1.2.1 |
すこし立ち出でつつ見渡したまへば、高き所にて、ここかしこ、僧坊どもあらはに 見おろさるる、 ただこのつづら折の下に、同じ小柴なれど、うるはしくし渡して、清げなる屋、廊など続けて、木立いとよしあるは、
|
少し外に出て見渡しなさると、高い所なので、あちこちに、僧坊どもがはっきりと見下ろされる、ちょうどこのつづら折の道の下に、同じような小柴垣であるが、きちんとめぐらして、こざっぱりとした建物に、廊などを建て続けて、木立がとても風情あるのは、
|
源氏はその寺を出て少しの散歩を試みた。その辺をながめると、ここは高い所であったから、そこここに構えられた多くの僧坊が見渡されるのである。螺旋状になった路のついたこの峰のすぐ下に、それもほかの僧坊と同じ小柴垣ではあるが、目だってきれいに廻らされていて、よい座敷風の建物と廊とが優美に組み立てられ、庭の作りようなどもきわめて凝った一構えがあった。
|
Sukosi tati-ide tutu miwatasi tamahe ba, takaki tokoro ni te, koko-kasiko, soubau-domo araha ni miorosa ruru, tada kono tudura-wori no simo ni, onazi kosiba nare do, uruhasiku si watasi te, kiyoge naru ya, rau nado tuduke te, kodati ito yosi aru ha,
|
|
1.2.2 |
「 何人の住むにか」
|
「どのような人が住んでいるのか」
|
「あれはだれの住んでいる所なのかね」
|
"Nani-bito no sumu ni ka?"
|
|
1.2.3 |
と問ひたまへば、 御供なる人、
|
とお尋ねになると、お供である人が、
|
と源氏が問うた。
|
to tohi tamahe ba, ohom-tomo naru hito,
|
|
1.2.4 |
「 これなむ、なにがし僧都の、二年 籠もりはべる方にはべるなる」
|
「これが、某僧都が、二年間籠もっております所だそうでございます」
|
「これが、某僧都がもう二年ほど引きこもっておられる坊でございます」
|
"Kore nam, Nanigasi-soudu no, huta-tose komori haberu kata ni haberu naru."
|
|
1.2.5 |
「 心恥づかしき人 住むなる所にこそあなれ。あやしうも、あまりやつしけるかな。 聞きもこそすれ」などのたまふ。
|
「気おくれするほど立派な人が住んでいるという所だな。何とも、あまりに粗末な身なりであったなあ。聞きつけたら困るな」などとおっしゃる。
|
「そうか、あのりっぱな僧都、あの人の家なんだね。あの人に知れてはきまりが悪いね、こんな体裁で来ていて」 などと、源氏は言った。
|
"Kokoro-hadukasiki hito sumu naru tokoro ni koso a' nare. Ayasiu mo, amari yatusi keru kana! Kiki mo-koso sure." nado notamahu.
|
|
1.2.6 |
清げなる童などあまた出で来て、閼伽たてまつり、花折りなどするもあらはに見ゆ。
|
美しそうな童女などが、大勢出て来て、閼伽棚に水をお供えしたり、花を折ったりなどするのも、はっきりと見える。
|
美しい侍童などがたくさん庭へ出て来て仏の閼伽棚に水を盛ったり花を供えたりしているのもよく見えた。
|
Kiyoge naru waraha nado amata ide-ki te, aka tatematuri, hana wori nado suru mo araha ni miyu.
|
|
1.2.7 |
「 かしこに、女こそありけれ」
|
「あそこに、女がいるぞ」
|
「あすこの家に女がおりますよ。
|
"Kasiko ni, womna koso ari kere!"
|
|
1.2.8 |
「 僧都は、よも、さやうには、据ゑたまはじを」
|
「僧都は、まさか、そのようには、囲って置かれまいに」
|
あの僧都がよもや隠し妻を置いてはいらっしゃらないでしょうが、
|
"Soudu ha, yomo, sayau ni ha, suwe tamaha zi wo."
|
|
1.2.9 |
「 いかなる人ならむ」
|
「どのような女だろう」
|
いったい何者でしょう」
|
"Ika naru hito nara m?"
|
|
1.2.10 |
と口々言ふ。下りて覗くもあり。
|
と口々に言う。下りて覗く者もいる。
|
こんなことを従者が言った。崖を少しおりて行ってのぞく人もある。
|
to kuti-guti ihu. Ori te nozoku mo ari.
|
|
1.2.11 |
「 をかしげなる女子ども、若き人、 童女なむ見ゆる」と言ふ。
|
「きれいな女の子たちや、若い女房、童女が見える」と言う。
|
美しい女の子や若い女房やら召使の童女やらが見えると言った。
|
"Wokasige naru womnago-domo, wakaki hito, warahabe nam miyuru." to ihu.
|
|
1.2.12 |
君は、 行ひしたまひつつ、 日たくるままに、 いかならむと思したるを、
|
源氏の君は、勤行なさりながら、日盛りになるにつれて、どうだろうかとご心配なさるのを、
|
源氏は寺へ帰って仏前の勤めをしながら昼になるともう発作が起こるころであるがと不安だった。
|
Kimi ha, okonahi si tamahi tutu, hi takuru mama ni, ika nara m to obosi taru wo,
|
|
1.2.13 |
「 とかう紛らはさせたまひて、 思し入れぬなむ、よくはべる」
|
「何かとお紛らわしあそばして、お気になさらないのが、よろしうございます」
|
「気をお紛らしになって、病気のことをお思いにならないのがいちばんよろしゅうございますよ」
|
"Tokau magirahasa se tamahi te, obosi-ire nu nam, yoku haberu."
|
|
1.2.14 |
と聞こゆれば、後への山に立ち出でて、京の方を見たまふ。 はるかに霞みわたりて、四方の梢そこはかとなう煙りわたれるほど、
|
と申し上げるので、後方の山に立ち出でて、京の方角を御覧になる。遠くまで霞がかかっていて、四方の梢がどことなく霞んで見える具合、
|
などと人が言うので、後ろのほうの山へ出て今度は京のほうをながめた。ずっと遠くまで霞んでいて、山の近い木立ちなどは淡く煙って見えた。
|
to kikoyure ba, sirihe no yama ni tati-ide te, kyau no kata wo mi tamahu. Haruka ni kasumi watari te, yomo no kozuwe sokohakatonau keburi watare ru hodo,
|
|
1.2.15 |
「 絵にいとよくも似たるかな。かかる所に住む人、心に思ひ残すことは あらじかし」とのたまへば、
|
「絵にとてもよく似ているなあ。このような所に住む人は、心に思い残すことはないだろうよ」とおっしゃると、
|
「絵によく似ている。こんな所に住めば人間の穢い感情などは起こしようがないだろう」 と源氏が言うと、
|
"We ni ito yoku mo ni taru kana! Kakaru tokoro ni sumu hito, kokoro ni omohi-nokosu koto ha ara zi kasi." to notamahe ba,
|
|
1.2.16 |
「 これは、いと浅くはべり。人の国などにはべる海、山のありさまなどを 御覧ぜさせてはべらば ★、いかに、御絵いみじうまさらせたまはむ。 富士の山、なにがしの嶽」
|
「これは、まことに平凡でございます。地方などにございます海、山の景色などを御覧に入れましたならば、どんなにか、お絵も素晴らしくご上達あそばしましょう。富士の山、何々の嶽」
|
「この山などはまだ浅いものでございます。地方の海岸の風景や山の景色をお目にかけましたら、その自然からお得になるところがあって、絵がずいぶん御上達なさいますでしょうと思います。富士、それから何々山」
|
"Kore ha, ito asaku haberi. Hito-no-kuni nado ni haberu umi, yama no arisama nado wo go-ran-ze sase te habera ba, ikani, ohom-we imiziu masara se tamaha m. Huzi-no-yama, nanigasi-no-take."
|
|
1.2.17 |
など、語りきこゆるもあり。また 西国のおもしろき浦々、磯の上を言ひ続くるもありて、よろづに 紛らはしきこゆ ★。
|
などと、お話し申し上げる者もいる。また、西国の美しい浦々や、海岸辺りについて話し続ける者もいて、何かとお気を紛らし申し上げる。
|
こんな話をする者があった。また西のほうの国々のすぐれた風景を言って、浦々の名をたくさん並べ立てる者もあったりして、だれも皆病への関心から源氏を放そうと努めているのである。
|
nado, katari kikoyuru mo ari. Mata nisi-kuni no omosiro ki ura-ura, iso no uhe wo ihi-tudukuru mo ari te, yorodu ni, magirahasi kikoyu.
|
|
1.2.18 |
「 近き所には、播磨の 明石の浦こそ、なほことにはべれ。何の至り深き隈はなけれど、ただ、海の面を見わたしたるほどなむ、あやしく異所に似ず、 ゆほびかなる所にはべる。
|
「近い所では、播磨国の明石の浦が、やはり格別でございます。どこといって奥深い趣はないが、ただ、海の方を見渡しているところが、不思議と他の海岸とは違って、ゆったりと広々した所でございます。
|
「近い所では播磨の明石の浦がよろしゅうございます。特別に変わったよさはありませんが、ただそこから海のほうをながめた景色はどこよりもよく纏っております。
|
"Tikaki tokoro ni ha, Harima no Akasi no ura koso, naho kotoni habre. Nani no itari hukaki kuma ha nakere do, tada, umi no omote wo miwatasi taru hodo nam, ayasiku koto-dokoro ni ni zu, yuhobika naru tokoro ni haberu.
|
|
1.2.19 |
かの国の前の守、新発意の、 女かしづきたる家、いといたしかし。 大臣の後にて、 出で立ちもすべかりける人の、世のひがものにて、交じらひもせず、 近衛の中将を捨てて、 申し賜はれりける司なれど ★、 かの国の人にもすこしあなづられて、『 何の面目にてか、また都にも帰らむ』と言ひて、 頭も下ろしはべりにけるを、すこし奥まりたる山住みもせで、 さる海づらに出でゐたる、ひがひがしきやうなれど、 げに、かの国のうちに、 さも、人の 籠もりゐぬべき所々はありながら、深き里は、人離れ心すごく、若き妻子の 思ひわびぬべきにより、かつは心をやれる住まひになむはべる。
|
あの国の前国司で、出家したての人が、娘を大切に育てている家は、まことにたいしたものです。大臣の後裔で、出世もできたはずの人なのですが、たいそうな変わり者で、人づき合いをせず、近衛の中将を捨てて、申し出て頂戴した官職ですが、あの国の人にも少し馬鹿にされて、『何の面目があって、再び都に帰られようか』と言って、剃髪してしまったのでございますが、少し奥まった山中生活もしないで、そのような海岸に出ているのは、間違っているようですが、なるほど、あの国の中に、そのように、人が籠もるにふさわしい所々は方々にありますが、深い山里は、人気もなくもの寂しく、若い妻子がきっと心細がるにちがいないので、一方では気晴らしのできる住まいでございます。
|
前播磨守入道が大事な娘を住ませてある家はたいしたものでございます。二代ほど前は大臣だった家筋で、もっと出世すべきはずの人なんですが、変わり者で仲間の交際なんかをもきらって近衛の中将を捨てて自分から願って出てなった播磨守なんですが、国の者に反抗されたりして、こんな不名誉なことになっては京へ帰れないと言って、その時に入道した人ですが、坊様になったのなら坊様らしく、深い山のほうへでも行って住めばよさそうなものですが、名所の明石の浦などに邸宅を構えております。播磨にはずいぶん坊様に似合った山なんかが多いのですがね、変わり者をてらってそうするかというとそれにも訳はあるのです。若い妻子が寂しがるだろうという思いやりなのです。そんな意味でずいぶん賛沢に住居なども作ってございます。
|
Kano kuni no saki-no-Kami, siboti no, musume kasiduki taru ihe, ito itasi kasi. Daizin no noti ni te, ide-tati mo su bekari keru hito no, yo no higa-mono ni te, mazirahi mo se zu, Konowe-no-tyuuzyau wo sute te, mausi tamahare ri keru tukasa nare do, kano kuni no hito ni mo sukosi anadura re te, 'Nani no meiboku ni te ka, mata miyako ni mo kahera m' to ihi te, kasira mo orosi haberi ni keru wo, sukosi okumari taru yama-zumi mo se de, saru umidura ni ide-wi taru, higa-higasiki yau nare do, geni, kano kuni no uti ni, samo, hito no komori wi nu beki tokoro-dokoro ha ari nagara, hukaki sato ha, hito hanare kokoro-sugoku, wakaki saisi no omohi-wabi nu beki ni yori, katu-ha kokoro wo yare ru sumahi ni nam haberu.
|
|
1.2.20 |
先つころ、まかり下りてはべりしついでに、ありさま 見たまへに寄りてはべりしかば、 京にてこそ所得ぬやうなりけれ、 そこらはるかに ★、いかめしう占めて造れるさま、 さは言へど、国の司にてし置きけることなれば、残りの齢ゆたかに経べき心構へも、二なくしたりけり。後の世の勤めも、いとよくして、なかなか法師まさりしたる人になむはべりける」と申せば、
|
最近、下向いたしました機会に、様子を拝見するために立ち寄ってみましたところ、都でこそ不遇のようでしたが、はなはだ広々と、豪勢に占有して造っている様子は、そうは言っても、国司として造っておいたことなので、余生を豊かに過ごせる準備も、またとなくしているのでした。後世の勤行も、まことによく勤めて、かえって出家して人品が上がった人でございました」と申し上げると、
|
先日父の所へまいりました節、どんなふうにしているかも見たいので寄ってみました。京にいますうちは不遇なようでしたが、今の住居などはすばらしいもので、何といっても地方長官をしていますうちに財産ができていたのですから、生涯の生活に事を欠かない準備は十分にしておいて、そして一方では仏弟子として感心に修行も積んでいるようです。あの人だけは入道してから真価が現われた人のように見受けます」
|
Saitu-koro, makari kudari te haberi si tuide ni, arisama mi tamahe ni yori te haberi sika ba, kyau nite koso tokoro-e nu yau nari kere, sokora haruka ni, ikamesiu sime te tukure ru sama, saha-ihe do, kuni no tukasa nite si-oki keru koto nare ba, nokori no yohahi yutaka ni hu beki kokoro gamahe mo, ni-naku si tari keri. Noti-no-yo no tutome mo, ito yoku si te, naka-naka hohusi-masari si taru hito ni nam haberi keru." to mause ba,
|
|
1.2.21 |
「 さて、その女は」と、問ひたまふ。
|
「ところで、その娘は」と、お尋ねになる。
|
「その娘というのはどんな娘」
|
"Sate, sono musume ha?" to tohi tamahu.
|
|
1.2.22 |
「 けしうはあらず、容貌、心ばせなどはべるなり。 代々の国の司など、用意ことにして、 さる心ばへ見すなれど、 さらにうけひかず。『 我が身のかくいたづらに沈めるだにあるを、 この人ひとりにこそあれ、 思ふさまことなり。もし我に後れてその志とげず、この思ひおきつる 宿世違はば、海に入りね』と、常に 遺言 しおきてはべるなる」
|
「悪くはありません、器量や、気立てなども結構だということでございます。代々の国司などが、格別懇ろな態度で、結婚の申し込みをするようですが、全然承知しません。『自分の身がこのようにむなしく落ちぶれているのさえ無念なのに、この娘一人だけだが、特別に考えているのだ。もし、わたしに先立たれて、その素志を遂げられず、わたしの願っていた運命と違ったならば、海に入ってしまえ』と、いつも遺言をしているそうでございます」
|
「まず無難な人らしゅうございます。あのあとの代々の長官が特に敬意を表して求婚するのですが、入道は決して承知いたしません。自分の一生は不遇だったのだから、娘の未来だけはこうありたいという理想を持っている。自分が死んで実現が困難になり、自分の希望しない結婚でもしなければならなくなった時には、海へ身を投げてしまえと遺言をしているそうです」
|
"Kesiu ha ara zu, katati, kokorobase nado haberu nari. Dai-dai no kuni-no-tukasa nado, youi koto ni si te, saru kokoro-bahe misu nare do, sarani uke-hika zu. 'Waga-mi no kaku itadura ni sidume ru dani aru wo, kono hito hitori ni koso are, omohu sama koto nari. Mosi ware ni okure te sono kokorozasi toge zu, kono omohi-oki turu sukuse tagaha ba, umi ni iri ne.' to, tuneni yuigon si-oki te haberu naru."
|
|
1.2.23 |
と聞こゆれば、君もをかしと聞きたまふ。人びと、
|
と申し上げると、源氏の君もおもしろい話だとお聞きになる。供人たちは、
|
源氏はこの話の播磨の海べの変わり者の入道の娘がおもしろく思えた。
|
to kikoyure ba, Kimi mo wokasi to kiki tamahu. Hito-bito,
|
|
1.2.24 |
「 海龍王の后になるべきいつき女ななり」
|
「きっと海龍王の后になる大切な娘なのだろう」
|
「竜宮の王様のお后になるんだね。
|
"Kairyu-wau no kisaki ni naru beki ituki musume na' nari."
|
|
1.2.25 |
「 心高さ苦しや」とて笑ふ。
|
「気位いの高いことも、困ったものだね」と言って笑う。
|
自尊心の強いったらないね。困り者だ」 などと冷評する者があって人々は笑っていた。
|
"Kokoro-takasa kurusi ya!" tote warahu.
|
|
1.2.26 |
かく言ふは、播磨守の子の、蔵人より、今年、かうぶり得たるなりけり。
|
このように話すのは、播磨守の子で、六位蔵人から、今年、五位に叙された者なのであった。
|
話をした良清は現在の播磨守の息子で、さきには六位の蔵人をしていたが、位が一階上がって役から離れた男である。ほかの者は、
|
Kaku ihu ha, Harima-no-Kami no ko no, Kuraudo yori, kotosi, kauburi e taru nari keri.
|
|
1.2.27 |
「 いと好きたる者なれば、かの入道の遺言 破りつべき心はあらむかし」
|
「大変な好色者だから、あの入道の遺言をきっと破ってしまおうという気なのだろうよ」
|
「好色な男なのだから、その入道の遺言を破りうる自信を持っているのだろう。
|
"Ito suki taru mono nare ba, kano Nihudau no yuigon yaburi tu-beki kokoro ha ara m kasi."
