04 夕顔(大島本)


YUHUGAHO


光る源氏の十七歳夏から立冬の日までの物語


Tale of Hikaru-Genji's Konoe-Chujo era from the summer to the first day in the winter at the age of 17

4
第四章 夕顔の物語(2) 仲秋の物語


4  Tale of Yugao  Yugao's death in the mid-fall

4.1
第一段 源氏、夕顔の宿に忍び通う


4-1  Genji goes to Yugao's house

4.1.1   まことやかの惟光が預かりのかいま見は、いとよく案内見とりて申す。
 それはそうと、あの惟光が受け持ちの偵察は、とても詳しく事情を探ってご報告する。
それから、あの惟光の受け持ちの五条の女の家を探る件、それについて惟光はいろいろな材料を得てきた。
  Makoto ya, kano Koremitu ga adukari no kaima-mi ha, ito yoku a'nai mi-tori te mausu.
4.1.2  「 その人とは、さらに え思ひえはべらず 。人にいみじく隠れ忍ぶる気色に なむ見えはべるを、つれづれなるままに、南の半蔀ある長屋にわたり 来つつ、車の音すれば、若き者どもの覗きなどす べかめるに、この主とおぼしきも、 はひわたる時はべかめる。容貌なむ、ほのかなれど、 いとらうたげにはべる
 「誰であるかは、まったく分かりません。世間にひどく隠れ潜んでいる様子に見えますが、暇にまかせて、南側の半蔀のある長屋に移って来ては、牛車の音がすると、若い女房たちが覗き見などをするようですが、この主人と思われる女も、来る時があるようでございまして。容貌は、ぼんやりとではありますが、とてもかわいらしげでございます。
 「まだだれであるかは私にわからない人でございます。隠れていることの知れないようにとずいぶん苦心する様子です。閑暇なものですから、南のほうの高い窓のある建物のほうへ行って、車の音がすると若い女房などは外をのぞくようですが、その主人らしい人も時にはそちらへ行っていることがございます。その人は、よくは見ませんがずいぶん美人らしゅうございます。
  "Sono hito to ha, sarani e omohi e habera zu. Hito ni imiziku kakure sinoburu kesiki ni nam miye haberu wo, ture-dure naru mama ni, minami no hazitomi aru nagaya ni watari ki tutu, kuruma no oto sure ba, wakaki mono-domo no nozoki nado su beka' meru ni, kono syuu to obosiki mo, hahi-wataru toki habe'ka' meru. Katati nam, honoka nare do, ito rautage ni haberu.
4.1.3  一日、前駆追ひて渡る 車のはべりしを覗きて、童女の急ぎて、『 右近の君こそ、まづ物見たまへ。 中将殿こそ、これより 渡りたまひぬれ』と言へば、また、よろしき大人出で来て、『 あなかま』と、手かくものから、『 いかでさは知るぞ、いで、見む』とて、 はひ渡る。打橋だつものを道にて なむ通ひはべる急ぎ来るものは、衣の裾を物に引きかけて、よろぼひ倒れて、橋よりも落ちぬべければ、『 いで、この 葛城の神こそさがしうしおきたれ』と、むつかりて、 物覗きの心も冷めぬめりき。『 君は、御直衣姿にて御随身どももありし。なにがし、くれがし』と数へしは、頭中将の随身、その小舎人童を なむ、しるしに言ひはべりし」など聞こゆれば、
 先日、先払いをして通る牛車がございましたのを、覗き見て、女童が急いで、『右近の君さん、早く御覧なさい。中将殿が、ここをお通り過ぎになってしまいます』と言うと、もう一人、見苦しくない女房が出て来て、『お静かに』と、手で制しながらも、『どうしてそうと分かりますか、どれ、見てみよう』と言って、渡って来ます。打橋のようなものを通路にして、行き来するのでございます。急いで来ると、なんとまあ大変、衣の裾を何かに引っ掛けて、よろよろと倒れて、橋から落ちてしまいそうになったので、『まあ、この葛城の神は、危なっかしく拵えたこと』と、文句を言って、覗き見の興味も冷めてしまったようでした。『頭の君は、直衣姿で、御随身たちもいましたが。あの人は誰、この人は誰』と数えたのは、頭中将の随身や、その小舎人童を、証拠に言っていたのです」などと申し上げると、
 この間先払いの声を立てさせて通る車がございましたが、それをのぞいて女の童が後ろの建物のほうへ来て、『右近さん、早くのぞいてごらんなさい、中将さんが通りをいらっしゃいます』と言いますと相当な女房が出て来まして、『まあ静かになさいよ』と手でおさえるようにしながら、『まあどうしてそれがわかったの、私がのぞいて見ましょう』と言って前の家のほうへ行くのですね、細い渡り板が通路なんですから、急いで行く人は着物の裾を引っかけて倒れたりして、橋から落ちそうになって、『まあいやだ』などと大騒ぎで、もうのぞきに出る気もなくなりそうなんですね。車の人は直衣姿で、随身たちもおりました。だれだれも、だれだれもと数えている名は頭中将の随身や少年侍の名でございました」
 などと言った。
  Hito-hi, saki ohi te wataru kuruma no haberi si wo, nozoki te, warahabe no isogi te, 'Ukon-no-Kimi koso, madu mono mi tamahe. Tyuuzyau-dono koso, kore yori watari tamahi nure' to ihe ba, mata, yorosiki otona ide-ki te, 'Ana-kama!' to, te kaku monokara, 'Ikade sa ha siru zo? Ide, mi m.' tote, hahi-wataru. Utihasi-datu mono wo miti ni te nam kayohi haberu. Isogi kuru mono ha, kinu no suso wo mono ni hiki-kake te, yorobohi tahure te, hasi yori mo oti nu bekere ba, 'Ide, kono Kaduraki-no-Kami koso, sagasiu si-oki tare.' to, mutukari te, mono-nozoki no kokoro mo same nu meri ki. 'Kimi ha, ohom-nahosi sugata ni te, mi-zuizin-domo mo ari si. Nanigasi, kuregasi' to kazuhe si ha, Tou-no-Tyuuzyau no zuizin, sono kodoneri-waraha wo nam, sirusi ni ihi haberi si." nado kikoyure ba,
4.1.4  「 たしかにその車をぞ見まし
 「確かにその車を見たのならよかったのに」
 「確かにその車の主が知りたいものだ」
  "Tasika ni sono kuruma wo zo mi masi."
4.1.5  とのたまひて、「 もし、かのあはれに忘れざりし人にや」と、 思ほしよるも、いと知らまほしげなる御気色を見て
 とおっしゃって、「もしや、あの頭中将が愛しく忘れ難かった女であろうか」と、思いつかれるにつけても、とても知りたげなご様子を見て、
 もしかすればそれは頭中将が忘られないように話した常夏の歌の女ではないかと思った源氏の、も少しよく探りたいらしい顔色を見た惟光は、
  to notamahi te, "Mosi, kano ahare ni wasure zari si hito ni ya?" to, omohosi-yoru mo, ito sira mahosige naru mi-kesiki wo mi te,
4.1.6  「 私の懸想もいとよくしおきて、 案内も残るところなく見たまへおきながらただ、我れどちと知らせて、物など言ふ 若きおもとのはべるをそらおぼれしてなむ、隠れ まかり歩く。いとよく隠したりと思ひて、小さき子どもなどのはべるが言誤りしつべきも、 言ひ紛らはしてまた人なきさまを 強ひてつくりはべるなど、語りて笑ふ
 「わたくし自身の懸想も首尾よく致して、家の内情もすっかり存じておりますが、相手の女は、ただ、同じ同輩どうしの女がいるだけだと思わせて、話しかけてくる若い近習がございますので、わたしも空とぼけたふりして、隠れて通っています。とてもうまく隠していると思って、小さい子供などのございますのが言い間違いそうになるのも、ごまかして、別に主人のいない様子を無理に装っております」などと、話して笑う。
 「われわれ仲間の恋と見せかけておきまして、実はその上に御主人のいらっしゃることもこちらは承知しているのですが、女房相手の安価な恋の奴になりすましております。向こうでは上手に隠せていると思いまして私が訪ねて行ってる時などに、女の童などがうっかり言葉をすべらしたりいたしますと、いろいろに言い紛らしまして、自分たちだけだというふうを作ろうといたします」
 と言って笑った。
  "Watakusi no kesau mo ito yoku si-oki te, a'nai mo nokoru tokoro naku mi tamahe oki nagara, tada, ware-doti to sirase te, mono nado ihu wakaki omoto no haberu wo, sora-obore si te nam, kakure makari ariku. Ito yoku kakusi tari to omohi te, tihisaki kodomo nado no haberu ga koto-ayamari si tu beki mo, ihi-magirahasi te, mata hito naki sama wo, sihite tukuri haberu." nado, katari te warahu.
4.1.7  「 尼君の訪ひに ものせむついでに、かいま見せさせよ」とのたまひけり。
 「尼君のお見舞いに伺った折に、垣間見させよ」とおっしゃるのであった。
 「おまえの所へ尼さんを見舞いに行った時に隣をのぞかせてくれ」
 と源氏は言っていた。
  "Ama-Gimi no toburahi ni monose m tuide ni, kaimami se sase yo." to notamahi keri.
4.1.8  かりにても、宿れる住ひのほどを思ふに、「 これこそかの人の定め、あなづりし 下の品ならめ。その中に、 思ひの外にをかしきこともあらば」 など、思すなりけり
 一時的にせよ、住んでいる家の程度を思うと、「これこそ、あの左馬頭が判定して、貶んだ下の品であろう。その中に予想外におもしろい事があったら」などと、お思いになるのであった。
 たとえ仮住まいであってもあの五条の家にいる人なのだから、下の品の女であろうが、そうした中におもしろい女が発見できればと思うのである。
  Kari ni te mo, yadore ru sumahi no hodo wo omohu ni, "Kore koso, kano hito no sadame, anaduri si simo-no-sina nara me. Sono naka ni, omohi no hoka ni wokasiki koto mo ara ba" nado, obosu nari keri.
4.1.9  惟光、いささかのことも 御心に違はじと思ふに、おのれも隈なき好き心にて、いみじく たばかりまどひ歩きつつ、しひて おはしまさせ初めてけりこのほどのこと、くだくだしければ、例のもらしつ
 惟光は、どんな些細なことでも君のお心に違うまいと思うが、自分も抜けめない好色人なので、大変に策を労しあちこち段取りをつけ、しゃにむにお通わし始めたのであった。この辺の事情は、こまごまと煩わしくなるので、例によって省略した。
 源氏の機嫌を取ろうと一所懸命の惟光であったし、彼自身も好色者で他の恋愛にさえも興味を持つほうであったから、いろいろと苦心をした末に源氏を隣の女の所へ通わせるようにした。
  Koremitu, isasaka no koto mo mi-kokoro ni tagaha zi to omohu ni, onore mo kumanaki suki-gokoro nite, imiziku tabakari madohi ariki tutu, sihite ohasimasa se some te keri. Kono hodo no koto, kuda-kudasikere ba, rei no morasi tu.
4.1.10   女、さしてその人と 尋ね出でたまはねば、我も名のりをしたまはで、いとわりなく やつれたまひつつ例ならず下り立ちありきたまふはおろかに思されぬなるべし、と見れば、 我が馬をばたてまつりて、御供に走りありく。
 女を、はっきり誰とお確かめになれないので、ご自分も名乗りをなさらず、ひどくむやみに粗末な身なりをなさっては、いつもと違って直接に身を入れてお通いになるのは、並々ならぬご執心なのであろう、と考えると、自分の馬を差し上げて、お供して走りまわる。
 女のだれであるかをぜひ知ろうともしないとともに、源氏は自身の名もあらわさずに、思いきり質素なふうをして多くは車にも乗らずに通った。深く愛しておらねばできぬことだと惟光は解釈して、自身の乗る馬に源氏を乗せて、自身は徒歩で供をした。
  Womna, sasite sono hito to tadune-ide tamaha ne ba, ware mo nanori wo si tamaha de, ito warinaku yature tamahi tutu, rei nara zu oritati ariki tamahu ha, oroka ni obosa re nu naru besi, to mire ba, waga muma wo ba tatematuri te, ohom-tomo ni hasiri-ariku.
4.1.11  「 懸想人のいとものげなき足もとを、見つけられてはべらむ時、からくも あるべきかな」とわぶれど、人に知らせたまはぬままに、 かの夕顔のしるべせし随身ばかり、さては、顔むげに知るまじき童一人ばかりぞ、率ておはしける。「 もし思ひよる気色もや」とて、 隣に中宿をだにしたまはず
 「懸想人のひどく人げない徒ち歩き姿を、見つけられましては、辛いものですね」とこぼすが、誰にもお知らせなさらないことにして、あの夕顔の案内をした随身だけ、その他には、顔をまったく知られてないはずの童一人だけを、連れていらっしゃるのであった。「万一思い当たる気配もあろうか」と慮って、隣に中休みをさえなさらない。
 「私から申し込みを受けたあすこの女はこの態を見たら驚くでしょう」
 などとこぼしてみせたりしたが、このほかには最初タ顔の花を折りに行った随身と、それから源氏の召使であるともあまり顔を知られていない小侍だけを供にして行った。それから知れることになってはとの気づかいから、隣の家へ寄るようなこともしない。
  "Kesau-bito no ito monogenaki asimoto wo, mituke rare te habera m toki, karaku mo aru beki kana!" to wabure do, hito ni sirase tamaha nu mama ni, kano yuhugaho no sirube se si zuizin bakari, sate ha, kaho muge ni siru maziki waraha, hitori bakari zo, wi te ohasi keru. "Mosi omohi yoru kesiki mo ya?" tote, tonari ni nakayadori wo dani si tamaha zu.
4.1.12  女も、いとあやしく心得ぬ心地のみして、 御使に人を添へ暁の道をうかがはせ、御在処見せむと尋ぬれど、そこはことなく まどはしつつさすがに、あはれに見ではえあるまじくこの人の御心にかかりたれば便なく軽々しきことと、 思ほし返しわびつつ、いとしばしばおはします。
 女方も、とても不審に合点のゆかない気ばかりがして、お文使いに跡を付けさせたり、払暁の道を尾行させ、お住まいを現すだろうと追跡するが、どこと分からなく晦まし晦ましして、そうは言っても、かわいく逢わないではいられず、この女がお心に掛かっているので、不都合で軽々しい行為だと、反省してはお困りながらも、とても頻繁にお通いになる。
 女のほうでも不思議でならない気がした。手紙の使いが来るとそっと人をつけてやったり、男の夜明けの帰りに道を窺わせたりしても、先方は心得ていてそれらをはぐらかしてしまった。しかも源氏の心は十分に惹かれて、一時的な関係にとどめられる気はしなかった。これを不名誉だと思う自尊心に悩みながらしばしば五条通いをした。
  Womna mo, ito ayasiku kokoroe nu kokoti nomi si te, ohom-tukahi ni hito wo sohe, akatuki no miti wo ukagaha se, ohom-arika mise m to tadunure do, sokohakatonaku madohasi tutu, sasugani, ahare ni mi de ha e aru maziku, kono hito no mi-kokoro ni kakari tare ba, bin-naku karo-garosiki koto to, omohosi kahesi wabi tutu, ito siba-siba ohasimasu.
4.1.13   かかる筋はまめ人の乱るる折もあるを、いとめやすくしづめたまひて、人のとがめきこゆべき 振る舞ひはしたまはざりつるを、あやしきまで、 今朝のほど、昼間の隔ても、おぼつかなくなど、 思ひわづらはれたまへば、かつは、 いともの狂ほしく、さまで心とどむべきことのさまにもあらずと、 いみじく思ひさましたまふに人のけはひ、いとあさましくやはらかにおほどきて、 もの深く重き方はおくれてひたぶるに若びたるものから、世をまだ知らぬにもあらずいとやむごとなきにはあるまじいづくにいとかうしもとまる心ぞ、と返す返す思す。
 このような方面では、実直な人も乱れる時があるものだが、とても見苦しくなく自重なさって、人が非難申し上げるような振る舞いはなさらなかったが、不思議なまでに、今朝の間、昼間の逢わないでいる間も、逢いたく気が気でないなどと、お思い悩みになるので、他方では、ひどく気違いじみており、それほど熱中するに相応しいことではないと、つとめて熱をお冷ましになるが、女の感じは、とても驚くほど従順でおっとりとしていて、物事に思慮深く慎重な方面は少なくて、一途に子供っぽいようでいながら、男女の仲を知らないでもない。たいして高い身分ではあるまい、どこにひどくこうまで心惹かれるのだろうか、と繰り返しお思いになる。
 恋愛問題ではまじめな人も過失をしがちなものであるが、この人だけはこれまで女のことで世間の批難を招くようなことをしなかったのに、夕顔の花に傾倒してしまった心だけは別だった。別れ行く間も昼の間もその人をかたわらに見がたい苦痛を強く感じた。源氏は自身で、気違いじみたことだ、それほどの価値がどこにある恋人かなどと反省もしてみるのである。驚くほど柔らかでおおような性質で、深味のあるような人でもない。若々しい一方の女であるが、処女であったわけでもない。貴婦人ではないようである。どこがそんなに自分を惹きつけるのであろうと不思議でならなかった。
  Kakaru sudi ha, mame-bito no midaruru wori mo aru wo, ito meyasuku sidume tamahi te, hito no togame kikoyu beki hurumahi ha si tamaha zari turu wo, ayasiki made, kesa no hodo, hiruma no hedate mo, obotukanaku nado, omohi waduraha re tamahe ba, katu ha, ito mono-guruhosiku, sa made kokoro todomu beki koto no sama ni mo ara zu to, imiziku omohi-samasi tamahu ni, hito no kehahi, ito asamasiku yaharaka ni ohodoki te, mono-hukaku omoki kata ha okure te, hitaburuni wakabi taru monokara, yo wo mada sira nu ni mo ara zu. Ito yamgotonaki ni ha aru mazi, iduku ni ito kau simo tomaru kokoro zo, to kahesu-gahesu obosu.
4.1.14   いとことさらめきて、御装束をもやつれたる 狩の御衣をたてまつり 、さまを変へ、 顔をもほの見せたまはず、夜深きほどに、 人をしづめて出で入りなどしたまへば、 昔ありけむものの変化めきてうたて思ひ嘆かるれど、人の 御けはひ、はた、 手さぐりもしるべきわざなりければ、「 誰ればかりにかはあらむ。なほこの好き者の し出でつるわざなめり」と、 大夫を疑ひながらせめてつれなく知らず顔にてかけて思ひよらぬさまにたゆまずあざれありけば、いかなることにかと心得がたく、女方もあやしうやう違ひたる もの思ひをなむしける
 とてもわざとらしくして、ご装束も粗末な狩衣をお召しになり、姿を変え、顔も少しもお見せにならず、深夜ごろに、人の寝静まるのを待ってお出入りなどなさるので、昔あったという変化の者じみて、気味悪く嘆息されるが、男性のご様子は、そうは言うものの、手触りでも分かることができたので、「いったい、どなたであろうか。やはりこの好色人が手引きして始まったことらしい」と、大夫を疑ってみるが、つとめて何くわぬ顔を装って、まったく知らない様子に、せっせと色恋に励んでいるので、どのようなことかとわけが分からず、女の方も不思議な一風変わった物思いをするのであった。
 わざわざ平生の源氏に用のない狩衣などを着て変装した源氏は顔なども全然見せない。ずっと更けてから、人の寝静まったあとで行ったり、夜のうちに帰ったりするのであるから、女のほうでは昔の三輪の神の話のような気がして気味悪く思われないではなかった。しかしどんな人であるかは手の触覚からでもわかるものであるから、若い風流男以外な者に源氏を観察していない。やはり好色な隣の五位が導いて来た人に違いないと惟光を疑っているが、その人はまったく気がつかぬふうで相変わらず女房の所へ手紙を送って来たり、訪ねて来たりするので、どうしたことかと女のほうでも普通の恋の物思いとは違った煩悶をしていた。
  Ito kotosara-meki te, ohom-syauzoku wo mo yature taru kari no ohom-zo wo tatematuri, sama wo kahe, kaho wo mo hono-mise tamaha zu, yo-bukaki hodo ni, hito wo sidume te ide-iri nado si tamahe ba, mukasi ari kem mono-no-henge meki te, utate omohi-nageka rure do, hito no ohom-kehahi, hata, tesaguri mo siru beki waza nari kere ba, "Tare bakari ni ka ha ara m? Naho kono suki-mono no si-ide turu waza na' meri." to, Taihu wo utagahi nagara, semete turenaku sirazu-gaho nite, kakete omohi-yora nu sama ni, tayuma zu azare-arike ba, ikanaru koto ni ka to kokoroe-gataku, womna-gata mo ayasiu tagahi taru mono-omohi wo nam si keru.
注釈267まことや感動詞。語り手の話題転換の語句。この物語の常套句。忘れていたことを思い出したり、話の途中で別の話題を思いついたときなどに発する語。4.1.1
注釈268かの惟光が預かりのかいま見は格助詞「が」主格を表す。「預かり」は名詞。受け持ち。「預かりし」(過去の助動詞「し」連体形)とあるべきところを「預かりの」(格助詞「の」)とねじれて続ける。4.1.1
注釈269その人とは以下「言ひはべりし」まで、惟光の報告。西隣の女の情報については、実のところまったく不明。今までの情報も誤りがあったりほんの一部であったりして、読者はすべてを知っているが、この物語の登場人物たちには徐々に真実が判明してくる、という仕組み。4.1.2
注釈270え思ひえはべらず打消の助動詞「ず」のまえに「え」が二度使われ、不可能の意を強調したニュアンス。『新大系』は「誤りがあろう。底本「み」を消して右に「え」(朱)。異文が多い」と注す。4.1.2
注釈271なむ見えはべるを係助詞「なむ」は「はべる」に係るが、接続助詞「を」が下接してさらに文が続くので、係り結びの法則が消滅した構文。4.1.2
注釈272来つつ接続助詞「つつ」は「来る」という動作が繰り返される意を表す。4.1.2
注釈273べかめるに「べかる」(推量の助動詞「べし」の連体形)「める」(推量の助動詞、視界内推量)「に」(接続助詞)。自分が覗き見したというニュアンス。4.1.2
注釈274はひわたる時はべかめる「はべかめる」は「はべるべかるめる」(自ラ変「はべる」連体形、「あり」「をり」の丁寧語の「る」が撥音便化し無表記形「はべ」、推量の助動詞「べかる」連体形の「べ」が促音便化し無表記形、かつ「る」が撥音便化し無表記形、推量の助動詞「める」連体中止法で、余韻余情を表す)の詰まった形。なお他の青表紙本系諸本は「はべべかめる」とある。『古典セレクション』は他本に従って「はべべかめる」と校訂する。会話文中の用例なので実際の発音どおりの表記なのであろう。4.1.2
注釈275いとらうたげにはべる「はべる」(連体形)は「あり」「をり」の丁寧語。連体形で言いさした形、余韻余情効果がある。4.1.2
注釈276車のはべりしを過去の助動詞「し」連体形、格助詞「を」目的格を表す。自ら見たというニュアンス。4.1.3
注釈277覗きて童女の急ぎて「覗く」の主語は童女。「童女の覗きて急ぎて」。4.1.3
注釈278右近の君こそ以下、女童の詞を引用。「こそ」は接尾語、呼び掛けに使用。相手を自分と対等以下ととらえて呼び掛ける。また子どもなどが無頓着に使用する。4.1.3
注釈279中将殿こそ頭中将をさす。係助詞「こそ」は「渡りたまひぬれ」(已然形)に係る、係結びの法則。4.1.3
注釈280渡りたまひぬれ完了の助動詞「ぬれ」確述の意。今、まさに通ろうとしている意。4.1.3
注釈281あなかま女房の詞を引用、間接話法。4.1.3
注釈282いかでさは知るぞいで見む女房の詞を引用。「いで」は、感動詞。どれ、見てみようの意。4.1.3
注釈283はひ渡るもともとは膝ではって行く意であるが、這うようにそっと歩く、気軽に歩いて行く、わずかの距離を行く、などの意味もある。室内とはいえ、このような折に打橋や廊下などのあるところを膝行して行くと考えるのは非現実的である。はうようにそっと行く、の意であろう。4.1.3
注釈284なむ通ひはべる係助詞「なむ」は「はべる」連体形に係る、係結びの法則。強調のニュアンスが加わる。4.1.3
注釈285急ぎ来るものは接続助詞「ものは」。「者は」でない。活用形の連体形に付いて、「--と、まあ」「--ところが、なんとまあ」などの意を表す。順接・逆接の両用がある。偶発といってよい接続のニュアンス。また下に「けり」で結び、不測の事態などの生じたことを表すとされる。せっかく急いで来たから、さあ大変、落ちてしまいそうになった、というニュアンス。完了の助動詞「ぬ」終止形、確述の意。推量の助動詞「べけれ」已然形、推量の意。落ちてしまいそうになったので、の意。4.1.3
注釈286いでこの以下「しおきたれ」まで、女房の詞を間接話法的に引用する。4.1.3
注釈287葛城の神こそ「かづらきのかみ」と読む。葛城の神が金峯山から葛城山まで岩橋を掛けたが完成しなかったという伝説にもとづく。係助詞「こそ」は完了の助動詞「たれ」已然形に係る、係り結びの法則。4.1.3
注釈288さがしう『集成』は「さかしう」と清音で読む。『古典セレクション』『新大系』は「さがしう」と濁音で読む。「古事記」仁徳・歌謡七〇に「佐賀斯」とあり、また『名義抄』にも「峻 サガシ」とあるので、後者が適切である。4.1.3
注釈289物覗きの心も冷めぬめりき完了の助動詞「ぬ」終止形、推量の助動詞「めり」連用形、話者の主観的推量の意、過去の助動詞「き」終止形、話者の体験を表す。4.1.3
注釈290君は御直衣姿にて頭中将をさしていう。4.1.3
注釈291御随身どももありし過去の助動詞「し」連体形。連体中止法で余韻余情効果を表す。4.1.3
注釈292なむしるしに言ひはべりし係助詞「なむ」、過去の助動詞「し」連体形に係る、係結びの法則。強調のニュアンスを添える。4.1.3
注釈293たしかにその車をぞ見まし係助詞「ぞ」。推量の助動詞「まし」連体形。反実仮想の意。係結びの法則。確かにその車を確認したのならよかったのにの意。『新大系』「しっかりとその車が頭中将のそれであるかを見られるなら見たいもの、の意」と注す。4.1.4
注釈294もしかのあはれに忘れざりし人にや源氏の心。頭中将が雨夜の品定め(「帚木」巻)の折に話していた女ではないか、と疑う。4.1.5
注釈295思ほしよるもいと知らまほしげなる御気色を見て「思ほしよる」の主語は源氏だが、「見て」の主語は源氏から惟光へと移っている。源氏の心中が惟光からから見てとられる、という語り方。しかし惟光は雨夜の品定めの折に居合わせていないので、源氏が「思ほしよる」内容は知らない。ただ源氏が夕顔の宿の女に関心を寄せているということだけを理解して次の説明に入る。4.1.5
注釈296私の懸想も以下「強ひてつくりはべる」まで、惟光の詞。「私」は「公」に対する言葉。惟光は、主人源氏の恋に対して、自分の恋という意味でこう表現した。「懸想」は語源不明の語。「懸想」と表記した古例はない。『色葉字類抄』は「気装」と表記、『今昔物語集』は「仮借」と表記、中世の『温故知新書』は「懸相 ケサウ」と表記。近世の『書言字考節用集』に「懸想」と見えるという(古語大辞典)。『新大系』は「案内も残るところなく」以下を惟光の詞とする。4.1.6
注釈297案内も残るところなく見たまへおきながら主語は惟光。4.1.6
注釈298ただ我れどちと知らせて主語は、相手方の女。ここにいるのは皆同じ女房どうしである、主人はいない、と惟光に思わせての意。4.1.6
注釈299若きおもとのはべるを接続助詞「を」原因・理由を表す。惟光の語らい人。4.1.6
注釈300そらおぼれしてなむ主語は惟光。係助詞「なむ」は「まかり歩く」(連体形)に係る、係結びの法則。4.1.6
注釈301言ひ紛らはして主語は「若きおもと」。4.1.6
注釈302また人なきさまを「人」は女主人をいう。4.1.6
注釈303強ひてつくりはべる「はべる」連体中止法、余韻余情効果を表す。4.1.6
注釈304など語りて笑ふ主語は惟光。4.1.6
注釈305尼君の以下「かいま見せさせよ」まで、源氏の詞。4.1.7
注釈306ものせむついでに主語は話者の源氏。「ものす」は「行く」の婉曲表現。4.1.7
注釈307これこそ以下「をかしきこともあらば」まで、源氏の心。「これ」は夕顔の宿の女をさす。4.1.8
注釈308かの人の定めあなづりし「帚木」巻の雨夜の品定めの折の頭中将が下の品の女と貶んだことをさす。4.1.8
注釈309下の品ならめ断定の助動詞「なら」未然形、推量の助動詞「め」已然形。係助詞「こそ」の係結びの法則。4.1.8
注釈310思ひの外に「帚木」巻の「さびしくあばれたらむ葎の門に、思ひの外にらうたげならむ人の閉ぢられたらむこそ、限りなくめづらしくはおぼえめ」(第一章三段)とあった。またこの巻にも「かの、下が下と、人の思ひ捨てし住まひなれど、その中にも、思ひのほかに口惜しからぬを見つけたらばと、めづらしく思ほすなりけり」(第一章二段)とあった。4.1.8
注釈311など思すなりけり語り手が読者に対して、源氏の心中について、はっと気付かせるようなあるいは注意の喚起を促すようなの説明的な叙述の仕方。以下、語り手の文章表現。4.1.8
注釈312御心に違はじと思ふに「御心」は源氏の御心、お考え。接続助詞「に」逆接を表す。4.1.9
注釈313たばかりまどひ歩きつつ接続助詞「つつ」は同じ動作、「たばかりまどひ歩く」の繰り返しのニュアンスを添える。4.1.9
注釈314おはしまさせ初めてけり「おはしまさ」(未然形)は「おはす」よりさらに高い敬語表現。使役の助動詞「せ」連用形、完了の助動詞「て」連用形、確述の意、過去の助動詞「けり」。4.1.9
注釈315このほどのことくだくだしければ例のもらしつ『細流抄』は「草子地也」と指摘。『評釈』は「いつもの通り省略する、と、作者はいう」。『全集』は「物語の筆録者を装って、話を省略する際の常套的な手法」と注す。「もらす」は省略する意。4.1.9
注釈316女さしてその人と源氏が女の素性をはっきり誰それと、の意。「女」と表現され、恋の場面に変わる。4.1.10
注釈317尋ね出でたまはねば打消の助動詞「ね」已然形は、源氏が素性を明らかにしようとしてもお出来になれないニュアンス。後文の「我も名のりしたまはで」となる。4.1.10
注釈318やつれたまひつつ接続助詞「つつ」動作の並行を表す。身を「やつす」という動作と「下りたち歩く」という行動が並行して行われるニュアンス。4.1.10
注釈319例ならず下り立ちありきたまふは源氏の並々ならぬ熱の入れよう。『評釈』は「いつもになく(車にも召れず)お徒歩(ひろい)なさるのは」と訳す。「下り立つ」(自タ四)は、身を入れてそのことをする、意。4.1.10
注釈320おろかに思されぬなるべし断定の助動詞「なる」終止形、推量の助動詞「べし」終止形、惟光が源氏の心を推量したもの。視点が惟光に移動。4.1.10
注釈321我が馬をばたてまつりて惟光の身分は既に隣の懸想相手の女には知られていよう。惟光ふぜいの男が乗る馬に乗って通って来る男、彼より身分が上の友人くらいに見えたことであろう。4.1.10
注釈322懸想人の以下「あるべきかな」まで、惟光の愚痴。4.1.11
注釈323かの夕顔のしるべせし随身『完訳』は「顔を知られているはずの随身を従えるのは不自然。作者の不注意か」と注す。『新大系』では「源氏らしからぬ筆跡の返歌を女がたへ取り次いだから、この随身を連れていることにより、通う男は女がたの推測する光源氏という人ではない、というメッセージを送っていることになる」と注す。4.1.11
注釈324もし思ひよる気色もや源氏の懸念。連語「もや」(係助詞「も」+係助詞「や」)疑問の意を表す。また多くは危ぶむ気持ちを含む。--かもしれない、意。4.1.11
注釈325隣に中宿をだにしたまはず副助詞「だに」最小限を表す。隣の家に足を止めることさえなさらない。4.1.11
注釈326御使に人を添へ源氏のきぬぎぬの文を届けにきた使者の跡を付けさせる。4.1.12
注釈327暁の道をうかがはせ源氏の朝帰りの道を探らせる。4.1.12
注釈328まどはしつつ接続助詞「つつ」動作の反復を表す。惑わす行動が繰り返されるニュアンスを添える。4.1.12
注釈329さすがにあはれに見ではえあるまじく以下、主語は源氏に移る。源氏は姿を晦ます一方で愛しく思わずにはいられないという心境。副詞「え」は打消推量の助動詞「まじく」連用形と呼応して不可能の意を表す。4.1.12
注釈330この人の御心にかかりたればこの女夕顔のことが源氏のお心にかかって離れないので、の意。4.1.12
注釈331便なく軽々しきこと源氏の反省。4.1.12
注釈332思ほし返しわびつつ接続助詞「つつ」動作の並行を表す。反省する一方では「いとしばしばおはします」という二つの動作が並行して行われる意。4.1.12
注釈333かかる筋は恋の道。源氏の夕顔への恋狂いの内容が語られる。4.1.13
注釈334まめ人の乱るる折もあるを接続助詞「を」逆接を表す。源氏は一般の「まめ人」とは違うと語る。4.1.13
注釈335振る舞ひはしたまはざりつるを接続助詞「を」逆接を表す。源氏が夕顔にのめり込んでいくさまを、逆接の接続助詞を続けて「--を、--を、」と語っていく。4.1.13
注釈336今朝のほど昼間の隔てもおぼつかなく源氏の夕顔への思い。4.1.13
注釈337思ひわづらはれたまへば自発の助動詞「れ」連用形。4.1.13
注釈338いともの狂ほしく以下「さまにもあらす」まで、源氏の反省。4.1.13
注釈339いみじく思ひさましたまふに接続助詞「に」逆接を表す。4.1.13
注釈340人のけはひ以下「とまる心ぞ」まで、源氏の目から見た夕顔の印象と思い。夕顔のもっている雰囲気や感じは驚くほどやわやわとした感じでおっとりとしている。4.1.13
注釈341もの深く重き方はおくれて物事に思慮深く慎重であるという点は劣っている、またはないといったような感じ。4.1.13
注釈342ひたぶるに若びたるものから世をまだ知らぬにもあらず接続助詞「ものから」逆接の確定条件を表す。打消の助動詞「ぬ」連体形、断定の助動詞「に」連用形、係助詞「も」。まったくの幼ない処女のような感じがする一方でまだ結婚の経験がないではないような感じがする。源氏は夕顔が頭中将の女らしいとは感じ取っているが、まだ確証は得ていない。4.1.13
注釈343いとやむごとなきにはあるまじたいして高貴な身分の家の姫君ではあるまいという印象。ただし、源氏のような身分から見た場合である。4.1.13
注釈344いづくにいとかうしもとまる心ぞ副助詞「しも」強調、係助詞「ぞ」文末にあってその文全体を強調する。4.1.13
注釈345いとことさらめきて主語は源氏。4.1.14
注釈346狩の御衣をたてまつり「たてまつり」連用形は「着る」の尊敬表現。4.1.14
注釈347顔をもほの見せたまはず『完訳』は「覆面と解されているが、いかが。相手からまともに見られぬよう務めているというのではないか」と注す。『新大系』でも「顔を袖などで隠し続けて正体を見せないでいる。布などどによる覆面ではあるまい」と注す。4.1.14
注釈348人をしづめて「しづめ」(他下二)、寝静まらせる。女房たちが寝静まるのを待っての意。4.1.14
注釈349昔ありけむものの変化めきて三輪山神婚説話が知られていた。過去推量の助動詞「けむ」連体形。4.1.14
注釈350うたて思ひ嘆かるれど主語は女。自発の助動詞「るれ」已然形。接続助詞「ど」逆接の確定条件を表す。4.1.14
注釈351手さぐりもしるべき女が源氏を手で触っただけでも高貴な方とはっきり分かる。4.1.14
注釈352誰ればかりにかはあらむ以下「わざなめり」まで、女の思い。断定の助動詞「に」連用形、係助詞「か」疑問を表す、係助詞「は」、推量の助動詞「む」連体形、係結びの法則。4.1.14
注釈353し出でつるわざなめり「なめり」は「なるめり」の断定の助動詞「なる」の「る」が撥音便化しさらに無表記の形、推量の助動詞「めり」終止形、話者の主観的推量を表す。4.1.14
注釈354大夫を疑ひながら「大夫」は惟光をさす。五位なのでこう呼ぶ。接続助詞「ながら」逆接を表す。4.1.14
注釈355せめてつれなく知らず顔にて以下、主語は惟光に移る。4.1.14
注釈356かけて思ひよらぬさまに女方があの男は源氏ではないかと鎌かけてくることに対して、惟光は全く的外れだという態度をさすのであろう。4.1.14
注釈357もの思ひをなむしける係助詞「なむ」は過去の助動詞「ける」連体形に係る、係り結びの法則。強調のニュアンスを添える。4.1.14
校訂8 えはべらず えはべらず--み(み/$え<朱>)侍らす 4.1.2
校訂9 まかり まかり--(/+ま<朱>)かり 4.1.6
校訂10 あるべきかな あるべきかな--*あるへかな 4.1.11
校訂11 たてまつり たてまつり--*たてまつる 4.1.14
校訂12 御けはひ 御けはひ--さ(さ/$御<朱>)けはひ 4.1.14
校訂13 たゆまず たゆまず--たゆま(ま/$ま<朱>)す 4.1.14
4.2
第二段 八月十五夜の逢瀬