|
|
1.2.28 |
「 さて、たたずみ寄るならむ」
|
「それで、うろうろしているのだろう」
|
それでよく訪問に行ったりするのだよ」
|
"Sate, tatazumi-yoru nara m."
|
|
1.2.29 |
と言ひあへり。
|
と言い合っている。
|
とも言っていた。
|
to ihi-ahe ri.
|
|
1.2.30 |
「 いで、さ言ふとも、 田舎びたらむ。幼くよりさる所に生ひ出でて、古めいたる 親にのみ従ひたらむは」
|
「いやもう、そうは言っても、田舎びているだろう。幼い時からそのような所に成長して、古めかしい親にばかり教育されていたのでは」
|
「でもどうかね、どんなに美しい娘だといわれていても、やはり田舎者らしかろうよ。小さい時からそんな所に育つし、頑固な親に教育されているのだから」
|
"Ide, sa ihu tomo, inakabi tara m. Wosanaku yori saru tokoro ni ohi-ide te, hurumei taru oya ni nomi sitagahi tara m ha."
|
|
1.2.31 |
「 母こそゆゑあるべけれ。よき若人、童など、都のやむごとなき所々より、類にふれて尋ねとりて、 まばゆくこそもてなすなれ」
|
「母親はきっと由緒ある家の出なのだろう。美しい若い女房や、童女など、都の高貴な家々から、縁故を頼って探し集めて、眩しく育てているそうだ」
|
こんなことも言う。 「しかし母親はりっぽなのだろう。若い女房や童女など、京のよい家にいた人などを何かの縁故からたくさん呼んだりして、たいそうなことを娘のためにしているらしいから、
|
"Haha koso yuwe aru bekere. Yoki wakaudo, waraha nado, miyako no yamgotonaki tokoro-dokoro yori, rui ni hure te tadune-tori te, mabayuku koso motenasu nare."
|
|
1.2.32 |
「 情けなき人なりて行かば、さて心安くてしも、 え置きたらじをや」
|
「心ない人が国司になって赴任して行ったら、そんなふうに安心して、置いておけないのでは」
|
それでただの田舎娘ができ上がったら満足していられないわけだから、私などは娘も相当な価値のある女だろうと思うね」
|
"Nasake naki hito nari te yuka ba, sate kokoro-yasuku te simo, e oki tara zi wo-ya!"
|
|
1.2.33 |
など言ふもあり。君、
|
などと言う者もいる。源氏の君は、
|
だれかが言う。源氏は、
|
nado ihu mo ari. Kimi,
|
|
1.2.34 |
「 何心ありて、 海の底まで深う思ひ入るらむ。 ▼ 底の「みるめ」も、 ものむつかしう」
|
「どのような考えがあって、海の底まで深く思い込んでいるのだろうか。海底の「海松布」も何となく見苦しい」
|
「なぜお后にしなければならないのだろうね。それでなければ自殺させるという凝り固まりでは、ほかから見てもよい気持ちはしないだろうと思う」
|
"Nani-gokoro ari te, umi no soko made hukau omohi-iru ram? Soko no 'miru-me' mo, mono mutukasiu."
|
|
1.2.35 |
などのたまひて、 ただならず思したり。 かやうにても、なべてならず、 もてひがみたること好みたまふ御心なれば、 御耳とどまらむをや、と見たてまつる。
|
などとおっしゃって、少なからず関心をお持ちになっている。このような話でも、普通以上に、一風変わったことをお好みになるご性格なので、お耳を傾けられるのだろう、と拝見する。
|
などと言いながらも、好奇心が動かないようでもなさそうである。平凡でないことに興味を持つ性質を知っている家司たちは源氏の心持ちをそう観察していた。
|
nado notamahi te, tada-nara-zu obosi tari. Kayau ni te mo, nabete nara zu, mote-higami taru koto konomi tamahu mi-kokoro nare ba, ohom-mimi todomara m wo-ya, to mi tatematuru.
|
|
1.2.36 |
「 暮れかかりぬれど、 おこらせたまはずなりぬるにこそはあめれ。 はや帰らせたまひなむ」
|
「暮れかけてきましたが、ご発作がおこりあそばさなくなったようでございます。早くお帰りあそばされのがよいでしょう」
|
「もう暮れに近うなっておりますが、今日は御病気が起こらないで済むのでございましょう。もう京へお帰りになりましたら」
|
"Kure-kakari nure do, okora se tamaha zu nari nuru ni koso ha a' mere. Haya kahera se tamahi na m."
|
|
1.2.37 |
とあるを、大徳、
|
と言うのを、大徳は、
|
と従者は言ったが、寺では聖人が、
|
to aru wo, Daitoko,
|
|
1.2.38 |
「 御もののけなど ★、 加はれるさまにおはしましけるを、今宵は、なほ静かに 加持など参りて、出でさせたまへ」と申す。
|
「おん物の怪などが、憑いている様子でいらっしゃいましたが、今夜は、やはり静かに加持などをなさって、お帰りあそばされませ」と申し上げる。
|
「もう一晩静かに私に加持をおさせになってからお帰りになるのがよろしゅうございます」 と言った。
|
"Ohom-mononoke nado, kuhahare ru sama ni ohasimasi keru wo, koyohi ha, naho siduka ni kadi nado mawiri te, ide sase tamahe." to mausu.
|
|
1.2.39 |
「 さもあること」と、皆人申す。君も、かかる旅寝も 慣らひたまはねば、さすがにをかしくて、
|
「それも、もっともなこと」と、供人皆が申し上げる。源氏の君も、このような旅寝もご経験ないことなので、何と言っても興味があって、
|
だれも皆この説に賛成した。源氏も旅で寝ることははじめてなのでうれしくて、
|
"Samo aru koto" to, mina-hito mausu. Kimi mo, kakaru tabine mo narahi tamaha ne ba, sasuga ni, wokasiku te,
|
|
1.2.40 |
「 さらば暁に」とのたまふ。
|
「それでは、早朝に」とおっしゃる。
|
「では帰りは明日に延ばそう」 こう言っていた。
|
"Saraba akatuki ni." to notamahu.
|
|
|
|
|
出典1 |
底の「みるめ」も、 |
海人の住む底のみるめも恥づかしく磯に生ひたるわかめをぞ摘む |
出典未詳、源氏釈所引 |
1.2.34 |
|
|
|
1.3 |
第三段 源氏、若紫の君を発見す
|
1-3 Genji finds Murasaki-no-Kimi in Kita-yama
|
|
1.3.1 |
人なくて、つれづれなれば、夕暮のいたう 霞みたるに紛れて、 かの小柴垣のほどに立ち出でたまふ。 人びとは帰したまひて、 惟光朝臣と覗きたまへば、 ただこの西面にしも、 仏据ゑたてまつりて行ふ、尼なりけり。簾すこし上げて、 花たてまつるめり。中の柱に寄りゐて、脇息の上に経を置きて、いとなやましげに読みゐたる尼君、ただ人と見えず。四十余ばかりにて、いと白うあてに、痩せたれど、つらつきふくらかに、まみのほど、髪のうつくしげにそがれたる末も、なかなか長きよりもこよなう今めかしきものかな と、あはれに見たまふ。
|
人もいなくて、何もすることがないので、夕暮のたいそう霞わたっているのに紛れて、あの小柴垣の付近にお立ち出でになる。供人はお帰しになって、惟光朝臣とお覗きになると、ちょうどこの西面に、仏を安置申して勤行している、それは尼なのであった。簾を少し上げて、花を供えているようである。中の柱に寄り掛かって座って、脇息の上にお経を置いて、とても大儀そうに読経している尼君は、普通の人とは見えない。四十過ぎくらいで、とても色白で上品で、痩せてはいるが、頬はふっくらとして、目もとのぐあいや、髪がきれいに切り揃えられている端も、かえって長いのよりも、この上なく新鮮な感じだなあ、と感心して御覧になる。
|
山の春の日はことに長くてつれづれでもあったから、夕方になって、この山が淡霞に包まれてしまった時刻に、午前にながめた小柴垣の所へまで源氏は行って見た。ほかの従者は寺へ帰して惟光だけを供につれて、その山荘をのぞくとこの垣根のすぐ前になっている西向きの座敷に持仏を置いてお勤めをする尼がいた。簾を少し上げて、その時に仏前へ花が供えられた。室の中央の柱に近くすわって、脇息の上に経巻を置いて、病苦のあるふうでそれを読む尼はただの尼とは見えない。四十ぐらいで、色は非常に白くて上品に痩せてはいるが頬のあたりはふっくりとして、目つきの美しいのとともに、短く切り捨ててある髪の裾のそろったのが、かえって長い髪よりも艶なものであるという感じを与えた。
|
Hito naku te, turedure nare ba, yuhugure no itau kasumi taru ni magire te, kano kosibagaki no hodo ni tati-ide tamahu. Hito-bito ha kahesi tamahi te, Koremitu-no-asom to nozoki tamahe ba, tada kono nisi-omote ni simo, hotoke suwe tatematuri te okonahu, Ama nari keri. Sudare sukosi age te, hana tatematuru meri. Naka no hasira ni yori-wi te, kehusoku no uhe ni kyau wo oki te, ito nayamasige ni yomi wi taru Ama-Gimi, tada-bito to miye zu. Si-zihu-yo bakari ni te, ito sirou ate ni, yase tare do, turatuki hukuraka ni, mami no hodo, kami no utukusi-ge ni sogare taru suwe mo, naka-naka nagaki yori mo koyonau imamekasiki mono kana to, ahare ni mi tamahu.
|
|
1.3.2 |
清げなる大人二人ばかり、 さては童女ぞ出で入り遊ぶ。 中に十ばかりやあらむと見えて ★、白き衣、山吹などの 萎えたる着て、走り来たる女子、あまた見えつる子どもに似るべうもあらず、いみじく生ひさき見えて、うつくしげなる容貌なり。髪は扇を広げたるやうにゆらゆらとして、顔はいと赤くすりなして立てり。
|
小綺麗な女房二人ほど、他には童女が出たり入ったりして遊んでいる。その中に、十歳くらいかと見えて、白い袿の上に、山吹襲などの、糊気の落ちた表着を着て、駆けてきた女の子は、大勢見えた子供とは比べものにならず、たいそう将来性が見えて、かわいらしげな顔かたちである。髪は扇を広げたようにゆらゆらとして、顔はとても赤く手でこすって立っている。
|
きれいな中年の女房が二人いて、そのほかにこの座敷を出たりはいったりして遊んでいる女の子供が幾人かあった。その中に十歳ぐらいに見えて、白の上に淡黄の柔らかい着物を重ねて向こうから走って来た子は、さっきから何人も見た子供とはいっしょに言うことのできない麗質を備えていた。将来はどんな美しい人になるだろうと思われるところがあって、肩の垂れ髪の裾が扇をひろげたようにたくさんでゆらゆらとしていた。顔は泣いたあとのようで、手でこすって赤くなっている。尼さんの横へ来て立つと、
|
Kiyoge naru otona hutari bakari, sateha warahabe zo ide-iri asobu. Naka ni towo bakari ya ara m to miye te, siroki kinu, yamabuki nado no naye taru ki te, hasiri-ki taru womnago, amata miye turu kodomo ni niru beu mo ara zu, imiziku ohisaki miye te, utukusige naru katati nari. Kami ha ahugi wo hiroge taru yau ni yura-yura to si te, kaho ha ito akaku suri-nasi te tate ri.
|
|
|
|
1.3.3 |
「 何ごとぞや。童女と腹立ちたまへるか」
|
「どうしたの。童女とけんかをなさったのですか」
|
「どうしたの、童女たちのことで憤っているの」
|
"Nani-goto zo ya? Warahabe to hara-dati tamahe ru ka?"
|
|
1.3.4 |
とて、尼君の見上げたるに、すこしおぼえたるところあれば、「 子なめり」と見たまふ。
|
と言って、尼君が見上げた顔に、少し似ているところがあるので、「その子どもなのだろう」と御覧になる。
|
こう言って見上げた顔と少し似たところがあるので、この人の子なのであろうと源氏は思った。
|
tote, Ama-Gimi no mi-age taru ni, sukosi oboye taru tokoro are ba, "Ko na' meri." to mi tamahu.
|
|
1.3.5 |
「 雀の子を 犬君が逃がしつる。伏籠のうちに 籠めたりつるものを」
|
「雀の子を、犬君が逃がしちゃったの。伏籠の中に、閉じ籠めておいたのに」
|
「雀の子を犬君が逃がしてしまいましたの、伏籠の中に置いて逃げないようにしてあったのに」
|
"Suzume no ko wo Inuki ga nigasi turu. Husego no uti ni kome tari turu monowo."
|
|
1.3.6 |
とて、いと口惜しと思へり。 このゐたる大人、
|
と言って、とても残念がっている。ここに座っていた女房が、
|
たいへん残念そうである。そばにいた中年の女が、
|
tote, ito kutiwosi to omohe ri. Kono wi taru otona,
|
|
1.3.7 |
「 例の、心なしの、かかるわざをして、 さいなまるるこそ、いと心づきなけれ。 いづ方へかまかりぬる。 いとをかしう、やうやうなりつるものを。 烏などもこそ見つくれ」
|
「いつもの、うっかり者が、このようなことをして、責められるとは、ほんと困ったことね。どこへ飛んで行ってしまいましたか。とてもかわいらしく、だんだんなってきましたものを。烏などが見つけたら大変だわ」
|
「またいつもの粗相やさんがそんなことをしてお嬢様にしかられるのですね、困った人ですね。雀はどちらのほうへ参りました。だいぶ馴れてきてかわゆうございましたのに、外へ出ては山の鳥に見つかってどんな目にあわされますか」
|
"Rei no, kokoro-nasi no, kakaru waza wo si te, sainama ruru koso, ito kokoro-duki-nakere. Idu-kata he ka makari nuru? Ito wokasiu, yau-yau nari turu monowo. Karasu nado mo koso mitukure."
|
|
1.3.8 |
とて、立ちて行く。 髪ゆるるかにいと長く、 めやすき人なめり。 少納言の乳母とこそ人言ふめるは、この子の後見なるべし。
|
と言って、立って行く。髪はゆったりととても長く、見苦しくない女のようである。少納言の乳母と皆が呼んでいるらしい人は、この子のご後見役なのだろう。
|
と言いながら立って行った。髪のゆらゆらと動く後ろ姿も感じのよい女である。少納言の乳母と他の人が言っているから、この美しい子供の世話役なのであろう。
|
tote, tati te yuku. Kami yururuka ni ito nagaku, meyasuki hito na' meri. Seunagon-no-menoto to koso hito ihu meru ha, kono ko no usiromi naru besi.
|
|
1.3.9 |
尼君、
|
尼君が、
|
「あなたはまあいつまでも子供らしくて困った方ね。私の命がもう今日明日かと思われるのに、それは何とも思わないで、雀のほうが惜しいのだね。雀を籠に入れておいたりすることは仏様のお喜びにならないことだと私はいつも言っているのに」 と尼君は言って、また、 「ここへ」 と言うと美しい子は下へすわった。
|
Ama-Gimi,
|
|
1.3.10 |
「 いで、あな幼や。言ふかひなうものしたまふかな。 おのが、かく、今日明日におぼゆる命をば、何とも思したらで、雀慕ひたまふほどよ。 罪得ることぞと、 常に聞こゆるを、心憂く」とて、「 こちや」と言へば、 ついゐたり。
|
「何とまあ、幼いことよ。聞き分けもなくいらっしゃることね。わたしが、このように、今日明日にも思われる寿命を、何ともお考えにならず、雀を追いかけていらっしゃることよ。罪を得ることですよと、いつも申し上げていますのに、情けなく」と言って、「こちらへ、いらっしゃい」と言うと、ちょこんと座った。
|
顔つきが非常にかわいくて、眉のほのかに伸びたところ、子供らしく自然に髪が横撫でになっている額にも髪の性質にも、すぐれた美がひそんでいると見えた。大人になった時を想像してすばらしい佳人の姿も源氏の君は目に描いてみた。なぜこんなに自分の目がこの子に引き寄せられるのか、それは恋しい藤壼の宮によく似ているからであると気がついた刹那にも、その人への思慕の涙が熱く頬を伝わった。
|
"Ide, ana wosana ya! Ihukahinau monosi tamahu kana! Onoga, kaku, kehu asu ni oboyuru inoti wo ba, nani to mo obosi tara de, suzume sitahi tamahu hodo yo! Tumi uru koto zo to, tune ni kikoyuru wo, kokoro-uku." tote, "Koti ya." to ihe ba, tui-wi tari.
|
|
1.3.11 |
つらつきいとらうたげにて、 眉のわたりうちけぶり、いはけなくかいやりたる額つき、髪ざし、いみじううつくし。「 ねびゆかむさまゆかしき人かな」と、目とまりたまふ。 さるは、「 限りなう心を尽くしきこゆる人に、いとよう似たてまつれるが、 ▼ まもらるるなりけり」と、 思ふにも涙ぞ落つる。
|
顔つきがとてもかわいらしげで、眉のあたりがほんのりとして、子供っぽく掻き上げた額つきや、髪の生え際は、大変にかわいらしい。「成長して行くさまが楽しみな人だなあ」と、お目がとまりなさる。それと言うのも、「限りなく心を尽くし申し上げている方に、とてもよく似ているので、目が引きつけられるのだ」と、思うにつけても涙が落ちる。
|
尼君は女の子の髪をなでながら、
|
Turatuki ito rautage ni te, mayu no watari uti-keburi, ihakenaku kai-yari taru hitahituki, kamzasi, imiziu utukusi. "Nebi-yuka m sama yukasiki hito kana!" to, me tomari tamahu. Saruha, "Kagirinau kokoro wo tukusi kikoyuru hito ni, ito you ni tatemature ru ga, mamora ruru nari keri" to, omohu ni mo namida zo oturu.
|
|
1.3.12 |
尼君、髪をかき撫でつつ、
|
尼君が、髪をかき撫でながら、
|
「梳かせるのもうるさがるけれどよい髪だね。あなたがこんなふうにあまり子供らしいことで私は心配している。あなたの年になればもうこんなふうでない人もあるのに、亡くなったお姫さんは十二でお父様に別れたのだけれど、もうその時には悲しみも何もよくわかる人になっていましたよ。私が死んでしまったあとであなたはどうなるのだろう」
|
Ama-Gimi, kami wo kaki-nade tutu,
|
|
1.3.13 |
「 梳ることをうるさがりたまへど、をかしの御髪や。いとはかなうものしたまふこそ、あはれにうしろめたけれ。かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。 故姫君は、 十ばかりにて 殿に後れたまひしほど、いみじうものは思ひ知りたまへりしぞかし。ただ今、 おのれ見捨てたてまつらば、 いかで世におはせむとすらむ」
|
「梳くことをお嫌がりになるが、美しい御髪ですね。とても子供っぽくいらっしゃることが、かわいそうで心配です。これくらいの年になれば、とてもこんなでない人もありますものを。亡くなった母君は、十歳程で父殿に先立たれなさった時、たいそう物事の意味は弁えていらっしゃいましたよ。この今、わたしがお残し申して逝ってしまったら、どのように過ごして行かれるおつもりなのでしょう」
|
あまりに泣くので隙見をしている源氏までも悲しくなった。子供心にもさすがにじっとしばらく尼君の顔をながめ入って、それからうつむいた。その時に額からこぼれかかった髪がつやつやと美しく見えた。
|
"Keduru koto wo urusagari tamahe do, wokasi no mi-gusi ya! Ito hakanau monosi tamahu koso, ahare ni usirometakere. Kabakari ni nare ba, ito kakara nu hito mo aru monowo! Ko-Hime-Gimi ha, towo bakari ni te Tono ni okure tamahi si hodo, imiziu mono ha omohi-siri tamahe ri si zo kasi. Tada ima, onore mi-sute tatematura ba, ikade yo ni ohase m to sura m?"
|
|
1.3.14 |
とて、いみじく泣くを 見たまふも、すずろに悲し。幼心地にも、さすがにうちまもりて、伏目になりて うつぶしたるに、こぼれかかりたる髪、つやつやとめでたう見ゆ。
|
と言って、たいそう泣くのを御覧になると、何とも言えず悲しい。子供心にも、やはりじっと見つめて、伏し目になってうつむいているところに、こぼれかかった髪が、つやつやとして素晴らしく見える。
|
生ひ立たんありかも知らぬ若草を
|
tote, imiziku naku wo mi tamahu mo, suzuro ni kanasi. Wosana-gokoti ni mo, sasuga ni uti-mamori te, husime ni nari te utubusi taru ni, kobore kakari taru kami, tuya-tuya to medetau miyu.
|
|
1.3.15 |
「 生ひ立たむありかも知らぬ若草を
|
「これからどこでどう育って行くのかも分からない若草のようなあなたを
|
おくらす露ぞ消えんそらなき
|
"Ohi-tata m arika mo sira nu wakakusa wo
|
|
1.3.16 |
おくらす露ぞ消えむそらなき」
|
残してゆく露のようにはかないわたしは死ぬに死ねない思いです」
|
一人の中年の女房が感動したふうで泣きながら、
|
okurasu tuyu zo kiye m sora naki
|
|
1.3.17 |
またゐたる大人、「げに」と、うち泣きて、
|
もう一人の座っている女房が、「本当に」と、涙ぐんで、
|
初草の生ひ行く末も知らぬまに
|
mata wi taru otona, "Geni" to, uti-naki te,
|
|
1.3.18 |
「 初草の生ひ行く末も知らぬまに
|
「初草のように若い姫君のご成長も御覧にならないうちに
|
いかでか露の消えんとすらん
|
"Hatu-kusa no ohi-yuku suwe mo sira nu ma ni
|
|
1.3.19 |
いかでか露の消えむとすらむ」
|
どうして尼君様は先立たれるようなことをお考えになるのでしょう」
|
と言った。この時に僧都が向こうの座敷のほうから来た。
|
ikade-ka tuyu no kiye m to su ram
|
|
1.3.20 |
と聞こゆるほどに、僧都、あなたより来て、
|
と申し上げているところに、僧都が、あちらから来て、
|
「この座敷はあまり開けひろげ過ぎています。今日に限ってこんなに端のほうにおいでになったのですね。山の上の聖人の所へ源氏の中将が瘧病のまじないにおいでになったという話を私は今はじめて聞いたのです。ずいぶん微行でいらっしゃったので私は知らないで、同じ山にいながら今まで伺侯もしませんでした」 と僧都は言った。
|
to kikoyuru hodo ni, Soudu, anata yori ki te,
|
|
1.3.21 |
「 こなたはあらはにやはべらむ。今日しも、端におはしましけるかな。この上の聖の方に、 源氏の中将の瘧病まじなひにものしたまひけるを、 ただ今なむ、聞きつけはべる。いみじう忍びたまひければ、知りはべらで、ここにはべりながら、御とぶらひにも までざりける」とのたまへば、
|
「ここは人目につくのではないでしょうか。今日に限って、端近にいらっしゃいますね。この上の聖の坊に、源氏中将が瘧病のまじないにいらっしゃったのを、たった今、聞きつけました。ひどくお忍びでいらっしゃったので、知りませんで、ここにおりながら、お見舞いにも上がりませんでした」とおっしゃると、
|
「たいへん、こんな所をだれか御一行の人がのぞいたかもしれない」 尼君のこう言うのが聞こえて御簾はおろされた。
|
"Konata ha araha ni ya habera m? Kehu simo, hasi ni ohasimasi keru kana! Kono kami no Hiziri no kata ni, Genzi-no-Tyuzhau no, waraha-yami mazinahi ni monosi tamahi keru wo, tada ima nam, kiki-tuke haberu. Imiziu sinobi tamahi kere ba, siri habera de, koko ni haberi nagara, ohom-toburahi ni mo ma'de zari keru." to notamahe ba,
|
|
1.3.22 |
「 あないみじや。いとあやしきさまを、 人や見つらむ」とて、簾下ろしつ。
|
「まあ大変。とても見苦しい様子を、誰か見たでしょうかしら」と言って、簾を下ろしてしまった。
|
「世間で評判の源氏の君のお顔を、こんな機会に見せていただいたらどうですか、人間生活と絶縁している私らのような僧でも、あの方のお顔を拝見すると、世の中の歎かわしいことなどは皆忘れることができて、長生きのできる気のするほどの美貌ですよ。私はこれからまず手紙で御挨拶をすることにしましょう」
|
"Ana imizi ya! Ito ayasiki sama wo, hito ya mi tu ram?" tote, sudare orosi tu.
|
|
1.3.23 |
「 この世に、ののしりたまふ光る源氏、かかるついでに 見たてまつりたまはむや。世を捨てたる法師の心地にも、いみじう 世の憂へ忘れ、齢延ぶる人の御ありさまなり。いで、御消息聞こえむ」
|
「世間で、大評判でいらっしゃる光源氏を、この機会に拝見なさいませんか。俗世を捨てた法師の気持ちにも、たいそう世俗の憂えを忘れ、寿命が延びるご様子の方です。どれ、ご挨拶を申し上げよう」
|
僧都がこの座敷を出て行く気配がするので源氏も山上の寺へ帰った。
|
"Konoyo ni, nonosiri tamahu Hikaru-Genzi, kakaru tuide ni mi tatematuri tamaha m ya? Yo wo sute taru hohusi no kokoti ni mo, imiziu yo no urehe wasure, yohahi noburu hito no ohom-arisama nari. Ide, ohom-seusoko kikoye m."
|
|
1.3.24 |
とて、立つ音すれば、帰りたまひぬ。
|
と言って、立ち上がる音がするので、お帰りになった。
|
|
tote, tatu oto sure ba, kaheri tamahi nu.
|
|
|
|
|
|
|
|
1.4 |
第四段 若紫の君の素性を聞く
|
1-4 Genji recognizes her as a Fujitubo's niece
|
|
1.4.1 |
「 あはれなる人を見つるかな。かかれば、この好き者どもは、かかる歩きをのみして、よく さるまじき人をも見つくるなりけり。 たまさかに立ち出づるだに、かく思ひのほかなることを見るよ」と、をかしう思す。「 さても、いとうつくしかりつる児かな。何人ならむ。 かの人の御代はりに、 明け暮れの慰めにも見ばや」と思ふ心、深うつきぬ。
|
「しみじみと心惹かれる人を見たなあ。これだから、この好色な連中は、このような忍び歩きばかりをして、よく意外な人を見つけるのだな。まれに外出しただけでも、このように思いがけないことに出会うことよ」と、興味深くお思いになる。「それにしても、とてもかわいかった少女であるよ。どのような人であろう。あのお方の代わりとして、毎日の慰めに見たいものだ」という考えが、強く起こった。
|
源氏は思った。自分は可憐な人を発見することができた、だから自分といっしょに来ている若い連中は旅というものをしたがるのである、そこで意外な収穫を得るのだ、たまさかに京を出て来ただけでもこんな思いがけないことがあると、それで源氏はうれしかった。それにしても美しい子である、どんな身分の人なのであろう、あの子を手もとに迎えて逢いがたい人の恋しさが慰められるものならぜひそうしたいと源氏は深く思ったのである。
|
"Ahare naru hito wo mi turu kana! Kakare ba, kono suki-mono-domo ha, kakaru ariki wo nomi si te, yoku saru-maziki hito wo mo mitukuru nari keri. Tamasaka ni tati-iduru dani, kaku omohi no hoka naru koto wo miru yo!" to, wokasiu obosu. "Sate-mo, ito utukusikari turu tigo kana! Nani-bito nara m? Kano hito no ohom-kahari ni, ake-kure no nagusame ni mo mi baya!" to omohu kokoro, hukau tuki nu.
|
|
1.4.2 |
うち臥したまへるに、僧都の御弟子、 惟光を呼び出でさす。ほどなき所なれば、君もやがて聞きたまふ。
|
横になっていらっしゃると、僧都のお弟子が、惟光を呼び出させる。狭い所なので、源氏の君もそのままお聞きになる。
|
寺で皆が寝床についていると、僧都の弟子が訪問して来て、惟光に逢いたいと申し入れた。狭い場所であったから惟光へ言う事が源氏にもよく聞こえた。
|
Uti-husi tamahe ru ni, Soudu no mi-desi, Koremitu wo yobi-ide sasu. Hodonaki tokoro nare ba, Kimi mo yagate kiki tamahu.
|
|
1.4.3 |
「 過りおはしましけるよし、 ただ今なむ、人申すに、 おどろきながら、さぶらべきを、なにがしこの寺に籠もりはべりとは、 しろしめしながら、忍びさせたまへるを、 憂はしく思ひたまへてなむ。 草の御むしろも、 この坊にこそ設けはべるべけれ。いと本意なきこと」と 申したまへり。
|
「お立ち寄りあそばしていらっしゃることを、たった今、人が申したので、聞いてすぐに、ご挨拶に伺うべきところを、拙僧がこの寺におりますことを、ご存知でいらっしゃりながらも、お忍びでいらしていることを、お恨みに存じまして。旅のお宿も、拙僧の坊でお支度致しますべきでしたのに。残念至極です」と申し上げなさった。
|
「手前どもの坊の奥の寺へおいでになりましたことを人が申しますのでただ今承知いたしました。すぐに伺うべきでございますが、私がこの山におりますことを御承知のあなた様が素通りをあそばしたのは、何かお気に入らないことがあるかと御遠慮をする心もございます。御宿泊の設けも行き届きませんでも当坊でさせていただきたいものでございます」 と言うのが使いの伝える僧都の挨拶だった。
|
"Yokiri ohasimasi keru yosi, tada-ima nam, hito mausu ni, odoroki nagara, sabura beki wo, Nanigasi kono tera ni komori haberi to ha, sirosimesi nagara, sinobi sase tamahe ru wo, urehasiku omohi tamahe te nam. Kusa no ohom-musiro mo, kono bau ni koso mauke haberu bekere. Ito ho'i naki koto." to mausi tamahe ri.
|
|
1.4.4 |
「 いぬる十余日のほどより、 瘧病にわづらひはべるを ★、度重なりて堪へがたうはべれば、人の教へのまま、にはかに尋ね入りはべりつれど、 かやうなる人の験あらはさぬ時、はしたなかるべきも、 ただなるよりは、いとほしう思ひたまへつつみてなむ、いたう忍びはべりつる。今、そなたにも」とのたまへり。
|
「去る十何日のころから、瘧病を患っていますが、度重なって我慢できませんので、人の勧めに従って、急遽訪ねて参りましたが、このような方が効験を現さない時は、世間体の悪いことになるにちがいないのも、普通の人の場合以上に、お気の毒と遠慮致しまして、ごく内密に参ったのです。今、そちらへも」とおっしゃった。
|
「今月の十幾日ごろから私は瘧病にかかっておりましたが、たびたびの発作で堪えられなくなりまして、人の勧めどおりに山へ参ってみましたが、もし効験が見えませんでした時には一人の僧の不名誉になることですから、隠れて来ておりました。そちらへも後刻伺うつもりです」 と源氏は惟光に言わせた。
|
"Inuru zihu-yo-niti no hodo yori, waraha-yami ni wadurahi haberu wo, tabi kasanari te tahe-gatau habere ba, hito no wosihe no mama, nihaka ni tadune-iri haberi ture do, kayau naru hito no sirusi arahasa nu toki, hasitanakaru beki mo, tada naru yori ha, itohosiu omohi tamahe tutumi te nam, itau sinobi haberi turu. Ima, sonata ni mo." to notamahe ri.
|
|
1.4.5 |
すなはち、僧都参りたまへり。法師なれど、いと心恥づかしく人柄もやむごとなく、 世に思はれたまへる人なれば、 軽々しき御ありさまを、はしたなう思す。かく籠もれるほどの御物語など聞こえたまひて、「 同じ柴の庵なれど、すこし涼しき水の流れも 御覧ぜさせむ」と、せちに聞こえたまへば、 かの、まだ見ぬ人びとにことことしう 言ひ聞かせつるを、つつましう思せど、あはれなりつるありさまもいぶかしくて、おはしぬ。
|
折り返し、僧都が参上なさった。法師であるが、とても気がおけて人品も重々しく、世間からもご信頼されていらっしゃる方なので、軽々しいお姿を、きまり悪くお思いになる。このように籠っている間のお話などを申し上げなさって、「同じ草庵ですが、少し涼しい遣水の流れも御覧に入れましょう」と、熱心にお勧め申し上げなさるので、あの、まだ自分を見ていない人々に大げさに吹聴していたのを、気恥ずかしくお思いになるが、かわいらしかった有様も気になって、おいでになった。
|
それから間もなく僧都が訪問して来た。尊敬される人格者で、僧ではあるが貴族出のこの人に軽い旅装で逢うことを源氏はきまり悪く思った。二年越しの山籠りの生活を僧都は語ってから、 「僧の家というものはどうせ皆寂しい貧弱なものですが、ここよりは少しきれいな水の流れなども庭にはできておりますから、お目にかけたいと思うのです」 僧都は源氏の来宿を乞うてやまなかった。源氏を知らないあの女の人たちにたいそうな顔の吹聴などをされていたことを思うと、しりごみもされるのであるが、心を惹いた少女のことも詳しく知りたいと思って源氏は僧都の坊へ移って行った。
|
Sunahati, Soudu mawiri tamahe ri. Hohusi nare do, ito kokoro-hadukasiku hitogara mo yamgotonaku, yo ni omoha re tamahe ru hito nare ba, karu-garusiki ohom-arisama wo, hasitanau obosu. Kaku komore ru hodo no ohom-monogatari nado kikoye tamahi te, "Onazi siba no ihori nare do, sukosi suzusiki midu no nagare mo go-ran-ze sase m." to, seti ni kikoye tamahe ba, kano, mada mi nu hito-bito ni koto-kotosiu ihi-kikase turu wo, tutumasiu obose do, ahare nari turu arisama mo ibukasiku te, ohasi nu.
|
|
1.4.6 |
げに、 いと心ことによしありて、同じ木草をも植ゑなしたまへり。 月もなきころなれば、遣水に篝火ともし、 灯籠なども参りたり。南面いと清げにしつらひたまへり。そらだきもの、いと心にくく薫り出で、名香の香など匂ひみちたるに、君の御追風いとことなれば、内の人びとも 心づかひすべかめり。
|
なるほど、とても格別に風流を凝らして、同じ木や草を植えていらっしゃった。月もないころなので、遣水に篝火を照らし、灯籠などにも火を灯してある。南面はとてもこざっぱりと整えていらっしゃる。空薫物が、たいそう奥ゆかしく薫って来て、名香の香などが、匂い満ちているところに、源氏の君のおん佃い風がとても格別なので、奥の人々も気を使っている様子である。
|
主人の言葉どおりに庭の作り一つをいってもここは優美な山荘であった、月はないころであったから、流れのほとりに篝を焚かせ、燈籠を吊らせなどしてある。南向きの室を美しく装飾して源氏の寝室ができていた。奥の座敷から洩れてくる薫香のにおいと仏前に焚かれる名香の香が入り混じって漂っている山荘に、新しく源氏の追い風が加わったこの夜を女たちも晴れがましく思った。
|
Geni, ito kokoro-koto ni yosi ari te, onazi ki kusa wo mo uwe-nasi tamahe ri. Tuki mo naki koro nare ba, yarimidu ni kagaribi tomosi, touro nado mo mawiri tari. Minami-omote ito kiyoge ni siturahi tamahe ri. Soradakimono, ito kokoro nikuku kawori-ide, myaugau-no-ka nado nihohi miti taru ni, Kimi no ohom-ohikaze ito koto nare ba, uti no hito-bito mo kokoro-dukahi su beka' meri.