4-2  The night of August 15, they have harmonious life

4.2.1  君も、「 かくうらなくたゆめてはひ隠れなば、 いづこをはかりとか、我も尋ねむ。かりそめの隠れ処と、はた見ゆめれば、いづ方にもいづ方にも、移ろひゆかむ日を、 いつとも知らじ」と思すに追ひまどはしてなのめに思ひなしつべくは、ただかばかりのすさびにても 過ぎぬべきことをさらにさて過ぐしてむ思されず
 源氏の君も、「このように無心なように油断させてそっと隠れてしまったなら、どこを目当てにしてか、わたしも尋ねられよう。一時の隠れ家と、また一方では思われるので、どこへともどこへとも、移って行くような日を、いつとも分からないだろう」とお思いになると、跡を追っているうちに見失って、どうでもよく諦めがつくものなら、ただこのような遊び事で終わっても済まされることなのに、まったくそうして過そうとはお思いになれない。
 源氏もこんなに真実を隠し続ければ、自分も女のだれであるかを知りようがない、今の家が仮の住居であることは間違いのないことらしいから、どこかへ移って行ってしまった時に、自分は呆然とするばかりであろう。行くえを失ってもあきらめがすぐつくものならよいが、それは断然不可能である。
  Kimi mo, "Kaku uranaku tayume te hahi-kakure na ba, iduko wo hakari to ka, ware mo tadune m. Karisome no kakurega to, hata miyu mere ba, idukata ni mo idukata ni mo, uturohi-yuka m hi wo, itu to mo sira zi." to obosu ni, ohi-madohasi te, nanome ni omohi-nasi tu beku ha, tada kabakari no susabi nite mo sugi nu beki koto wo, sarani sate sugusi te m to obosa re zu.
4.2.2  人目を思して、隔ておきたまふ夜な夜ななどは、 いと忍びがたく、苦しきまでおぼえたまへば、「 なほ誰れとなくて二条院に迎へてむ。もし聞こえありて便なかるべきことなりとも、 さるべきにこそは。我が心ながら、 いとかく人にしむことはなきをいかなる契りにかはありけむ」など 思ほしよる
 人目をお憚りになって、お途絶えになる夜な夜ななどは、とても我慢ができず、苦しいまでに思われなさるので、「やはり誰とも知らせずに二条院に迎えてしまおう。もし世間に評判になって不都合なことであっても、そうなるはずの運命なのだ。我ながら、ひどくこう女に惹かれることはなかったのに、どのような宿縁であったのだろうか」などとお思いつきになる。
 世間をはばかって間を空ける夜などは堪えられない苦痛を覚えるのだと源氏は思って、世間へはだれとも知らせないで二条の院へ迎えよう、それを悪く言われても自分はそうなる前生の因縁だと思うほかはない、自分ながらもこれほど女に心を惹かれた経験が過去にないことを思うと、どうしても約束事と解釈するのが至当である、こんなふうに源氏は思って、
  Hitome wo obosi te, hedate oki tamahu yona-yona nado ha, ito sinobi-gataku, kurusiki made oboye tamahe ba, "Naho tare to naku te Nideu-no-win ni mukahe te m. Mosi kikoye ari te bin-nakaru beki koto nari tomo, saru-beki ni koso ha. Waga kokoro nagara, ito kaku hito ni simu koto ha naki wo, ika naru tigiri ni ka ha ari kem." nado omohosi-yoru.
4.2.3  「 いざ、いと心安き所にて、のどかに聞こえむ
 「さあ、とても気楽な所で、のんびりとお話し申そう」
 「あなたもその気におなりなさい。私は気楽な家へあなたをつれて行って夫婦生活がしたい」
  "Iza, ito kokoro-yasuki tokoro nite, nodoka ni kikoye m."
4.2.4  など、語らひたまへば、
 などと、お誘いになると、
 こんなことを女に言い出した。
  nado, katarahi tamahe ba,
4.2.5  「 なほ、あやしう。かくのたまへど、世づかぬ御もてなしなれば、 もの恐ろしくこそあれ
 「やはり、変でございすわ。そうおっしゃいますが、普通とは違ったお持てなしなので、何となく空恐ろしい気がしますわ」
 「でもまだあなたは私を普通には取り扱っていらっしゃらない方なんですから不安で」
  "Naho, ayasiu. Kaku notamahe do, yoduka nu ohom-motenasi nare ba, mono-osorosiku koso are."
4.2.6  と、 いと若びて言へば、「 げに」と、ほほ笑まれたまひて
 と、とても子供っぽく言うので、「なるほど」と、思わずにっこりなさって、
 若々しく夕顔が言う。源氏は微笑された。
  to, ito wakabi te ihe ba, "Geni" to, hohowema re tamahi te,
4.2.7  「 げに、いづれか狐なるらむなただはかられたまへかし
 「なるほど、どちらが狐でしょうかね。ただ、化かされなさいな」
 「そう、どちらかが狐なんだろうね。でも欺されていらっしゃればいいじゃない」
  "Geni, idure ka kitune naru ram na. Tada hakara re tamahe kasi."
4.2.8  と、なつかしげにのたまへば、女もいみじくなびきて、 さもありぬべく思ひたり。「 世になく、かたはなることなりとも、ひたぶるに従ふ心は、いとあはれげなる人」と見たまふに、なほ、 かの頭中将の常夏疑はしく語りし心ざままづ思ひ出でられたまへど、「 忍ぶるやうこそは」と、あながちにも問ひ出でたまはず。
 と、優しそうにおっしゃると、女もすっかりその気になって、そうであってもいいと思っている。「世間に例のない、不都合なことであっても、一途に従順な心は、実にかわいい女だ」と、ご覧になると、やはり、あの頭中将の常夏の女かと疑われて、話された性質、それをまっさきにお思い出さずにはいらっしゃれないが、「きっと隠すような事情があるのだろう」と、むやみにお聞き出しなさらない。
 なつかしいふうに源氏が言うと、女はその気になっていく。どんな欠点があるにしても、これほど純な女を愛せずにはいられないではないかと思った時、源氏は初めからその疑いを持っていたが、頭中将の常夏の女はいよいよこの人らしいという考えが浮かんだ。しかし隠しているのはわけのあることであろうからと思って、しいて聞く気にはなれなかった。
  to, natukasige ni notamahe ba, womna mo imiziku nabiki te, sa mo ari nu beku omohi tari. "Yoni naku, kataha naru koto nari tomo, hitaburu ni sitagahu kokoro ha, ito aharege naru hito" to mi tamahu ni, naho, kano Tou-no-Tyuuzyau no Tokonatu utagahasiku, katari si kokoro-zama, madu omohi-ide rare tamahe do, "Sinoburu yau koso ha" to, anagati ni mo tohi-ide tamaha zu.
4.2.9   気色ばみて、ふと背き 隠るべき心ざまなどはなければ、「 かれがれにとだえ置かむ 折こそは、さやうに思ひ変ることもあらめ心ながらも、すこし移ろふことあらむこそあはれなるべけれとさへ、思しけり
 表情に現して、不意に逃げ隠れするような性質などはないので、「離れ離れに、絶え間を置いたような折には、そのように気を変えることもあろうが、女のほうから、少し浮気することがあったほうが愛情も増さるであろう」とまで、お思いになった。
 感情を害した時などに突然そむいて行ってしまうような性格はなさそうである、自分が途絶えがちになったりした時には、あるいはそんな態度に出るかもしれぬが、自分ながら少し今の情熱が緩和された時にかえって女のよさがわかるのではないかと、それを望んでもできないのだから途絶えの起こってくるわけはない、したがって女の気持ちを不安に思う必要はないのだと知っていた。
  Kesikibami te huto somuki kakuru beki kokoro-zama nado ha nakere ba, "Kare-gare ni todaye-oka m wori koso ha, sayau ni omohi kaharu koto mo ara me, kokoro nagara mo, sukosi uturohu koto ara m koso ahare naru bekere" to sahe, obosi keri.
4.2.10   八月十五夜、隈なき月影、隙多かる板屋、残りなく漏りて来て、見慣らひたまはぬ 住まひのさまも珍しきに暁近くなりにけるなるべし、隣の家々、あやしき賤の男の声々、目覚まして、
 八月十五日夜、満月の光が、隙間の多い板葺きの家に、すっかり射し込んで来て、ご経験のない住居の様子も珍しいが、払暁近くなったのであろう、隣の家々から、賤しい男たちの声々が、目を覚まして、
 八月の十五夜であった。明るい月光が板屋根の隙間だらけの家の中へさし込んで、狭い家の中の物が源氏の目に珍しく見えた。もう夜明けに近い時刻なのであろう。近所の家々で貧しい男たちが目をさまして高声で話すのが聞こえた。
  Hati-gwati zihu-go-ya, kumanaki tukikage, hima ohokaru itaya, nokori naku mori-ki te, mi-narahi tamaha nu sumahi no sama mo medurasiki ni, akatuki tikaku nari ni keru naru besi, tonari no ihe-ihe, ayasiki sidunowo no kowe-gowe, me samasi te,
4.2.11  「 あはれ、いと寒しや
 「ああ、ひどく貧しいことよ」
 「ああ寒い。
  "Ahare, ito samusi ya!"
4.2.12  「 今年こそ、なりはひにも頼むところすくなく、田舎の通ひも 思ひかけねば、いと心細けれ。 北殿こそ、聞きたまふや」
 「今年は、商売も当てになる所も少なく、田舎への行き来も望めないから、ひどく心細いなあ。北隣さん、お聞きなさるか」
 今年こそもう商売のうまくいく自信が持てなくなった。地方廻りもできそうでないんだから心細いものだ。北隣さん、まあお聞きなさい」
  "Kotosi koso, narihahi ni mo tanomu tokoro sukunaku, winaka no kayohi mo omohi-kake ne ba, ito kokoro-bosokere. Kita-dono koso, kiki tamahu ya?"
4.2.13  など、言ひ交はすも聞こゆ。
 などと、言い交わしているのも聞こえる。
 などと言っているのである。
  nado, ihi-kahasu mo kikoyu.
4.2.14  いとあはれなるおのがじしの営みに起き出でて、そそめき騒ぐもほどなきを、 女いと恥づかしく思ひたり
 まことにほそぼそとした各自の生計のために起き出して、ざわめいているのも間近なのを、女はとても恥ずかしく思っている。
 哀れなその日その日の仕事のために起き出して、そろそろ労働を始める音なども近い所でするのを女は恥ずかしがっていた。
  Ito ahare naru onogazisi no itonami ni oki-ide te, sosomeki sawagu mo hodo naki wo, Womna ito hadukasiku omohi tari.
4.2.15   艶だち気色ばまむ人は消えも入りぬべき住まひの さまなめりかし。されど、のどかに、つらきも憂きもかたはらいたきことも、 思ひ入れたるさまならで我がもてなしありさまは、いとあてはかにこめかしくて、またなくらうがはしき隣の用意なさを、 いかなる事とも聞き知りたるさまならねば、なかなか、恥ぢかかやかむよりは、 罪許されてぞ見えける
 風流ぶって気取りたがるような人は、消え入りたいほどの住居の様子のようである。けれでも、のんびりと、辛いことも嫌なことも気恥ずかしいことも、苦にしている様子でなく、自身の態度や様子は、とても上品でおっとりして、またとないくらい下品な隣家のぶしつけさを、どのようなこととも知っている様子でないので、かえって恥ずかしがり赤くなるよりは、罪がないように思われるのであった。
 気どった女であれば死ぬほどきまりの悪さを感じる場所に違いない。でも夕顔はおおようにしていた。人の恨めしさも、自分の悲しさも、体面の保たれぬきまり悪さも、できるだけ思ったとは見せまいとするふうで、自分自身は貴族の子らしく、娘らしくて、ひどい近所の会話の内容もわからぬようであるのが、恥じ入られたりするよりも感じがよかった。
  En-dati kesikibama m hito ha, kiye mo iri nu beki sumahi no sama na' meri kasi. Saredo, nodoka ni, turaki mo uki mo kataharaitaki koto mo, omohi-ire taru sama nara de, waga motenasi arisama ha, ito atehaka ni komekasiku te, mata-naku raugahasiki tonari no youi nasa wo, ika naru koto to mo kiki-siri taru sama nara ne ba, naka-naka, hadi kakayaka m yori ha, tumi yurusa re te zo miye keru.
4.2.16  ごほごほと 鳴る神よりもおどろおどろしく、踏み轟かす唐臼の音も 枕上とおぼゆる。「 あな、耳かしかまし」と、これにぞ思さるる。何の響きとも聞き入れたまはず、 いとあやしうめざましき音なひとのみ聞きたまふ。 くだくだしきことのみ多かり
 ごろごろと鳴る雷よりも騒がしく、踏み轟かす唐臼の音も枕元のように聞こえる。「ああ、やかましい」と、これには閉口されなさる。何の響きともお分りにならず、とても不思議で耳障りな音だとばかりお聞きになる。ごたごたしたことばかり多かった。
 ごほごほと雷以上の恐い音をさせる唐臼なども、すぐ寝床のそばで鳴るように聞こえた。源氏もやかましいとこれは思った。けれどもこの貴公子も何から起こる音とは知らないのである。大きなたまらぬ音響のする何かだと思っていた。そのほかにもまだ多くの騒がしい雑音が聞こえた。
  Goho-goho to Naru-Kami yori mo odoro-odorosiku, humi todorokasu kara-usu no oto mo makura-gami to oboyuru. "Ana, mimi kasikamasi!" to, kore ni zo, obosa ruru. Nani no hibiki to mo kiki-ire tamaha zu, ito ayasiu mezamasiki otonahi to nomi kiki tamahu. Kuda-kudasiki koto nomi ohokari.
4.2.17   白妙の衣うつ砧の音も、かすかにこなたかなた聞きわたされ、空飛ぶ雁の声、取り集めて、 忍びがたきこと多かり。端近き御座所なりければ、遣戸を引き開けて、もろともに見出だしたまふ。ほどなき庭に、されたる 呉竹、前栽の露は、なほ かかる所も同じごときらめきたり。虫の声々乱りがはしく、 壁のなかの蟋蟀だに間遠に聞き慣らひたまへる御耳に、さし当てたるやうに鳴き乱るるを、なかなかさまかへて思さるるも、 御心ざし一つの浅からぬに、よろづの罪許さるるなめりかし
 衣を打つ砧の音も、かすかにあちらこちらからと聞こえて来て、空を飛ぶ雁の声も、一緒になって、堪えきれない情趣が多い。端近いご座所だったので、遣戸を引き開けて、一緒に外を御覧になる。広くもない庭に、しゃれた呉竹や、前栽の露は、やはりこのような所も同じように光っていた。虫の声々が入り乱れ、壁の内側のこおろぎでさえ、時たまお聞きになっているお耳に、じかに押し付けたように鳴き乱れているのを、かえって違った感じにお思いなさるのも、お気持ちの深さゆえに、すべての欠点が許されるのであろうよ。
 白い麻布を打つ砧のかすかな音もあちこちにした。空を行く雁の声もした。秋の悲哀がしみじみと感じられる。庭に近い室であったから、横の引き戸を開けて二人で外をながめるのであった。小さい庭にしゃれた姿の竹が立っていて、草の上の露はこんなところのも二条の院の前栽のに変わらずきらきらと光っている。虫もたくさん鳴いていた。壁の中で鳴くといわれて人間の居場所に最も近く鳴くものになっている蟋蟀でさえも源氏は遠くの声だけしか聞いていたかったが、ここではどの虫も耳のそばへとまって鳴くような風変わりな情趣だと源氏が思うのも、夕顔を深く愛する心が何事も悪くは思わせないのであろう。
  Sirotahe no koromo utu kinuta no oto mo, kasukani konata kanata kiki-watasa re, sora tobu kari no kowe, tori atume te, sinobi-gataki koto ohokari. Hasi tikaki o-masi dokoro nari kere ba, yarido wo hiki-ake te, morotomoni mi-idasi tamahu. Hodo naki niha ni, sare taru kuretake, sensai no tuyu ha, naho kakaru tokoro mo onazi goto kirameki tari. Musi no kowe-gowe midari-gahasiku, kabe no naka no kirigirisu dani madoho ni kiki narahi tamahe ru ohom-mimi ni, sasi-ate taru yau ni naki midaruru wo, naka-naka sama kahe te obosa ruru mo, mi-kokorozasi hito-tu no asakara nu ni, yorodu no tumi yurusa ruru na' meri kasi.
4.2.18   白き袷、薄色のなよよかなるを重ねて、はなやかならぬ姿、いとらうたげにあえかなる心地して、そこと取り立ててすぐれたることもなけれど、細やかにたをたをとして、ものうち言ひたるけはひ、「 あな、心苦し」と、ただいとらうたく見ゆ。 心ばみたる方をすこし添へたらば、と見たまひながら、なほうちとけて 見まほしく思さるれば
 白い袷、薄紫色の柔らかい衣を重ね着て、地味な姿態は、とてもかわいらしげに華奢な感じがして、どこそこと取り立てて優れた所はないが、か細くしなやかな感じがして、何かちょっと言った感じは、「ああ、いじらしい」と、ただもうかわいく思われる。気取ったところをもう少し加えたらと、御覧になりながら、なおもくつろいで逢いたく思われなさるので、
 白い袷に柔らかい淡紫を重ねたはなやかな姿ではない、ほっそりとした人で、どこかきわだって非常によいというところはないが繊細な感じのする美人で、ものを言う様子に弱々しい可憐さが十分にあった。才気らしいものを少しこの人に添えたらと源氏は批評的に見ながらも、もっと深くこの人を知りたい気がして、
  Siroki ahase, usu-iro no nayoyoka naru wo kasane te, hanayaka nara nu sugata, ito rautage ni ayeka naru kokoti si te, soko to tori-tate te sugure taru koto mo nakere do, hosoyaka ni tawo-tawo to si te, mono uti-ihi taru kehahi, "Ana, kokoro-gurusi!" to, tada ito rautaku miyu. Kokoro-bami taru kata wo sukosi sohe tara ba, to mi tamahi nagara, naho utitoke te mi mahosiku obosa rure ba,
4.2.19  「 いざ、ただこのわたり近き所に、心安くて明かさむ。かくてのみは、 いと苦しかりけり」とのたまへば、
 「さあ、ちょっとこの辺の近い所で、気楽に夜を明かそう。こうしてばかりいては、とても辛いなあ」とおっしゃると、
 「さあ出かけましょう。この近くのある家へ行って、気楽に明日まで話しましょう。こんなふうでいつも暗い間に別れていかなければならないのは苦しいから」
 と言うと、
  "Iza, tada kono watari tikaki tokoro ni, kokoro yasuku te akasa m. Kakute nomi ha, ito kurusikari keri." to notamahe ba,
4.2.20  「 いかでかにはかならむ
 「とてもそんな。急でしょう」
 「どうしてそんなに急なことをお言い出しになりますの」
  "Ikade ka. Nihaka nara m."
4.2.21  と、いとおいらかに 言ひてゐたり。この世のみならぬ契りなどまで 頼めたまふに、うちとくる心ばへなど、あやしくやう変はりて、世馴れたる人ともおぼえねば、人の思はむ所も え憚りたまはで右近を召し出でて随身を召させたまひて御車引き入れさせたまふこのある人びとも、かかる御心ざしのおろかならぬを見知れば、 おぼめかしながら、頼みかけきこえたり。
 と、とてもおっとりと言ってじっとしている。この世だけでない来世の約束などまで相手に期待させていらっしゃるので、気を許す心根などが、不思議に普通と違って、世慣れた女とも思われないので、他人がどう思うかを慮ることもおできになれず、右近を召し出して、随身を呼ばせなさって、お車を引き入れさせなさる。この家の女房たちも、このようなお気持ちが並大抵でないのが分かるので、不安に思いながらも、期待をかけ申していた。
 おおように夕顔は言っていた。変わらぬ恋を死後の世界にまで続けようと源氏の誓うのを見ると何の疑念もはさまずに信じてよろこぶ様子などのうぶさは、一度結婚した経験のある女とは思えないほど可憐であった。源氏はもうだれの思わくもはばかる気がなくなって、右近に随身を呼ばせて、車を庭へ入れることを命じた。夕顔の女房たちも、この通う男が女主人を深く愛していることを知っていたから、だれともわからずにいながら相当に信頼していた。
  to, ito oyiraka ni ihi te wi tari. Konoyo nomi nara nu tigiri nado made tanome tamahu ni, utitokuru kokorobahe nado, ayasiku yau kahari te, yo-nare taru hito to mo oboye ne ba, hito no omoha m tokoro mo e habakari tamaha de, Ukon wo mesi-ide te, zuizin wo mesa se tamahi te, mi-kuruma hiki-ire sase tamahu. Kono aru hito-bito mo, kakaru mi-kokorozasi no oroka nara nu wo mi-sire ba, obomekasi nagara, tanomi-kake kikoye tari.
4.2.22  明け方も近うなりにけり。鶏の声などは聞こえで、 御嶽精進にやあらむ、ただ翁びたる声に ぬかづくぞ聞こゆる。起ち居のけはひ、堪へがたげに行ふ。いとあはれに、「 朝の露に異ならぬ世を、何を貧る身の祈りにか」と、聞きたまふ。「 南無当来導師とぞ拝むなる
 夜明けも近くなってしまった。鶏の声などは聞こえないで、御嶽精進であろうか、ただ老人めいた声で礼拝するのが聞こえる。立ったり座ったりの様子、難儀そうに勤行する。たいそうしみじみと、「朝の露と違わないはかないこの世を、何を欲張りわが身の利益を祈るのだろうか」と、お聞きになる。「南無当来導師、弥勒菩薩」と言って拝んでいるようだ。
 ずっと明け方近くなってきた。この家に鶏の声は聞こえないで、現世利益の御岳教の信心なのか、老人らしい声で、起ったりすわったりして、とても忙しく苦しそうにして祈る声が聞かれた。源氏は身にしむように思って、朝露と同じように短い命を持つ人間が、この世に何の慾を持って祈祷などをするのだろうと聞いているうちに、
 「南無当来の導師」
 と阿弥陀如来を呼びかけた。
  Akegata mo tikau nari ni keri. Tori no kowe nado ha kikoye de, mitake-syauzi ni ya ara m, tada okinabi taru kowe ni nukaduku zo kikoyuru. Tati-wi no kehahi, tahegatage ni okonahu. Ito ahare ni, "Asita no tuyu ni kotonara nu yo wo, nani wo musaboru mi no inori ni ka" to, kiki tamahu. "Nam taurai dousi" to zo ogamu naru.
4.2.23  「 かれ、聞きたまへ。この世とのみは思はざりけり」と、 あはれがりたまひて
 「あれを、お聞きなさい。この世だけとは思っていないのだね」と、しみじみと感じられて、
 「そら聞いてごらん。現世利益だけが目的じゃなかった」
 とほめて、
  "Kare, kiki tamahe. Konoyo to nomi ha omoha zari keri." to, aharegari tamahi te,
4.2.24  「 優婆塞が行ふ道をしるべにて
 「優婆塞が勤行しているのを道しるべにして
  優婆塞が行なふ道をしるべにて
    "Ubasoku ga okonahu miti wo sirube nite
4.2.25   来む世も深き契り違ふな
  来世にも深い約束に背かないで下さい
  来ん世も深き契りたがふな
    ko m yo mo hukaki tigiri tagahu na
4.2.26   長生殿の古き例はゆゆしくて、翼を交さむとは引きかへて 弥勒の世をかねたまふ行く先の御頼め、いとこちたし
 長生殿の昔の例は縁起が悪いので、翼を交そうとは言わずに、弥勒菩薩が出現する未来までの愛を約束なさる。そのような長いお約束とは、まことに大げさである。
 とも言った。玄宗と楊貴妃の七月七日の長生殿の誓いは実現されない空想であったが、五十六億七千万年後の弥勒菩薩出現の世までも変わらぬ誓いを源氏はしたのである。
  Tyausei-den no huruki tamesi ha yuyusiku te, hane wo kahasa m to ha hiki-kahe te, Miroku no yo wo kane tamahu. Yuku-saki no ohom-tanome, ito kotitasi.
4.2.27  「 前の世の契り知らるる身の憂さに
 「前世の宿縁の拙さが身につまされるので
  前の世の契り知らるる身のうさに
    "Saki no yo no tigiri sira ruru mi no usa ni
4.2.28   行く末かねて頼みがたさよ
  来世まではとても頼りかねます
  行く末かけて頼みがたさよ
    yuku-suwe kane te tanomi gatasa yo
4.2.29   かやうの筋なども、さるは、心もとなかめり
 このような返歌のし方なども、実のところ、心細いようである。
 と女は言った。歌を詠む才なども豊富であろうとは思われない。
  Kayau no sudi nado mo, saruha, kokoro-motonaka' meri.
注釈358かくうらなくたゆめて以下「いつとも知らせじ」まで、源氏の心。主語は女。4.2.1
注釈359いづこをはかりとか我も尋ねむ「はかり」は目処、目当て。係助詞「か」疑問、推量の助動詞「む」連体形。係結びの法則。反語表現。探し当てることができない。4.2.1
注釈360いつとも知らじと思すに打消推量の助動詞「じ」終止形。接続助詞「に」順接。4.2.1
注釈361追ひまどはして『完訳』は以下「思されず」までを挿入句と解す。跡を追っているうちに見逃す、取り逃がす。4.2.1
注釈362なのめに思ひなしつべくは完了の助動詞「つ」確述、推量の助動詞「べく」連用形+係助詞「は」順接の仮定条件を表す。4.2.1
注釈363過ぎぬべきことを完了の助動詞「ぬ」確述、推量の助動詞「べき」連体形。接続助詞「を」逆接、体言を受けて「なるを」の意を表し、--なのに、--であるのに。4.2.1
注釈364さらにさて過ぐしてむ源氏の心を叙述する。副詞「さらに」は打消の助動詞「ず」に係り、まったく--でない、意。4.2.1
注釈365いと忍びがたく主語は源氏。4.2.2
注釈366なほ誰れとなくて二条院に迎へてむ以下「いかなる契りにかはありけむ」まで、源氏の思い。「誰れとなくて」は二条院の人たちにこの女性がどのような素性の女であるかを知らせず、の意。完了の助動詞「て」未然形、確述+推量の助動詞「む」終止形、意志。強い意志を表す。4.2.2
注釈367さるべきにこそはそうなる前世からの宿縁だったのだ、の意。下に「あれ」(已然形)などの語が省略。4.2.2
注釈368いとかく人にしむことはなきを接続助詞「を」逆接を表す。4.2.2
注釈369いかなる契りにかはありけむ連語「かは」(係助詞「か」+係助詞「は」)疑問を表す、過去の助動詞「けむ」連体形、係結びの法則。4.2.2
注釈370思ほしよる「二条院に迎へてむ」ことを。4.2.2
注釈371いざいと心安き所にてのどかに聞こえむ源氏の詞。女を誘い出す。4.2.3
注釈372なほあやしう以下「こそあれ」まで、女の返事。この句を受ける述語がない。下に「おぼゆる」(連体中止法)などの語が省略。4.2.5
注釈373もの恐ろしくこそあれ係助詞「こそ」、「あれ」(已然形)、係結びの法則。4.2.5
注釈374いと若びて言へば子どもじみて言う。4.2.6
注釈375げにとほほ笑まれたまひて源氏が素性も教えず顔も見せないようにして連れ出そうとするのを、女が普通の扱いとは変だと言ったことに対して、もっともだと思う。4.2.6
注釈376げにいづれか狐なるらむな源氏の詞。相手の言葉を「なるほど」といったんは受け止める。しかし相手も素性も名前も明かしてくれない。同じだと考える。そこで「いづれか」となる。推量の助動詞「らむ」視界外推量、目前にしながら、さあどちらが化かすことで有名な狐なのでしょうね、と言う。終助詞「な」詠嘆の気持ちを表す。4.2.7
注釈377ただはかられたまへかし受身の助動詞「れ」連用形、終助詞「かし」念押しの意。4.2.7
注釈378さもありぬべく思ひたり副詞「さ」上の叙述を指示する。そのように、の意。連語「ぬべく」(完了の助動詞「ぬ」終止形、確述の意+推量の助動詞「べし」)当然の意を表す。4.2.8
注釈379世になく以下「あはれげなる人」まで、源氏の心。4.2.8
注釈380かの頭中将の常夏疑はしくあの頭中将が雨夜の品定めの折に語った常夏の花を詠んで贈ったという女ではないかの意。「常夏」は渾名になっている。4.2.8
注釈381語りし心ざま過去の助動詞「し」連体形。頭中将が語った、意。4.2.8
注釈382まづ思ひ出でられたまへど自発の助動詞「られ」連用形。接続助詞「ど」逆接の確定条件を表す。4.2.8
注釈383忍ぶるやうこそは係助詞「こそ」、下に「あれ」(已然形)などの語が省略、係結びの省略。4.2.8
注釈384気色ばみて夕顔の態度。4.2.9
注釈385かれがれに以下「あはれなるべけれ」まで、源氏の心。4.2.9
注釈386折こそはさやうに思ひ変ることもあらめ「さやうに」は「気色ばみてふと背き隠る」ことをさす。係助詞「こそ」は「あらめ」(已然形)に係る、係結の法則、下文に逆接で続く、逆接用法。4.2.9
注釈387心ながらもすこし移ろふことあらむこそあはれなるべけれ「心ながら」を源氏の「心ながら」と解す説と夕顔の「心ながら」と解す説とがある。『集成』は「(源氏は)わが心ながら、(こんなにいちずに溺れ込むのではなく)少し飽きでもきた方が、(女のひたむきな従順さに)いとしさがまさるであろうとまで思われた。夕顔の人柄をもっと味わい楽しみたい気持」と注す。『新大系』も「自分の心と言いながら少々心が外の女に移るようなことがことがあるとしたら気の毒であろうよ」と注す。一方、島津久基『源氏物語講話』は「いや自分勝手の妙な注文かも知れぬけれど、却って女の方でちょっとぐらいは移り気でも見せてくれる方が、張合があって、別の興味が湧くだろうに。あんまり素直過ぎて曲が無い、とさえ思ったりされるのであった」と訳す。『古典セレクション』も「我ながら(変なことを考えるようだが)、少しは女のほうでほかの男に心を移すようなようなことがあったほうがかえっていとしさが募るだろう。「移ろふ」を男の心ととる説もある」と注す。4.2.9
注釈388とさへ思しけり副助詞「さへ」添加の意を表す。4.2.9
注釈389八月十五夜中秋の名月の夜。以下、助詞を省略した表現法に留意。非散文的叙述。4.2.10
注釈390住まひのさまも珍しきに接続助詞「に」弱い逆接で下文に続ける。4.2.10
注釈391暁近くなりにけるなるべし語り手の時間の経過をいう挿入句。4.2.10
注釈392あはれいと寒しや隣の男の声。「寒し」はまだ秋の季節であるし次の言葉からも、ここは生業のうまくいかないこと、貧しいことの意であろう。4.2.11
注釈393今年こそ以下「聞きたまふや」まで、もう一人の男の声。係助詞「こそ」は「心細けれ」(已然形)に係る、係結びの法則。4.2.12
注釈394思ひかけねば打消の助動詞「ね」已然形+接続助詞「ば」順接の確定条件を表す。4.2.12
注釈395北殿こそ接尾語「こそ」呼び掛け。4.2.12
注釈396女いと恥づかしく思ひたり他人事ながらこのような界隈に身を置く自分を恥じたものであろう。4.2.14
注釈397艶だち気色ばまむ人は推量の助動詞「む」婉曲の意。『評釈』は「作者の批評の言葉であろうか」と注し、『完訳』は「語り手の一般的な感想に発して、「されど」以下の夕顔評へ転ずる」と注す。4.2.15
注釈398消えも入りぬべき係助詞「も」強調、連語「ぬべき」当然の意。4.2.15
注釈399さまなめりかし語り手の感想を交えた表現。「なめり」は断定の助動詞「なる」連体形の「る」が撥音便化しさらに無表記の形、推量の助動詞「めり」終止形、話者すなわち語り手の主観的推量を表す。終助詞「かし」念押し。4.2.15
注釈400思ひ入れたるさまならで夕顔の態度。前に「恥づかしく思ひたり」とあった。ここは、苦にする、ふさぎこむ、という意であろう。4.2.15
注釈401我がもてなしありさまは夕顔の態度。このような中にあっても気品を失わない態度。4.2.15
注釈402いかなる事とも聞き知りたるさまならねば下情に通じていない、ということは上流の人のさま。4.2.15
注釈403罪許されてぞ見えける源氏の感想。係助詞「ぞ」。過去の助動詞「ける」連体形、係結びの法則。4.2.15
注釈404鳴る神名詞。「鳴る」は前の「ごほごほ」を受け、掛け詞的に使用されている。4.2.16
注釈405枕上とおぼゆる格助詞「と」状態を指示して下へ続ける。--のように、--というふうに。「おぼゆる」連体形、連体中止法、余情・余韻を表す。4.2.16
注釈406あな耳かしかまし源氏の感想。「かしかまし」は清音。「姦 カシカマシ」(名義抄)「カシカマシイ」(日葡辞書)。第三音節が濁音化するのは近世以後のこと。4.2.16
注釈407いとあやしうめざましき音なひ源氏の心を叙述する。4.2.16
注釈408くだくだしきことのみ多かり語り手の批評。『岷江入楚』は「作者のかきのこしたるとなり」と指摘。『評釈』は「読み手たる女房は(中略)地声を出して、読み手個人の批評をさしはさむ」と注す。『集成』は「身分の高い読者に対して、下層の話題を提供したことを弁解する草子地」と注す。4.2.16
注釈409白妙の衣うつ砧の音以下、『和漢朗詠集』の「北斗の星の前に旅雁を横たふ 南楼の月の下に寒衣を擣つ」(巻上、秋)や『白氏文集』の「月は新霜の色を帯び 砧は遠雁の声に和す」(巻第六十六)を踏まえる。「白妙の」は「衣」の枕詞。したがって特に訳し出さなくともよい語。4.2.17
注釈410忍びがたきこと多かり秋の情趣。「大底四時は心惣べて苦(ねんごろ)なり 就中(このうち)腸の断ゆることは是れ秋の天なり」(白氏文集・和漢朗詠集)。4.2.17
注釈411かかる所も同じごときらめきたり前に「門は蔀のやうなる、押し上げたる、見入れのほどなく、ものはかなき住まひを、あはれに「何処かさして」と思ほしなせば、玉の台も同じことなり」(第一章一段)とあった。4.2.17
注釈412壁のなかの蟋蟀『礼記』月令の「季夏(中略)蟋蟀壁に居る」。出典の季節は「季夏」(六月)で「八月十五夜」(中秋)と異なるが、こおろぎの鳴く声が壁の内側から聞こえてくる、という趣。季節の推移とともに、夏の壁の外側(庭)で鳴いていたこおろぎがやがて季節が秋ともなると壁の内側(室内)で鳴くようになる、という変化が記されている。4.2.17
注釈413御心ざし一つの浅からぬによろづの罪許さるるなめりかし「なめり」は断定の助動詞「なる」連体形の「る」が撥音便化しさらに無表記の形+推量の助動詞「めり」終止形、話者すなわち語り手の主観的推量を表す。終助詞「かし」念押し。『岷江入楚』所引「三光院実枝説」は「なかなか」からを「草子地と見るべし又只も見るべし」とあり、『岷江入楚』(中院通勝)は「罪許さるる」以下を「草子地なり」と指摘する。4.2.17
注釈414白き袷薄色の以下、夕顔の服装の描写。当時、「薄色」といえば薄紫色をいった。「濃き色」といえば、濃い紫色または濃い紅色をいった。4.2.18
注釈415あな心苦し源氏の惑溺した感情。4.2.18
注釈416心ばみたる方をすこし添へたらば源氏の夕顔に対する誂えの気持ち。夕顔に気取った感じがもう少しあったら、の意。4.2.18
注釈417見まほしく思さるれば自発の助動詞「るれ」已然形+接続助詞「ば」順接の確定条件を表す。4.2.18
注釈418いざただこのわたり近き所に以下「いと苦しかりけり」まで、源氏の詞。夕顔を誘い出す。4.2.19
注釈419いと苦しかりけり過去の助動詞「けり」終止形、詠嘆の意。4.2.19
注釈420いかでか反語表現。下に「行かむ」などの語句が省略。4.2.20
注釈421にはかならむ推量の助動詞「む」終止形。4.2.20
注釈422言ひてゐたりワ上一動詞「ゐ」連用形、座っている。じっとしている。『古典セレクション』は「動こうともしない」と訳す。4.2.21
注釈423頼めたまふにタ下二動詞「頼め」連用形、頼りにさせる、期待させる、意。接続助詞「に」原因理由を表す。4.2.21
注釈424え憚りたまはで副詞「え」は打消の接続助詞「で」と呼応して不可能の意を表す。4.2.21
注釈425右近を召し出でて夕顔付きの女房。主語は源氏。4.2.21
注釈426随身を召させたまひて使役の助動詞「させ」連用形。右近をして随身を呼び出させる。4.2.21
注釈427御車引き入れさせたまふ使役の助動詞「させ」連用形。随身をして牛車を縁先に付けさせる。4.2.21
注釈428このある人びともこの家に居合わせた女房たち。4.2.21
注釈429おぼめかしながら形容詞「おぼめかし」。『岩波古語辞典』では「オボメキの形容詞形。状態・知識・記憶・態度などがはっきりしない、曖昧で判断がつけにくい意」という。4.2.21
注釈430御嶽精進にやあらむ吉野の金峰山に参籠するのに先立って行う精進潔斎。千日間行うという。断定の助動詞「に」連用形、係助詞「や」疑問、推量の助動詞「む」連体形。語り手が介入して推測。4.2.22
注釈431ぬかづくぞ聞こゆる係助詞「ぞ」「聞こゆる」連体形、係結びの法則。4.2.22
注釈432朝の露に異ならぬ世を、何を貧る身の祈りにか『白氏文集』巻二に「朝露貪名利 夕陽憂子孫<朝の露に名利を貪り夕の陽に子孫を憂ふ>」(秦中吟「不致仕」)を踏まえる。源氏の思い。この「夕顔」巻全体を支配する無常観の基調。4.2.22
注釈433南無当来導師「南無当来導師」は弥勒菩薩のこと。弥勒菩薩が出現して衆生を救う、という信仰。4.2.22
注釈434とぞ拝むなる係助詞「ぞ」、「拝む」終止形、伝聞推定の助動詞「なる」連体形、係結びの法則。4.2.22
注釈435かれ聞きたまへ以下「思はざりけり」まで、源氏の詞。4.2.23
注釈436あはれがりたまひて接尾語「がる」は、そのように感じる、そのように振る舞うの意。『古典セレクション』は「感慨をもよおされて」、『新大系』は「感銘を受けなさって」と訳す。4.2.23
注釈437優婆塞が行ふ道をしるべにて来む世も深き契り違ふな源氏の贈歌。優婆塞は在俗のまま仏道修業する人。隣の老人の御嶽精進の声を聞きながら詠んだ和歌。来世でも約束に背かないでください、と現世来世の二世を契った歌である。4.2.24
注釈438長生殿の古き例はゆゆしくて、翼を交さむとは引きかへて『白氏文集」巻十二に「七月七日長生殿 夜半無人私語時 在天願作比翼鳥 在地願為連理枝<七月七日長生殿に夜半に人無くして私語せし時天に在らば願はくは比翼の鳥作らむ地に在らば願はくは連理の枝為らむ>」(長恨歌)を踏まえる。しかし、楊貴妃は殺されたので、今はそれは不吉であるとする。4.2.26
注釈439弥勒の世をかねたまふ「かね」連用形、将来のことを心配する、未来のことを考える、意。弥勒菩薩は、釈迦入滅後、五十六億七千万年後に出現するという。その出現までの永い約束をする。4.2.26
注釈440行く先の御頼めいとこちたし語り手の評言。源氏の将来までの約束があまりに大袈裟だという、作者の弁解でもある。『首書源氏物語』は「長生殿の」から「地也」と指摘し、『湖月抄』は「行先の」から「地」と指摘する。いずれもいわゆる「草子地」であるとの指摘である。4.2.26
注釈441前の世の契り知らるる身の憂さに行く末かねて頼みがたさよ夕顔の返歌。わが身の不運を前世からの因縁だと嘆き、したがってとても来世までは信頼できないとする歌。4.2.27
注釈442かやうの筋などもさるは心もとなかめり接続詞「さるは」補足的説明をする。実のところ、それというのは、の意。「なかめり」は形容詞「心もとなかる」連体形の「る」が撥音便化しさらに無表記の形+推量の助動詞「めり」終止形、主観的推量。語り手の推量。『古典セレクション』は「夕顔の歌を受けつつ、しかし実際のところは頼りなさそうだ、と語り手の感想を述べる」と注す。4.2.29
出典6 壁のなかの蟋蟀だに 季夏之月---蟋蟀居壁 礼記-月令 4.2.17
出典7 朝の露に異ならぬ世を、何を貧る身の祈りにか 朝露貪名利 夕陽憂子孫 白氏文集二-七九 不致仕 4.2.22
出典8 長生殿の古き例は 七月七日長生殿 夜半無人私語時 白氏文集十二-五九六 長恨歌 4.2.26
出典9 翼を交さむとは 在天願作比翼鳥 在地願為連理枝 白氏文集十二-五九六 長恨歌 4.2.26
校訂14 思されず 思されず--おほされすと(と/$<朱>) 4.2.1
校訂15 隠る 隠る--かへ(へ/$く<朱>)る 4.2.9
校訂16 呉竹 呉竹--くれ(れ/+竹<朱>) 4.2.17
校訂17 いかでか いかでか--いかて(て/+か<朱>) 4.2.20
4.3
第三段 なにがしの院に移る