|
|
1.4.7 |
僧都、世の 常なき御物語、後世のことなど聞こえ知らせたまふ。 我が罪のほど恐ろしう、「 あぢきなきことに心をしめて、生ける限りこれを思ひ悩むべきなめり ★。まして後の世の いみじかるべき」。思し続けて、 かうやうなる住まひもせまほしう おぼえたまふものから、昼の面影心にかかりて恋しければ、
|
僧都は、この世の無常のお話や、来世の話などを説いてお聞かせ申し上げなさる。ご自分の罪障の深さが恐ろしく、「どうにもならないことに心を奪われて、一生涯このことを思い悩み続けなければならないようだ。まして来世は大変なことになるにちがいない」。お考え続けて、このような出家生活もしたく思われる一方では、昼間の面影が心にかかって恋しいので、
|
僧都は人世の無常さと来世の頼もしさを源氏に説いて聞かせた。源氏は自身の罪の恐ろしさが自覚され、来世で受ける罰の大きさを思うと、そうした常ない人生から遠ざかったこんな生活に自分もはいってしまいたいなどと思いながらも、夕方に見た小さい貴女が心にかかって恋しい源氏であった。
|
Soudu, yo no tune naki ohom-monogatari, notise no koto nado kikoye sirase tamahu. Waga tumi no hodo osorosiu, "Adikinaki koto ni kokoro wo sime te, ike ru kagiri kore wo omohi-nayamu beki na' meri. Masite noti-no-yo no imizikaru beki." Obosi tuduke te, kau yau naru sumahi mo se mahosiu oboye tamahu monokara, hiru no omokage kokoro ni kakari te kohisikere ba,
|
|
1.4.8 |
「 ここにものしたまふは、誰れにか。 尋ねきこえまほしき夢を見たまへしかな。 今日なむ思ひあはせつる」
|
「ここにおいでの方は、どなたですか。お尋ね申したい夢を拝見しましたよ。今日、思い当たりました」
|
「ここへ来ていらっしゃるのはどなたなんですか、その方たちと自分とが因縁のあるというような夢を私は前に見たのですが、なんだか今日こちらへ伺って謎の糸口を得た気がします」
|
"Koko ni monosi tamahu ha, tare ni ka? Tadune kikoye mahosiki yume wo mi tamahe si kana! Kehu nam omohi ahase turu."
|
|
1.4.9 |
と聞こえたまへば、うち笑ひて、
|
と申し上げなさると、にっこり笑って、
|
と源氏が言うと、
|
to kikoye tamahe ba, uti-warahi te,
|
|
1.4.10 |
「 うちつけなる御夢語りにぞはべるなる ★。 尋ねさせたまひても、 御心劣りせさせたまひぬべし。故按察使大納言は、世になくて久しくなりはべりぬれば、 えしろしめさじかし。その北の方なむ、なにがしが妹にはべる。かの按察使かくれて後、 世を背きてはべるが、 このごろ、わづらふことはべるにより、 かく京にもまかでねば、頼もし所に籠もりてものしはべるなり」と聞こえたまふ。
|
「唐突な夢のお話というものでございますな。お知りあそばされたても、きっとがっかりあそばされることでございましょう。故按察使大納言は、亡くなってから久しくなりましたので、ご存知ありますまい。その北の方が拙僧の妹でございます。あの按察使が亡くなって後、出家しておりますのが、最近、患うことがございましたので、こうして京にも行かずにおりますので、頼り所として籠っているのでございます」とお申し上げになる。
|
「突然な夢のお話ですね。それがだれであるかをお聞きになっても興がおさめになるだけでございましょう。前の按察使大納言はもうずっと早く亡くなったのでございますからご存じはありますまい。その夫人が私の姉です。未亡人になってから尼になりまして、それがこのごろ病気なものですから、私が山にこもったきりになっているので心細がってこちらへ来ているのです」 僧都の答えはこうだった。
|
"Utituke naru ohom-yume-gatari ni zo haberu naru. Tadune sase tamahi te mo, mi-kokoro-otori se sase tamahi nu besi. Ko-Azeti-no-Dainagon ha, yo ni naku te hisasiku nari haberi nure ba, e sirosimesa zi kasi. Sono Kita-no-kata nam, Nanigasi ga imouto ni haberu. Kano Azeti kakure te noti, yo wo somuki te haberu ga, konogoro, wadurahu koto haberu ni yori, kaku kyau ni mo makade ne ba, tanomosi-dokoro ni komori te monosi haberu nari." to kikoye tamahu.
|
|
1.4.11 |
「 かの大納言の御女、ものしたまふと 聞きたまへしは。好き好きしき方にはあらで、まめやかに聞こゆるなり」と、推し当てにのたまへば、
|
「あの大納言のご息女が、おいでになると伺っておりましたのは。好色めいた気持ちからではなく、真面目に申し上げるのです」と当て推量におっしゃると、
|
「その大納言にお嬢さんがおありになるということでしたが、それはどうなすったのですか。私は好色から伺うのじゃありません、まじめにお尋ね申し上げるのです」 少女は大納言の遺子であろうと想像して源氏が言うと、
|
"Kano Dainagon no mi-musume, monosi tamahu to kiki tamahe si ha? Suki-zukisiki kata ni ha ara de, mame-yaka ni kikoyuru nari." to, osiate ni notamahe ba,
|
|
1.4.12 |
「 女ただ一人はべりし。亡せて、 この十余年にやなりはべりぬらむ。故大納言、内裏にたてまつらむなど、かしこういつきはべりしを、その本意のごとくもものしはべらで、 過ぎはべりにしかば、ただこの尼君一人もてあつかひはべりしほどに、いかなる人のしわざにか、 兵部卿宮なむ、忍びて語らひつきたまへりけるを、本の北の方、やむごとなくなどして、安からぬこと多くて、明け暮れ物を思ひて なむ、亡くなりはべりにし。物思ひに病づくものと、 目に近く見たまへし」
|
「娘がただ一人おりました。亡くなって、ここ十何年になりましょうか。故大納言は、入内させようなどと、大変大切に育てていましたが、その本願のようにもなりませず、亡くなってしまいましたので、ただこの尼君が一人で苦労して育てておりましたうちに、誰が手引をしたものか、兵部卿宮がこっそり通って来られるようになったのですが、本妻の北の方が、ご身分の高い人であったりして、気苦労が多くて、明け暮れ物思いに悩んで、亡くなってしまいました。物思いから病気になるものだと、目の当たりに拝見致しました次第です」
|
「ただ一人娘がございました。亡くなりましてもう十年余りになりますでしょうか、大納言は宮中へ入れたいように申して、非常に大事にして育てていたのですがそのままで死にますし、未亡人が一人で育てていますうちに、だれがお手引きをしたのか兵部卿の宮が通っていらっしゃるようになりまして、それを宮の御本妻はなかなか権力のある夫人で、やかましくお言いになって、私の姪はそんなことからいろいろ苦労が多くて、物思いばかりをしたあげく亡くなりました。物思いで病気が出るものであることを私は姪を見てよくわかりました」
|
"Musume tada hitori haberi si. Use te, kono zihu-yo-nen ni ya nari haberi nu ram? Ko-Dainagon, uti ni tatematura m nado, kasikou ituki haberi si wo, sono ho'i no gotoku mo monosi habera de, sugi haberi ni sika ba, tada kono Ama-Gimi hitori mote-atukahi haberi si hodo ni, ika naru hito no siwaza ni ka, Hyaubukyau-no-Miya nam, sinobi te katarahi-tuki tamahe ri keru wo, moto no Kita-no-kata, yamgotonaku nado site, yasukara nu koto ohoku te, ake-kure mono wo omohi te nam, nakunari haberi ni si. Mono-omohi ni yamahi-duku mono to, me ni tikaku mi tamahe si."
|
|
1.4.13 |
など申したまふ。「 さらば、その子なりけり」と思しあはせつ。「 親王の御筋にて、かの人にもかよひきこえたるにや」と、いとどあはれに 見まほし。「 人のほどもあてにをかしう、なかなかの さかしら心なく、うち語らひて、心のままに教へ生ほし立てて見ばや」と思す。
|
などとお申し上げなさる。「それでは、その人の子であったのだ」とご理解なさった。「親王のお血筋なので、あのお方にもお似通い申しているのであろうか」と、ますます心惹かれて世話をしたい。「人柄も上品でかわいらしくて、なまじの小ざかしいところもなく、一緒に暮らして、自分の理想通りに育ててみたいものだなあ」とお思いになる。
|
などと僧都は語った。それではあの少女は昔の按察使大納言の姫君と兵部卿の宮の間にできた子であるに違いないと源氏は悟ったのである。藤壼の宮の兄君の子であるがためにその人に似ているのであろうと思うといっそう心の惹かれるのを覚えた。身分のきわめてよいのがうれしい、愛する者を信じようとせずに疑いの多い女でなく、無邪気な子供を、自分が未来の妻として教養を与えていくことは楽しいことであろう、それを直ちに実行したいという心に源氏はなった。
|
nado mausi tamahu. "Saraba, sono ko nari keri" to obosi-ahase tu. "Miko no ohom-sudi ni te, kano hito ni mo kayohi kikoye taru ni ya?" to, itodo ahare ni mi mahosi. "Hito no hodo mo ate ni wokasiu, naka-naka no sakasira-gokoro naku, uti-katarahi te, kokoro no mama ni wosihe ohosi-tate te mi baya." to obosu.
|
|
1.4.14 |
「 いとあはれにものしたまふことかな。それは、とどめたまふ形見もなきか」
|
「とてもお気の毒なことでいらっしゃいますね。その方には、後に遺して行かれた人はいないのですか」
|
「お気の毒なお話ですね。その方には忘れ形見がなかったのですか」
|
"Ito ahare ni monosi tamahu koto kana! Sore ha, todome tamahu katami mo naki ka?"
|
|
1.4.15 |
と、幼かりつる行方の、なほ確かに知らまほしくて、問ひたまへば、
|
と、幼なかった子の将来が、もっとはっきりと知りたくて、お尋ねになると、
|
なお明確に少女のだれであるかを知ろうとして源氏は言うのである。
|
to, Wosanakari turu yukuhe no, naho tasika ni sira mahosiku te, tohi tamahe ba,
|
|
1.4.16 |
「 亡くなりはべりしほどにこそ、はべりしか。それも、 女にてぞ。それにつけて物思ひのもよほしに なむ、齢の末に思ひたまへ嘆きはべるめる」と聞こえたまふ。
|
「亡くなりますころに、生まれました。それも、女の子で。それにつけても心配の種として、余命少ない年に思い悩んでおりますようでございます」と申し上げなさる。
|
「亡くなりますころに生まれました。それも女です。その子供が姉の信仰生活を静かにさせません。姉は年を取ってから一人の孫娘の将来ばかりを心配して暮らしております」
|
"Nakunari haberi si hodo ni koso, haberi sika. Sore mo, womna ni te zo. Sore ni tuke te mono-omohi no moyohosi ni nam, yohahi no suwe ni omohi tamahe nageki haberu meru." to kikoye tamahu.
|
|
1.4.17 |
「 さればよ」と思さる。
|
「やはりそうであったか」とお思いになる。
|
聞いている話に、夕方見た尼君の涙を源氏は思い合わせた。
|
"Sareba yo." to obosa ru.
|
|
1.4.18 |
「 あやしきことなれど、幼き御後見に思すべく、 聞こえたまひてむや。 思ふ心ありて、行きかかづらふ方もはべりながら、世に心の染まぬにやあらむ、独り住みにてのみなむ。 まだ似げなきほどと常の人に思しなずらへて、 ▼ はしたなくや」などのたまへば、
|
「変な話ですが、その少女のご後見とお思い下さるよう、お話し申し上げていただけませんか。考えるところがあって、通い関わっています所もありますが、本当にしっくりいかないのでしょうか、独り暮らしばかりしています。まだ不似合いな年頃だと世間並の男同様にお考えになっては、体裁が悪い」などとおっしゃると、
|
「妙なことを言い出すようですが、私にその小さいお嬢さんを、託していただけないかとお話ししてくださいませんか。私は妻について一つの理想がありまして、ただ今結婚はしていますが、普通の夫婦生活なるものは私に重荷に思えまして、まあ独身もののような暮らし方ばかりをしているのです。まだ年がつり合わぬなどと常識的に判断をなすって、失礼な申し出だと思召すでしょうか」 と源氏は言った。
|
"Ayasiki koto nare do, wosanaki ohom-usiromi ni obosu beku, kikoye tamahi te m ya? Omohu kokoro ari te, yuki-kakadurahu kata mo haberi nagara, yoni kokoro no sima nu ni ya ara m, hitori-zumi ni te nomi nam. Mada nigenaki hodo to tune no hito ni obosi-nadurahe te, hasitanaku ya." nado notamahe ba,
|
|
1.4.19 |
「 いとうれしかるべき仰せ言なるを、まだむげに いはきなきほどにはべるめれば、たはぶれにても、 御覧じがたくや。そもそも、 女人は、人にもてなされて大人にもなりたまふものなれば、 詳しくはえとり申さず、 かの祖母に語らひはべりて聞こえさせむ」
|
「たいそう嬉しいはずの仰せ言ですが、まだいっこうに幼い年頃のようでございますので、ご冗談にも、お世話なさるのは難しいのでは。もっとも、女性というものは、人に世話されて一人前にもおなりになるものですから、詳しくは申し上げられませんが、あの祖母に相談しまして、お返事申し上げさせましょう」
|
「それは非常に結構なことでございますが、まだまだとても幼稚なものでございますから、仮にもお手もとへなど迎えていただけるものではありません。まあ女というものは良人のよい指導を得て一人前になるものなのですから、あながち早過ぎるお話とも何とも私は申されません。子供の祖母と相談をいたしましてお返辞をするといたしましょう」
|
"Ito uresikaru beki ohose-goto naru wo, mada muge ni ihakinaki hodo ni haberu mere ba, tahabure ni te mo, go-ran-zi-gataku ya? Somo-somo, nyonin ha, hito ni motenasa re te otona ni mo nari tamahu mono nare ba, kuhasiku ha e tori mausa zu, kano oba ni katarahi haberi te kikoye sase m."
|
|
1.4.20 |
と、 すくよかに言ひて、 ものごはきさましたまへれば、若き御心に恥づかしくて、えよくも聞こえたまはず。
|
と、無愛想に言って、こわごわとした感じでいらっしゃるので、若いお心では恥ずかしくて、上手にお話し申し上げられない。
|
こんなふうにてきぱき言う人が僧形の厳めしい人であるだけ、若い源氏には恥ずかしくて、望んでいることをなお続けて言うことができなかった。
|
to, sukoyaka ni ihi te, mono-gohaki sama si tamahe re ba, wakaki mi-kokoro ni hadukasiku te, e yoku mo kikoye tamaha zu.
|
|
1.4.21 |
「 阿弥陀仏ものしたまふ堂に、 することはべるころになむ。 初夜、いまだ勤めはべらず。過ぐしてさぶらはむ」とて、上りたまひぬ。
|
「阿弥陀仏のおいでになるお堂で、勤行のございます時刻です。初夜のお勤めを、まだ致しておりません。済ませて参りましょう」と言って、お上りになった。
|
「阿弥陀様がいらっしゃる堂で用事のある時刻になりました。初夜の勤めがまだしてございません。済ませましてまた」 こう言って僧都は御堂のほうへ行った。
|
"Amida-Butu monosi tamahu dau ni, suru koto haberu koro ni nam. Soya, imada tutome habera zu. Sugusi te saburaha m." tote, nobori tamahi nu.
|
|
1.4.22 |
君は、心地もいと悩ましきに、 雨すこしうちそそき、 山風ひややかに吹きたるに、 滝のよどみもまさりて、音高う聞こゆ。すこしねぶたげなる 読経の絶え絶えすごく聞こゆるなど、 すずろなる人も、 所からものあはれなり。 まして、思しめぐらすこと多くて、 まどろませたまはず。 初夜と言ひしかども、夜もいたう更けにけり。内にも、 人の寝ぬけはひしるくて、いと忍びたれど、数珠の脇息に引き鳴らさるる音ほの聞こえ、なつかしううちそよめく音なひ、あてはかなりと聞きたまひて、ほどもなく近ければ、外に立てわたしたる屏風の中を、すこし引き開けて、 扇を鳴らしたまへば、 おぼえなき心地すべかめれど ★、 聞き知らぬやうにやとて、 ゐざり出づる人あなり。 すこし退きて、
|
源氏の君は、気分もとても悩ましいところに、雨が少し降りそそいで、山風が冷やかに吹いてきて、滝壺の水嵩も増して、音が大きく聞こえる。少し眠そうな読経が途絶え途絶えにぞっとするように聞こえるなども、何でもない人も、場所柄しんみりとした気持ちになる。まして、いろいろとお考えになることが多くて、お眠りになれない。初夜と言ったが、夜もたいそう更けてしまった。奥でも、人々の寝ていない様子がよく分かって、とても密かにしているが、数珠の脇息に触れて鳴る音がかすかに聞こえ、ものやさしくそよめく衣ずれの音を、上品だとお聞きになって、広くなく近いので、外側に立てめぐらしてある屏風の中を、少し引き開けて、扇を打ち鳴らしなさると、意外な気がするようだが、聞こえないふりもできようかということで、いざり出て来る人がいるようだ。少し後戻りして、
|
病後の源氏は気分もすぐれなかった。雨がすこし降り冷ややかな山風が吹いてそのころから滝の音も強くなったように聞かれた。そしてやや眠そうな読経の声が絶え絶えに響いてくる、こうした山の夜はどんな人にも物悲しく寂しいものであるが、まして源氏はいろいろな思いに悩んでいて、眠ることはできないのであった。初夜だと言ったが実際はその時刻よりも更けていた。奥のほうの室にいる人たちも起きたままでいるのが気配で知れていた。静かにしようと気を配っているらしいが、数珠が脇息に触れて鳴る音などがして、女の起居の衣摺れもほのかになつかしい音に耳へ通ってくる。貴族的なよい感じである。 源氏はすぐ隣の室でもあったからこの座敷の奥に立ててある二つの屏風の合わせ目を少し引きあけて、人を呼ぶために扇を鳴らした。先方は意外に思ったらしいが、無視しているように思わせたくないと思って、一人の女が膝行寄って来た。襖子から少し遠いところで、
|
Kimi ha, kokoti mo ito nayamasiki ni, ame sukosi uti-sosoki, yamakaze hiya-yaka ni huki taru ni, taki no yodomi mo masari te, oto takau kikoyu. Sukosi nebutage naru dokyau no taye-daye sugoku kikoyuru nado, suzuro naru hito mo, tokorokara mono-ahare nari. Masite, obosi-megurasu koto ohoku te, madoroma se tamaha zu. Syoya to ihi sika domo, yoru mo itau huke ni keri. Uti ni mo, hito no ne nu kehahi siruku te, ito sinobi tare do, zyuzu no kehusoku ni hiki-narasa ruru oto hono-kikoye, natukasiu uti-soyomeku otonahi, atehaka nari to kiki tamahi te, hodo mo naku tikakere ba, to ni tate-watasi taru byaubu no naka wo, sukosi hiki-ake te, ahugi wo narasi tamahe ba, oboye naki kokoti su beka' mere do, kiki-sira nu yau ni ya tote, wizari iduru hito a' nari. Sukosi sizoki te,
|
|
|
|
1.4.23 |
「 あやし、ひが耳にや ★」とたどるを、聞きたまひて、
|
「おかしいわ、聞き違いかしら」と不審がっているのを、お聞きになって、
|
「不思議なこと、聞き違えかしら」 と一言うのを聞いて、源氏が、
|
"Ayasi, higa-mimi ni ya?" to tadoru wo, kiki tamahi te,
|
|
1.4.24 |
「 ▼ 仏の御しるべは、 暗きに入りても、 さらに違ふまじかなるものを」
|
「仏のお導きは、暗い中に入っても、決して間違うはずはありませんが」
|
「仏の導いてくださる道は暗いところもまちがいなく行きうるというのですから」
|
"Hotoke no ohom-sirube ha, kuraki ni iri te mo, sarani tagahu mazika' naru monowo!"
|
|
1.4.25 |
とのたまふ御声の、いと若うあてなるに、うち出でむ声づかひも、恥づかしけれど、
|
とおっしゃるお声が、とても若く上品なので、お返事する声づかいも、気がひけるが、
|
という声の若々しい品のよさに、奥の女は答えることもできない気はしたが、
|
to notamahu ohom-kowe no, ito wakau ate naru ni, uti-ide m kowa-dukahi mo, hadukasikere do,
|
|
1.4.26 |
「 いかなる方の、御しるべにか ★。おぼつかなく」と聞こゆ。
|
「どのお方への、ご案内でしょうか。分かりかねますが」と申し上げる。
|
「何のお導きでございましょう、こちらでは何もわかっておりませんが」 と言った。
|
"Ika naru kata no, ohom-sirube ni ka? Obotukanaku." to kikoyu.
|
|
1.4.27 |
「 げに、うちつけなりと おぼめきたまはむも、道理なれど、
|
「なるほど、唐突なことだとご不審になるのも、ごもっともですが、
|
「突然ものを言いかけて、失敬だとお思いになるのはごもっともですが、
|
"Geni, utituke nari to obomeki tamaha m mo, kotowari nare do,
|
|
1.4.28 |
初草の若葉の上を見つるより
|
初草のごときうら若き少女を見てからは
|
初草の若葉の上を見つるより
|
Hatukusa no wakaba no uhe wo mi turu yori
|
|
1.4.29 |
旅寝の袖も露ぞ乾かぬ
|
わたしの旅寝の袖は恋しさの涙の露ですっかり濡れております
|
旅寝の袖も露ぞ乾かぬ
|
tabine no sode mo tuyu zo kahaka nu
|
|
1.4.30 |
と聞こえたまひてむや」とのたまふ。
|
と申し上げて下さいませんか」とおっしゃる。
|
と申し上げてくださいませんか」
|
to kikoye tamahi te m ya?" to notamahu.
|
|
1.4.31 |
「 さらに、かやうの御消息、うけたまはり わくべき人もものしたまはぬさまは、 しろしめしたりげなるを。 誰れにかは」と聞こゆ。
|
「まったく、このようなお言葉を、頂戴して分かるはずの人もいらっしゃらない有様は、ご存知でいらっしゃりそうなのに。どなたに」と申し上げる。
|
「そのようなお言葉を頂戴あそばす方がいらっしゃらないことはご存じのようですが、どなたに」
|
"Sarani, kayau no ohom-seusoko, uketamahari waku beki hito mo monosi tamaha nu sama ha, sirosimesi-tari-ge naru wo. Tare ni ka ha?" to kikoyu.
|
|
1.4.32 |
「 おのづからさるやうありて 聞こゆるならむと ★思ひなしたまへかし」
|
「自然と、しかるべきわけがあって申し上げているのだろうとお考え下さい」
|
「そう申し上げるわけがあるのだとお思いになってください」
|
"Onodukara saru yau ari te kikoyuru nara m to omohi-nasi tamahe kasi."
|
|
1.4.33 |
とのたまへば、 入りて聞こゆ。
|
とおっしゃるので、奥に行って申し上げる。
|
源氏がこう言うので、女房は奥へ行ってそう言った。
|
to notamahe ba, iri te kikoyu.
|
|
1.4.34 |
「 あな、今めかし。 この君や、世づいたるほどにおはする とぞ、思すらむ。さるにては、かの『若草』を、いかで聞いたまへる ことぞ」と、さまざまあやしきに、心乱れて、久しうなれば、情けなしとて、
|
「まあ、華やいだことを。この姫君を、年頃でいらっしゃると、お思いなのだろうか。それにしては、あの『若草を』と詠んだのを、どうしてご存知でいらっしゃることか」と、あれこれと不思議なので、困惑して、遅くなっては、失礼になると思って、
|
まあ艶な方らしい御挨拶である、女王さんがもう少し大人になっているように、お客様は勘違いをしていられるのではないか、それにしても若草にたとえた言葉がどうして源氏の耳にはいったのであろうと思って、尼君は多少不安な気もするのである。しかし返歌のおそくなることだけは見苦しいと思って、
|
"Ana, imamekasi! Kono Kimi ya, yodui taru hodo ni ohasuru to zo, obosu ram. Saru ni te ha, kano 'Wakakusa' wo, ikade kii tamahe ru koto zo." to, sama-zama ayasiki ni, kokoro midare te, hisasiu nare ba, nasakenasi tote,
|
|
1.4.35 |
「 枕結ふ今宵ばかりの露けさを
|
「今晩だけの旅の宿で涙に濡れていらっしゃるからといって
|
「枕結ふ今宵ばかりの露けさを
|
"Makura yuhu koyohi bakari no tuyukesa wo
|
|
1.4.36 |
深山の苔に比べざらなむ
|
深山に住むわたしたちのことを引き合いに出さないでくださいまし
|
深山の苔にくらべざらなん
|
miyama no koke ni kurabe zara nam
|
|
1.4.37 |
乾がたうはべるものを」と聞こえたまふ。
|
乾きそうにございませんのに」とご返歌申し上げなさる。
|
とてもかわく間などはございませんのに」 と返辞をさせた。
|
higatau haberu monowo." to kikoye tamahu.
|
|
1.4.38 |
「 かうやうのついでなる御消息は、まださらに聞こえ知らず、 ならはぬことになむ。かたじけなくとも、かかるついでに、まめまめしう聞こえさすべきことなむ」と聞こえたまへれば、尼君、
|
「このような機会のご挨拶は、まだまったく致したことがなく、初めてのことです。恐縮ですが、このような機会に、真面目にお話させていただきたいことがあります」と申し上げなさると、尼君、
|
「こんなお取り次ぎによっての会談は私に経験のないことです。失礼ですが、今夜こちらで御厄介になりましたのを機会にまじめに御相談のしたいことがございます」 と源氏が言う。
|
"Kau-yau no, tuide naru ohom-seusoko ha, mada sarani kikoye sira zu, naraha nu koto ni nam. Katazikenaku tomo, kakaru tuide ni, mame-mamesiu kikoyesasu beki koto nam." to kikoye tamahe re ba, Ama-Gimi,
|
|
1.4.39 |
「 ひがこと聞きたまへるならむ。いと むつかしき御けはひに、 何ごとをかは答へきこえむ」とのたまへば、
|
「聞き違いをなさっていらっしゃるのでしょう。まことに厄介なお方に、どのようなことをお返事申せましょう」とおっしゃると、
|
「何をまちがえて聞いていらっしゃるのだろう。源氏の君にものを言うような晴れがましいこと、私には何もお返辞なんかできるものではない」 尼君はこう言っていた。
|
"Higa-koto kiki tamahe ru nara m. Ito mutukasiki ohom-kehahi ni, nani-goto wo kaha irahe kikoye m." to notamahe ba,
|
|
1.4.40 |
「 はしたなうもこそ思せ」と人びと聞こゆ。
|
「きまりの悪い思いをおさせになってはいけません」と女房たちが申す。
|
「それでも冷淡なお扱いをするとお思いになるでございましょうから」 と言って、人々は尼君の出るのを勧めた。
|
"Hasitanau mokoso obose." to hito-bito kikoyu.
|
|
1.4.41 |
「 げに、若やかなる人こそ うたてもあらめ、 まめやかにのたまふ、かたじけなし」
|
「なるほど、若い人なら嫌なことでしょうが、真面目におっしゃっているのは、恐れ多い」
|
「そうだね、若い人こそ困るだろうが私など、まあよい。丁寧に言っていらっしゃるのだから」
|
"Geni, waka-yaka naru hito koso utate mo ara me, mame-yaka ni notamahu, katazikenasi."
|
|
1.4.42 |
とて、 ゐざり寄りたまへり。
|
と言って、いざり寄りなさった。
|
尼君は出て行った。
|
tote, wizari-yori tamahe ri.
|
|
1.4.43 |
「 うちつけに、あさはかなりと、 御覧ぜられぬべきついでなれど、 心にはさもおぼえはべらねば。 仏はおのづから」
|
「突然で、軽薄な振る舞いと、きっとお思いになられるにちがいないような機会ですが、わたし自身にはそのように思われませんので。仏はもとよりお見通しでいらっしゃいましょう」
|
「出来心的な軽率な相談を持ちかける者だとお思いになるのがかえって当然なような、こんな時に申し上げるのは私のために不利なんですが、誠意をもってお話しいたそうとしておりますことは仏様がご存じでしょう」
|
"Utituke ni, asahaka nari to, go-ran-ze rare nu beki tuide nare do, kokoro ni ha sa mo oboye habera ne ba. Hotoke ha onodukara."
|
|
1.4.44 |
とて、 おとなおとなしう、恥づかしげなるに つつまれて、 とみにもえうち出でたまはず。
|
と言ったが、落ち着いていて、気の置ける様子に気後れして、すぐにはお切り出しになれない。
|
と源氏は言ったが、相当な年配の貴女が静かに前にいることを思うと急に希望の件が持ち出されないのである。
|
tote, otona-otonasiu, hadukasige naru ni tutuma re te, tomi ni mo e uti-ide tamaha zu.
|
|
1.4.45 |
「 げに、思ひたまへ寄りがたきついでに、かくまで のたまはせ、聞こえさするも、 いかが」とのたまふ。
|
「おっしゃるとおり、思い寄りも致しませぬ機会に、こうまでおっしゃっていただいたり、お話させていただけますのも、どうして浅い縁と申せましょう」とおっしゃる。
|
「思いがけぬ所で、お泊まり合わせになりました。あなた様から御相談を承りますのを前生に根を置いていないこととどうして思えましょう」 と尼君は言った。
|
"Geni, omohi tamahe yori gataki tuide ni, kaku made notamahase, kikoyesasuru mo, ikaga." to notamahu.
|
|
1.4.46 |
「 あはれにうけたまはる御ありさまを、 かの過ぎたまひにけむ御かはりに、 思しないてむや。 言ふかひなきほどの齢にて、むつましかるべき人にも 立ち後れはべりにければ、あやしう浮きたるやうにて、 年月をこそ重ねはべれ。 同じさまにものしたまふなるを、 たぐひになさせたまへと、 いと聞こえまほしきを、かかる折はべりがたくてなむ、思されむところをも憚らず、うち出ではべりぬる」と聞こえたまへば、
|
「お気の毒な身の上と承りましたご境遇を、あのお亡くなりになった方のお代わりと、わたしをお思いになって下さいませんか。わたしも幼いころに、かわいがってくれるはずの母親に先立たれましたので、妙に頼りない有様で、年月を送っております。同じような境遇でいらっしゃるというので、お仲間にしていただきたいと、心から申し上げたいのですが、このような機会がめったにございませんので、どうお思いになられるかもかまわずに、申し出たのでございます」と申し上げなさると、
|
「お母様をお亡くしになりましたお気の毒な女王さんを、お母様の代わりとして私へお預けくださいませんでしょうか。私も早く母や祖母に別れたものですから、私もじっと落ち着いた気持ちもなく今日に至りました。女王さんも同じような御境遇なんですから、私たちが将来結婚することを今から許して置いていただきたいと、私はこんなことを前から御相談したかったので、今は悪くおとりになるかもしれない時である、折りがよろしくないと思いながら申し上げてみます」
|
"Ahare ni uketamaharu ohom-arisama wo, kano sugi tamahi ni kem ohom-kahari ni, obosi-nai te-m-ya? Ihukahinaki hodo no yohahi ni te, mutumasikaru beki hito ni mo tati-okure haberi ni kere ba, ayasiu uki taru yau ni te, tosituki wo koso kasane habere. Onazi sama ni monosi tamahu naru wo, taguhi ni nasa se tamahe to, ito kikoye mahosiki wo, kakakru wori haberi gataku te nam, obosa re m tokoro wo mo habakara zu, uti-ide haberi nuru." to kikoye tamahe ba,
|
|
1.4.47 |
「 いとうれしう思ひたまへぬべき御ことな ★ がらも、聞こしめしひがめたることなどやはべらむと、 つつましうなむ。 あやしき身一つを頼もし人にする人なむはべれど、いとまだ言ふかひなきほどにて、 御覧じ許さるる方もはべりがたげなれば、 えなむうけたまはりとどめられざりける」とのたまふ。
|
「とても嬉しく存じられるはずのお言葉ですが、お聞き違えていらっしゃることがございませんでしょうかと、憚られるのです。年寄一人を頼りにしている孫がございますが、とてもまだ幼い年頃で、大目に見てもらえるところもございませんようなので、お承りおくこともできないのでございます」とおっしゃる。
|
「それは非常にうれしいお話でございますが、何か話をまちがえて聞いておいでになるのではないかと思いますと、どうお返辞を申し上げてよいかに迷います。私のような者一人をたよりにしております子供が一人おりますが、まだごく幼稚なもので、どんなに寛大なお心ででも、将来の奥様にお擬しになることは無理でございますから、私のほうで御相談に乗せていただきようもございません」 と尼君は言うのである。
|
"Ito uresiu omohi tamahe nu beki ohom-koto nagara mo, kikosimesi higame taru koto nado ya habera m to, tutumasiu nam. Ayasiki mi hito-tu wo tanomosi-bito ni suru hito nam habere do, ito mada ihukahinaki hodo ni te, go-ran-zi yurusa ruru kata mo haberi gatage nare ba, e nam uketamahari todome rare zari keru." to notamahu.
|
|
1.4.48 |
「 みな、おぼつかなからず うけたまはるものを、所狭う思し憚らで、 思ひたまへ寄るさまことなる心のほどを、御覧ぜよ」
|
「みな、はっきりと承知致しておりますから、窮屈にご遠慮なさらず、深く思っております格別な心のほどを、御覧下さいませ」
|
「私は何もかも存じております。そんな年齢の差などはお考えにならずに、私がどれほどそうなるのを望むかという熱心の度を御覧ください」
|
"Mina, obotukanakara zu uketamaharu monowo, tokoroseu obosi-habakara de, omohi tamahe yoru sama koto naru kokoro no hodo wo, go-ran-ze yo."
|
|
1.4.49 |
と聞こえたまへど、 いと似げなきことを、さも知らでのたまふ、と思して、心解けたる御答へもなし。僧都おはしぬれば、
|
と申し上げなさるが、まだとても不似合いなことを、そうとも知らないでおっしゃる、とお思いになって、打ち解けたご返事もない。僧都がお戻りになったので、
|
源氏がこんなに言っても、尼君のほうでは女王の幼齢なことを知らないでいるのだと思う先入見があって源氏の希望を問題にしようとはしない。僧都が源氏の部屋のほうへ来るらしいのを機会に、
|
to kikoye tamahe do, ito nigenaki koto wo, sa-mo sira de notamahu, to obosi te, kokoro-toke taru ohom-irahe mo nasi. Soudu ohasi nure ba,
|
|
1.4.50 |
「 よし、かう聞こえそめはべりぬれば、いと頼もしうなむ」とて、 おし立てたまひつ。
|
「それでは、このように申し上げましたので、心丈夫です」と言って、屏風をお閉てになった。
|
「まあよろしいです。御相談にもう取りかかったのですから、私は実現を期します」 と言って、源氏は屏風をもとのように直して去った。
|
"Yosi, kau kikoye-some haberi nure ba, ito tanomosiu nam." tote, osi-tate tamahi tu.
|
|
1.4.51 |
暁方になりにければ、法華三昧行ふ堂の懺法の声、山おろしにつきて 聞こえくる、いと尊く、滝の音に響きあひたり。
|
暁方になったので、法華三昧を勤めるお堂の懺法の声が、山下ろしの風に乗って聞こえて来るのが、とても尊く、滝の音に響き合っていた。
|
もう明け方になっていた。法華の三昧を行なう堂の尊い懺法の声が山おろしの音に混じり、滝がそれらと和する響きを作っているのである。
|
Akatuki-gata ni nari ni kere ba, Hokke-zammai okonahu dau no senbohu no kowe, yama-orosi ni tuki te kikoye kuru, ito tahutoku, taki no oto ni hibiki-ahi tari.