4-3  They remove to Nanigasi-no-in

4.3.1   いさよふ月に、ゆくりなくあくがれむことを、女は思ひやすらひ、 とかくのたまふほど、 にはかに雲隠れて、明け行く空いとをかし。はしたなきほどにならぬ先にと、 例の急ぎ出でたまひて、軽らかに うち乗せたまへれば右近ぞ乗りぬる
 ためらっている月のように、出し抜けに行く先も分からず出かけることを、女は躊躇し、いろいろと説得なさるうちに、急に雲に隠れて、明け行く空は実に美しい。体裁の悪くなる前にと、いつものように急いでお出になって、軽々とお乗せになったので、右近が乗った。
 月夜に出れば月に誘惑されて行って帰らないことがあるということを思って出かけるのを躊躇する夕顔に、源氏はいろいろに言って同行を勧めているうちに月もはいってしまって東の空の白む秋のしののめが始まってきた。
 人目を引かぬ間にと思って源氏は出かけるのを急いだ。女のからだを源氏が軽々と抱いて車に乗せ右近が同乗したのであった。
  Isayohu tuki ni, yukurinaku akugare m koto wo, Womna ha omohi yasurahi, tokaku notamahu hodo, nihaka ni kumo-gakure te, ake-yuku sora ito wokasi. Hasitanaki hodo ni nara nu saki ni to, rei no isogi-ide tamahi te, karoraka ni uti nose tamahe re ba, Ukon zo nori nuru.
4.3.2   そのわたり近きなにがしの院におはしまし着きて、 預り召し出づるほど、荒れたる門の忍ぶ草茂りて 見上げられたる、たとしへなく木暗し。霧も深く、 露けきに、簾をさへ上げたまへれば、 御袖もいたく濡れにけり
 その辺りに近い某院にお着きあそばして、管理人をお呼び出しになる間、荒れた門の忍草が生い茂っていて見上げられるのが、譬えようなく木暗い。霧も深く、露っぽいところに、簾までを上げていらっしゃるので、お袖もひどく濡れてしまった。
 五条に近い帝室の後院である某院へ着いた。呼び出した院の預かり役の出て来るまで留めてある車から、忍ぶ草の生い茂った門の廂が見上げられた。たくさんにある大木が暗さを作っているのである。霧も深く降っていて空気の湿っぽいのに車の簾を上げさせてあったから源氏の袖もそのうちべったりと濡れてしまった。
  Sono watari tikaki Nanigasi-no-win ni ohasimasi tuki te, adukari mesi-iduru hodo, are taru kado no sinobugusa sigeri te mi-age rare taru, tatosihe-naku kogurasi. Kiri mo hukaku, tuyukeki ni, sudare wo sahe age tamahe re ba, ohom-sode mo itaku nure ni keri.
4.3.3  「 まだかやうなることを 慣らはざりつるを心尽くしなることにもありけるかな
 「まだこのようなことを経験しなかったが、いろいろと気をもむことであるなあ。
 「私にははじめての経験だが妙に不安なものだ。
  "Mada kayau naru koto wo naraha zari turu wo, kokoro-dukusi naru koto ni mo ari keru kana!
4.3.4    いにしへもかくやは人の惑ひけむ
  昔の人もこのように恋の道に迷ったのだろうか
  いにしへもかくやは人の惑ひけん
    Inisihe mo kaku ya ha hito no madohi kem
4.3.5   我がまだ知らぬしののめの道
  わたしには経験したことのない明け方の道だ
  わがまだしらぬしののめの道
    waga mada sira nu sinonome no miti
4.3.6   慣らひたまへりや
 ご経験なさいましたか」
 前にこんなことがありましたか」
  Narahi tamahe ri ya?"
4.3.7  とのたまふ。 女、恥ぢらひて
 とおっしゃる。女は、恥ずかしがって、
と聞かれて女は恥ずかしそうだった。
  to notamahu. Womna, hadirahi te,
4.3.8  「 山の端の心も知らで行く月は
 「山の端をどこと知らないで随って行く月は
 「山の端の心も知らず行く月は
    "Yama no ha no kokoro mo sira de yuku tuki ha
4.3.9   うはの空にて影や絶えなむ
  途中で光が消えてしまうのではないでしょうか
  上の空にて影や消えなん
    uha-no-sora nite kage ya taye na m
4.3.10   心細く
 心細くて」
 心細うございます、私は」
  Kokoro-bosoku."
4.3.11  とて、もの恐ろしうすごげに思ひたれば、「 かのさし集ひたる住まひの慣らひならむ」と、をかしく思す。
 と言って、何となく怖がって気味悪そうに思っているので、「あの建て込んでいる小家に住み慣れているからだろう」と、おもしろくお思いになる。
 凄さに女がおびえてもいるように見えるのを、源氏はあの小さい家におおぜい住んでいた人なのだから道理であると思っておかしかった。
  tote, mono-osorosiu sugoge ni omohi tare ba, "Kano sasi-tudohi taru sumahi no narahi nara m" to, wokasiku obosu.
4.3.12   御車入れさせて、西の対に御座などよそふほど、 高欄に御車ひきかけて立ちたまへり。右近、 艶なる心地 して、 来し方のことなども、人知れず思ひ出でけり預りいみじく経営しありく気色にこの御ありさま知りはてぬ
 お車を入れさせて、西の対にご座所などを準備する間、高欄に轅を掛けて待っていらっしゃる。右近は、心浮き立つ優美な心地がして、過去のことなども、一人思い出すのであった。管理人が一生懸命奔走している様子から、このご様子をすっかり知った。
 門内へ車を入れさせて、西の対に仕度をさせている間、高欄に車の柄を引っかけて源氏らは庭にいた。右近は艶な情趣を味わいながら女主人の過去の恋愛時代のある場面なども思い出されるのであった。預かり役がみずから出てする客人の扱いが丁寧きわまるものであることから、右近にはこの風流男の何者であるかがわかった。
  Mi-kuruma ire sase te, nisi-no-tai ni o-masi nado yosohu hodo, kauran ni mi-kuruma hiki-kake te tati tamahe ri. Ukon, en naru kokoti si te, kisi-kata no koto nado mo, hito sire zu omohi-ide keri. Adukari imiziku keimei-si ariku kesiki ni, kono ohom-arisama siri-hate nu.
4.3.13   ほのぼのと物見ゆるほどに、下りたまひぬめりかりそめなれど、清げにしつらひたり
 ほのかに物が見えるころに、お下りになったようである。仮ごしらえだが、こざっぱりと設けてある。
 物の形がほのぼの見えるころに家へはいった。
にわかな仕度ではあったが体裁よく座敷がこしらえてあった。
  Hono-bono to mono miyuru hodo ni, ori tamahi nu meri. Karisome nare do, kiyoge ni siturahi tari.
4.3.14  「 御供に人も さぶらはざりけり。不便なるわざかな」とて、むつましき下家司にて、 殿にも仕うまつる者なりければ、 参りよりて、「 さるべき人召すべきにや」など、 申さすれど
 「お供にどなたもお仕えいたしておりませんな。不都合なことですな」と言って、親しい下家司で、大殿にも仕えている者だったので、参り寄って、「適当な人を、お呼びなさるべきではありませんか」などと、申し上げさせるが、
 「だれというほどの人がお供しておらないなどとは、どうもいやはや」 などといって預かり役は始終出入りする源氏の下家司でもあったから、座敷の近くへ来て右近に、
 「御家司をどなたかお呼び寄せしたものでございましょうか」
 と取り次がせた。
  "Ohom-tomo ni hito mo saburaha zari keri. Hubin naru waza kana!" tote, mutumasiki simo-geisi nite, Tono ni mo tukau-maturu mono nari kere ba, mawiri-yori te, "Saru-beki hito mesu beki ni ya?" nado, mausa sure do,
4.3.15  「 ことさらに人来まじき隠れ家求めたる なりさらに心よりほかに漏らすな」と 口がためさせたまふ
 「特に人の来ないような隠れ家を求めたのだ。決して他人には言うな」と口封じさせなさる。
 「わざわざだれにもわからない場所にここを選んだのだから、おまえ以外の者にはすべて秘密にしておいてくれ」
 と源氏は口留めをした。
  "Kotosarani hito ku maziki kakurega motome taru nari. Sarani kokoro yori hoka ni morasu na." to kuti-gatame sase tamahu.
4.3.16   御粥など急ぎ参らせたれど、取り次ぐ御まかなひうち合はず。まだ知らぬことなる御旅寝に、 息長川」と契りたまふことよりほかのことなし。
 お粥などを準備して差し上げたが、取り次ぐお給仕が揃わない。まだ経験のないご外泊に、「鳰鳥の息長川」よりもいついつまでもとお約束なさること以外ない。
 さっそくに調えられた粥などが出た。給仕も食器も間に合わせを忍ぶよりほかはない。こんな経験を持たぬ源氏は、一切を切り放して気にかけぬこととして、恋人とはばからず語り合う愉楽に酔おうとした。
  Ohom-kayu nado isogi mawira se tare do, toritugu ohom-makanahi uti-aha zu. Mada sira nu koto naru ohom-tabine ni, "Okinaga-kaha" to tigiri tamahu koto yori hoka no koto nasi.
4.3.17   日たくるほどに起きたまひて、格子手づから上げたまふ。 いといたく荒れて、人目もなくはるばると見渡されて、木立いとうとましくものふりたり。け近き草木などは、ことに見所なく、みな 秋の野ら にて、池も水草に埋もれたれば、 いとけうとげになりにける所かな 別納の方にぞ、曹司などして、 人住むべかめれど、こなたは離れたり。
 日が高くなったころにお起きになって、格子を自らお上げになる。とてもひどく荒れて、人影もなく広々と見渡されて、木立がとても気味悪く鬱蒼と古びている。側近くの草木などは、格別見所もなく、すっかり秋の野原となって、池も水草に埋もれているので、まことに恐ろしくなってしまった所であるよ。別納の方に、部屋などを設えて、人が住んでいるようだが、こちらは離れている。
 源氏は昼ごろに起きて格子を自身で上げた。非常に荒れていて、人影などは見えずにはるばると遠くまでが見渡される。向こうのほうの木立ちは気味悪く古い大木に皆なっていた。近い値え込みの草や灌木などには美しい姿もない。秋の荒野の景色になっている。池も水草でうずめられた凄いものである。別れた棟のほうに部屋などを持って預かり役は住むらしいが、そことこことはよほど離れている。
  Hi takuru hodo ni oki tamahi te, kausi tedukara age tamahu. Ito itaku are te, hitome mo naku haru-baru to mi-watasa re te, kodati ito utomasiku mono-huri tari. Ke-dikaki kusaki nado ha, koto ni mi-dokoro naku, mina aki no nora ni te, ike mo mikusa ni udumore tare ba, ito keutoge ni nari ni keru tokoro kana! Betinahu no kata ni zo, zausi nado si te, hito sumu beka' mere do, konata ha hanare tari.
4.3.18  「 けうとくもなりにける所かな 。さりとも、 鬼なども 我をば見許してむ」とのたまふ。
 「気味悪そうになってしまった所だね。いくら何でも、鬼などもわたしならきっと見逃すだろう」とおっしゃる。
 「気味悪い家になっている。でも鬼なんかだって私だけはどうともしなかろう」
と源氏は言った。
  "Keutoku mo nari ni keru tokoro kana! Sari-tomo, oni nado mo ware wo ba mi-yurusi te m." to notamahu.
4.3.19   顔はなほ隠したまへれど、女のいとつらしと思へれば、「 げに、かばかりにて隔てあらむも、 ことのさまに違ひたり」と思して、
 お顔は依然として隠していらっしゃるが、女がとても辛いと思っているので、「なるほど、これ程深い仲になって隠しているようなのも、男女のあるべきさまと違っている」とお思いになって、
 まだこの時までは顔を隠していたが、この態度を女が恨めしがっているのを知って、何たる錯誤だ、不都合なのは自分である、こんなに愛していながらと気がついた、
  Kaho ha naho kakusi tamahe re do, Womna no ito turasi to omohe re ba, "Geni, kabakari ni te hedate ara m mo, koto-no-sama ni tagahi tari" to obosi te,
4.3.20  「 夕露に紐とく花は玉鉾の
 「夕べの露を待って花開いて顔をお見せするのは
 「夕露にひもとく花は玉鉾の
    "Yuhu-tuyu ni himo toku hana ha tamaboko no
4.3.21   たよりに見えし縁にこそありけれ
  道で出逢った縁からなのですよ
  たよりに見えし縁こそありけれ
    tayori ni miye si e' ni koso ari kere
4.3.22   露の光やいかに
 露の光はどうですか」
 あなたの心あてにそれかと思うと言った時の人の顔を近くに見て幻滅が起こりませんか」
  Tuyu no hikari ya ikani?"
4.3.23  とのたまへば、 後目に見おこせて
 とおっしゃると、流し目に見やって、
 と言う源氏の君を後目に女は見上げて、
  to notamahe ba, sirime ni mi-okose te,
4.3.24  「 光ありと見し夕顔のうは露は
 「光輝いていると見ました夕顔の上露は
  光ありと見し夕顔のうは露は
    "Hikari ari to mi si yuhugaho no uha-tuyu ha
4.3.25   たそかれ時のそら目なりけり
  たそがれ時の見間違いでした
  黄昏時のそら目なりけり
    tasokare-doki no sorame nari keri
4.3.26  とほのかに言ふ。をかしと 思しなすげにうちとけたまへるさま、世になく、所から、まいて ゆゆしきまで見えたまふ
 とかすかに言う。おもしろいとお思いになる。なるほど、うちとけていらっしゃるご様子は、またとなく、場所が場所ゆえ、いっそう不吉なまでにお美しくお見えになる。
 と言った。冗談までも言う気になったのが源氏にはうれしかった。打ち解けた瞬間から源氏の美はあたりに放散した。古くさく荒れた家との対照はまして魅惑的だった。
  to honoka ni ihu. Wokasi to obosi-nasu. Geni, utitoke tamahe ru sama, yo ni naku, tokoro-kara, maite yuyusiki made miye tamahu.
4.3.27  「 尽きせず隔てたまへるつらさに、あらはさじと 思ひつるものを。今だに名のりしたまへ。いとむくつけし」
 「いつまでも隠していらっしゃる辛さに、顕すまいと思っていたが。せめて今からでもお名乗り下さい。とても気味が悪い」
 「いつまでも真実のことを打ちあけてくれないのが恨めしくって、私もだれであるかを隠し通したのだが、負けた。もういいでしょう、名を言ってください、人間離れがあまりしすぎます」
  "Tukise zu hedate tamahe ru turasa ni, arahasa zi to omohi turu mono wo. Ima dani nanori si tamahe. Ito mukutukesi."
4.3.28  とのたまへど、 海人の子なれば」とて、 さすがにうちとけぬさま、いと あいだれたり
 とおっしゃるが、「海人の子なので」と言って、依然としてうちとけない態度は、とても甘え過ぎている。
 と源氏が言っても、
 「家も何もない女ですもの」
 と言ってそこまではまだ打ち解けぬ様子も美しく感ぜられた。
  to notamahe do, "Ama no ko nare ba." tote, sasuga ni uti-toke nu sama, ito aidare tari.
4.3.29  「 よし、これも我からなめり 」と、 怨みかつは語らひ、暮らしたまふ
 「それでは、これも『われから』のようだ」と、怨みまた一方では睦まじく語り合いながら、一日お過ごしになる。
 「しかたがない。私が悪いのだから」
 と怨んでみたり、永久の恋の誓いをし合ったりして時を送った。
  "Yosi, kore mo ware-kara na' meri." to, urami katu ha katarahi, kurasi tamahu.
4.3.30  惟光、尋ねきこえて、 御くだものなど参らす。右近が言はむこと、さすがにいとほしければ、近くも えさぶらひ寄らず。「 かくまでたどり歩きたまふ、をかしう、 さもありぬべきありさまにこそは」と推し量るにも、「 我がいとよく思ひ寄りぬべかりしことを、譲りきこえて、心ひろさよ」など、 めざましう思ひをる
 惟光が、お探し申して、お菓子などを差し上げさせる。右近が文句言うことは、やはり気の毒なので、お側に伺候することもできない。「こんなにまでご執心でいられるのは、魅力的で、きっとそうに違いない様子なのだろう」と推量するにつけても、「自分がうまく言い寄ろうと思えばできたのを、お譲り申して、なんと寛大なことよ」などと、失敬なことを考えている。
 惟光が源氏の居所を突きとめてきて、用意してきた菓子などを座敷へ持たせてよこした。これまで白ばくれていた態度を右近に恨まれるのがつらくて、近い所へは顔を見せない。惟光は源氏が人騒がせに居所を不明にして、一日を犠牲にするまで熱心になりうる相手の女は、それに価する者であるらしいと想像をして、当然自己のものになしうるはずの人を主君にゆずった自分は広量なものだと嫉妬に似た心で自嘲もし、羨望もしていた。
  Koremitu, tadune kikoye te, ohom-kudamono nado mawira su. Ukon ga iha m koto, sasuga ni itohosikere ba, tikaku mo e saburahi yora zu. "Kaku made tadori-ariki tamahu, wokasiu, sa mo ari nu beki arisama ni koso ha." to osihakaru ni mo, "Waga ito yoku omohi-yori nu bekari si koto wo, yuduri kikoye te, kokoro hirosa yo!" nado, mezamasiu omohi woru.
4.3.31   たとしへなく静かなる夕べの空を眺めたまひて、奥の方は暗うものむつかしと、女は思ひたれば、端の簾を上げて、添ひ臥したまへり。夕映えを見交はして、女も、かかるありさまを、思ひのほかにあやしき心地はしながら、よろづの嘆き忘れて、すこしうちとけゆく気色、いとらうたし。 つと御かたはらに 添ひ暮らして、物をいと恐ろしと思ひたるさま、若う心苦し。格子とく下ろしたまひて、大殿油参らせて、「 名残りなくなりにたる御ありさまにて、なほ心のうちの隔て残したまへるなむつらき」と、恨みたまふ。
 譬えようもなく静かな夕方の空をお眺めになって、奥の方は暗く何となく気味が悪いと、女は思っているので、端の簾を上げて、添い臥していらっしゃる。夕映えのお顔を互いに見交わして、女も、このような出来事を、意外に不思議な気持ちがする一方で、すべての嘆きを忘れて、少しずつ打ち解けていく様子は、実にかわいい。ぴったりとお側に一日中添ったままで、何かをとても怖がっている様子は、子供っぽくいじらしい。格子を早くお下ろしになって、大殿油を点灯させて、「すっかり深い仲となったご様子でいて、依然として心の中に隠し事をなさっているのが辛い」と、お恨みになる。
 静かな静かな夕方の空をながめていて、奥のほうは暗くて気味が悪いと夕顔が思うふうなので、縁の簾を上げて夕映えの雲をいっしょに見て、女も源氏とただ二人で暮らしえた一日に、まだまったく落ち着かぬ恋の境地とはいえ、過去に知らない満足が得られたらしく、少しずつ打ち解けた様子が可憐であった。じっと源氏のそばへ寄って、この場所がこわくてならぬふうであるのがいかにも若々しい。格子を早くおろして灯をつけさせてからも、
 「私のほうにはもう何も秘密が残っていないのに、あなたはまだそうでないのだからいけない」
 などと源氏は恨みを言っていた。
  Tatosie-naku siduka naru yuhube no sora wo nagame tamahi te, oku no kata ha, kurau mono-mutukasi to, Womna ha omohi tare ba, hasi no sudare wo age te, sohi-husi tamahe ri. Yuhu-bahe wo mi-kahasi te, Womna mo, kakaru arisama wo, omohi no hoka ni ayasiki kokoti ha si nagara, yorodu no nageki wasure te, sukosi utitoke yuku kesiki, ito rautasi. Tuto ohom-katahara ni sohi-kurasi te, mono wo ito osorosi to omohi taru sama, wakau kokoro-gurusi. Kausi toku orosi tamahi te, ohotonabura mawira se te, "Nagori naku nari ni taru ohom-arisama ni te, naho kokoro no uti no hedate nokosi tamahe ru nam turaki." to, urami tamahu.
4.3.32  「 内裏に、いかに求めさせたまふらむをいづこに尋ぬらむ」と、思しやりて、かつは、「 あやしの心や六条わたりにもいかに思ひ乱れたまふらむ恨みられむに、苦しう、ことわりなり」と、いとほしき筋は、まづ思ひきこえたまふ。何心もなきさしむかひを、あはれと思すままに、「 あまり心深く、見る人も苦しき御ありさまを、すこし取り捨てばや」と、 思ひ比べられたまひける
 「主上には、どんなにかお探しあそばしているだろうから、人々はどこを探しているだろうか」と、思いをおはせになって、また一方では、「不思議な気持ちだ。六条辺りでも、どんなにお思い悩んでいらっしゃることだろう。怨まれることも、辛いことだし、もっともなことだ」と、おいたわしい方としては、まっさきにお思い出し申し上げなさる。無心に向かい合って座っているのを、かわいいとお思いになるにつれて、「あまり思慮深く、対座する者までが息が詰るようなご様子を、少し取り除きたいものだ」と、ついご比較されるのであった。
 陛下はきっと今日も自分をお召しになったに違いないが、捜す人たちはどう見当をつけてどこへ行っているだろう、などと想像をしながらも、これほどまでにこの女を溺愛している自分を源氏は不思議に思った。六条の貴女もどんなに煩悶をしていることだろう、恨まれるのは苦しいが恨むのは道理であると、恋人のことはこんな時にもまず気にかかった。無邪気に男を信じていっしょにいる女に愛を感じるとともに、あまりにまで高い自尊心にみずから煩わされている六条の貴女が思われて、少しその点を取り捨てたならと、眼前の人に比べて源氏は思うのであった。
  "Uti ni, ika ni motome sase tamahu ram wo, iduko ni tadunu ram." to, obosi-yari te, katu ha, "Ayasi no kokoro ya! Rokudeu watari ni mo, ika ni omohi-midare tamahu ram? Urami rare m ni, kurusiu, kotowari nari." to, itohosiki sudi ha, madu omohi kikoye tamahu. Nanigokoro-mo-naki sasi-mukahi wo, ahare to obosu mama ni, "Amari kokoro hukaku, miru hito mo kurusiki ohom-arisama wo, sukosi tori-sute baya" to, omohi kurabe rare tamahi keru.
注釈443いさよふ月に山の端に入りそうでなかなか入らない月。時刻の経過を表す。『評釈』は「たゆとう月とともに」と訳す。『新大系』は「(山の端に)入りかねる月(に誘われるよう)に」と注す。格助詞「に」のように。下文の「思ひやすらひ」に係る。4.3.1
注釈444とかくのたまふ主語は源氏。あれこれと説得なさる。4.3.1
注釈445にはかに雲隠れて明け行く空いとをかし月が急に雲に隠れたかと思うと、東の空が明けて行くのがとても美しい。明けて十六日の朝となる。4.3.1
注釈446例の急ぎ出でたまひて六条の貴婦人の邸から帰る折とは対照的。4.3.1
注釈447うち乗せたまへれば完了の助動詞「れ」已然形、完了の意。源氏が夕顔を車に乗せてしまったので、というニュアンス。4.3.1
注釈448右近ぞ乗りぬる係助詞「ぞ」「乗る」連体形、係結びの法則。誰が同乗するかといえば、右近が乗ったのだ、というニュアンス。4.3.1
注釈449そのわたり近きなにがしの院に五条から近い某の院。古来、源融の河原院が想定されている。「院」という呼称の邸と建物は皇室の御領。4.3.2
注釈450預り某院の管理人。4.3.2
注釈451見上げられたる完了の助動詞「たる」連体形、存続の意。主格となって下文に続く。4.3.2
注釈452露けきに形容詞「露けき」連体形、接続助詞「に」順接を表す。4.3.2
注釈453御袖もいたく濡れにけり牛車の簾を上げ、袖を外に出していたので草露に濡れた。4.3.2
注釈454まだかやうなることを以下「慣らひたまへりや」まで、源氏の詞。4.3.3
注釈455慣らはざりつるを完了の助動詞「つる」連体形、接続助詞「を」逆接的な意を表す。4.3.3
注釈456心尽くしなることにもありけるかな断定の助動詞「なる」連体形、格助詞「に」動作の対象、係助詞「も」強調の意、過去の助動詞「ける」詠嘆の意、終助詞「かな」詠嘆の意を表す。4.3.3
注釈457いにしへもかくやは人の惑ひけむ我がまだ知らぬしののめの道源氏の贈歌。副詞「かく」は「惑ひけむ」に係る。係助詞「やは」疑問の意を表す。過去推量の助動詞「けむ」連体形。昔の人もこのように恋の道に迷ったのだろうか、わたしには初めての経験だという歌。『新大系』は「「人」は頭中将を暗示して言う」と注す。4.3.4
注釈458慣らひたまへりや尊敬の補助動詞「たまへ」已然形、完了の助動詞「り」終止形、係助詞「や」疑問の意を表す。4.3.6
注釈459女恥ぢらひて「女」は恋の場面の呼称。自ハ四「恥ぢらひ」連用形。4.3.7
注釈460山の端の心も知らで行く月はうはの空にて影や絶えなむ夕顔の返歌。係助詞「や」疑問、完了の助動詞「な」未然形、推量の助動詞「む」連体形。「山の端の心」を源氏の心、「月」を自分に喩える。不安な気持ちを表明した歌。4.3.8
注釈461心細く歌に添えた言葉。「心細く」連用中止法、余情を表す。4.3.10
注釈462かのさし集ひたる住まひの慣らひならむ断定の助動詞「なら」未然形、推量の助動詞「む」終止形。夕顔は今まで狭く立て込んだ小家に住み慣れているためだろうという、源氏の推察。4.3.11
注釈463御車入れさせて某院の中門内に。使役の助動詞「させ」連用形。某院の人をして、の意。4.3.12
注釈464高欄に御車ひきかけて立ちたまへり牛車から牛を外して、轅(ながえ)を高欄に掛けた形で、源氏一行は車の中で準備の整うまで待つ。4.3.12
注釈465艶なる心地大島本「ゑんある心ち」とある。「縁ある心地」ではあるまい。諸本に従って「艶なる心地」と改める。『集成』は「はなやいだ気分になって」と解し、『完訳』は「傍観者ながら、浮き立つ気持」と解す。4.3.12
注釈466来し方のことなども人知れず思ひ出でけりかつて主人の夕顔のもとに頭中将が通ってきたころのこと。4.3.12
注釈467預りいみじく経営しありく気色に院の管理人が一生懸命に準備に奔走する様子。4.3.12
注釈468この御ありさま知りはてぬこの男君の身分を皇室関係の方だと知った。『集成』は「皇室御領の院を自由に使い、管理人が懸命にご接待するのを見て、源氏だとはっきり分った」と注す。4.3.12
注釈469ほのぼのと物見ゆるほどに下りたまひぬめり完了の助動詞「ぬ」終止形、完了の意。推量の助動詞「めり」主観的推量。語り手の視点である。同じく十六日の朝、物の形がほのぼのと見える時刻である。4.3.13
注釈470かりそめなれど清げにしつらひたり仮ごしらえの御座所。4.3.13
注釈471御供に以下「不便なるわざかな」まで、管理人の詞。4.3.14
注釈472さぶらはざりけり過去の助動詞「けり」詠嘆、気付いて驚きを表す。4.3.14
注釈473殿にも仕うまつる者『集成』は「二条の院にも仕えている者」と解し、『古典セレクション』『新大系』は「左大臣(葵の上の父)家」と解す。4.3.14
注釈474参りよりて簀子または廂間まで、長押の外であろう。源氏は母屋の中、御帳台にいる。4.3.14
注釈475さるべき人召すべきにや管理人の詞。断定の助動詞「に」連用形、係助詞「や」疑問の意。4.3.14
注釈476申さすれど使役の助動詞「すれ」已然形。管理人が右近をして申し上げさせるが、の意。4.3.14
注釈477ことさらに以下「漏らすな」まで、源氏の詞。4.3.15
注釈478さらに心よりほかに漏らすな副詞「さらに」は下に打消しの語を伴って、全然、決しての意。終助詞「な」禁止の意。4.3.15
注釈479口がためさせたまふ使役の助動詞「させ」。右近をして管理人に言わせる。4.3.15
注釈480御粥朝食である。『新大系』は「ご飯。固粥(かたかゆ)であろう」と注す。4.3.16
注釈481息長川『奥入』は「鳰鳥の息長川は絶えぬとも君に語らふこと尽きめやも」(古今六帖第三 鳰 一四九九)を指摘する。いついつまでもの意。4.3.16
注釈482日たくるほどに起きたまひて源氏は、朝粥を摂った後、いったん眠って、日が高くなったころに起きた。4.3.17
注釈483いといたく荒れて以下、源氏の目を通して語る。4.3.17
注釈484秋の野ら御物本と大島本は「ら」を補入。横山本、榊原家本、池田本は「秋のゝ」とある。なお、別本の陽明文庫本は「あきのゝへ」とある。『異本紫明抄』は「里は荒れて人はふりにし宿なれや庭も籬も秋の野らなる」(古今集 秋上 二四八 僧正遍昭)を指摘する。4.3.17
注釈485いとけうとげになりにける所かな以下「離れたり」まで、源氏の心中を語る。しかし、終わりは地の文になっている。終助詞「かな」詠嘆は、源氏の感想。『集成』は「格子を上げて、外を見渡している源氏の視線を追って、木立や前栽の様を叙べてきたので、源氏の心中の感想が、そのまま地の文になっているのであろう。あとに、ほとんど同文が源氏の言葉として出る」と注す。『完訳』は「ほぼ同文が次行に重出。不審」と注す。『新大系』は「源氏の心内である。すぐあとに会話文でも繰り返される」と注す。4.3.17
注釈486別納の方にぞ別納は母屋などから離れた雑舎などの建物。4.3.17
注釈487人住むべかめれど「べかめれ」は推量の助動詞「べかる」の「る」が撥音便化しさらに無表記形+推量の助動詞「めれ」已然形、主観的推量。源氏の判断と推測。4.3.17
注釈488けうとくもなりにける所かな以下「見許してむ」まで、源氏の詞。夕顔に向かって言ったものであろう。4.3.18
注釈489鬼なども『新大系』は「死者の霊魂など超自然的な存在で、人に危害を加えることがある。気味悪さを打ち消すために言ってみる源氏の言葉はかえって屋敷に棲息する鬼を呼び起こすことになる危険を伴う」と注す。4.3.18
注釈490我をば見許してむ完了の助動詞「て」連用形、確述の意。推量の助動詞「む」終止形。4.3.18
注釈491顔はなほ隠したまへれど袖で顔を隠している。4.3.19
注釈492げにかばかりにて以下「違ひたり」まで、源氏の心。4.3.19
注釈493ことのさまに違ひたり恋の成就した男女のあるべきさまと違っている。4.3.19
注釈494夕露に紐とく花は玉鉾のたよりに見えし縁にこそありけれ源氏の贈歌。「夕露に」というが、まだ夕方にはなっていない。「夕顔」の花の縁で、こう詠みだ出す。「紐とく花」は花が開く意と顔を見せる意を込める。自分が今顔を見せる意。「玉鉾の」は「道」に係る枕詞。ここでは「道」の意で使う。今、わたしがこうして顔を見せるのは、五条大路で出会った縁によるのですよ、の意。源氏は初めて、歌言葉を多用する。『新大系』は「夕べの露を待って開く花は花のかんばせは、あの道すがらにあなたによって見られたご縁であったことよ。(中略)あの夕べに見られた顔はわたし(源氏)であったと明かす」と注す。一方『古典セレクション』は「「夕露」は源氏。「花」は女。「紐とく」は下紐を解いて契りを交すの意で、二人が深い仲となったのは、五条の宿の通りすがりに見かけた奇縁によるのだ、の意」と注す。両義解釈可能である。4.3.20
注釈495露の光やいかに歌に添えた源氏の言葉。「露の光」は源氏の顔をいう。前に女の歌に「白露の光」の語句を受けてこう言う。自分で自分の顔を「光」と褒めた言い方するのは戯れた言い方。また「光」の語に「光る源氏」であることを名乗ってもいる。4.3.22
注釈496後目に見おこせて夕顔は流し目にこちらを見て。色っぽさが含まれていよう。4.3.23
注釈497光ありと見し夕顔のうは露はたそかれ時のそら目なりけり「夕顔のうは露」は源氏の顔をいう。素晴らしいと思ったのは夕暮時の見間違いで、たいしたことありませんよという意。切り返して答えた歌。『評釈』は「あれは間違い、そんな光るなんて、と甘えて、うちけす」と解す。『新大系』では「比較を絶する美しさである、というメッセージにもなろう」と注す。『古典セレクション』では「さほどとは思えないと、わざと本心とは逆のことを言って戯れる媚態。前の扇の歌と同じく、機知に富み、夕顔の感性、才気が見える」と評す。4.3.24
注釈498思しなす「なす」は、源氏が夕顔の返事をことさらおもしろいと思い込むというニュアンス。4.3.26
注釈499げに「げに」は語り手の同意。以下「見えたまふ」まで、語り手の感想を交えた表現。4.3.26
注釈500うちとけたまへるさま源氏の態度。尊敬の補助動詞「たまへ」已然形、完了の助動詞「る」連体形、存続の意。4.3.26
注釈501ゆゆしきまで見えたまふ源氏の不吉なまでに美しい姿態。4.3.26
注釈502尽きせず隔てたまへるつらさに以下「いとむくつけし」まで、源氏の詞。サ変動詞「尽きせ」未然形。4.3.27
注釈503思ひつるものを接続助詞「を」逆接を表す。4.3.27
注釈504海人の子なれば『異本紫明抄』は「白浪の寄する渚に世を過ぐす海人の子なれば宿も定めず」(和漢朗詠集下 遊女 七二二)を指摘する。卑しい身分なので、名乗るほどでもありませんの意。4.3.28
注釈505さすがにうちとけぬさま形容動詞「さすがに」連用形、上の事柄と食い違うさま、矛盾するさま。そうはいうものの、それとは違う様子だ、の意。打消の助動詞「ぬ」連体形。『新大系』「(名のるとまでは)さすがにうちとけない」と注す。4.3.28
注釈506あいだれたり『集成』は「甘えている」と解し、『完訳』は「なよやかに色っぽい様子」と解す。4.3.28
注釈507よしこれも我からなめり源氏の詞。「海人」に因んで「われから」(海草にすむ虫)という語を用いる。『源氏釈』は「海人の刈る藻にすむ虫のわれからと音にこそ泣かめ世をば恨みじ」(古今集恋五 八〇七 藤原直子)を指摘する。大島本と肖柏本は「なめり」。御物本は「な〔な−補入〕なり」。横山本、榊原家本、池田本と書陵部本は「なり」。三条西家本は「なゝり」とある。河内本は「ななり」。別本の陽明文庫本は「なり」。『集成』は「ななり」と本文を改める。『古典セレクション』は「なり」と本文を改める。「ななり」は断定の助動詞「なる」連体形の「る」が撥音便化しさらに無表記の形+伝聞推定の助動詞「なり」終止形で、であるようだというやや婉曲的なニュアンス。「なめり」は断定の助動詞「なる」連体形の「る」が撥音便化しさらに無表記の形+推量の助動詞「めり」終止形、主観的推量を表し、もっとも柔らかいニュアンスとなる。4.3.29
注釈508怨みかつは語らひ暮らしたまふこうして、一日が過ぎていく。4.3.29
注釈509御くだものなど参らす使役の助動詞「す」。惟光が右近をして差し上げさせる意。4.3.30
注釈510えさぶらひ寄らず副詞「え」は打消の助動詞「ず」と呼応して不可能の意を表す。惟光は源氏のお側に伺候することもできない。4.3.30
注釈511かくまでたどり歩きたまふ以下「ありさまにこそは」まで、惟光の心。4.3.30
注釈512さもありぬべきありさまにこそは係助詞「こそ」「は」の下に「あらめ」已然形などの語句が省略されている。『新大系』は「美しい女のさまなのだろうと推測する」と注す。4.3.30
注釈513我がいとよく以下「心ひろさよ」まで、惟光の心中の思い。夕顔を源氏に譲ったことを寛大な心だとうぬぼれる。4.3.30
注釈514めざましう思ひをる語り手が惟光は不埒なことを考えているという批評。『完訳』は「「めざましう」は語り手の評言」と注す。4.3.30
注釈515たとしへなく静かなる夕べの空を時刻は夕方に移る。不気味なまでの静けさ。4.3.31
注釈516つと御かたはらに源氏のお側に。4.3.31
注釈517名残りなく以下「つらき」まで、源氏の詞。4.3.31
注釈518内裏にいかに求めさせたまふらむを以下「尋ぬらむ」まで、源氏の心。「内裏」は帝をさす。尊敬の助動詞「させ」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」終止形、最高敬語。推量の助動詞「らむ」終止形、視界外推量を表す。接続助詞「を」順接、--のでの意。4.3.32
注釈519いづこに尋ぬらむ主語は探索者たち。「尋ぬ」終止形、下に敬語がない。推量の助動詞「らむ」終止形、視界外推量を表す。4.3.32
注釈520あやしの心や以下「ことわりなり」まで、源氏の心。4.3.32
注釈521六条わたりにも「六条わたりの御忍び歩き」「御心ざしの所」「六条わたりにもとけがたかりし御けしきを」とあった方。六条御息所。4.3.32
注釈522いかに思ひ乱れたまふらむ主語は六条御息所。尊敬の補助動詞「たまふ」終止形、推量の助動詞「らむ」終止形、視界外推量を表す。4.3.32
注釈523恨みられむに受身の助動詞「られ」未然形、推量の助動詞「む」連体形、接続助詞「に」順接を表す。4.3.32
注釈524あまり心深く以下「取り捨てばや」まで、源氏の心。この夕顔と比較した六条わたりの女についての感想。4.3.32
注釈525思ひ比べられたまひける自発の助動詞「られ」連用形、尊敬の補助動詞「たまひ」連用形、過去の助動詞「ける」連体形、余韻を残した表現。4.3.32
出典10 「息長川」 鳰鳥の息長川は絶えぬとも君に語らむこと尽きめやも 万葉集二十-四四五八 馬史国人 4.3.16
出典11 「海人の子なれば」 白波の寄する渚に世を過ぐす海人の子なれば宿も定めず 和漢朗詠下-七二二 海人詠 4.3.28
出典12 我からなめり 海人の刈る藻に棲む虫の我からとねをこそ泣かめ世をば恨みじ 古今集恋五-八〇七 藤原直子 4.3.29
校訂18 艶なる 艶なる--*ゑんある 4.3.12
校訂19 なり なり--なる(る/$り<朱>) 4.3.15
校訂20 野ら 野ら--ゝ(ゝ/+ら<朱>) 4.3.17
校訂21 けうとげ けうとげ--けゝ(ゝ/$う<朱>)とけ 4.3.17
校訂22 けうとく けうとく--けうそ(そ/$と<朱>)く 4.3.18
校訂23 御かたはらに 御かたはらに--御かたはらに(に/$に)く 4.3.31
4.4
第四段 夜半、もののけ現われる