|
|
1.4.52 |
「 吹きまよふ深山おろしに夢さめて
|
「深山おろしの懺法の声に煩悩の夢が覚めて
|
吹き迷ふ深山おろしに夢さめて
|
"Huki mayohu miyama orosi ni yume same te
|
|
1.4.53 |
涙もよほす滝の音かな」
|
感涙を催す滝の音であることよ」
|
涙催す滝の音かな これは源氏の作。
|
namida moyohosu taki no oto kana
|
|
1.4.54 |
「 さしぐみに袖ぬらしける山水に
|
「不意に来られてお袖を濡らされたという山の水に
|
「さしぐみに袖濡らしける山水に
|
"Sasi-gumi ni sode nurasi keru yama-midu ni
|
|
1.4.55 |
澄める心は騒ぎやはする
|
心を澄まして住んでいるわたしは驚きません
|
すめる心は騒ぎやはする
|
sume ru kokoro ha sawagi yaha suru
|
|
1.4.56 |
耳馴れはべりにけりや」と聞こえたまふ。
|
耳慣れてしまったからでしょうか」と申し上げなさる。
|
もう馴れ切ったものですよ」 と僧都は答えた。
|
Mimi nare haberi ni keri ya." to kikoye tamahu.
|
|
|
|
|
出典2 |
仏の御しるべは、暗きに入りても |
従冥入於冥 永不聞仏名 |
法華経三-化城喩品 |
1.4.24 |
|
|
|
1.5 |
第五段 翌日、迎えの人々と共に帰京
|
1-5 The next day, he goes back to his home in Kyoto
|
|
1.5.1 |
明けゆく空は、いといたう霞みて、山の鳥どもそこはかとなうさへづりあひたり。名も知らぬ木草の花どもも、いろいろに散りまじり、 錦を敷けると見ゆるに、鹿のたたずみ歩くも、 めづらしく見たまふに、悩ましさも紛れ果てぬ。
|
明けて行く空は、とてもたいそう霞んで、山の鳥どもがどこかしことなく囀り合っている。名も知らない木や草の花々が、色とりどりに散り混じり、錦を敷いたと見える所に、鹿があちこちと立ち止まったり歩いたりしているのも、珍しく御覧になると、気分の悪いのもすっかり忘れてしまった。
|
夜明けの空は十二分に霞んで、山の鳥声がどこで啼くとなしに多く聞こえてきた。都人には名のわかりにくい木や草の花が多く咲き多く地に散っていた。こんな深山の錦の上へ鹿が出て来たりするのも珍しいながめで、源氏は病苦からまったく解放されたのである。
|
Ake-yuku sora ha, ito itau kasumi te, yama no tori-domo sokohakatonau saheduri-ahi tari. Na mo sira nu ki kusa no hana-domo mo, iro-iro ni tiri maziri, nisiki wo sike ru to miyuru ni, sika no tatazumi-ariku mo, medurasiku mi tamahu ni, nayamasisa mo magire-hate nu.
|
|
1.5.2 |
聖、 動きもえせねど、とかうして護身参らせたまふ。 かれたる声の、いといたうすきひがめるも、あはれに功づきて、陀羅尼誦みたり。
|
聖は、身動きも不自由だが、やっとのことで護身法をして差し上げなさる。しわがれた声で、とてもひどく歯の間から洩れて聞きにくいのも、しみじみと年功を積んだようで、陀羅尼を誦していた。
|
聖人は動くことも容易でない老体であったが、源氏のために僧都の坊へ来て護身の法を行なったりしていた。嗄々な所々が消えるような声で経を読んでいるのが身にしみもし、尊くも思われた。経は陀羅尼である。
|
Hiziri, ugoki mo e sene do, tokau si te gosin mawirase tamahu. Kare taru kowe no, ito itau suki higame ru mo, ahare ni kuu-duki te, darani yomi tari.
|
|
1.5.3 |
御迎への人びと参りて、おこたりたまへる喜び聞こえ、内裏よりも御とぶらひあり。僧都、世に見えぬさまの御くだもの、何くれと、谷の底まで堀り出で、いとなみきこえたまふ。
|
お迎えの人々が参って、ご回復されたお祝いを申し上げ、帝からもお見舞いがある。僧都は、見慣れないような果物を、あれこれと、谷の底から採ってきては、ご接待申し上げなさる。
|
京から源氏の迎えの一行が山へ着いて、病気の全快された喜びが述べられ、御所のお使いも来た。僧都は珍客のためによい菓子を種々作らせ、渓間へまでも珍しい料理の材料を求めに人を出して饗応に骨を折った。
|
Ohom-mukahe no hito-bito mawiri te, okotari tamahe ru yorokobi kikoye, Uti yori mo ohom-toburahi ari. Soudu, yo ni miye nu sama no ohom-kudamono, nanikureto, tani no soko made hori-ide, itonami kikoye tamahu.
|
|
1.5.4 |
「 今年ばかりの誓ひ深うはべりて、御送りにもえ参りはべるまじきこと。 なかなかにも思ひたまへらるべきかな」
|
「今年いっぱいの誓いが固うございまして、お見送りに参上できませぬ次第。かえって残念に存じられてなりません」
|
「まだ今年じゅうは山籠りのお誓いがしてあって、お帰りの際に京までお送りしたいのができませんから、かえって御訪問が恨めしく思われるかもしれません」
|
"Kotosi bakari no tikahi hukau haberi te, ohom-okuri ni mo e mawiri haberu maziki koto. Naka-naka ni mo omohi tamahe raru beki kana!"
|
|
1.5.5 |
など聞こえたまひて、 大御酒参りたまふ。
|
などと申し上げなさって、お酒を差し上げなさる。
|
などと言いながら僧都は源氏に酒をすすめた。
|
nado kikoye tamahi te, ohomi-ki mawiri tamahu.
|
|
1.5.6 |
「 山水に 心とまりはべりぬれど、 内裏よりもおぼつかながらせたまへるも、 かしこければなむ。 今、この花の折過ぐさず参り来む。
|
「山や谷川に心惹かれましたが、帝にご心配あそばされますのも、恐れ多いことですので。そのうち、この花の時期を過ごさずに参りましょう。
|
「山の風景に十分愛着を感じているのですが、陛下に御心配をおかけ申すのももったいないことですから、またもう一度、この花の咲いているうちに参りましょう、
|
"Yama-midu ni kokoro tomari haberi nure do, Uti yori mo obotukanagara se tamahe ru mo, kasikokere ba nam. Ima, kono hana no wori sugusa zu mawiri ko m.
|
|
1.5.7 |
宮人に行きて語らむ山桜
|
大宮人に帰って話して聞かせましょう、この山桜の美しいことを
|
宮人に行きて語らん山ざくら
|
Miya-bito ni yuki te katara m yama-zakura
|
|
1.5.8 |
風よりさきに来ても見るべく」
|
風の吹き散らす前に来て見るようにと」
|
風よりさきに来ても見るべく」
|
kaze yori saki ni ki te mo miru beku
|
|
1.5.9 |
とのたまふ御もてなし、 声づかひさへ、目もあやなるに、
|
とおっしゃる態度や、声づかいまでが、眩しいくらい立派なので、
|
歌の発声も態度もみごとな源氏であった、僧都が、
|
to notamahu ohom-motenasi, kowa-dukahi sahe, me mo aya naru ni,
|
|
1.5.10 |
「 優曇華の花待ち得たる心地して
|
「三千年に一度咲くという優曇華の花の
|
優曇華の花まち得たるここちして
|
"Udonge no hana mati e taru kokoti si te
|
|
1.5.11 |
深山桜に目こそ移らね」
|
咲くのにめぐり逢ったような気がして深山桜には目も移りません」
|
深山桜に目こそ移らね
|
miyama-zakura ni me koso utura ne
|
|
1.5.12 |
と聞こえたまへば、ほほゑみて、「 時ありて、一度開くなるは、 かたかなるものを」とのたまふ。
|
と申し上げなさると、君は微笑みなさって、「その時節に至って、一度咲くという花は、難しいといいますのに」とおっしゃる。
|
と言うと源氏は微笑しながら、 「長い間にまれに一度咲くという花は御覧になることが困難でしょう。私とは違います」 と言っていた。
|
to kikoye tamahe ba, hoho-wemi te, "Toki ari te, hito-tabi hiraku naru ha, kataka' naru monowo." to notamahu.
|
|
1.5.13 |
聖、御土器賜はりて ★、
|
聖は、お杯を頂戴して、
|
巌窟の聖人は酒杯を得て、
|
Hiziri, ohom-kaharake tamahari te,
|
|
1.5.14 |
「 奥山の松のとぼそをまれに開けて
|
「奥山の松の扉を珍しく開けましたところ
|
奥山の松の戸ぼそを稀に開けて
|
"Oku-yama no matu no toboso wo mare ni ake te
|
|
1.5.15 |
まだ見ぬ花の顔を見るかな」
|
まだ見たこともない花のごとく美しいお顔を拝見致しました」
|
まだ見ぬ花の顔を見るかな
|
mada mi nu hana no kaho wo miru kana
|
|
|
|
1.5.16 |
と、うち泣きて見たてまつる。聖、 御まもりに、独鈷たてまつる。見たまひて、僧都、 聖徳太子の百済より得たまへりける金剛子の数珠の、玉の装束したる、 やがてその国より入れたる筥の、唐めいたるを、透きたる袋に入れて、 五葉の枝に付けて、紺瑠璃の壺どもに、御薬ども入れて、藤、桜などに付けて、所につけたる御贈物ども、ささげたてまつりたまふ。
|
と、ちょっと感涙に咽んで君を拝し上げる。聖は、ご守護に、独鈷を差し上げる。それを御覧になって、僧都は、聖徳太子が百済から得られた金剛子の数珠で、玉の飾りが付いているのを、そのままその国から入れてあった箱で、唐風なのを、透かし編みの袋に入れて、五葉の松の枝に付けて、紺瑠璃の壺々に、お薬類を入れて、藤や桜などに付けて、場所柄に相応しいお贈物類を、捧げて差し上げなさる。
|
と言って泣きながら源氏をながめていた。聖人は源氏を護る法のこめられてある独鈷を献上した。それを見て僧都は聖徳太子が百済の国からお得になった金剛子の数珠に宝玉の飾りのついたのを、その当時のいかにも日本の物らしくない箱に入れたままで薄物の袋に包んだのを五葉の木の枝につけた物と、紺瑠璃などの宝石の壼へ薬を詰めた幾個かを藤や桜の枝につけた物と、山寺の僧都の贈り物らしい物を出した。
|
to, uti-naki te mi tatematuru. Hiziri, ohom-mamori ni, toko tatematuru. Mi tamahi te, Soudu, Syoutoko-Taisi no Kutara yori e tamahe ri keru komgauzi no zyuzu no, tama no syauzoku si taru, yagate sono kuni yori ire taru hako no, kara-mei taru wo, suki taru hukuro ni ire te, goehu no ede ni tuke te, kon-ruri no tubo-domo ni, ohom-kusuri-domo ire te, hudi, sakura nado ni tuke te, tokoro ni tuke taru ohom-okuri-mono-domo sasage tatematuri tamahu.
|
|
1.5.17 |
君、 聖よりはじめ、読経 しつる 法師の布施ども、まうけの物ども、さまざまに取りにつかはしたりければ、そのわたりの山がつまで、さるべき物ども賜ひ、御誦経などして 出でたまふ。
|
源氏の君は、聖をはじめとして、読経した法師へのお布施類、用意の品々を、いろいろと京へ取りにやっていたので、その近辺の樵人にまで、相応の品物をお与えになり、御誦経の布施をしてお出になる。
|
源氏は巌窟の聖人をはじめとして、上の寺で経を読んだ僧たちへの布施の品々、料理の詰め合わせなどを京へ取りにやってあったので、それらが届いた時、山の仕事をする下級労働者までが皆相当な贈り物を受けたのである。なお僧都の堂で誦経をしてもらうための寄進もして、
|
Kimi, Hiziri yori hazime, dokyau si turu hohusi no huse-domo, mauke no mono-domo, sama-zama ni tori ni tukahasi tari kere ba, sono watari no yamagatu made, sarubeki mono-domo tamahi, mi-zukyau nado si te ide tamahu.
|
|
1.5.18 |
内に僧都入りたまひて、 かの聞こえたまひしこと、 まねびきこえたまへど、
|
室内に僧都はお入りになって、あの君が申し上げなさったことを、そのままお伝え申し上げなさるが、
|
山を源氏の立って行く前に、僧都は姉の所に行って源氏から頼まれた話を取り次ぎしたが、
|
Uti ni Soudu iri tamahi te, kano kikoye tamahi si koto, manebi kikoye tamahe do,
|
|
1.5.19 |
「 ともかくも、ただ今は、聞こえむかたなし。もし、御志あらば、 いま四、五年を過ぐしてこそは、 ともかくも」とのたまへば、「 さなむ」と同じさまにのみあるを、 本意なしと思す。
|
「何ともこうとも、今すぐには、お返事申し上げようがありません。もし、君にお気持ちがあるならば、もう四、五年たってから、ともかくも」とおっしゃると、「しかじか」と同じようにばかりあるので、つまらないとお思いになる。
|
「今のところでは何ともお返辞の申しようがありません。御縁がもしありましたならもう四、五年して改めておっしゃってくだすったら」 と尼君は言うだけだった。源氏は前夜聞いたのと同じような返辞を僧都から伝えられて自身の気持ちの理解されないことを歎いた。
|
"Tomo-kakumo, tadaima ha, kikoye m kata nasi. Mosi, mi-kokorozasi ara ba, ima yo-tose, itu-tose wo sugusi te koso ha, tomo-kakumo" to notamahe ba, "Sa nam." to onazi sama ni nomi aru wo, ho'i nasi to obosu.
|
|
1.5.20 |
御消息、僧都のもとなる小さき童して、
|
お手紙は、僧都のもとに仕える小さい童にことづけて、
|
手紙を僧都の召使の小童に持たせてやった。
|
Ohom-seusoko, Soudu no moto naru tihisaki waraha si te,
|
|
1.5.21 |
「 夕まぐれほのかに花の色を見て
|
「昨日の夕暮時にわずかに美しい花を見ましたので
|
夕まぐれほのかに花の色を見て
|
"Yuhu-magure honoka ni hana no iro wo mi te
|
|
1.5.22 |
今朝は霞の立ちぞわづらふ」
|
今朝は霞の空に立ち去りがたい気がします」
|
今朝は霞の立ちぞわづらふ
|
kesa ha kasumi no tati zo wadurahu
|
|
1.5.23 |
御返し、
|
お返事、
|
という歌である。返歌は、
|
Ohom-kahesi,
|
|
1.5.24 |
「 まことにや花のあたりは立ち憂きと
|
「本当に花の辺りを立ち去りにくいのでしょうか
|
まことにや花のほとりは立ち憂きと
|
"Makoto ni ya hana no atari ha tati uki to
|
|
1.5.25 |
霞むる空の気色をも見む」
|
そのようなことをおっしゃるお気持ちを見たいものです」
|
霞むる空のけしきをも見ん
|
kasumuru sora no kesiki wo mo mi m
|
|
1.5.26 |
と、よしある手の、 いとあてなるを、うち捨て書いたまへり。
|
と、教養ある筆跡で、とても上品であるのを、無造作にお書きになっている。
|
こうだった。貴女らしい品のよい手で飾りけなしに書いてあった。
|
to, yosi aru te no, ito ate naru wo, uti-sute kai tamahe ri.
|
|
1.5.27 |
御車にたてまつるほど、大殿より、「 いづちともなくて、おはしましにけること」とて、御迎への人びと、君達などあまた参りたまへり。 頭中将、左中弁、さらぬ君達も慕ひきこえて、
|
お車にお乗りになるころに、左大臣邸から、「どちらへ行くともおっしゃらなくて、お出かけあそばしてしまったこと」と言って、お迎えの供人、ご子息たちなどが大勢参上なさった。頭中将、左中弁、その他のご子息もお慕い申して、
|
ちょうど源氏が車に乗ろうとするころに、左大臣家から、どこへ行くともなく源氏が京を出かけて行ったので、その迎えとして家司の人々や、子息たちなどがおおぜい出て来た。頭中将、左中弁またそのほかの公達もいっしょに来たのである。
|
Mi-kuruma ni tatematuru hodo, Ohoi-dono yori, "Iduti to mo naku te, ohasimasi ni keru koto." tote, ohom-mukahe no hito-bito, kimi-tati nado amata mawiri tamahe ri. Tou-no-Tyuuzyau, Sa-tyuuben, sara-nu kimi-tati mo sitahi kikoye te,
|
|
1.5.28 |
「 かうやうの御供には、仕うまつりはべらむ、 と思ひたまふるを、あさましく、 おくらさせたまへること ★」と恨みきこえて、「 いといみじき花の蔭に、しばしもやすらはず、 立ち帰りはべらむは、飽かぬわざかな」とのたまふ。
|
「このようなお供には、お仕え申しましょうと、存じておりますのに、あまりにも、お置き去りあそばして」とお怨み申して、「とても美しい桜の花の下に、しばしの間も足を止めずに、引き返しますのは、もの足りない気がしますね」とおっしゃる。
|
「こうした御旅行などにはぜひお供をしようと思っていますのに、お知らせがなくて」 などと恨んで、 「美しい花の下で遊ぶ時間が許されないですぐにお帰りのお供をするのは惜しくてならないことですね」 とも言っていた。
|
"Kauyau no ohom-tomo ni ha, tukaumaturi habera m, to omohi tamahuru wo, asamasiku, okurasa se tamahe ru koto." to urami kikoye te, "Ito imiziki hana no kage ni, sibasi mo yasuraha zu, tati-kaheri habera m ha, aka nu waza kana!" to notamahu.