4-4  A female ghost appears at midnight

4.4.1   宵過ぐるほど、すこし 寝入りたまへるに、御枕上に、いとをかしげなる女ゐて、
 宵を過ぎるころ、少し寝入りなさった頃に、おん枕上に、とても美しそうな女が座って、
 十時過ぎに少し寝入った源氏は枕の所に美しい女がすわっているのを見た。
  Yohi suguru hodo, sukosi ne-iri tamahe ru ni, ohom-makura-gami ni, ito wokasige naru womna wi te,
4.4.2  「 己がいとめでたしと見たてまつるをば、尋ね思ほさで、かく、ことなることなき人を率ておはして、時めかしたまふこそ、いとめざましくつらけれ」
 「わたしがあなたをとても素晴らしいとお慕い申し上げているそのわたしには、お訪ねもなさらず、このような、特に優れたところもない女を連れていらっしゃって、おかわいがりになさるのは、まことに癪にさわり辛い」
 「私がどんなにあなたを愛しているかしれないのに、私を愛さないで、こんな平凡な人をつれていらっしって愛撫なさるのはあまりにひどい。恨めしい方」
  "Onoga ito medetasi to mi tatematuru wo ba, tadune omohosa de, kaku, kotonaru koto naki hito wo wi te ohasi te, tokimekasi tamahu koso, ito mezamasiku turakere."
4.4.3  とて、 この御かたはらの人をかき起こさむとす、 と見たまふ
 と言って、自分のお側の人を引き起こそうとしているる、と御覧になる。
 と言って横にいる女に手をかけて起こそうとする。こんな光景を見た。
  tote, kono ohom-katahara no hito wo kaki-okosa m to su, to mi tamahu.
4.4.4  物に襲はるる心地して、 おどろきたまへれば、火も 消えにけりうたて思さるれば太刀を引き抜きて、うち置きたまひて、右近を起こしたまふ。これも恐ろしと思ひたるさまにて、 参り寄れり
 魔物に襲われる気持ちがして、目をお覚ましになると、火も消えていた。気持ち悪くお思いになるので、太刀を引き抜いて、そっとお置きになって、右近をお起こしになる。この人も怖がっている様子で、参り寄った。
 苦しい襲われた気持ちになって、すぐ起きると、その時に灯が消えた。不気味なので、太刀を引き抜いて枕もとに置いて、それから右近を起こした。右近も恐ろしくてならぬというふうで近くへ出て来た。
  Mono ni osoha ruru kokoti si te, odoroki tamahe re ba, hi mo kiye ni keri. Utate obosa rure ba, tati wo hiki-nuki te, uti-oki tamahi te, Ukon wo okosi tamahu. Kore mo osorosi to omohi taru sama ni te, mawiri-yore ri.
4.4.5  「 渡殿なる宿直人起こして、『紙燭さして参れ』と言へ」とのたまへば、
 「渡殿にいる宿直人を起こして、『紙燭をつけて参れ』と言いなさい」とおっしゃると、
 「渡殿にいる宿直の人を起こして、蝋燭をつけて来るように言うがいい」
  "Wata-dono naru tonowi-bito okosi te, 'Sisoku sasi te mawire' to ihe." to notamahe ba,
4.4.6  「 いかでかまからむ。暗うて」と言へば、
 「どうして行けましょうか。暗くて」と言うので、
 「どうしてそんな所へまで参れるものでございますか、暗うて」
  "Ikade-ka makara m. Kurau te." to ihe ba,
4.4.7  「 あな、若々し」と、うち笑ひたまひて、 手をたたきたまへば、山彦の答ふる声、いとうとまし。 人え聞きつけで 参らぬに、この女君、いみじくわななきまどひて、 いかさまにせむと思へり。汗もしとどになりて、我かの気色なり。
 「ああ、子供みたいな」と、ちょっとお笑いになって、手をお叩きになると、こだまが応える音、まことに気味が悪い。誰も聞きつけないで参上しないので、この女君は、ひどくふるえ脅えて、どうしてよいか分からなく思っている。汗もびっしょりになって、正気を失った様子である。
 「子供らしいじゃないか」
 笑って源氏が手をたたくとそれが反響になった。限りない気味悪さである。しかもその音を聞きつけて来る者はだれもない。夕顔は非常にこわがってふるえていて、どうすればいいだろうと思うふうである。汗をずっぷりとかいて、意識のありなしも疑わしい。
  "Ana, waka-wakasi!" to, uti-warahi tamahi te, te wo tataki tamahe ba, yamabiko no kotahuru kowe, ito utomasi. Hito e kiki-tuke de mawira nu ni, kono Womna-Gimi, imiziku wananaki-madohi te, ika-sama ni se m to omohe ri. Ase mo sitodo ni nari te, ware-ka no kesiki nari.
4.4.8  「 物怖ぢをなむわりなくせさせたまふ本性にて、 いかに思さるるにか」と、右近も聞こゆ。「 いとか弱くて昼も空をのみ見つるものを、いとほし」と思して、
 「むやみにお怖がりあそばすご性質ですから、どんなにかお怖がりのことでしょうか」と、右近も申し上げる。「ほんとうにか弱くて、昼も空ばかり見ていたものだな、気の毒に」とお思いになって、
 「非常に物恐れをなさいます御性質ですから、どんなお気持ちがなさるのでございましょうか」
 と右近も言った。弱々しい人で今日の昼間も部屋の中を見まわすことができずに空をばかりながめていたのであるからと思うと、源氏はかわいそうでならなかった。
  "Mono-odi wo nam warinaku se sase tamahu honzyau nite, ikani obosa ruru ni ka" to, Ukon mo kikoyu. "Ito ka-yowaku te, hiru mo sora wo nomi mi turu mono wo, itohosi." to obosi te,
4.4.9  「 我、人を起こさむ。手たたけば、 山彦の答ふる、いとうるさし。ここに、しばし、近く」
 「わたしが、誰かを起こそう。手を叩くと、こだまが応える、まことにうるさい。こちらに、しばらくは、近くへ」
 「私が行って人を起こそう。手をたたくと山彦がしてうるさくてならない。しばらくの間ここへ寄っていてくれ」
  "Ware, hito wo okosa m. Te tatake ba, yamabiko no kotahuru, ito urusasi. Koko ni, sibasi, tikaku."
4.4.10  とて、右近を引き寄せたまひて、 西の妻戸に出でて、戸を 押し開けたまへれば、渡殿の火も消えにけり。
 と言って、右近を引き寄せなさって、西の妻戸に出て、戸を押し開けなさると、渡殿の火も既に消えていた。
 と言って、右近を寝床のほうへ引き寄せておいて、両側の妻戸のロヘ出て、戸を押しあけたのと同時に渡殿についていた灯も消えた。
  tote, Ukon wo hiki-yose tamahi te, nisi no tumado ni ide te, to wo osi-ake tamahe re ba, wata-dono no hi mo kiye ni keri.
4.4.11  風すこしうち吹きたるに、人は少なくて、さぶらふ限りみな寝たり。 この院の預りの子、むつましく使ひたまふ若き男また上童一人例の随身ばかりぞありける。召せば、 御答へして起きたれば
 風がわずかに吹いているうえに、人気も少なくて、仕えている者は皆寝ていた。この院の管理人の子供で、親しくお使いになる若い男、それから殿上童一人と、いつもの随身だけがいるのであった。お呼び寄せになると、お返事して起きたので、
 風が少し吹いている。こんな夜に侍者は少なくて、しかもありたけの人は寝てしまっていた。院の預かり役の息子で、平生源氏が手もとで使っていた若い男、それから侍童が一人、例の随身、それだけが宿直をしていたのである。源氏が呼ぶと返辞をして起きて来た。
  Kaze sukosi uti-huki taru ni, hito ha sukunaku te, saburahu kagiri mina ne tari. Kono win no adukari no ko, mutumasiku tukahi tamahu wakaki wonoko, mata uhe-waraha hitori, rei no zuizin bakari zo ari keru. Mese ba, ohom-kotahe si te oki tare ba,
4.4.12  「 紙燭さして参れ。『随身も、弦打して、絶えず声づくれ』と仰せよ。人離れたる所に、 心とけて寝ぬるものか。惟光朝臣の 来たりつらむは」と、 問はせたまへば
 「紙燭を点けて持って参れ。『随身にも、弦打ちをして、絶えず音を立てていよ』と命じよ。人気のない所に、気を許して寝ている者があるか。惟光朝臣が来ていたようなのは」と、お尋ねあそばすと、
 「蝋燭をつけて参れ。随身に弓の絃打ちをして絶えず声を出して魔性に備えるように命じてくれ。こんな寂しい所で安心をして寝ていていいわけはない。先刻惟光が来たと言っていたが、どうしたか」
  "Sisoku sasi te mawire. 'Zuizin mo, turu-uti si te, taye zu kowa-dukure' to ohose yo. Hito hanare taru tokoro ni, kokoro-toke te inuru mono-ka! Koremitu-no-asom no ki tari tu ram ha?" to, toha se tamahe ba,
4.4.13  「 さぶらひつれど、仰せ言もなし。暁に御迎へに参るべきよし申してなむ、まかではべりぬる」と聞こゆ。この、かう申す者は、 滝口なりければ弓弦いとつきづきしくうち鳴らして、「 火あやふし」と言ふ言ふ、預りが 曹司の方に 去ぬなり内裏を思しやりて、「 名対面は過ぎぬらむ、 滝口の宿直奏し、今こそ」と、推し量りたまふは、まだ、 いたう更けぬにこそは
 「控えていましたが、ご命令もない。早暁にお迎えに参上すべき旨申して、帰ってしまいました」と申し上げる。この、こう申す者は滝口の武士であったので、弓の弦をまことに手馴れた様子に打ち鳴らして、「火の用心」と言いながら、管理人の部屋の方角へ行ったようだ。内裏をお思いやりになって、「名対面は過ぎたろう、滝口の宿直奏しは、ちょうど今ごろか」と、ご推量になるのは、まだ、さほど夜も更けていないのでは。
 「参っておりましたが、御用事もないから、夜明けにお迎えに参ると申して帰りましてございます」
 こう源氏と問答をしたのは、御所の滝口に勤めている男であったから、専門家的に弓絃を鳴らして、
 「火危し、火危し」
 と言いながら、父である預かり役の住居のほうへ行った。源氏はこの時刻の御所を思った。殿上の宿直役人が姓名を奏上する名対面はもう終わっているだろう、滝口の武士の宿直の奏上があるころであると、こんなことを思ったところをみると、まだそう深更でなかったに違いない。
  "Saburahi ture do, ohose-goto mo nasi. Akatuki ni ohom-mukahe ni mawiru beki yosi mausi te nam, makade haberi nuru." to kikoyu. Kono, kau mausu mono ha, takiguti nari kere ba, yu-duru ito tuki-dukisiku uti-narasi te, "Hi ayahusi" to ihu-ihu, adukari ga zausi no kata ni inu nari. Uti wo obosi-yari te, "Nadaimen ha sugi nu ram, takiguti no tonowi-mausi, ima koso." to, osihakari tamahu ha, mada, itau huke nu ni koso ha.
4.4.14   帰り入りて、探りたまへば、女君はさながら臥して、右近はかたはらにうつぶし臥したり。
 戻って入って、お確かめになると、女君はそのままに臥していて、右近は傍らにうつ伏していた。
 寝室へ帰って、暗がりの中を手で探ると夕顔はもとのままの姿で寝ていて、右近がそのそばで、うつ伏せになっていた。
  Kaheri-iri te, saguri tamahe ba, Womna-Gimi ha sanagara husi te, Ukon ha katahara ni utubusi husi tari.
4.4.15  「 こはなぞ。あな、 もの狂ほしの物怖ぢや。荒れたる所は、狐などやうのものの、人を脅やかさむとて、け恐ろしう 思はするならむまろあれば、さやうのものには脅されじ」とて、 引き起こしたまふ
 「これはどうしたことか。何と、気違いじみた怖がりようだ。荒れた所には、狐などのようなものが、人を脅かそうとして、怖がらせるのだろう。わたしがいるからには、そのようなものからは脅されない」と言って引き起こしなさる。
 「どうしたのだ。気違いじみたこわがりようだ。こんな荒れた家などというものは、狐などが人をおどしてこわがらせるのだよ。私がおればそんなものにおどかされはしないよ」
 と言って、源氏は右近を引き起こした。
  "Koha nazo? Ana, mono-guruhosi no mono-odi ya! Are taru tokoro ha, kitune nado yau no mono no, hito wo obiyakasa m tote, ke-osorosiu omoha suru nara m. Maro are ba, sayau no mono ni ha, odosa re zi." tote, hiki-okosi tamahu.
4.4.16  「 いとうたて乱り心地の悪しうはべれば、うつぶし臥してはべるや。 御前にこそわりなく 思さるらめ」と言へば、
 「とても気味悪くて、取り乱している気分も悪うございますので、うつ伏しているのでございますよ。ご主人さまこそ、ひどく怖がっていらっしゃるでしょう」と言うので、
 「とても気持ちが悪うございますので下を向いておりました。奥様はどんなお気持ちでいらっしゃいますことでしょう」
  "Ito utate, midari-gokoti no asiu habere ba, utubusi husi te haberu ya! O-mahe ni koso warinaku obosa ru rame." to ihe ba,
4.4.17  「 そよ。などかうは」とて、かい探りたまふに、息もせず。引き動かしたまへど、なよなよとして、我にもあらぬさまなれば、「 いといたく若びたる人にて、 物にけどられぬるなめり」と、せむかたなき心地したまふ。
 「そうだ。どうしてこんなに」と言って、探って御覧になると、息もしていない。揺すって御覧になるが、ぐったりとして、正体もない様子なので、「ほんとうにひどく子供じみた人なので、魔性のものに魅入られてしまったらしい」と、なすべき方法もない気がなさる。
 「そうだ、なぜこんなにばかりして」
 と言って、手で探ると夕顔は息もしていない。動かしてみてもなよなよとして気を失っているふうであったから、若々しい弱い人であったから、何かの物怪にこうされているのであろうと思うと、源氏は歎息されるばかりであった。
  "Soyo. Nado kau ha?" tote, kai-saguri tamahu ni, iki mo se zu. Hiki-ugokasi tamahe do, nayo-nayo to si te, ware ni mo ara nu sama nare ba, "Ito itaku wakabi taru hito nite, mono ni kedora re nuru na' meri." to, semkata-naki kokoti si tamahu.
4.4.18   紙燭持て参れり右近も動くべきさまにもあらねば、近き御几帳を引き寄せて、
 紙燭を持って参った。右近も動ける状態でないので、近くの御几帳を引き寄せて、
 蝋燭の明りが来た。右近には立って行くだけの力がありそうもないので、閨に近い几帳を引き寄せてから、
  Sisoku mo'te mawire ri. Ukon mo ugoku beki sama ni mo ara ne ba, tikaki mi-kityau wo hiki-yose te,
4.4.19  「 なほ持て参れ
 「もっと近くに持って参れ」
 「もっとこちらへ持って来い」
  "Naho mote mawire."
4.4.20  とのたまふ。 例ならぬことにて、御前近くもえ参らぬ、つつましさに、 長押にもえ上らず
 とおっしゃる。いつもと違ったことなので、御前近くに参上できず、ためらっていて、長押にも上がれない。
 と源氏は言った。主君の寝室の中へはいるというまったくそんな不謹慎な行動をしたことがない滝口は座敷の上段になった所へもよう来ない。
  to notamahu. Rei nara nu koto ni te, o-mahe tikaku mo e mawira nu, tutumasisa ni, nagesi ni mo e nobora zu.
4.4.21  「 なほ持て来や、所に従ひてこそ
 「もっと近くに持って来なさい。場所によるぞ」
 「もっと近くへ持って来ないか。どんなことも場所によることだ」
  "Naho mo'te ko ya! Tokoro ni sitagahi te koso."
4.4.22  とて、 召し寄せて見たまへば、ただこの枕上に、 夢に見えつる容貌したる女面影に見えて、ふと 消え失せぬ
 と言って、召し寄せて御覧になると、ちょうどこの枕上に、夢に現れた姿をしている女が、幻影のように現れて、ふっと消え失せた。
 灯を近くへ取って見ると、この閨の枕の近くに源氏が夢で見たとおりの容貌をした女が見えて、そしてすっと消えてしまった。
  tote, mesi-yose te mi tamahe ba, tada kono makura-gami ni, yume ni miye turu katati si taru womna, omokage ni miye te, huto kiye use nu.
4.4.23  「 昔の物語などにこそ、かかる ことは聞け」と、いとめづらかにむくつけけれど、まづ、「 この人いかになりぬるぞ」と思ほす心騒ぎに、 身の上も知られたまはず、添ひ臥して、「やや」と、おどろかしたまへど、ただ冷えに冷え入りて、息は疾く絶え果てにけり。言はむかたなし。頼もしく、いかにと言ひ触れたまふべき人もなし。法師などをこそは、かかる方の頼もしきものには 思すべけれどさこそ強がりたまへど、若き御心にて、いふかひなくなりぬるを見たまふに、やるかたなくて、つと抱きて、
 「昔の物語などに、このようなことは聞くけれど」と、まことに珍しく気味悪いが、まず、「この女はどのようになったのか」とお思いになる不安に、わが身の上の危険もお顧みにならず、添い臥して、「もし、もし」と、お起こしになるが、すっかりもう冷たくなっていて、息はとっくにこと切れてしまっていたのであった。どうすることもできない。頼りになる、どうしたらよいかとご相談できるような方もいない。法師などは、このような時の頼みになる人とはお思いになるが。それほどお強がりになるが、お若い考えで、空しく死んでしまったのを御覧になると、どうしようもなくて、ひしと抱いて、
 昔の小説などにはこんなことも書いてあるが、実際にあるとはと思うと源氏は恐ろしくてならないが、恋人はどうなったかという不安が先に立って、自身がどうされるだろうかという恐れはそれほどなくて横へ寝て、
 「ちょいと」
 と言って不気味な眠りからさまさせようとするが、夕顔のからだは冷えはてていて、息はまったく絶えているのである。頼りにできる相談相手もない。坊様などはこんな時のカになるものであるがそんな人もむろんここにはいない。右近に対して強がって何かと言った源氏であったが、若いこの人は、恋人の死んだのを見ると分別も何もなくなって、じっと抱いて、
  "Mukasi no monogatari nado ni koso, kakaru koto ha kike." to, ito meduraka ni mukutukekere do, madu, "Kono hito ikani nari nuru zo?" to omohosu kokoro-sawagi ni, mi-no-uhe mo sira re tamaha zu, sohi-husi te, "Ya! Ya!" to, odorokasi tamahe do, tada hiye ni hiye-iri te, iki ha toku taye-hate ni keri. Iham-kata-nasi. Tanomosiku, ikani to ihi-hure tamahu beki hito mo nasi. Hohusi nado wo koso ha, kakaru kata no tanomosiki mono ni ha obosu bekere do. Sa koso tuyo-gari tamahe do, wakaki mi-kokoro nite, ihu-kahi-naku nari nuru wo mi tamahu ni, yaru-kata-naku te, tuto idaki te,
4.4.24  「 あが君、生き出でたまへ。いといみじき目 な見せたまひそ
 「おまえさま、生き返っておくれ。とても悲しい目に遭わせないでおくれ」
 「あなた。生きてください。悲しい目を私に見せないで」
  "Aga-Kimi, iki-ide tamahe! Ito imiziki me na mise tamahi so."
4.4.25  とのたまへど、 冷え入りにたればけはひものうとくなりゆく
 とおっしゃるが、冷たくなっていたので、感じも気味悪くなって行く。
 と言っていたが、恋人のからだはますます冷たくて、すでに人ではなく遺骸であるという感じが強くなっていく。
  to notamahe do, hiye-iri ni tare ba, kehahi mono-utoku nari-yuku.
4.4.26  右近は、ただ「あな、むつかし」と思ひける心地みな冷めて、泣き惑ふさまいといみじ。
 右近は、ただ「ああ、気味悪い」と思っていた気持ちもすっかり冷めて、泣いて取り乱す様子はまことに大変である。
 右近はもう恐怖心も消えて夕顔の死を知って非常に泣く。
  Ukon ha, tada "Ana, mutukasi" to omohi keru kokoti mina same te, naki-madohu sama ito imizi.
4.4.27   南殿の鬼の、なにがしの大臣脅やかしけるたとひを思し出でて、心強く、
 南殿の鬼が、某大臣を脅かした例をお思い出しになって、気強く、
 紫宸殿に出て来た鬼は貞信公を威嚇したが、その人の威に押されて逃げた例などを思い出して、源氏はしいて強くなろうとした。
  Na'den no oni no, Nanigasi-no-Otodo obiyakasi keru tatohi wo obosi-ide te, kokoro-duyoku,
4.4.28  「 さりともいたづらになり果てたまはじ。夜の声はおどろおどろし。 あなかま
 「いくら何でも、死にはなさるまい。夜の声は大げさだ。静かに」
 「それでもこのまま死んでしまうことはないだろう。夜というものは声を大きく響かせるから、そんなに泣かないで」
  "Saritomo, itadura ni nari-hate tamaha zi. Yoru no kowe ha odoro-odorosi. Ana-kama!"
4.4.29  と 諌めたまひていとあわたたしきに、あきれたる心地したまふ。
 とお諌めになって、まったく突然の事なので、茫然とした気持ちでいらっしゃる。
 と源氏は右近に注意しながらも、恋人との歓会がたちまちにこうなったことを思うと呆然となるばかりであった。
  to isame tamahi te, ito awatatasiki ni, akire taru kokoti si tamahu.
4.4.30   この男を召して
 先ほどの男を呼び寄せて、
 滝口を呼んで、
  Kono wotoko wo mesi te,
4.4.31  「 ここに、いとあやしう物に襲はれたる人のなやましげなるを、ただ今、 惟光朝臣の宿る所にまかりて、急ぎ参るべきよし 言へ、と仰せよなにがし阿闍梨、そこにものするほどならば、ここに来べきよし、忍びて言へ。 かの尼君などの聞かむに、おどろおどろしく言ふな。かかる歩き許さぬ人なり」
 「ここに、まことに不思議に、魔性のものに魅入られた人が苦しそうなので、今すぐに、惟光朝臣の泊まっている家に行って、急いで参上するように言え、と命じなさい。某阿闍梨が、そこに居合わせていたら、ここに来るよう、こっそりと言いなさい。あの尼君などが聞こうから、大げさに言うな。このような忍び歩きは許さない人だ」
 「ここに、急に何かに襲われた人があって、苦しんでいるから、すぐに惟光朝臣の泊まっている家に行って、早く来るように言えとだれかに命じてくれ。兄の阿闍梨がそこに来ているのだったら、それもいっしょに来るようにと惟光に言わせるのだ。母親の尼さんなどが聞いて気にかけるから、たいそうには言わせないように。あれは私の忍び歩きなどをやかましく言って止める人だ」
  "Koko ni, ito ayasiu, mono ni osoha re taru hito no nayamasige naru wo, tada-ima, Koremitu-no-Asom no yadoru tokoro ni makari te, isogi mawiru beki yosi ihe, to ohose yo. Nanigasi-Azari, soko ni monosuru hodo nara ba, koko ni ku beki yosi, sinobi te, ihe. Kano Ama-Gimi nado no kika m ni, odoro-odorosiku ihu na. Kakaru ariki yurusa nu hito nari."
4.4.32  など、物のたまふやうなれど、胸塞がりて、 この人を空しくしなしてむことのいみじく 思さるるに添へて、大方のむくむくしさ、たとへむ方なし。
 などと、用件をおっしゃるようだが、胸が一杯で、この人を死なせてしまったらどうまるのかがたまらなくお思いになるのに加えて、辺りの不気味さは、譬えようもない。
 こんなふうに順序を立ててものを言いながらも、胸は詰まるようで、恋人を死なせることの悲しさがたまらないものに思われるのといっしょに、あたりの不気味さがひしひしと感ぜられるのであった。
  nado, mono notamahu yau nare do, mune hutagari te, kono hito wo munasiku si-nasi te m koto no imiziku obosa ruru ni sohe te, ohokata no muku-mukusisa, tatohe m kata nasi.
4.4.33   夜中も過ぎにけむかし、風のやや荒々しう吹きたるは。まして、 松の響き、木深く聞こえて、気色ある鳥のから声に鳴きたるも、 「梟」はこれにやとおぼゆ。 うち思ひめぐらすに、こなたかなた、 けどほく疎ましきに人声はせず、「 などて、かくはかなき宿りは取りつるぞ」と、悔しさもやらむ方なし。
 夜中も過ぎたのだろうよ、風がやや荒々しく吹いているのは。その上に、松風の響きが、木深く聞こえて、異様な鳥がしわがれ声で鳴いているのも、「梟」と言う鳥はこのことかと思われる。あれこれと考え廻らすと、あちらこちらと、何となく遠く気味悪いうえに、人声はせず、「どうして、このような心細い外泊をしてしまったのだろう」と、後悔してもしようがない。
 もう夜中過ぎになっているらしい。風がさっきより強くなってきて、それに鳴る松の枝の音は、それらの大木に深く囲まれた寂しく古い院であることを思わせ、一風変わった鳥がかれ声で鳴き出すのを、梟とはこれであろうかと思われた。考えてみるとどこへも遠く離れて人声もしないこんな寂しい所へなぜ自分は泊まりに来たのであろうと、源氏は後悔の念もしきりに起こる。
  Yonaka mo sugi ni kem kasi, kaze no yaya ara-arasiu huki taru ha. Masite, matu no hibiki, kobukaku kikoye te, kesiki aru tori no kara-kowe ni naki taru mo, "hukurohu" ha kore ni ya to oboyu. Uti-omohi-megurasu ni, konata kanata, kedohoku utomasiki ni, hito-gowe ha se zu, "Nado-te, kaku hakanaki yadori ha tori turu zo." to, kuyasisa mo yaram-kata-nasi.
4.4.34  右近は、物もおぼえず、君につと添ひたてまつりて、わななき 死ぬべし。「 また、これもいかならむ」と、心そらにて捉へたまへり。我一人さかしき人にて、 思しやる方ぞなきや
 右近は、何も考えられず、源氏の君にぴったりと寄り添い申して、震え死にそうである。「また、この人もどうなるのだろうか」と、気も上の空で掴まえていらっしゃる。自分一人がしっかりした人で、途方に暮れていらっしゃるのであったよ。
 右近は夢中になって夕顔のそばへ寄り、このまま慄え死にをするのでないかと思われた。それがまた心配で、源氏は一所懸命に右近をつかまえていた。一人は死に、一人はこうした正体もないふうで、自身一人だけが普通の人間なのであると思うと源氏はたまらない気がした。
  Ukon ha, mono mo oboye zu, Kimi ni tuto-sohi tatematuri te, wananaki sinu besi. "Mata, kore mo ika nara m?" to, kokoro sora nite torahe tamahe ri. Ware hitori sakasiki hito nite, obosi-yaru kata zo naki ya!.
4.4.35  火はほのかにまたたきて、母屋の際に立てたる屏風の上、ここかしこの 隈々しくおぼえたまふに、物の足音、ひしひしと踏み鳴らしつつ、後ろより寄り来る心地す。「 惟光、とく参らなむ」と思す。 ありか定めぬ者にて、ここかしこ尋ねけるほどに、夜の明くるほどの久しさは、 千夜を過ぐさむ心地したまふ。
 灯火は微かにちらちらとして、母屋の境に立ててある屏風の上が、あちらこちらと陰って見えなさるうえに、魔性の物の足音が、みしみしと踏み鳴らしながら、後方から近寄って来る気がする。「惟光よ、早く来て欲しい」とお思いになる。居場所が定まらぬ者なので、あちこち探したうちに、夜の明けるまでの待ち遠しさは、千夜を過すような気がなさる。
 灯はほのかに瞬いて、中央の室との仕切りの所に立てた屏風の上とか、室の中の隅々とか、暗いところの見えるここへ、後ろからひしひしと足音をさせて何かが寄って来る気がしてならない、惟光が早く来てくれればよいとばかり源氏は思った。彼は泊まり歩く家を幾軒も持った男であったから、使いはあちらこちらと尋ねまわっているうちに夜がぼつぼつ明けてきた。この間の長さは千夜にもあたるように源氏には思われたのである。
  Hi ha honoka ni matataki te, moya no kiha ni tate taru byaubu no kami, koko-kasiko no kuma-gumasiku oboye tamahu ni, mono no asioto, hisi-hisi to humi-narasi tutu, usiro yori yori-kuru kokoti su. "Koremitu, toku mawira nam." to obosu. Arika sadame nu mono ni te, koko-kasiko tadune keru hodo ni, yo no akuru hodo no hisasisa ha, ti-yo wo sugusa m kokoti si tamahu.
4.4.36   からうして、鶏の声はるかに聞こゆるに、「 命をかけて、何の契りに、 かかる目を見るらむ。我が心ながら、 かかる筋に、おほけなくあるまじき心の報いに、かく、来し方行く先の例と なりぬべきことはあるなめり。忍ぶとも、世にあること隠れなくて、内裏に聞こし召さむをはじめて、人の思ひ言はむこと、よからぬ童べの 口ずさびになるべきなめり。ありありて、 をこがましき名をとるべきかな」と、思しめぐらす。
 ようやくのことで、鶏の声が遠くで聞こえるにつけ、「危険を冒して、何の因縁で、このような辛い目に遭うのだあろう。我ながら、このようなことで、大それたあってはならない恋心の報復として、このような、後にも先にも語り草となってしまいそうなことが起こったのだろう。隠していても、実際に起こった事は隠しきれず、主上のお耳に入るだろうことを始めとして、世人が推量し噂するだろうことは、良くない京童べの噂になりそうだ。あげくのはて、馬鹿者の評判を立てられるにちがいないなあ」と、ご思案される。
 やっとはるかな所で鳴く鶏の声がしてきたのを聞いて、ほっとした源氏は、こんな危険な目にどうして自分はあうのだろう、自分の心ではあるが恋愛についてはもったいない、思うべからざる人を思った報いに、こんな後にも前にもない例となるようなみじめな目にあうのであろう、隠してもあった事実はすぐに噂になるであろう、陛下の思召しをはじめとして人が何と批評することだろう、世間の嘲笑が自分の上に集まることであろう、とうとうついにこんなことで自分は名誉を傷つけるのだなと源氏は思っていた。
  Karausite, tori no kowe haruka ni kikoyuru ni, "Inoti wo kake te, nani no tigiri ni, kakaru me wo miru ram? Waga kokoro nagara, kakaru sudi ni, ohokenaku aru-maziki kokoro no mukuyi ni, kaku, kisi-kata yuku-saki no tamesi to nari nu beki koto ha aru na' meri. Sinobu tomo, yo ni aru koto kakure naku te, Uti ni kikosimesa m wo hazime te, hito no omohi iha m koto, yokara nu warahabe no kuti-zusabi ni naru beki na' meri. Ari-ari-te, okogamasiki na wo toru beki kana!" to, obosi-megurasu.
注釈526宵過ぐるほど時刻は夜に移る。宵は日没から午後十時ころまでの間。それを少し過ぎたころ。4.4.1
注釈527寝入りたまへるに完了の助動詞「る」連体形、存続の意。接続助詞「に」順接。『古典セレクション』は「少しとろとろとなさると」と訳す。少し寝入りなさると、の意。現実か夢か不分明な源氏の意識の世界。4.4.1
注釈528己がいとめでたしと見たてまつるをば尋ね思ほさで以下「いとめざましくつらけれ」まで、夢の中の女の声。『今泉訳』では「私はあなたさまをほんとにお立派なお方だとお慕ひ申しあげてをりますのに、その私を、尋ねてやろうともお思ひにならないどころか」と訳す。連語「をば」(格助詞「を」+係助詞「は」)を、「をりますのに、その私を」と意訳する。『評釈』は「ほんとに御立派とお見あげ申しておりますわたくしを尋ねようともなさらないで」と冒頭の「己が」の語順を移動させて「わたしを」と訳す。なお『集成』が「私が大層ご立派なお方とお慕い申していますのに」とだけ注しているのは不十分。『古典セレクション』も「この私が、まことにご立派なお方とお慕い申しているのに、訪ねようともお思いにならず」と訳すのも同じ。「をば」を逆接の接続助詞のように解すには語法的に問題がある(今泉訳のように「その私を」と補えば問題ない)。「そのわたしを」とあれば、『今泉訳』『評釈』と同じになる。また、「おのが」は「見たてまつるをば」に係る構文とも解せる。『新大系』では「われがいかにもめでたしと見申すお方をば心してお求めにもなることなく、かかる格別のことなき女を率いてここにおわしてご寵愛になることはまことに心外に恨めしいことよ。「をば」の下に「人」が略されていると見ておく」と訳し注す(「下に」は「上に」の誤りで、「お方をば」の個所をさすか)。すなわち「尋ね」の対象を「お方(六条の貴婦人)をば」と解す。そうすると、「おせっかいなもののけになってしまう」(評釈)とも評される。「夢の中でもののけが言う言葉なのだから、少しは変でもしようがなかろうか」(評釈)といえるが、女の怨み嫉妬の言葉である。よって、もののけの言葉は、整然とした文章語として解すよりも源氏と対峙して怨み言をいう口語として解すべきだろう。「をば」の上には「そのわたし」が省略されているとみる。「おのが(あなたを)いとめでたしと見たてまつる(そのおのれ)をば尋ね思ほさで」という構文である。4.4.2
注釈529この御かたはらの人夕顔をさす。4.4.3
注釈530と見たまふ以上、「御枕上に」から夢の中の出来事である。この「見たまふ」も夢の中で見ていること。下文に「おどろきたまへれば」とある。4.4.3
注釈531おどろきたまへれば完了の助動詞「れ」已然形、存続、目を覚まして暫く見回すと、というニュアンス。4.4.4
注釈532消えにけり完了の助動詞「に」連用形、完了の意。過去の助動詞「けり」終止形。既に消えていたのであった。4.4.4
注釈533うたて思さるれば自発の助動詞「るれ」已然形+接続助詞「ば」順接の確定条件を表す。4.4.4
注釈534太刀を引き抜きて魔除けのための行為。4.4.4
注釈535参り寄れり右近は源氏と夕顔の寝所からは少し離れた所に寝ていた。完了の助動詞「り」完了の意。4.4.4
注釈536渡殿なる以下「参れと言へ」まで、源氏の詞。右近に命じた言葉。4.4.5
注釈537いかでかまからむ暗うて右近の返事。連語「いかでか」(副詞「いかで」+係助詞「か」)反語表現。推量の助動詞「む」連体形。できません、と答える。4.4.6
注釈538あな若々し源氏の詞。4.4.7
注釈539手をたたきたまへば人を呼ぶ合図。4.4.7
注釈540参らぬに打消の助動詞「ぬ」連体形、接続助詞「に」順接について、『集成』は「参上しない上に」と訳し、『古典セレクション』は「まいる者もいないが、その間」と訳す。4.4.7
注釈541いかさまにせむと思へり『新大系』は「源氏から判断する女君のさま」と注す。4.4.7
注釈542物怖ぢをなむ以下「思さるるにか」まで、右近の詞。夕顔の性格を心配して言う。係助詞「なむ」は「せさせたまふ」に係るが、下文に続くため、結びの流れ。4.4.8
注釈543いかに思さるるにか自発の助動詞「るる」連体形。断定の助動詞「に」連用形。係助詞「か」疑問、下に「おはさむ」(連体形)などの語句が省略。4.4.8
注釈544いとか弱くて以下「いとほし」まで、源氏の心。4.4.8
注釈545昼も空をのみ見つるものを副助詞「のみ」限定。完了の助動詞「つる」連体形、終助詞「ものを」詠嘆を表す。4.4.8
注釈546我人を起こさむ以下「しばし近く」まで、源氏の詞。推量の助動詞「む」意志を表す。4.4.9
注釈547山彦の答ふる「答ふる」連体形。4.4.9
注釈548西の妻戸に出でて月光の明るい方へ出ようとしたものであろう。4.4.10
注釈549押し開けたまへれば完了の助動詞「れ」已然形、完了の意+接続助詞「ば」順接の確定条件を表す。4.4.10
注釈550この院の預りの子むつましく使ひたまふ若き男「この院の預りの子」と「むつましく使ひたまふ若き男」とは同一人物。同格。4.4.11
注釈551また上童一人前に「顔むげに知るまじき童一人ばかり」とあった殿上童。4.4.11
注釈552例の随身ばかりぞありける前に「かの夕顔のしるべせし随身ばかり」とあった随身。係助詞「ぞ」、過去の助動詞「ける」連体形、係結びの法則。強調のニュアンス。以上、「若き男」「上童」「随身」の三人。4.4.11
注釈553御答へして起きたれば起きて来たのは、預りの子。下文に「随身も弦打して絶えず声づくれと仰せよ」と命じているので、随身以外の人。「滝口なりければ」とあるので上童でもない。4.4.11
注釈554紙燭さして参れ以下「惟光朝臣の来たりつらむは」まで、源氏の詞。4.4.12
注釈555心とけて寝ぬるものか「寝ぬる」連体形、「ものか」は連語(形式名詞+終助詞)また終助詞、感動を表す。4.4.12
注釈556来たりつらむは下に「いかに」などの語句が省略。動詞「来たり」連用形、完了の助動詞「つ」終止形、存続の意、推量の助動詞「らむ」連体形、視界外推量を表す。「来たり」は漢文訓読系で使う語とされる。やや堅い表現。4.4.12
注釈557問はせたまへば尊敬の助動詞「せ」連用形、尊敬の補助動詞「たまへ」連用形、最高敬語。源氏の高貴さを際立たせた表現。4.4.12
注釈558さぶらひつれど以下「まかではべりぬる」まで、管理人の子の答え。『新大系』は「直接話法と間接話法とがまじる」と注す。4.4.13
注釈559滝口なりければ清涼殿の滝口の武士。「なり」(断定の助動詞)「けれ」(過去の助動詞)。滝口の武士だったので。後から気づいたというニュアンス。4.4.13
注釈560弓弦いとつきづきしくうち鳴らして警戒と魔除けの行為。4.4.13
注釈561火あやふし夜の見張りの時に使う言葉。慣用句。火の用心、の意。4.4.13
注釈562去ぬなり「去ぬ」終止形、伝聞推定の助動詞「なり」終止形。滝口の声がだんだん小さく遠ざかって行ったニュアンス。4.4.13
注釈563内裏を思しやりて主語は源氏。4.4.13
注釈564名対面は以下「今こそ」まで、源氏の想像。亥の一刻(午後九時)に行われる宿直の名乗り。4.4.13
注釈565滝口の宿直奏し名対面の後に行われる滝口の武士の名乗り。4.4.13
注釈566いたう更けぬにこそは打消の助動詞「ぬ」連体形。たいして夜が更けていないのでは、の意。「こそは」の下に「あらめ」已然形などの語句が省略された形。4.4.13
注釈567帰り入りて主語は源氏。簀子あたりから寝所に戻る。4.4.14
注釈568こはなぞ以下「脅されじ」まで、源氏の詞。右近に対して言ったもの。連語「なぞ」、「な」は副詞「なに」の約。「ぞ」は係助詞の終止的用法。文末に用いられる。強い疑問や非難の気持ち。4.4.15
注釈569もの狂ほしの物怖ぢや終助詞「や」詠嘆の意。4.4.15
注釈570思はするならむ使役の助動詞「する」連体形、断定の助動詞「なら」未然形、推量の助動詞「む」終止形、推量の意。思わせるのであろう。4.4.15
注釈571まろあれば「あれ」已然形+接続助詞「ば」順接の確定条件を表す。わたしがいるので。4.4.15
注釈572引き起こしたまふ源氏が右近を。4.4.15
注釈573いとうたて以下「思さるらめ」まで、右近の返事。4.4.16
注釈574乱り心地の悪しうはべれば丁寧の補助動詞「はべれ」已然形は自分の容態をいう。4.4.16
注釈575御前にこそ右近が主人の夕顔をさして言う。4.4.16
注釈576思さるらめ「思さ」は「思う」の尊敬表現の位相語。自発の助動詞「る」終止形、推量の助動詞「らめ」已然形、視界外推量。上の係助詞「こそ」との、係結びの法則。恐がっておいででしょう。暗くて見えないのでこう言っている。4.4.16
注釈577そよなどかうは源氏の詞。感動詞「そよ」相づち。4.4.17
注釈578いといたく以下「ぬるなめり」まで、源氏の心。4.4.17
注釈579物にけどられぬるなめり完了の助動詞「ぬる」連体形、完了の意。「なめり」の「な」は断定の助動詞「なる」連体形の「る」が撥音便化しさらに無表記の形、推量の助動詞「めり」終止形、視界内推量。魔性の物に魅入られてしまったものらしい。4.4.17
注釈580紙燭持て参れり預りの子が。前に「紙燭さして参れ」とあった。4.4.18
注釈581右近も動くべきさまにもあらねば推量の助動詞「べき」連体形、可能の意。断定の助動詞「に」連用形、係助詞「も」。打消の助動詞「ね」已然形+接続助詞「ば」順接の確定条件。4.4.18
注釈582なほ持て参れ源氏の詞。紙燭を持って来た預りの子に対する言葉。4.4.19
注釈583例ならぬことにて断定の助動詞「に」連用形。従者主人と女がいる寝所近くまで呼び寄せられるのは異例。4.4.20
注釈584長押にもえ上らず下長押。母屋と廂間の境。副詞「え」、打消の助動詞「ず」終止形と呼応して不可能の意を表す。4.4.20
注釈585なほ持て来や所に従ひてこそ源氏の詞。カ変動詞「来(こ)」命令形。終助詞「や」詠嘆の意。係助詞「こそ」、下に「あれ」已然形などの語が省略されている。4.4.21
注釈586召し寄せて見たまへば源氏が預りの子を召し寄せて紙燭を受け取って夕顔を御覧になると。4.4.22
注釈587夢に見えつる容貌したる女「見え」は、現れる、客体の方から出現するニュアンス。完了の助動詞「つる」連体形、完了の意。完了の助動詞「たる」連体形、存続の意。4.4.22
注釈588面影に見えて「面影」幻影、幻。格助詞「に」状態を指示してしたへ修飾的に続ける、〜として、〜のように。「見え」は、現れて。客体の方から出現するニュアンス。見た人は源氏。4.4.22
注釈589消え失せぬ完了の助動詞「ぬ」終止形、完了の意。自然に消えてしまった、というニュアンス。4.4.22
注釈590昔の物語などにこそ以下「ことは聞け」まで、源氏の心中を語る。昔、河原院に宇多法皇が京極御息所を連れて一夜を明かした時、その院の元の主、源融の霊が現れて、御息所が気絶したという話が伝えられていた。後に『江談抄』に記載されている。4.4.23
注釈591ことは聞け係助詞「こそ」「聞け」已然形の係結びの法則。文脈的には逆接で続く。格助詞「と」は引用の意。4.4.23
注釈592この人いかになりぬるぞ係助詞「ぞ」文末にあって、文全体を強調。4.4.23
注釈593身の上も知られたまはず自発の助動詞「れ」連用形。もののけに取りつかれた人に近付く危険。4.4.23
注釈594思すべけれど係助詞「こそ」は「べけれ」已然形に係るが、接続助詞「ど」逆接に続き、この句を受ける句がないので句点。下の文「さこそ強がりたまへど」と並列の構文とも見られるが、前文「頼もしくいかにと言ひ触れたまふべき人もなし」の補足説明的な一文と見る。4.4.23
注釈595さこそ強がりたまへど係助詞「こそ」は「たまへ」已然形に係るが、接続助詞「ど」逆接に続き、結びの流れ。「さ」は口に出して強がりを言うこと。4.4.23
注釈596あが君以下「見せたまひそ」まで、源氏の詞。夕顔に呼び掛けた言葉。4.4.24
注釈597な見せたまひそ副詞「な」終助詞「そ」と呼応して禁止を表す。4.4.24
注釈598冷え入りにたれば完了の助動詞「に」連用形、完了の意。完了の助動詞「たれ」已然形、存続の意。すっかり冷たくなってしまっている様子。4.4.25
注釈599けはひものうとくなりゆく死相が窺われる様子。4.4.25
注釈600南殿の鬼のなにがしの大臣脅やかしけるたとひを藤原忠平が紫宸殿で鬼と出会ったが、一喝して退散させたという話。同時代の『大鏡』に記載されている。4.4.27
注釈601さりとも以下「あなかま」まで、源氏の詞。4.4.28
注釈602いたづらになり果てたまはじ「いたづら」は死ぬこと。打消推量の助動詞「じ」終止形。4.4.28
注釈603あなかま感動詞「あな」+「かま」「かま」は形容詞「かまし」の語幹。人の発言を制止することば。4.4.28
注釈604諌めたまひて主語は源氏。右近が取り乱して大声で泣くのを制した。4.4.29
注釈605いとあわたたしきに接続助詞「に」原因理由を表す。4.4.29
注釈606この男を召して源氏は管理人の子供を呼び寄せて右近を介してではなく直接命じる。4.4.30
注釈607ここにいとあやしう以下「許さぬ人なり」まで、源氏の詞。4.4.31
注釈608物に襲はれたる人のなやましげなるを格助詞「の」主格、接続助詞「を」原因理由を表す。4.4.31
注釈609惟光朝臣の宿る所にまかりて五条にある大弐乳母の家。「まかり」の主語は管理人の子ではなく源氏の随身。4.4.31
注釈610言へと仰せよ惟光に言えと随身に命じなさい。4.4.31
注釈611なにがし阿闍梨惟光の兄。実際は実名を言っているところを語り手が「某」と言い換えたもの。4.4.31
注釈612かの尼君などの聞かむに源氏の乳母、大弍の乳母。推量の助動詞「む」仮定を表す。接続助詞「に」順接を表す。4.4.31
注釈613この人を空しくしなしてむことの完了の助動詞「て」未然形、完了の意、推量の助動詞「む」連体形、仮定の意。格助詞「の」対象を表す。4.4.32
注釈614思さるるに添へて自発の助動詞「るる」連体形。4.4.32
注釈615夜中も過ぎにけむかし完了の助動詞「に」連用形、完了の意。過去推量の助動詞「けむ」終止形、終助詞「かし」強調。下の「風の荒々しう吹きたるは」と語順が倒置されている。「けむかし」は語り手の推量。時刻の経過が語られる。4.4.33
注釈616松の響き下の「梟はこれにや」など、『白氏文集』凶宅詩の「梟は松桂の枝に鳴き 狐は蘭菊の叢に蔵る 蒼苔紅葉の地 日暮れて旋風多し」の表現に基づく。4.4.33
注釈617うち思ひめぐらすにこの句は「悔しさもやらむ方なし」に係る。4.4.33
注釈618けどほく疎ましきに接続助詞「に」そのうえ、という意で下に続ける。4.4.33
注釈619人声はせず打消の助動詞「ず」連体形、下文に続く。4.4.33
注釈620などてかくはかなき宿りは取りつるぞ源氏の後悔。4.4.33
注釈621死ぬべし「べし」(推量の助動詞)は語り手の見た推量。4.4.34
注釈622またこれもいかならむ源氏の不安な気持ち。「これ」は右近をさす。4.4.34
注釈623思しやる方ぞなきや係助詞「ぞ」形容詞「なき」連体形、係結びの法則。間投助詞「や」詠嘆は語り手の詠嘆。4.4.34
注釈624隈々しくおぼえたまふに接続助詞「に」順接、添加の意を表す。4.4.35
注釈625惟光とく参らなむ源氏の思い。「まゐら」未然形+終助詞「なむ」他に対する願望。惟光早く来てほしいの意。4.4.35
注釈626ありか定めぬ者にて下二動詞「定め」未然形+打消の助動詞「ぬ」連体形。断定の助動詞「に」連用形、接続助詞「て」順接の確定条件。4.4.35
注釈627千夜を過ぐさむ心地『源氏釈』は「暮るる間は千歳を過ぐす心地して待つは誠に久しかりけり」(後拾遺集恋二 六六七 藤原隆方)を指摘。『大系』他は「秋の夜の千夜を一夜になせりとも言葉残りて鶏や鳴きなむ」(伊勢物語二十二段)を指摘する。4.4.35
注釈628からうして清音。「カラウシテ[Caroxite]」(日葡辞書)。4.4.36
注釈629命をかけて以下「名をとるべきかな」まで、源氏の後悔の思い。4.4.36
注釈630かかる目を見るらむ推量の助動詞「らむ」終止形、原因理由推量。4.4.36
注釈631かかる筋におほけなくあるまじき心の報いに「かかる筋」とは恋愛事をいう。「おほけなくあるまじき」とは身分を弁えずあってはならないという意。その「心の報い」というので、夕顔などの身分の女に対する恋心ではなく、また六条辺りの御方に対する恋心でもない。次の「若紫」巻で、藤壺宮にする恋心と判明する。4.4.36
注釈632なりぬべきことはあるなめり「ぬべき」は完了の助動詞「ぬ」終止形、確述の意+推量の助動詞「べき」連体形、当然の意。きっとなってしまいそうなの意。「なめり」は断定の助動詞「なる」連体形の「る」が撥音便化しさらに無表記の形+推量の助動詞「めり」終止形、主観的推量の意。4.4.36
注釈633口ずさびになるべきなめり推量の助動詞「べき」連体形、当然の意。「なめり」は断定の助動詞「なる」連体形の「る」が撥音便化しさらに無表記の形+推量の助動詞「めり」終止形、主観的推量の意。4.4.36
注釈634をこがましき名をとるべきかな推量の助動詞「べき」連体形、当然の意。終助詞「かな」詠嘆の意。4.4.36
出典13 「梟」はこれにや 梟鳴松桂枝 狐蔵蘭菊叢 白氏文集一-四 凶宅詩 4.4.33
出典14 千夜を過ぐさむ心地 暮るる間の千歳を過ぐす心地して待つはまことに久しかりけり 後撰集恋二-六六七 藤原隆方 4.4.35
校訂24 人え聞き 人え聞き--人は(は/$え<朱>)きゝ 4.4.7
校訂25 曹司 曹司--さこ(こ/$う<朱>) 4.4.13
校訂26 消え 消え--きこ(こ/$<朱>)え 4.4.22
校訂27 からうして からうして--から(ら/+う)して 4.4.36
4.5
第五段 源氏、二条院に帰る