|
|
1.5.29 |
岩隠れの苔の上に並みゐて、 土器参る。落ち来る水のさまなど、ゆゑある滝のもとなり。頭中将、懐なりける笛取り出でて、吹きすましたり。弁の君、扇はかなううち鳴らして、 「 豊浦の寺の、西なるや」と歌ふ。 人よりは異なる君達を、 源氏の君、いといたううち悩みて、岩に寄りゐたまへるは、 たぐひなくゆゆしき御ありさまにぞ、 何ごとにも目移るまじかりける。例の、篳篥吹く随身、笙の 笛持たせたる好き者などあり。
|
岩蔭の苔の上に並び座って、お酒を召し上がる。落ちて来る水の様子など、風情のある滝のほとりである。頭中将は、懐にしていた横笛を取り出して、吹き澄ましている。弁の君は、扇を軽く打ち鳴らして、「豊浦の寺の、西なるや」と謡う。普通の人よりは優れた公達であるが、源氏の君の、とても苦しそうにして、岩に寄り掛かっておいでになるのは、またとなく不吉なまでに美しいご様子に、他の何人にも目移りしそうにないのであった。いつものように、篳篥を吹く随身、笙の笛を持たせている風流人などもいる。
|
岩の横の青い苔の上に新しく来た公達は並んで、また酒盛りが始められたのである。前に流れた滝も情趣のある場所だった。頭中将は懐に入れてきた笛を出して吹き澄ましていた。弁は扇拍子をとって、「葛城の寺の前なるや、豊浦の寺の西なるや」という歌を歌っていた。この人たちは決して平凡な若い人ではないが、悩ましそうに岩へよりかかっている源氏の美に比べてよい人はだれもなかった。いつも篳篥を吹く役にあたる随身がそれを吹き、またわざわざ笙の笛を持ち込んで来た風流好きもあった。
|
Iha-gakure no koke no uhe ni nami-wi te, kaharake mawiru. Oti kuru midu no sama nado, yuwe aru taki no moto nari. Tou-no-Tyuuzyau, hutokoro nari keru hue tori-ide te, huki sumasi tari. Ben-no-Kimi, ahugi hakanau uti-narasi te, "Toyora-no-tera no, nisi naru ya" to utahu. Hito yori ha koto-naru kimi-tati wo, Genzi-no-Kimi, ito itau uti-nayami te, iha ni yori-wi tamahe ru ha, taguhi-naku yuyusiki ohom-arisama ni zo, nani-goto ni mo me uturu mazikari keru. Rei no, Hitiriki huku zuizin, syau-no-hue mota se taru suki-mono nado ari.
|
|
1.5.30 |
僧都、 琴をみづから 持て参りて、
|
僧都は、七絃琴を自分で持って参って、
|
僧都が自身で琴(七絃の唐風の楽器)を運んで来て、
|
Soudu, kim wo midukara mo'te mawiri te,
|
|
1.5.31 |
「 これ、ただ御手一つあそばして、同じうは、山の鳥もおどろかしはべらむ」
|
「これで、ちょっとひと弾きあそばして、同じことなら、山の鳥をも驚かしてやりましょう」
|
「これをただちょっとだけでもお弾きくだすって、それによって山の鳥に音楽の何であるかを知らせてやっていただきたい」
|
"Kore, tada ohom-te hito-tu asobasi te, onaziu ha, yama no tori mo odorokasi habera m."
|
|
1.5.32 |
と切に聞こえたまへば、
|
と熱心にご所望申し上げなさるので、
|
こう熱望するので、
|
to seti ni kikoye tamahe ba,
|
|
1.5.33 |
「 乱り心地、いと堪へがたきものを」と聞こえたまへど、 ▼ けに憎からずかき鳴らして、 皆立ちたまひぬ。
|
「気分が悪いので、とてもできませんのに」とお答え申されるが、ことに無愛想にはならない程度に琴を掻き鳴らして、一行はお立ちになった。
|
「私はまだ病気に疲れていますが」 と言いながらも、源氏が快く少し弾いたのを最後として皆帰って行った。
|
"Midari-gokoti, ito tahe-gataki monowo." to kikoye tamahe do, keni nikukara zu kaki-narasi te, mina tati tamahi nu.
|
|
1.5.34 |
飽かず口惜しと、言ふかひなき法師、童べも、涙を落としあへり。まして、内には、年老いたる尼君たちなど、まださらにかかる人の御ありさまを見ざりつれば、「 この世のものともおぼえたまはず」と聞こえあへり。僧都も、
|
名残惜しく残念だと、取るに足りない法師や、童子も、涙を落とし合っていた。彼ら以上に、室内では、年老いた尼君たちなどは、まだこのようにお美しい方の姿を見たことがなかったので、「この世の人とは思われなさらない」とお噂申し上げ合っていた。僧都も、
|
名残惜しく思って山の僧俗は皆涙をこぼした。家の中では年を取った尼君主従がまだ源氏のような人に出逢ったことのない人たちばかりで、その天才的な琴の音をも現実の世のものでないと評し合った。僧都も、
|
Aka-zu kutiwosi to, ihukahinaki hohusi, warahabe mo, namida wo otosi-ahe ri. Masite, uti ni ha, tosi oyi taru Ama-Gimi-tati nado, mada sarani kakaru hito no ohom-arisama wo mi zari ture ba, "Konoyo no mono to mo oboye tamaha zu." to kikoye-ahe ri. Soudu mo,
|
|
1.5.35 |
「 あはれ、何の契りにて、 かかる御さまながら、いとむつかしき日本の末の世に 生まれたまへらむと見るに、いとなむ悲しき」とて、目おしのごひたまふ。
|
「ああ、どのような因縁で、このような美しいお姿でもって、まことにむさ苦しい日本国の末世にお生まれになったのであろうと思うと、まことに悲しい」と言って、目を押し拭いなさる。
|
「何の約束事でこんな未世にお生まれになって人としてのうるさい束縛や干渉をお受けにならなければならないかと思ってみると悲しくてならない」 と源氏の君のことを言って涙をぬぐっていた。
|
"Ahare, nani no tigiri nite, kakaru ohom-sama nagara, ito mutukasiki Hinomoto no suwe no yo ni mumare tamahe ra m to miru ni, ito nam kanasiki." tote, me osi-nogohi tamahu.
|
|
1.5.36 |
この若君、幼な心地に、「めでたき人かな」と 見たまひて、
|
この若君は、子供心に、「素晴らしい人だわ」と御覧になって、
|
兵部卿の宮の姫君は子供心に美しい人であると思って、
|
Kono Waka-Gimi, wosana-gokoti ni, "Medetaki hito kana!" to mi tamahi te,
|
|
1.5.37 |
「 宮の御ありさまよりも、まさりたまへる かな」などのたまふ。
|
「父宮のお姿よりも、優れていらっしゃいますわ」などとおっしゃる。
|
「宮様よりも御様子がごりっぱね」 などとほめていた。
|
"Miya no ohom-arisama yori mo, masari tamahe ru kana!" nado notamahu.
|
|
1.5.38 |
「 さらば、かの人の御子に なりておはしませよ」
|
「それでは、あの方のお子様におなりあそばせな」
|
「ではあの方のお子様におなりなさいまし」
|
"Saraba, kano hito no mi-ko ni nari te ohasimase yo!"
|
|
1.5.39 |
と聞こゆれば、うちうなづきて、「 いとようありなむ」と思したり。雛遊びにも、絵描いたまふにも、「源氏の君」と作り出でて、きよらなる衣着せ、かしづきたまふ。
|
と申し上げると、こっくりと頷いて、「とてもすてきなことだわ」とお思いになっている。お人形遊びにも、お絵描きなさるにも、「源氏の君」と作り出して、美しい衣装を着せ、お世話なさる。
|
と女房が言うとうなずいて、そうなってもよいと思う顔をしていた。それからは人形遊びをしても絵をかいても源氏の君というのをこしらえて、それにはきれいな着物を着せて大事がった。
|
to kikoyure ba, uti-unaduki te, "Ito you ari na m." to obosi tari. Hihina-asobi ni mo, we kai tamahu ni mo, "Genzi-no-Kimi" to tukuri-ide te, kiyora naru kinu kise, kasiduki tamahu.
|
|
|
|
|
出典3 |
「豊浦の寺の、西なるや」 |
葛城の 寺の前なるや 豊浦の寺の 西なるや 榎の葉井に 白璧沈くや 真白璧沈くや おおしとど おしとど しかしてば 国ぞ栄えむや 我家らぞ 富せむや おおしとど としとんど おおしとど としとんど |
催馬楽 葛城 |
1.5.29 |
|
|
|
1.6 |
第六段 内裏と左大臣邸に参る
|
1-6 Genji makes a report to Mikado and his wife in Sa-Daijin's
|
|
1.6.1 |
君は、まづ内裏に参りたまひて、日ごろの御物語など聞こえたまふ。「 いといたう衰へにけり」とて、 ゆゆしと思し召したり。聖の 尊かりけることなど、 問はせたまふ。詳しく奏したまへば、
|
源氏の君は、まず内裏に参内なさって、ここ数日来のお話などを申し上げなさる。「とてもひどくお痩せになってしまったものよ」とおっしゃって、ご心配あそばした。聖の霊験あらたかであったことなどを、お尋ねあそばす。詳しく奏上なさると、
|
帰京した源氏はすぐに宮中へ上がって、病中の話をいろいろと申し上げた。ずいぶん痩せてしまったと仰せられて帝はそれをお気におかけあそばされた。聖人の尊敬すべき祈祷カなどについての御下問もあったのである。詳しく申し上げると、
|
Kimi ha, madu Uti ni mawiri tamahi te, higoro no ohom-monogatari nado kikoye tamahu. "Ito itau otorohe ni keri!" tote, yuyusi to obosimesi tari. Hiziri no tahutokari keru koto nado, toha se tamahu. Kuhasiku sou-si tamahe ba,
|
|
1.6.2 |
「 阿闍梨などにも なるべき者にこそあなれ。 行ひの労は積もりて、 朝廷にしろしめされざりけること」と、 尊がりのたまはせけり。
|
「阿闍梨などにも任ぜられてもよい人であったのだな。修行の功績は大きいのに、朝廷からご存知になられなかったことよ」と、尊重なさりたく仰せられるのであった。
|
「阿闍梨にもなっていいだけの資格がありそうだね。名誉を求めないで修行一方で来た人なんだろう。それで一般人に知られなかったのだ」 と敬意を表しておいでになった。
|
"Azyari nado ni mo naru beki mono ni koso a' nare! Okonahi no rau ha tumori te, ohoyake ni sirosimesa re zari keru koto." to, tahutogari notamahase keri.
|
|
1.6.3 |
大殿、参りあひたまひて、
|
大殿が、参内なさっておられて、
|
左大臣も御所に来合わせていて、
|
Ohoi-dono, mawiri-ahi tamahi te,
|
|
1.6.4 |
「 御迎へにもと 思ひたまへつれど、 忍びたる御歩きに、 いかがと思ひ憚りてなむ。のどやかに 一、二日うち休みたまへ」とて、「 やがて、御送り仕うまつらむ」と申したまへば、 さしも思さねど、 引かされてまかでたまふ。
|
「お迎えにもと存じましたが、お忍びの外出なので、どんなものかと遠慮して。のんびりと、一、二日、お休みなさい」と言って、「このまま、お供申しましょう」と申し上げなさるので、そうしたいとはお思いにならないが、連れられて退出なさる。
|
「私もお迎えに参りたく思ったのですが、御微行の時にはかえって御迷惑かとも思いまして違慮をしました。しかしまだ一日二日は静かにお休みになるほうがよろしいでしょう」 と言って、また、 「ここからのお送りは私がいたしましょう」 とも言ったので、その家へ行きたい気もなかったが、やむをえず源氏は同道して行くことにした。
|
"Ohom-mukahe ni mo to omohi tamahe ture do, sinobi taru ohom-ariki ni, ikaga to omohi-habakari te nam. Nodoyaka ni iti, ni-niti uti-yasumi tamahe." tote, "Yagate, ohom-okuri tukaumatura m." to mausi tamahe ba, sasimo obosa ne do, hikasare te makade tamahu.
|
|
1.6.5 |
我が御車に乗せたてまつりたまうて、 自らは引き入りてたてまつれり。もてかしづききこえたまへる御心ばへのあはれなるをぞ、 さすがに 心苦しく思しける。
|
ご自分のお車にお乗せ申し上げなさって、自分は遠慮してお乗りになる。大切にお世話申し上げなさるお気持ちの有り難いことを、やはり胸のつまる思いがなさるのであった。
|
自分の車へ乗せて大臣自身はからだを小さくして乗って行ったのである。娘のかわいさからこれほどまでに誠意を見せた待遇を自分にしてくれるのだと思うと、大臣の親心なるものに源氏は感動せずにはいられなかった。
|
Waga mi-kuruma ni nose tatematuri tamau te, midukara ha hiki-iri te tatemature ri. Mote-kasiduki kikoye tamahe ru mi-kokorobahe no ahare naru wo zo, sasuga ni kokoro-gurusiku obosi keru.
|
|
1.6.6 |
殿にも、 おはしますらむと心づかひしたまひて、 久しう見たまはぬほど、いとど玉の台に磨きしつらひ、よろづをととのへたまへり。
|
大殿邸でも、おいであそばすだろうとご用意なさって、久しくお見えにならなかった間に、ますます玉の台のように磨き上げ飾り立て、用意万端ご準備なさっていた。
|
こちらへ退出して来ることを予期した用意が左大臣家にできていた。しばらく行って見なかった源氏の目に美しいこの家がさらに磨き上げられた気もした。
|
Tono ni mo, ohasimasu ram to kokoro-dukahi si tamahi te, hisasiku mi tamaha nu hodo, itodo tama-no-utena ni migaki siturahi, yorodu wo totonohe tamahe ri.
|
|
1.6.7 |
女君、例の、はひ隠れて、 とみにも出でたまはぬを、大臣、切に聞こえたまひて、 からうして 渡りたまへり。 ただ絵に描きたるものの姫君のやうに、 し据ゑられて、うちみじろきたまふこともかたく、うるはしうてものしたまへば、 思ふこともうちかすめ、山道の物語をも聞こえむ、 言ふかひありて、をかしういらへたまはばこそ、あはれならめ ★、 世には心も解けず ★、 うとく恥づかしきものに思して ★、 年のかさなるに添へて、御心の隔てもまさるを、 いと苦しく、思はずに、
|
女君は、例によって、物蔭に隠れて、すぐには出ていらっしゃらないのを、父大臣が、強くご催促申し上げなさって、やっと出ていらっしゃった。まるで絵に描いた姫君のように、座らされて、ちょっと身体をお動かしになることも難しく、きちんと行儀よく座っていらっしゃるので、心の中の思いを話したり、北山行きの話をもお聞かせたりするにも、話のしがいがあって、興味をもってお返事をなさって下さろうものなら、情愛もわこうが、少しも打ち解けず、源氏の君をよそよそしく気づまりな相手だとお思いになって、年月を重ねるにつれて、お気持ちの隔たりが増さるのを、とても辛く、心外なので、
|
源氏の夫人は例のとおりにほかの座敷へはいってしまって出て来ようとしない。大臣がいろいろとなだめてやっと源氏と同席させた。絵にかいた何かの姫君というようにきれいに飾り立てられていて、身動きすることも自由でないようにきちんとした妻であったから、源氏は、山の二日の話をするとすればすぐに同感を表してくれるような人であれば情味が覚えられるであろう、いつまでも他人に対する羞恥と同じものを見せて、同棲の歳月は重なってもこの傾向がますます目だってくるばかりであると思うと苦しくて、
|
Womna-Gimi, rei no, hahi-kakure te, tomi ni mo ide tamaha nu wo, Otodo, seti ni kikoye tamahi te, karausite watari tamahe ri. Tada we ni kaki taru mono-no-himegimi no yau ni, sisuwe rare te, uti-miziroki tamahu koto mo kataku, uruhasiu te monosi tamahe ba, omohu koto mo uti-kasume, yamamiti no monogatari wo mo kikoye m, ihu-kahi ari te, wokasiu irahe tamaha ba koso, ahare nara me, yoni ha kokoro mo toke zu, utoku hadukasiki mono ni obosi te, tosi no kasanaru ni sohe te, mi-kokoro no hedate mo masaru wo, ito kurusiku omohazu ni,
|
|
1.6.8 |
「 時々は、 世の常なる御気色を見ばや。堪へがたうわづらひはべりしをも、 いかがとだに、 問ひたまはぬこそ、めづらしからぬことなれど、 なほうらめしう」
|
「時々は、世間並みの妻らしいご様子を見たいですね。私がひどく苦しんでおりました時にも、せめてどうですかとだけでも、お見舞い下さらないのは、今に始まったことではありませんが、やはり残念で」
|
「時々は普通の夫婦らしくしてください。ずいぶん病気で苦しんだのですから、どうだったかというぐらいは問うてくだすっていいのに、あなたは問わない。今はじめてのことではないが私としては恨めしいことですよ」
|
"Toki-doki ha, yo no tune naru mi-kesiki wo mi baya! Tahe gatau wadurahi haberi si wo mo, ikaga to dani, tohi tamaha nu koso, medurasikara nu koto nare do, naho uramesiu."
|
|
1.6.9 |
と聞こえたまふ。からうして、
|
と申し上げなさる。ようやくのことで、
|
と言った。
|
to kikoye tamahu. Karausite,
|
|
1.6.10 |
「 問はぬは、つらきものにやあらむ ★」
|
「『尋ねないのは、辛いものなの』でしょうか」
|
「問われないのは恨めしいものでしょうか」
|
"Toha nu ha, turaki mono ni ya ara m?"
|
|
1.6.11 |
と、 後目に見おこせたまへるまみ、 いと恥づかしげに、気高ううつくしげなる御容貌なり。
|
と、流し目に御覧になっている目もとは、とても気後れがしそうで、気品高く美しそうなご容貌である。
|
こう言って横に源氏のほうを見た目つきは恥ずかしそうで、そして気高い美が顔に備わっていた。
|
to, sirime ni mi-okose tamahe ru mami, ito hadukasige ni, kedakau utukusige naru ohom-katati nari.
|
|
1.6.12 |
「 まれまれは、あさましの 御ことや。 訪はぬ、など言ふ際は、 異にこそはべるなれ。心憂くものたまひなすかな。世とともに はしたなき御もてなしを、もし、思し直る折もやと、とざまかうざまに 試みきこゆるほど、 いとど思し疎むなめりかし。 よしや、命だに」
|
「たまさかにおっしゃるかと思えば、心外なお言葉ですね。訪ねない、などという間柄は、他人が使う言葉でございましょう。嫌なふうにおっしゃいますね。いつまでたっても変わらない体裁の悪い思いをさせるお振る舞いを、もしや、お考え直しになるときもあろうかと、あれやこれやとお試し申しているうちに、ますますお疎んじなられたようですね。仕方ない、長生きさえしたら」
|
「たまに言ってくださることがそれだ。情けないじゃありませんか。訪うて行かぬなどという間柄は、私たちのような神聖な夫婦の間柄とは違うのですよ。そんなことといっしょにして言うものじゃありません。時がたてばたつほどあなたは私を露骨に軽蔑するようになるから、こうすればあなたの心持ちが直るか、そうしたら効果があるだろうかと私はいろんな試みをしているのですよ。そうすればするほどあなたはよそよそしくなる。まあいい。長い命さえあればよくわかってもらえるでしょう」
|
"Mare-mare ha, asamasi no ohom-koto ya! Toha nu, nado ihu kiha ha, koto ni koso haberu nare! Kokoro-uku mo notamahi-nasu kana! Yo to tomo ni hasitanaki ohom-motenasi wo, mosi, obosi nahoru wori mo ya to, to-zama kau-zama ni kokoromi kikoyuru hodo, itodo omohosi utomu na' meri kasi. Yosi ya, inoti dani."