4-5  Genji comes back to his home

4.5.1  からうして、惟光朝臣参れり。夜中、暁といはず、 御心に従へる者の、今宵しもさぶらはで、 召しにさへおこたりつるを憎しと思すものから、召し入れて、のたまひ出でむことのあへなきに、ふとも物 言はれたまはず右近、大夫のけはひ聞くに、初めよりのこと、 うち思ひ出でられて泣くを君もえ堪へたまはで我一人さかしがり 抱き持たまへりけるにこの人に息をのべたまひてぞ、悲しきことも思されける、とばかり、いといたく、 えもとどめず泣きたまふ
 ようやくのことで、惟光朝臣が参上した。夜中、早朝の区別なく、御意のままに従う者が、今夜に限って控えていなくて、お呼び出しにまで遅れて参ったのを、憎らしいとお思いになるものの、呼び入れて、おっしゃろうとする内容があっけないので、すぐには何もおっしゃれない。右近は、大夫の様子を聞くと、初めからのことが、つい思い出されて泣くと、源氏の君も我慢がおできになれず、自分一人気丈夫に抱いていらっしゃったところ、この人を見てほっとなさって、悲しい気持ちにおなりになるのであったが、しばらくは、まことに大変にとめどもなくお泣きになる。
 やっと惟光が出て来た。夜中でも暁でも源氏の意のままに従って歩いた男が、今夜に限ってそばにおらず、呼びにやってもすぐの間に合わず、時間のおくれたことを源氏は憎みながらも寝室へ呼んだ。孤独の悲しみを救う手は惟光にだけあることを源氏は知っている。惟光をそばへ呼んだが、自分が今言わねばならぬことがあまりにも悲しいものであることを思うと、急には言葉が出ない。右近は隣家の惟光が来た気配に、亡き夫人と源氏との交渉の最初の時から今日までが連続的に思い出されて泣いていた。源氏も今までは自身一人が強い人になって右近を抱きかかえていたのであったが、惟光の来たのにほっとすると同時に、はじめて心の底から大きい悲しみが湧き上がってきた。非常に泣いたのちに源氏は躊躇しながら言い出した。
  Karausite, Koremitu-no-Asom mawire ri. Yonaka, akatuki to iha zu, mi-kokoro ni sitagahe ru mono no, koyohi simo saburaha de, mesi ni sahe okotari turu wo, nikusi to obosu monokara, mesi-ire te, notamahi-ide m koto no ahenaki ni, huto mo mono iha re tamaha zu. Ukon, Taihu no kehahi kiku ni, hazime yori no koto, uti-omohi-ide rare te naku wo, Kimi mo e tahe tamaha de, ware hitori sakasi-gari idaki mo' tamahe ri keru ni, kono hito ni iki wo nobe tamahi te zo, kanasiki koto mo obosa re keru, to bakari, ito itaku, e mo todome zu naki tamahu.
4.5.2  ややためらひて、「 ここに、いとあやしきことのあるを、あさましと言ふにもあまりてなむ ある。かかるとみの事には、 誦経などをこそはすなれとてその事どももせさせむ。願なども立てさせむとて、 阿闍梨ものせよ、と言ひつるは」とのたまふに、
 やっと気持ちを落ち着けて、「ここで、まことに奇妙な事件が起こったが、驚くと言っても言いようのないほどだ。このような危急のことには、誦経などをすると言うので、その手配をさせよう。願文なども立てさせようと思って、阿闍梨に来るようにと、言ってやったのは」とおっしゃると、
 「奇怪なことが起こったのだ。驚くという言葉では現わせないような驚きをさせられた。人のからだにこんな急変があったりする時には、僧家へ物を贈って読経をしてもらうものだそうだから、それをさせよう、願を立てさせようと思って阿闍梨も来てくれと言ってやったのだが、どうした」
  Yaya tamerahi te, "Koko ni, ito ayasiki koto no aru wo, asamasi to ihu ni mo amari te nam aru. Kakaru tomi no koto ni ha, zyukyau nado wo koso ha su nare tote, sono koto-domo mo se sase m. Gwan nado mo tate sase m tote, Azyari monose yo, to ihi turu ha." to notamahu ni,
4.5.3  「 昨日、山へまかり上りにけり。まづ、いとめづらかなる ことにもはべるかな。かねて、例ならず 御心地ものせさせたまふことやはべりつらむ
 「昨日、帰山してしまいました。それにしても、まことに奇妙なことでございますね。以前から、常とは違ってご気分のすぐれないことでもございましたのでしょうか」
 「昨日叡山へ帰りましたのでございます。まあ何ということでございましょう、奇怪なことでございます。前から少しはおからだが悪かったのでございますか」
  "Kinohu, yama he makari nobori ni keri. Madu, ito meduraka naru koto ni mo haberu kana! Kanete, rei nara zu mi-kokoti monose sase tamahu koto ya haberi tu ram?"
4.5.4  「 さることもなかりつ」とて、泣きたまふさま、いとをかしげにらうたく、 見たてまつる人もいと悲しくて、おのれも よよと泣きぬ
 「そのようなこともなかった」と言って、お泣きになる様子、とても優美でいたわしく、拝見する人もほんとうに悲しくて、自分もおいおいと泣いた。
 「そんなこともなかった」
 と言って泣く源氏の様子に、惟光も感動させられて、この人までが声を立てて泣き出した。
  "Saru koto mo nakari tu." tote, naki tamahu sama, ito wokasige ni rautaku, mi tatematuru hito mo ito kanasiku te, onore mo yoyo to naki nu.
4.5.5   さいへど年うちねび、世の中のとあることと、しほじみぬる人こそ、もののをりふしは 頼もしかりけれいづれもいづれも若きどちにて、言はむ方もなけれど、
 そうは言っても、年も相当とり、世の中のあれやこれやと、経験を積んだ人は、非常の時には頼もしいのであるが、どちらもどちらも若者同士で、どうしようもないが、
 老人はめんどうなものとされているが、こんな場合には、年を取っていて世の中のいろいろな経験を持っている人が頼もしいのである。源氏も右近も惟光も皆若かった。どう処置をしていいのか手が出ないのであったが、やっと惟光が、
  Sa ihe do, tosi uti-nebi, yononaka no to-aru koto to, sihozimi nuru hito koso, mono no worihusi ha tanomosikari kere, iduremo-iduremo wakaki-doti nite, ihamkatanakere do,
4.5.6  「 この院守などに 聞かせむことは、いと便なかるべし。 この人一人こそ睦しくもあらめ、おのづから物 言ひ漏らしつべき眷属も立ちまじりたらむ。まづ、 この院を出でおはしましね」と言ふ。
 「この院の管理人などに聞かせるようなことは、まことに不都合なことでしょう。この管理人一人は親密であっても、自然と口をすべらしてしまう身内も中にはいることでしょう。まずは、この院をお出なさいましね」と言う。
 「この院の留守役などに真相を知らせることはよくございません。当人だけは信用ができましても、秘密の洩れやすい家族を持っていましょうから。ともかくもここを出ていらっしゃいませ」
 と言った。
  "Kono win-mori nado ni kikase m koto ha, ito bin-nakaru besi. Kono hito hitori koso mutumasiku mo ara me, onodukara mono ihi-morasi tu beki kwenzoku mo tati-maziri tara m. Madu, kono win wo ide ohasimasi ne." to ihu.
4.5.7  「 さて、これより人少ななる所は いかでかあらむ」とのたまふ。
 「ところで、ここより人少なな所がどうしてあろうか」とおっしゃる。
 「でもここ以上に人の少ない場所はほかにないじゃないか」
  "Sate, kore yori hito-zukuna naru tokoro ha ikadeka ara m." to notamahu.
4.5.8  「 げに、さぞはべらむかの故里は、女房などの、悲しびに堪へず、 泣き惑ひはべらむに、隣しげく、とがむる里人多くはべらむに、 おのづから聞こえはべらむを、山寺こそ、なほかやうのこと、おのづから行きまじり、物紛るることはべらめ」と、思ひまはして、「 昔、見たまへし女房の、尼にてはべる東山の辺に、移したてまつらむ。 惟光が父の朝臣の乳母にはべりし者のみづはぐみて 住みはべるなり。辺りは、人しげきやうにはべれど、 いとかごかにはべり
 「なるほど、そうでございましょう。あの元の家は、女房などが、悲しみに耐えられず、泣き取り乱すでしょうし、隣家が多く、見咎める住人も多くございましょうから、自然と噂が立ちましょうが、山寺は、何と言ってもこのようなことも、自然ありがちで、目立たないことでございましょう」と言って、思案して、「昔、親しくしておりました女房で、尼になって住んでおります東山の辺に、お移し申し上げましょう。惟光めの父朝臣の乳母でございました者が、年老いて住んでいるのです。周囲は、人が多いようでございますが、とても閑静でございます」
 「それはそうでございます。あの五条の家は女房などが悲しがって大騒ぎをするでしょう、多い小家の近所隣へそんな声が聞こえますとたちまち世間へ知れてしまいます、山寺と申すものはこうした死人などを取り扱い馴れておりましょうから、人目を紛らすのには都合がよいように思われます」
 考えるふうだった惟光は、
 「昔知っております女房が尼になって住んでいる家が東山にございますから、そこへお移しいたしましょう。私の父の乳母をしておりまして、今は老人になっている者の家でございます。東山ですから人がたくさん行く所のようではございますが、そこだけは閑静です」
  "Geni, sa zo habera m. Kano hurusato ha, nyoubau nado no, kanasibi ni tahe zu, naki-madohi habera m ni, tonari sigeku, togamuru sato-bito ohoku habera m ni, onodukara kikoye habera m wo, yama-dera koso, naho kayau no koto, onodukara yuki-maziri, mono magiruru koto habera me." to, omohi-mahasi te, "Mukasi, mi tamahe si nyoubau no, ama nite haberu Himgasi-yama no atari ni, utusi tatematura m. Koremitu ga titi no Asom no menoto ni haberi si mono no, miduhagumi te sumi haberu nari. Atari ha, hito sigeki yau ni habere do, ito kagoka ni haberi."
4.5.9  と聞こえて、 明けはなるるほどの紛れに、御車寄す。
 と申し上げて、夜がすっかり明けるころの騒がしさに紛れて、お車を寄せる。
 と言って、夜と朝の入り替わる時刻の明暗の紛れに車を縁側へ寄せさせた。
  to kikoye te, ake-hanaruru hodo no magire ni, mi-kuruma yosu.
4.5.10   この人え抱きたまふまじければ上蓆におしくくみて、惟光乗せたてまつる。いとささやかにて、疎ましげもなく、らうたげなり。 したたかにしもえせねば、髪はこぼれ出でたるも、目くれ惑ひて、 あさましう悲し、と思せば、 なり果てむさまを見むと思せど、
 この女をお抱きになれそうもないので、上筵に包んで、惟光がお乗せ申す。とても小柄で、気味悪くもなく、かわいらしげである。しっかりとしたさまにもくるめないので、髪の毛がこぼれ出ているのを見るにつけ、目の前が真っ暗になって、何とも悲しい、とお思いになると、最後の様子を見届けたい、とお思いになるが、
 源氏自身が遺骸を車へ載せることは無理らしかったから、茣蓙に巻いて惟光が車へ載せた。小柄な人の死骸からは悪感は受けないできわめて美しいものに思われた。残酷に思われるような扱い方を遠慮して、確かにも巻かなんだから、茣蓙の横から髪が少しこぼれていた。それを見た源氏は目がくらむような悲しみを覚えて煙になる最後までも自分がついていたいという気になったのであるが、
  Kono hito wo e idaki tamahu mazikere ba, uha-musiro ni osi-kukumi te, Koremitu nose tatematuru. Ito sasayaka ni te, utomasige mo naku, rautage nari. Sitataka ni simo e se ne ba, kami ha kobore-ide taru mo, me kure-madohi te, asamasiu kanasi, to obose ba, nari-hate m sama wo mi m to obose do,
4.5.11  「 はや、御馬にて、二条院へ おはしまさむ。人騒がしくなりはべらぬほどに」
 「早く、お馬で、二条院へお帰りあそばすのがよいでしょう。人騒がしくなりませぬうちに」
 「あなた様はさっそく二条の院へお帰りなさいませ。世間の者が起き出しませんうちに」
  "Haya, ohom-muma nite, Nideu-no-win he ohasimasa m. Hito sawagasiku nari habera nu hodo ni."
4.5.12  とて、 右近を添へて乗すれば、徒歩より君に馬はたてまつりて、くくり引き上げなどして、かつは、いとあやしく、 おぼえぬ送りなれど御気色のいみじきを見たてまつれば身を捨てて行くに、君は物もおぼえたまはず、 我かのさまにて、おはし着きたり
 と言って、右近を添えて乗せると、徒歩で、源氏の君に馬はお譲り申して、裾を括り上げなどをして、かつ一方では、とても変で、奇妙な野辺送りだが、君のお悲しみの深いことを拝見すると、自分のことは考えずに行くが、源氏の君は何もお考えになれず、茫然自失の態で、お帰りになった。
 と惟光は言って、遺骸には右近を添えて乗せた。自身の馬を源氏に提供して、自身は徒歩で、袴のくくりを上げたりして出かけたのであった。ずいぶん迷惑な役のようにも思われたが、悲しんでいる源氏を見ては、自分のことなどはどうでもよいという気に惟光はなったのである。
 源氏は無我夢中で二条の院へ着いた。
  tote, Ukon wo sohe te nosure ba, kati yori, Kimi ni muma ha tetematuri te, kukuri hiki-age nado si te, katu ha, ito ayasiku, oboye nu okuri nare do, mi-kesiki no imiziki wo mi tatemature ba, mi wo sute te yuku ni, Kimi ha mono mo oboye tamaha zu, ware-ka no sama nite, ohasi tuki tari.
4.5.13   人びと、「 いづこより、おはしますにか。なやましげに 見えさせたまふ」など言へど、 御帳の内に入りたまひて、 胸をおさへて思ふに、いといみじければ、「 などて、乗り添ひて 行かざりつらむ生き返りたらむ時、 いかなる心地せむ。見捨てて行きあかれにけりと、 つらくや思はむ」と、心惑ひのなかにも、思ほすに、御胸せきあぐる心地したまふ。御頭も痛く、身も熱き心地して、いと苦しく、 惑はれたまへば、「 かくはかなくて、我もいたづらに なりぬるなめり」と思す。
 女房たちは、「どこから、お帰りあそばしましたのか。ご気分が悪そうにお見えあそばします」などと言うが、御帳台の内側にお入りになって、胸を押さえて思うと、まことに悲しいので、「どうして、一緒に乗って行かなかったのだろうか。もし生き返った場合、どのような気がするだろう。見捨てて行ってしまったと、辛く思うであろうか」と、気が動転しているうちにも、お思いやると、お胸のせき上げてくる気がなさる。お頭も痛く、身体も熱っぽい感じがして、とても苦しく、どうしてよいやら分からない気がなさるので、「こう元気がなくて、自分も死んでしまうのかも知れない」とお思いになる。
 女房たちが、
 「どちらからのお帰りなんでしょう。御気分がお悪いようですよ」
 などと言っているのを知っていたが、そのまま寝室へはいって、そして胸をおさえて考えてみると自身が今経験していることは非常な悲しいことであるということがわかった。なぜ自分はあの車に乗って行かなかったのだろう、もし蘇生することがあったらあの人はどう思うだろう、見捨てて行ってしまったと恨めしく思わないだろうか、こんなことを思うと胸がせき上がってくるようで、頭も痛く、からだには発熱も感ぜられて苦しい。こうして自分も死んでしまうのであろうと思われるのである。
  Hito-bito, "Iduko yori, ohasimasu ni ka? Nayamasige ni miye sase tamahu." nado ihe do, mi-tyau no uti ni iri tamahi te, mune wo osahe te, omohu ni, ito imizikere ba, "Nadote, nori-sohi te ika zari tu ram? Iki-kaheri tara m toki, ika naru kokoti se m. Mi-sute te yuki-akare ni keri to, turaku ya omoha m?" to, kokoro-madohi no naka ni mo, omohosu ni, ohom-mune seki aguru kokoti si tamahu. Mi-gusi mo itaku, mi mo atuki kokoti si te, ito kurusiku, madoha re tamahe ba, "Kaku hakanaku te, ware mo itadura ni nari nuru na' meri." to obosu.
4.5.14  日高くなれど、起き上がりたまはねば、人びとあやしがりて、御粥などそそのかしきこゆれど、苦しくて、 いと心細く思さるるに、内裏より御使あり。 昨日え尋ね出でたてまつらざりしよりおぼつかながらせたまふ。大殿の君達参りたまへど、頭中将ばかりを、「 立ちながら、こなたに入りたまへ」とのたまひて、 御簾の内ながらのたまふ。
 日は高くなったが、起き上がりなさらないので、女房たちは不思議に思って、お粥などをお勧め申し上げるが、気分が悪くて、とても気弱くお思いになっているところに、内裏からお使者が来る。昨日、お探し申し上げられなかったことで、御心配あそばしていらっしゃる。大殿の公達が参上なさったが、頭中将だけを、「立ったままで、ここにお入り下さい」とおっしゃって、御簾の内側のままでお話しなさる。
 八時ごろになっても源氏が起きぬので、女房たちは心配をしだして、朝の食事を寝室の主人へ勧めてみたが無駄だった。源氏は苦しくて、そして生命の危険が迫ってくるような心細さを覚えていると、宮中のお使いが来た。帝は昨日もお召しになった源氏を御覧になれなかったことで御心配をあそばされるのであった。左大臣家の子息たちも訪問して来たがそのうちの頭中将にだけ、
 「お立ちになったままでちょっとこちらへ」
 と言わせて、源氏は招いた友と御簾を隔てて対した。
  Hi takaku nare do, oki-agari tamaha ne ba, hito-bito ayasigari te, ohom-kayu nado sosonokasi kikoyure do, kurusiku te, ito kokoro-bosoku obosa ruru ni, Uti yori ohom-tukahi ari. Kinohu, e tadune-ide tatematura zari si yori, obotukanagara se tamahu. Ohoi-dono no kindati mawiri tamahe do, Tou-no-Tyuuzyau bakari wo, "Tati nagara, konata ni iri tamahe." to notamahi te, mi-su no uti nagara notamahu.
4.5.15  「 乳母にてはべる者の、この五月のころほひより、重く わづらひはべりしが、頭剃り忌むこと受けなどして、そのしるしにや、よみがへりたりしを、 このごろ、またおこりて、 弱くなむなりにたる、『今一度、とぶらひ見よ』と 申したりしかばいときなきよりなづさひし者の、今はのきざみに、つらしとや思はむ、と思うたまへて まかれりしにその家なりける下人の病しけるが、にはかに 出であへで亡くなりにけるを、 怖ぢ憚りて、日を暮らしてなむ 取り出ではべりけるを聞きつけはべりしかば神事なるころ、いと不便なること、 と思うたまへかしこまりてえ参らぬなり。この暁より、 しはぶき病みにやはべらむ、頭いと痛くて苦しくはべれば、 いと無礼にて聞こゆること
 「乳母でございます者で、この五月のころから、重く患っておりました者が、髪を切り受戒などをして、その甲斐があってか、生き返っていましたが、最近、再発して、弱くなっていますのが、『今一度、見舞ってくれ』と申していたので、幼いころから馴染んだ人が、今はの際に、薄情なと思うだろうと、存じて参っていたところ、その家にいた下人で、病気していた者が、急に暇をとる間もなく亡くなってしまったのを、恐れ遠慮して、日が暮れてから運び出したのを、聞きつけましたので、神事のあるころで、まことに不都合なこと、と存じ謹慎して、参内できないのです。この早朝から、風邪でしょうか、頭がとても痛くて苦しうございますので、大変失礼したまま申し上げます次第」
 「私の乳母の、この五月ごろから大病をしていました者が、尼になったりなどしたものですから、その効験でか一時快くなっていましたが、またこのごろ悪くなりまして、生前にもう一度だけ訪問をしてくれなどと言ってきているので、小さい時から世話になった者に、最後に恨めしく思わせるのは残酷だと思って、訪問しましたところがその家の召使の男が前から病気をしていて、私のいるうちに亡くなったのです。恐縮して私に隠して夜になってからそっと遺骸を外へ運び出したということを私は気がついたのです。御所では神事に関した御用の多い時期ですから、そうした穢れに触れた者は御遠慮すべきであると思って謹慎をしているのです。それに今朝方からなんだか風邪にかかったのですか、頭痛がして苦しいものですからこんなふうで失礼します」
"Menoto ni te haberu mono no, kono go-gwati no korohohi yori, omoku wadurahi haberi si ga, kasira sori imu koto uke nado si te, sono sirusi ni ya, yomigaheri tari si wo, konogoro, mata okori te, yowaku nam nari ni taru, 'Ima hito-tabi, toburahi mi yo.' to mausi tari sika ba, itokinaki yori nadusahi si mono no, imaha-no-kizami ni, turasi to ya omoha m, to omou tamahe te makare ri si ni, sono ihe nari keru simo-bito no, yamahi si keru ga, nihaka ni ide-ahe de nakunari ni keru wo, odi-habakari te, hi wo kurasi te nam tori-ide haberi keru wo, kiki-tuke haberi sika ba, kamwaza naru koro, ito hubin naru koto, to omou tamahe kasikomari te, e mawira nu nari. Kono akatuki yori, sihabuki-yami ni ya habera m, kasira ito itaku te kurusiku habere ba, ito murai ni te kikoyuru koto."
4.5.16  などのたまふ。中将、
 などとおっしゃる。頭中将は、
 などと源氏は言うのであった。中将は、
  nado notamahu. Tyuuzyau,
4.5.17  「 さらば、さるよしをこそ奏しはべらめ。昨夜も、御遊びに、かしこく 求めたてまつらせたまひて、御気色悪しくはべりき」と聞こえたまひて、 立ち返り、「 いかなる行き触れに かからせたまふぞや述べやらせたまふことこそまことと思うたまへられね
 「それでは、そのような旨を奏上しましょう。昨夜も、管弦の御遊の折に、畏れ多くもお探し申しあそばされて、御機嫌お悪うございました」と申し上げなさって、また引き返して、「どのような穢れにご遭遇あそばしたのですか。ご説明なされたことは、本当とは存じられません」
 「ではそのように奏上しておきましょう。昨夜も音楽のありました時に、御自身でお指図をなさいましてあちこちとあなたをお捜させになったのですが、おいでにならなかったので、御機嫌がよろしくありませんでした」
  "Saraba, saru yosi wo koso sou-si habera me. Yobe mo, ohom-asobi ni, kasikoku motome tatematura se tamahi te, mi-kesiki asiku haberi ki." to kikoye tamahi te, tati-kaheri, "Ikanaru iki-bure ni kakara se tamahu zo ya? Nobe-yara se tamahu koto koso, makoto to omou tamahe rare ne."
4.5.18   と言ふに胸つぶれたまひて
 と言うので、胸がどきりとなさって、
 と言って、帰ろうとしたがまた帰って来て、
  to ihu ni, mune tubure tamahi te,
4.5.19  「 かく、こまかにはあらで、ただ、おぼえぬ穢らひに触れたるよしを、奏したまへ。いとこそ たいだいしくはべれ
 「このように、詳しくではなく、ただ、思いがけない穢れに触れた由を、奏上なさって下さい。まったく不都合なことでございます」
 「ねえ、どんな穢れにおあいになったのですか、さっきから伺ったのはどうもほんとうとは思われない」
  "Kaku, komaka ni ha ara de, tada, oboye nu kegarahi ni hure taru yosi wo, sou-si tamahe. Ito koso tai-daisiku habere."
4.5.20  と、つれなくのたまへど、心のうちには、言ふかひなく悲しきことを思すに、御心地も悩ましければ、人に目も見合せたまはず。 蔵人弁を召し寄せて、まめやかに かかるよし奏せさせたまふ大殿などにも、かかることありて、え参らぬ御消息など聞こえたまふ。
 と、さりげなくおっしゃるが、心中は、どうしようもなく悲しい事とお思いになるにつけ、ご気分もすぐれないので、誰ともお顔を合わせなさらない。蔵人の弁を呼び寄せて、きまじめにその旨を奏上させなさる。大殿などにも、これこれの事情があって、参上できないお手紙などを差し上げなさる。
 と、頭中将から言われた源氏ははっとした。
 「今お話ししたようにこまかにではなく、ただ思いがけぬ穢れにあいましたと申し上げてください。こんなので今日は失礼します」
 素知らず顔には言っていても、心にはまた愛人の死が浮かんできて、源氏は気分も非常に悪くなった。だれの顔も見るのが物憂かった。お使いの蔵人の弁を呼んで、またこまごまと頭中将に語ったような行触れの事情を帝へ取り次いでもらった。左大臣家のほうへもそんなことで行かれぬという手紙が行ったのである。
  to, turenaku notamahe do, kokoro no uti ni ha, ihukahinaku kanasiki koto wo obosu ni, mi-kokoti mo nayamasikere ba, hito ni me mo mi-ahase tamaha zu. Kuraudo-no-Ben wo mesi-yose te, mameyaka ni kakaru yosi wo sou-se sase tamahu. Ohoi-dono nado ni mo, kakaru koto ari te, e mawira nu ohom-seusoko nado kikoye tamahu.
注釈635御心に従へる者の格助詞「の」主格を表す。「おこたりつるを」に係る。4.5.1
注釈636召しにさへおこたりつるを副助詞「さへ」添加を表す。控えていなかった上に遅刻までしたことを。4.5.1
注釈637憎しと思すものから接続助詞「ものから」逆接の確定条件を表す。4.5.1
注釈638言はれたまはず可能の助動詞「れ」連用形。4.5.1
注釈639右近大夫のけはひ聞くに右近は惟光大夫が参上した様子を耳にすると、の意。「右近」は「初めよりのことうち思ひ出でられて」に続く。4.5.1
注釈640うち思ひ出でられて泣くを自発の助動詞「られ」連用形。接続助詞「を」順接。--すると。4.5.1
注釈641君もえ堪へたまはで係助詞「も」同類を表す。右近が泣き、源氏も泣き出す。「えもとどめず泣きたまふ」に係る。4.5.1
注釈642我一人以下「思されける」まで、『完訳』は挿入句と解す。4.5.1
注釈643抱き持たまへりけるに源氏が夕顔を。今泉訳では「右近を」とする。接続助詞「に」順接。4.5.1
注釈644この人に息をのべたまひてぞ惟光をさす。係助詞「ぞ」、過去の助動詞「ける」連体形、係結びの法則。4.5.1
注釈645えもとどめず泣きたまふ副詞「え」打消の助動詞「ず」連用形と呼応して不可能の意を表す。尊敬の補助動詞「たまふ」終止形。4.5.1
注釈646ここにいとあやしきことの以下「と言ひつるは」まで、源氏の詞。源氏の言葉の末尾、大島本のみ「やり」ナシ。『集成』『古典セレクション』は「言ひやりつるは」と本文を改める。「つる」(完了の助動詞完了)「は」(係助詞)。下に「いかに」などの語句が省略された形。4.5.2
注釈647誦経などをこそはすなれとて「誦経」の「ず」は「じゅ」の直音表記。係助詞「こそ」、サ変動詞「す」終止形、伝聞推定の助動詞「なれ」已然形、係結びの法則。4.5.2
注釈648その事どももせさせむ使役の助動詞「させ」未然形、推量の助動詞「む」終止形。阿闍梨に誦経をさせよう、の趣旨。4.5.2
注釈649阿闍梨「阿闍梨」の「ざ」は「じゃ」の直音表記。4.5.2
注釈650昨日山へまかり上りにけり以下「はべりつらむ」まで、惟光の返事。「山」は比叡山をさす。完了の助動詞「に」連用形、過去の助動詞「けり」終止形。4.5.3
注釈651ことにもはべるかな断定の助動詞「に」連用形、係助詞「も」強調のニュアンス、終助詞「かな」詠嘆を表す。4.5.3
注釈652御心地ものせさせたまふことやはべりつらむ夕顔の健康状態についていう。尊敬の助動詞「させ」連用形、尊敬の補助動詞「たまふ」連用形、最高敬語の形。会話文中なのでこのような言い方をする。係助詞「や」疑問の意、完了の助動詞「つ」終止形、推量の助動詞「らむ」連体形、原因推量の意、係結びの法則。4.5.3
注釈653さることもなかりつ源氏の詞。4.5.4
注釈654見たてまつる人も惟光。4.5.4
注釈655よよと泣きぬ副詞「よよ」はしゃくりあげて泣くさま。おいおいと泣く。完了の助動詞「ぬ」終止形。4.5.4
注釈656さいへど惟光が来たとはいえ。4.5.5
注釈657年うちねび惟光をいう。惟光は源氏と乳母兄弟とはいえ、必ずしも同い年ではない。『評釈』は「同年である」と注す。4.5.5
注釈658頼もしかりけれ前の「人こそ」〜「けれ」(過去の助動詞、詠嘆、已然形)の係結びであるが、文は逆接で以下に続く。いわゆる係結びの逆接用法。4.5.5
注釈659いづれもいづれも『新大系』は源氏と惟光の二人とする。『古典セレクション』は源氏、惟光、右近の三人とする。4.5.5
注釈660この院守などに以下「出でおはしましね」まで、惟光の詞。4.5.6
注釈661聞かせむことは下二段動詞「聞かせ」未然形、推量の助動詞「む」連体形、婉曲の意。『集成』は「相談する」と解し、『完訳』は「耳に入ったら」と解す。『新大系』「評判が立つことを恐れる」と注す。聞かせるようなことは、の意。4.5.6
注釈662この人一人こそ前に「むつましき下家司にて、殿にも仕うまつる者なりければ」とあった。係助詞「こそ」は「あらめ」已然形に係る、係結びの逆接用法。4.5.6
注釈663言ひ漏らしつべき完了の助動詞「つ」終止形、確述の意、推量の助動詞「べき」連体形、当然の意。きっと言い漏らしてしまうにちがいない、というニュアンス。4.5.6
注釈664この院を出でおはしましね完了の助動詞「ね」命令形。4.5.6
注釈665さて以下「あらむ」まで、源氏の詞。4.5.7
注釈666いかでかあらむ連語「いかでか」(副詞「いかで」+係助詞「か」)反語表現。どうしてあろうか、ここしかない、の意。4.5.7
注釈667げにさぞはべらむ以下「ことはべらめ」まで、惟光の詞。副詞「げに」は源氏の言葉を受ける。係助詞「ぞ」推量の助動詞「む」連体形、係結びの法則。4.5.8
注釈668かの故里は夕顔の宿の実家をさしていう。『新大系』は「惟光は五条の夕顔の宿りに知らせてもやはり最後には世間に評判になろう、と心配する。やや不自然な設定ながら、夕顔の死は「古里」に秘密にされることによって玉鬘の物語への長編化が試みられる。構想上の要請である」と注す。4.5.8
注釈669泣き惑ひはべらむに「多くはべらむに」と並列の構文。接続助詞「に」順接、原因理由を表す。4.5.8
注釈670おのづから聞こえはべらむを推量の助動詞「む」終止形、推量の意。接続助詞「を」逆接を表す。4.5.8
注釈671昔見たまへし女房の以下「いとかごかにはべり」まで、惟光の詞。「見たまへし」は、謙譲の補助動詞「たまへ」連用形、過去の助動詞「し」連体形。格助詞「の」同格を表す。自分の過去の体験をいう。知己あるいは良く知った、の意。後文から父親の乳母であった女性とわかる。
【女房】−大島本は「女房」と表記する。御物本、榊原家本、池田本、三条西家本は「女はら」とある。肖柏本は大島本と同文。『集成』は「女ばら」と本文を改める。
4.5.8
注釈672惟光が父の朝臣の乳母にはべりし者の自分の名前を言って、こう言う。他のところでは「某の」と表現されることが多いが、実際はこのように言ったのである。惟光が「昔見たまへし女房」とこの「父朝臣の乳母」は同一人物をさす。父親の乳母だった女であるから相当な老尼である。4.5.8
注釈673みづはぐみて大島本は「みつわくみて」と表記する。御物本は「は」の傍らに「わ」とある。「支離 ミツハサス ミツワクム」(黒川本色葉字類抄)。『集成』は「みつはくみて」と清音で読む。一般には「みづは(瑞歯)ぐみて」と濁音で読む。4.5.8
注釈674住みはべるなり断定の助動詞「なり」終止形。「昔見たまへし女房」の詳細な説明だから。4.5.8
注釈675いとかごかにはべり「かごか」は「かごやか」と同義(接尾語「やか」が付くと、それよりもやや強調された語気が伴う)。「静寂などの静か静かではなくこぢんまりとして人の出入りが少なく、人目に触れない、ざわざわしない意に中心があることは「かごか」「かごやか」の全用例を通じて認められる。普通、第二音節を濁るが、あるいは「かこやか」で「かこむ」「かこふ」と同根であり、四方を囲まれて、静かに籠る状態をいったものか」(小学館古語大辞典)。4.5.8
注釈676明けはなるるほどの紛れに夜が明けて人通りが増えて来るころに紛れて源氏の車を某院に引き入れる。4.5.9
注釈677この人夕顔をさす。4.5.10
注釈678え抱きたまふまじければ副詞「え」は打消推量の助動詞「まじけれ」已然形と呼応して不可能の意を表す。4.5.10
注釈679上蓆におしくくみて「上蓆(うはむしろ)」は御帳台に敷く上等な敷物。「おしくくむ」は、包む、くるむ、意。上等な敷物の上に寝かせて、それでくるんだような形にして牛車に乗せたものか。4.5.10
注釈680したたかにしもえせねば死者に対して手荒に扱えないので、しっかりとしたさまにつつむことができない、意。4.5.10
注釈681あさましう悲し源氏の気持ち。4.5.10
注釈682なり果てむさまを見む源氏の思い。火葬の場に立ち会って、最後の様子を見届けようとする気持ち。4.5.10
注釈683はや御馬にて以下「ほどに」まで、惟光の詞。4.5.11
注釈684おはしまさむ推量の助動詞「む」終止形、適当の意。お帰りあそばすのがよいでしょう。4.5.11
注釈685右近を添へて乗すれば徒歩より惟光は右近を夕顔と共に牛車に乗せて、自分は徒歩で、の意。4.5.12
注釈686君に馬はたてまつりて挿入句。4.5.12
注釈687おぼえぬ送りなれど野辺送り。惟光が付き随った。4.5.12
注釈688御気色のいみじきを見たてまつれば挿入句。4.5.12
注釈689身を捨てて行くに接続助詞「に」弱い逆接の意。4.5.12
注釈690我かのさまにておはし着きたり二条院にお帰りになった。源氏単独ではない。物語には語られていないが必ず前出の随身などが随行している。4.5.12
注釈691人びと二条院の女房たち。場面は、二条院に変わる。4.5.13
注釈692いづこよりおはしますにか以下「見えさせたまふ」まで、女房たち同士の詞。「申す」「きこゆ」などの敬意表現がない。ひそひそ話の趣き。断定の助動詞「に」連用形。係助詞「か」疑問を表す。結びの省略。4.5.13
注釈693見えさせたまふ「させ」(尊敬の助動詞)「たまふ」(尊敬の補助動詞)、二重敬語。会話文中で使用される。4.5.13
注釈694御帳の内に寝室。4.5.13
注釈695胸をおさへて思ふに接続助詞「に」順接を表す。4.5.13
注釈696などて以下「思はむ」まで、源氏の心。後悔。4.5.13
注釈697行かざりつらむ打消の助動詞「ざり」連用形。完了の助動詞「つ」終止形、完了の意。推量の助動詞「らむ」連体形、理由を表す。反語表現の構文。どうして自分は行かなかったのだろう、行けばよかったの意。4.5.13
注釈698生き返りたらむ完了の助動詞「たら」未然形、完了の意。推量の助動詞「む」連体形、仮定の意。夕顔がもし生き返ったなら、というニュアンス。4.5.13
注釈699いかなる心地せむ主語は夕顔。4.5.13
注釈700つらくや思はむ係助詞「や」疑問、推量の助動詞「む」連体形、係結びの法則。4.5.13
注釈701惑はれたまへば自発の助動詞「れ」連体形。接続助詞「ば」順接の確定条件を表す。4.5.13
注釈702かくはかなくて以下「いたづらになりぬるなめり」まで、源氏の思い。4.5.13
注釈703なりぬるなめり完了の助動詞「ぬる」連体形、完了の意、「な」は断定の助動詞「なる」連体形「る」が撥音便化しさらに無表記の形。推量の助動詞「めり」終止形、主観的推量を表す。死んでしまいそうだ、というニュアンス。4.5.13
注釈704いと心細く思さるるに自発の助動詞「るる」連体形。接続助詞「に」順接、--と、たところ、の意。4.5.14
注釈705昨日以下「おぼつかながらせたまふ」まで、『完訳』は挿入句と解す。内裏からの使者の詞のようにも思われる一文である。「たてまつらざりし」の過去の助動詞「し」は自分の体験をいう時に使う言葉だからである。4.5.14
注釈706え尋ね出でたてまつらざりしより謙譲の補助動詞「たてまつら」未然形は、源氏に対する敬意の表れ。主語は探索者。お訪ね申し上げられなかったので。4.5.14
注釈707おぼつかながらせたまふ主語は帝。尊敬の助動詞「せ」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」終止形、最高敬語。地の文における使用は、原則として、帝、中宮、春宮、院などの方々だけ。4.5.14
注釈708立ちながらこなたに入りたまへ源氏の詞。「立ちながら」と言うのは、座ると死穢に触れるので、それを避けるために配慮してこう言ったもの。4.5.14
注釈709御簾の内ながら御帳台の御簾。接続助詞「ながら」--のままで、の意。4.5.14
注釈710乳母にてはべる者の以下「聞こゆること」まで、源氏の詞。源氏の乳母、大弍の乳母をいう。前半は真実、後半は虚偽。格助詞「の」同格を表す。4.5.15
注釈711わづらひはべりしが「が」は格助詞、主格を表す。患っておりました者が、の意。4.5.15
注釈712このごろ「比日 コノゴロ」(図書寮本名義抄)。4.5.15
注釈713弱くなむなりにたる係助詞「なむ」は「たる」連体形に係るが、この句が主格となって、以下の文に続く。完了の助動詞「に」連用形、完了の助動詞「たる」連体形、存続の意。4.5.15
注釈714申したりしかば完了の助動詞「たり」連用形、存続、過去の助動詞「しか」已然形+接続助詞「ば」順接の確定条件を表す。申していたので、「まかれりしに」に係る。4.5.15
注釈715いときなきよりなづさひし者の今はのきざみにつらしとや思はむと思うたまへて挿入句。主語は話者の源氏。過去の助動詞「し」連体形、自分の体験。格助詞「の」主格を表す。係助詞「や」疑問、推量の助動詞「む」連体形、係結びの法則。「思うたまへて」は動詞「思ひ」連用形の音便形+謙譲の補助動詞「たまへ」連用形+接続助詞「て」順接を表す。4.5.15
注釈716まかれりしに完了の助動詞「り」連用形、存続の意。過去の助動詞「し」連体形、接続助詞「に」順接、--していたところ。退出いたしておりましたところ。4.5.15
注釈717その家なりける下人の「なり」「ける」は、その家にいたの意。格助詞「の」同格を表す。以下は源氏の虚言である。4.5.15
注釈718病しけるが過去の助動詞「ける」連体形、格助詞「が」は主格を表す。病気だった者が。4.5.15
注釈719出であへで横山本は「え〔え−補入〕いてあへて」、肖柏本と三条西家本は「えいてあへて」とある。河内本も「えいてあへて」、別本の陽明文庫本は「えいてあはす」とある。いずれも副詞「え」がある。家から出る余裕もなくの意。死の穢れを避けるために主人の家からその前に退出させるのが通例であった。4.5.15
注釈720怖ぢ憚りて客人の源氏に遠慮した。4.5.15
注釈721取り出ではべりけるを下人の死骸を運び出しましたのを。過去の助動詞「ける」連体形は係助詞「なむ」の結びであるが、下文に続き係結びの流れ。格助詞「を」目的格を表す。4.5.15
注釈722聞きつけはべりしかば丁寧の補助動詞「はべり」、過去の助動詞「しか」已然形+接続助詞「ば」順接の確定条件を表す。「え参らぬなり」に係る。4.5.15
注釈723神事なるころ『古典セレクション』では「かむわざ」と振り仮名を付ける。大島本「神事」と表記。『新大系』「「かむわざ」と訓むか」と注す。神事の多い時期。今九月である。4.5.15
注釈724と思うたまへかしこまりて「思うたまへ」は動詞「思ひ」連用形の音便形+謙譲の補助動詞「たまへ」連用形。接続助詞「て」順接を表す。4.5.15
注釈725え参らぬなり副詞「え」は打消の助動詞「ぬ」連体形と呼応して不可能の意を表す。断定の助動詞「なり」終止形。4.5.15
注釈726しはぶき病みにやはべらむ挿入句。係助詞「や」疑問、推量の助動詞「む」連体形、係結びの法則。4.5.15
注釈727いと無礼にて聞こゆること御帳台の中から簾越しで申し上げることを大変に失礼なことで、と詫びる。下に「許したまへ」などの語句が省略されている。4.5.15
注釈728さらばさるよしをこそ奏しはべらめ以下「御気色悪しくはべりき」まで、頭中将の詞。接続詞「さらば」それでは、そうであるならば、の意。係助詞「こそ」は「はべらめ」(已然形に係る、係結びの法則。「奏す」は帝に申し上げるときに使用する語。推量の助動詞「め」已然形は意志を表す。4.5.17
注釈729求めたてまつらせたまひて謙譲の補助動詞「たてまつら」未然形は源氏に対する敬意、尊敬の助動詞「せ」連用形、尊敬の補助動詞「たまひ」連用形の二重敬語は、帝に対する最高敬語。接続助詞「て」は順接を表す。お探しになって、しかし探し当てられなかったので、とう内容が省略されて、「御気色悪しくはべりき」に続く。4.5.17
注釈730立ち返り『新大系』は「一度去るしぐさをして引き返す。内裏のお使いとしての口上と別に、とってかえして真相を聞き出そうとする」と注す。4.5.17
注釈731いかなる行き触れに以下「思うたまへられね」まで、頭中将の詞。4.5.17
注釈732かからせたまふぞや尊敬の助動詞「せ」連用形、尊敬の補助動詞「たまふ」終止形の二重敬語は、会話文中における使用。係助詞「ぞ」文末に置かれて文全体を強調、係助詞「や」疑問の意。4.5.17
注釈733述べやらせたまふことこそ尊敬の助動詞「せ」連用形、尊敬の補助動詞「たまふ」連体形の二重敬語は、会話文中における使用。係助詞「こそ」は打消の助動詞「ね」已然形に係る、係結びの法則。4.5.17
注釈734まことと思うたまへられね「思うたまへ」は「思ひ」連用形の音便形+謙譲の補助動詞「たまへ」未然形。可能の助動詞「られ」未然形。打消の助動詞「ね」已然形。4.5.17
注釈735と言ふに接続助詞「に」原因理由を表す。4.5.18
注釈736胸つぶれたまひて源氏は頭中将から嘘を見破られたのでどきりとした。4.5.18
注釈737かくこまかにはあらで以下「たいだいしくはべれ」まで、源氏の詞。4.5.19
注釈738たいだいしくはべれ『集成』は「不都合な次第でございます」と訳し、『古典セレクション』は「まったくもってのほかの申し訳ないことでございます」と訳す。係助詞「こそ」「はべれ」已然形の係結びの法則。4.5.19
注釈739蔵人弁蔵人で弁官を兼官する者。蔵人は天皇に近侍して取り次いで奏上する。頭中将の弟と後の巻々からわかる。4.5.20
注釈740かかるよしある穢れに触れてしばらく謹慎するという内容。4.5.20
注釈741奏せさせたまふ「奏す」は帝に対して申し上げる時だけ使う語。使役の助動詞「させ」連用形、尊敬の補助動詞「たまふ」終止形。源氏が蔵人の弁をして帝に奏上させなさる意。4.5.20
注釈742大殿などにも左大臣家をさす。『集成』はそのルビに「おほいとの」と付けるが、御物本に「い」を補入している例がある。4.5.20
校訂28 ある ある--*あり 4.5.2
校訂29 阿闍梨 阿闍梨--あま(ま/$さ<朱>)り 4.5.2
4.6
第六段 十七日夜、夕顔の葬送