|
|
1.6.13 |
とて、夜の御座に入りたまひぬ。女君、ふとも入りたまはず、 聞こえわづらひたまひて、うち嘆きて臥したまへるも、 なま心づきなきにやあらむ、 ねぶたげにもてなして、 とかう世を思し乱るること多かり。
|
と言って、夜のご寝所にお入りになった。女君は、すぐにもお入りにならず、お誘い申しあぐねなさって、溜息をつきながら横になっているものの、何となくおもしろくないのであろうか、眠そうなふりをなさって、あれやこれやと夫婦仲を思い悩まれることが多かった。
|
と言って源氏は寝室のほうへはいったが、夫人はそのままもとの座にいた。就寝を促してみても聞かぬ人を置いて、歎息をしながら源氏は枕についていたというのも、夫人を動かすことにそう骨を折る気にはなれなかったのかもしれない。ただくたびれて眠いというふうを見せながらもいろいろな物思いをしていた。
|
tote, yoru no o-masi ni iri tamahi nu. Womna-Gimi, huto mo iri tamaha zu, kikoye wadurahi tamahi te, uti-nageki te husi tamahe ru mo, nama-kokoroduki-naki ni ya ara m, nebutage ni motenasi te, tokau yo wo obosi midaruru koto ohokari.
|
|
1.6.14 |
この若草の生ひ出でむほどの なほゆかしきを、「 似げないほどと思へりしも、道理ぞかし。言ひ寄りがたきことにもあるかな。いかにかまへて、ただ心やすく迎へ取りて、明け暮れの慰めに見む。兵部卿宮は、いとあてになまめいたまへれど、 匂ひやかになどもあらぬを、いかで、 かの一族に おぼえたまふらむ。 ひとつ后腹なればにや」など思す。ゆかりいとむつましきに、いかでかと、深うおぼゆ。
|
この若草の君が成長していく間がやはり気にかかるので、「まだ相応しくない年頃と思っているのも、もっともである。申し込みにくいものだなあ。何とか手段を講じて、ほんの気楽に迎え取って、毎日の慰めとして一緒に暮らしたい。父兵部卿宮は、とても上品で優美でいらっしゃるが、つややかなお美しさはないのに、どうして、あの一族に似ていらっしゃるのだろう。父宮が同じお后様からお生まれになったからだろうか」などとお考えになる。血縁がとても親しく感じられて、何とかしてと、深く思われる。
|
若草と祖母に歌われていた兵部卿の宮の小王女の登場する未来の舞台がしきりに思われる。年の不つりあいから先方の人たちが自分の提議を問題にしようとしなかったのも道理である。先方がそうでは積極的には出られない。しかし何らかの手段で自邸へ入れて、あの愛らしい人を物思いの慰めにながめていたい。兵部卿の宮は上品な艶なお顔ではあるがはなやかな美しさなどはおありにならないのに、どうして叔母君にそっくりなように見えたのだろう、宮と藤壷の宮とは同じお后からお生まれになったからであろうか、などと考えるだけでもその子と恋人との縁故の深さがうれしくて、ぜひとも自分の希望は実現させないではならないものであると源氏は思った。
|
Kono Wakakusa no ohi-ide m hodo no naho yukasiki wo, "Nige-nai hodo to omohe ri simo, kotowari zo kasi. Ihi-yori gataki koto ni mo aru kana! Ika ni kamahe te, tada kokoro-yasuku mukahe-tori te, akekure no nagusame ni mi m. Hyaubukyau-no-Miya ha, ito ate ni namamei tamahe re do, nihohi-yaka ni nado mo ara nu wo, ikade, kano hito-zou ni oboye tamahu ram. Hitotu-kisaki-bara nare ba ni ya?" nado obosu. Yukari ito mutumasiki ni, ikade ka to, hukau oboyu.
|
|
|
|
|
出典4 |
問はぬは、つらきものにや |
君をいかで思はむ人に忘らせて訪はぬはつらきものと知らせむ |
出典未詳、源氏釈所引 |
1.6.10 |
忘れねと言ひしにかなふ君なれど問はぬはつらきものにぞありける |
後撰集恋五-九二八 本院のくら |
|
|
|
1.7 |
第七段 北山へ手紙を贈る
|
1-7 Genji mails to Mursasaki in Kita-yama
|
|
1.7.1 |
またの日、 御文たてまつれたまへり。 僧都にもほのめかしたまふべし。尼上には、
|
翌日、お手紙を差し上げなさった。僧都にもそれとなくお書きになったのであろう。尼上には、
|
源氏は翌日北山へ手紙を送った。僧都へ書いたものにも女王の問題をほのめかして置かれたに違いない。尼君のには、
|
Mata-no-hi, ohom-humi tatemature tamahe ri. Soudu ni mo honomekasi tamahu besi. Ama-uhe ni ha,
|
|
1.7.2 |
「 もて離れたりし御気色のつつましさに、 思ひたまふるさまをも、 えあらはし果てはべらずなりにしをなむ。かばかり聞こゆるにても、 おしなべたらぬ志のほどを 御覧じ知らば、 いかにうれしう」
|
「取り合って下さらなかったご様子に気がひけますので、思っておりますことをも、十分に申せずじまいになりましたことを。これほどに申し上げておりますことにつけても、並々ならぬ気持ちのほどを、お察しいただけたら、どんなに嬉しいことでしょうか」
|
問題にしてくださいませんでしたあなた様に気おくれがいたしまして、思っておりますこともことごとくは言葉に現わせませんでした。こう申しますだけでも並み並みでない執心のほどをおくみ取りくださいましたらうれしいでしょう。
|
"Mote-hanare tari si mi-kesiki no tutumasisa ni, omohi tamahuru sama wo mo, e arahasi-hate habera zu nari ni si wo nam. Kabakari kikoyuru ni te mo, osinabe tara nu kokorozasi no hodo wo go-ran-zi sira ba, ikani uresiu."
|
|
1.7.3 |
などあり。中に、 小さく引き結びて、
|
などと書いてある。中に、小さく結んで、
|
などと書いてあった。別に小さく結んだ手紙が入れてあって、
|
nado ari. Naka ni, tihisaku hiki-musubi te,
|
|
1.7.4 |
「面影は身をも 離れず山桜
|
「あなたの山桜のように美しい面影はわたしの身から離れません
|
「面かげは身をも離れず山ざくら、
|
"Omokage ha mi wo mo hanare zu yama-zakura
|
|
1.7.5 |
心の限りとめて来しかど
|
心のすべてをそちらに置いて来たのですが
|
心の限りとめてこしかど
|
kokoro no kagiri tome te ko sika do
|
|
1.7.6 |
夜の間の風も、うしろめたくなむ ★」
|
夜間に吹く風が、心配に思われまして」
|
どんな風が私の忘れることのできない花を吹くかもしれないと思うと気がかりです」
|
Yo no ma no kaze mo, usirometaku nam."
|
|
1.7.7 |
とあり。御手などはさるものにて、ただはかなうおし包みたまへるさまも、 ▼ さだすぎたる御目どもには、目もあやにこのましう見ゆ。
|
と書いてある。ご筆跡などはさすがに素晴らしくて、ほんの無造作にお包みになった様子も、年配の人々のお目には、眩しいほどに素晴らしく見える。
|
内容はこうだった。源氏の字を美しく思ったことは別として、老人たちは手紙の包み方などにさえ感心していた。、
|
to ari. Ohom-te nado ha saru mono ni te, tada hakanau osi-tutumi tamahe ru sama mo, sada sugi taru ohom-me-domo ni ha, me mo aya ni konomasiu miyu.
|
|
1.7.8 |
「 あな、かたはらいたや。いかが聞こえむ」と、思しわづらふ。
|
「まあ、困ったこと。どのようにお返事申し上げましょう」と、お困りになる。
|
困ってしまう。こんな問題はどうお返事すればいいことかと尼君は当惑していた。
|
"Ana, katahara-ita ya! Ikaga kikoye m?" to, obosi-wadurahu.
|
|
1.7.9 |
「 ゆくての御ことは、なほざりにも 思ひたまへなされしを、ふりはへさせたまへるに、聞こえさせむかたなくなむ。 まだ「難波津」をだに ★、 はかばかしう続けはべらざめれば、 かひなくなむ。 さても、
|
「行きがかりのお話は、ご冗談ごとと存じられましたが、わざわざお手紙を頂戴いたしましたのに、お返事の申し上げようがなくて。まだ「難波津」をさえ、ちゃんと書き続けませんようなので、お話になりません。それにしても、
|
あの時のお話は遠い未来のことでございましたから、ただ今何とも申し上げませんでもと存じておりましたのに、またお手紙で仰せになりましたので恐縮いたしております。まだ手習いの難波津の歌さえも続けて書けない子供でございますから失礼をお許しくださいませ、それにいたしましても、
|
"Yukute no ohom-koto ha, nahozari ni mo omohi tamahe nasa re si wo, huri-hahe sase tamahe ru ni, kikoyesase m kata naku nam. Mada 'Nanihadu' wo dani, haka-bakasiu tuduke habera za' mere ba, kahinaku nam. Sate-mo,
|
|
1.7.10 |
嵐吹く尾の上の桜散らぬ間を
|
激しい山風が吹いて散ってしまう峰の桜に
|
嵐吹く尾上のさくら散らぬ間を、
|
Arasi huku wonohe no sakura tira nu ma wo
|
|
1.7.11 |
心とめけるほどのはかなさ
|
その散る前にお気持ちを寄せられたように頼りなく思われます
|
心とめけるほどのはかなさ
|
kokoro tome keru hodo no hakanasa
|
|
1.7.12 |
いとど うしろめたう」
|
ますます気がかりでございまして」
|
こちらこそたよりない気がいたします。 というのが尼君からの返事である。
|
itodo usirometau."
|
|
1.7.13 |
とあり。僧都の御返りも同じさまなれば、口惜しくて、 二、三日ありて、 惟光をぞたてまつれたまふ。
|
とある。僧都のお返事も同じようなので、残念に思って、二、三日たって、惟光を差し向けなさる。
|
僧都の手紙にしるされたことも同じようであったから源氏は残念に思って二、三日たってから惟光を北山へやろうとした。
|
to ari. Soudu no ohom-kaheri mo onazi sama nare ba, kutiwosiku te, ni, sam-niti ari te, Koremitu wo zo tatemature tamahu.
|
|
1.7.14 |
「 少納言の乳母 と言ふ人あべし。尋ねて、詳しう語らへ」などのたまひ知らす。「 さも、かからぬ隈なき御心かな。 さばかりいはけなげなりしけはひを」と、まほならねども、見しほどを思ひやるもをかし。
|
「少納言の乳母という人がいるはずだ。その人を尋ねて、詳しく相談せよ」などとお言い含めなさる。「何とも、どのようなことにもご関心を寄せられる好き心だなあ。あれほど子供じみた様子であった様子なのに」と、はっきりとではないが、少女を見た時のことを思い出すとおかしい。
|
「少納言の乳母という人がいるはずだから、その人に逢って詳しく私のほうの心持ちを伝えて来てくれ」 などと源氏は命じた。どんな女性にも関心を持つ方だ、姫君はまだきわめて幼稚であったようだのにと惟光は思って、真正面から見たのではないが、自身がいっしょに隙見をした時のことを思ってみたりもしていた。
|
"Seunagon-no-Menoto to ihu hito a' besi. Tadune te, kuhasiu katarahe." nado notamahi sirasu. "Samo, kakara nu kumanaki mi-kokoro kana! Sabakari ihakenage nari si kehahi wo." to, maho nara ne domo, mi si hodo wo omohi-yaru mo wokasi.
|
|
1.7.15 |
わざと、 かう御文あるを、僧都もかしこまり聞こえたまふ。少納言に消息して会ひたり。 詳しく、思しのたまふさま、おほかたの御ありさまなど語る。 言葉多かる人にて、つきづきしう言ひ続くれど、「 いとわりなき御ほどを、いかに思すにか」と、ゆゆしうなむ、 誰も誰も思しける。
|
わざわざ、このようにお手紙があるので、僧都も恐縮の由申し上げなさる。少納言の乳母に申し入れて面会した。詳しく、お考えになっておっしゃったご様子や、日頃のご様子などを話す。多弁な人なので、もっともらしくいろいろ話し続けるが、「とても無理なお年なのに、どのようにお考えなのか」と、大変心配なことと、どなたもどなたもお思いになるのであった。
|
今度は五位の男を使いにして手紙をもらったことに僧都は恐縮していた。惟光は少納言に面会を申し込んで逢った。源氏の望んでいることを詳しく伝えて、そのあとで源氏の日常の生活ぶりなどを語った。多弁な惟光は相手を説得する心で上手にいろいろ話したが、僧都も尼君も少納言も稚い女王への結婚の申し込みはどう解釈すべきであろうとあきれているばかりだった。
|
Wazato, kau ohom-humi aru wo, Soudu mo kasikomari kikoye tamahu. Seunagon ni seusoko si te, ahi tari. Kuhasiku, obosi notamahu sama, ohokata no ohom-arisama nado kataru. Kotoba ohokaru hito ni te, tuki-dukisiu ihi-tudukure do, "Ito warinaki ohom-hodo wo, ikani obosu ni ka?" to, yuyusiu nam, tare-mo tare-mo obosi keru.
|
|
1.7.16 |
御文にも、いとねむごろに書いたまひて、例の、中に、「 かの御放ち書きなむ、 なほ見たまへまほしき」とて、
|
お手紙にも、とても心こめてお書きになって、例によって、その中に、「あの一字一字のお書きなのを、やはり拝見したいのです」とあって、
|
手紙のほうにもねんごろに申し入れが書かれてあって、 一つずつ離してお書きになる姫君のお字をぜひ私に見せていただきたい。 ともあった。例の中に封じたほうの手紙には、
|
Ohom-humi ni mo, ito nemgoro ni kai tamahi te, rei no, naka ni, "Kano ohom-hanatigaki nam, naho mi tamahe mahosiki." tote,
|
|
1.7.17 |
「 ▼ あさか山浅くも人を思はぬに
|
「浅香山のように浅い気持ちで思っているのではないのに
|
浅香山浅くも人を思はぬに、
|
"Asaka-yama asaku mo hito wo omoha nu ni
|
|
1.7.18 |
など山の井のかけ離るらむ」
|
どうしてわたしからかけ離れていらっしゃるのでしょう」
|
など山の井のかけ離るらん
|
nado yama-no-wi no kake hanaru ram
|
|
1.7.19 |
御返し、
|
お返事、
|
この歌が書いてある。返事、
|
Ohom-kahesi,
|
|
1.7.20 |
「 汲み初めてくやしと聞きし山の井の
|
「うっかり薄情な人と契りを結んで後悔したと聞きました山の井のような
|
汲み初めてくやしと聞きし山の井の、
|
"Kumi-some te kuyasi to kiki si yama-no-wi no
|
|
1.7.21 |
浅きながらや影を見るべき」
|
浅いお心のままどうして孫娘を御覧に入れられましょう」
|
浅きながらや影を見すべき 尼君が書いたのである。、
|
asaki nagara ya kage wo miru beki
|
|
1.7.22 |
惟光も同じことを聞こゆ。
|
惟光も同じ意味のご報告を申し上げる。
|
惟光が聞いて来たのもその程度の返辞であった。
|
Koremitu mo onazi koto wo kikoyu.
|
|
1.7.23 |
「 このわづらひたまふことよろしくは、このころ過ぐして、京の殿に渡りたまひてなむ、 聞こえさすべき」 とあるを、心もとなう思す。
|
「このご病気が多少回復したら、しばらく過ごして、京のお邸にお帰りになってから、改めてお返事申し上げましょう」とあるのを、待ち遠しくお思いになる。
|
「尼様の御容体が少しおよろしくなりましたら京のお邸へ帰りますから、そちらから改めてお返事を申し上げることにいたします」 と言っていたというのである。源氏はたよりない気がしたのであった。
|
"Kono wadurahi tamahu koto yorosiku ha, konokoro sugusi te, kyau no tono ni watari tamahi te nam, kikoyesasu beki." to aru wo, kokoro-motonau obosu.
|
|
|
|
|
出典5 |
夜の間の風も、うしろめたく |
浅まだき起きてぞ見つる梅の花夜の間の風のうしろめたさに |
拾遺集春-二九 元良親王 |
1.7.6 |
出典6 |
「難波津」 |
難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花 |
古今六帖六-四〇三二 |
1.7.9 |
出典7 |
あさか山浅くも人を思はぬに |
あさ山影さへ見ゆる山の井の浅くは人を思ふものかは |
古今六帖二-九八五 |
1.7.17 |
出典8 |
汲み初めてくやし |
悔しくぞ汲みそめてける浅ければ袖のみ濡るる山の井の水 |
古今六帖二-九八七 |
1.7.20 |
|
|
|
|
Last updated 9/24/2003 渋谷栄一校訂(C)(ver.1-3-1) Last updated 9/24/2003 渋谷栄一注釈(ver.1-2-1) |
Last updated 9/24/2003 渋谷栄一訳(C)(ver.1-3-1) |
現代語訳 | 与謝野晶子 |
電子化 | 上田英代(古典総合研究所) |
底本 | 角川文庫 全訳源氏物語 |
渋谷栄一訳 との突合せ | 宮脇文経 2003年8月14日 |
|
Last updated 9/24/2003 Written in Japanese roman letters by Eiichi Shibuya (C) (ver.1-4-1)
|
|
Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
|