4-6  Yugao's funeral on the night of 17

4.6.1   日暮れて、惟光 参れりかかる穢らひありとのたまひて参る人びとも、 皆立ちながらまかづれば、人しげからず。 召し寄せて
 日が暮れて、惟光が参上した。これこれの穢れがあるとおっしゃったので、お見舞いの人々も、皆立ったままで退出するので、人目は多くない。呼び寄せて、
 日が暮れてから惟光が来た。行触れの件を発表したので、二条の院への来訪者は皆庭から取り次ぎをもって用事を申し入れて帰って行くので、めんどうな人はだれも源氏の居間にいなかった。惟光を見て源氏は、
  Hi kure te, Koremitu mawire ri. Kakaru kegarahi ari to notamahi te, mawiru hito-bito mo, mina tati-nagara makadure ba, hito sigekara zu. Mesi-yose te,
4.6.2  「 いかにぞ。今はと見果てつや
 「どうであったか。もうだめだと見えてしまったか」
 「どうだった、だめだったか」
  "Ikani zo? Ima-ha to mi-hate tu ya?"
4.6.3  と のたまふままに、袖を御顔に押しあてて泣きたまふ。惟光も泣く泣く、
 とおっしゃると同時に、袖をお顔に押し当ててお泣きになる。惟光も泣きながら、
 と言うと同時に袖を顔へ当てて泣いた。惟光も泣く泣く言う、
  to notamahu mama ni, sode wo ohom-kaho ni osi-ate te naki tamahu. Koremitu mo naku-naku,
4.6.4  「 今は限りにこそは ものしたまふめれ長々と籠もりはべらむも便なきを明日なむ、日よろしくはべれば とかくの事いと尊き老僧の、あひ知りてはべるに言ひ語らひつけはべりぬる」と聞こゆ。
 「もはやご最期のようでいらっしゃいます。いつまでも一緒に籠っておりますのも不都合なので、明日は、日柄がよろしうございますので、あれこれ葬儀のことを、大変に尊い老僧で、知っております者に、連絡をつけました」と申し上げる。
 「もう確かにお亡れになったのでございます。いつまでお置きしてもよくないことでございますから、それにちょうど明日は葬式によい日でしたから、式のことなどを私の尊敬する老僧がありまして、それとよく相談をして頼んでまいりました」
  "Ima ha kagiri ni koso ha monosi tamahu mere. Naga-naga to komori habera m mo bin-naki wo, asu nam, hi yorosiku habere ba, tokaku no koto, ito tahutoki rau-sou no, ahi-siri te haberu ni, ihi katarahi-tuke haberi nuru." to kikoyu.
4.6.5  「 添ひたりつる女はいかに」とのたまへば、
 「付き添っていた女はどうしたか」とおっしゃると、
 「いっしょに行った女は」
  "Sohi tari turu womna ha ikani?" to notamahe ba,
4.6.6  「 それなむ、また、え生くまじくはべるめる我も後れじと惑ひはべりて、今朝は 谷に落ち入りぬとなむ見たまへつる。『 かの故里人に告げやらむ』と申せど、『 しばし、思ひしづめよ、と。ことのさま思ひめぐらして』 となむ、こしらへおきはべりつる
 「その者も、同様に、生きられそうにございませんようです。自分も死にたいと取り乱しまして、今朝は谷に飛び込みそうになったのを拝見しました。『あの前に住んでいた家の人に知らせよう』と申しますが、『今しばらく、落ち着きなさい、と。事情をよく考えてからに』と、宥めておきました」
 「それがまたあまりに悲しがりまして、生きていられないというふうなので、今朝は渓へ飛び込むのでないかと心配されました。五条の家へ使いを出すというのですが、よく落ち着いてからにしなければいけないと申して、とにかく止めてまいりました」
  "Sore nam, mata, e iku maziku haberu meru. Ware mo okure zi to madohi haberi te, kesa ha tani ni oti-iri nu to nam mi tamahe turu. 'Kano hurusato-bito ni tuge-yara m.' to mause do, 'Sibasi, omohi-sidume yo, to. Koto no sama omohi-megurasi te.' to nam, kosirahe-oki haberi turu."
4.6.7   と、語りきこゆるままにいといみじと思して
 と、ご報告申すにつれて、とても悲しくお思いになって、
 惟光の報告を聞いているうちに、源氏は前よりもいっそう悲しくなった。
  to, katari kikoyuru mama ni, ito imizi to obosi te,
4.6.8  「 我も、いと心地悩ましくいかなるべきにかとなむおぼゆる」とのたまふ。
 「わたしも、とても気分が悪くて、どうなってしまうのであろうかと思われる」とおっしゃる。
 「私も病気になったようで、死ぬのじゃないかと思う」
 と言った。
  "Ware mo, ito kokoti nayamasiku, ika naru beki ni ka to nam oboyuru." to notamahu.
4.6.9  「 何か、さらに思ほし ものせさせたまふさるべきにこそ、よろづのことはべらめ人にも漏らさじと思うたまふれば惟光おり立ちてよろづはものしはべる」など申す。
 「何を、この上くよくよお考えあそばしますか。そうなる運命に、万事決まっていたのでございましょう。誰にも聞かせまいと存じますので、惟光めが身を入れて、万事始末いたします」などと申す。
 「そんなふうにまでお悲しみになるのでございますか、よろしくございません。皆運命でございます。どうかして秘密のうちに処置をしたいと思いまして、私も自身でどんなこともしているのでございますよ」
  "Nanika, sarani omohosi monose sase tamahu. Saru-beki ni koso, yorodu no koto habera me. Hito ni mo morasa zi to omou tamahure ba, Koremitu ori-tati te, yorodu ha monosi haberu." nado mausu.
4.6.10  「 さかし。さ皆思ひなせど、浮かびたる心のすさびに、 人をいたづらになしつるかごと負ひぬべきが、いとからきなり。 少将の命婦などにも聞かすな尼君ましてかやうのことなど、 諌めらるるを心恥づかしくなむおぼゆべき」と、 口かためたまふ
 「そうだ。そのように何事も思ってはみるが、いい加減な遊び心から、人を死なせてしまった非難を受けねばならないのが、まことに辛いのだ。少将命婦などにも聞かせるな。尼君はましてこのようなことなど、お叱りになるから、恥ずかしい気がしよう」と、口封じなさる。
 「そうだ、運命に違いない。私もそう思うが軽率な恋愛漁りから、人を死なせてしまったという責任を感じるのだ。君の妹の少将の命婦などにも言うなよ。尼君なんかはまたいつもああいったふうのことをよくないよくないと小言に言うほうだから、聞かれては恥ずかしくてならない」
  "Sakasi. Sa mina omohi-nase do, ukabi taru kokoro no susabi ni, hito wo itadura ni nasi turu kagoto ohi nu beki ga, ito karaki nari. Seusyau-no-Myaubu nado ni mo kikasu na. Ama-Gimi masite kayau no koto nado, isame raruru wo, kokoro-hadukasiku nam oboyu beki." to, kuti-katame tamahu.
4.6.11  「 さらぬ法師ばらなどにも、皆、 言ひなすさま異にはべる
 「その他の法師たちなどにも、すべて、説明は別々にしてございます」
 「山の坊さんたちにもまるで話を変えてしてございます」
  "Sara-nu hohusi-bara nado ni mo, mina, ihi-nasu sama koto ni haberu."
4.6.12   と聞こゆるにぞ、かかりたまへる
 と申し上げるので、頼りになさっている。
 と惟光が言うので源氏は安心したようである。
  to kikoyuru ni zo, kakari tamahe ru.
4.6.13   ほの聞く女房など、「 あやしく、何ごとならむ、穢らひのよしのたまひて、内裏にも参りたまはず、また、かくささめき嘆きたまふ」と、ほのぼのあやしがる。
 わずかに会話を聞く女房などは、「変だわ、何事だろうか、穢れに触れた旨をおっしゃって、宮中へも参内なさらず、また、このようにひそひそと話して嘆いていらっしゃる」と、ぼんやり不思議がる。
 主従がひそひそ話をしているのを見た女房などは、
 「どうも不思議ですね、行触れだとお言いになって参内もなさらないし、また何か悲しいことがあるようにあんなふうにして話していらっしゃる」
 腑に落ちぬらしく言っていた。
  Hono-kiku nyoubau nado, "Ayasiku, nani goto nara m, kegarahi no yosi notamahi te, Uti ni mo mawiri tamaha zu, mata, kaku sasameki nageki tamahu." to, hono-bono ayasigaru.
4.6.14  「 さらに事なくしなせ」と、 そのほどの作法のたまへど、
 「重ねて無難に取り計らえ」と、葬式の作法をおっしゃるが、
 「葬儀はあまり簡単な見苦しいものにしないほうがよい」
 と源氏が惟光に言った。
  "Sarani koto naku si-nase." to, sono hodo no sahohu notamahe do,
4.6.15  「 何か、ことことしくすべきにもはべらず
 「いやいや、大げさにする必要もございません」
 「そうでもございません。これは大層にいたしてよいことではございません」
  "Nanika, koto-kotosiku su beki ni mo habera zu."
4.6.16   とて立つがいと悲しく思さるれば
 と言って立つのが、とても悲しく思わずにはいらっしゃれないので、
 と否定してから、惟光が立って行こうとするのを見ると、急にまた源氏は悲しくなった。
  tote tatu ga, ito kanasiku obosa rure ba,
4.6.17  「 便なしと 思ふべけれど、今一度、 かの亡骸を見ざらむがいといぶせかるべきを馬にてものせむ
 「きっと不都合なことと思うだろうが、今一度、あの亡骸を見ないのが、とても心残りだから、馬で行ってみたい」
 「よくないことだとおまえは思うだろうが、私はもう一度遺骸を見たいのだ。それをしないではいつまでも憂鬱が続くように思われるから、馬ででも行こうと思うが」
  "Bin-nasi to omohu bekere do, ima hito-tabi, kano nakigara wo mi zara m ga, ito ibusekaru beki wo, muma nite monose m."
4.6.18   とのたまふをいとたいだいしきこととは思へど
 とおっしゃるので、とんでもない事だとは思うが、
 主人の望みを、とんでもない軽率なことであると思いながらも惟光は止めることができなかった。
  to notamahu wo, ito tai-daisiki koto to ha omohe do,
4.6.19  「 さ思されむはいかがせむ。はや、おはしまして、 夜更けぬ先に帰らせおはしませ
 「そのようにお思いになるならば、仕方ございません。早く、お出かけあそばして、夜が更けない前にお帰りあそばしませ」
 「そんなに思召すのならしかたがございません。では早くいらっしゃいまして、夜の更けぬうちにお帰りなさいませ」
  "Sa obosa re m ha, ikaga-se-m. Haya, ohasimasi te, yo huke nu saki ni kahera se ohasimase."
4.6.20  と申せば、 このごろの御やつれにまうけたまへる、狩の御装束着替へなどして出でたまふ。
 と申し上げるので、最近のお忍び用にお作りになった、狩衣のご衣装に着替えなどしてお出かけになる。
 と惟光は言った。五条通いの変装のために作らせた狩衣に着更えなどして源氏は出かけたのである。
  to mause ba, konogoro no ohom-yature ni mauke tamahe ru, kari no ohom-syauzoku ki-kahe nado si te ide tamahu.
4.6.21  御心地かきくらし、いみじく堪へがたければ、 かくあやしき道に出で立ちても危かりし物懲りに、いかにせむと思しわづらへど、なほ悲しさのやる方なく、「 ただ今の骸を見ではまたいつの世にかありし容貌をも見む」と、思し念じて、例の大夫、随身を具して出でたまふ。
 お心はまっ暗闇で、大変に堪らないので、このような変な道に出かけようとするにつけても、危なかった懲り事のために、どうしようかとお悩みになるが、やはり悲しみの晴らしようがなく、「現在の亡骸を見ないでは、再び来世で生前の姿を見られようか」と、悲しみを堪えなさって、いつものように惟光大夫、随身を連れてお出掛けになる。
 病苦が朝よりも加わったこともわかっていて源氏は、軽はずみにそうした所へ出かけて、そこでまたどんな危険が命をおびやかすかもしれない、やめたほうがいいのではないかとも思ったが、やはり死んだ夕顔に引かれる心が強くて、この世での顔を遺骸で見ておかなければ今後の世界でそれは見られないのであるという思いが心細さをおさえて、例の惟光と随身を従えて出た。
  Mi-kokoti kaki-kurasi, imiziku tahe-gatakere ba, kaku ayasiki miti ni ide-tati te mo, ayahukari si mono-gori ni, ikani se m to obosi wadurahe do, naho kanasisa no yaru-kata-naku, "Tada ima no kara wo mi de ha, mata itu no yo ni ka ari-si katati wo mo mi m." to, obosi-nen-zi te, rei no Taihu, Zuizin wo gu-si te ide tamahu.
4.6.22   道遠くおぼゆ十七日の月さし出でて、 河原のほど御前駆の火もほのかなるに鳥辺野の方など見やりたるほどなど、 ものむつかしきも、何ともおぼえたまはず、かき乱る心地したまひて、おはし着きぬ。
 道中が遠く感じられる。十七日の月がさし昇って、河原の辺りでは、御前駆の松明も仄かであるし、鳥辺野の方角などを見やった時など、何となく気味悪いのも、何ともお感じにならず、心乱れなさって、お着きになった。
 非常に路のはかがゆかぬ気がした。十七日の月が出てきて、加茂川の河原を通るころ、前駆の者の持つ松明の淡い明りに鳥辺野のほうが見えるというこんな不気味な景色にも源氏の恐怖心はもう麻痺してしまっていた。ただ悲しみに胸が掻き乱されたふうで目的地に着いた。
  Miti tohoku oboyu. Zihu-siti-niti no tuki sasi-ide te, kahara no hodo, ohom-saki no hi mo honoka naru ni, Toribeno no kata nado mi-yari taru hodo nado, mono-mutukasiki mo, nani to mo oboye tamaha zu, kaki-midaru kokoti si tamahi te, ohasi-tuki nu.
4.6.23  辺りさへ すごきに、板屋のかたはらに堂建てて行へる尼の住まひ、いとあはれなり。御燈明の影、ほのかに透きて見ゆ。その屋には、 女一人泣く声のみして、外の方に、法師ばら二、三人 物語しつつわざとの声立てぬ念仏ぞする。 寺々の初夜も、みな行ひ果てて、いとしめやかなり。 清水の方ぞ、光多く見え、人のけはひもしげかりける。この尼君の子なる大徳の声尊くて、 経うち読みたるに、涙の残りなく思さる。
 周囲一帯までがぞっとする所だが、板屋の隣に堂を建ててお勤めしている尼の家は、まことにもの寂しい感じである。御燈明の光が、微かに隙間から見える。その家には、女一人の泣く声ばかりして、外の方に、法師たち二、三人が話をしいしい、特に声を立てない念仏を唱えている。寺々の初夜も、皆、お勤めが終わって、とても静かである。清水寺の方角は、光が多く見え、人の気配がたくさんあるのであった。この尼君の子である大徳が尊い声で、経を読んでいるので、涙も涸れんばかりに思わずにはいらっしゃれない。
 凄い気のする所である。そんな所に住居の板屋があって、横に御堂が続いているのである。仏前の燈明の影がほのかに戸からすいて見えた。部屋の中には一人の女の泣き声がして、その室の外と思われる所では、僧の二、三人が話しながら声を多く立てぬ念仏をしていた。近くにある東山の寺々の初夜の勤行も終わったころで静かだった。清水の方角にだけ灯がたくさんに見えて多くの参詣人の気配も聞かれるのである。主人の尼の息子の僧が尊い声で経を読むのが聞こえてきた時に、源氏はからだじゅうの涙がことごとく流れて出る気もした。
  Atari sahe sugoki ni, itaya no katahara ni dau tate te okonahe ru ama no sumahi, ito ahare nari. Mi-akasi no kage, honoka ni suki te miyu. Sono ya ni ha, womna hitori naku kowe nomi si te, to no kata ni, hohusi-bara ni, sam-nin monogatari si tutu, wazato no kowe tate nu nenbutu zo suru. Tera-dera no syoya mo, mina okonahi hate te, ito simeyaka nari. Kiyomidu no kata zo, hikari ohoku miye, hito no kehahi mo sigekari keru. Kono Ama-Gimi no ko naru Daitoko no kowe tahutoku te, kyau uti-yomi taru ni, namida no nokori naku obosa ru.
4.6.24  入りたまへれば、 火取り背けて、右近は屏風隔てて臥したり。 いかにわびしからむと、見たまふ。恐ろしきけもおぼえず、いとらうたげなるさまして、まだいささか変りたるところなし。手をとらへて、
 お入りになると、灯火を遺骸から背けて、右近は屏風を隔てて臥していた。どんなに侘しく思っているだろう、と御覧になる。気味悪さも感じられず、とてもかわいらしい様子をして、まだ少しも変わった所がない。手を握って、
 中へはいって見ると、灯をあちら向きに置いて、遺骸との間に立てた屏風のこちらに右近は横になっていた。どんなに佗しい気のすることだろうと源氏は同情して見た。遺骸はまだ恐ろしいという気のしない物であった。美しい顔をしていて、まだ生きていた時の可憐さと少しも変わっていなかった。
  Iri tamahe re ba, hi tori somuke te, Ukon ha byaubu hedate te husi tari. Ikani wabisikara m to, mi tamahu. Osorosiki ke mo oboye zu, ito rautage naru sama si te, mada isasaka kahari taru tokoro nasi. Te wo torahe te,
4.6.25  「 我に、今一度声をだに聞かせたまへいかなる昔の契りにかありけむ、しばしのほどに、心を尽くして あはれに思ほえしを、うち捨てて、 惑はしたまふが、いみじきこと」
 「わたしに、もう一度、声だけでもお聞かせ下さい。どのような前世からの因縁があったのだろうか、少しの間に、心の限りを尽くして愛しいと思ったのに、残して逝って、途方に暮れさせなさるのが、あまりのこと」
 「私にもう一度、せめて声だけでも聞かせてください。どんな前生の縁だったかわずかな間の関係であったが、私はあなたに傾倒した。それだのに私をこの世に捨てて置いて、こんな悲しい目をあなたは見せる」
  "Ware ni, ima hito-tabi kowe wo dani kika se tamahe. Ika naru mukasi no tigiri ni ka ari kem, sibasi no hodo ni, kokoro wo tukusi te ahare ni omohoye si wo, uti-sute te, madohasi tamahu ga, imiziki koto."
4.6.26   と、声も惜しまず、泣きたまふこと、限りなし。
 と、声も惜しまず、お泣きになること、際限がない。
 もう泣き声も惜しまずはばからぬ源氏だった。
  to, kowe mo wosima zu, naki tamahu koto, kagirinasi.
4.6.27   大徳たちも、誰とは知らぬに、あやしと思ひて、皆、涙落としけり。
 大徳たちも、この方たちを誰とは知らないが、子細があると思って、皆、涙を落としたのだった。
 僧たちもだれとはわからぬながら、死者に断ちがたい愛着を持つらしい男の出現を見て、皆涙をこぼした。
  Daitoko-tati mo, tare to ha sira nu ni, ayasi to omohi te, mina, namida otosi keri.
4.6.28  右近を、「 いざ、二条へ」とのたまへど、
 右近に、「さあ、二条へ」とおっしゃるが、
 源氏は右近に、
 「あなたは二条の院へ来なければならない」
 と言ったのであるが、
  Ukon wo, "Iza, Nideu he." to notamahe do,
4.6.29  「 年ごろ幼くはべりしより、片時たち 離れたてまつらず馴れきこえつる人に、にはかに別れたてまつりて、 いづこにか帰りはべらむいかになりたまひにき とか、人にも言ひはべらむ。悲しきことをばさるものにて、 人に言ひ騒がれはべらむが、いみじきこと」と言ひて、泣き惑ひて、「 煙にたぐひて、慕ひ参りなむ」と言ふ。
 「長年、幼うございました時から、片時もお離れ申さず、馴れ親しみ申し上げてきた方に、急にお別れ申して、どこに帰ったらよいのでございましょう。どのようにおなりになったと、皆に申せましょう。悲しいことはさておいて、皆にとやかく言われましょうことが、辛いことで」と言って、泣き崩れて、「煙と一緒になって、後をお慕い申し上げましょう」と言う。
 「長い間、それは小さい時から片時もお離れしませんでお世話になりました御主人ににわかにお別れいたしまして、私は生きて帰ろうと思う所がございません。奥様がどうおなりになったかということを、どうほかの人に話ができましょう。奥様をお亡くししましたほかに、私はまた皆にどう言われるかということも悲しゅうございます」
 こう言って右近は泣きやまない。
 私も奥様の煙といっしょにあの世へ参りとうございます」
  "Tosi-goro, wosanaku haberi si yori, kata-toki tati-hanare tatematura zu, nare kikoye turu hito ni, nihaka ni wakare tatematuri te, iduko ni ka kaheri habera m. Ikani nari tamahi ni ki to ka, hito ni mo ihi habera m. Kanasiki koto wo ba saru mono ni te, hito ni ihi-sawaga re habera m ga, imiziki koto." to ihi te, naki-madohi te, "Keburi ni taguhi te, sitahi mawiri na m." to ihu.
4.6.30  「 道理なれどさなむ世の中はある。別れと言ふもの、悲しからぬはなし。 とあるもかかるも、同じ命の限りあるものになむある。思ひ慰めて、我を頼め」と、のたまひこしらへて、「 かく言ふ我が身こそは、生きとまるまじき心地すれ」
 「ごもっともだが、世の中はそのようなものである。別れというもので、悲しくないものはない。先立つのも残されるのも、同じく寿命で定まったものである。気を取り直して、わたしを頼れ」と、お慰めになりながらも、「このように言う我が身こそが、生きながらえられそうにない気がする」
 「もっともだがしかし、人世とはこんなものだ。別れというものに悲しくないものはないのだ。どんなことがあっても寿命のある間には死ねないのだよ。気を静めて私を信頼してくれ」
 と言う源氏が、また、
 「しかしそういう私も、この悲しみでどうなってしまうかわからない」
  "Kotowari nare do, sa nam yononaka ha aru. Wakare to ihu mono, kanasikara nu ha nasi. Toaru-mo-kakaru-mo, onazi inoti no kagiri aru mono ni nam aru. Omohi-nagusame te, ware wo tanome." to, notamahi kosirahe te, "Kaku ihu waga-mi koso ha, iki tomaru maziki kokoti sure."
4.6.31   とのたまふも、頼もしげなしや
 とおっしゃるのも、頼りない話であるよ。
 と言うのであるから心細い。
  to notamahu mo, tanomosige nasi ya!
4.6.32  惟光、「 夜は、明け方になりはべりぬらむはや帰らせたまひなむ
 惟光が、「夜は、明け方になってしまいましょう。早くお帰りあそばしますように」
 「もう明け方に近いころだと思われます。早くお帰りにならなければいけません」
  Koremitu, "Yo ha, akegata ni nari haberi nu ram. Haya kahera se tamahi na m."
4.6.33  と聞こゆれば、 返りみのみせられて、胸もつと塞がりて出でたまふ。
 と申し上げるので、振り返り振り返りばかりされて、胸をひしと締め付けられた思いでお出になる。
 惟光がこう促すので、源氏は顧みばかりがされて、胸も悲しみにふさがらせたまま帰途についた。
  to kikoyure ba, kaheri-mi nomi se rare te, mune mo tuto hutagari te ide tamahu.
4.6.34   道いと露けきに、いとどしき朝霧に、いづこともなく惑ふ心地したまふ。ありしながらうち臥したりつるさま、 うち交はしたまへりしが、我が御紅の御衣の 着られたりつるなどいかなりけむ契りにか道すがら思さる。御馬にも、はかばかしく乗りたまふまじき御さまなれば、また、惟光添ひ助けて おはしまさするに堤のほどにて、御馬よりすべり下りて、いみじく御心地惑ひければ、
 道中とても露っぽいところに、更に大変な朝霧で、どこだか分からないような気がなさる。生前の姿のままで横たわっていた様子、互いにお掛け合いになって寝たのや、その自分の紅のご衣装がそのまま着せ掛けてあったことなどが、どのような前世の因縁であったのかと、道すがらお思いにならずにはいらっしゃれない。お馬にも、しっかりとお乗りになることができそうにないご様子なので、再び、惟光が介添えしてお連れしていくと、堤の辺りで、馬からすべり下りて、ひどくご惑乱なさったので、
 露の多い路に厚い朝霧が立っていて、このままこの世でない国へ行くような寂しさが味わわれた。某院の閨にいたままのふうで夕顔が寝ていたこと、その夜上に掛けて寝た源氏自身の紅の単衣にまだ巻かれていたこと、などを思って、全体あの人と自分はどんな前生の因縁があったのであろうと、こんなことを途々源氏は思った。馬をはかばかしく御して行けるふうでもなかったから、惟光が横に添って行った。加茂川堤に来てとうとう源氏は落馬したのである。失心したふうで、
  Miti ito tuyu-keki ni, itodosiki asagiri ni, iduko to mo naku madohu kokoti si tamahu. Ari-si-nagara uti-husi tari turu sama, uti-kahasi tamahe ri si ga, waga ohom-kurenawi no ohom-zo no ki rare tari turu nado, ika nari kem tigiri ni ka to miti-sugara obosa ru. Ohom-muma ni mo, haka-bakasiku nori tamahu maziki ohom-sama nare ba, mata, Koremitu sohi-tasuke te ohasimasa suru ni, tutumi no hodo nite, ohom-muma yori suberi ori te, imiziku mi-kokoti madohi kere ba,
4.6.35  「 かかる道の空にてはふれぬべきにやあらむさらに、え行き着くまじき心地なむする
 「こんな道端で、野垂れ死んでしまうのだろうか。まったく、帰り着けそうにない気がする」
 「家の中でもないこんな所で自分は死ぬ運命なんだろう。二条の院まではとうてい行けない気がする」
  "Kakaru miti no sora nite, hahure nu beki ni ya ara m? Sarani, e iki-tuku maziki kokoti nam suru."
4.6.36  とのたまふに、惟光心地惑ひて、「 我がはかばかしくはさのたまふとも、かかる道に 率て出でたてまつるべきかは」と思ふに、いと心あわたたしければ、 川の水に手を洗ひて、清水の観音を 念じたてまつりても、すべなく思ひ惑ふ。
 とおっしゃるので、惟光も困惑して、「自分がしっかりしていたら、あのようにおっしゃっても、このような所にお連れ出し申し上げるべきではなかった」と反省すると、とても気ぜわしく落ち着いていられないので、鴨川の水で手を洗い清めて、清水の観音をお拝み申しても、どうしようもなく途方に暮れる。
 と言った。惟光の頭も混乱状態にならざるをえない。自分が確とした人間だったら、あんなことを源氏がお言いになっても、軽率にこんな案内はしなかったはずだと思うと悲しかった。川の水で手を洗って清水の観音を拝みながらも、どんな処置をとるべきだろうと煩悶した。
  to notamahu ni, Koremitu kokoti madohi te, "Waga haka-bakasiku ha, sa notamahu tomo, kakaru miti ni wi te ide tatematuru beki kaha." to omohu ni, ito kokoro awatatasikere ba, kaha no midu ni te wo arahi te, Kiyomidu-no-Kwan'on wo nen-zi tatematuri te mo, sube naku omohi madohu.
4.6.37   君も、しひて御心を起こして、心のうちに仏を念じたまひて、また、 とかく助けられたまひてなむ、二条院へ帰りたまひける。
 源氏の君も、無理に気を取り直して、心中に仏を拝みなさって、再び、あれこれ助けられなさって、二条院へお帰りになるのであった。
 源氏もしいて自身を励まして、心の中で御仏を念じ、そして惟光たちの助けも借りて二条の院へ行き着いた。
  Kimi mo, sihite mi-kokoro wo okosi te, kokoro no uti ni Hotoke wo nen-zi tamahi te, mata, tokaku tasuke rare tamahi te nam, Nideu-no-win he kaheri tamahi keru.
4.6.38  あやしう 夜深き御歩きを、人びと、「 見苦しきわざかな。このごろ、例よりも静心なき 御忍び歩きの、しきるなかにも、 昨日の御気色のいと悩ましう思したりしにいかでかく、たどり歩きたまふらむ」と、嘆きあへり。
 奇妙な深夜のお忍び歩きを、女房たちは、「みっともないこと。近ごろ、いつもより落ち着きのないお忍び歩きが、うち続く中でも、昨日のご様子が、とても苦しそうでいらっしゃいましたが。どうしてこのように、ふらふらお出歩きなさるのでしょう」と、嘆き合っていた。
 毎夜続いて不規則な時間の出入りを女房たちが、
 「見苦しいことですね、近ごろは平生よりもよく微行をなさる中でも昨日はたいへんお加減が悪いふうだったでしょう。そんなでおありになってまたお出かけになったりなさるのですから、困ったことですね」
 こんなふうに歎息をしていた。
  Ayasiu yo-bukaki ohom-ariki wo, hito-bito, "Migurusiki waza kana! Kono-goro, rei yori mo sidu-gokoro naki ohom-sinobi-ariki no, sikiru naka ni mo, kinohu no mi-kesiki no, ito nayamasiu obosi tari si ni. Ikade kaku, tadori-ariki tamahu ram." to, nageki-ahe ri.
4.6.39  まことに、臥したまひぬるままに、いといたく苦しがりたまひて、 二、三日になりぬるに、むげに弱るやうにしたまふ。内裏にも、聞こしめし、嘆くこと限りなし。御祈り、方々に隙なくののしる。祭、祓、修法など、言ひ尽くすべくもあらず。世にたぐひなく ゆゆしき御ありさまなれば、 世に長くおはしますまじきにやと、天の下の人の騷ぎなり。
 ほんとうに、お臥せりになったままで、とてもひどくお苦しみになって、二、三日にもなったので、すっかり衰弱のようでいらっしゃる。帝におかせられても、お耳にあそばされ、嘆かれることはこの上ない。御祈祷を、方々の寺々にひっきりなしに大騒ぎする。祭り、祓い、修法など、数え上げたらきりがない。この世にまたとなく美しいご様子なので、長生きあそばされないのではないかと、国中の人々の騷ぎである。
 源氏白身が予言をしたとおりに、それきり床について煩ったのである。重い容体が二、三日続いたあとはまた甚しい衰弱が見えた。源氏の病気を聞こし召した帝も非常に御心痛あそばされてあちらでもこちらでも間断なく祈祷が行なわれた。特別な神の祭り、祓い、修法などである。何にもすぐれた源氏のような人はあるいは短命で終わるのではないかといって、一天下の人がこの病気に関心を持つようにさえなった。
  Makoto ni, husi tamahi nuru mama ni, ito itaku kurusigari tamahi te, ni, sam-niti ni nari nuru ni, muge ni yowaru yau ni si tamahu. Uti ni mo, kikosimesi, nageku koto kagirinasi. Ohom-inori, kata-gata ni hima naku nonosiru. Maturi, harahe, syuhohu nado, ihi-tukusu beku mo ara zu. Yo ni taguhi naku yuyusiki ohom-arisama nare ba, yo ni nagaku ohasimasu maziki ni ya to, ame-no-sita no hito no sawagi nari.
4.6.40  苦しき御心地にも、 かの右近を召し寄せて、局など近くたまひて、 さぶらはせたまふ惟光、心地も騒ぎ惑へど、思ひのどめてこの人のたづきなしと思ひたるを、もてなし助けつつさぶらはす。
 苦しいご気分ながらも、あの右近を呼び寄せて、部屋などを近くにお与えになって、お仕えさせなさる。惟光は、気が気でなくどうしてよいかわからないでいるが、気を落ち着けて、この右近が主人を亡くして悲しんでいるのを、支え助けてやりながら仕えさせる。
 病床にいながら源氏は右近を二条の院へ伴わせて、部屋なども近い所へ与えて、手もとで使う女房の一人にした。惟光は源氏の病の重いことに顛倒するほどの心配をしながら、じっとその気持ちをおさえて、馴染のない女房たちの中へはいった右近のたよりなさそうなのに同情してよく世話をしてやった。
  Kurusiki mi-kokoti ni mo, kano Ukon wo mesi-yose te, tubone nado tikaku tamahi te, saburaha se tamahu. Koremitu, kokoti mo sawagi madohe do, omohi nodome te, kono hito no taduki-nasi to omohi taru wo, motenasi tasuke tutu saburaha su.
4.6.41  君は、いささか隙ありて思さるる時は、 召し出でて使ひなどすれば、ほどなく交じらひつきたり。 服、いと黒くして、容貌などよからねど、 かたはに見苦しからぬ若人なり。
 源氏の君は、少し気分のよろしく思われる時は、呼び寄せてご用を言いつけたりなどなさるので、まもなく馴染んだ。喪服は、とても黒いのを着て、器量など良くはないが、不器量で見苦しいというほどでもない若い女性である。
 源氏の病の少し楽に感ぜられる時などには、右近を呼び出して居まの用などをさせていたから、右近はそのうち二条の院の生活に馴れてきた。濃い色の喪服を着た右近は、容貌などはよくもないが、見苦しくも思われぬ若い女房の一人と見られた。
  Kimi ha, isasaka hima ari te obosa ruru toki ha, mesi-ide te tukahi nado sure ba, hodo naku mazirahi-tuki tari. Buku ito kuroku si te, katati nado yokara ne do, kataha ni migurusikara nu wakaudo nari.
4.6.42  「 あやしう短かかりける御契りにひかされて、我も世にえ あるまじきなめり 。年ごろの頼み失ひて、 心細く思ふらむ慰めにももしながらへば、よろづに育まむ とこそ思ひしかほどなくまたたち添ひぬべきが口惜しくもあるべきかな
 「不思議に短かったご宿縁に引かれて、わたしもこの世に生きていられないような気がする。長年の主人を亡くして、心細く思っていましょう慰めにも、もし生きながらえたら、いろいろと面倒を見たいと思ったが、まもなく自分も後を追ってしまいそうなのが、残念なことだなあ」
 「運命があの人に授けた短い夫婦の縁から、その片割れの私ももう長くは生きていないのだろう。長い間たよりにしてきた主人に別れたおまえが、さぞ心細いだろうと思うと、せめて私に命があれば、あの人の代わりの世話をしたいと思ったこともあったが、私もあの人のあとを追うらしいので、おまえには気の毒だね」
  "Ayasiu mizikakari keru ohom-tigiri ni hikasare te, ware mo yo ni e aru maziki na' meri. Tosi-goro no tanomi usinahi te, kokoro-bosoku omohu ram nagusame ni mo, mosi nagarahe ba, yorodu ni hagukuma m to koso omohi sika, hodo naku mata tati-sohi nu beki ga, kutiwosiku mo aru beki kana!"
4.6.43  と、忍びやかにのたまひて、 弱げに泣きたまへば言ふかひなきことをばおきて、「いみじく惜し」と 思ひきこゆ
 と、ひっそりとおっしゃって、弱々しくお泣きになるので、今さら言ってもしかたないことはさて措いても、「はなはだもったいないことだ」とお思い申し上げる。
 と、ほかの者へは聞かせぬ声で言って、弱々しく泣く源氏を見る右近は、女主人に別れた悲しみは別として、源氏にもしまたそんなことがあれば悲しいことだろうと思った。
  to, sinobiyaka ni notamahi te, yowage ni naki tamahe ba, ihu-kahi-naki koto wo-ba oki te, "Imiziku wosi" to omohi kikoyu.
4.6.44   殿のうちの人、足を空にて思ひ惑ふ。内裏より、御使、 雨の脚よりもけにしげし思し嘆きおはしますを聞きたまふに、いとかたじけなくて、 せめて強く思しなる大殿も経営したまひて、大臣、 日々に渡りたまひつつさまざまのことせさせたまふ、しるしにや二十余日、いと重くわづらひたまひつれど、ことなる名残のこらず、おこたるさまに見えたまふ。
 お邸の人々は、足も地に着かないほどどうしてよいか分からないでいる。内裏から、御勅使が、雨脚よりも格段に頻繁にある。ご心配あそばされていらっしゃるのをお聞きになると、まことに恐れ多くて、無理に気を強くお持ちになる。大殿邸でも懸命にお世話なさって、左大臣が、毎日お越しになっては、さまざまな加持祈祷をおさせなさる、その効果があってか、二十余日間、ひどく重く患っていらしゃったが、格別の余病もなく、回復された様子にお見えになる。
 二条の院の男女はだれも静かな心を失って主人の病を悲しんでいるのである。御所のお使いは雨の脚よりもしげく参入した。帝の御心痛が非常なものであることを聞く源氏は、もったいなくて、そのことによって病から脱しようとみずから励むようになった。左大臣も徹底的に世話をした、大臣自身が二条の院を見舞わない日もないのである。そしていろいろな医療や祈祷をしたせいでか、二十日ほど重態だったあとに余病も起こらないで、源氏の病気は次第に回復していくように見えた。
  Tono no uti no hito, asi wo sora nite omohi madohu. Uti yori, ohom-tukahi, ame no asi yori mo keni sigesi. Obosi-nageki ohasimasu wo kiki tamahu ni, ito katazikenaku te, semete tuyoku obosi naru. Ohoi-dono mo keimei-si tamahi te, Otodo, hi-bi ni watari tamahi tutu, sama-zama no koto wo se sase tamahu, sirusi ni ya, ni-zihu yo-niti, ito omoku wadurahi tamahi ture do, koto naru nagori nokora zu, okotaru sama ni miye tamahu.
4.6.45   穢らひ忌みたまひしも、一つに満ちぬる夜なれば おぼつかながらせたまふ御心、わりなくて内裏の御宿直所に参りたまひなどす。大殿、我が御車にて 迎へたてまつりたまひて、御物忌なにやと、むつかしう 慎ませたてまつりたまふ。我にもあらず、あらぬ世によみがへりたるやうに、しばしはおぼえたまふ。
 死穢によって籠っていらっしゃった忌中明けの日が、病気回復の床上げの日と同日の夜になったので、御心配あそばされていらっしゃるお気持ちが、どうにも恐れ多いので、宮中のご宿直所に参内などなさる。大殿は、ご自分のお車でお迎え申し上げなさって、御物忌みや何やかやと、うるさくお慎みさせ申し上げなさる。ぼんやりとして、別世界にでも生き返ったように、暫くの間はお感じになっていた。
 行触れの遠慮の正規の日数もこの日で終わる夜であったから、源氏は逢いたく思召す帝の御心中を察して、御所の宿直所にまで出かけた。退出の時は左大臣が自身の車へ乗せて邸へ伴った。病後の人の謹慎のしかたなども大臣がきびしく監督したのである。この世界でない所へ蘇生した人間のように当分源氏は思った。
  Kegarahi imi tamahi si mo, hito-tu ni miti nuru yo nare ba, obotukanagara se tamahu mi-kokoro, warinaku te, uti no ohom-tonowi-dokoro ni mawiri tamahi nado su. Ohoi-dono, waga mi-kuruma nite mukahe tatematuri tamahi te, ohom-mono-imi nani ya to, mutukasiu tutusima se tatematuri tamahu. Ware ni mo ara zu, ara nu yo ni yomi-gaheri taru yau ni, sibasi ha oboye tamahu.
注釈743日暮れて場面は夕方となる。4.6.1
注釈744参れり完了の助動詞「り」完了、参上して控えている、というニュアンス。4.6.1
注釈745かかる穢らひありとのたまひて接続助詞「て」確定条件で続ける。--ので。主語は源氏。4.6.1
注釈746参る人びと二条院にお見舞いに参上する人々。4.6.1
注釈747皆立ちながらまかづれば「まかづれ」已然形+接続助詞「ば」順接の確定条件を表す。4.6.1
注釈748召し寄せて源氏が惟光を呼び寄せて。4.6.1
注釈749いかにぞ今はと見果てつや源氏の質問。どうだ、夕顔は亡くなってしまったのか、というニュアンス。係助詞「ぞ」文全体の強調、係助詞「や」疑問。4.6.2
注釈750のたまふままに連語「ままに」(名詞「まま」+格助詞「に」)と同時にの意。おっしゃるやいなやというニュアンス。4.6.3
注釈751今は限りにこそは以下「言ひ語らひつけはべりぬる」まで、惟光の答え。係助詞「こそ」「めれ」已然形に係る係結びの法則。4.6.4
注釈752ものしたまふめれ推量の助動詞「めれ」已然形、惟光の主観の加わった想像。のようでいらっしゃいます、というニュアンス。4.6.4
注釈753長々と籠もりはべらむも便なきを推量の助動詞「む」連体形、婉曲の意。係助詞「も」強調のニュアンス。接続助詞「を」順接、ので、から、の意で下文に続ける。「言ひ語らひつけはべりぬる」に係る。4.6.4
注釈754明日なむ日よろしくはべれば葬儀を行うのに日柄がよいの意。大島本のみ「侍らは」(仮定形)とある。榊原家本は「侍は」とある。諸本に従って「はべれば」(順接続の確定条件)と本文を改める。係助詞「なむ」は「はべれ」に係るが、下文に続き結びの流れとなっている。4.6.4
注釈755とかくの事葬儀に関する事。4.6.4
注釈756いと尊き老僧のあひ知りてはべるに格助詞「の」同格を表す。--で、の意。丁寧の補助動詞「はべる」連体形と格助詞「に」の間に「者」が省略されている形。4.6.4
注釈757言ひ語らひつけはべりぬる完了の助動詞「ぬる」連体形、連体中止法。余情。4.6.4
注釈758添ひたりつる女はいかに源氏の質問。「女」は右近をさす。完了の助動詞「たり」連用形、存続の意。完了の助動詞「つる」連体形、完了の意。4.6.5
注釈759それなむまたえ生くまじくはべるめる以下「こしらへおきはべりつる」まで、惟光の返事。係助詞「なむ」は「はべるめる」連体形に係る、係り結びの法則。強調のニュアンス。副詞「え」は打消の助動詞「まじく」連用形と呼応して不可能の意を表す。推量の助動詞「める」連体形は話者惟光の主観的推量、--のようだ、--らしい、の意を表す。4.6.6
注釈760我も後れじと惑ひはべりて「我」は右近をさす。4.6.6
注釈761谷に落ち入りぬとなむ見たまへつる『河海抄』は「世の中の憂きたびごとに身を投げば深き谷こそ浅くなりなめ」(古今集俳諧歌 一〇六一 読人知らず)を指摘する。完了の助動詞「ぬ」終止形、確述の意。落ち入ってしまいかねないほどと。係助詞「なむ」は完了の助動詞「つる」連体形に係る、係結びの法則。4.6.6
注釈762かの故里人に告げやらむ右近の詞を惟光が間接話法で言ったもの。「故里人」は夕顔の宿に残った女房たち。4.6.6
注釈763しばし思ひしづめよと以下「思ひめぐらして」まで、惟光が右近に言った言葉を引用。他の青表紙本は引用の格助詞「と」ナシ。4.6.6
注釈764となむこしらへおきはべりつる係助詞「なむ」は完了の助動詞「つる」連体形に係る、係結びの法則。4.6.6
注釈765と語りきこゆるままに主語は惟光。連語「ままに」時間的経過、--につれて。4.6.7
注釈766いといみじと思して主語は源氏。4.6.7
注釈767我もいと心地悩ましく以下「おぼゆる」まで、源氏の詞。4.6.8
注釈768いかなるべきにかとなむおぼゆる推量の助動詞「べき」連体形、推量の意。断定の助動詞「に」連用形。係助詞「か」疑問。係助詞「なむ」「おぼゆる」連体形に係る、係結びの法則。4.6.8
注釈769何かさらに以下「ものしはべる」まで、惟光の詞。感動詞「何か」なんの、なんですか。4.6.9
注釈770ものせさせたまふ尊敬の助動詞「させ」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」終止形、二重敬語。源氏に対する最高敬語、会話文中での使用。4.6.9
注釈771さるべきにこそよろづのことはべらめ「さるべき」は前世からの約束事。格助詞「に」指定。係助詞「こそ」は「はべらめ」已然形に係る、係結びの法則。4.6.9
注釈772人にも漏らさじと思うたまふれば打消推量の助動詞「じ」終止形、話者惟光の--するまいという打消しの意志。「思う」は「思ひ」連用形のウ音便形、謙譲の補助動詞「たまふれ」已然形+接続助詞「ば」順接の確定条件、-存じますので。4.6.9
注釈773惟光おり立ちて会話文中で自分の名前をいう例である。「なにがし」などと表現されることもあるが、身分の下の者が上の者に向かって言う場合は、はっきりこう言った。また責任をもって事に当たります、という表明。4.6.9
注釈774よろづはものしはべる丁寧の補助動詞「はべる」連体形、連体中止法。4.6.9
注釈775さかし以下「おぼゆべき」まで、源氏の詞。4.6.10
注釈776人をいたづらになしつるかごと負ひぬべきが完了の助動詞「つる」連体形。完了の助動詞「ぬ」終止形、確述の意+推量の助動詞「べき」連体形、当然の意。格助詞「が」主格を表す。4.6.10
注釈777少将の命婦などにも聞かすな惟光の姉妹か。下に「尼君まして」とあるので、惟光の縁者であろう。終助詞「な」強い禁止を表す。4.6.10
注釈778尼君大弍の乳母をさす。4.6.10
注釈779諌めらるるを尊敬の助動詞「らるる」連体形、軽い敬意。接続助詞「を」順接、--ので、から。4.6.10
注釈780心恥づかしくなむおぼゆべき係助詞「なむ」は「推量の助動詞「べき」連体形、当然の意に係る、係結びの法則。4.6.10
注釈781口かためたまふ「口堅 クチカタメ」(易林本節用集)「クチガタメ[Cuchigatame]ヲスル」(日葡辞書)。『古典セレクション』は濁音、『新大系』は清音。今、清音で読んでおく。4.6.10
注釈782さらぬ法師ばら以下「異にはべる」まで、惟光の詞。連語「さらぬ」(動詞「さら」未然形+打消の助動詞「ぬ」連体形)その他の。接尾語「ばら」複数を表す。「殿ばら」「宮ばら」「法師ばら」など、身分の高い者にもついたが、時代が下るとともに軽蔑する者につくようになっていった。「奴ばら」「海賊ばら」など。4.6.11
注釈783言ひなすさま異にはべる「はべる」連体形、連体中止法。4.6.11
注釈784と聞こゆるにぞかかりたまへる係助詞「ぞ」は完了の助動詞「る」連体形に係る、係結びの法則、強調。『古典セレクション』は「「かかる」は、生死がかかっている、の意。ただ一つの頼りとしてすがりつく思いだ」と注す。4.6.12
注釈785ほの聞く女房など源氏と惟光とのひそひそ話をかすかに聞く、ちょっと聞く意。4.6.13
注釈786あやしく以下「嘆きたまふ」まで、女房たちのひそひそ声。4.6.13
注釈787さらに事なくしなせ源氏の詞。副詞「さらに」重ねて、引き続き、の意。また下に打消しの語を伴って決して--ないようにの意を表す。ここは重ねて無難に取り計らえ、の意。4.6.14
注釈788そのほどの作法葬儀。火葬に付する儀礼。4.6.14
注釈789何かことことしくすべきにもはべらず惟光の返事。感動詞「何か」なんですか、なんの、にの意。源氏があれこれとこまかく指図したことに対して否定する言葉。推量の助動詞「べき」連体形、当然の意は下の打消の助動詞「ず」終止形と呼応して、--する必要はない。大げさにする必要はございません、と惟光は言う。4.6.15
注釈790とて立つが格助詞「が」希望や好悪などの主観的な意味の対象を表す。と言って席を立つのが悲しく思われる、の意。接続助詞「が」は平安末期に成立。源氏物語では格助詞とされる。4.6.16
注釈791いと悲しく思さるれば自発の助動詞「るれ」已然形+接続助詞「ば」順接の確定条件を表す。思わずにはいられないのニュアンス。惟光が側を離れるのを寂しく思うと共に、夕顔の葬儀が簡略に行われるのを悲しむ。4.6.16
注釈792便なしと以下「馬にてものせむ」まで、源氏の詞。4.6.17
注釈793思ふべけれど主語はあなた、惟光。推量の助動詞「べけれ」已然形、当然の意+接続助詞「ど」逆接の確定条件を表す。きっと思うだろうが。4.6.17
注釈794かの亡骸を見ざらむが推量の助動詞「む」連体形、婉曲の意。格助詞「が」対象を表す。見ないのが、心の残りである。4.6.17
注釈795いといぶせかるべきを接続助詞「を」順接を表す。--ので。4.6.17
注釈796馬にてものせむ格助詞「にて」手段を表す。馬で。推量の助動詞「む」終止形、意志。4.6.17
注釈797とのたまふを接続助詞「を」順接を表す。おっしゃるので。4.6.18
注釈798いとたいだいしきこととは思へど主語は惟光。「たいだいし」は軽々しくあるまじきことだ、の意。『集成』は「全くおだやかならぬことだとは思うが」と解し、『完訳』は「軽率きわまりない、の意」と解す。4.6.18
注釈799さ思されむは以下「おはしませ」まで、惟光の詞。自発の助動詞「れ」未然形、推量の助動詞「む」連体形、仮定の意。係助詞「は」仮定条件を表す。そのようにお思いになられるようでしたらの意。4.6.19
注釈800いかがせむ連語「いかがはせむ」(副詞「いかが」+係助詞「は」+サ変動詞「せ」未然形+推量の助動詞「む」連体形)反語表現。どうしよう、どうすることもできない。4.6.19
注釈801夜更けぬ先に帰らせおはしませ尊敬の助動詞「せ」連用形、尊敬の意+「おはしませ」(「おはす」よりさらに高い敬語表現)。会話文中の最高敬語表現。4.6.19
注釈802このごろの御やつれに「比日 コノゴロ」(図書寮本名義抄)。上代には清音「このころ」。4.6.20
注釈803かくあやしき道に出で立ちても係助詞「も」強調を表す。4.6.21
注釈804危かりし物懲りに過去の助動詞「し」連体形、自分の体験。昨夜十六日の夜、某院で怪異に遭遇した経験。格助詞「に」動作の原因・理由を表す。--のために。4.6.21
注釈805ただ今の骸を見では以下「容貌をも見む」まで、源氏の気持ちを叙述する。係助詞「は」否定の語の下に付いて、接続助詞的に順接の仮定条件を表す。見なくては、見なければ。4.6.21
注釈806またいつの世にかありし容貌をも見む再び来世で、の意。係助詞「か」「見む」連体形、係結びの法則。反語表現。見ることができようか、できまい。4.6.21
注釈807道遠くおぼゆ二条院から五条辺までの距離。早く逢いたいという、心理的な遠さ。4.6.22
注釈808十七日の月別名、立ち待ちの月。宵のうちに出る。4.6.22
注釈809河原のほど二条院から清水寺の方へ向かう途中の鴨川の辺り。4.6.22
注釈810御前駆の火もほのかなるに御前駆が持っている松明の火。微行なので松明の火も弱くしている。接続助詞「に」順接を表す。添加の意はない。4.6.22
注釈811鳥辺野の方鳥辺野は当時の火葬場。五条から七条辺にかけて東山麓をさす。4.6.22
注釈812ものむつかしきも係助詞「も」強調の意。4.6.22
注釈813すごきに接続助詞「に」弱い逆接の意。--だが、の意。4.6.23
注釈814女一人泣く声右近の泣き声をいう。4.6.23
注釈815物語しつつ「つつ」は同じ動作の繰り返しの意。話をしては念仏を唱え、また念仏を唱えては話をするということであろう。4.6.23
注釈816わざとの声立てぬ念仏無言念仏、声を出さないで唱える念仏。葬送の前に行う。4.6.23
注釈817寺々の初夜もみな行ひ果てて午後六時から十時ころまでに行う勤行。4.6.23
注釈818清水の方清水寺の方角。千手観音を本尊とし、当時から信仰が篤かった。4.6.23
注釈819経うち読みたるに接続助詞「に」順接。原因・理由を表す。4.6.23
注釈820火取り背けて右近は屏風隔てて燈火を夕顔から離して屏風を間に立てて右近が横になっている様子。すなわち夕顔を死人として扱っている様子を源氏は見る。4.6.24
注釈821いかにわびしからむ源氏の気持ち。夕顔に対して、また右近に対してという両説あるが、死者であっても差し支えない。『古典セレクション』は「死人がこうした感情を抱くはずはないが、薄暗い中に一人ぼっちで捨てておかれた姿を見ると、源氏の心が痛むのである」と注す。4.6.24
注釈822我に今一度以下「いみじきこと」まで、源氏の詞。4.6.25
注釈823声をだに聞かせたまへ副助詞「だに」最小限を表す。せめて--だけでも。「せたまへ」は尊敬の助動詞「せ」連用形+尊敬の補助動詞「たまへ」命令形、最高敬語。4.6.25
注釈824いかなる昔の契りにかありけむ「昔の契り」は前世からの因縁、の意。断定の助動詞「に」連用形、係助詞「か」疑問、過去推量の助動詞「けむ」連体形、係結びの法則。4.6.25
注釈825あはれに思ほえしを過去の助動詞「し」連体形、接続助詞「を」逆接を表す。4.6.25
注釈826惑はしたまふが格助詞「が」主格を表す。4.6.25
注釈827と声も惜しまず係助詞「も」強調の意。4.6.26
注釈828大徳たちも誰とは知らぬに夕顔や源氏を誰とも知らない。惟光は他の大徳たちにはそれぞれ異なった説明をして事情を隠していた。係助詞「も」同類を表す。源氏が泣いたのと同様に。接続助詞「に」逆接を表す。4.6.27
注釈829いざ二条へ青表紙本系の御物本、榊原家本、池田本は「二条」。大島本は「院」を朱筆で補入、横山本も「院」を補入する。肖柏本と三条西家本と書陵部本は「二条院」とある。定家本には「院」が無かったものであろう。『集成』『古典セレクション』は「二条」の本文を採用する。『新大系』は「二条院」の補入本文を採用。4.6.28
注釈830年ごろ以下「いみじきこと」まで、右近の返事。4.6.29
注釈831幼くはべりしより主人の夕顔に自分が幼かった時から。「はべり」は自分に対して用いた丁寧語表現。過去の助動詞「し」連体形、自己の体験を表す。右近は夕顔の乳母子であるらしいことが分かる。4.6.29
注釈832離れたてまつらず「たてまつる」(謙譲の補助動詞)、主人の夕顔にお離れ申さず。4.6.29
注釈833馴れきこえつる人に主語は右近。謙譲の補助動詞「きこえ」連用形、完了の助動詞「つる」連体形、完了。「人」は主人の夕顔をさしていう。右近がお親しみ申し上げてきた方(夕顔)に。4.6.29
注釈834いづこにか帰りはべらむ「いづこにか--む」(係助詞「か」疑問、推量の助動詞「む」連体形、係結びの法則)は、疑問また反語表現。途方に暮れている気持ち。どこに帰ったらよいのでございましょうか、どこにも帰る所はございませんの意。4.6.29
注釈835いかになりたまひにき主語は夕顔。完了の助動詞「に」連用形、完了の意。過去の助動詞「き」終止形。4.6.29
注釈836とか人にも言ひはべらむ係助詞「か」疑問、推量の助動詞「む」連体形、係結び、反語表現。何と言いましょうか、何とも言えません。4.6.29
注釈837人に言ひ騒がれはべらむが受身の助動詞「れ」連用形、推量の助動詞「む」連体形、格助詞「が」主格を表す。4.6.29
注釈838煙にたぐひて慕ひ参りなむ右近の詞。現在、荼毘にふしているところである。「まゐり」連用形、完了の助動詞「な」未然形、確述の意、推量の助動詞「む」終止形、意志。後を追ってしまおうの意。自分の意志、希望を言う。なお終助詞「なむ」は他に対するあつらえの願望を表し、自分の願望は「ばや」で表す。4.6.29
注釈839道理なれど以下「我を頼め」まで、源氏の詞。力強く右近を諌め励ます。4.6.30
注釈840さなむ世の中はある倒置表現。係助詞「なむ」「ある」連体形、係結びの法則、強調。4.6.30
注釈841とあるもかかるも『古典セレクション』は「長生きするのも、あるいは早死にをするのも、結局は、どちらにしても」と注す。4.6.30
注釈842かく言ふ我が身こそは以下「心地すれ」まで、源氏の詞。係助詞「こそ」「すれ」已然形の係結びの法則。4.6.30
注釈843とのたまふも頼もしげなしや語り手の評言。『岷江入楚』所引三光院実枝説に「右近か心なり又草子の地歟云々」と指摘。終助詞「や」詠嘆の意。4.6.31
注釈844夜は明け方になりはべりぬらむ以下「はや帰らせたまひなむ」まで、惟光の詞。夕顔の火葬は終了に近づく。完了の助動詞「ぬ」終止形、推量の助動詞「らむ」終止形、視界外推量を表す。4.6.32
注釈845はや帰らせたまひなむ尊敬の助動詞「せ」連用形+尊敬の補助動詞「たまひ」連用形、最高敬語。会話文中での用法。完了の助動詞「な」未然形、確述の意。推量の助動詞「む」終止形、勧誘の意。早くお帰りあそばしますように。4.6.32
注釈846返りみのみせられて副助詞「のみ」限定と強調。自発の助動詞「られ」連用形。4.6.33
注釈847道いと露けきにいとどしき朝霧に景情一致の描写。露は源氏の涙を象徴し、朝霧は源氏の心の状態を象徴する。自然の景色が源氏の心象風景となっている。源氏物語の表現世界における特色の一つ。「露けきに」の「に」は接続助詞、添加の意。露っぽいうえに。「朝霧に」の「に」は格助詞、事の起こるもとを表す。朝霧によって。4.6.34
注釈848うち交はしたまへりしが夜共寝する時に、着物を互いに着せ掛け合って寝たのが。『集成』は「か」を削除する。『古典セレクション』は底文のままで、「「が」は衍字と見て、「たまへりしわが」の意にとっておく」と注す。「が」格助詞、主格を表す。「道すがら思さる」と続く。「我が御紅の」云々と並列の構文。4.6.34
注釈849着られたりつるなど自発の助動詞「られ」連用形、完了の助動詞「たり」連用形、存続の意、完了の助動詞「つる」連体形、完了の意。『完訳』は「「られ」は自発の意。おのずから着たように遺骸に掛けてある」と注し、さらに『古典セレクション』では「古代日本語では無生物を主語として受身の述語を用いることはない」と注して本居宣長の「源氏物語玉の小櫛」の注を引用する。『今泉訳』でも「御自分のあの紅の御着物が、あのまま着せてあつたさまなど」と訳している。4.6.34
注釈850いかなりけむ契りにか源氏の心。4.6.34
注釈851道すがら思さる自発の助動詞「る」終止形。4.6.34
注釈852おはしまさするに使役の助動詞「する」連体形。惟光が源氏をして、の意。接続助詞「に」順接。4.6.34
注釈853堤のほどにて清水から二条院へ帰る途上の鴨川の土手。4.6.34
注釈854かかる道の空にて以下「心地なむする」まで、源氏の詞。4.6.35
注釈855はふれぬべきにやあらむ完了の助動詞「ぬ」終止形、完了の意、推量の助動詞「べき」連体形、当然の意、断定の助動詞「に」連用形、係助詞「や」疑問の意、ラ変動詞「あら」未然形、推量の助動詞「む」連体形、係結びの法則。野たれ死んでしまうのであろうかの意。「はふる」は「第二音節の清濁から「棄」「葬」の意の「はぶる」とは一応区別したが、意味の共通性、および清濁の明白な用例が少ないことから、「はふ(放)る」「はぶ(棄)る」を別語とすることにはなお疑問が残る。平安時代以後、四段活用「はふる」に代わって、「はふらす」「はふらかす」が下二段活用「はふる」に対する他動詞として用いられた」(小学館古語大辞典)。『古典セレクション』は「はぶれ」と濁音で読み、「「はぶれ」は、放ち捨てる意の「はふる」(他動詞四段)の自動詞形(下二段)。野たれ死にする、の意」と注す。4.6.35
注釈856さらにえ行き着くまじき心地なむする副詞「さらに」打消の推量の助動詞「まじき」連体形を伴って、全然--ない、の意を表す。副詞「え」も「まじき」に係って不可能の意を表す。係助詞「なむ」サ変動詞「する」連体形に係る、係り結びの法則、強調の意を表す。4.6.35
注釈857我がはかばかしくは以下「たてまつるべきかは」まで、惟光の反省と後悔。形容詞「はかばかしく」未然形+係助詞「は」順接の仮定条件を表す。自分がしっかりしていたら。4.6.36
注釈858さのたまふとも主語は源氏。「さ」は「今一度かの亡骸を」さす。接続助詞「とも」逆接の仮定条件を表す。4.6.36
注釈859率て出でたてまつるべきかは推量の助動詞「べき」連体形、当然の意、係助詞「かは」(疑問の係助詞「か」+係助詞「は」の連語)反語。お連れ申し上げてよいものであったか、いや、お連れ申し上げるべきではなかった、の意。4.6.36
注釈860川の水に手を洗ひて清水の観音を鴨川の水で手を洗い清めて、清水寺御本尊の千手観音を祈る。主語は惟光。4.6.36
注釈861君もしひて御心を起こして係助詞「も」同類を表す。惟光同様に源氏の君も、の意。4.6.37
注釈862とかく助けられたまひてなむ惟光に助けられて。受身の助動詞「られ」連用形。係助詞「なむ」、過去の助動詞「ける」連体形に係る、係結びの法則。4.6.37
注釈863夜深き御歩き「夜深し」は明け方から見て夜が深いの意。夕方から見た場合は「夜更く」と表現する。4.6.38
注釈864見苦しきわざかな以下「たどり歩きたまふらむ」まで、二条院の女房たちのささやき。終助詞「かな」詠嘆を表す。4.6.38
注釈865御忍び歩きの格助詞「の」主格を表す。4.6.38
注釈866昨日の御気色の「昨日の」の格助詞「の」は連体修飾語、「御気色の」の格助詞「の」は主語を表す。4.6.38
注釈867いと悩ましう思したりしに完了の助動詞「たらい」連用形、存続の意。過去の助動詞「し」連体形。接続助詞「に」逆接の意。文は下に続いていると解せるが、女房たちが「嘆きあへり」という場面なので、複数の会話としてとらえて、句点とした。4.6.38
注釈868いかでかくたどり歩きたまふらむ推量の助動詞「らむ」終止形、原因推量の意。どうしてこのようにうろうろお出歩きなさるのでしょうかの意。4.6.38
注釈869二三日になりぬるに完了の助動詞「ぬる」連体形、完了の意。接続助詞「に」順接の確定条件。寝込んでから二、三日になってしまったので。源氏は、十五日の夜、夕顔の家で一夜を共にした。十六日の早朝、某の院に連れ出し、その日の夜の宵過ぎに物の怪に襲われて夕顔頓死。十七日朝、いったん二条院に帰り、いろいろと見舞いを受けた後、日が暮れて、夕顔の亡骸に会いに行き、その夜火葬に付して、十八日朝、鳥辺野から帰ってきた。それ以来すっかり寝込んでしまっている。4.6.39
注釈870ゆゆしき御ありさま不吉なまでに美し過ぎるご様子。4.6.39
注釈871世に長くおはしますまじきにや世の人々の噂。「おはします」は、「神仏、上皇、皇族、皇族待遇の人の動作にいう。オハシより一層高い尊敬の意を表わす」(岩波古語辞典)。打消推量の助動詞「まじき」連体形、断定の助動詞「に」連用形、係助詞「や」疑問を表す。4.6.39
注釈872かの右近を召し寄せてその後、右近が二条院に入ったことがわかる。4.6.40
注釈873さぶらはせたまふ使役の助動詞「せ」連用形、尊敬の補助動詞「たまふ」終止形。右近に部屋を与えて、源氏付きの女房として仕えさせる、意。4.6.40
注釈874惟光心地も騒ぎ惑へど思ひのどめて惟光は主人の源氏の大変な病気衰弱ということで気が気でないが、気を落ち着けて、という意。4.6.40
注釈875この人のたづきなしと思ひたるを右近が主人の夕顔を亡くして心細く思っているのを。格助詞「を」目的格を表す。4.6.40
注釈876召し出でて使ひなどすれば源氏は右近を呼び出して女房として召し使ったりなどしたので。4.6.41
注釈877服、いと黒くして右近の喪服姿をいう。主人の服喪なので特に黒色を着用。4.6.41
注釈878かたはに見苦しからぬ若人右近は夕顔の乳母子らしいので、年齢も同じか少し上であろう。4.6.41
注釈879あやしう以下「口惜しくもあるべきかな」まで、源氏の詞。4.6.42
注釈880あるまじきなめり打消推量の助動詞「まじき」連体形、「なめり」は断定の助動詞「なる」連体形の「る」が撥音便化しさらに無表記形+推量の助動詞「めり」終止形、主観的推量の意。生きていられないような気がする。4.6.42
注釈881心細く思ふらむ慰めにも推量の助動詞「らむ」連体形、視界外推量の意。源氏が右近の心中を想像するニュアンス。4.6.42
注釈882もしながらへばよろづに育まむ源氏が夕顔を。ハ行下二「ながらへ」未然形+接続助詞「ば」は順接の仮定条件を表す。推量の助動詞「む」終止形、意志。もし生き長らえることができたらいろいろと世話をしよう。4.6.42
注釈883とこそ思ひしか係助詞「こそ」過去の助動詞「しか」已然形、係結びの逆接用法。読点で下文に続く。と思っていたが、の意。4.6.42
注釈884ほどなくまたたち添ひぬべきが「たち添ふ」とは夕顔の後を追う意。完了の助動詞「ぬ」終止形、確述、推量の助動詞「べき」連体形、推量の意。格助詞「が」動作の対象を表す。後を追ってしまいそうだ。4.6.42
注釈885口惜しくもあるべきかな係助詞「も」強調。推量の助動詞「べき」連体形、当然の意。終助詞「かな」詠嘆の意。4.6.42
注釈886弱げに泣きたまへば尊敬の補助動詞「たまへ」已然形+接続助詞「ば」順接の確定条件を表す。主語は源氏。4.6.43
注釈887言ふかひなきことをばおきて言ってもはじまらないこと。すなわち、夕顔の死をさす。主語は右近に移る。連語「をば」(格助詞「を」+係助詞「は」の濁音化)動作の対象を特に取り立てて強調。4.6.43
注釈888思ひきこゆ右近が源氏を、お思い申し上げる。4.6.43
注釈889殿のうちの人源氏の二条院の人々。女房や家人たち。4.6.44
注釈890雨の脚よりもけにしげし係助詞「も」強調。副詞「けに(異)」はいっそう、いよいよ、の意。4.6.44
注釈891思し嘆きおはしますを聞きたまふに「思し嘆き」の主語は帝。「思し」は「思ふ」の尊敬語。「おはします」は「おはす」よりさらに一段高い敬語表現。二重敬語、お嘆きあそばしていらっしゃるのを、の意。「聞きたまふ」の主語は源氏。接続助詞「に」順接。4.6.44
注釈892せめて強く思しなる主語は源氏。4.6.44
注釈893大殿も経営したまひて源氏の舅の左大臣家。「経営」は結婚や饗応、葬送などの行事のために奔走すること。ここでは病気平癒のために奔走して世話を焼くこと。4.6.44
注釈894日々に渡りたまひつつ接続助詞「つつ」同じ動作の繰り返し。毎日毎日繰り返し二条院にお越しになっては、の意。4.6.44
注釈895さまざまのこと「こと」は加持祈祷の類をいう。4.6.44
注釈896せさせたまふしるしにや使役の助動詞「させ」連用形、尊敬の補助動詞「たまふ」連体形、名詞「しるし」に係る。断定の助動詞「に」連用形、係助詞「や」疑問の意。左大臣が僧をしてさせなさる、そのかいあってか。4.6.44
注釈897二十余日底本の大島本には「廿よ日」とある。音訓混ぜずに音読みして「にじゅうよにち」と読んでおく。病気の期間。4.6.44
注釈898穢らひ忌みたまひしも一つに満ちぬる夜なれば死穢の謹慎期間の忌明けと病気回復の時期が同時になったの意。夕顔の死は、八月十六日の夜、それから三十日忌中となる。今は、九月十五、六日ころ。4.6.45
注釈899おぼつかながらせたまふ御心わりなくて尊敬の助動詞「せ」連用形、尊敬の補助動詞「たまふ」連体形、最高敬語。帝が。「わりなくて」と思う主体は源氏。4.6.45
注釈900内裏の御宿直所源氏は淑景舎(桐壺)を宿直所とする。4.6.45
注釈901迎へたてまつりたまひて左大臣は参内した源氏を自邸に迎える。4.6.45
注釈902慎ませたてまつりたまふ使役の助動詞「せ」連用形、謙譲の補助動詞「たてまつり」連用形、左大臣の源氏に対する敬意、尊敬の補助動詞「たまふ」終止形、左大臣に対する敬意。左大臣は自邸で源氏をして慎みをさせ申し上げなさるというニュアンス。4.6.45
校訂30 はべれば はべれば--*侍らは 4.6.4
校訂31 馬--あ(あ/$む<朱>)ま 4.6.17
校訂32 川--か(か/+わ<朱>) 4.6.36
校訂33 なめり なめり--なめ(め/+り<朱>) 4.6.42
校訂34 一つに 一つに--*ひとへに 4.6.45
4.7
第七段 忌み明ける


4-7  Genji gets well and remembers Yugao

4.7.1   九月二十日のほどにぞ、おこたり果てたまひて、いといたく面痩せたまへれど、なかなか、 いみじくなまめかしくて、ながめがちに、ねをのみ泣きたまふ。見たてまつりとがむる人もありて、「 御物の怪なめり」など言ふもあり。
 九月二十日のころに、病状がすっかりご回復なさって、とてもひどく面やつれしていらっしゃるが、かえって、たいそう優美で、物思いに沈みがちに、声を立てて泣いてばかりいらっしゃる。拝見して怪しむ女房もいて、「お物の怪がお憑きのようだわ」などと言う者もいる。
 九月の二十日ごろに源氏はまったく回復して、痩せるには痩せたがかえって艶な趣の添った源氏は、今も思いをよくして、またよく泣いた。その様子に不審を抱く人もあって、物怪が憑いているのであろうとも言っていた。
  Ku-gwati hatu-ka no hodo ni zo, okotari hate tamahi te, ito itaku omo-yase tamahe re do, naka-naka, imiziku namamekasiku te, nagame-gati ni, ne wo nomi naki tamahu. Mi tatematuri togamuru hito mo ari te, "Ohom-mononoke na' meri" nado ihu mo ari.
4.7.2   右近を召し出でて、のどやかなる夕暮に、物語などしたまひて、
 右近を呼び出して、気分もゆったりとした夕暮に、お話などなさって、
 源氏は右近を呼び出して、ひまな静かな日の夕方に話をして、
  Ukon wo mesi-ide te, nodo-yaka naru yuhugure ni, monogatari nado si tamahi te,
4.7.3  「 なほ、いとなむあやしき。などてその人と 知られじとは、 隠いたまへりしぞ。まことに 海人の子なりともさばかりに思ふを知らで隔てたまひしかばなむ、つらかりし」とのたまへば、
 「やはり、とても不思議だ。どうして誰とも知られまいと、お隠しになっていたのか。本当に賤しい身分であったとしても、あれほど愛しているのを知らず、隠していらっしゃったので、辛かった」とおっしゃると、
 「今でも私にはわからぬ。なぜだれの娘であるということをどこまでも私に隠したのだろう。たとえどんな身分でも、私があれほどの熱情で思っていたのだから、打ち明けてくれていいわけだと思って恨めしかった」
 とも言った。
  "Naho, ito nam ayasiki. Nadote sono hito to sira re zi to ha, kakui tamahe ri si zo? Makoto ni ama no ko nari tomo, sabakari ni omohu wo sira de, hedate tamahi sika ba nam, turakari si." to notamahe ba,
4.7.4  「 などてか、深く隠しきこえたまふことははべらむ。 いつのほどにてかは、何ならぬ御名のりを 聞こえたまはむ。初めより、あやしうおぼえぬさまなりし御ことなれば、『 現ともおぼえずなむある』とのたまひて、『 御名隠しも、さばかりにこそは』と 聞こえたまひながら、『 なほざりにこそ紛らはしたまふらめ』となむ、憂きことに 思したりし」と聞こゆれば、
 「どうして、深くお隠し申し上げなさる必要がございましょう。いつの折にか、たいした名でもないお名前を申し上げなさることができましょう。初めから、不思議な思いもかけなかったご関係なので、『現実の事とは思えない』とおっしゃって、『お名前を隠していらしたのも、あなた様でいらっしゃるからでしょう』と存じ上げておられながら、『いい加減な遊び事として、お名前を隠していらっしゃるのだろう』と辛いことに、お思いになっていました」と申し上げるので、
 「そんなにどこまでも隠そうなどとあそばすわけはございません。そうしたお話をなさいます機会がなかったのじゃございませんか。最初があんなふうでございましたから、現実の関係のように思われないとお言いになって、それでもまじめな方ならいつまでもこのふうで進んで行くものでもないから、自分は一時的な対象にされているにすぎないのだとお言いになっては寂しがっていらっしゃいました」
 右近がこう言う。
  "Nadote-ka, hukaku kakusi kikoye tamahu koto ha habera m. Itu no hodo nite ka ha, nani nara nu ohom-nanori wo kikoye tamaha m. Hazime yori, ayasiu oboye nu sama nari si ohom-koto nare ba, 'Ututu to mo oboye zu nam aru' to notamahi te, 'Ohom-na-gakusi mo, sabakari ni koso ha.' to kikoye tamahi nagara, 'Nahozari ni koso magirahasi tamahu rame.' to nam, uki koto ni obosi tari si." to kikoyure ba,
4.7.5  「 あいなかりける心比べどもかな我は、しか隔つる心もなかりき。ただ、かやうに人に許されぬ振る舞ひをなむ、 まだ慣らはぬことなる内裏に諌めのたまはするをはじめ、つつむこと多かる にて、 はかなく人にたはぶれごとを言ふも、所狭う、 取りなしうるさき身のありさまになむあるをはかなかりし夕べより、あやしう心にかかりて、あながちに 見たてまつりしも、かかるべき契りこそは ものしたまひけめ と思ふも、あはれになむ。またうち 返し、つらうおぼゆる。 かう長かるまじきにてはなど、さしも心に染みて、あはれとおぼえたまひけむ。なほ詳しく語れ。 今は、何ごとを隠すべきぞ七日七日に仏描かせても、誰が為とか、心のうちにも思はむ」とのたまへば、
 「つまらない意地の張り合いであったな。自分は、そのように隠しておく気はなかった。ただ、このように人から許されない忍び歩きを、まだ経験ないことなのだ。主上が御注意あそばすことを始め、憚ることの多い身分で、ちょっと人に冗談を言っても、窮屈で、取り沙汰が大げさな身の上の有様なので、ふとした夕方の事から、妙に心に掛かって、無理算段してお通い申したのも、このような運命がおありだったのだろうと思うにつけても、お気の毒で。また反対に、恨めしく思われてならない。こう長くはない宿縁であったれば、どうして、あれほど心底から愛しく思われなさったのだろう。もう少し詳しく話せ。今はもう、何を隠す必要があろう。七日毎に仏画を描かせても、誰のためと、心中にも祈ろうか」とおっしゃると、
 「つまらない隠し合いをしたものだ。私の本心ではそんなにまで隠そうとは思っていなかった。ああいった関係は私に経験のないことだったから、ばかに世間がこわかったのだ。御所の御注意もあるし、そのほかいろんな所に遠慮があってね。ちょっとした恋をしても、それを大問題のように扱われるうるさい私が、あの夕顔の花の白かった日の夕方から、むやみに私の心はあの人へ惹かれていくようになって、無理な関係を作るようになったのもしばらくしかない二人の縁だったからだと思われる。しかしまた恨めしくも思うよ。こんなに短い縁よりないのなら、あれほどにも私の心を惹いてくれなければよかったとね。まあ今でもよいから詳しく話してくれ、何も隠す必要はなかろう。七日七日に仏像を描かせて寺へ納めても、名を知らないではね。それを表に出さないでも、せめて心の中でだれの菩提のためにと思いたいじゃないか」
 と源氏が言った。
  "Ainakari keru kokoro-kurabe-domo kana! Ware ha, sika hedaturu kokoro mo nakari ki. Tada, kayau ni hito ni yurusa re nu hurumahi wo nam, mada naraha nu koto naru. Uti ni isame notamahasuru wo hazime, tutumu koto ohokaru mi ni te, hakanaku hito ni tahabure-goto wo ihu mo, tokoro-seu, torinasi urusaki mi no arisama ni nam aru wo, hakanakari si yuhube yori, ayasiu kokoro ni kakari te, anagati ni mi tatematuri si mo, kakaru beki tigiri koso ha monosi tamahi keme to omohu mo, ahare ni nam. Mata uti-kahesi, turau oboyuru. Kau nagakaru maziki ni te-ha, nado, sasimo kokoro ni simi te, ahare to oboye tamahi kem. Naho kuhasiku katare. Ima ha, nani goto wo kakusu beki zo! Nanu-ka nanu-ka ni Hotoke kaka se te mo, taga tame to ka, kokoro no uti ni mo omoha m." to notamahe ba,
4.7.6  「 何か、隔てきこえさせはべらむ自ら、忍び過ぐしたまひしことを、亡き御うしろに、 口さがなくやはと思うたまふばかりになむ
 「どうして、お隠し申し上げましょう。ご自身が、お隠し続けていらしたことを、お亡くなりになった後に、口軽く言い洩らしてはいかがなものか、と存じおりますばかりです。
 「お隠しなど決してしようとは思っておりません。ただ御自分のお口からお言いにならなかったことを、お亡れになってからおしゃべりするのは済まないような気がしただけでございます。
  "Nani-ka, hedate kikoye sase habera m. Midukara, sinobi sugusi tamahi si koto wo, naki ohom-usiro ni, kuti-saganaku ya-ha, to omou tamahu bakari ni nam.
4.7.7  親たちは、はや亡せたまひにき。 三位中将となむ聞こえし。 いとらうたきものに思ひきこえたまへりしかど我が身のほどの心もとなさを 思すめりしに命さへ堪へたまはずなりにしのち、はかなきもののたよりにて、 頭中将なむ、まだ少将にものしたまひし時、 見初めたてまつらせたまひて、三年ばかりは、志あるさまに通ひたまひしを、 去年の秋ごろ、かの右の大殿より、いと恐ろしきことの 聞こえ参で来しに物怖ぢをわりなくしたまひし御心にせむかたなく思し怖ぢて西の京に、御乳母住みはべる所になむ、 はひ隠れたまへりしそれもいと見苦しきに、住みわびたまひて、 山里に移ろひなむと思したりしを、 今年よりは塞がりける方にはべりければ、 違ふとてあやしき所にものしたまひしを、 見あらはされたてまつりぬることと、 思し嘆くめりし。世の人に似ず、ものづつみをしたまひて 人に物思ふ気色を見えむを、恥づかしきものにしたまひて、つれなくのみもてなして、 御覧ぜられたてまつりたまふめり しか
 ご両親は、早くお亡くなりになりました。三位中将と申しました。とてもかわいい娘とお思い申し上げられていましたが、ご自分の出世が思うにまかせぬのをお嘆きのようでしたが、お命までままならず亡くなってしまわれた後、ふとした縁で、頭中将殿が、まだ少将でいらした時に、お通い申し上げあそばすようになって、三年ほどの間は、ご誠意をもってお通いになりましたが、去年の秋ごろ、あの右大臣家から、とても恐ろしい事を言って寄こしたので、ものをむやみに怖がるご性質ゆえに、どうしてよいか分からなくお怖がりになって、西の京に、御乳母が住んでおります所に、こっそりとお隠れなさいました。そこもとてもむさ苦しい所ゆえ、お住まいになりにくくて、山里に移ってしまおうと、お思いになっていたところ、今年からは方塞がりの方角でございましたので、方違えしようと思って、賤しい家においでになっていたところを、お見つけ申されてしまった事と、お嘆きのようでした。世間の人と違って、引っ込み思案をなさって、他人から物思いしている様子を見られるのを、恥ずかしいこととお思いなさって、さりげないふうを装って、お目にかかっていらっしゃるようでございました」
 御両親はずっと前にお亡くなりになったのでございます。殿様は三位中将でいらっしゃいました。非常にかわいがっていらっしゃいまして、それにつけても御自身の不遇をもどかしく思召したでしょうが、その上寿命にも恵まれていらっしゃいませんで、お若くてお亡くなりになりましたあとで、ちょっとしたことが初めで頭中将がまだ少将でいらっしったころに通っておいでになるようになったのでございます。三年間ほどは御愛情があるふうで御関係が続いていましたが、昨年の秋ごろに、あの方の奥様のお父様の右大臣の所からおどすようなことを言ってまいりましたのを、気の弱い方でございましたから、むやみに恐ろしがっておしまいになりまして、西の右京のほうに奥様の乳母が住んでおりました家へ隠れて行っていらっしゃいましたが、その家もかなりひどい家でございましたからお困りになって、郊外へ移ろうとお思いになりましたが、今年は方角が悪いので、方角避けにあの五条の小さい家へ行っておいでになりましたことから、あなた様がおいでになるようなことになりまして、あの家があの家でございますから侘しがっておいでになったようでございます。普通の人とはまるで違うほど内気で、物思いをしていると人から見られるだけでも恥ずかしくてならないようにお思いになりまして、どんな苦しいことも寂しいことも心に納めていらしったようでございます」
  Oya-tati ha, haya use tamahi ni ki. Samwi-no-Tyuuzyau to nam kikoye si. Ito rautaki mono ni omohi kikoye tamahe ri sika do, waga mi no hodo no kokoro-motonasa wo obosu meri si ni, inoti sahe tahe tamaha zu nari ni si noti, hakanaki mono no tayori nite, Tou-no-Tyuuzyau nam, mada Seusyau ni monosi tamahi si toki, mi-some tatematura se tamahi te, mi-tose bakari ha, kokorozasi aru sama ni kayohi tamahi si wo, kozo no aki-goro, kano Migi-no-Ohoidono yori, ito osorosiki koto no kikoye ma'de-ko si ni, mono-wodi wo warinaku si tamahi si mi-kokoro ni, semkatanaku obosi-wodi te, nisi-no-kyau ni, ohom-menoto sumi haberu tokoro ni nam, hahi-kakure tamahe ri si. Sore mo ito mi-gurusiki ni, sumi-wabi tamahi te, yama-zato ni uturohi na m to obosi tari si wo, kotosi yori ha hutagari keru kata ni haberi kere ba, tagahu tote, ayasiki tokoro ni monosi tamahi si wo, mi-arahasa re tatematuri nuru koto to, obosi-nageku meri si. Yo no hito ni ni zu, mono-dutumi wo si tamahi te hito ni mono omohu kesiki wo miye m wo, hadukasiki mono ni si tamahi te, turenaku nomi motenasi te, go-ran-ze rare tatematuri tamahu meri sika."
4.7.8   と、語り出づるに、「 さればよ」と、思しあはせて、いよいよあはれまさりぬ。
 と、話し出すと、「そうであったのか」と、お思い合わせになって、ますます不憫さが増した。
 右近のこの話で源氏は自身の想像が当たったことで満足ができたとともに、その優しい人がますます恋しく思われた。
  to, katari-iduru ni, "Sareba-yo" to, obosi-ahase te, iyo-iyo ahare masari nu.
4.7.9  「 幼き人惑はしたりと、中将の愁へしは、さる人や」と問ひたまふ。
 「幼い子を行く方知れずにしたと、頭中将が残念がっていたのは、そのような子でもいたのか」とお尋ねになる。
 「小さい子を一人行方不明にしたと言って中将が憂鬱になっていたが、そんな小さい人があったのか」
 と問うてみた。
  "Wosanaki hito madohasi tari to, Tyuuzyau no urehe si ha, saru hito ya?" to tohi tamahu.
4.7.10  「 しか一昨年の春ぞ、ものしたまへりし女にて、いとらうたげになむ」と語る。
 「さようでございます。一昨年の春に、お生まれになりました。女の子で、とてもかわいらしくて」と話す。
 「さようでございます。一昨年の春お生まれになりました。お嬢様で、とてもおかわいらしい方でございます」
  "Sika. Wototosi no haru zo, monosi tamahe ri si. Womna ni te, ito rautage ni nam." to kataru.
4.7.11  「 さて、いづこにぞ。人にさとは知らせで、我に得させよ。あとはかなく、いみじと思ふ御形見に、 いとうれしかるべくなむ」とのたまふ。「 かの中将にも 伝ふべけれど、言ふかひなき かこと負ひなむ。とざまかうざまにつけて、 育まむに咎あるまじきをそのあらむ乳母などにも、ことざまに言ひなして、ものせよかし」など語らひたまふ。
 「それで、どこに。誰にもそうとは知らせないで、わたしに下さい。あっけなくて、悲しいと思っている人のお形見として、どんなにか嬉しいことだろう」とおっしゃる。「あの中将にも伝えるべきだが、言っても始まらない恨み言を言われるだろう。あれこれにつけて、お育てするに不都合はあるまいからね。その一緒にいる乳母などにも違ったふうに言い繕って、連れて来てくれ」などと相談をもちかけなさる。
 「で、その子はどこにいるの、人には私が引き取ったと知らせないようにして私にその子をくれないか。形見も何もなくて寂しくばかり思われるのだから、それが実現できたらいいね」
 源氏はこう言って、また、
 「頭中将にもいずれは話をするが、あの人をああした所で死なせてしまったのが私だから、当分は恨みを言われるのがつらい。私の従兄の中将の子である点からいっても、私の恋人だった人の子である点からいっても、私の養女にして育てていいわけだから、その西の京の乳母にも何かほかのことにして、お嬢さんを私の所へつれて来てくれないか」
 と言った。
  "Sate, iduko ni zo? Hito ni sa to ha sira se de, ware ni e sase yo. Atohakanaku, imizi to omohu ohom-katami ni, ito uresikaru beku nam." to notamahu. "Kano Tyuuzyau ni mo tutahu bekere do, ihukahinaki kakoto ohi na m. Tozama-kauzama ni tuke te, hagukuma m ni toga aru maziki wo. Sono ara m menoto nado ni mo, koto-zama ni ihi-nasi te, monose yo kasi." nado katarahi tamahu.
4.7.12  「 さらば、いとうれしくなむはべるべき。かの西の京にて 生ひ出でたまはむは、心苦しくなむはかばかしく扱ふ人なしとてかしこになど聞こゆ
 「それならば、とても嬉しいことでございましょう。あの西の京でご成育なさるのは、不憫でございまして。これといった後見人もいないというので、あちらで」などと申し上げる。
 「そうなりましたらどんなに結構なことでございましょう。あの西の京でお育ちになってはあまりにお気の毒でございます。私ども若い者ばかりでしたから、行き届いたお世話ができないということであっちへお預けになったのでございます」
 と右近は言っていた。
  "Saraba, ito uresiku nam haberu beki. Kano nisi-no-kyau ni te ohi-ide tamaha m ha, kokoro-gurusiku nam. Haka-bakasiku atukahu hito nasi tote, kasiko ni." nado kikoyu.
4.7.13   夕暮の静かなるに、空の気色いとあはれに、御前の前栽枯れ枯れに、虫の音も鳴きかれて、紅葉のやうやう色づくほど、絵に描きたるやうにおもしろきを 見わたして心よりほかにをかしき交じらひかなと、 かの夕顔の宿りを思ひ出づるも恥づかし。竹の中に家鳩といふ鳥の、ふつつかに鳴くを 聞きたまひてかのありし院に この鳥の鳴きしをいと恐ろしと思ひたりしさまの面影にらうたく思し出でらるれば
 夕暮の静かなころに、空の様子はとてもしみじみと感じられ、お庭先の前栽は枯れ枯れになり、虫の音も鳴き弱りはてて、紅葉がだんだん色づいて行くところが、絵に描いたように美しいのを見渡して、思いがけず結構な宮仕えをすることになったと、あの夕顔の宿を思い出すのも恥ずかしい。竹薮の中に家鳩という鳥が、太い声で鳴くのをお聞きになって、あの先日の院でこの鳥が鳴いたのを、とても怖いと思っていた様子が、まぶたにかわいらしくお思い出されるので、
 静かな夕方の空の色も身にしむ九月だった。庭の植え込みの草などがうら枯れて、もう虫の声もかすかにしかしなかった。そしてもう少しずつ紅葉の色づいた絵のような景色を右近はながめながら、思いもよらぬ貴族の家の女房になっていることを感じた。五条のタ顔の花の咲きかかった家は思い出すだけでも恥ずかしいのである。竹の中で家鳩という鳥が調子はずれに鳴くのを聞いて源氏は、あの某院でこの鳥の鳴いた時に夕顔のこわがった顔が今も可憐に思い出されてならない。
  Yuhugure no siduka naru ni, sora no kesiki ito ahare ni, o-mahe no sensai kare-gare ni, musi no ne mo naki kare te, momidi no yau-yau iro-duku hodo, we ni kaki taru yau ni omosiroki wo mi-watasi te, kokoro yori hoka ni wokasiki mazirahi kana to, kano Yuhugaho no yadori wo omohi-iduru mo hadukasi. Take no naka ni ihe-bato to ihu tori no, hututuka ni naku wo kiki tamahi te, kano ari-si win ni kono tori no naki si wo, ito osorosi to omohi tari si sama no, omokage ni rautaku obosi-ide rarure ba,
4.7.14  「 年はいくつにかものしたまひし。あやしく世の人に似ず、あえかに見えたまひしも、 かく長かるまじくてなりけり」とのたまふ。
 「年はいくつにおなりだったか。不思議に普通の人と違って、か弱くお見えであったのも、このように長生きできなかったからなのだね」とおっしゃる。
 「年は幾つだったの、なんだか普通の若い人よりもずっと若いようなふうに見えたのも短命の人だったからだね」
  "Tosi ha ikutu ni ka monosi tamahi si? Ayasiku yo no hito ni ni zu, ayeka ni miye tamahi si mo, kaku nagakaru maziku te nari keri." to notamahu.
4.7.15  「 十九にやなりたまひけむ右近は亡くなりにける御乳母の捨て置きてはべりければ三位の君の らうたがりたまひてかの御あたり去らず、生ほしたてたまひしを 思ひたまへ出づればいかでか世にはべらむずらむ いとしも人にと悔しくなむ。ものはかなげにものしたまひし人の御心を、頼もしき人にて、年ごろならひはべりけること」と聞こゆ。
 「十九歳におなりだったでしょうか。右近めは、亡くなった乳母があとに残して逝きましたので、三位の君様がわたしをかわいがって下さって、お側離れず一緒に、お育て下さいましたのを思い出しますと、どうして生きておられましょう。どうしてこう深く親しんだのだろうと、悔やまれて。気弱そうでいらっしゃいました女君のお気持ちを、頼むお方として、長年仕えてまいりましたことでございます」と申し上げる。
 「たしか十九におなりになったのでございましょう。私は奥様のもう一人のほうの乳母の忘れ形見でございましたので、三位様がかわいがってくださいまして、お嬢様といっしょに育ててくださいましたものでございます。そんなことを思いますと、あの方のお亡くなりになりましたあとで、平気でよくも生きているものだと恥ずかしくなるのでございます。弱々しいあの方をただ一人のたよりになる御主人と思って右近は参りました」
  "Zihu-ku ni ya nari tamahi kem? Ukon ha, nakunari ni keru ohom-menoto no sute-oki te haberi kere ba, Samwi-no-Kimi no rautagari tamahi te, kano ohom-atari sara zu, ohosi-tate tamahi si wo omohi tamahe idure ba, iakadeka yo ni habera muzu ram. Ito simo hito ni to, kuyasiku nam. Mono-hakanage ni monosi tamahi si hito no mi-kokoro wo, tanomosiki hito nite, tosi-goro narahi haberi keru koto." to kikoyu.
4.7.16  「 はかなびたるこそは、らうたけれ。かしこく人になびかぬ、いと心づきなきわざなり。 自らはかばかしくすくよかならぬ心ならひに、女はただやはらかに、とりはづして 人に欺かれぬべきが、さすがにものづつみし、 見む人の心には従はむなむ、あはれにて、我が心のままにとり直して見むに、なつかしくおぼゆべき」などのたまへば、
 「頼りなげな人こそ、女はかわいらしいのだ。利口で我の強い人は、とても好きになれないものだ。自分自身がてきぱきとしっかりしていない性情だから、女はただ素直で、うっかりすると男に欺かれてしまいそうなのが、そのくせ引っ込み思案で、男の心にはついていくのが、愛しくて、自分の思いのままに育てて一緒に暮らしたら、慕わしく思われることだろう」などと、おっしゃると、
 「弱々しい女が私はいちばん好きだ。自分が賢くないせいか、あまり聡明で、人の感情に動かされないような女はいやなものだ。どうかすれば人の誘惑にもかかりそうな人でありながら、さすがに慎ましくて恋人になった男に全生命を任せているというような人が私は好きで、おとなしいそうした人を自分の思うように教えて成長させていげればよいと思う」
 源氏がこう言うと、
  "Hakanabi taru koso ha, rautakere. Kasikoku hito ni nabika nu, ito kokorodukinaki waza nari. Midukara haka-bakasiku sukuyoka nara nu kokoro-narahi ni, womna ha tada yaharaka ni, tori-hadusi te hito ni azamuka re nu beki ga, sasuga ni mono-dutumi si, mi m hito no kokoro ni sitagaha m nam, ahare ni te, waga kokoro no mama ni tori-nahosi te mi m ni, natukasiku oboyu beki." nado notamahe ba,
4.7.17  「 この方の御好みにはもて離れたまはざりけりと思ひたまふるにも、口惜しくはべるわざかな」とて泣く。
 「こちらのお好みには、きっとお似合いだったでしょうと、存じられますにつけても、残念なことでございますわ」と言って泣く。
 「そのお好みには遠いように思われません方の、お亡れになったことが残念で」と右近は言いながら泣いていた。
  "Kono kata no ohom-konomi ni ha, mote-hanare tamaha zari keri, to omohi tamahuru ni mo, kutiwosiku haberu waza kana!" tote naku.
4.7.18   空のうち曇りて、風冷やかなるに、いといたく眺めたまひて
 空が少し曇って、風も冷たく感じられる折柄、とても感慨深く物思いに沈んで、
 空は曇って冷ややかな風が通っていた。寂しそうに見えた源氏は、
  Sora no uti-kumori te, kaze hiya-yaka naru ni, ito itaku nagame tamahi te,
4.7.19  「 見し人の煙を雲と眺むれば
 「契った人の火葬の煙をあの雲かと思って見ると
  見し人の煙を雲とながむれば
    "Misi hito no keburi wo kumo to nagamure ba
4.7.20   夕べの空もむつましきかな
  この夕方の空も親しく思われるよ
  夕の空もむつまじきかな
    yuhube no sora mo mutumasiki kana
4.7.21   独りごちたまへど、 えさし答へも聞こえずかやうにて、おはせましかば、と思ふにも、胸塞がりておぼゆ。 耳かしかましかりし砧の音を思し出づるさへ恋しくて、「 正に長き夜」とうち誦じて、臥したまへり。
 と独り詠じられたが、ご返歌も申し上げられない。このように、生きていらしたならば、と思うにつけても、胸が一杯になる。耳障りであった砧の音を、お思い出しになるのまでが、恋しくて、「八月九月正に長き夜」と口ずさんで、お臥せりになった。
 と独言のように言っていても、返しの歌は言い出されないで、右近は、こんな時に二人そろっておいでになったらという思いで胸の詰まる気がした。源氏はうるさかった砧の音を思い出してもその夜が恋しくて、「八月九月正長夜、千声万声無止時」と歌っていた。
  to hitori-goti tamahe do, e sasi-irahe mo kikoye zu. Kayau nite, ohase masika ba, to omohu ni mo, mune hutagari te oboyu. Mimi kasikamasikari si kinuta no oto wo obosi-iduru sahe kohisiku te, "Masa ni nagaki yo" to uti-zun-zi te, husi tamahe ri.
注釈903九月二十日のほどにぞ忌明けからさらに数日経過して、九月二十日ころ。季節は晩秋のころとなる。係助詞「ぞ」は「おこたり果てたまひ」に係るが、下文に続き、結びの流れとなっている。4.7.1
注釈904御物の怪なめり「なめり」は断定の助動詞「なる」連体形の「る」が撥音便化しさらに無表記の形+推量の助動詞「めり」終止形、主観的推量を表す。源氏の身近で見ている女房のひそひそ声。4.7.1
注釈905右近を召し出でて主語は源氏。4.7.2
注釈906なほいとなむあやしき以下「つらかりし」まで、源氏の詞。係助詞「なむ」は「あやしき」連体形に係る、係結びの法則、強調のニュアンス。4.7.3
注釈907知られじ主語は夕顔。受身の助動詞「れ」連用形、打消推量の助動詞「じ」終止形、意志の打消し。誰とも知られまいの意。4.7.3
注釈908隠いたまへりしぞ「隠い」は「隠し」のイ音便形。尊敬の補助動詞「たまへ」已然形、完了の助動詞「り」連用形、過去の助動詞「し」連体形、係助詞「ぞ」文末にあって文全体を強調。4.7.3
注釈909海人の子なりとも前に夕顔の返事「海人の子なれば」とあったのをさす。断定の助動詞「なり」終止形、接続助詞「とも」既定の事態を仮定条件として下文に続ける。4.7.3
注釈910さばかりに思ふを知らで「思ふ」は源氏が愛する意。「知らで」は夕顔が理解しないで、の意。接続助詞「で」活用語の未然形に接続して打消の意を表す。4.7.3
注釈911隔てたまひしかばなむ尊敬の補助動詞「たまひ」連用形。過去の助動詞「しか」已然形+接続助詞「ば」順接の確定条件を表す。係助詞「なむ」は「つらかりし」の過去の助動詞「し」連体形に係る、係結びの法則。4.7.3
注釈912などてか以下「思したりし」まで、右近の返事。「などてか」の主語は夕顔。「--はべらむ」反語表現の構文。4.7.4
注釈913いつのほどにてかは知り合って日も浅いのに、いつの機会に、の意。係助詞「か」疑問の意、係助詞「は」取り立てて強調するニュアンス。4.7.4
注釈914聞こえたまはむ推量の助動詞「む」連体形、「いつのほどにてかは」「たまはむ」連体形の係結び。反語表現。「などてか」の文と並列される。4.7.4
注釈915現ともおぼえずなむある夕顔の言を右近が代弁する。4.7.4
注釈916御名隠しもさばかりにこそは夕顔の言を右近が代弁する。下に「おはすらめ」などの語句が省略された形。「さばかり」の「さ」は源氏をさす。おおかた源氏の君でいらっしゃるからにちがいなかろう、という意。はっきり明言はしないのが当時の作法。4.7.4
注釈917聞こえたまひながら主語は夕顔。「聞こえ」は、夕顔の源氏に対する敬語。接続助詞「ながら」逆接を表す。4.7.4
注釈918なほざりにこそ紛らはしたまふらめ夕顔の言を右近が代弁する。主語は源氏。係助詞「こそ」推量の助動詞「らめ」已然形、原因推量の意、の係結び。源氏の心中を推量するニュアンス。4.7.4
注釈919思したりし主語は夕顔。「思し」は「思ふ」の尊敬語、完了の助動詞「たり」連体形、存続。過去の助動詞「し」連体形、係助詞「なむ」との係結び。身近に見てきた体験として語るニュアンス。4.7.4
注釈920あいなかりける心比べどもかな以下「心のうちにも思はむ」まで、源氏の詞。4.7.5
注釈921我はしか隔つる心もなかりき副詞「しか」そのように、の意。「なほざりにこそ紛らはしたまふらめ」を受ける。係助詞「も」強調を表す。過去の助動詞「き」終止形、自己の体験。4.7.5
注釈922まだ慣らはぬことなる断定の助動詞「なる」連体形は、係助詞「なむ」の係結び。4.7.5
注釈923内裏に諌めのたまはするをはじめ帝をさす。源氏は右近を前にして父帝を「内裏」と言っている。4.7.5
注釈924はかなく人にたはぶれごとを言ふも接続助詞「も」逆接の仮定条件を表す。4.7.5
注釈925取りなしうるさき身のありさまになむあるを係助詞「なむ」、「ある」連体形、係結の法則。接続助詞「を」順接を表す。--ので。「あながちに見たてまつりしも」に係る。4.7.5
注釈926はかなかりし夕べより「夕顔」巻冒頭の出会いをさす。4.7.5
注釈927見たてまつりしも主語は源氏。謙譲の補助動詞「たてまつり」連用形は源氏の夕顔に対する敬語。過去の助動詞「し」連体形、自らの体験をいうニュアンス。4.7.5
注釈928ものしたまひけめ尊敬の補助動詞「たまひ」連用形は夕顔に対する敬語。係助詞「こそ」過去推量の助動詞「けめ」已然形の係結び。おありだったのだろうの意。4.7.5
注釈929と思ふもあはれになむ係助詞「も」強調を表す。係助詞「なむ」、下に「ある」などの語句が省略された形。最後まで言い切らない、余情及び悲しみの深さを表す。4.7.5
注釈930かう長かるまじきにては打消推量の助動詞「まじき」連体形、断定の助動詞「に」連用形、連語「ては」(接続助詞「て」+係助詞「は」)特に取り立てて提示する。上の事実が実現した場合、確定的事実、恒常的事実、仮定的事実の三通りがある。『今泉訳』は「かう永くつづきさうもない御縁だつたのに」と確定的事実に、『古典セレクション』は「こうして長続きするはずのなかった縁だったにしては」と仮定的事実に訳す。4.7.5
注釈931などさしも心に染みてあはれとおぼえたまひけむ「心に染みて」「あはれと」思う人は源氏だが、尊敬の補助動詞「たまひ」連用形はその思われた人、夕顔に対する敬語。過去推量の助動詞「けむ」終止形。『今泉訳』「どうしてあれ程奥底からかはいくお思はれになつたのだらう」と訳す。しかし「心に染みて」以下を夕顔を主語とする節もある。『古典セレクション』は「どうしてあの人はあんなにも胸にしみて、いとしく思われなさったのだろう」と訳す。4.7.5
注釈932今は何ごとを隠すべきぞ推量の助動詞「ぞ」連体形、係助詞「ぞ」文の終わりにあって文全体を強調。4.7.5
注釈933七日七日に仏描かせても七日毎の法事をいう。三十日の忌明け過ぎは、五七日、六七日、七七日をさす。使役の助動詞「せ」連用形、絵師をして仏画を描かせる意。4.7.5
注釈934何か、隔てきこえさせはべらむ以下「御覧ぜられたてまつりたまふめりし」まで、右近の返事。連語「なにか」(代名詞「なに」+係助詞「か」)強い反語を表す。「きこえさせ」は補助動詞的用法、「きこゆ」よりも一段と深い謙譲表現。推量の助動詞「む」連体形、係結びの法則。4.7.6
注釈935自ら忍び過ぐしたまひしことを主語は夕顔。過去の助動詞「し」連体形、以下、右近が身近で見てきたニュアンスで語る。4.7.6
注釈936口さがなくやは「言ひ漏らさむは」などの語句が省略。また係助詞「やは」の下に「はべらむ」連体形などの語句が省略されている。4.7.6
注釈937と思うたまふばかりになむ「思う」は「思ひ」がウ音便化した形。謙譲の補助動詞「たまふ」下二段、終止形。断定の助動詞「に」連用形、係助詞「なむ」。下に「はべる」連体形などの語が省略された形。4.7.6
注釈938三位中将「三位」は上達部に入る。夕顔は上の品の出身ということになる。4.7.7
注釈939いとらうたきものに思ひきこえたまへりしかど父親の三位中将が娘の夕顔を。謙譲の補助動詞「きこえ」連用形、父親の娘に対する敬意。尊敬の補助動詞「たまへ」已然形、右近の三位中将に対する敬意。完了の助動詞「り」連用形、過去の助動詞「しか」已然形+接続助詞「ど」逆接の確定条件を表す。4.7.7
注釈940我が身のほどの父三位中将ご自身の出世。4.7.7
注釈941思すめりしに「思す」は「思ふ」の尊敬語、三位中将に対する敬語。推量の助動詞「めり」連用形、視界内推量。右近が側で見てきたニュアンス。過去の助動詞「し」連体形、接続助詞「に」弱い順接を表す。右近の観察として語る。4.7.7
注釈942命さへ副助詞「さへ」は「我が身のほどの心もとなさ」の上に、「命」(寿命)まで「堪へたまはず」というニュアンス。4.7.7
注釈943頭中将左大臣家の嫡男。右大臣家の四の君の婿君。また、葵の上の兄。源氏の従兄弟で義兄弟。以上が右近の承知しているところであろう。4.7.7
注釈944見初めたてまつらせたまひて謙譲の補助動詞「たてまつら」未然形は夕顔を敬った表現、尊敬の助動詞「せ」連用形、尊敬の補助動詞「たまひ」連用形は二重敬語、頭中将を敬った表現。会話文中の通例。お通い申し上げあそばすようになって、の意。4.7.7
注釈945去年の秋ごろかの右の大殿より「帚木」巻の雨夜の品定めの頭中将の話と符合する。4.7.7
注釈946聞こえ参で来しに「参(ま)で」は「まゐりいで」が縮まった形。過去の助動詞「し」連体形、接続助詞「に」順接、原因理由を表す。4.7.7
注釈947物怖ぢをわりなくしたまひし御心に夕顔の性質を語る挿入句。4.7.7
注釈948せむかたなく思し怖ぢて主語は夕顔に移る。4.7.7
注釈949西の京に御乳母住みはべる所に朱雀大路を境にして西側。右京。西の京は、当時寂しい所であった。「御」とあるので、夕顔のもう一人の乳母をさす。4.7.7
注釈950はひ隠れたまへりし完了の助動詞「り」連用形、存続の意。過去の助動詞「し」連体形、係助詞「なむ」との係結びの法則。こっそりと隠れていらっしゃった。4.7.7
注釈951それもいと見苦しきに接続助詞「に」順接、原因理由を表す。4.7.7
注釈952山里に移ろひなむとハ四段「移ろひ」連用形+完了の助動詞「な」未然形、確述+推量の助動詞「む」終止形、意志の意。引っ越してしまおうというニュアンス意。4.7.7
注釈953今年よりは塞がりける方に今年から方角が悪くなった。『完訳』は「三年塞がり・大塞がり」と注す。4.7.7
注釈954違ふとて方違えをしようとしての意。4.7.7
注釈955あやしき所に五条の夕顔の宿をさす。4.7.7
注釈956見あらはされたてまつりぬること受身の助動詞「され」連用形、謙譲の補助動詞「たてまつり」連用形、夕顔を敬った表現、完了の助動詞「ぬる」連体形、完了の意。あなた様から発見申されてしまった、の意。夕顔の言を代わって右近がいう。4.7.7
注釈957思し嘆くめりし主語は夕顔。推量の助動詞「めり」連用形、主観的推量を表す。過去の助動詞「し」連体形、連体中止法、余情表現。身近で見てきたというニュアンス。4.7.7
注釈958人に物思ふ気色を見えむをヤ下二段「見え」未然形、見られる意。推量の助動詞「む」連体形、婉曲を表す。4.7.7
注釈959御覧ぜられたてまつりたまふめりしか一語一語見れば、「御覧ぜ」未然形は「見る」の尊敬語で、その動作の主体者源氏を敬った表現。受身の助動詞「られ」連用形は、「御覧になられる」人すなわち夕顔。謙譲の補助動詞「たてまつり」連用形は、夕顔を謙らせて源氏を敬った表現であろう。とすると、夕顔が源氏に「御覧ぜられ」「たてまつり」「たまふ」ということで、「御覧ぜらる」全体の主体者は夕顔ということになる。尊敬の補助動詞「たまふ」終止形は、「たてまつる」人すなわち夕顔を敬った表現。推量の助動詞「めり」連用形、主観的推量、過去の助動詞「しか」已然形。係助詞「こそ」が無くて已全然形止めは異例。『今泉訳』は「あなた様にも何気ない風を装つて御覧になつておいただきの御様子に見えました」と訳す。『古典セレクション』では「たださりげないふうにして、お目にかかっていらっしゃるようでございました」と訳す。右近の見聞きした体験として語る。4.7.7
注釈960と語り出づるに「語り出づる」連体形+接続助詞「に」順接を表す。4.7.8
注釈961さればよ源氏の心。連語「さればよ」(感動詞「されば」+間投助詞「よ」)予想が適中した気持ちを「表す。頭中将が雨夜の品定めで語った「常夏の女」と同人かと思い当たる。4.7.8
注釈962幼き人惑はしたりと中将の愁へしはさる人や源氏の問い。娘のことを尋ねる。完了の助動詞「たり」終止形。「中将」は頭中将。過去の助動詞「し」連体形、係助詞「は」取り立てて強調のニュアンス。連体詞「さる」。係助詞「や」の下に「ありし」連体形などの語句が省略。4.7.9
注釈963しか以下「いとらうたげになむ」まで、右近の返事。副詞「しか」相手の言葉を受けて肯定して相づちをうつ。4.7.10
注釈964一昨年の春ぞものしたまへりし「ものし」は生まれるの意。尊敬の補助動詞「たまへ」已然形、完了の助動詞「り」連用形、完了の意、過去の助動詞「し」連体形、係助詞「ぞ」の係り結び。一昨年の春に生まれたという。4.7.10
注釈965女にていとらうたげになむ後の玉鬘。数え年三歳。係助詞「なむ」の下に「はべりし」連体形などの語句が省略。4.7.10
注釈966さていづこにぞ以下「うれしかるべくなむ」まで、源氏の問い。接続詞「さて」そして、それで、の意。係助詞「ぞ」の下に「ものする」連体形などの語が省略。4.7.11
注釈967いとうれしかるべくなむ推量の助動詞「べく」連用形、当然の意。係助詞「なむ」の下に「思ふ」連体形などの語が省略。4.7.11
注釈968かの中将にも以下「ものせよかし」まで、続けて源氏の詞。頭中将をさしていう。4.7.11
注釈969伝ふべけれど推量の助動詞「べけれ」已然形、当然の意。接続助詞「ど」逆接を表す。伝えるべきだが、の意。4.7.11
注釈970かこと負ひなむハ四動詞「負ひ」連用形+完了の助動詞「な」未然形、確述の意。推量の助動詞「む」連体形。きっと負うことになろう。「かこと」は「カコト」[Cacoto]「カゴト」[Cagoto](日葡辞書)両方ある。『集成』『新大系』は「かこと」と清音で読む。4.7.11
注釈971育まむに咎あるまじきを推量の助動詞「む」連体形、婉曲の意。接続助詞「に」順接を表す。間投助詞「を」詠嘆の意。4.7.11
注釈972そのあらむ乳母など玉鬘の乳母。4.7.11
注釈973さらばいとうれしくなむはべるべき以下「かしこに」まで、右近の返事。接続詞「さらば」そうであるならば。係助詞「なむ」は推量の助動詞「べき」連体形、当然の意に係る、係結びの法則。4.7.12
注釈974生ひ出でたまはむは心苦しくなむ主語は夕顔の娘。推量の助動詞「む」連体形、婉曲の意。お育ちなさるようなことはのニュアンス。係助詞「なむ」の下には「はべるべき」連体形などの語句が省略。4.7.12
注釈975はかばかしく扱ふ人なしとて五条の家ではしっかりした養育者もいないということで、の意。4.7.12
注釈976かしこに西の京の乳母の家をさしていう。4.7.12
注釈977など聞こゆ【など】−大島本と御物本は「なと」とある。横山本は「なん〔ん−補入〕と」、他は「なんと」とある。『集成』『古典セレクション』は「なむ」と改める。『新大系』は「など」のまま。4.7.12
注釈978夕暮の静かなるに、空の気色いとあはれに、御前の前栽枯れ枯れに、虫の音も鳴きかれて、紅葉のやうやう色づくほど晩秋の物寂しい様子。源氏、右近の心象風景となって語られる。景情一致の描写。人を亡くした悲しみや寂しさ、それと時の推移が風景描写に象徴的に語られている。4.7.13
注釈979見わたして主語は右近。4.7.13
注釈980心よりほかにをかしき交じらひかな右近の感慨。4.7.13
注釈981かの夕顔の宿りを思ひ出づるも恥づかし作者は夕顔のいた五条の家を「夕顔の宿り」と名付けている。
【恥づかし】−右近と語り手が一体となった感想。
4.7.13
注釈982聞きたまひて主語は源氏。4.7.13
注釈983かのありし院に某の院をさす。4.7.13
注釈984この鳥の鳴きしを家鳩をさす。某の院では梟の鳴き声が語られていたが、家鳩が鳴いたという描写はない。『古典セレクション』では「昼間その声がしたのであろう」と注す。4.7.13
注釈985いと恐ろしと思ひたりしさまの主語は夕顔。完了の助動詞「たり」連用形、存続の意。過去の助動詞「し」連体形。この描写もない。新たに付加したもの。4.7.13
注釈986面影にらうたく思し出でらるれば源氏の「面影に」。『古典セレクション』は「夕顔が幻となって。実体のないものが目に見えることを、「面影に見ゆ」などという」と注す。ここは下に「思し出でらる」とあるので、まぶたに思い浮かぶぐらいの意であろう。自発の助動詞「るれ」已然形+接続助詞「ば」順接の確定条件を表す。4.7.13
注釈987年はいくつにかものしたまひし以下「なりけり」まで、源氏の問い。夕顔の年齢を尋ねる。係助詞「か」は、過去の助動詞「し」連体形に係る、係結びの法則。4.7.14
注釈988かく長かるまじくてなりけり接続助詞「て」。このように長生きできなくて、そういうわけだったのだね、というニュアンス。「なりけり」の前に副詞「さ」などの語が省略されたものか。4.7.14
注釈989十九にやなりたまひけむ以下「年ごろならひはべりけること」まで、右近の返事。夕顔は十九歳であったろうかと答える。断定の助動詞「に」連用形、係助詞「や」疑問の意は、過去推量の助動詞「けむ」連体形に係る、係結びの法則。4.7.15
注釈990右近は目上の人の前では自分の呼称は、例えば「右近」と名乗るのが作法であった。4.7.15
注釈991亡くなりにける御乳母の捨て置きてはべりければ右近の母をさしていう。「亡くなり」は死ぬの意。完了の助動詞「に」連用形、完了の意。過去の助動詞「ける」連体形。「御乳母」とは夕顔の乳母という意味で敬語が使われている。「捨て置き」は後に遺すの意。丁寧の補助動詞「はべり」連用形、過去の助動詞「けれ」已然形+接続助詞「ば」順接の確定条件を表す。丁寧語が使われ尊敬語でないところに自分の母親である関係がうかがえる。右近の母親、夕顔の乳母は早く亡くなってしまったが、右近はそのまま乳母子として夕顔に仕え、一緒に育って来たという経緯がわかる。4.7.15
注釈992三位の君の右近は夕顔の父親を「三位の君」と呼んでいる。4.7.15
注釈993らうたがりたまひて右近を。4.7.15
注釈994かの御あたり去らず夕顔の側をさしていう。4.7.15
注釈995思ひたまへ出づればハ四動詞「思ひ」連用形、謙譲の補助動詞「たまへ」連用形。「出づれ」已然形+接続助詞「ば」順接を表す。4.7.15
注釈996いかでか世にはべらむずらむ連語「いかでか」(副詞「いかで」+係助詞「か」)は、推量の助動詞「らむ」連体形、視界外推量の意に係る、反語表現。推量の助動詞「むず」終止形、意志を表す。どうして生きていられましょうか、生きてはいられない。なお他の青表紙本系諸本は「はへらんとすらん」とある。『古典セレクション』は「はべらんとすらん」と改める。4.7.15
注釈997いとしも人にと『源氏釈』に「思ふとていとしも人にむつれけむしかならひてぞ見ねば恋しき」(出典未詳)を指摘する。『拾遺集』には「思ふとていとこそ人に馴れざらめしか習ひてぞ見ねば恋しき」(恋四、九〇〇、読人しらず)の類歌がある。引歌として、『集成』は『源氏釈』所引の歌を指摘し、『古典セレクション』では『拾遺抄』巻第八、恋下、三二六、読人知らず歌を指摘する。『拾遺抄』歌が『源氏釈』所引歌と一致する。4.7.15
注釈998悔しくなむ係助詞「なむ」の下に「思ひたまふる」連体形などの語句が省略。4.7.15
注釈999はかなびたるこそは以下「おぼゆべき」まで、源氏の詞。源氏の女性論が語られる。係助詞「こそ」は「らうたけれ」已然形に係る、係結びの法則。強調を表す。4.7.16
注釈1000自らはかばかしくすくよかならぬ心ならひに自分自身、すなわち、源氏自身をさしていう。「心ならひに」まで挿入句。4.7.16
注釈1001人に欺かれぬべきが受身の助動詞「れ」連用形、完了の助動詞「ぬ」終止形、確述を表す。推量の助動詞「べき」連体形、推当然の意。格助詞「が」主格を表す。男にだまされてしまいそうなのが、の意。4.7.16
注釈1002見む人の心には従はむなむ「見」未然形、推量の助動詞「む」連体形、婉曲の意。結婚相手すなわち夫をいう。「従は」未然形、推量の助動詞「む」連体形、婉曲の意。係助詞「なむ」は「おぼゆべき」連体形に係る、係結びの法則。4.7.16
注釈1003この方の御好みには以下「はべるわざかな」まで、右近の詞。「この方」は源氏をさす。4.7.17
注釈1004もて離れたまはざりけり主語は夕顔。外れていらっしゃらなかった、の意。4.7.17
注釈1005と思ひたまふるにも謙譲の補助動詞「たまふる」連体形。4.7.17
注釈1006空のうち曇りて風冷やかなるにいといたく眺めたまひて晩秋の天候描写は、源氏と右近の心象風景でもある。「風冷やかなるに」の「に」は格助詞、時間を表す。4.7.18
注釈1007見し人の煙を雲と眺むれば夕べの空もむつましきかな源氏の独詠歌。夕顔を偲ぶ歌。「見し人」は夕顔をさす。火葬の煙を雲に見立てる。『岷江入楚』は「見し人の煙となりし夕べより名もむつましき塩釜の浦」(紫式部集)を指摘する。また『源注余滴』は「見し人の雲となりにし空なれば降る雪さへも珍しきかな」(斎宮集)を指摘する。4.7.19
注釈1008えさし答へも聞こえず主語は右近。副詞「え」は打消の助動詞「ず」と呼応して不可能の意を表す。4.7.21
注釈1009かやうにておはせましかば夕顔が。推量の助動詞「ましか」未然形、反実仮想を表す+接続助詞「ば」、下に「うれしからまし」などの語句が省略。反実仮想の構文。右近の心。「かやうにて」は源氏と夕顔が二人並んでいる様を仮想する。4.7.21
注釈1010耳かしかましかりし砧の音を「白妙の衣うつ砧の音も、かすかにこなたかなた聞きわたされ」(第四章二段)とあった。「かしかましか」ったのは「ごほごほと、鳴る神よりも、おどろおどろしく踏み轟かす唐臼の音」(同)であった。第三音は清音。近世以降「かしがまし」と濁音化した。4.7.21
注釈1011思し出づるさへ恋しくて副助詞「さへ」一つを挙げて他を類推させる意。思い出すだけでも夕顔のことが恋しく思われるので。4.7.21
注釈1012正に長き夜『白氏文集』巻十九の「八月九月正に長き夜 千声万声了む時なし」(聞夜砧)の詩句。4.7.21
出典15 いとしも人にと 思ふとていとこそ人になれざらめしかならひてぞ見ねば恋しき 拾遺集恋四-900 読人しらず 4.7.15
出典16 正に長き夜 八月九月正長夜 千声万声無了時 白氏文集十九-一二八七 聞夜砧 4.7.21
校訂35 いみじく いみじく--いみ(み/+しく<朱>) 4.7.1
校訂36 身--*事 4.7.5
校訂37 返し 返し--かへ(へ/$へ<朱>)し 4.7.5
校訂38 と--(/+と<朱>) 4.7.21
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現代語訳
与謝野晶子
電子化
上田英代(古典総合研究所)
底本
角川文庫 全訳源氏物語
渋谷栄一訳
との突合せ
宮脇文経

2003年8月14日

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Picture "Eiri Genji Monogatari"(1650 1st edition)
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